ゴンドラの唄(加筆修正して再投稿予定)   作:時緒

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マハーバーラタを勉強しながら書いてますのでおかしなところがあったら申し訳ありません。素人の二次創作ということでスルーしていただければ幸いです。

知り合いのリクエストなので更新は「先祖返り」よりのんびりします。


神代Ⅰ:「全ての嬰児は、神がなお人間に絶望していないというメッセージを携えて生まれてくる」
00.黎明


 最初に思い出したのは、空に投げ出される奇妙な感覚。ふわん、という浮遊感。

 そして、

 

 黒い竹林みたいににょきにょきと生えたビル群の隙間から見えた、涙が出るほど綺麗な夜明けの空。

 

 あれに溶けてしまえたら、きっと気持ち良くて素敵だろうなあなんて。

 寝ぼけた頭で、馬鹿なことを考えて。

 

 そして、死んだ。

 それだけは、確かなこと。

 

 

 

 

 

「……だったはずなんだけどなあ」

 

 東雲(しののめ)(あきら)、享年(多分)二十歳。最終学歴、高卒。職業、エンジニア。

 夜勤明け帰宅中、(居眠り運転のせいで)トラ転しました。

 

 

 

 

 

「いみわっかんねー」

 

 今時トラ転て。時代遅れ……じゃないけどありふれすぎてて何も面白みがない。しかもなんちゃって西洋ファンタジー世界じゃなくてどことなく東洋っぽくもある不思議な雰囲気の世界だ。

 

「アールシ、アールシや。馬に水をやっておくれ」

 

 トラ転というからには、今の私は幼女だ。年齢は多分二歳とか三歳とかその辺。記憶のせいか自立(自力で立って歩く、の意)が早く、お陰でどうにも貧しいらしい家の手伝いも今から少しは出来ている。

 

 

「はぁい」

 

 呂律が回らない上に複雑でわかりにくい言葉でも、はいといいえと挨拶くらいは最近なんとか喋れるようになった。この国……この世界? の言葉はとても難しい。私が高校まで学んだ英語とは全然違っているし、たまにラジオで聞いたハングルや中国語、ドイツ語なんかとも全く比べられない。

 

「おいで、こっちだよ」

 

 私の父親は御者をしている。二十一世紀の日本人の感覚として「は?」となるような仕事だけど、事実だ。この世界では自動車はおろか自転車もなく、移動手段はもっぱら徒歩、でなければ馬や牛を使うしか無い。但し牛は神聖な動物らしく、乗っている人は見たことがない。乗れるのは神様だけなんだそうだ。あとは戦車として象を使うことはあるらしいけれど……まだ私は見たことがない。

 

 父は御者としては一流で、偉い人にも徴用されている。父が世話をする馬はいつも毛艶が良くて、そしてよく躾けられているから滅多に暴れたりしない。もし暴れてお偉いさんに怪我でもさせたら一族郎党ぶち殺される世界なので、そんな手抜き仕事はとても出来ないんだけど。

 

 ……大袈裟だと思った?

 私も最初はそう思っていた。ところがどっこい、全然大袈裟なんかじゃない。洗ったはずのお偉いさんの服にほんのちょっと泥汚れが残っていたというだけで、この間は三軒隣の家族が全員殺されてしまったのだから。

 

 ヴァルナ、という身分制度がこの世界にはあって、そのせいだ。

 

 バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ、そしてアチュート。この世界の人間は大まかにこの五つに分類される。バラモンが一番偉くて、シュードラが一番下。ヴァイシャまでならまだしも、シュードラに至ってはギリギリ人間扱いされるかなというレベル。日本のような名目上の士農工商なんて比較にもならない、絶対的でどうしようもない腐れた立場。アチュートに至っては人間扱いすらされない。これは先祖代々のもので、変えることも出来ないし変えようと思うこと自体が神様への不敬に当たるんだとか。

 

 ……さて、高校までの歴史で世界史を選択してる人、そろそろピンとくるだろう。

 このヴァルナという制度は、一般的に私達が【カースト】と呼んでいるものだ。つまりこの世界は、まだヒンドゥー教すら生まれていない……バラモン教が広まっていたカオスな時代のインド、ないしそれによく似た世界だということになる。

 そして私の父の身分はスータという。今の4つ(5つ)のどれにも属さない身分だけど、バラモンやクシャトリヤに使われる立場ってことは変わらない。ちなみに父親の仕事は御者だ。この国(クル国)の王族にはそれなりに重用されてはいるものの、暮らしは貧しいし多分今後も生活が劇的に改善されることは無い、そういう立場。

 

 結論から言おう。

 生きづらい。死ぬほど、生きづらい。特に私のように、曲がりなりにも男女平等が当たり前の世の中に生きてきた記憶のある女にとっては。

 

 この世界では差別は全て区別として扱われる。身分による差別、男女の差別、そして見た目や能力に対する差別。私はこの時点で二つに引っかかっている。スータの女なんて、同じ身分の相手でなければまともな扱いも受けない。ごく稀にやたらと優しいバラモンやクシャトリヤがいたりするが、こいつらは大抵自分の立場に酔っているだけで何の施しもしてくれないクソ共だ。見ているだけで吐き気がする。しかも高確率でヤること目当てで近づいてくる。

 日本も大概性犯罪者に甘いと言われていたが、この世界のそれとは比較にならない。何せ上級国民()が文字通り上級なのだ。連中にとって下層市民の女なんて自由にできるオ○ホでしかない。ケッ。

 

「おいで、おいで。水をのまなきゃだめだよ」

 

 とまあやさぐれるのはこの辺にしておこう。貧乏暇なし。御者としてはクシャトリヤに重用されていてそこそこ仕事はある家だけど貧しいのは貧しいし、気紛れにヴァイシャの連中から物をかっぱらわれることもあるので気が抜けない。

 

 あと女は本当に気をつけろ。普通レベル以上の顔ならもれなく性欲発散の相手として連れていかれる可能性がある。ちょいブスでも場合によってはターゲットになる。本当に気を付けて。男も同様。特に声変わりする前の子はそっちの被害に遭う可能性が爆上がり。童貞喪失の前に尻の処女を捧げたくなきゃ今から走り込みしとけ。

 

「ほら、こっち。おいでってば」

 

 っと、また話がそれてしまった。今はそれより馬たちに水を飲ませないと。

 井戸の水はもっぱら人間用なので、馬が使うのはこの近くの川だ。基本的に日射時間と量が半端じゃないこの国でも、このあたりの地域は比較的水に恵まれている。『湯水のように』なんて言葉があった日本とは比べ物にならないが、干からびて死ぬ心配だけは無いのがありがたい。

 

「はーいしどーどー、はいどーどー、はーいしどーどー、はいどーどー」

 

 あー、疲れる。

 何せ三歳の身体だからね、馬を引っ張るのも一苦労です。本当ならもっと大きくなってからでいいよって両親も言ってくれてるんだけど、一応中身は社会人でしたからね。穀潰しはとても申し訳ない。

 

 幸い不思議と馬たちは私に友好的で、多少悪戯はされてもあまり困らせることなく仕事をさせてくれる。中には主人よりも私にくっついてくれる子なんかもいたりして、結構この仕事自体は楽しい。

 生前は東京生まれ東京育ち、クソみたいな両親のせいで旅行の一つにも行けなかったIT土方ですのよ私。こういう野生(じゃないけど)動物とのふれあいって憧れてたのはあるよね。

 

「ゲッ、しろはだ女だ!」

「ほんとだ! にげろ!」

 

 川に向かう途中、向こうから歩いてきたのは近所のクソガキどもだ。暮らしぶりは私らとさして変わらない家も多いけど、連中には私を標的にする格好の理由がある。

 

 私はこの国に生まれたくせに日本人めいた黄色い肌をしているんだけど、これがこの国では特に異質なのだ。人ごみの中にいればいるほど目立つ白さで、しかも日焼け止めも無しに馬を連れまわしているのにちっとも焼けない。美白が持て囃されていた日本にいたら最高だったんだけど、此処ではただの異質だ。お陰で『しろはだ女』とか『ゆうれい女』とかまあありきたりな渾名をつけられている。

 

 あっ、痛! くっそ石投げんな石を! 死んだらどうする!

 

「にげろにげろ! しわだらけにされるぞ!」

「そこの木みたいに枯らされるぞ!」

 

 そこの木、とこれ見よがしにクソガキが指さすのは道の端っこで真っ黒くなってる大木だ。元々結構デカい木だったんだけど、ロリコンクソ野郎のクシャトリヤの放蕩息子から逃げようとした私が暴れた挙句……まあ、なんかこうなったらしい。あんまり覚えてない。ちなみにクシャトリヤのゲス野郎はあの木どころか砂みたいになって消えてしまった。風化したって感じだった。

 

 要するにまあ、私には触れた生物から寿命? 生気? そんなものを吸い取る特殊能力があるらしい。どんなファンタジーだ。そしてなんて役に立たない能力だ。正直この通り迫害の要因になっていて恩恵はほぼ無い。強いていうなら噂が広まって私に手を出そうとするペドが大幅に減ったことだくらいだ。役に立たないじゃないね。めっちゃ有益でしたねすんません。

 なお、放蕩クソチ○ポ野郎について特に報復には遭っていない。死体も荷物も見つからなかったから証拠隠滅出来たってことだろう。バーカバーカ性犯罪者は全員ブツ腐らせて死ね!

 

 ちなみにこの能力について、両親は何やら心当たりはあるらしい。私が十歳になったら教えてくれるそうだが、別に聞きたいわけでもないのでどう答えたものか迷っている。

 

「やっとついた」

 

 幾ら馬が協力的でも流石に二頭つれて歩くのは疲れる。あと石ぶつけられたデコが痛い。どうせ嫁入りのあても無いから傷は気にしないけどね。

 

 さて。

 

 馬が水飲んだり遊んだりしている間、私は見張り以外に特にすることが無い。というか見張りが重要な仕事なのだ。万が一盗まれたら一族郎党首ちょんぱで、この時代の馬は貴重な移動手段だから。

 

 ……だったら自分で世話しろよ、とはちょっと思うけど。

 

「いのちみじかし こいせよおとめ

 あかきくちびる あせぬまに

 あかきちしおの ひえぬまに

 あすのつきひは ないも の  …‥…お?」

 

 なんか流れてくるな。何だアレ。

 

「箱?」

 

 箱だ。しかも何か綺麗な箱だ。適当にしつらえた木箱とかじゃない。

 ……何処ぞのクシャトリヤが間違えて流しちゃったとかかなあ。拾ったら絶対因縁つけられるやつでしょアレ。装飾品だけ取って売ったらバレずに済むかなあ。

 

 昔々おじいさんは山へ柴刈に、おばあさんは川へ洗濯に。

 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこーってね。

 

 まあ私おばあさんじゃなくて齢三歳のアールシちゃん(美少女)なんだけど。

 流れてくるのは食べられもしないただの箱なんだけど。

 つまり拾ったりしないんだけど。

 

「……ゃ…………ぁ……」

 

 ん?

 

「みゃ……‥ぁ……………ぁ……」

 

 んん?

 

「……ぁ……ふみゃ…………みゃぁ……」

 

 んんん?

 おいちょっと待って。

 ちょっと、待て。

 

「ふみゃぁあ……」

 

 入ってる!! あの箱何か入ってる!!

 具体的に言うならなんか生き物的なのが入ってる!!

 

 なに!? 何入ってんの!? 猫!? 猫っぽい鳴き声だけどほんとに猫!?

 

「まってええええ!」

 

 流石に生き物が入っているとわかって見逃すわけにはいかない。あとで因縁付けられる前に寺院にでもおいてくればどうにかなる!

 服がずぶ濡れになっても風邪をひく心配が無いのは良いことだ。お日様今日もありがとう、なんて馬鹿なことを考えながら川に飛び込む。小学校の水泳真面目にやっててよかったよ! プール教室なんて通うお金無かったからさあ。

 

「ぶっ、わぷ、あ……ぶはっ、うえっげほげほっ」

 

 三歳児が抱えるには結構な大きさと重さの箱でした。勘弁してくれほんとに。

 しかし拾ったもんは仕方ない。そして拾ってからわかったけどやっぱこの中何かいる。中でごそごそ動いてる。こりゃ本当に猫か犬か何かかも知れない。お金持ちのお嬢さんが飽きて捨てたか何かしたんだろうか。

 

「どっこいしょーっと」

 

 あー重かった。マジ重かった。意味わからんくらい重かった。犬猫ってこんな重いの? 飼ったことないからわかんないけどさ。どれどれ……。

 

「わんちゃんかなー? ぬこさまかなー?」

 

 猿とかその辺の変わり種ってこともあるか、な……。

 

「は?」

 

 ぱか、と空けた箱の中には、ふわふわしたクッションが敷き詰められていた。それはいい。まだ許せる。そもそも捨てるなって話だけど、まあいい。

 中に犬はいなかった。猫もいなかった。猿でもなかったし他の四足歩行動物でもなかった。

 

「うそでしょ」

 

 白い髪、白い肌。小さくて短い手足に金色のとげとげが沢山へばりついている。そして左耳にだけ大きなピアスまで。

 え? なにこれ虐待? いや虐待以前の問題として!

 

「育児放棄断固反対!!」

 

 思わず一足飛びに呂律が回るようになってしまったが仕方が無いと許してほしい。何せ毒親育ちなものでね!

 

 何処のバラモンかクシャトリヤの馬鹿娘か知らないが!!

 生んだ子供に責任持て! 責任持てないなら生むな!!

 こんのばか!! クソばかやろう!!!!!




オリ主:東雲暁(しののめ・あきら)/アールシ

最近よく見かけるトラ転した主人公。元システムエンジニア(インフラ系)。
残念ながら古代インドでは全く生かせない技能なのでこれからも大して無双は出来ません。

男所帯のエンジニアの世界で生き抜いているので基本的に気が強い。
生活に精一杯で友達もいなけりゃ恋愛経験も絶無。

川から流れてきた箱を開けたら赤ん坊が入っていてびっくり。
インド神話には特別詳しくないのでカルナなんて英雄は勿論知らない。
Fateも知らない。
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