2人を連れてクロユリを走る。周りを見ると村の家々はグリムによって襲われ空を見ても沢山のグリムが飛んでいて、まさに地獄に相応しい光景だった。
しかし、グリムの全ては僕らに気付くことは無く、僕らもこの光景を見て怯えて足を止めることなども無く走っていた。
今まで散々レンのセンブランスが重要だと言ってたがそれは大正解だった。
人類の負の感情に寄ってくるグリムに対しては、感情を抑えることが姿を消すことと同じになる。なのでレンのセンブランスはグリム限定での透明化ということになる。
だったら明鏡止水とか無心を会得すれば、グリムにとっては知覚できなくなるから最強じゃんと思ったが、そこらへんは一体どうなってんだろうか。今後は全力で瞑想に取り組んでみることにしよう。
「レン、まだ大丈夫か?あともう少しで外に出られると思うが」
「はい、大丈夫です!ちょっと疲れましたが、まだまだやれると思います」
「センブランスが途切れそうになったら直ぐに言ってくれ。この距離なら2人を抱えて全力で離脱すれば、逃げ切れないことも無い筈だ」
センブランス発動によってどれくらいのオーラを使うのか、それは分からない。
僕自身のセンブランスの話だと、オーラの消費は吸収した衝撃のレベルによって違うし、それを加味してもセンブランスによるオーラ消費量は微々たるものと言ってもいいだろう。
ハンターにとってオーラは攻撃手段よりも身を守る手段としての方がとても重要で、個人が所有するスクロールにその人のオーラ量が反映される。
大会や模擬戦などではオーラ量をHPとして退場などのルールを決めていたが、センブランスがオーラを枯渇させるほどのものだったらみんな気軽に使えないだろう。
それに原作の描写を見ても、オーラの減るのはダメージを受けたときぐらいだ。センブランスによる消費量は基本的には無いレベルなのだろう。あくまで普通に使う分には、であるが。
しかし同時に、レンのセンブランスには限界があることは原作でも描写されていた。多くの人々を隠蔽する時に彼は不可能だと言っていて、その時にはジョーンによってオーラを貸して貰うことでこれを可能にしていた。
これらを考えると、恐らくはレンはセンブランスを発動するためのオーラ消費が、対象人数によって増減し一度発動すれば維持によるコストは無く、集中してさえいれば永続するのだろう。
まぁ例えそれが正解でも、初めてのセンブランス発動で安定しない可能性がある。万が一の為な備えておくべきだろう。
そうやって3人の逃避行は順調に進んでいたが、進む先の方から戦っている音が聞こえて足を止める。
僕らが逃げている間にもハンターの人達は戦っている、それは分かっていたことだったがいざ彼らを見捨てる段階になるとそれを実感し、彼らを助けるべきだという考えが湧いてくる。
それに逃げられなかった人だっているはずだ。避難を希望していた人達は全員逃げられただろうが、避難したくてもできなかった人もいたかもしれない。
それこそノーラのような子がいたのが答えだ。誰も頼ることができず、震えていた子達も多かったかもしれない。
ハンターとして、彼らを見捨てても良いのだろうか?
本当は何をしてでも彼らを助けるべきなんじゃないのか?
だけど彼らを助けるなんてそれは無理な話だ。レンのセンブランスには対象人数に限界があるとさっき確認したばかりだし、現時点で限界が分からないのに博打を打って全滅しましたではお話にならない。
(本来は守るべきであるオレ達に大人しく守られるような奴らじゃないだろう。それに戦いに割って入ることだってかなり無茶なことだ。ここまで来てるのはお前1人の力じゃない、自惚れるなよ)
(...そうだな。今は自分達が最優先だ、他人を見ている余裕なんて無い)
ここまでこれたのはレンの力があってこそだ。自分の判断で彼やノーラを危険な目に遭わせるのはあってはならないことだ。
「すまない、少し考え事をしていた。先を急ごう」
そうやって僕らは足を進める。その覚悟が如何に甘いものだったか、後に僕は思い知ることになる。
その先でハンター戦っていたのはこの地獄を作り出した元凶だった。ヤツは各々の武器を振り上げたハンター達をその長い腕で一掃すると、倒れた1人の脚を掴み持ち上げる。
「うわあああ!やめろおおおお!」
そのまま彼は地面に叩きつけられようとして、誰かによってその長い腕を切断されることで助けられる。即座に腕を生やしたグリムは彼らを葬ろうとするが、彼らはなんとか抵抗できていた。
だが助けたその人が僕にとって信じられない人だった。
「カナタ先輩!?なんで戦ってるんですか!?」
僕の声は地獄の喧騒によって掻き消されて彼女には届かなかった。彼らの視界にはナックラヴィー以外映っていないようだった。
そういえばさっき避難者をバスに乗せていた時、先輩はいなかった。あの時から彼女はグリムの方に向かってたのか!?
僕は咄嗟に彼女を助け出そうとして、突然立ち止まった僕を伺うレンとノーラを見て踏み止まる。
さっき彼らは見捨てると決断したのは僕だ。僕が勝手に動いて誰が危険になるのか考えれば、最善の行動が分かるはずだ。
村の外までもう少し。僕が余計なことをするのを、2人は勿論先輩やハンターの人達だって認めないだろう。
だから先輩は助けることは、出来ない。このまま見捨てるしか、ない。
(ごめんなさい、一緒に戦えなくてごめんなさい。あんなに良くしてもらってたのに、何も返すことが出来なくて、本当にごめんなさい)
ナックラヴィーの猛攻を凌いでいた彼女は、縋るように赦しを請う僕と目を合わせると、僅かに微笑んだ。
ドスッ
ナックラヴィーの腕が彼女の胸へと突き刺さる。そのまま振り抜いて吹っ飛ばすと、凶悪な叫び声でハンター達の動きを封じる。
だが、僕には無意味だった。だって何も聞こえなかったのだから。村の喧騒も、ナックラヴィーの叫び声も、飛び出した僕をレンとノーラが呼ぶ声すらも。
「先輩っ!」
僕はレンと繋いでいた手を離し、吹き飛ばされた彼女の元へ飛ぶ。彼女を抱えて持ち上げようとするが重くて上手く持ち上がらない。
それは先輩が2.3歳も年上なだけではなく、彼女から命が失われていっていることにも原因があるのかもしれない。
なんとか彼女を抱えて離脱しようとする。幸いナックラヴィーがこちらに手を出すことは無く、そのままレンとノーラを連れて村の外へと逃げる。
外へと逃げて、どうする?先輩を助けるには今すぐ病院に連れて行かないといけない。だが、どうやって?
クロユリを出て、2人を連れて先輩を抱えて森を歩く。さっきまでの地獄が嘘のように森は静かだったが、それが嘘じゃないことは抱える先輩から流れる血が教えてくれた。
「...アダムくん...」
「喋らないで下さい傷が開きます」
「もういいよ...わたし」
「喋らないでって言ってるだろ!」
死へと向かうのを認めたくなくて、僕は声を荒げる。しかし逸る子供を諭す母親の様な先輩の目を見て、思わず詰まる。何故そんな穏やかな顔をしているか、僕にはちっとも分からなかった。
「無理だもん。もう助からないってことは自分でも分かってる」
「...なんで、そんなこと言うんですか...」
「わたし、アダムくんに会えて、良かった」
彼女は満面の笑みを僕に浮かべる。それが自分が助かる安心感からの笑みではないことは僕の目でも明らかだった。
...なんでだよ...
「なんでだよ!僕は貴女を見捨てたんだ!最初から貴女を連れて逃げればこうはならなかったのに!」
そうだ!僕だけはこうなることが分かってた!分かってたのに!
...僕は最初から見捨ててたんだ...貴女も...みんなも...
「駄目だよ、キミがやったことは、正し...かったんだ。それを、否定しちゃ、駄目」
「...それに、わたしには、逃げる気なんて、無かった。父さんを討った、仇と、戦うことばっかり、考えてたもん」
「だったら...貴女と一緒に戦うべきだった!一緒に戦えば...」
「無理だよ。キミじゃヤツの相手にすらならないよ」
「っ!それでもっ!」
先輩は厳しい目を僕に向けて黙らせると、静かに語り出す。
「キミは弱かった。弱いのは罪じゃないってみんなは言うけど、わたしは違う。弱いと戦うことは出来ない。自分のしたいことすら出来ないんだ」
「わたしも弱かった。あの人達も弱いから死ぬんだよ」
「っ!」
「...だけど、キミはまだ強くなれる。わたしよりも、あの人達よりも、あのグリムよりも、もっともっと強くなれる...!」
先輩はどうみても衰弱しているのに、その声と瞳には今までにない程の力が込められており、その狂気とも言える感情に僕だけではなく2人も呑まれていた。
「わたしは、死んじゃうから、見られないのは、残念だけど、頑張ってね」
「...はい。僕頑張ります、頑張って強くなります!」
「...うん、キミな...ら、で...きる...よ...」
「...先輩?」
抱えた彼女からの体温は無く、今まで強い感情を灯していた瞳には何も写ってなかった。
「・・・」
「...そっか。今までありがとうございました、先輩」
こちらこそありがとうね、アダムくん。
それが聞こえたのはもしかしたら幻聴だったのかもしれないし、もしくは彼女がまだ生きていてなんとか話せたからだったのかもしれない。
2人を連れて森を歩き続けるにも限界が来て、僕も彼女を抱えるのも限界を感じて、野宿の準備をする。
流石にテントなどは持ってなかったが、いざという時のため寝袋や火のダストなどは持ってたので、焚き火をして2人を寝袋で寝かせて2人から離れる。
僕は地面を掘り返すと、彼女をそこに埋める。できればちゃんとしたところで弔ってやりたかったが、それも出来ないので仕方なかった。
彼女の持っていた刀を持っていくべきか迷ったが、僕は既に貰ったからいいかと思い、それを墓標代わりに埋めた場所に突き刺す。
このままだともしかしたら盗まれるかもしれない、後で必ずちゃんとしたお墓を作ってあげますからと言い訳をすると、自分の刀を抜く。
毎日のように先輩の特訓に付き合ったおかげか、多少は動けるようになってグリムも倒せると慢心していたけど、実際は僕の力では倒せなかった。
ネヴァーモアの大群も倒せて、2人だったらなんとかなるって漠然とした自信を持ってたけど、ナックラヴィーを見てそんなことは無いと痛感した。
力が無ければ自分の意思を通すこともできない、先輩の言っていた通りだった。ここに来てから僕は武力にしても権力にしても、その力が無かったから村のみんなを守ることが出来なかった。
「...だから、強くなってやる...!」
強くなる、原作だろうがなかろうが関係無い。これ以上目の前で悲劇を起こさせない!そう誓うとナックラヴィーを思い浮かべる。ヤツは原作でルビー達に討伐されたが、その間にも狡猾なヤツは人間達を襲った筈だ。
ヤツは生かしてはおけない、けど今の僕ではヤツに歯が立たない。そのためにも今は強くなる。強くなって、ヤツを殺す。
そうすれば彼女も喜んでくれるだろう、彼女の最期の願いだ。僕はそれを成し遂げなければならない。
「強くなる...!先輩よりも、アイツよりも、もっともっと!」
幸運にもグリムの襲撃は無く、最悪の夜も明けて朝がやってきた。
僕達は捜索隊によって救助され、2人はレンの母親によって連れられ、僕もアカデミーへと帰ることになった。
「あっ!アダム!おかえり!大丈夫だった!?」
「あぁ、俺は生きてる」
「...カナタ先輩は...?」
「・・・」
「...そうか。だが貴様は人を救ったんだ。先輩も喜ぶだろうさ」
3人に出迎えられ、僕達のクロユリへの旅が終わったことを実感した。それと同時にサンクタムアカデミーに入学してから最初の夏休みは始まった。
夏休み最初の僕達の仕事は先輩のお墓を作ることだった。