まとめ能力皆無ですみません。
ヴァスシェーナの母親はクンティーという女なのではないか、という疑問が生まれたまでは良いとして、残念ながら確かめる機会はすぐには巡ってこなかった。
何せ私はスータ、あっちクシャトリヤ。
子供向けの物語ならまだしも、王宮の構造に明るくないクソガキが一人忍び込んだところで捕まって殺されるのが関の山だ。子供なら本人は許されるかも知れないけど、親兄弟を巻き込むわけにはいかない。前世のババア達ならいざ知らず、今の両親には愛着あるんだ、本当に。それに弟にも。
ただ婚儀の準備で都全体が慌ただしくなったおかげで、それなりに出来ることもあった。
何せ大人達はみんな忙しい。文字通り「猫の手でも借りたい」ってほどにだ。だから父親だけでなく、他の御者やその妻、更にその友人辺りまでの手伝いを率先して引き受け、噂を集めた。ヴァルナのせいで立ち入り禁止区域も多かったけど、それでも得るものはかなり多かった。
王家が景色を眺める庭の位置や、その出入り口、部屋がどの方向にあるのか……そういった小さな情報を継ぎ接ぎして、何とかそこそこ当てになりそうな地図もどきが出来上がった。
此処まででかかった年数、何とおよそ二年。私は八歳になり、ヴァスシェーナは六歳になっていた。
当然婚儀はとっくに終わっていたけども、その頃にはとっくに「何かちょっと面倒だけど誰でも出来る仕事はアールシに任せよう」という流れが怠け者共を中心に出来上がっていたので(勿論だけど小遣いは貰ってる。誰がただ働きなんぞするか)、特に問題はなかった。
外からはこれ以上の情報収集は無理、あとは下手に王宮を増改築される前に忍び込むきっかけが欲しい……と思ってたらありました。
半年ともう少し前にお触れが出ました。
クンティー妃、ご懐妊のお知らせ。お相手は結婚相手のパーンドゥ国王……ではなく、正義の神ダルマとのこと。ダルマ? 達磨? いや関係ないか。
つーか正義の神ってまたそんな相対的であやふやなモンを……本当に正義だっつーなら今すぐヴァルナを取っ払えやコラ。
しかし大真面目な顔で出されたこのお触れ、私からすると噴飯ものなんだけど周りはめっちゃめでたがっててとても温度差を感じる。
いや、言っちゃアレだけどこれつまり夫婦公認のNTR……寝取りじゃん? どんな特殊な性癖をしてるんだこの国の王は。兄(子供が百人生まれた方)の方は目が見えないってこと以外は特にそんな話無かったはずだけどね。
つまり突然変異? 業が深ァい!
まあセックスのプレイなんて当人同士の合意があれば好きにしてくれとは思うけどね。私個人が単にドン引きするだけで。
で、だ。
第一子が生まれれば王宮の中を警備する兵士も恐らくは多くが外にかり出されるだろうし、他の召使いその他諸々も上へ下へで忙しくなる。どうせ夜が明けるまでどんちゃん騒ぎなんだろうから、大人達が酩酊してくる夜更けならもっと忍び込むのは簡単のはず。
妊娠が分かってから半年も経ったからにはそろそろ生まれたってお知らせがいつ来ても不思議じゃない。一応準備は進めてるけど、果たしていつになるか……。
「姉上、何をしている?」
「うおわびっくりした」
気配を消して後ろに立つのはやめろ。
「オレは先程からずっと声をかけていたが」
「……あーそーなの。姉上全然聞いてなかったわごめんね。で、なに?」
六歳になったヴァスシェーナは基本無口だけど、口を開くと割とろくでもない。人が気にしていること、気にしないようにしていること、敢えて後回しにしていること、隠していることをずけずけ突っ込んでくる。本人に悪気も悪意も無いから余計に質が悪い。取り繕う、とかおべっか、とか、体面、とかそういうのとまるで無縁なのだ。
なので、この子とは極力口喧嘩はしないようにしてる。何故って負けるから。本当に痛いところ突くんだよこの子。気をつけないと思い切りどついちゃう。……そこ、いつもだろ、とか言わない。
まあ不幸中の幸いは、この子は「いいからこうしろ」と無理くり押し通すと余程で無い限りは「分かった」と了承してくれることだ。これもその場しのぎの肯定じゃなく、分かったと言ったからにはその通りに行動する。自分が了解できないことについては意地でも「わかった」なんて言わないから、ある意味分かりやすい子なんだけど。
だからまあ、ヴァスシェーナなんてスータに相応しくない(なんて、ほんとは欠片も思っちゃいないんだけど)名前も今のところは隠し通せている。
「これは姉上のものか?」
「え? ああ……そうだよ。しまっとくから貸して」
やっばいやっばい。買ったまま放置してたや。別に変なものじゃないから見つかってもいいんだけど。
「そんなものを買っていたとは驚いた。吝嗇家の姉上がどういう風の吹き回しだ?」
「ぶん殴るぞ」
そして誰がお前に「リンショクカ」なんて言葉を教えたのか小一時間ほど問い詰めたい。そして私は意味を知らない。まあ文脈からして「ケチ」とかそういう意味なんだろうけど。
「私だって衝動買いくらいするよ。貸して。じゃない返して」
「ああ」
衝動買いでもなんでもないけど、取り敢えずそう言って手だけ出す。目は合わせない。そうすると、この子は「何か隠してるけど隠したままにしておきたいんだな」と大体見逃してくれる。
……そういう妙な気の使い方は出来るのに、なーんで普段の言動はこれなんだかね。お陰で相変わらず友達の一人も連れてきやしない。まあ私も友達なんぞいないけど。
正直こんな粗末な家の出とは思えないくらい素直で悪性の無い子なんだけどなあ。私なんかよりよっぽどあの両親の息子らしい、ほんとに良い子なのに。
見た目と、言動と、身分の三拍子が揃っちゃってるからなあ。肌も髪も白いってだけで顔立ちはほんと可愛いし、身分は仕方ないことだし、言動もよーく付き合えば何となく意図が見えてくるんだけど。ま、赤の他人にそこまで求めるのは筋違いかな。幸い余計ないじめには遭ってないようだし、保護者(私)がいちいち出張るのも本人のためにゃならんだろ。
いつか、この子のガワ部分を鼻息で笑うような、ちょっと無神経なくらいの調子の良い友達が出来るかも知れないしね。
……それはさておくとして。
「ヴァスシェーナ。
「わかった」
そういえば、余所のご家庭では男の子は配膳なんて手伝わないみたいだね。うちは人手が足りないし私はそういうところ男女平等主義だからふつーに手伝わせるけど。ヴァスシェーナも文句言わないけど。
「……」
台所から炭と灰を拾う。沢山抜いたら流石にバレるし、肥料に使うものだからちょっとだけ。ただこれも半年前から毎日毎食繰り返してるから、たまった分はそれなりの量だ。
「アールシ、アールシや!」
「っ、はーい!」
そろそろ帰ってくるかなーと思っていた父親が慌ただしい。どうしたどうした。いや何となく顔見れば用件分かったけど。
「パーンドゥ様の第一子がお生まれになったそうだ! 忙しくなるから手伝いを頼むよ」
「……はーい」
前から思ってたけど父ちゃんって信心深い人だよね。いや信心深いってのとも違う? まあ母子共に健康なら良かった良かった、色んな意味で。
……小麦の値段下げてくんないかなー。じゃなかったら税金免除してくんないかなー。マジで。
はい、というわけでやって参りました『パーンドゥ様第一子おめでとう祭り』……嘘です。名称はね。我ながらだっせえなこれ。忘れてください何でもしますから(なんでもするとは言ってない)。
結婚の時は前々から話が出てたから良かったけど、子供が生まれる生まれないってのは結構突然だ。懐妊の知らせが出てきてからみんなそこそこ準備してたけど、この世界で流産・早産からの死亡・死産は全然珍しくない。え? 二十一世紀日本もそうだって? そうだろうけどこっちはマジで比じゃないんだって。なんせ衛生観念クソだし妙な儀式で溢れてるから。母親が死ぬことも多いし。
まあとにかく、そんな中で王族の子供がちゃんと無事に生まれて、母親も無事ってのはおめでたい。私だって生まれたばっかの子供が死んだとか、死んで生まれてきたとかは聞きたくなかったのでそこは安心した。
ちなみにその王子、何か舌噛みそうな名前付けられてたよ。ユディ……ティ……? 忘れた。覚えて欲しいならもっとわかりやすい名前にしてくれ。
「つ、つかれた……」
お触れが出て以来、都は連日お祭り騒ぎだ。やれ捧げ物だ、お祈りだ、パレードだ、象を連れてこい、いや馬だ、牛はこっちだ、生け贄を。エトセトラエトセトラ。うるせーったらありゃしない。特に初日から三日目までは連日滅茶苦茶忙しかった。てんてこ舞いってのはあのことを言うんだと思う。
「なのにお前ったら涼しい顔しちゃってまあ……」
「そんなことはないが」
うそぶっこけ、なーんも変化無いわ普段と。
「水を浴びてくるがいい、姉上。使い古した雑巾のようになっているぞ」
「蹴っ飛ばすぞこの野郎。はいはい見苦しくてごめんなさいね!」
本当はあと一仕事残ってるんだけど、取り敢えず言うとおり水を浴びてくる。ちなみにこの水は井戸水を一回煮沸して冷ましたものだ。うちでは手洗いも飲み水も全部これ。薪を取ってくるのがその分凄く大変だけど、ピロリ菌が怖いので私はこれを止めるつもりは無い。
え? 井戸水は生が美味しい? うるせー健康第一だ。でもピロリ菌なんて言っても誰にも理解して貰えないから常に涙を呑んでます。
取り敢えず水で汗を流し、髪と掌にちょっとだけ油を塗る。乾燥防止だ。あー石鹸が恋しい。普通のシャボン石鹸でいいから欲しい。もうちょっと理科を真面目に勉強すべきだったかなあ。勉強してても材料が手に入ったかわかんないけど。
「お父さんお母さん、もう先に寝ていい?」
「ああ、いいとも」
「今日もお疲れ様、アールシ。おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
何でこんなことにいちいち許可を取るかってーと、この家が狭いからだ。食事をする場所と寝る場所は同じで、家族全員一緒に寝る。川の字って言うには一本多いけど、私は今の状態結構好きだ。私やヴァスシェーナもそのうちデカくなるから、流石にそのときまでには何とかしなきゃいけないけど。
「寝るのか、姉上」
「寝るよ。お前もおいで」
「いや、オレは……」
「もう何も用事ないでしょ。油が勿体ないから早く寝るの」
「……わかった」
よーしよしよし、良い子だ良い子だ。
ちょっぴり釈然としない様子のヴァスシェーナを無視して横になる。まだまだ私より一回り小さい弟を抱き枕にするとあったかくて妙に落ち着いた。……これ熟睡しないようにしないとな。ヴァスシェーナ見た目の割に体温高いのだ。ほっぺなんか真っ白なのにほんと不思議だけど。
「姉上、どうかしたのか」
チッ、鋭いなこの野郎。
「……どうって?」
あ、間違えた。「どうもしない」って応えなきゃいかんのに。
「いつもより心臓に落ち着きが無い。何処ぞの店先から何かかっぱらいでもしたか」
「お前は人を何だと思ってるんだ」
曲がりなりにもおねーちゃんを泥棒呼ばわりとか止めてくれホント。
……いや嘘。一度死ぬ前のちっちゃい頃に一度、お腹空きすぎて……うん。これ以上はやめておこう。
「いいから寝なさい、ヴァスシェーナ。また明日も忙しいんだから」
これ以上何か言ったら墓穴を掘る気がする。幸い明日も忙しいってのはホントだ。このクソ忙しいときに子供の身体で夜更かししようってんだから私も大概だけど。
「……おやすみ、姉上」
「はい、おやすみ」
良い子は寝る時間です。私は悪い子だから、この後も起きるし何なら外出もしますけどね。
……。
はい、というわけで。
「やっと寝たか」
両親と弟の寝息を確かめて、やっと一息。こういうとき全員一緒の部屋だと地味に便利で助かる。物音を立てないように家を出……ようとしてもっかい振り返る。よしよし、全員よく寝てるね。
家をこっそり出て(鍵なんかない)、物陰に隠しておいたモノを出す。何のことはない、ごく普通の綿布だ。但し染色も刺繍もしていない。ヴァスシェーナに「衝動買い」なんて言っちゃったけど、こんなもんを衝動的に買う奴は普通いないだろう。
でも、私にはこれが必要だ。
半年かけてこっそり貯め込んでおいた炭と灰で、布を汚していく。なるべく白い箇所が残らないよう丁寧に。両の掌が真っ黒になって爪にまで汚れが入ってきて気持ち悪いけど、今はどうでもいい。
「よし」
月明かりに照らされても目立たない、薄汚い布が一枚出来上がった。これを頭からすっぽり被れば、子供の体格と相まって夜道では目立たない。
「いってきまーす」
目指すは王宮、王妃の部屋。ちょっと前に仕事(恋人に手紙を届けるっつー馬鹿みたいなやつ)を引き受けるようになった女官から教わった場所、変わってないと良いんだけど。
まあ神話のお話なので、多少の無理や無茶はご都合主義でなんとかなると思います。