地図から消えた街   作:斎草

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 部屋に新聞と雑誌のバックナンバーが揃った。

 こないだから新聞社と出版社に電話で掛け合って、自分が意気消沈していた期間、1ヶ月と少しの分のバックナンバーをかき集めていた。

 捨てずに家に残しておいた7月分のものも含め、実に2ヶ月分。ラクーンタイムズ等のローカルなものからアメリカで1番読まれている新聞社のものまでを、朝から自転車を何往復もして取りに行っていてクタクタだったが、すぐにでも作業に取り掛かろうと思い机に向かう。

 また3ヶ月前の時のようにスクラップ帳を作る。そうしてから改めてそれぞれの記事を見れば、何かが浮かんでくるかもしれない。

 参考書を机の棚に戻し、新しく買ったスクラップ帳を広げる。

 

 アークレイ山中の火事。

 それによるS.T.A.R.S.の事実上の壊滅。

 流行り始める奇病。

 そしてつい最近の人喰い事件。

 

「ジャーナリスト逮捕…?」

 ふと週刊誌に小さく載っていた記事に目を向けた。

 ベン・ベルトリッチというフリージャーナリストがラクーン市警に逮捕されたというものだ。

 しかし、何故逮捕されたのかが明確にされておらず、思わず疑問符が浮かぶ。メアリーはその記事を切り取り、スクラップ帳の9月のページに貼り付けた。

「うーん……」

 椅子の背もたれに体を預けて唸る。

 6月の頭から始まった奇妙な事件はいずれも"凶暴化"というのがキーワードになっていた。山火事だけはそれに該当しないが、山に調査に入ったS.T.A.R.S.の部隊が被害に遭っている事から、凶暴化した何かに襲われ、それらが山に火を放ったと考えるのが普通かと思う。

 しかしあの日の明け方にメアリーが山火事に気付いたのは、何かが山の中で弾けた音がしたからだ。という事は、火を放ったというよりは爆発があったと考える方が自然である。

「ここまで音が聞こえるなら、爆発の規模も大きいよね……」

 一体何が爆発したのか。

 そして爆発させる理由は。

 どうも暴徒だけの仕業ではないような気がする。

「……アンブレラ……」

 ふと、ぽつりと零れ落ちる。

 先月ジルと会った時の話を思い出した。アンブレラは危険な研究をしており、ウェスカーもその一端を担っていたという話だ。背もたれから離れ、鉛筆を握る。

「……生物兵器の実験台のS.T.A.R.S。生物兵器なら、収納しておく大きな施設が必要……か」

 ノートの端に考えるように文字を記していく。ウィルス研究をするなら設備も整っていなければならない。それなりの敷地が必要なはずだ。

「バレたら大変だから、爆破して証拠を隠滅した……?」

 そもそも見つかりにくい場所である事が大切だ。

 アークレイ山地には観光客向けの登山コースが敷かれているが、一本道のその周りには大自然が広がっている。遭難を避けるため、まず誰もコースを外れようとは思わないはず。

 となると、あの山は人里に近いにも関わらず観光客や民間人に見つかる事のない場所だと言える。

「いや、まさかね……」

 はは、と力なく乾いた笑いが漏れる。

 第一それが真実だとして、アンブレラの目的が分からない。

 アンブレラは製薬会社だ。生物兵器なんて作ってどうするんだ。そんな危険な事にウェスカーが関わっていたなんて考えたくもない。

 なのに、ザワザワとした胸騒ぎが止まらない。

 メアリーは時計を見ると、まだ学校側から指定された門限に余裕があるのを確認してからスクラップ帳をリュックに押し込み、今日何度乗ったか分からない自転車に跨り通りを走り抜けた。

 

「うわ、キミかぁ……」

 R.P.D.の受付カウンターに手を付くと、3ヶ月ほど前に会った職員と同じ人がそこにいて溜息を吐かれた。

「ベン・ベルトリッチに会わせてください」

「今度は何の用なの……悪いけどこっちも忙しくてさ」

 そういえばこの前来た時よりも警察官が忙しなく動いているように見える。

 例の人喰い事件や各地で頻発しているらしい暴動の対応に追われているのだろうか。そろそろ日も落ちるし、やはり警察側としては子供は早く帰したいし仕事の邪魔なのだろう。

「ん?どうした?」

 そこに声を掛けてくる男性がいた。声のした方を向くと、黒人の警官がこちらを見ている。

「マービン巡査!ちょうど良かった!」

 職員はまるで救いの神が現れたかのように彼——マービン・ブラナーを呼んだ。

 もしかしなくても職員に厄介者扱いされている事に気付くとメアリーはそこそこ嫌な気分になったが、マービンがこちらに近付いてくるとそんな様子を他所に職員は彼女を指す。

「この子が今収監されてるジャーナリストに会わせろって言うんだ」

「……それは、ベン・ベルトリッチの事かな?」

 マービンは腰を屈めてメアリーを見る。

「はい!どうしても訊きたい事があるんです」

 こくこくと頷く少女を前に、マービンは困ったように眉を下げた。

「残念だが……例え家族でも彼を人と会わせないようにって署長さんから言われているんだ。だからキミのお願いは聞けないな」

 すまないな、と苦笑しながら彼はメアリーの頭をポンと撫でる。

「そ、そんな……」

 またしても望む人には会えなかった。

 何の理由もなしにジャーナリストが逮捕されるわけがない。彼はこのラクーンシティに先月末にやって来たと小さな記事に載っていた。時期的にいっておおよそ目的は人喰い事件の調査だろう。

 その人物が逮捕されたとなれば、いよいよ何か裏があるようにも思える。

「前もS.T.A.R.S.の隊長に会いたい!って来たんだよね〜、この子。すごい覚えてる。そんなに警察署にいる人間が珍しいもんかねぇ……」

「はは。可愛いものだろう、そのくらい。ほら、家まで送ってやろう。住所教えてもらえるかな?」

 職員とマービンがそんな事を話している間、メアリーはどこからどこまでが味方なのかを考えるため思考を張り巡らせていた。

 警察署の署長がベンと誰かが面会するのを阻止する理由とは何なのか。

 この警察署も何らかの形で事件の裏方を担っているのではないか。

「大丈夫か…?」

 マービンが心配そうに俯いた顔を覗き込んできて、それでメアリーはハッと我に帰る。職員も受付から様子を窺っているのが見えた。

「あっ、いえ……そうだ、S.T.A.R.S.は?ジルかクリスに会わせてもらえませんか?」

 メアリーの性懲りもないその言葉に職員は盛大に溜息を吐く。

「なに言い出すかと思えば、まーたS.T.A.R.S.……あのねお嬢ちゃん。もうS.T.A.R.S.はここにはいないんだよ。最近の子は新聞とかニュース見ないわけ?」

 う、とメアリーは短く唸った。

 そういえば切り貼りした記事の中にはそんな見出しもあったっけ。S.T.A.R.S.は山火事で大半のメンバーが殉職し、事実上その機能を失ったのだ。

 分かりやすく眉間にシワを寄せた少女を見て、マービンは"まぁまぁ"と職員を宥める。

「そこまで言わなくても……」

「それにS.T.A.R.S.といえば、クリス・レッドフィールドが同僚を殴り付けて謹慎処分になってるじゃないか……まったく、前から変な奴ばっかだと思ってたけど、あいつら最近ますますどうかしてるよ」

 はぁ、と職員は呆れるような溜息を再び吐いた。

 そんな職員と驚きを露わにした表情で固まるメアリーを、マービンはオロオロと交互に見ている。

「クリスが……謹慎……?」

 あの優しくて快活な態度が印象的だった彼が。それも人を殴るだなんて。とても信じられない。

「アンブレラの陰謀だとか、隊長さんがそれに関わってるとか?散々聞かされたよねぇ、巡査?」

「あ、ああ……そうだな」

 職員の散々な言い様に驚きつつもマービンは同意した。

 ジルはあの日メアリーにした話を、警官達にも話していたようだ。しかしやはり相手にされなかったようで、職員の話草からそれは容易に想像出来た。

「すみません、分かりました。……もう今日は帰ります」

 メアリーは頭を下げてから市警を後にしようとした。

 自分が予想を立てた話も、結局はジルが自分や警官達に話したものと同じだ。

 せめてジルに会えたら、あの日に嘘を吐いていると罵った事を謝れたのに。

 まだ完全に予想の域を超えたわけではないが、それだけは謝っておきたかったのは事実だ。

「待ってくれ。子供を1人で帰すわけにはいかない。俺が送っていく」

 マービンが早足で彼女を追いかける。そういえばさっきそんな話をしていたような気がする。

 パトカーに自転車を積んでもらい、メアリーは市警を後にした。

 

「すまないな、まさかあいつがあんなに辛辣になるとは思ってなくて」

 マービンはパトカーを運転しながら、後部座席にいる少女に謝罪の言葉を口にした。

 サイレンは鳴らないものの、3度目にしてついにパトカーの世話になるわけだが、メアリーの様子が変わる事はなかった。

「にしてもやっぱり、ウェスカー隊長や隊員の殆どを喪ったショックが強いんだろうな。クリスとジルは……特に隊長と仲良かったみたいだしな」

 いつだったかバーガーショップで会った時も3人は親しげだった。互いに信頼しているように見えた。

 メアリーはアンブレラの陰謀説を予想しているものの、ウェスカーの件に関しては分からない事ばかりだった。

 だが、騒ぎが大きくなる前から山に立ち入っていた事を考えると、100%ないとも言い切れない。

「キミは隊長のファンだったのかな。さっきの職員も、キミが前に隊長に会いたがってたと言っていたから」

 あの職員、そんな事も話していたのか。

 メアリーは溜息を吐いて、あの日と同じ道を辿る風景を窓から眺めた。

「……はい。大好きです、今も」

「そうか……」

 その横顔は、少女のものとは思えないほど切なげだった。

 

 

 家の前でパトカーを降り、自転車を出してもらうとちょうど曲がり角からリリィが自転車に乗ってやって来た。

「あれ、リリィ?」

 きょとんとしながら彼女を見ると、マービンもそれに反応して振り返る。

「キミ、もうすぐ門限だろう。家に帰るんだ」

 時刻は夜7時半。あと30分で生徒の外出が禁止になる。

 しかしリリィは首を横に振った。

「今日はお父さん、遅くなるんです。怖いから、メアリーと一緒にいたくて……」

 彼女は胸の前で重ねた両手をギュッと握って、怯えた表情を晒している。

 ここ最近の人喰い事件は日に日にエスカレートし、皆外出する事を恐れていた。それでも大人は仕事をしなければならないのだから大変だ。

 マービンは困ったように頭を掻いてから、リリィの背をメアリーの方に向けて押してやる。

「分かった。その代わり、もう外に出るなよ?2人で静かにしていれば大丈夫だ」

 彼は優しく諭すように言ってくれた。

 その言葉にリリィもホッと安堵したようで笑顔を見せる。

「ありがとうございます」

 そうして2人が家に入るまで、マービンはその小さな背中を見守っていた。

 

「それにしても、なんでまた警察?何をしたの?」

 2人で夕食を作ってつつきながら、リリィは訝しげに向かいに座るメアリーを見る。

「なんにもしてないよ」

「本当に?」

「ほんとだよ!」

 メアリーは昔から無鉄砲だ。

 思い付けばすぐ行動して、しょっちゅうリリィの事を振り回していた。

 ここ最近では、それも少なくなってしまったが。

 リリィはそれが少しだけ寂しかった。けれども、今は街全体がそうは言ってられない状況だ。

「ただ、ベン・ベルトリッチっていうジャーナリストに会いたかっただけ」

「ふーん……で、会えたの?」

 あまりピンとこない名前の人物に疑問符を浮かべつつも、その続きを促す。メアリーは首を横に振った。

「ううん、会えなかった。というか、会わせてもらえなかった。誰も会わせるなって署長が言ったんだって」

「へー……じゃあその人、ひとりぼっちだね。可哀想に」

 ミネストローネを啜って特に彼に関心もない様子でリリィは言った。

「でも、その人に会いたがるって事は……何か分かったの?ワトソン君」

 彼女の関心はこちらの方である。メアリーは"待ってました"と得意げに両腕を組んだ。

「ズバリ、アンブレラの陰謀説だよ。アンブレラは人や動物を凶暴化させるウィルスや生物兵器を山の中で研究していて、S.T.A.R.S.に見つかりそうになったから研究所を爆発させて証拠を隠滅したんだよ。7月の山火事は、その爆発が原因だったの!」

 人差し指を立てながら、メアリーは推理を披露する。それを聞いたリリィは眉間にシワを寄せた。

「……確かに前に聞いたやつよりは進歩したけど……突拍子もなさすぎるよ。大体、そうだとして目的はなに?山火事は暴徒が引き起こしたものだっていう可能性は?」

「……はぁ、それをベン・ベルトリッチに訊きたかったんだよね……」

 論破されかかっている推理。メアリーはそれを明確にしたくて彼に会いに行ったのだ。

 リリィは椅子の背もたれに体を預け、考える素振りを見せる。

「なるほど。じゃあその人、事件について調べてたんだね。でも署長さんが会わせてくれなかったという事は……何か秘密にしたい事がある、とか」

「そう!そうなんだよ!さすがリリィ、分かってる!」

 テーブルをバンバン叩いて興奮しているメアリーを"行儀悪いよ"と窘め、リリィもまたこの謎について考えた。

「陰謀説が外れてたとしても、この事件の裏には何か……大きな秘密があるって事か……」

 それも警察側が彼を逮捕してまで口止めしたい何か。

 

 2人はそれが何かを考え始めたが、既に崩壊は始まっていた。

 

 


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