己は非力である、それでも、己は鬼殺隊である   作:雑紙

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己は救えないものである

 ──大丈夫か!  間に合ってよかった! 

 

  のしかかった鬼が大口を開けて俺の頭を噛み砕こうとした瞬間、鮮やかな水の流れと共に一人の少年が駆けつけた。その顔には見覚えがある。この最終選別の説明の時、狐のお面を被った変わった二人組……その片割れの少年だった。頬の傷が特徴的の、宍戸色の髪をした少年。

  まず命が助かったことに安堵の息を漏らし、次に疑問に思った。何故この少年は俺のことを助けてくれたのだろうか。この試験での目的は鬼の住む山で七日間生き延びること、確かに目の前で同じ受験者が襲われていれば息を呑むが、しかし助けるよりも見捨てる方が生き残る時間は遥かに長く取れるはず。何か対価でも望むのだろうかと怪訝な目で見つめていれば、彼は急いた顔で口を開いた。

 

  ──不安なら向こう側へ向かえ、他の受験者が集まっているはずだ。俺はまた別の方に向かう。

 

  言いたいことを言い終えたかのように、一方的にまくし立てて彼は素早い身のこなしで木々の向こうへと走り去っていった。きっとその時の己は口を開けて情けない顔を晒していたに違いない。助けてくれた後にかけられた言葉は、なお己を気遣う優しいもので、彼の高潔さが伺えるものだった。

  対して己はどうだ。まず身の安全が確かになったことを喜び、何が目的なのかと優しい彼を疑った。命を救ってくれたお礼を考えすらしなかった、お礼の言葉を口にすることも。なんて、なんて情けない。他者の命を救うことに何の見返りも求めない彼と、自分の身だけを案じている己の比較が、より無様さを引き立てている。

  きっと、彼のような誇り高き剣士がこの選別試験を生き残るのだろう。己が生き延びたとしてもそれは、彼にあやかっただけのただの添え物だ。試験に合格したなんて口が裂けても言えない。この山からもし生還出来たら、同じようにいるはずの彼に言えなかったお礼をちゃんと述べなければ。飯を奢るのもいいだろう。それくらいしなければ命の恩人への謝礼に満足出来ない。

  そう考えれば己がこの山を生きて出る気力も湧くというもので、その時以降現れた鬼から逃げては斬り、やり過ごしてを繰り返して、ある時から鬼の出没が途絶えると安心して七日間を過ごすことが出来た。山から出ればほとんどの受験者が既に無事に生還しているのが分かって、そして、理解した。

 

  たった一人。命の恩人の男の子だけがいないことを。お礼は、一生彼の元に届くことはなくなったのだと。後悔が全身を支配して、木陰に手をついて涙が溢れた。己はなんて、救えないものだ。間違いに気づくのが遅すぎた。

 

  誰かを救うなんて考えを持つことすら、己には烏滸がましい。

 

 

 ──────

 

 

  「あはは、鬼狩りさん頑張るねー。もうそろそろキツいんじゃないー? ねえ?」

 

  飛来する拳大の棘を日輪刀を振るって落としきる。振動が刃を伝って手に伝わり、少しずつ蓄積してくる疲労感に腕が震えかけていた。眼前にはくすくすと笑う、身体中から歪な棘を生やし鋭い蜥蜴のような尾をもった鬼。少しずつ獲物を痛ぶるのが趣味なのだろうか、舌なめずりをしては己と、己の背後に目をやっていた。

 

  「うっ、うぅ……」

  「お、お兄ちゃん……」

 

  己の背後には二人の兄妹がいた。十数分前、彼らが目の前の鬼に襲われていたところを己が何とか割り込んだのだ。幸運なのは二人が喰われる前に間に合ったこと、しかしそれ以上に不幸なのは兄の子の足に棘が刺さるまでに間に合わず二人を逃がせない状況を作り出してしまったこと。……いや、不幸で片付けられるものではない。もう少し己が速く彼らを見つけ出していれば、こんな危険な戦場に身を晒させる必要はなかったのだ。五感のひとつでも尖っていれば……『彼』のような力があれば……。

 

  「……ヒュゴオォォ……」

 

  呼吸を整え力を全身に行き渡らせる。ないものねだりも後悔も今更何の意味もない。己の肉体に不満はない、間が悪かっただけだ、そう逃げろ。間違いであったとしても今はそれでいい。後ろの二人を守り目の前の鬼を滅する、それが己の使命なれば。

 

  「うーん、その目。まだ諦めないんだ。大人しく死んじゃえば痛い目にも遭わなくて済むのにねー。君の剣術、こっちは痛くも痒くもないのにねー」

  「痛みは怖くない。手足を失うとしても、それで鬼を滅せられるなら」

  「命は? ねえ、もしこの場から何も見なかったことにして立ち去って後ろの二人を置いていってくれるなら、ボクも君を見逃してあげるよ? ねえ、ねえ、どうかな?」

 

  大きな尻尾を揺らしながら鬼は愉悦の笑みを浮かべ語ってくる。拒絶の意を示すように己は刃先と呼吸を乱さず見つめ続けるが、彼女はそんなことお構い無しに口を開き続ける。

 

  「ねえ、僕たくさん人を食べたからある程度分かるんだ。君って他の人間よりも身体が弱いよね? 稀血ですらない。ねえ、そこの稀血の男の子を食べた方が得でさえあるんだよ。君は鬼にとって何の価値もないんだよ。感じるはずのない疲れをもたらすだけの邪魔者なんだ。ねえ、ねえ、今なら女の子と一緒でも許してあげるよ? どう? どうかな?」

  「うっ……あ……。け、剣士さん。妹……だけでも……」

  「いや、お兄ちゃん……。そんなの、やだよ……っ」

  「力の差は短い攻防でもよく分かっただろう? ねえ、確実に救える人を救おうよ。きっとそれがお互いの──」

  「──お前は。いやお前達は、何か勘違いしてるようだ」

 

  前後から聞こえてくる言葉を全て断つように、己は口を開く。目の前の鬼はもちろんだが、きっと後ろの兄妹も怪訝な顔をしているのだろうか。そうだとしても構わず、己は両者の間に立ち塞がり続けて言葉を紡ぐ。

 

  「確かに己は弱者だ。お前よりも力は劣り、身体は喰らうまでもない貧弱で、命が惜しく、彼らを確実に救う力量は無い」

  「よく分かってるね。ねぇ、だったら」

  「だが。だからといって。それが己がお前を滅し彼らを助けることが不可能であると示す訳ではない」

 

  ああ、理解しているとも。本来己は鬼殺隊の器に収まるほど心身が正常でないくらい。非力で愚か者、そんなことは一番自分がよく分かっているんだ。こんな己が後ろの子供二人も当然のように救えないことだって、分かりきっている。

  故に、立つ。全てを自覚しているからこそ守るべく立ち続ける。ここで退けばあの妹は兄を失う悲しみを一生背負い続けることになるだろう。そんなことはさせたくない。家族を失う辛さは、誰よりも分かっているのだ。救えなくとも、無力であっても、これが無意味に終わるとしても。決して退くものか。

 

「弱者は決して敗者だと運命づけられた訳では無い。それを証明してみせる。掛かってこい──下弦の伍」

  「…………あはっ」

 

  瞳に数字を持つ鬼……十二鬼月である彼の鬼は、鋭い牙を並べて嗤う。迫り来る最も近い死に己は臆する面を見せず刀を構え直した。上から数えた方が強い鬼に我ながらなんて無謀なのだろうと刃をまじえる直前でも思うが、己はそれで良いのだ。

 

 

  己は救えないものである。他者も、自分も、しかしそれでも。己にも守りたいものはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ──意識が途切れる直前。最後に舞ったのは自分の鮮血だった。




※つづくよ。文章量はその時によってまちまち変えるつもりです。


強力な武器を一つ手に入れても、障害は山ほどある。
その武器を扱いきれる技量、その武器がそもそも通じるかという相手、その武器に対して足りない理解。
それら全てを補えるのはきっと、選ばれかつ努力を諦めない人なのでしょう。
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