あと型月の独自設定もいれるとかなりややこしい……。
何か変だな、と思っても多少は見逃していただけたら幸いです。
合言葉は「ご都合主義サイコー!」でオナシャス。
ヴァスシェーナを拾って困ったことが存外幾つもあった。
食費が一人分多くなるとか、ミルクがそもそも貴重だとか、そういうことじゃない。いや、これは確かに我が家の家計を逼迫させることではあるんだけど、でもそれは覚悟の上だ。私はだからヴァスシェーナを家に連れて帰るのを(最初だけ)躊躇ったし、両親もこの子をうちに置いた時点でそれは十分理解している。
幸いうちに子供が増えたことで現国王の兄のドリタラーシュトラ(舌を噛みそうな名前だ。目が見えないせいで王位継承権をすっ飛ばされたとのこと)とかいう人がそれなりにお祝い金をくれたので、やりくりはまあ何とかなっている状態だ。
……クシャトリヤが(重用しているとはいえ)スータに祝い金ってすごいね。他の王族や他国からは「馬鹿かあいつは」とかボロカス言われたらしいけど、私の感覚からすると他の連中がひどすぎると思う。でも誰もそれを指摘しないし疑問にも思っていない。ヴァルナこあい。上の連中はもとより、下で虐げられている連中も誰も疑問に思ってないところが怖い。
まあ確かに、私がこうやってクソが! と悪態をついてるのは、そもそも此処とは違う倫理と常識で育った記憶があるから……ってのは多分ある。でも、だからってこう……もうちょっと気概ってものはないんだろうか。神様がこういったから、神様がこう決めたから、だから仕方ない? 当たり前? それで苦しむのは自分達なのに?
……いやな世界に生まれたもんだ。もしこれが本当に私の知っているインドの昔の姿だとしたらもっと最悪。こんなの地獄だ。そして神様はクソ。はっきりわかんだね。
ちなみに祝い金をくれた王兄様、ちょっと前に生まれた王子百人(奥さんが沢山いるとかそういう意味じゃない。なんと一人の奥さんが同時に百人産んだらしい。この辺かなり色々あったらしいけど、正直スケールがデカすぎてよくわかんなかったので此処では割愛する)の長男が生まれたとき、結構すったもんだしたそうだ。
何でも「この王子が生まれる時にジャガーがめっちゃ鳴いた。不吉だから殺すべし」とかなんとか。
アホか。
二十一世紀日本人の感覚なんてそんなもんだ。神様が本当にいるってのはもうわかったけど(なんせヴァスシェーナは赤ん坊の癖に遠めに見ても確かに神々しい)、動物がギャーギャー鳴いてるから不吉って、それで殺せって。
もっかい言うぞ。
アホか。
そんな理由で折角生まれた赤ん坊殺すとか馬鹿じゃねーのばっかじゃねーの!? ほんとこの世界意味わかんない。生まれてきた命に貴賤があるかっつーの。貴賤をつけるのは先に生まれた大人と社会だヴァーカ。
そこそこ有能に仕事してる権力者ならまだしも、大概の肥え太ったお前らに酸素吸って二酸化炭素吐く以外に何か存在意義あんの? と聞きたい。お前らの贅肉になった食べ物が私らに行き渡れば人口は今の倍になるっつーの。
っと、それはもういいとして。
とにかくそのドリタラなんちゃら様がそこそこ融通利かせてくれたので、思ったよりもお金はどうにかなってるのが現状。
じゃあ何が我々っつーか、主にヴァスシェーナを世話する私を困らせるか。
答えは一つ、ヴァスシェーナ本人だったりする。
いやあのね、この子ね、泣かないの。困ったことに。最初に拾った時にふにゃふにゃ泣いてたから気づかなかったんだけどね、この子よっぽど何かないとああならないの。多分私が拾った時は空腹とか諸々が限界だったんだろう。何せ胃の中空っぽでおくるみもまったく汚れてないくらいだったし。
……本当に生まれてすぐに捨てられたんだなって。最悪だよねこの子の母親、どんな事情があるのか分からないけど罪悪感で死ぬほど苦しんで、ついでに後世に語り継がれるような恥ずかしい死に方とかしてほしい。
っと、いかんいかん。また考え込んでしまった。
話を戻すが、ヴァスシェーナは泣かない。ほんとうに泣かない。この年頃の子供って基本泣くばっかりだ。あとは笑うか寝るか。なのにこの子はまず泣かなくて、痛いとか気持ち悪いとかあっても本当に駄目になるまで我慢してしまう。
だから最初、私はこの子のおむつの替え時も分からなくて……そりゃミルクはあげてたし背負って世話もしてたけど、排泄のことなんか考えもしなくて半日もほったらかしてしまった。私を育てた経験のある母親が異変に気付かなかったら、もしかしたら丸一日放置してたかも知れない。
敢えて詳細な報告は避けるけど、まあちょっとした惨事でした。
何処がっておむつと、ヴァスシェーナを背負ってた私の背中が。
……赤ん坊の排泄物ってにおわないって聞いてたけどホントなんだね。ははっ(死んだ目)。
太陽神の加護なのか何なのか、体中の金ぴかが汚れを弾いてくれたおかげでヴァスシェーナのお肌に異常はなかったのは不幸中の幸いだった。おむつは洗って煮沸すればまた使えたし、駄目になった私の服も同じようにしたあと雑巾としてリサイクルした。
ちょっとお気に入りだったんだけどなー、あれ。まあしょうがない。
「あー! あー!」
「んもぉ、こんどはなーに?」
困ったことは他にもあった。
ヴァスシェーナが何故か私に懐いたことだ。
いや、それ自体は別に良い。嬉しいくらいだ。弟妹はずっと憧れだったから。でもね、私も仕事あるんですよ。まだ子供だから出来ることは少ないけど、でもだからこそ今のうちに色々覚えて早く自立したいんです。火の起こし方だって怪しいんだからホント。竈なんてこの家で生まれて初めて見たよ。
でもね、離れないのヴァスシェーナ。ほんと意味わかんないくらい私にべったり。そうなると刃物とか火なんて近づけらんないし、そもそも三歳児がずっと赤ん坊背負ってるの結構きつい。子供の体力は無尽蔵ーってそれ遊んでるときだけですから!
ていうか本当になんなのコレ? インプリント? 人間の赤ん坊にもあったの? って感じ。
父親や母親が嫌いってわけじゃないみたいなんだけど、二人が精一杯あやしてもヴァスシェーナは私がいないとうるさい。泣き喚くんじゃなくてむっつりしてあーあー抗議してくる。ごはんも食べないし眠らない。
お前赤ん坊のくせに仕事を放棄するな。ひっぱたくぞ。出来ないけどな!(駄目じゃん)
仕方がないのでもちもちほっぺをツンツンするだけにとどまるんだけど、ヴァスシェーナは私が遊んでやってると思うらしく一気にご機嫌になる。
これは! 罰なの! もっと嫌がれ! 嫌がって!?
「きゃあっ! あーっ」
「わらわないでよ……もう。すこしはんせいしろってば」
勘違いでもなんでもなく、真面目にヴァスシェーナは私が大好きらしい。自我の怪しい赤ん坊でも、拾われた恩がわかるんだろうか。別にそんな恩義は感じなくていいんだけどね、大丈夫かこの子。色んな意味で。
「んゆ、ゅあ、あー」
「はいはい、ねんねしようねヴァ……じゃない。カルナ。おまえ、赤んぼのくせにおきてるじかんながいよ」
夜は結構ぱったり寝るんだけどねー、何か昼は妙に元気だこの子。赤ん坊ってこんなじゃないよね? 太陽神のせい? スーリヤ様見てるなら何とかいってやって。おたくのお子さん貴方がいるとちっとも寝ないの。
「おかあさん、いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてね、アールシ」
「はーい」
そんなわけで、今日も私はヴァスシェーナ背負ってえっちらおっちらしている。馬も最近は私を哀れんでくれたのかちょっかいかけてくることが少なくなった。お陰で川への道のりが楽で助かる。ありがとうお前達。馬って優しい生き物なんだね。馬刺しとか大好物だったんだけどもう封印するね。まあこの殺菌消毒って概念のない世界で生肉なんか絶対食べないけど。
「いのちみじかし こいせよおとめ
なみにただよい なみのよに
きみがやわてを わがかたに
ここにはひとめも ないものを」
「あー!! みろよ! しろはだ女だ!」
「げっ」
ありましたねえ、人目。くっそこんな時に。
「うっわ! しろはだ女が赤ん坊せおってるぞ!」
「赤ん坊もまっしろだ! しろはだおばけがふえた!」
「きもちわるい! あっちいけよ!」
別に来たくて来たわけじゃないし、そもそも近づいてきたのそっちだし。
……などと言ってもクソガキの理屈には通じない。あとめんどいので私も反論はしない。私なんかより余程綺麗な肌のヴァスシェーナをボロクソ言うのはくっそ腹立つけど、何かあってヴァスシェーナが怪我したら私は自己嫌悪で死ぬ自信がある。
赤ん坊は、脆い。
私が思っていたよりずっとずっと脆くて、弱い。
まあヴァスシェーナに関しては体のキンキラがかなりカバーしてくれるみたいだけど、でも駄目。ちょっとしたことで肌がかぶれるし、唇なんて私がちょっぴり爪を立てるだけで破けてしまう。これでクソガキとはいえ力任せに石なんかぶつけられたら……。
「あっちいけってば!」
って言ってる傍から投石はやめろ!! 死んだらどうする! ヴァスシェーナが!
「おまえらもやれよ! おばけおんなをやっつけろ!」
「ちかづいたらジジイにされるからちかづくな! とおくから石をなげろ!」
けしかけるな! あと知恵も付けるな! クソガキほんとぶっ殺すぞ!
「っ、もう!」
ああくそっ、まだ馬に水がいきわたってないのに!
「にげるぞ! おいかけろ!」
「やっつけろー!」
やっぱり水を汲んでくる方式に切り替えた方がいいのか。いやでも水桶重いんだよな。馬の方がちゃんと言うこと聞いてくれるから楽っていうか、いやでもこのタイムロスと危険度を考えると……。
「いっ、た……!」
目の前にバチバチっと星が飛んだ。右のこめかみの上あたりがすごく痛い。ぬるっと濡れた感触、あ、これ血だ。頭って皮膚が薄いんだっけ。すぐに止血しないと……。
あ、やば、眩暈が。
「っ……!」
子供の身体に今の一撃は重かった。コントロールが悪いクソガキの投石も数撃ちゃ当たるってやつ。んでもって当たっちゃったんだから最悪だ。足がもつれて膝から頽れた。頭も痛いし膝も痛い。絶対擦りむいてるこれ。
「やった! やっつけた!」
「まだだ! とどめささないと!」
とどめってこっちは害獣か何かかクソ。……罵ってやりたくても痛くてどうにもならない。めっちゃいたい。泣きそう。血が眼に入ってこっちも痛い。さいあく。さいあく。さいあく。
「ヴァス、じゃない、カ、ルナ……」
普段からヴァスシェーナって呼んでると咄嗟にカルナって出て来ないね。クソガキには聞こえちゃいないだろうけど気を付けないとだめだ。この子が余計な因縁付けられたら申し訳ない。
私はもたつきながらもおんぶしていたヴァスシェーナを下ろして抱え込んだ。背負ったままじゃいつ石が飛んでくるか分からない。
「ふぇ」
前に抱えたヴァスシェーナのほっぺに私の血が落ちる。お肌白いと血が目立つなあ。ちょっぴりきれいだけど駄目駄目、私の血から病気が感染しちゃうかもしれない。
あ、手で拭っても駄目だっけ? お湯沸かして綺麗な布で、いやまず家に帰らないと。
「あ……あ……」
「ヴァス、シェーナ……?」
無垢な赤ん坊でも流石にこの状況のヤバさは分かるらしい。いつも見てる顔が血ぃ流してれば当然も当然か。申し訳ないなあ、寝てても良かったんだよヴァスシェーナ。お前本当に昼間は元気だよね。
「ぁ……ふえ……う……うぅ」
普段はそれこそ寝てるか無表情か、そうでなかったらごくごく稀に泣くかのヴァスシェーナが明らかに愕然とした顔をしている。新生児ってこんな絶望顔出来んの? って聞きたくなるほど。短い手をあーあー言いながら私の頭に伸ばしてこようとするのは可愛いけどやめてよして触らないで。病気移ったらどうすんの。
「いったあ!?」
今度は腕に石が当たった。あと数センチずれてたらヴァスシェーナに直撃だ。ふざっけんなあのガキ顔覚えたいつか絶対ぶっ殺す。月夜だけだと思うなよ! こっちはロリペドクシャトリヤを砂にした実績があんだよ! 今更罪悪感なんぞ抱かないからな!
……おおう、我ながら二十一世紀の日本人とは思えない倫理観。でもまあ許して。所詮この世は弱肉強食ってね! あと性犯罪者に人権とか認めなくていいと思う! 潰れて腐ってもげて死ね!
「うあ」
瞬きもしないヴァスシェーナの視線が私から外れた。つい、と湖色の瞳が横に逸れて、私から見て左側……クソガキABCが固まっている方を見る。
赤ん坊って暫く目が見えないっていうけど、ヴァスシェーナはどうやら目が良いらしいことは割と前からわかっていた。青のような緑のようなきれいな瞳をしていて、この子はよく空高く飛ぶ鳥や、夕暮れの空に微かに浮かんだ星に手を伸ばしていたから。
つまりまあ、この程度の距離のクソガキが見えないわけもないわけで。しかも赤ん坊のわりに妙に賢いところもあるこの子が、私に石をぶつけたのがこのクソガキだとわからないわけもないはずで。
「ああぁぁあ……っ」
ちょっ、え? え?
泣く? ヴァスシェーナ泣くの? えっ? このタイミングで? えっっ?
おまっ、それこそ拾った時の一度しか泣かなかったの――……
「うぁあぁああああああ……っ!!」
きゅいんっ。
「は?」
ちゅどんっっっ。
「………………………………………………………………は?」
目を擦る。見る。目を擦る。見る。目を擦る。目を擦る。瞬きして、瞬きして、目を擦って、もっかい見る。
……………うん、変化なし。
「うわあぁぁあああんっ! あいつなんかだした! なんかだしたぁぁああ!」
「おかあさまあああ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていくクソガキABC。全員泣きべそかいてて一人はなんか漏らしてる。まあそれは良い。ザマア。せいぜい服を汚したって親御さんにぶん殴られろ。
で、それはそれとして。
「あー! う、ぁ、あー! あー!」
うんうん、ヴァスシェーナ、お前そうやって泣けるんならもっと自己主張しようね。おなかすいたとかおむつが気持ち悪いとかもうちょっと主張してくれるとお姉ちゃんはとても嬉しい。
で、さあ。
「おまえ、いま目からなにだしたの?」
「……む?」
いや、「む?」じゃねーよ。可愛いけど。可愛いけど!
私の目の錯覚じゃないよね? お前今絶対に目からビー……
「ぅゆ?」
「ヴァスシェーナ……」
「うぅあ」
……これもスーリヤ神のご加護とやらなんだろうか。赤ん坊が使うにはっつーか人間が使うには危険すぎない? 怖いんですけど。摂氏何度あったのアレ。
「あー! んあー!」
「ヴァスシェーナ、おねーちゃんのあたまさわんないで、ばっちい……あ、こら、さわるなってば」
まあ、でも。
明らかに人類には早すぎる何かをもって生まれている弟に一抹の(どころじゃない)不安が募るものの、今更どうしようもないし。また川に流すとかもってのほかだし。多分アレ私を庇おうとした結果なんだろうし、うん。優しい子なんだよね、お前は。
「かえろっか」
一部だけ「此処で火柱でも上がったんですか?」とばかりに焼け焦げてプスプスいってる地面に石を積んで誤魔化し、私はとっとと退散することにした。
翌日からヴァスシェーナを背負う私を見かけたクソガキが脱兎のごとく逃げていくようになったので、すべては結果オーライだと思うことにする。
「真の英雄は眼で殺す」
英霊になってから出来るようになったって説もありますが折角なので生前から使っていただきました。神話の時代ですからね、仕方ない(仕方ない)。
※これについて「目からビームはブラフマーストラ(奥義)」と教えてくださった方がいらっしゃいます。マハーバーラタ以前にFateの勉強不足でした。本当に申し訳ない限りです。これブラフマーストラだったんか……。
書き直そうかと思ったのですが、これはこれで後ほどネタとして消化できる設定を思いついたのでこのまま行きます。ありがとうございました。
高卒でも素人でも煮沸消毒とか血液感染とか、そういう一般的な衛生の知識はあるオリ主でした。