己は、これほどまでに自身の無力を嘆いたことはないだろう。これほどまでに世界の残酷さを恨んだことはないだろう。いくら後悔したって憎悪したって、握り拳には一滴の血すらこぼれなかった。立ち上がることすら出来ない己の視界に影が差し、力を入れて見上げれば下卑た笑みを浮かべ血にまみれた化け物は笑っていた。
──お前は食っても何も得られない雑草だな。喰らうにまるで値しない。その点、他のやつらは上等で美味で腹も充分膨れたよ。感謝するんだな、お前の家族がお前を救ってくれたんだ。
膨れ上がった腹を醜悪な化け物は見せつけるように撫でる。慟哭を上げるための力すら湧き上がらず、目元から熱い液体を垂れ流すことしか出来なった。肉親が目の前で殺され食べられていく様を見ることしか出来なかったこの眼を今すぐにでも抉りたい。でも、ないのだ。この化け物に抵抗する力も、自らを戒める力も何も。己には本当に力が無かった。化け物の言うこと全てが、皮肉にも正しいのだ。己は道端に力なく生えているだけのただの雑草、気づかれぬことなく踏まれてはその気ひとつで引き抜かれ生を終える弱者。
それでも。己を見ろ、己を食え、己を殺せ。己を、己を……。呪詛のように絞り出したか細い声を、化け物はニヤリと吐き捨てるように一蹴した。
──助かった命くらい大事にしろよ。ああ、なんて俺は慈悲深いんだろうな。鬼が人間を喰わないなんて。
視界を覆っていた影は消え去った。破壊された戸から覗く半月の光が、後に残った床一面を赤く染める血と散らばった肉片を照らす。暖かな家族は冷えきった風に攫われ、脳裏にこびりついた恐怖の顔を最後に二度と語り合うことが出来なくなった。
非義な鬼よ。なんと邪悪なことか。
非情な世よ。なんと残酷なことか。
非力な己よ。なんと無様なことか。
嗚呼……一生をかけて憎み、呪ってやる。■ではない。●でもない。最も許せない▲を。それこそがきっと、地に伏して尚、己が呼吸している意味なのだから。
──────
雲が退き、月明かりが林に降り注ぐ。今宵は月が真っ二つになったかのような形──半月だ。己は正直に言えば半月は苦手である。否が応でも過去を想起させるから。いや、決して忘れることの無い復讐の記憶ではあるのだが。
「……ガア」
「……分かってるよ。大丈夫」
肩に留まる己の鎹鴉の頭をそっと指でなでる。上の空だったことを咎められたようだ。今いる林には鬼の出没情報があり、そこに派遣されたのは己一人だけだった。油断していればすぐに喰われてしまうぞ……と彼は言ってくれたのだろう。
何時でも鬼に対応出来るように鯉口を切り刀を抜く。鬼を滅する為に鬼殺隊に支給される──そこに至るまでに色々な経緯があるが──武器、日輪刀。所有者によって刀身の色が変わる特徴があり、自身の色は黄緑色という刃としてはやや鮮やかさに欠ける色であった。それを手にして心を鎮め、気配を探りながら林の中を進んでいく。風のざわめきを、草木の匂いを、その変化を決して見逃すことなく。
そして、機は訪れた。鼻腔を嫌でも反応させる鉄臭さ、すなわち血の匂い。それがする方向は上……上空。濃くなっている、近づいている。
「──、上!」
察知した瞬間、その場からすかさず前へと転がり込んだ。数瞬まで己がいた場所に、巨大な何かが飛来して地を揺らし土煙を上げる。異形の影はすぐに襲ってくる様子はなく、それを見てから余裕を持って刀を構えた。
「あらぁ……避けちゃうのね。折角苦しみもなく潰してあげようと思ったのに」
煙が晴れ顕になったのは、異常に肥えた肉体を持つ3mほどの巨体だった。尖った角に変異した瞳、鋭い爪と牙や口元に付着している血。滅されるべき鬼そのものである。服と思われるものはほぼボロ布同然で、肉体と不相応なのかところどころ糸がほつれている。話し方こそ女性だが肉体の造形と声質からして男性なのは間違いない。
「まあいいわ。ねえ、そこのあなた? 私は綺麗かしら?」
「……それは、どういった意味合いで?」
質問の意図が分からないが、答える。綺麗かと言われれば醜悪だ。そう即答したかったが時間をかければ万が一何かあった場合役に立つと考えたからだ。肥えた鬼は己の返答に、にやりとして続けた。
「私の身体よ。カ、ラ、ダ。自慢の肉体なのよこれは。この林を夜に通る人達にみーんな聞いてるんだけどね? ほとんど答えもせず逃げちゃうのよ。失礼しちゃうわ」
「逃げた人間はどうした?」
「ぐちゃぐちゃにして食べてあげたわ。私の栄養分になったから許してあげるの」
「答えた人間は?」
「悪い子はその悪い目を抉ったあと頭を潰したわ。良い子は感動で抱きしめちゃった! まあ……彼らも私の肉体の一部になれて幸せでしょう」
「…………」
中々、どうして反吐が出る。いや、反吐が出ない鬼こそ少ないのだが。この鬼は外道にも程がある。あの表情、あの目、あの仕草。その全てが本心から来ているものだと分かってしまう。思わずため息をつくのもきっと無理はない。それを聞いた醜い鬼の瞳が、ぎろりと己の顔を見た。
「なあに、その反応。私に文句でもあるのかしら」
「いいや、ないよ」
「あら。それじゃあ」
「単に。醜い鬼にかける言葉なんて文句すら勿体ない。そう至っただけだ」
「……、…………決めたわ。あなた、ミンチよ」
挑発に乗った鬼が怒りと共に一気に殺意を剥き出しにする。だが、それはこちらも同じだ。自身の欲を満たし尚人間の命を奪うことを楽しむ輩を見て、怒らずにいられるものか。この鬼は必ず己が……殺す。
──────
およそ数十分ほどがたっただろうか。戦闘は未だ続いていた。
剛腕が振り下ろされる。後ろに下がることで大地のみを陥没させた。もう片腕が力任せに振るわれる。身を翻すように回り、躱しながら刃を肉厚の腕へと撫でさせた。刃先は筋を作るように肉を割いたあと、しかしその骨までは至らず弾かれる。距離をとる頃には鬼の異様な再生能力で傷口が塞がれていた。
「ふ、くく……あっはっはっは!!」
唐突に鬼が笑い声をあげる。何事かと顔を上げれば、その鬼は腹を抱えて顔を歪めていた。今までの経験からよくわかる。あれは、己への──。
「あなた、とんでもなく弱いのね。鬼殺隊と思って気を張って損したわ。技術だとか経験とかそういうものじゃない。……あまりにも可哀想だわ。その
視線は己の身体へ向けられていた。まあ、そうだろう。ところどころ破けた服からは筋肉がない平々凡々な身体が露わになっていた。実際に力も弱い。先程すれ違いざまに放った日輪刀の一撃も、成人男性の力さえあれば巨腕とはいえ半ばまで断ち切れたはずだ。少なくとも鬼にとってかすり傷のような浅いものにはならない。
──己は、どう足掻いても一定以上の筋肉がつかない体質であった。同じ年頃の女子と同等以下の筋力しか持てない、そんな。
「そんなのじゃ私の頚を斬ることなんて出来やしないじゃない! ふふ、く、あっはっは! 笑いが止まらないわ!」
「……」
「のこのこと餌がやって来てくれたようなものよ。ああでも、貴方なんかを食べてもこの肉体には利益がなさそうね。何しろ非力! あまりにも非力なんだもの!!」
「……」
「ふふふ……。ねえ、なんならあなたも鬼になってみる? そんな不満足な身体と一生おさらばできるわよ。そして私の部下になりなさいな。何れ私は、あのお方に十二鬼月の席を」
「話が長いな。その醜い身体に気色の悪い声、いつまでも見たくも聞きたくもないんだ。いい加減自覚しろよ、醜悪な鬼よ」
「…………、……。……ああ。そう。死ね」
両腕を広げてまで高らかに喋っていた顔が一気に冷たく変わり、これまで以上の殺気を乗せて肉の固まった腕が迫る。恐らく今までで最も威力の乗った一撃であり、疲労が来ている身体では躱しきれないもの。
殺った、確実に。……なんて、あの鬼は思っているのだろうか。否だ。断じて、否。己は待っていた。鬼にとって最高の一撃を。同時に、己にとっても最高となる一撃を。
大きく息を吸う。呼吸を整える。己の呼吸の形にする。──息を、吐き出した。
「…………なに?」
腕を振り切らんとする鬼は変化に気づいたのだろうか。だとしても、もう遅い。お前は、己の肉体が、滅する。
──
迫った剛腕を瞬間的に膨れ上がった筋力と共に日輪刀で受け流す。その勢いを殺さず、自分の脚を素早く回して回転力を得る。一瞬のうちに何度も世界が回る感覚に、最早吐き気は催さない。暴風の如き速さを得て視界が一巡する前に、跳んだ。狙いは醜き鬼の頚一筋。そこに至る道筋へと刃を置けば……ずぶり、とほんの一時肉と骨を切り裂く感覚が手から伝わった。その刹那を逃がさず、力の限り刀を振り抜いた──。
「え…………」
ぽんと鬼の頭が宙に跳ね上がる。何が起きたのか分からないと異形の目を丸くしていた。斬られたと気づいたのは、地面に転がりあったはずの肉体が崩れ落ちる瞬間だろう。己は脚を大きく開いてバランスを保った後、鬼を見下ろした。
「……己の肉体は、己の両親がくれた最高のものだ。侮辱するな」
己の身体は決して恨んだことはない。鬼に両親を奪われた時、恨んだのは決して力のつかない身体ではなく己の無力さだ。母親と父親から愛をもらい育った肉体は、産んでくれた体は、絶対に同情されるようなものではない。だからこそこの、作られたような肉体を持つ醜い鬼をより許せなかった。
「っ……あ……。……そう、そうね。……わた、しも……。おと、う……さ……。お……あ……」
鬼は悔しそうな表情を浮かべていたが、己の言葉を聞くやはっとした顔になる。そこから、憑き物が落ちたかのように柔らかな顔になった。日輪刀で頚を斬ったため、肉体諸共その存在が崩れていく。涙を流して塵となった鬼の呟きは、己の耳にしか入ることなく消えていった。
「…………、かふっ」
完全に鬼を滅したことを確認すると、胸の奥から湧き上がる吐き気に思わず膝まづいて口を抑える。掌を見て吐き出たものを確認しつつ 手ぬぐいでそれを拭き取る。取れない赤いシミがまた増えた。脚と腕も軽く動かす度に激しい痛みが走る。筋肉や幾つか骨が酷いことになってるのだろう。いつまで経っても慣れないが、多少動ける程度には適応出来てしまった。
「……任務完了、だね」
「ガア。……蝶屋敷」
「うわあ……。毎度毎度、行かなきゃ駄目?」
「蝶屋敷」
「はい……」
指示をもらって鬼を滅して、そして嵐の呼吸を使う度に蝶屋敷にお世話になる。ある時期からこんな習慣がついてしまって、そしてあそこにお世話になる度に厄介なことになるので、正直行きたくないのだが。己の鎹鴉の圧は中々すごい。有無を言わさぬ迫力があるのだ。無視すると、頭の毛を一本残らずむしり取られてしまうのではないかというほどに。
仕方ない、と己は刀を鞘に戻して空を見た。黒い色は既に白みを帯びており、彼方の山から月よりも暖かい光が世界を照らそうとしていた。……ただ、己の数刻先の未来は暗い。
見切り発車でやってしまいましたねこれは……。
鬼滅の刃、本誌連載当時から好きだったので今回のアニメによって有名になっていたのが嬉しいような寂しいような。そんな感じのする雑紙です、よろしくお願いします。
書きたい風に書いたので地の文がなかなか、たまげたなぁ、な感じですね。悲しい。オリ主さんの素性も書いてないですね。悲しい。でも謝らない。というわけで以下から詳細をば。
今作のオリ主
名前は旗本宗折くん、性別は男性。一話目から衣類が破れてサービスシーンを晒してしまった。肉体に筋肉が付きにくい体質、何故鬼殺隊の道を選んだのか。
これもぜんぶ鬼舞辻無惨ってやつの仕業なんだ。
嵐の呼吸 旗本宗折くん作。
風の呼吸を原型とし雷の呼吸からヒントを得て生み出したオリジナルの呼吸。イメージとしてではなく実際に風が巻き起こる影響も受け継いでいる。肆の型まで存在し一つ一つの型が絶大な威力を誇るが、肉体に軋みが生まれるほどの負荷がかかり乱発は出来ず疲労の蓄積も一気に大きくなる。鬼との戦闘において人間はただでさえ体力の消耗が鍵となってくる為にこの呼吸を使うのはいわば自殺行為。
要約:いけ! 旗本くん! すてみタックル!!
参の型 一迅
攻撃をいなし一刀のもとに伏す柔の反撃。相手の勢いを殺すことなく利用し通常の何倍もの速度で返す、ただ一度だけ繰り出されるそれは一陣の風が吹いたが如く。
つまり、めっちゃ強いカウンターです。
醜い鬼
肥えてる鬼。真ん丸な体だが、その身体についている筋肉は思った以上に多い。元々病弱少食でこんな身体に産むなと両親に強くあたる。その後鬼舞辻に出会い鬼となっては両親を喰らい人を食らい、その体を肥やし強くなっていった。血気術は切り離した肉を巧みに操れるもの。
カウンター一発KOをもらったので出番はなかった。残念。