【完結】地図から消えた街   作:斎草

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ラクーンシティ壊滅事件
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 翌朝リリィは家に帰っていった。

 それを玄関先で見送り、メアリーはいつも通り朝の洗濯を行う。

 彼女と会って元気が出てきた。自分も頑張らなければ。

 

 メアリーは気合いを入れ直し、脱衣所にある洗濯機を回す。リリィも家に帰ってから情報収集を手伝うと言ってくれた。

(ジルにもう一度直接話を聞いてみたいけど……番号も住所も、教えてもらえなかったなぁ……)

 今朝1番に警察署に電話を入れてみたが、個人情報のため教えられないと言われてしまった。確かに、冷静に考えてみればそれは当然の事だった。

 あの時、ジルの話を信じてあげられたら。もしかしたら、何か掴めたかもしれないし、彼女を傷付けずに済んだかもしれない。メアリーは今更になって後悔と申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

(アンブレラじゃなくても、生物兵器やウィルスの開発が本当だとすれば、かなりの大ごとなはずなんだけど……)

 病院で確認されている奇病、通称ゾンビ化現象。

 どのルートで感染したかは調査中との事だが、日に日に奇病を発症する患者が相次いでいると今日の新聞に載っていた。勿論、その記事もスクラップ帳にまとめ済みだ。しかもそれは全国的に流行っているものではないらしく、あくまでラクーンシティ内だけの話だという。

(ゾンビといえば、人を襲って食べるアレだよね。じゃあ、暴徒っていうのはゾンビの事なのかな)

 メアリーはリビングに広げたスクラップ帳と睨めっこする。

 このゾンビ化現象はついこないだ病院でそう名付けられたものらしい。

(暴徒が家に押し入った猟奇事件……これもゾンビの仕業?じゃあ、この時からゾンビ化現象は始まっていた?)

 6月のスクラップ帳に戻ると、山道付近に住む一家惨殺事件の記事がある。これもまた"人喰い事件"と呼ばれるものの一種だった。

「全部繋がってる……」

 思わず声が漏れた。実に3ヶ月前からこの事件は始まっていた事になる。

「隊長は……この事件の原因を知ってたの……?」

 あの夜、メアリーとリリィは初めてウェスカーと出会い、そして凶暴化した犬から助けてもらった。後から聞いた話では物騒な噂の検証との事だったが、もし予想を立てた通りあの山にゾンビ化現象を引き起こすウィルスを開発する施設があったとしたら?

「いや、でも、まだ隊長が関わってるって決まったわけじゃ……」

 しかしウェスカーはあの時、山の中からこちらに降りてきたようにも思える。

 自分達に親に通達しない事を交換条件に、口止めを要求してきたのもウェスカーだ。

 何より、メアリーが事件について調べるのをやめたのは、このスクラップ帳をウェスカーに見られて"事件に関わるな"と威圧され、違う目標を彼のために立てたからだ。

 彼にとって、民間人に知られてはならないものがそこにあったとしか思えない。

 

「…………」

 口があんぐりと開いてしまっていた。

 なんだ、証拠になる話はずっと前からあったんじゃないか。

 しかしそれを認めてしまえば、ウェスカーはメアリーの事も騙したという事になる。

 

「と、とにかくもう一度警察に電話を……」

 もう一度ジルの所在について訊ねよう。この事を考えるのはその後だ。

 フラフラと電話のある場所まで歩こうとすると、ちょうどよく電話が呼び出し音をけたたましく鳴らした。

「もしもし、」

『メアリー!?ローカルテレビかラジオ付けてみて!』

「リリィ?」

 受話器を取ると、すぐにリリィの声が聞こえた。しかしその声はとても焦っているようで、それと同時にとても怖がっているように聞こえる。

 その声の言う通り、メアリーは受話器を耳に当てたままテレビを付けた。

 ドラマの再放送が流れる全国チャンネルからラクーンのローカルチャンネルに変える。

『つい先程、フットボールの試合中だったラクーンスタジアムで暴動が発生しました。現在、地元警察官が鎮静化を図っております』

 フットボールの試合を中継していたらしい、テレビに映っているアナウンサーが神妙な面持ちでそう伝えている後ろのモニターでは現地の様子が映されている。

(なに、これ…!?)

 観客席は人が人を掴んで噛みつくような恐ろしい暴動が起きていた。思わず受話器を取り落としそうになったが、なんとか持ち直すと状況を理解しようと頭を働かせる。

『メアリー、どうしよう!?怖いよ…!』

 電話口から聞こえるリリィの声が完全に怯えきっている。

 無理もない。ここ最近のラクーンシティはおかしい。それに暴動だなんて、まるで——

「暴徒に襲われた人も暴徒化、規模は拡大化……」

 テロップにはそう書かれている。

 ゾンビ化現象が爆発的に拡散していく。

「リリィ、絶対に家から出ちゃダメだよ。おじさんが帰ってきたら、2人で一緒にいて!」

『メアリーは…!?』

 彼女も怖いというのに、電話口の声は自分の心配をしてくれている。そんな彼女の優しさが沁みるようだった。

「私も……家から出ないよ。大丈夫だよ。警察の人、50人くらい出てるって……きっとすぐ収まるよ」

 そう言う自分も、体が震えているのが分かった。声まで震えそうになるが、リリィを心配させたくないし怖がらせたくもない。だから、必死で震えそうになるのを堪えた。

『……そ、そうだよね。うん……分かった。また一緒に……遊べるよね』

「うん。大丈夫」

 メアリーは力強く言い切った。それでようやくリリィも安心したように息を吐くのが聞こえた。

『ありがとう、メアリー。大好き。じゃあ電話、切るね』

「うん。私もリリィの事、大好き。またね」

 2人は希望を願い、電話を切った。

 

 

 しかしその希望は儚く散った。

 夜、自宅前の道路を覆い尽くすゾンビの群れはまるでホラー映画のワンシーンのようだった。ゾンビ化現象はスタジアムから始まり、物凄い勢いで拡散した。それは出動した警官にも感染し、やがて強い勢力を持ってラクーンシティ内を制圧し始めた。

 メアリーは2階にある自分の部屋の窓からその様子を、閉めたカーテンの隙間から覗き込むような形で見ている。

「これが……現実……?」

 夢なら醒めてほしいと何度願っても醒めてはくれない。信じられない光景を前にして、メアリーは暫し固まる他なかった。悪い冗談としか思えない。

 外では警官達が必死にゾンビに抵抗していたが、その包囲もあえなく崩壊してしまった。今そこにある道路を、人の形をした化け物が埋め尽くしている。とても信じられない光景に、窓から離れて机に置いてあるスクラップ帳と切り抜き終わった新聞と雑誌を見る。

「大体、なんで市外からも人が…?外には人喰い事件の事、報道されてないの?」

 暴動が起こったスタジアムには、市外からもフットボールチームのファンが応援に詰め掛けていたらしい。普通は人喰い事件なんて物騒な事があれば、試合を中止するなりファンも遠征をやめたりするだろう。

 メアリーはアメリカの大手新聞社のものを手に取るが、この新聞から記事を切り取った覚えがない。改めてパラパラとページを捲ると、どこにもラクーンシティの人喰い事件の見出しはなかった。

「死者が出て、病院でもゾンビ化現象が確認されてたのに…!」

 その前の新聞も、そのまた前の新聞も、山火事があった日の新聞にもラクーンシティの記事は載っていない。

 例えここが小さな街だったとしても、こんな危険な現象を報道しない機関があるとは思えない。

「……!ベン・ベルトリッチ…!」

 ハッと思い出す。彼もフリーとはいえジャーナリストだ。その彼が逮捕され、面会を署長が禁じている。

 外部への事件の拡散を阻止するため、外部から来た者を閉じ込める。それもただの監禁じゃない。この街の警察が公式に動き、彼の身を拘束している。

 どうやらこの事件の背後にあるのは、想像しているより大きなものだ。この街の警察に圧力を掛けられると思われる、大きくて、それでいて身近にあるもの。

 

「製薬会社アンブレラ……」

 

 冷や汗が背中を伝う感覚に陥る。

 結局、やはり1番最初に戻った。いつかのバーガーショップで冗談半分に放ち、今も可能性を探っていた付け焼き刃にも満たない推理が確信を帯び始める。

 その時、ドンドンと力一杯玄関を叩く音が下で響いた。弾かれたように振り向くと、叩く音の合間に「助けてくれ!誰か!」と男性の声が聞こえる。メアリーは慌てて部屋から出ると、玄関を開けた。

「!大丈夫ですか!?」

 そこには二の腕から血を流している男性が蹲っていて、また慌てて家の中に引っ張り込むと急いで玄関を閉める。

「っ……ごめんな、お嬢ちゃん1人なのかな…?」

「はい……待っててください、今手当てしますから!」

 男性は痛みに表情を歪めながらメアリーを見る。ひとまず男性をリビングに通し、椅子に座らせると救急箱を用意した。

「はぁ…っ、家にいて正解だよ。外はもう、ダメなんだ……っ」

 男性に手当てを施そうと二の腕の傷口を見ると、大きく抉れていて思わず息を呑む。

 どうしたらこんな重傷を負うんだろう。まるで食べられたかのような傷に少し怯んだが、メアリーはひとまず止血のために包帯を巻き付けた。

「俺の友達も……みんなあいつらにやられちまった。どうなってるんだ…っ!クソッ!!」

 男性はまだ無事な方の手で握った拳を膝に打ち付ける。その叫びは悲痛なほどにメアリーにも響いていた。

「ひとまず止血はしました。ゆっくり休んでてください……」

「……ありがとうな、お嬢ちゃん」

 一通り処置が終わると、男性はメアリーの頭を優しく撫でてから泥のように眠りに就いてしまった。リビングの閉め切ったカーテンから外を覗くと、目を爛々と光らせながらゾンビが道を闊歩しているのが見える。

(アンブレラがあんなものを……未だに信じられないけど、もうそれしか考えられない……)

 グッと唇を噛み締める。

(ジルに会わなきゃ……でもどうやって……)

 あの日話してくれた事を信じる他ない。それにまずは1番に嘘吐きと罵った事を謝りたい。

 そんな事を考えていると、背後でゆっくりとした足音が聞こえた。振り返って見ると、先程の男性が俯きながらこちらに歩いてくるのが視界に入る。

「あ、お兄さん。具合はどうですか……、ッ!?」

 そう呼び掛けると、男性は顔を上げた。

 しかしその顔は青白く、肌もまるで腐ったかのように爛れていて"ヒッ"と思わず声を上げて息を呑んだ。

 男性はメアリーに向かって今にも掴みかかろうと腕を伸ばしていた。

「ッ!!」

 それを寸でのところで躱したが、爪が腕を掠めて引っ掻き傷のように血が滲む。低く唸りながら、今度は外さないとメアリーを視界に入れ、再び迫ってくる。

 次の瞬間、今度は玄関からバンバンと叩く音が聞こえた。複数人で叩いているようで、それと同じ音がリビングの窓からも聞こえる。

 

「……!!」

 四方を奴らに囲まれている。

 

 メアリーは自分まで気がおかしくなる前に、弾かれるように素早く2階へ駆け上がり自室に入ると、机を扉の前に移動させてその上に雑誌と新聞の束を乗せる。

 程なくしてリビングの窓が割れ、玄関を踏み越えるような音が聞こえ、少しの後にこの部屋の扉を複数人で叩く音と唸り声がこの場を占拠した。

「こんなのもたないよ…!!」

 机を懸命に押さえ、扉が壊れないように奮闘するが向こうの数が多い。加えて加減など知らない様子で、木製の扉の正面から一部が破られてゾンビの手が穴から蠢いている。これでは扉が壊れなくても襲われるのは時間の問題かもしれない。

「せめてジルに会うまでは…っ死ねないでしょ…!!」

 このまま終わるなんて嫌だ。

 彼女に謝らなければならない事がある。

 机に乗せたスクラップ帳が振動で魚のように跳ねていた。

 

 その時、1階から電話の呼び出し音がけたたましく鳴り響いた。

 その音にハッと意識が戻ってきた時には音と振動が止まり、唸り声は下の階へとゆっくり移動し始めていた。

「助かったの…?」

 破られた扉の穴から外の様子を窺うと、ゾンビの姿はそこにはなかった。

 へにゃりとその場で腰が抜けたように座り込み、ひとまず安堵の溜息を吐いた。

 

 

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