悪役令嬢ってなんだよ(哲学)   作:センセンシャル!!

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悪役令嬢物が流行っているみたいなので初投稿です。

追記
※主人公は広い意味では転生者ですが、厳密には異なります。予めご了承ください。


本編


 ぼくが初めて「考えた」のは、「転生ってあるんだ」だった。

 

 それはぼくが生まれて2年ほどした頃のこと。多分「物心がついた」っていうことだと思う。

 それまでぼくの中に当たり前にあった"前世"の記憶が、正しく「前世の記憶」として認識できた。漠然としたイメージではなく、そういう言葉として言語化できるようになった。

 「前世の僕」が得た様々な知識。感じた想い。経験した出来事の数々。言葉にできるようになったことで、一つ一つつぶさに観測できるようになったことで、その瞬間ぼくは、さまざまなことを識った。

 輪廻転生。人の魂が死後、別の新たな命として生まれ変わること。仏教の考え方の一つで、「僕」たち日本人にとっては創作物の出来事として親しまれていた。

 大本となった考え方では記憶のありかについては触れていないし、普通は生前の記憶なんて引き継がないものなんだろうけど、創作の中では当たり前のように記憶を持った生まれ変わりが頻発していた。

 だからぼくに起こった出来事はある意味では珍しいことではなく、それでも現実に起これば驚くべきことで。

 そしてぼくが次に「思った」のは、「そういうこともあるか」だった。

 

 

 

 「僕」は、平々凡々な人生を送った、ごくごく一般的な男性だった。

 大きな事件に巻き込まれることもなく、普通に成長し、普通に就職し、普通に結婚をして子を成し、そして普通に死んでいった。

 ちょっとだけサブカルチャーが好きだったことを除けば本当にどこにでもいるような凡人。感情の起伏が大きいわけではなく、だからといって愛想がないということもない程度の、平凡な人間。

 「温厚で優しそうで、実際優しい」と妻から評価を受けていた「僕」は、娘からも孫からもそれなりに気に入られ、それほど多くはない親族に看取られて、満足しながら逝った。

 故に「僕」の物語はそこで完全無欠に終焉を迎え――新たに「ぼく」の物語が始まった。

 終わったはずの「僕」が「ぼく」として再開したことに戸惑いを覚えなかったのは、ぼくが「僕」を別人として認識していることが大きかったと思う。

 結局のところ、「僕」というのは過去にいたどこかの誰かで、ぼくはたまたま彼の記憶を受け継いだだけの赤の他人だ。……血縁など、あるはずもなく。

 ぼくの中に「僕」という記憶があることに戸惑うことがなかったのは、さすがにぼく自身の性分だろうけど。むしろ「得をした」と思ったあたり、我ながらイイ性格をしていることだ。

 そんなわけで、ぼくは「僕」の記憶を受け入れ、成長の糧として、周囲の子供たちよりも幾分早く自我というものを確立した。

 

 

 

 そんなぼくだけど、全く困惑がなかったわけではない。「僕」の記憶にはなかった――知識としてはあったものの、現実の出来事として認識していなかった――ことが、「この世界」にはあった。

 そう、「僕」が生きていた世界と、ぼくが生きているこの世界は、どうやら別世界であったらしい。これが、「僕」とぼくに血縁がないことの最大の根拠だ。

 

 この世界には、魔法がある。

 

 人の意志で火を起こし、水を生み、風を吹かせ、大地を恵ませることができる。そういった技術が存在する世界だった。「僕」的に言えばファンタジー世界だ。

 物心がついて間もないころは「僕」の知識を活用してやろうと意気揚々だったぼくだが、母が台所でステッキを振って火を点けるのを見た瞬間は、さすがに「!!?」ってなった。

 

 ――え!? なにいまの!? すごい!

 ――!?!? あなたー! この子がしゃべりましたよー!!

 

 若干2歳(まだ1歳だったかも)のぼくが急に流暢に(舌っ足らずではあったけど)しゃべったことで、逆に母が驚いて父呼んで大騒ぎになりもした。

 

 ――本当か、お前! すごいじゃないか!

 ――ね、ね、もう一回おしゃべりしてみてっ!

 ――ま、ママこわい……パパもおちついて……

 ――おおおおお! この子は天才だ!

 ――きゃー! きゃー! かわいいー!

 

 ……二人とも立場のある人なのだから、年甲斐もなくはしゃぐのはやめてほしかった。これ、ぼくの両親です……。

 

 気を取り直して。迂闊にもしゃべってちょっとした事件になったりはしたけど、ぼくはこの時点で「僕」の記憶をあてにするのは無理だと考えた。

 「僕」はあくまで「魔法のない世界で一生を生きた一般人」だ。知識量はそこそこだけど、法則の違うこの世界でそのまま適用できるとは限らないことを、ぼくはちゃんと認識した。

 この切り替えの早さは、多分"前世"とは関係のない、両親から受け継いだ判断力の高さだと思う。もちろん、「僕」の記憶分による底上げはあっただろうけど、一番大きな要素はこっちだろう。

 その一件で反省したぼくは、以降極端に尖った成長は見せず、地道にこの世界の知識を身に着け、能力を高めるという方針を立てることにした。

 「出る杭は打たれる」という教訓を、ぼくは「僕」の記憶から知っていたのだから。

 

 ――すごいぞ! まだ3歳にもなっていないのに、あんなに遠くの的に魔法を当てるなんて! やはりこの子は天才だ!

 ――きゃー! こっち向いてー! かわいいー!

 

 ……両親は、ぼくが何をやってもベタ褒めして猫かわいがりだったけどね。

 

 

 

 ぼくの両親は立場のある人間だと言った。母は元貴族の令嬢で、父は母の実家に婚姻を認められたほどの実業家だ。

 この世界は、ところどころ「僕」の生きた世界と似ていて、それでも法則が違うせいで法制度なんかもだいぶ違っている。

 まずぼくの住んでいる国は日本国。「僕」が住んでいたのと同じ名前の国であり、文化も似通っている。米が主食でお箸を使うところも一緒だ。

 大きく違うのが、前述のとおり貴族が存在すること。この貴族というのは、一定以上の魔法の力を持った血族のことであり、元々は護国のための存在であったらしい。

 人同士の争いが最後に起きたのが千年前。異種族の「魔王」と和解できたのが百年前。以降は大きな戦争はなく(小競り合いはあるみたいだけど)、今や貴族は「かつてそうであった」というだけの市民だ。

 とはいえ、"家格"というものは存在するらしく、母の実家はそれはそれは大きな武家屋敷だ。跡取りが他にいたとは言え、母の結婚相手に求められる格も相応に高かったと思われる。

 そんな母の実家に、後ろ盾など何もなく実力だけで認められたのが、ぼくの父である。

 

 父の職業は、大手電化製品販売会社の代表取締役。この会社は、電化製品一般普及の先駆けでもある。

 魔法のある世界とはいえ、それを行使するのが人間である以上、安定的なエネルギーの供給は外部手段が必要になってくる。そのためこの世界では、ある程度の科学技術も発達している。

 それでも「魔法があるから」とあまり手を付けられていなかった家電などの分野に市場を見出し、開拓したのがぼくの父。そして彼は、一代にして財閥など歯牙にもかけないほどの巨大企業を作り上げた。

 父は、あまり魔法が得意な人間ではない。だからこそ「魔法が苦手な人間でも、魔法が得意な人間と同じように生活できる環境を作りたい」と思ったのが、事の始まりだったそうだ。

 

 強大な魔法の力を持つ血族の母。魔法が苦手でも、それ以上の商才でもって巨万の富を成した父。

 そんな二人の間に生まれたのが、ぼくだった。

 

 

 

 

 

 だからその話が舞い込んでくるのは、遅いか早いかの違いでしかなかったのだろう。

 

「……お前に許嫁の話が来ている」

 

 ある日の晩。親子3人で広い食卓を囲っているとき、父が渋面で……ほんっとーに嫌そうな顔で、そう切り出した。

 今、ぼくは5歳。結婚の話をするには早すぎるかもしれないが、両親の立場を考えればおかしいことではない。

 母はまだ知らなかったらしく、「あら」と驚いた声を上げた。ぼくは特に何も言わず、頷いて先を促した。

 

「相手は、大場財閥の会長のところの孫だそうだ。あそこはうちと競合している分野に手を付けている、おそらくは提携目的だろう」

 

 だろうね。言葉には出さず、内心で納得する。立場のある人間の子供の婚姻なんていうのは、大体そんなもんなんだろう。

 政略結婚。創作の中ではよく出る言葉だし、古くはこの国でも、「僕」の方の国でも、当たり前に行われていたことだ。

 自分自身がその立場に置かれるとなると、なんというか……変な昂揚感みたいなのがある。「えー」っていう面倒な気持ちと、「おお」っていう感動みたいなのが入り混じった感覚。

 

「あなた、そんな決めつけてはいけませんよ。もしかしたら、そのお孫さんがうちの子のことを気に入っただけかもしれないんだし」

「向こうも5歳だ。うちの子のような天才ならまだしも、その歳で婚約を申し出たとは思えん。十中八九間違いないだろう」

 

 それでも1割……いや1分程度だろうけど、その可能性を捨てないあたりが、父の実業家としての優秀さを表していた。親バカに関してはもう諦めました。

 それはともかく。

 

「そのおはなしをことわると、パパはこまるのですか?」

 

 お箸をちゃんと箸置きの上に置き、父をまっすぐ見て問いかける。彼は目をつむり、しばし言葉を選ぶ。

 

「……正直に言うと、困ったことにはなるだろう。家電の分野はうちがトップとは言え、最近はあそこも伸びてきている。この話を蹴れば、向こうに敵対のいい口実を与えることになる」

 

 「無論、その程度でどうにかなることはない」と父は強く締める。実際にそうなのだろう、彼は無根拠なことを言う人ではない。

 商売のことはまだわからないけど(「僕」の記憶にそんな雲の上の事柄があるわけもなし)、父の言葉を信用しないわけではないけど。

 ぼくが原因で父が多少でもいらぬ苦労をするというのは、あまり好ましくなかった。

 

「わかりました。ほんとうにこんやくするかはわかりませんけど、いちどあってみます」

「……無理をしなくてもいいんだぞ。お前はまだ幼い。結婚のことなんて考えず、元気に遊んでいるべきだ」

 

 父としてはぼくに断ってほしいのだろう。最初からそんな雰囲気を全身から醸し出していた。それでも実業家としての判断が、ぼくに正確な情報を伝えさせた。

 すべてはぼくのことを大切に思ってくれているから。そんな両親のことが、ぼくは大好きだった。

 だから彼らには、背負う必要のない苦労を、できることなら背負ってほしくない。

 

「さきのことはわかりませんけど、おともだちになることならできます。それならパパもあんしんできるし、かいちょうさんもまんぞくしてくれるでしょう?」

「……~~っ、この子は本当に、もう゛っ!」

 

 父は立ち上がり、ぼくに駆け寄って涙交じりに抱き着いてきた。お行儀悪いですよ、パパ。

 だけどそれが彼の愛であることを、ぼくは理解していた。それがどれだけ貴重でかけがえのないものか、理解していた。

 だから苦笑を交え、ぼくはされるがままになった。父の抱擁は、母から「二人とも、お行儀が悪いですよ」と叱責されるまで続いた。

 

 かくしてぼくは、5歳にして許嫁候補と顔合わせをすることになった。

 

 

 

 

 

 そいつの第一印象は、「うわなにこのクソガキ」だった。

 

「おまえがおれのいいなずけ? おとこじゃん」

 

 大場会長さんの家に招かれ、そこの庭にいた少年。親同士(父は後ろで渋面だったので、母が前に出た)で子どもを紹介して、ぼくを見た彼は開口一番そんなことをのたまった。

 ……確かにぼくは、今日は「許嫁ではなく新しい友達として」を意識して、普段通りの動きやすい恰好をしてきた。だからと言って、男扱いは許容できるものではなかった。

 

「レディーにたいしてしつれいですよ。ぼくはおんなのこです」

「ぼくっていってんじゃん。やっぱおとこだろ、おまえ」

「さいきんではおんなのこもぼくっていうんです。ぼくのようちえんではふつうです」

 

 ひたすらこれで押し通したからなんだけどな! 当たり前かもしれないけど、ぼくの通う幼稚園で「ぼく」という一人称を使う女子はぼくしかいない。

 後々矯正するときがくるかもしれないけど、今は大目に見てもらいたい。なにせ、参考にしたのが「僕」の記憶なのだから。

 「ほんとかよー」と懐疑的な視線を送ってくる少年。……もう少し成長してれば、胸でも触らせて確認が取れるんだけど。しないけど。

 

「それならべつに、おとこのこだとおもいたければおもえばいいです。ぼくは、きょうのところはいいなずけじゃありませんし」

「……はぁ? じーさんはいいなずけがくるっていってたぞ。じゃあ、おまえはなんなんだよ」

 

 そもそも彼が許嫁の意味を正しく認識できているかの疑問はある。一応、その相手が異性であるという認識はできているようだけど。

 「許嫁」と「友達」は別という認識があるものとして、ぼくは当初の予定通り、告げた。

 

「おともだちです。ぼくは、きみのあたらしいおともだち」

「とも、だちィ?」

 

 嘲るように鼻を鳴らす少年。財閥会長の孫という立場だからか、無駄にプライドの高い少年だった。

 

「ハッ! おまえみたいなひんそーなやつ、ともだちになんかなったらおれまでひんそーになっちまう。いらねーよ!」

「……へー、そうですか。ぼくも、きみみたいにしつれいなひとと、あまりともだちになりたいきぶんではないですね」

 

 さすがにカチンとくる。こちらはそちらの――会長さんの、ではあるけど――申し出を受けてやってきたのに、しかも寛容に接してやったというのに、そういう態度をとるのか。

 母親同士は「ほほえましいわねぇ」「そうですねー」とのんきにニコニコ。向こうの父親はハラハラしながら見守り、ぼくの後ろで父が殺気立つ。

 

「なんだよ、やるか? いっとくけどおれ、めちゃくちゃつえーぞ!」

 

 ちょっと口撃しただけですぐに頭に血を上らせる少年。忍耐もないらしい。直系がこれで将来大丈夫なのか、大場財閥。

 ……とはいえ、これがぼくたち子供のあるべき姿なのだろうとも思う。ぼくが、無駄に早熟なのだろう。「僕」の記憶がために。

 数瞬だけ考え、ぼくは彼の態度に乗っかることに決めた。

 

「ならぼくは、きみよりつよいです。おんなのこにまけたはずかしいおとこになりたくなければ、はやめにあやまることですね」

「だからおまえおとこだろーが! じょーとー、やってやるよ!」

 

 言いながら彼は、小さなステッキを取り出す。子供用の、練習用の魔法媒体。同時に家事用の低出力魔法媒体でもある、広く一般家庭に普及している日用品だ。

 彼のそれは、持ち手の部分に銀メッキがしてあったり、発動体に本物の「流れ星」を使っていたりと、かなり金がかかっていそうだった。練習用である以上、性能はそこまででもないだろうに。

 

「うーん、この」

「なによゆうぶってんだ! おまえもさっさとつえだせよ!」

 

 ステッキに力を通しながらこちらに向け、相変わらず嘲りMAXの少年。対してぼくは余裕を崩さず、手をひらひらと振った。

 

「きみていどにつえはひつようありません。どこからでもどうぞ」

 

「っ、てめえ! なめんじゃねえ!」

 

 軽い挑発にあっさりと乗り、彼はステッキの先に指先サイズの火の玉を顕現させ、こちらに向けて放った。

 炎……とはいえ、練習用ステッキから放たれる魔法にそこまでの熱量があるわけではない。直撃を受けても、どちらかと言えば魔法の質量による衝撃の方が大きいぐらいだろう。

 ――これが母の実家にあるような大型魔法媒体(ぼくが見たのは和楽器のような形をしていた)ならば、森を焼野原にするぐらいの火炎放射が撃てたりするのだが。試射を見てチビりかけたのはあまり思い出したくない。

 ともあれ。この程度なら、全く臆する必要などないわけで。

 

「てーい」

「なぁ!?」

 

 手から腕にかけて、軽く風をまとわせて弾く。それだけで火の玉は簡単にかき消えた。魔法とも言えないような、ただの力技だ。

 いくらぼくが母譲りの強大な魔法の力を持っているからと言って、媒体なしでちゃんとした魔法の形にできるほどの技量を持っているわけではない。「僕」の記憶は、こっち方面では全くあてにならないのだから。

 これは、ぼくが得意な魔法の一つ「風」を、力任せに無理やり発生させているだけ。手元から離れればすぐに無風となる程度のものでしかない。

 それでも、練習用ステッキから放たれる魔法を弾くことぐらいわけはない。

 とはいえ、そんなことがわからない彼はただただ困惑するわけで。

 

「てめえ、なにしやがった!?」

「みてのとおり、きみのまほうをすでではじきました。これでおわりですか? だとしたら、ひょうしぬけです」

「っっっ、ざっけんじゃ、ねえ!」

 

 バカの一つ覚えの火の玉連射。どうやら彼が使える魔法は「火」しかないようだ。彼自身の言うとおり、ぼくたちの年齢を考えれば非常に優秀だろう。それでもこの程度なら、ぼくはすべて手で弾けてしまう。

 ……それだけ、というのも面白くないかな。彼にはどちらが上なのか教えてあげなければ。

 

「ではぼくは……こうします!」

 

 風の流れを変える。腕だけではなく全身を覆うように。ステッキもなしに結構なことをしているが、自分の体から離れていないところでなら、無理やり何とかできないこともない。

 迫りくる火の玉を、ぼくは風で受け止める。それを全身を覆う風に乗せ、渦巻くように体の周りで旋回させる。ステッキを構えたままの少年は、目を丸くして口をパクパクと開閉させた。

 制御はOK。ではこれを……!

 

「おかえしします!」

「ん、なぁ!?」

 

 風の流れを一気に彼に向けて、火の玉の雨あられをそっくりそのまま彼に撃ち返す。さすがに細かい制御まではできないので、多くはあらぬ方向へと飛んでいき、風とともに霧消する。

 だがそのうちの何発かは彼に向けて命中し、その数だけの小爆発とともに、彼は悲鳴を上げて吹っ飛んだ。

 

 見た目こそ派手だったものの、彼自身にはかすり傷程度しかないことを、ゆっくりと歩み寄りながら確認する。

 

「しょうぶあり、ですね。これでもきぞくのちすじなんですよ、ぼくは」

「ぐ、ぐ……ちくしょ~……」

 

 痛そうに腕をさすりながら起き上がる少年。血も出ていないのに、大げさだな。

 さすがにこうして結果が出てしまったことに対してまで難癖をつけることはしないようで、それでも不満は顔に残してそっぽを向く彼。

 対照的にぼくは、彼に抱いた多少の不満を霧散させた。そこまで大きな不満を持っていたわけではないし、これだけやれば十分気は晴れた。

 

「おんなのこにまけちゃいましたね、はずかしい」

「う、うるせーうるせー! おれはまだ、おまえがおんなだってしんじてないからな!」

「こらヒロト。そこはちゃんと信じてあげなさい。エリカちゃんに失礼でしょう」

 

 子供同士のケンカが終わり、向こうの母親が仲裁に入る。……いい加減収束させないと、後ろで殺気立つ父が何を言い出すかわからないし、渡りに船だった。

 ふと見れば、ぼくの母は父をなだめに向かっていた。母親同士は仲良くしていたし、役割分担をしたのだろう。

 「ごめんなさいね」と申し訳なさそうに苦笑して、少年の頭を下げさせる彼の母。ここは、彼女に乗っかるのが手っ取り早いと判断する。

 

「いえ、きょうはぼくもこんなかっこうできてしまいました。つぎがあるなら、ちゃんとせいそうをして、おんなのこだってみせてあげます」

「……話には聞いてたけど、本当によくできた子ね、エリカちゃん。うちの子にも見習わせたいわ」

 

 今のぼくが自分の性別を正しく示すには、服装しかないだろう。動きにくいのが嫌いだから髪の毛はショートだし、顔もどちらとでもとれる造りだ。5歳じゃ体つきにだって男女の差はない。

 上はパーカーに下は半ズボン、靴も簡素なスニーカーじゃ、男の子に見えてもしょうがないかもしれない。不満は不満でも、事実はちゃんと認識している。

 

「それに、魔法もとっても上手だったわ。ステッキもなしに、すごいのね」

「ごぞんじでしょうけど、きぞくのちをひいてますので。ママはもっとじょうずです」

 

 父をなだめる母から(こっちの会話が聞こえていたらしい)、「あんまりハードル上げないでねー」と飛んできた。事実なのだからしょうがない。

 自分の母がよその子を褒めてほったらかしにしたからか、少年がますます不満を募らせる。会話に花を咲かせる女子二人(女の子は何歳でも女子なのです)の間に、彼は乱暴に割って入った。

 

「だあああ! かーさんはかんけいねーだろ! あっちいってろよ!」

「まあ、ダメじゃないヒロト。未来のお嫁さんの前なんだから、もうちょっと落ち着いたかっこいいところを見せなさい?」

 

 少年の母は飄々としてつかみどころのない人だった。多分彼は、少なくとも性格は、父親似なのだろう。

 あとユキさん(彼女の名前)、ぼくはまだ許嫁になることは承諾してませんよ。今のところ、未来のお嫁さんになる気はないです。

 少年は自分の母を、ぐいぐいと押して父のところまで下げた。彼は相変わらず心配そうにぼくたちを見ていた。……彼にはいろいろと思惑があるのだろう。

 ぼくが気にすべきことではないだろう。最低限会長さんの顔は立てたのだから、あとは父ならどうにかできるはずだ。

 母親の乱入ですっかり勢いを失った少年は、怫然としたままそっぽを向いている。構わず、ぼくは小さく笑いながら右手を差し出した。

 

「ではあらためて。ぼくはエリカ。大道寺エリカです。きみのおなまえをおしえてください」

 

 ちゃんと自己紹介をし、敵対の意志がないことを示す。少年はツンツンした態度を崩さないように努め、だけどやっぱり気になるようでこちらをチラチラ見ている。

 ぼくが笑みを崩さず身じろぎひとつしなかったので、最終的には彼が折れた。

 

「……大場ヒロト。おれはまだおまえがおんなだってしんじてねーし、つぎはぜってーまけねーからな!」

 

 乱暴にぼくの右手をとり、少年――ヒロトは、そう宣言した。

 

「まずはぼくにつえをつかわせるていどになってください。いまのきみじゃあいてになりません」

「うるせーよ! つーか、なんでつえなしでまほうつかえるんだよ! おかしいだろ!」

「きぞくにとってはきほんぎのうらしいですよ。そんなことはどうでもいいんです。つぎにあうときはちゃんとおんなのこのかっこうをしてきますので、あやまるかくごのじゅんびをしておいてください」

「そしたら「おかまかよ!」ってゆびさしてわらってやるよ! おまえこそ、かくごしとけよ!」

 

 ――これがぼくとヒロトのファーストコンタクト。後にぼくの許嫁となる彼との出会いは、男同士のケンカみたいなものだった。

 

「……これは、上手くいった、のか?」

「許嫁に関しては見送りでしょうけど、今はこれでいいんじゃないかしら? お父様には私の方から言っておくから、安心してね」

「ああ、いつものことながら胃が痛い……」

 

 余談だけど、ヒロトの父・アキトさんは婿養子で、ユキさんに気に入られて財閥一族入りした一般人だそうな。

 終始ハラハラしていたのは、大企業代表の一人娘であるぼくに失礼を働きまくる息子に気をもまされ続けただけらしい。

 彼の胃に平穏のあらんことを。

 

 

 

 

 

 それからぼくは、ヒロトの一家といくつもの季節をともにする。

 

「えっと……どちらさま?」

「ぼくです、エリカですよ。こんどはちゃんとおんなのこのかっこうをしてくるっていったでしょう?」

「え……は、ぇえ!? いや、だ、おま、べつじん……!?」

 

 二度目の出会い、母の手で気合いを入れておめかしされたぼくを見て、ヒロトは顔を真っ赤にして狼狽した。

 さすがにそこまでされては認めざるを得ず、彼はぼくのことをちゃんと女の子と認識した。

 それでも、ぼくの性格はこんなだったので、しばらくの間は男友達みたいな間柄が続いた。

 

 

 

「ぷはっ! よっしゃおれのかちぃ!」

「ぐぬぬ……たいりょくしょうぶだとおとこのこにはかてません。このひきょーものめ」

「うっせ、まほうじゃかてないんだから、うんどうぐらいおれにかたせろ!」

「二人ともー、そろそろご飯にしますよー」

「よし、つぎははやぐいたいけつだ! どっちがさきにくいおわるか、しょうぶだ!」

「はやぐいはからだによくないです。ヒロトはもっとよくかんでたべるべきだとおもいます」

 

 ヒロトの家でプール遊びをしたときのこと。プールサイドのパラソルの下で、ユキさん特製のカツカレーを食べる。

 噛まずに飲み込むヒロトに注意しながら、僕はよく噛んで食べ、彼が苦戦している隙に先に食べ終えてドヤ顔をしてみせた。

 当然彼はずるいと怒る。普段からちゃんと噛まないからだと言ってやり、ユキさんを味方につけてやり込める。半べそをかくヒロトをアキトさんが慰めるところまでが、いつの間にかテンプレートになっていた。

 

 ぼくがヒロトの家に行くばかりではなく、彼がぼくの家に来ることもあった。

 

「おじさんっ、そこダメだ! エリカがしかけたわながっ!」

「ええ!? あ、死んだ!」

「これでぼくとヒロトの一騎打ちですね。どうします、降参した方がいいのでは?」

「バカヤロウ、おまえおれはかつぞおまえ!」

「はいどーん」

「ぬわー!?」

 

 最近発売されたばかりのビデオゲームが、うちにはたくさんある。父の会社が電化の先駆けということもあって、製造元から寄贈されたものだ。

 男子の御多分に漏れず、ヒロトもゲームが大好きだ。だけど大場が歴史ある財閥ということもあってなのか、「家ではあまり遊ばせてもらえない」と言っていた。

 だから彼がうちに遊びに来るのは、ぼくと遊ぶためというよりはゲームをするためなのだろう。別段それで困ることもない(むしろ人数が増えて楽しくなる)ので、ぼくも父も彼を歓迎した。

 

 

 

 

 

「魚を釣るときは、こうやって……こうだっ」

「おお、大物だな! アキト君にこんな才能があったとは……」

「いやぁ、ははは。キョウさんと比べると大したこともない特技ですが……」

 

 二家合同でキャンプをする。ぼくとヒロトが魚釣りの見学をしていると、父親同士が談笑を始めた。なんだかんだとあった両家だけど、今や家ぐるみの付き合いがあるほどに親しくなっていた。

 褒められて気をよくしたのか、アキトさんはアユ釣りについてのうんちくを語り始めた。父は「ほう」とうなりながら話を聞いていたけれど、アキトさんが一番聞かせたい相手であろうヒロトは早々に飽きてしまった。

 

「なあ、エリカ。森の中探検しねえ?」

 

 初めて会ったときより少し立派になったステッキを取り出しながら、彼はそんなことを提案した。

 ぼくはこめかみに手を当てながら、少し思案する。

 

「ぼくたちだけでですか? それは少し無謀だと思います。ママについてきてもらった方がいいのでは?」

「ばっか、それじゃ探検にならねーじゃん。男のロマンがわかんねーやつだな」

「わからなくて結構です。ヒロト、最近ぼくのこと女の子だって忘れてません?」

「お前が絶対普通の女じゃねーってことは、いい加減理解したよ」

 

 いつの間にやらぼくたちは小学校に上がり、彼の周りにも多様な女子がいるようになったことだろう。あいにくと学校が違うため、詳しいことはわからない。

 経験を積み、彼もある程度ぼくという人物を理解したようだ。もちろん、ぼく自身自分が普通の女の子だなんて思っちゃいない。

 「あー」と頭をかきながら、ヒロトはぼくを説得するべく言葉をまとめる。なんだかんだで彼も優秀な財閥の跡取りだった。

 

「俺とお前が組めば、獣ぐらい追っ払える。本当にやばくなったら、二人で空に火の魔法飛ばせば、大人たちが気付いてくれるだろ」

「ふむ。わからなくもないです。ぼくの苦手分野である体力は、ヒロトが補ってくれますし」

「いざとなったら俺がお前を背負って、お前が魔法ぶっぱで逃げればいい。どうよ、いい考えだろ?」

 

 ヒロトが考えたにしては、ちゃんと頭を使っていて感心した。内容が穴だらけなのは仕方がない。

 たとえばヒロトの足で逃げ切れない獣に襲われた場合や、ぼくの魔法でもひるまないような獣、著しくは魔物なんかが出た日には、二人そろってペロリだろう。

 そんなものが、母の実家が管理するこの山の中に出没するとは、到底思えないけど。

 

「……範囲を決めましょう。このキャンプ場が見える範囲まで。それなら、何があっても大丈夫でしょう」

「ま、そんなとこかな。俺も無駄に騒ぎ起こして、母さんに心配かけたいわけじゃないし」

 

 心配するのは多分アキトさんだと思うけど。ユキさんは……なんだかんだ楽しんでそうな気がする。

 ぼく自身、安全が確保できるなら探検自体に否やはなく、二人の妥協点を見つけて合意した。

 父親たち、そして料理スペースで夕ご飯の支度をしている母親たちに声をかけ、ぼくとヒロトは森の中へと足を踏み入れた。

 

 その5分後、ぼくはヒロトに負ぶわれて全力で逃げていた。背後からは獣のうなり声。近づいてきたソレに向けて、牽制の火球を数発、一息に投げつける。

 だけどソレが吠えると空間の歪みのようなものが出現し、火球は壁にぶつかり千切れ飛ぶ。風系の障壁魔法だ。

 そう。ぼくとヒロトを追うソレは、魔法を使う獣――魔物だった。

 

「走れ、ヒロト! 長くは足止めできない!」

「ちっくしょー! どうなってんだよ、お前んちの山は!」

「ぼくのじゃなくて、ママの家のです! もう一発っ!」

 

 火球の威力では相手の障壁を超えることはできないが、壁が発生すれば向こうも足を止める。そうやってぼくたちは、あと少しなのにやたら遠く感じるキャンプ場までの道を逃げていた。

 正直頭の中は混乱でいっぱいだ。なんで、どうして、ありえない。魔物がキャンプ場の近くにいるなんて、絶対おかしい。

 だけどそれで思考を止めてしまったら、魔法を扱うことができない。ぼくの魔法がなければ、ヒロトの足といえど簡単に追いつかれてしまう。

 恐怖と緊張で早鐘を撃つ心臓を気合いで抑え込み、次の火球を生み出し投げつける。魔物はうっとうしいと言わんばかりに吠え、その感情を反映したような粗雑で巨大な障壁を作り出す。

 まだか! まだたどり着かないのか! キャンプ場が見える範囲からは外れていなかったのに!

 焦りはミスを生む。震えと冷や汗で手が滑り、何度目かの火球の際に振るったステッキが、手元を離れて魔物の方へ飛んで行ってしまった。

 

「しまっ……!?」

 

 放物線を描き、魔物の足元に転がるステッキ。さらには風の障壁が生み出す衝撃波によって、森の暗がりの中へ飛ばされてしまう。

 これで、もうぼくが魔法を使うことはできない。使うだけならできるかもしれないけれど、あの魔物を足止めするほどの魔法は、行使できない。

 後悔に震える。ぼくのミスで、ぼくだけでなくヒロトも命を落としてしまう。森に入るのを止めることだって十分にできたはずだ。

 

「あ、ああ、……っ」

「おい、どうした!? 魔法止まってんぞ!」

「あっ……ご、ごめ、つえっ……」

 

 涙があふれ、言葉がうまく出ない。つっかえながら、それでも伝えなきゃという思いで、言葉を絞り出した。

 

「つえっ……おとしちゃっ……たっ……!」

「……っっ!!」

 

 

 

 言い切った瞬間、ぼくは放り出された。――ああ、そうだよね。ぼくを囮にして、ぼくが食べられている隙をつけば、ヒロトなら逃げ切れる。

 そうだ、そうすべきなんだ。「僕」はもう死んだ人間なんだ。その続きであるぼくが、犠牲になるべきなんだ。終わった人間が、未来ある若者の足を引っ張るべきではないんだ。

 そう思い、ぼくは絶望の中にわずかな救いを信じ、襲い来る痛みと恐怖に耐えるべくギュッと目をつむった。

 

 だけど痛みは、いつまでも襲ってこなかった。恐る恐る目を開くと、なぜかぼくと魔物の間に、ヒロトが立っていた。

 

「なに、やって……」

「こっちの台詞だバカヤロウ! 俺が抑えてるから、さっさと大人たち呼んで来い!」

 

 腰のホルダーに納めていたステッキを構え、恐怖からか歯をガチガチと鳴らしながら、それでもヒロトは真正面から魔物を見据えた。

 魔物は、今までぼくが撃っていた魔法を警戒しているのかすぐには動かない。グルルとうめきながら、姿勢を低く保っている。

 なんで。彼が犠牲になる必要なんてないのに。ぼくが犠牲になるべきなのに。

 

「だ、ダメっ! ヒロトが、逃げてっ……!」

「アホか! 体力貧弱杖なしのお前が相手にできるわけねーだろ! あと少しなんだから、お前の足でも十分間に合う! 行けっ!」

「でもっ……!」

 

 なおもぐずるぼくに、ヒロトはもう一度強く、「行け!」と叫ぶ。

 弾かれたように、ぼくは立ち上がり、必死で走った。先ほどまでヒロトに背負われて走っていたときに比べてひどく緩慢で、自分の体力のなさに怒りがこみ上げるほどだ。

 それでも、走らなきゃ。一刻も早く母に知らせなきゃ。そうしなきゃ、ヒロトが……ヒロトが……!

 

「ここはぜってー、通さねえぞこの、クマ野郎がああああ!」

「……グルアアアア!!」

 

 背後から赤い光。ヒロトが魔法を使って、炎の大剣を作り出したのだ。ぼくが考え二人で作り上げた、ぼくと彼だけのオリジナル魔法。

 魔物からはものすごい突風。これまで障壁に使っていた魔法を、ヒロトに向けて放った。余波であおられ、ぼくは走りながらよろけてしまう。

 っ。足に痛みが走る。今ので捻ってしまったか。そんなこと、かまっていられない。急がなきゃ、急がなきゃっ……!

 

「喰らえやあああああ!!」

「ガアアアアアア!!」

 

 そして一人と一頭は激突し……

 

 

 

 森の入口から、一筋の光が貫く。一拍を置いて、ぼくの背後――ヒロトと魔物が激突せんとしていたところから、パァンという乾いた音が響く。

 

「あらあら。演習場の方から逃げてきちゃったのかしら。いけない子ね」

 

 光の発生源には、ぼくのよく知る姿があった。元貴族の令嬢……それ即ち護国の魔法使いの血を引く、ぼくの母。大道寺……否、「志築(しづき)ナツメ」。

 その手には、おそらく調理に使っていただろう家事用ステッキ。エプロン姿のまま、主婦とは思えない凄みをまとい、こちらに向けて歩いてきた。

 ぼくを通り過ぎ、ヒロトと魔物がいる場所へ。魔物は、ヒロトからかなりの距離を離されて仰向けに倒れていた。

 母が家事用ステッキから放った氷の塊で、そのたった一発でノックアウトしてしまったのだ。

 魔物の前まで行き、ステッキを向ける。先端がわずかに光り、母はステッキをエプロンのポケットにしまった。

 安全確認を終えて一息つき、母はヒロトの方に振り向いた。

 

「エリカを守ってくれてありがとうね、ヒロト君。でも、ちょっと無謀だったかしら?」

「え、あ……お、おう?」

 

 急すぎる事態の推移に、炎の大剣はとっくに消滅してしまっているのに構えたままだったヒロトは、目を白黒させた。ぼくも、気持ちは同じだった。

 

 

 

 あの魔物はどうやら、ここから10kmほど離れた山の反対側にある、志筑家の魔法演習場で飼育されていた個体だったらしい。

 後で確認したところ、檻の一部が老朽化により壊れており、そこから脱走したのだろうとのことだった。

 いやまあ、そういうこともあるかもしれないけど……もっと管理徹底してくれませんかね、お祖父様。

 

「ヒロト~!! 怪我はしてないか!? 変な病気とかもらってないな!? 帰ったら徹底的に検査するからな!?」

「ちょ、父さん……心配しすぎだって! へーき、平気だから!」

 

 案の定というか、アキトさんは滂沱しながらヒロトにベタベタさわり、無事を確認した。ユキさんは「元気でいいわね~」とコロコロ笑っており、こちらも予想通りだった。

 対するぼくの両親は、母は少し心配そうにしており、父の顔はとても険しい。ヒロトに怪我はなかったけど、ぼくが逃げる際に足を捻ってしまったせいだ。

 幸い骨折はしていなさそうで、志筑の医療スタッフによれば1週間安静にしていれば治る程度だとか。そこまで重い怪我ではなかった。

 だけど怪我は怪我であり、そのためにぼくの両親を心配させてしまったのは……とても心苦しいことだ。

 

「……ごめんなさい」

「なぜ、お前が謝る。許可を出したのは私たちだ。落ち度があるとしたら、ナツメの実家だからと楽観してしまった私の方だ」

「でも……心配、させちゃったから……」

「子供を心配するのは親の仕事なのよ。だから、エリカが謝ることなんて何もないの」

 

 本当に素晴らしい、自慢の両親だと思う。だからこそ、たとえ彼らが気にするなと言っても、ぼくは心配をかけてしまったことを申し訳なく思う。

 

 だからぼくは……空気を変えるために、閃いたことを言った。

 

「そうだ、アキトさん。ヒロトの許嫁って、今どうなってます?」

「え? い、いきなりだなエリカちゃん。どうって、エリカちゃんの話以降、まだ何もないよ。お義父さんも、あれ以来何も言ってこないし」

 

 言わなくていいことまで言ってから、「やべっ」と言いながら口を手で覆うアキトさん。もちろん裏事情はぼくも両親も推測できているので、ユキさんとともに笑う。ヒロトはさっぱりわかっていなかった。

 

「つまり、今は空席なんですね?」

「そ、そうだね。そもそも僕は、ヒロトはもちろんだけど、エリカちゃんにも許嫁なんて、まだ必要ないと思ってるし」

「なら、ちょうどいいですね。ぼくがヒロトの風よけになります」

 

 「へ?」と目を点にするアキトさん。ぼくの意図をある程度察したか、父は「むっ」とうなる。

 

「アキトさんは必要ないって言いますけど、ヒロトとの婚姻関係って、他の財閥や企業の人にとってはのどから手が出るほどほしいものだと思うんです。早めに粉をかけておこうって考える輩が、いないとは限らない」

「え、う、うん。そう、かもしれない、なぁ……」

 

 彼の義理の父がまさにそんなことを画策したわけで、歯切れ悪くなる気の毒な小市民。

 相変わらず当事者であるはずのヒロトは、頭に疑問符を浮かべまくって理解していなかった。

 

「で、このさっぱり話についていけてないおバカです」

「……ちょっと待て、それ俺のことかよ!?」

「他に誰がいますか、このおバカ」

 

 「誰がバカだ!」と反発するバカ。実際のところ、ヒロトは馬鹿ではないんだけれど……何と言ったらいいんだろう、ニブチン?

 自分の"市場価値"を理解していないというのは、ぼくや彼のような立場の人間にとっては大きなマイナスだ。それでは警戒することもできないし、札の切り所を間違えることだってありうる。

 本来優秀である彼がときどきおバカになるのは、そういった「場の理解」がとことん苦手なことが原因だ。さっきだって、同じことが言える。

 

「あのとき気付かなかったぼくもぼくですけど、ステッキ持ってたんだからぼくに渡せば普通に逃げられたのでは?」

「え? ……あっ」

「そういうところですよ、このおバカ」

 

 母の「無謀」という言葉を反芻して出てきた結論。それがあのときの最適解だったことに、遅ればせながらぼくも気付いた。もう少し冷静でいられたなら、あの場で気付くことができただろう。

 だけどヒロトには無理だ。彼は、感情が勝って、また同じ場面に遭遇したなら、きっとぼくを守ろうとするだろう。……――っ。

 

「だ、だけど、あの魔法を使えば、俺だって魔物と戦える……」

「ヒロトなら一太刀入れるぐらいはできるでしょうね。で、その後続きます? あれがすこぶる燃費が悪いって、一緒に作ったぼくは知ってますよ」

 

 「うぐっ」とうめいて二の句を次げなくなるヒロト。事実として、あの魔法を発動してから母の一撃が直撃するまでの短い時間の間に、炎の大剣は完全に消滅していた。

 ぼくなら普通に振り回せる程度に維持できるけれど、今度は運動能力が足りない。どれだけ強力な魔法が使えても、当てられないんじゃ意味がない。

 余計な思考を振り払うように、ぼくは淡々と事実を述べる。そして話を本筋に戻した。

 

「こんなヒロトだから、中学生にもなったらハニートラップに引っかかってしまうかもしれません。少なくともぼく程度の頭を持っていれば、舌先三寸で丸め込んでしまえるでしょう」

「いや、エリカちゃんは普通に天才だと思うけどね……」

 

 それは今重要なことじゃないです。そもそもぼくは、自分のことを天才だなどと思っていない。スタート地点が少し早かった、ただそれだけ。

 本当の天才はもっと先を行っているだろうし、ぼくより優秀な人間なんていくらでもいる。だからこそ、ヒロトの危機感のなさは危ない。

 

「ぼくたちと同じ年代で、ぼくと同じだけ弁が立つ女の子が、いないと言い切れますか?」

「そ、それは……どう、なんだろう」

 

 わからない。そう、わからないのだ。いるかもしれないし、運よくいないかもしれない。

 いるかもしれないなら、何らかの対策を打つ必要がある。それはヒロトに教育をすることでもあるし、彼が育つまでの風よけを用意することでもある。片方だけではだめだ。

 だからぼくが……彼に一番近しい女の子であろうぼくが、彼が自力で身を守れるようになるまで。

 

「そもそもぼくとヒロトが出会ったのは、そういう目的だったはずです。だから、問題なんてどこにもない」

「……エリカちゃんは、それでいいのかい。もっと大きくなったとき、好きな男の子ができたとき、困るんじゃないかな」

「それは問題ないです。ぼく、どっちかっていうと女の子の方が好きですし」

 

 「へあ!?」と妙な声を上げるアキトさん。ちなみにこのカミングアウトは両親にもしていなかったので、さすがの彼らも凍りついた。

 これについて「僕」の記憶は関係ないと思うんだけど、もしかしたら多少は引っ張られてるのかもしれない。なんにせよ、今のところ、ぼくは男子よりも女子を好意的に見ている。

 ちょっと生々しいけど、レズ寄りのバイってところかな。別に男子を嫌悪しているわけではないし、ヒロトも普通に好きだし。

 凍る両親、うろたえるアキトさん、混乱するヒロト。ユキさんだけが、腹を抱えて大笑いしていた。ほんと大物だな、この人。

 

「その辺はまあ、今は置いておいて。ともかく、「ソレ」がぼくの結論です」

「……エリカちゃんの意志は、確かに理解したよ。だけど、ヒロトの意見も聞かなきゃいけない。どうなんだい?」

「え? えっと、俺の許嫁が結局いないって話で、悪いこと考えるやつらがいるかもしれないって、風よけ?が必要だとかで、エリカが女の子が好きで、えーっと?」

 

 ここで話を戻されても、ヒロトはまだ混乱している。推移する話についていけていない。

 ……ヒロトには、ちょっと回りくどかったかな。アキトさんに目で確認し、彼が頷いたので、ぼくはヒロトの真正面に移動した。

 彼の右手を取り、意識をこちらに向けさせる。

 

 

 

「ヒロト。ぼくが、君の許嫁になるよ」

「……、……。……、!? へあ!?」

 

 その奇妙な雄叫びは、父親のアキトさんそっくりで、血のつながりを感じさせるものだった。

 

 その後ヒロトが狼狽えたり往生際悪く逃げようとしたけど、最終的にはぼくが言いくるめ、ぼくとヒロトは正式に許嫁の関係となった。

 決め手となったのはやはり、最後の泣き落としだろう。「ぼくを守ってくれた君を、今度はぼくが守りたいんだ」と迫真の台詞付きで。

 女の子にそこまでされて非情になれるヒロトではなく、白旗降参をした彼は、やっぱりぼくが風よけにならなきゃいけないと思わせるに十分だった。

 

「ふう。すべて納得したわけではないが、ヒロト君なら安心か。エリカを悲しませることはしないだろう」

「なんだかんだで仲のいい二人ですからね。今日のことがなかったとしても、いつかはこうなっていたんでしょう」

 

 ぼくの両親は、説得するまでもなく承諾してくれた。なんか、ぼくのすることならちゃんと理由があるからって、手放しで信頼されている気がして落ち着かないな。

 実際のところ、婚約=結婚ではないので、もし本当に結婚の話になってきたら、もっとすったもんだするのかもしれないけど。そんな未来の面倒事は、未来の自分に任せよう。

 なにせぼくは、これから別の面倒事を対処しなければいけないのだから。

 

「さ、て。……それはそれとして、女の子の方が好きというのは、どういうことかな?」

「パパにもママにも内緒にしてたのね。ちゃんと、説明してくれるのよね?」

「え、と、ははは……」

 

 手っ取り早い説得ではあったけど、余計なことを言ってしまったかもしれない。

 

 

 

 

 

 でもね、ヒロト?

 確かにぼくは、男の子よりは女の子の方が好きだけど。

 

 君が身を挺してぼくをかばってくれたとき。逃げろって言ってくれて、守ってくれて。

 

 本当に、うれしかったよ。

 

 

 

 

 

 ぼくたちの関係が許嫁に変わったからといって、友人関係が解消になったわけではない。それからしばらくは、今までと変わりなく、男友達のような関係だった。

 ぼくがヒロトの家に遊びに行き、ヒロトがぼくの家に遊びに来て、二家揃って旅行に出かけたり。ゲームをしたり、一緒に夏休みの宿題を片付けたり、変わらぬ時間を過ごしていく。

 ただ……少しずつ変わっていくものもある。

 

「あれ……エリカ、髪留めなんて使ってたっけ」

「あ、うん。最近伸ばし始めて、前髪が邪魔になったからね。せっかくだし、ちょっとおしゃれしようかなって」

「そっか」

 

「ヒロト、最近がっしりしてきたね。もう運動じゃ絶対かなわないなぁ」

「ってか、お前体力ないから、最初から運動は俺の独壇場だったじゃん。今更だろ」

「ずるいなぁ」

 

 

 

「114番、114番……見つけた! あった、やった! 受かった!」

「ぼくは514番、もう見つけたよ。これで春から同じ中学だね。ヒロトがちゃんと受かるか、やきもきしたよ」

「うっせ! 勉強見てくれてありがとよ、エリカ!」

「どういたしまして。……ふふっ」

 

「どう、かな?」

「……あ、ああ。似合ってるんじゃねーの? し、知らんけど」

「ちょっと、許嫁さん? ちゃんとこっち向いて言ってくれないかな?」

「うっせ! そ、それ言ったら俺の方はどうなんだよ! い、……許嫁」

「照れなくてもいいのに……制服、似合ってるよ」

 

 

「あ、ヒロト。隣、いい?」

「おう、空いてるぞ。いつもお前が来るから、クラスの連中もそこは空けるようにしてるみたいだぜ」

「そうなの? なんか、悪いね」

「あいつらが勝手に気ぃ利かせてるだけだって。ほっとけほっとけ」

「そうはいかないよ。ヒロトがクラスで浮かないように、許嫁の『わたし』がちゃんと気を配らないと」

「……。そう、か」

「そうだよ」

 

 

 

 

 

「なあ、エリカ」

「なに、ヒロト」

「お前さ。……もう『ぼく』って言わねえの?」

「え? 急にどうしたのさ。……うーん、そうだね。もう言えない、かな」

「言わないんじゃなくて?」

「だってさ。ヒロトの許嫁なのに、『ぼく』なんて言ってたら、皆から変に思われちゃうよ」

「思わせとけばいいじゃねえかよ。お前だって俺と最初に会ったとき、「男と思いたければ思えばいい」って言ってただろ」

「よくそんな昔のこと覚えてるね。んー、あのときとは状況が違うよ。わたしは、皆から「大場財閥の許嫁」って見られてるから。相応の振る舞いをしないと、わたしだけじゃなくてヒロトまで変に見られちゃう」

「……俺は、そんなこと、気にしねーんだけどな」

「わたしが気にするの!」

 

 

 

 ぼくは幼女から少女に成長し、女性になっていく。髪を伸ばし、体格が変わり、服装を変えて、言葉遣いも正した。

 ヒロトの許嫁として相応しい振る舞いをし、彼を世間の悪意から守り、彼の隣に居るべき女性になろうとした。

 ぼくは、自分の考えた通りの女性になったと思う。「僕」の妻を参考にし、夫――今はまだ許嫁のヒロトを立てるように努め、傍らに佇んだ。

 少なくともぼくの視点では、そこに落ち度なんてなかったと思う。

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 高校二年の春の初め、ヒロトから呼び出されて。

 

 

 

「俺たちの婚約を、破棄したい」

 

 

 

 そう、はっきりと告げられた瞬間。

 

 

 

 

 

 ぼくの世界は、音をなくした。




思ったよりも長くなっちゃった。

追記
※主人公は心身ともに女の子です。誤解する人もいるようので、念のため明記しておきます。



Tips

魔法
人や魔物の意志の力を物質の世界に伝達し、各種現象に変換する技術。この世界の人間なら一般的に持っている技術である。
変換効率には個人差があり、これが個々人の「魔法の力」として評価される。
この力が特別強い血筋が、この世界の日本国における「貴族」である。

貴族
魔法の力が異様に優れた血族。この世界の日本には百家ほど存在する。志筑家は大体上から3番目ぐらいの家。
異種族との戦争があった頃は護国の家として軍を率いていたが、平和になってからはまるっきり出番がない。
万一のために訓練は欠かしていないらしい。

異種族 および 魔王
あくまで多数派の人類がそう呼んでいるだけであり、彼らもまた人類の一部である。
魔法と環境に適用しすぎたため姿形が獣に近くなっており、そのために迫害された歴史を持つ。
彼らの性向自体は非常に大人しいため、物語に絡むことは多分ない。ただの死に設定。

魔物
魔法の力を持った動物。普通の動物ながら魔法の力を持つものから、幻想的な姿のものまで多種多様である。
魔法の行使には「一定以上の意志力」が必要となるため、魔物の多くは脊椎動物である。

ステッキ(魔法発動媒体)
意志を現実世界に伝えて現象に変換する際、その効率を格段に上げるもの。一般には鉛筆サイズの杖の形をしている。
変換の仲立ちという関係上、素材そのものに魔法的な要素が含まれている。そういう物質の含有量が多いほど変換効率もよくなるが、単純に多ければいいというものでもないらしい。

火球
火属性のポピュラーな魔法。子供が使うと物を焼くほどのエネルギーは生み出せず、むしろ質量弾として機能する。
うまくコントロールすれば小型化してエネルギーを凝集して火種にすることができる。家庭用魔法として一般的な使い方はこっち。

流れ星
魔法的な素材。正体は成層圏に滞留する魔法の力の結晶。養殖ものと天然ものがある。
一般に使われているのは養殖もので、ヒロトのステッキには天然ものが使われている。ブルジョワめ。
3つ集めるとマナクリスタルになる。

炎の大剣
エリカとヒロトの共同作成魔法。火球数個分の魔法の力を凝集し、巨大な剣の形に放出する。大剣とは言うものの、エネルギーの塊でぶっ叩く代物。
子供が思いつきで作ったものだけはあり、燃費が非常に悪く、平均よりかなり高い魔法の力を持つヒロトでも数秒しか維持できない。
Hellstone bar×20でクラフティング可能。

氷の礫
水を凝集させ氷の弾丸として前方に発射する、実は割と実戦用の魔法。間違ってもご家庭向け魔法媒体で発動する代物じゃない。
本気で撃てば頭をぶち抜くぐらいはできただろうが、子供たちが見ているし、普通に無力化で済ませた。
こおりタイプ、威力40、PP30の先制技。



登場人物
大道寺エリカ……だいどうじ(だいもんじからもじり)エリカ(タマムシジムリーダー)
大道寺キョウ……キョウ(セキチクジムリーダー)
大道寺(旧姓志筑)ナツメ……しづき(「し」 ねんの 「ず」 つ 「き」)ナツメ(ヤマブキジムリーダー)

大場ヒロト……オーバーヒート
大場アキト……ヒロトとつながりのある名前として適当に
大場ユキ……あえての「こなゆき」

1話の分量は?

  • 少ない(3万文字書いて♡)
  • 物足りない(2.5万文字はないと……)
  • 大体このぐらい(2万文字程度)
  • 多いよハゲ(1万文字以内じゃないと無理)
  • 多すぎィ!!(5千文字がちょうどいい)
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