己は非力である、それでも、己は鬼殺隊である   作:雑紙

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己は愚か者である

 ──君には才能がないね。

 

  そう、ばっさりと言い切られたことを今でも憶えている。両親を喰われ自身を見失っていた己が、後にやってきた鬼殺隊への入隊を懇願し、ある育手の下で鍛錬をしていた日々のことだった。教わったのは風の呼吸の扱い方であったが、実際に剣技によって巻き起こす風を攻撃として扱うこの呼吸は、それを生み出す為の腕力と技の冴えが必要である。前者の時点で己はこの呼吸に向いていないのではないかと思ったが、それでも剣技だけでもこの育手のもとで学び磨こうと努力した。その結果、呼吸の特徴である風は全く靡かぬまま年月だけが過ぎていた。

 

  ──肉体については仕方がない。だから別の問題だ。君は特にこれといった力仕事をしていたわけではない。刃物を扱うことも、感覚を研ぎ澄ませることも、何もしていなかった。だからだろうね。君は、君自身で、剣の才がないことを自覚する機会を失ってしまった。

 

  ──このまま努め続けていれば、決して実力がつかないことは無い。だが同等の訓練量をした一般的な隊士よりも遥かに劣ることになるだろう。僕としては君は、正式な鬼殺隊員への道を諦めるべきだと思う。初めから隠になることを視野に入れるべきだ。

 

  …………そう、ですか。

 

  育手の老人は的確な助言で、残酷な現実を突きつけた。結果が奮っていない毎日に焦った己には彼の言葉はすとんと腑に落ちてしまって、己が酷く情けないものだと感じた。彼は己に気を遣ってくれている。そもそも鬼を殺すのに適さない肉体なのに、過去に何も積まなかったからこそ未来も苦しくなっているのに、訓練には真摯に付き合い尚提案してくれたのだ。その提案を鵜呑みにする事が出来ず、かといってきっぱり否定することもなく、迷ってしまった己がまたさらに情けない。

  才能が無くても特別優れた感覚があればまだ良かったのだろうか。……否だ。優れたものがあっても上手く使えなければ宝の持ち腐れである。己の優れた部分は恐らく、鬼殺隊員としては無意味に終わるものだったのだろう。ああ、なんて。間の悪い。

 

  ──他の呼吸を扱う育手の風景を見に行こう。もしかすれば、何かきっかけを掴めるかもしれない。

 

  答えが出ることなく怠惰に普通の訓練をしていた、とある日。育手の老人から他の育手の所へ伺う話をされた。風の呼吸が自分に合わなければ他の呼吸の育手のところで面倒を見てもらえばいい、という考えを持って。己は藁にもすがる思いだった為、頷いた。己が非力であるならそれを補うものを少しでも見つけ出したいと。

  炎、水、雷、岩。鬼狩りが扱う全集中の呼吸、その基盤となる五大流派の残り四つの訓練風景をそれぞれ確認した。そこから見出した結論は、そのどれもが自分には合わないというものだった。最も可能性のあったのは流れるような万能さが特徴的だった水の呼吸であったが、それも己が扱えばさざ波さえたたぬと嫌に理解してしまった。

  なんて非力なことか、なんたる惨めなことか。鬼への復讐を糧に燃えつづけていた炎が小さくなっていくのが己で自覚できていた。今思えば、あの巡りは育手の老人の優しさだったのではないだろうか。鬼狩りの道を諦めろという、その道の危うさを知るからこその。

 

  ならば己は愚者であろう。育手の優しさを踏みにじり、みっともなく鬼狩りへの道を這い蹲ろうとするのだから。その為の手足を、見つけ出してしまったのだから。

  五大流派の呼吸の一つである雷の呼吸。そして己が長い年月をかけて形だけ取り繕った風の呼吸。この二つの呼吸に共通する点は、速さが求められるところだ。雷の呼吸であれば脚の筋肉に重きを置くことで、尋常でない速度からの居合や連続での攻撃が可能となるといったように。

  ならば。雷の呼吸と風の呼吸を織り交ぜてはどうか。己には充分な筋力がない、速度を出すための脚力も劣っているだろう。己にはそれを補う剣の才もない、風の刃など作り出せないだろう。だから足し合わせる。掛け合わせるのではなく、二つの呼吸を己の型として形にする。それが……己の身体にどれだけの負担をかけたとしても。

  己の肉体が悲鳴を上げた。己の脳がやめろと警鐘を鳴らした。しかし、己の心は決して折れ曲がらず、理性と本能を突き動かし続けた。幾許も、時間など忘れて。ようやく掴んだ鬼を屠る手を離すことなく。その甲斐あってか、己でも鬼の硬い頸を斬ることの出来る嵐の呼吸を会得した。鬼を斬る力があると分かると、育手の老人も選別試験に出ることを許可してくれた。

 

 

  ──宗折。君は……

 

 

  その時の老人……師範の複雑な表情は。未だ、心から離れない。

 

  ……どうか許してください、師範。己は、優しさを受けても、違う道を示されても、駄目なのです。己の肉体でも鬼を屠ることが出来ると証明したいのです。己の身体は、両親から賜った自慢のものであると。だから、どうか、どうか。己を、鬼狩りに……

 

 

 

 ──────

 

 

  「脚部と肩、それに手首にまで骨への異常が見られますね。大人しくしていれば三日ほどでこの屋敷から出られますよ」

 

  鎹鴉の指示に従って訪れた蝶屋敷、迎えてくれたのはたまたま屋敷の中にいたのであろう蟲柱の胡蝶しのぶさんだった。痛む部分を触診してもらった後、変わらない笑顔で怪我の具合を告げられる。言われてから手首を曲げようとすると、ずきりと顔が歪んでしまうほどの痛みがあった。ここも痛めていたことには気づかなかった為、己ながら未熟だなと反省する。

 

  「分かりました、ありがとうございます」

  「はい」

  「…………」

  「…………」

  「……、え、と」

 

  頭を下げてお礼を述べて、返事を貰った。それで椅子から立ち上がりそそくさと立ち去ろうとするが、くい、と僅かな力で羽織の裾を引っ張られる。振り向くと、やはりいつものようにしのぶさんはにこにことした顔を貼り付けていた。冷や汗を一筋流して、心当たりがないような素振りで目を逸らしてみる。

 

  「心当たりがないようなフリをしても無駄ですよー。というか、よくそんな真似が出来ますね? 毎度毎度、どうして貴方がこの蝶屋敷で直々に治療を受けるのか分かってますか?」

 

  ダメだった。ゆっくりと毒を回すかのような遠回しな棘がぐさりぐさりと心に刺さる。気まずくて合わせられなかった目が、言葉の圧で無理矢理に引き戻される。最近ではしのぶさんが怒っている時、少しだけ立っている青筋を見分けられるようになってきた。

 

  「……すみません」

  「謝って済むのなら私もこんなに言わないんですけどねー。それに、反省しているわけではないでしょう? 」

  「…………すみません」

 

  また謝って、としのぶさんはとうとう呆れたような表情で額に手を添えていた。彼女の言葉全てが図星なので、どうあっても謝る言葉しか思い浮かばなかったのだ。

  鬼を滅する為に鬼殺隊は独自の呼吸を扱う。扱わなければ、人外の力を持つ鬼には大抵適わない。つまりは任務で鬼を討伐する度に呼吸を使うのだ。……諸刃の剣である嵐の呼吸しか有効でない己が、討伐任務の度にどうなるのか。想像は容易い。今回は参の型一つしか使用しなかったので比較的怪我は軽い、しかし基本的に嵐の呼吸を使っても己は連続で使用しなければ鬼の頸にまで至らないのだ。酷い怪我は山ほど負ってきた。

 

  「全く。鬼からの攻撃による負傷で怪我をするのならまだしも、自傷したようなものをいつもお世話するほど鬼殺隊も暇では無いんですよ」

  「分かってます。己は迷惑をかけて、あなた方に苦労をかけている。いつも本当に申し訳ないと感じています」

  「……ええ、私も分かってますよ。でもこうして、少しでもお説教しなければ。私の気も晴れないんです」

 

  ため息混じりに椅子に座り直ったしのぶさんは、真剣な目付きで己の瞳を覗き込んでくる。その表情には見覚えがあって、己も一度呼吸を挟んだ後に見つめ返した。この時のしのぶさんが話す話題は決まっている。

 

  「その呼吸、捨てませんか?」

  「捨てません。己が見つけた唯一の有効法なのです」

  「私のように鬼の頸を斬らずとも鬼を殺せる方法はありますよ?」

  「ありません。賢しい手を打つには己の頭は足らず、時間も足りません。頸を斬らない限り鬼には勝てないのです」

  「いっそのこと、鬼狩りの道を諦めては?」

  「なりません。幾ら蔑まされたとしても、己は己の肉体で鬼を滅し続けます。こればかりは譲れないのです」

 

  問答を終えて一瞬の沈黙が二人の間を通り過ぎる。破ったのはしのぶさんから零れた大きなため息だった。こうなることは分かっていたのだろう、なにせ似たようなことを今までで十数回繰り返しているのだから。

 

  「宗折さんの悔しい気持ちは分かります。私だって、かつては鬼狩りとして鬼の頸が斬れないことに苦しみました。藤の花を利用した毒、それを用いて鬼を殺すことを考えつくまでは」

  「良く伺っています。革新的な発想で鬼を狩り、その上このように医療にも携わっている。蟲柱であるしのぶさんは、鬼殺隊に必要不可欠な存在です。尊敬しています」

  「ありがとうございます。ですが、宗折さんだって決して不必要な存在ではないんですよ」

 

  己の言葉の裏に隠れていた心をずばりと言い当てられ口が詰まってしまう。性差別をするつもりは無いが、筋力に難がある女性にも関わらずしのぶさんは柱にまで登りつめた。彼女の功績には目を見張るもので、こと治療関係においては彼女なしで運営出来るとは思えないほどに。

 同じような体質であっても、毒を作り出し薬学に精通し鬼殺隊を支えるようになった柱と、諸刃の剣でようやく鬼を殺せるようにしかなっていない己とでは雲泥の差だ。己は在り方まで正しく使い捨ての鉄砲玉だと、自身に戒めるように口にしていたのを見透かされてしまった。

  正直に言えば嫉妬していた。彼女の努力が実を結んでいることが、彼女の才能が鬼殺隊を動かしていることが。胡蝶しのぶは柱になるべくしてなったのだと理解していても。……その頭脳が、羨ましかった。

 

  「私たちが咎めているのは、もっと他の方法がなかったのかという点です。最初期の頃に比べれば宗折さんも確実に力がついて怪我の具合も酷いものはありません。ですが、十二鬼月に会えばこんなものでは済みませんよ。……どうかお気をつけて」

 

  終始目を離さずに話し続けていたしのぶさんだったが、それだけ伝えると話は終わりと言わんばかりに紙束をまとめて机の方に姿勢を戻す。怒っているなあと顔を見なくてもその背中からよく分かった。己は椅子から立ち上がると、一礼してから診察室の戸を開けて退出する。

 

  開始地点はきっと同じところだった。復讐の心も恐らく、同等のものを担っていた。ならばこの戸で分け隔てられているように、鬼狩りとしての明暗が別れた理由は何だろうか。

  いいや、分かっている。簡単な自問自答だ。それは、覚悟に違いない。仇である鬼を殺すまで死ねないしのぶさんと、鬼と相打ちになるのなら本望であると半ば諦めている己。才能でも努力量でもなんでもない、心の持ちようが足りていないのだ。そして、それを埋められる目処はない。

 

  己はきっと追いつけない。両親を奪われたあの時からずっと、己は非力なままだ。

 

 

  己は誠に愚か者である。




 胡蝶さんのことを宗折くんはとても尊敬して嫉妬しています。何せ筋力が少ない組で大成功を収めている方ですから。その毒の扱い方を教えることも誘われるくらい交流はありますが、断り続けているのは足りない部分が多すぎる他に胡蝶さんの技を奪いたくない、真似たくないという意地から来ているのかもしれませんね。
 以下から少しだけの詳細です。

 育手の老人
 旗本宗折の師範で風の呼吸の使い手でした。柱の経験はありません。父のように振舞ってくれる着丈で優しい老人で、宗折のことも長く面倒を見たため子のように思っていたそう。剣の才がないのもあって彼が鬼殺隊に入ることを止めたかったのですが、嵐の呼吸を会得した結果自分では止められないと諦め、また祈りながら選別試験に送り出したそうです。
 ただ死んだだろうなと思っていたので帰ってきた時は幽霊だと勘違いしたそう
 
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