【完結】地図から消えた街   作:斎草

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8/20 〜 9/14

 

 

 勉強に手が付かない。

 もう何日布団の中で過ごしたか分からない。

 さすがにトイレに行ったり汗を流すためにシャワーを浴びたりはしたが、何の気力も湧かなかった。

 

「…………」

 食パンを貪りながら、メアリーは虚無に浸っていた。

 誓ったのに。たくさん勉強してウェスカーの分まで役に立つようにすると約束したのに。体と頭は思うように動いてくれない。

「……あ」

 ふと思い当たると、のそのそと体を動かし始める。シャワーを浴びて、服を着て、髪を結ぶと日差しが照りつける中を自転車で駆けた。

 

 暫く走ってようやく公園まで辿り着くと駐輪場に自転車を停め、開いている門を潜る。まだ休暇の最中である公園内は子供の姿がちらほらと見えた。

 メアリーは併設されている墓地に入り、ひとつひとつの墓石を確認していく。

「……!」

 そして見つけた。

 アルバート・ウェスカーの名が刻まれた墓石を。

 それは彼の死を如実に表していた。

 もしかしたら、なんて思ってた。もしかしたら、彼はあの時誰かに発見されて助かったのかもしれない。

 だがそんな淡い希望も呆気なく崩れ去ってしまった。

 力が抜けたかのように膝から崩れ落ち、枯れたはずの涙が溢れて俯いた視界に落ちた。

 拭っても拭っても溢れてくる。嗚咽で呼吸が苦しい。

 墓前で蹲る少女の姿が、墓地全体を哀愁で包んでいた。

 

 

「メアリー……」

 どれくらい時間が経っただろうか。不意に名を呼ぶ声があり、顔を上げた。

「ジル……」

 メアリーは1ヶ月近く言葉を交わしていなかった彼女の名を紡ぐ。

 ジルが少女に合わせるようにしゃがみ込むと、少女はその胸に飛び込んできた。

「ジル…!隊長が、たいちょ…っもう会えないよぉ…っ」

 ジルはその勢いに驚いたものの、すぐに優しくその体を両腕で包み込んでやった。嗚咽混じりに紡がれた言葉に、無意識のうちに彼女の頭をそっと撫でていた。

 ここに来ればこの少女に会えるかもしれないと思った。ウェスカーの死はテレビやラジオでもローカルとはいえ報道されていたからだ。勿論、新聞や雑誌でも。

 だが、いざ彼女を目の前にすると、自分が見てきたものをそのまま話していいのか分からなかった。誰にも聞いてもらえなかった話でも彼女なら聞いてくれると思ったが、想い人の死を前にそれを話すのはあまりにも残酷すぎる。

 第一、ラクーンシティを膝下にする製薬会社であるアンブレラが生物兵器や危険なウィルスを開発し、ウェスカーもそれに関わっていたなんて突飛な話である。ジルももし自分が目の当たりにしていなければ信じるのは難しいと感じていた。

 だから今は、こうして無言で彼女を包み込む事しか出来ない。

 それに、自分だって未だに信じられない。

 

「私っ……山で隊長に、会ったんです」

「えっ…?」

 

 しかし、メアリーが涙ながらに放った一言にジルは目を丸くさせる。

「山火事があった日に……会ったんです。傷だらけで、痛そうで、でも私……何も出来なかった……!」

 耳を疑った。

 それはウェスカーが生きている事を示唆するかのような話だった。

「待ってメアリー。ウェスカーは生きてるの?あの日会ったってどういう事?」

 ウェスカーは確かにタイラントという生物兵器によって即死に近い深手を負ったはずだ。ジルも、そしてクリスもこの目で見ている。

 山火事があったのは明け方。自分達があの洋館から脱出した後の話。なのにウェスカーが生きてて、メアリーに会っている?

 メアリーはその日の事をジルに話した。警備の目を掻い潜って危険な山に踏み込んだ事は叱りたいところだが、今はそんな事はどうでも良かった。

 ジルは今一度ウェスカーの墓を見る。もし彼が生きながらえていたとしたら?

 だが、あのタイラントの即死攻撃は今も鮮明に目に焼き付いている。どうしても死んだとしか考えられない。

「……メアリー。落ち着いて聞いてほしいの」

 だがもし生きていたとすれば、もしかすれば次に危険な目に遭うのはこの子かもしれない。

 

 ウェスカーがS.T.A.R.S.にいながらアンブレラの研究員であった事。

 そしてそのアンブレラは、危険な生物兵器やウィルスを開発している事。

 自分達は危うく生物兵器の実験台になるところだった事。

 そして何より、S.T.A.R.S.メンバーの殆どは彼の罠に掛かって死亡した事。

 

「だからウェスカーは……私達の敵よ」

 ジルはそこまで話して息を吐いた。

 改めて話すと、悲しみと怒りが同時に湧いてくるようだった。しかし感情的になっては聞いてもらうのは難しい事をジルは理解し、努めて冷静に話したつもりだった。

 目の前の少女は終始目を丸めていたが、少しの思考停止の後に唇が動いた。

 

「……なに、言ってるの?」

 

 その言葉に、ジルは目を見張る。

「隊長がジル達を騙した…?アンブレラはヤバい会社で…?隊長もそこに…?」

 か細い声がだんだんと涙声に変化していく。

「やめてよ…っ、なんでそんな事言うの…?隊長は私に、みんなの役に立てるって、私なら出来るって言ってくれたもんっ…!」

 少女の希望。

 今の話は、まるでそれをジルが否定したかのようなものだった。

 ジルは"しまった"と判断を誤った事に気付くが、彼女の涙が止まる事はなかった。

「ごめんなさい、メアリー。今話す事じゃなかったわね……本当にごめんなさい」

 ジルは涙が滴り落ちるその頬に手を添えた。しかしその手に彼女の手が重なったかと思えば、ゆっくりと引き剥がされる。

「嘘はやめて……っ信じられない」

 メアリーは立ち上がると、ジルに背を向けて歩く。

 彼女の背を追う権利は自分にはないのだろう。

 ジルはその小さな背中を呆然と眺める事しか出来なかった。

 

 

 それからはまた、勉強の日々が続いた。

 ウェスカーとの約束を守るため、メアリーは火がついたようにノートと向き合う。

 それに、あんな突拍子もない嘘を吐いたジルを見返してやりたいとも思っていた。

 けれども、また元気に人と会ったり外に出られるような精神状態ではなかった。勉強している間はそれに没頭出来るので、それだけが今の支えだった。

 今手を付け始めたばかりの国語は中2の前期で習うような文法が出てきていた。

「うーん……」

 筆記が止まり、教科書や参考書の文と睨めっこする。開けた窓からは幾分涼しげな風が吹く。もう9月も半ばだった。

「休憩……かな」

 グッと椅子の上で軽く伸びをすると、リビングのある下の階に降りて冷蔵庫から冷たい飲み物のボトルを手に取った。

「ん……」

 それをコップに注ぐ最中、電話が鳴った。ボトルの蓋を閉めてからそちらに歩み、受話器を取る。

『あ、もしもしメアリー?リリィだよ』

「リリィ…?どうしたの?」

 時刻は昼の12時を少し回っていた。

 今日は平日で学校もあるはずで、そこには生徒が使えるような電話はなかったはずだ。

 しかしそれより、親友の声を聞けたのが嬉しかった。

『今日家に行ってもいいかな?』

 受話器の向こう側で優しい顔をしているのが目に浮かぶようだった。

 

 暫く顔を合わせる事も、声を聞く事もなかった親友。

 リリィの事だから、自分に気を遣って何も言わずに今日まで過ごしていたのだとメアリーは思っていた。

 リリィは大人しくて、優しくて、自慢の親友だ。だから嘘でも、いつでも明るく振る舞っていたかった。

「お待たせ〜。私がごはん作っちゃうよ」

 リリィはビニール袋に食材を詰め込んでメアリーの家にやって来た。時刻は昼の14時頃。メアリーは昼ご飯を食べていなかった。

 2人とも片親でなかなか親が帰ってこない環境なので、一通りの家事が自然と出来るようになっていた。本当はメアリーの方が料理は得意なのだが、ここ最近は3食とも食パンで済ませてしまっているようだった。

 メアリーがリビングの机でも参考書を広げて勉強しているのを見て、以前彼女が"S.T.A.R.S.になる!"と言って自分に勉強に付き合うよう言われたのを思い出す。

 学校が始まる前、学校に行けるメンタルではない事を彼女から電話で聞かされた時はどうなる事かと思ったが、勉強だけは続けていてホッとした。

「出来たよー」

「んー」

 勉強の邪魔をしてはいけないと思い特に会話をする事もなく、順調にカレーライスが出来上がるとリビングの机に2人分の皿を置く。

 メアリーはノートと参考書を机の端に除けてから手を洗いに行き、2人は遅めの昼食を摂る事となった。

「ちゃんとしたご飯、久しぶりだな……」

 付け合わせのサラダは大きめのボウルに入っていて、2人でシェアする形になっている。メアリーがサラダを自分の皿に盛っている様子を見ると、その顔はどこか楽しげに見えた。

「勉強もいいけど、ちゃんと食べなきゃダメだよ?」

 やはり彼女がろくに食事をしていない事が分かり、リリィは苦笑しながら自分もサラダを取り分けていた。

 

「そういえば、今日平日でしょ?なんでこんなに早いの?」

 時刻は昼の15時。

 電話を掛けてきた時から思っていたが、まだ学校にいるはずの時間帯だ。

 学校に通えていない自分が言うのも何だが、やはり引っ掛かる。

「今、下校時刻が早いの。ほら、色々あるから生徒が危険な目に遭わないようにって。夜はあまり出歩いちゃダメだったりとか……そのうち暫く休校になるんじゃないかって先生達も」

 門限も決められているらしく、生徒は夜8時以降の外出を禁止しているらしい。

「何があったの…?」

 しかしメアリーはそこまで厳戒態勢が敷かれる事態にピンと来なかった。その問いにリリィは目を見張り、来る時に彼女の家の前のポストから引き抜いた大量の新聞の中からひとつの記事を示す。

「え、知らない…?今この街、大変な事になってるんだよ?」

 白昼堂々起こった人喰い事件。

 ラクーン病院で判明した謎の奇行病。

 奇怪な事件ばかりが軒並み紙面を賑わせている様子だった。

「……!私、ラジオもテレビもつけてなかった……」

 無音の方が集中出来るからと、自分で調整出来る範囲の音を排除していた。

 それが仇となり、メアリーは危うく世間から取り残されてしまうところだった。

 ポストにたくさんの新聞が詰まっていたので、リリィはまさかと思っていたがそのまさかであった。

「やっぱり……あのね、先生は無理に学校に来なくてもいいって言ってた。だから学校の事は気にしなくていいよ」

 今日来てよかったと思った。

 メアリーには学校の事だけ伝えようと思っていたが、何も知らずに彼女が危険な目に遭うのはどうしても嫌だった。

 

「それにしても……怖いよね。まるで……」

 "3ヶ月前の時みたい。"

 メアリーは隅から隅まで、一通り新聞記事をなぞっていた。

 

 

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