ゴンドラの唄(加筆修正して再投稿予定)   作:時緒

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結構お久しぶりになりました。
ややストーリーはとびとびになりそうですが恋愛要素を入れつつ(希望)マハーバーラタ編の風呂敷を広げていきます……いけたらいいな(希望)


神代Ⅲ:「蝶々の群れを待ったその可憐な花は、土埃の上に横たわる」
08.平穏


 目を覚ます。

 目を開ける。

 

 まず視界に飛び込んでくる色は、大体赤と白。赤はピジョンブラッドのルビーみたいな宝玉の色で、白は肌の色。私みたいに少し黄みがかかってるわけじゃなく、血の気の失せた真っ白な肌だ。きめ細かくてうらやましい限りだけど、下手すると死人みたいでちょっと心配になる。見た目以上にあったかいのは分かるんだけど。

 

「おはよ、ヴァスシェーナ。邪魔だからはよ起きろ」

 

 寝てるところを起こすのは忍びない……なんて考えてたのも今は昔。この年(もうすぐ十五)になっても姉上にしがみついて寝ている男に慈悲は無い。

 男前に育った顔、ほっぺをべしべし叩いて安眠妨害。このやろう、相変わらずすべすべのお肌しやがって、うらやましいわ畜生め。

 

「……」

 

 この十年近くの間に鉄面皮と無表情に磨きがかかった我が弟は、一応身内が見れば「あ、眠いのね」と辛うじてわかる寝ぼけ眼でいそいそと体を起こした。何故か起き抜けにハグを仕掛けてくる意図はよくわからんが、まあ寝ぼけて甘えてるんだろう。最近は普段の言動が本当に、ほんっっっとーに! 可愛げがないので貴重ではある。

 

 え? 何か変わったのかって? そりゃあもう。

 

「おはよう、アールシ」

 

 これですよ、これ。十年も経てばそりゃ色々変わるけど、一番はこれだ。

 

「おはよう愚弟、寝ぼけてないでとっとと顔洗ってきなさい」

 

 背は伸びたのに相変わらず第一印象がもやしのような我が弟は、何故か私を『姉』と呼ばなくなったのだ。

 

 ……いや、「何故か」とはいってみたものの、何一つ理由が思い浮かばないとかってわけじゃない。ただ思い当たる理由ってのが、正直私に非があるか……っていうとあるにはあるんだけど、でも正直アレを私のせいって言われるのは業腹っつーかなんつーか。

 

 一から説明しよう。

 

 あれは今からえーと、三年くらい前の事だっただろうか。

 二十一世紀日本の法律で、未成年が結婚できる年齢は男女それぞれ十八歳と十六歳と決まってるのは小学生で習うことだ。確か私が死ぬちょっと前にこれが両方十八歳になるっつーニュースをやってた気がするけど、記憶はもう曖昧だし確かめるすべはない。

 

 まあこれは本題じゃないのでいいとして。

 

 あくまでその感覚だと私はまだ未成年で「結婚は出来るけど早すぎない? 親の承諾いらない?」ってことになる。ただそれはあくまで「幼児死亡率がめっちゃ低い平和な世界」だからこその基準。つまり衛生観念マイナス、流行り病だの不況だの凶作だのがダイレクトに命に直結するこの世界において、この常識はまったく当てはまらない。貧しい家であればあるほど結婚適齢期は下がり、十代前半で嫁に行く娘だって珍しくないくらいだ。

 

 つまりその感覚でいうと、私は立派な行き遅れってことになる。

 

 負け惜しみでもなんでもなくて(いやホントに)、私は元々結婚願望なんて欠片も無い人間だった。今も昔も自分が生きることに精一杯で、かといって若ければいい、みたいなノリで近づいてきた男に寄り掛かるようなこともしたくなかった。これは男にすがらなきゃ生きていけなかったババアのせい、いやお陰かも知れない。

 

 ていうかさー、この時代の結婚ってまず一にも二にも家柄なんだよね。あとは女限定で若さ、プラスアルファで美しさ。結婚してからも子供が産めなかったら返品、男が産めなくても返品。

 年齢が祖父と孫くらいに離れてても、身分が釣り合えばフツーに結婚させられる。しかも場合によっては一夫多妻。嫁の身分が低ければそれはもう嫁入りと言う名の奴隷契約だし、嫁の方が金があっても持参金掠め取られて追い出されたりする。よく聞く話で「ああそうなの、お気の毒ね」で済まされるレベル。

 

 ぶっちゃけなくても地獄です。結婚。

 

 ただまあ、これはあくまで私の気持ち一つ。散々ヴァスシェーナにも「常識がない」って苦言を呈されてるし、育ててくれた親の顔に泥を塗るのも不本意ではある。そんなわけで十三歳くらいから私はこのジレンマに随分と悶々としたモンだった。

 ぶっちゃけ脂ぎったジジイに嫁ぐのは全然いいんだけど、そのジジイが真っ当に金を出す気がなかったら何の意味も無いのよね。労働力でも身体でも、こっちに提供させるならその分出すもん出せと。

 

 不幸中の幸いだったのは、近所のクソガキに「白肌女」と散々罵られたものの、年頃(十代前半を年頃って呼ぶのはどうかと思う)になるとそこそこに縁談の話が来るようになったこと。明らかに労働力目的で金を払うつもりも無い奴も多かったので、そういう奴らは手近な枯れ木とか除去予定だった雑草の群れを塵になるまで生命力を吸い取って見せてやった。

 

「お前も蝋人形にしてやろうか」じゃなくて「お前も塵にしてやろうか」ってわけである。

 はい、大体の根性無しはコレで消えました。平和。誤算ってわけじゃないけどちゃんと出すもの出しそうだった家との縁もこれで消えちゃったんだけど、まあこれは仕方なかろう。だって金出さないゲスに限って言い寄り方がしつこかったんだもん。

 

 ……おかしいな、まだ本題に入れてないぞ?

 

 ええっと、なんだっけ。

 そうだ、ヴァスシェーナが私を呼び捨てるきっかけになった事件。

 

 三年くらい前、あれほど「お前も塵にしてやろうか」脅迫を繰り返したにも拘わらず、私に求婚してくる物好きがいた。しつこかった。とにかくマジでしつこかった。しつこすぎて前世の常識だったらストーカーで通報待ったなしって事案だった。残念ながらこの世界にストーカーなんて概念はないし通報するあてもないんだけど。

 

 脂ぎったジジイではない。金を出す気が無いわけでもない。ストーカーめいてたこと以外はすこぶるまともだった。顔だって悪くなかったし、うちよりちょっと裕福って程度で家柄もつり合い、ヴァルナも対等、清潔感もあって、あと何よりこの時代の男にしては紳士だった。

 

 ……他の連中もそうだけど、やたらと人の容姿を褒めちぎった挙句に「貴方の肌は磨かれた象牙のようだ」とか歯の浮くような科白を真面目に連発されたのは噴飯ものだったけどね。

 人がガキの頃からどんだけこの見た目のせいで石投げられたと思ってんだよ、ったく。

 

 と、まあ個人的なそういうアレコレは置いておくとして、正直私はあの頃度重なるこの手のやり取りに疲れ気味ではあった。生理的にキモくて無理な脂ギッシュのスケベ親父とか、「働き者で若い女なら誰でもいい。昼は奴隷で夜はオ●ホ!」みたいなクソ野郎が多かったせいだ。こいつらを追い出すためにその他のそこそこまともなのも一緒くたに蹴倒してしまったのはやりすぎだったかもしれないけど、そうでもしないと前者がこびり付いた油汚れのようにいつまでもしつこかったんだから許してほしい。

 

 そういうわけだったので、散々拒否っても脅しても逃げない『まとも』な男は本当に貴重だった。ぶっちゃけ夫婦喧嘩で死ぬ可能性を示唆してるんだからね、こっちは。なのに一歩も引かない度胸ってすごいな、と感心もしていた。少なくとも半年くらい逃げ回ってもずっと紳士だったし、これなら結婚した途端豹変する可能性も少ないかな、と思っていた。

 

 ただまあ、今の時点で私が独り身であることで察してもらえると思うけど、此の男とはうまくいかなかった。

 何百回目かのプロポーズが我が家の裏手で行われたのが悪いのか、その時にもう私が半分以上乗り気だったのが悪いのか。

 

「結婚してください」に対して「はい」の「は」を言うより先に空を切った風。真っ直ぐ横に吹っ飛んでいく男と、ヤクザキックの恰好で脚を突き出した我が弟。

 もやしな外見にそぐわず人の数倍力持ちなヴァスシェーナにおもっくそ蹴飛ばされた男は全治二週間、男は傷が治った後二度とこちらには来なかった。家はそこそこ近所だったからその後もたまーにすれ違うんだけど、こっちに気づくと目が合う前に悲鳴を上げて逃げていく始末。

 

 …………………………まあ、うん。悪いことをしたとは思う。ちゃんと詫びもしたし治療費も払ったよ。ヴァスシェーナにもちゃんと謝りにいかせたし。

 

 多分まあ、私が襲われてると勘違いしちゃったんだろうと思う。前々からちょくちょくそういうことはあったし、大概自分で何とか出来ていたとはいえ、そうする前にヴァスシェーナが相手を殴って追い払ってくれたことも何度かあった。あっちが求婚してくる過程で何度か見た顔だったとはいえ、義理の姉が男に伸し掛かられている現場を見てパニックになったのかも知れない。

 

 ただそれ以来、私相手に求婚なんてしてくる男は綺麗さっぱり途絶え(元々あの男が最後、みたいな感じだった)、ヴァスシェーナは私を「姉上」とは呼ばなくなった。

 

 私からすれば、煩わしいことが減ったとはいえ失うものの多かった事件である。ただ、不本意とはいえ家の裏手でうっかり事に及びそうだった(ように見えただけだけど)女、あの子がを姉と呼びたくない気持ちは正直わかる。私だってババアが真昼間から知らない男でギシアンしてるの見て以来「おかあさん」なんて絶対呼ばなくなっちゃったクチだしね。

 

「おはよう、アールシ。いい匂いね」

 

 隣の部屋で寝ていた母親が起きてきた。昔はもっと背の高い人だと思っていたけど、身長の止まった私より頭半部くらい背が低い。

 台所と、あとは皆で集まるための部屋くらいしかわかれていないこの狭い家は、私とヴァスシェーナが成長期を迎えたことで四人並んで寝ることも出来なくなった。なのである時から私と弟は台所で寝ている。ちょっと灰が散ってるけど雨露が来ないだけマシってもんだ。たとえ暖かくても外で寝ると虫が来るし、なんだかんだ落ち着かない。

 

「おはようお母さん。味は薄いけど許してね」

 

 皺の増えた顔で笑う母親の顔を見ていると、申し訳ない気持ちはある。両親はこの国の人らしい黒い肌をしていて、この人達から生まれた私はアジアンの黄色い肌だ。顔立ちは元々結構はっきりしてる方だからいいとしても、このぱっと見でわかる色のせいでどんだけ大変だったことか。お陰で母親は意地悪な親戚から不倫を疑われたし、父親だって変に同情されて苦労している。

 

 私のせいじゃないけど、でも私がいなきゃ起こらなかったことだ。私が結婚してこの人達の暮らし向きが本当に楽になるなら、幾らでも嫁入りくらいしてやるのに。

 

 ただこうなった以上はもう一生涯独身は覚悟してるし、まだうちにはヴァスシェーナいるしね。強面だけどきれいな顔で、言動はアレだけど(そして一向に改善の兆しが見えないけど)真面目で誠実、何より女性を下に見ない性格はこの世界の男として大変稀有だ。そのうちきっといい人を連れてきてくれるだろう。孫の顔はそっちに期待して貰いたい。その代わり、二人の老後はちゃんと責任持ちますので。

 

 ……あ、そうだ。

 

「ヴァスシェーナ、そろそろ時間じゃない? 大丈夫?」

「ああ、もう行く」

 

 行く、というのは仕事じゃなく、いわば『習い事』だ。学習塾とかそんな洒落たもんじゃなく、この時代らしく武術の稽古である。本当ならクシャトリヤ以上の人間がやるものなんだけど(何せクシャトリヤってのは王族以外に戦士って意味もある)、何年か前にこの国の王子五人(あのクンティーの産んだ王子三人と、あともう一人の王妃が産んだ二人)の武芸顧問になったドローナとかいうバラモンが、何のつもりか身分を問わず弟子を募集し始めたのだ。

 

 基本的に仕事や身の回りのこと、あとは沐浴くらいしか自発的にやらなかった弟が珍しく興味を示したので、コソコソみみっちくため込んでいたへそくりを出して道具一式揃えてやった。何故か妙にびっくりされたのは本当に心外だと思う。金ってのは使うべきところで使わなきゃいけないから貯めるモンなのに、アイツはいったい私を何だと思ってるのか。

 

「気をつけて。また昼にね」

「問題ない」

 

 弟の身体を取り巻いていた金色がぐにゃりと姿を変え、何だか刺々しいフォルムに変化する。この十年でますます体積を増したそれは、もう装飾どころか本当に鎧みたいだ。アレのお陰か相変わらず病気とは無縁で、怪我もちょっと目を離しているうちに治ってしまう。武芸の稽古ってのはかなり物騒らしいけど、お陰であの子は傷を負って帰ってきたことが一度も無い。

 痛いは痛いらしいんだけどね。でもまあ折角本人がやりたがってることを私がギャーギャー言ってやめさせるのもかわいそうだ。最悪死ななきゃいいよ、好きしな、って気持ちでいる。

 

「いってくる」

「はいはい。いってらっしゃい」

 

 パーンドゥ王が不慮の事故で死んで以来(女を抱くと死ぬ呪いをかけられてるのに王妃の色気に負けたらしい。歴史に残る間抜けっぷりだ)、この国の空気は不穏だ。今は目の見えないドリタラなんちゃら王(以前うちにお祝い金くれた人)が代わりに王をやっているものの、問題は次の王。

 

 パーンドゥの息子ユディシュティラと、ドリタラなんちゃらの息子ドゥリーヨダナ。この二人はどうも昔から壊滅的に仲が悪く、特にドゥリーヨダナの方が事あるごとにユディシュティラに喧嘩を吹っかけているらしい。私に言わせりゃクンティーの息子なんぞ押しのけちまえ、くらいなもんだが、世間はユディシュティラの方を支持しているらしい。まあ公然と従兄弟を殺しにかかる王とか嫌か、確かに。

 

 あ、ちなみに私が王宮に侵入した件は「悪魔が入って呪いをかけようとした」っていう謎のオカルト事件として世間に広まっている。薄汚れた格好で顔を隠してたのと、子供だったのが結果的に功を奏したらしい。その代わりヴァスシェーナを探すような動きも相変わらずなかったけど、できれば今もいつ秘密がバラされるかって恐怖で苦しんでてほしいもんである。

 

 まあそんなわけなので、たとえ戦士階層じゃなくても徴兵はあり得るし、そうじゃなくても戦火に巻き込まれる危険性はある。つーかうちは御者の家なので戦となれば出張確定で、私がこの年になるまでも地方に出没した賊の討伐に父親が駆り出されたことは何度かあった。その割に父親が負傷して帰ってきた記憶はほぼ無いから、親の有能さが図らずともうかがい知れるってモンである。

 

 とはいえ、その父親ももういい年。

 あの子自身には鎧があるとはいえ、老いた両親を守るためには弓のひとつでも使えた方が良い。

 

「友達によろしくね」

「言われずとも」

 

 ……なんて打算的な気持ちもあるにはあるけど、別にそれだけでもない。何せここ数年のあの子は基本的に楽しそうだ。相変わらず無表情だけど、多分身分不問な武芸の場ってのが居心地いいんだろう。馬の世話も向いているけど、あの子はきっとあっちで大成するに違いない。

 

 きっかけなんて何でもいい。くだらない身分を問わずあの子が認められる機会が得られるなら、多少の事には目を瞑るのが姉ってもんだろう。




分かりやすく書いていますがこの話だけでカルナさんとオリ主の間にはかなり認識の齟齬が生じています。
そのうちカルナさん視点とか書くかも知れません。一人称は苦手なので三人称形式になると思いますが。
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