悪役令嬢ってなんだよ(哲学)   作:センセンシャル!!

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日常回なので初投稿です。

2020/02/21 タイトル間違いを修正。
2020/02/22 小ネタから本編に昇格


本・二

 ぼくとイリスが見守る中、ヒロトは本のページをめくる。パラリ、パラリと、静かな室内に紙をめくる音のみが響く。

 彼が読み始めてから、早30分。ぼくたちは彼の邪魔をしないように、一言も発さず、彼が読み終えるのを待っていた。

 そして彼は、とうとう最後のページにたどり着き、ふぅとため息をつき本を置く。物語の中から、現実に意識を浮上させた。

 ぼくとイリスは、彼の最初の一言を待った。

 

 そして、彼は言う。

 

 

 

「……物理法則仕事しろ」

「チガウデスヨ! ヒロトは見るトコ間違ってマス!」

 

 ヒロトが眉間をもみながら発した感想に、イリスは不満たらたらだった。

 なお、ぼくの感想はヒロトと同じだった。それが面白いんじゃないか。

 

 彼が読んでいたのは、先日イリスが発した「サムラーイ」が登場する漫画、「流浪人 ~ 一匹狼が斬る」という作品。種族間戦争以前の古代を舞台にした、通常人種間の戦争を描いた物語だ。

 主人公の男性は今でいう日本の出身で、生まれつき魔法を使えない体質の人だった。それが原因で国を追い出され、安住の地を求めて旅をし、やがて大陸の覇権を争う戦争に巻き込まれていく。

 魔法の使えない彼は、自分自身を守るために一つの技術を生み出す。カタナという剣を用いた斬術だ。魔法でないただの剣で、魔法を切り裂き敵を斬るアクションシーンが、この漫画の見どころとなっている。

 

「いや、百歩譲って剣で炎の渦を真っ二つにするまではいいぞ? なんでそれが遠くの敵に届いてんだよ。絶対風魔法使ってるだろ、こいつ」

「違いマスヨ! サムラーイのカタナ・ジツに距離はカンケーナイんデス! サムラーイの前に立っタラ斬られるウンメーカラは絶対に逃れられナイんデス!」

「だったらチートだ、チート。感知系の魔法もなしに数km先の敵を察知して攻撃を届かせるとか、どうしようもなさすぎだろ。やられ役に同情すら湧いてくるぞ、これ」

「ヒロトはワカラズヤデス!」

「まあまあ、イリス。漫画の楽しみ方は人それぞれだよ。いろんな意見を楽しんだ方が、ずっと楽しいと思うよ」

「むむむー! ヒロトがエリカと同じカンソーだったカラって、ズルいデス!」

 

 ちなみにイリスは、主人公の容姿と生き様がかっこいいと感じて、アクションシーンの派手さを楽しむタイプの読者だ。多分この漫画の読者で一番多いタイプだろうね。

 ぼくは、自分自身ちょっとひねくれた読者だという自覚がある。こういう男の子向けの漫画もよく読むけど、楽しみ方は「こんなのありえないだろ」という突っ込みを入れる形だ。楽しむことは楽しんでいる。

 そのことでイリスと意見が割れて、こうしてヒロトにも読んでもらって、感想を言ってもらうことにしたのだ。ヒロトは巻き込まれただけなので、あきれた表情に無理もなかった。

 

「自分と同じ感想を求める気持ちがわからないでもないけどよ。俺はエリカの恋人なんだから、波長もエリカに近いのは当然だろ?」

「そうカモデスケドー! なんかクヤシイデス!」

「大多数はイリスと同じ楽しみ方をしてるんだからさ。クラスの男の子たちにも聞いてみなよ。きっと、イリスに同意してくれるよ」

「そうカモデスケドー!」

 

 地団太を踏む代わりに、イリスのかわいいしっぽが、ぼくの部屋の床を叩いた。

 

 

 

 結論から言うと、イリスの不安は杞憂だった。イリスの明るい性格は、彼女のクラスでも快く迎え入れられた。

 

 もし彼女がいじめられていたらぼくたちが守ろうと、カノンちゃんとコトリさん、ヒロトを伴って一年の教室に向かった。

 そしてぼくたちが見たのは、イリスを中心に人の輪ができ、漫画談義に花を咲かせる光景だった。内容が内容なので、話しかけているほとんどが男の子だったのはご愛嬌。

 

「イリスさん、この漫画知ってる? 僕のおすすめなんだけど」

「あ、コレ! 読みたかったヤツデス! ワタシの国だと、まだ発売されてナイデスヨ!」

「じゃあ、あげるよ。僕は3冊持ってるから」

「ファッ!? 3っつも持ってるデスカ!?」

「保存用、観賞用、そして布教用。俺たちの界隈じゃ常識だぜ、イリスちゃん」

「1冊で満足しているようではまだまだ甘い。精進するのじゃ、イリスよ」

「ハイ、老子っ! あ、予鈴デス」

「やべっ、先生に見つかったら没収されるぞ!」

「隠せ隠せ!」

 

 こんな感じで。女の子たちも、イリスに向ける視線の中に険はなかった。男の子に囲まれてるから嫉妬されるんじゃないかとも心配したけど、まあ、その、そういう男の子たちだから。

 むしろ、ぼくと同じで身長が低い部類で、性格も幼い彼女は、クラスみんなの妹みたいに見られている様子だった。

 

「イリスちゃん、角?かな、デコってもいい?」

「デコ……ナニデスカ?」

「アクセとかつけてかわいくするの。せっかくわたしたちよりアクセ付けられるんだから、おしゃれしなくっちゃ!」

「シュシュとか似合いそうだよね。あとは、オーソドックスだけどリボンもつけて」

「じゃああたしは顔いじるー! ルージュつけてみようよ、イリスちゃん!」

「は、ハワワ!? やめてクダサイー!? あ、エリカ助けテー!」

 

 あるとき様子を見に行ってみたら、コッテコテに化粧を施されたイリスに助けを求められた。涙目のイリスの化粧を落としてから、「こういうことはほどほどに」と後輩たちを注意した。校則違反なんだから。

 なお、角にシュシュを付けるのは気に入ったらしく、以降イリスのファッションに角シュシュが追加された。

 

 

 

「あーあ、イリス取られちゃったなー」

 

 イリスの無事を確認して戻る途中、カノンちゃんはそんなことを言った。イリスのことを大変気に入っていた彼女は、休み時間も一緒に遊ぶつもりだったみたいだ。

 だけどぼくとしては、安心の方が勝っている。あの教室にはイリスの味方が多い。全員がそうとは限らないだろうけど、彼女が寂しい思いをすることはないだろう。そっちの方が大事だ。

 

「かわいいですからね、イリスさん。妥当な結果だと思いますよ」

「そうかもしれないけど、イリスのかわいさを知ったのはあたしたちの方が先なんだよ? なんか、悔しいじゃない」

 

 カノンちゃんらしい率直な言い方にクスリと笑みがこぼれる。もちろん、ぼくにもそういう気持ちはあるけどね。

 

「いいなー、エリカちゃんは。家でずっと一緒なんでしょ?」

「そうですね。イリスが寂しい思いをしないように、できるだけ一緒にいますよ。ゲストルームが広くて落ち着かないみたいなので、今は毎日一緒に寝てます」

「あら、それはいいですね。……ジュルリ」

「おいホモ、あたしの親友で邪な想像すんな」

 

 野獣の眼光を宿したコトリさんに、カノンちゃんから容赦ない折檻。やっぱりコトリさんは恍惚の表情で、相変わらず無敵の人だった。

 二人の世界(深い意味はない)に入ってしまったので、ぼくはヒロトの方を見た。ヒロトはぼうっとした表情で前を見ていた。

 

「どうかしたの?」

「ん? ああ……やっぱ、エリカに似てるよなーって。エリカも、ああやってクラスの女子におもちゃにされてただろ? なんか懐かしくなってさ」

「まあ、そうだけど。……浮気はダメだからね?」

「わかってるし、それはねえよ。俺にとって何が一番大事かってのは、もう見失わねえ」

 

 「だから安心しろよ」と頭を撫でられる。ヒロトの手をつかみ、もっと撫でてとせがむ。

 「しょうがねえなー」と言いながら、満面の笑みでヒロトはぼくのことを撫でてくれた。ぼくも、最高の笑顔をヒロトに返した。

 いつの間にか、カノンちゃんが白い目でぼくたちを見ていた。

 

「このバカップルは、場所考えなさい。めっちゃ見られてるからね」

「え? あっ」

「大道寺サン大道寺サン大道寺サン大道寺サン……」

「ヒロト氏ネヒロト氏ネヒロト氏ネヒロト氏ネ……」

「はぁ、はぁ……カノンちゃんとコトリ様ぁぁ……」

 

 気付けば教室前で、クラスメイトたちが僕たちを見ていた。嫉妬やら怨嗟やらよくわからない何かやら。

 ぼくとヒロトは、毎度のことかもしれないけど、そろって赤面した。

 

 時々様子を見に行くことはあるけれど、イリスは基本的に自分のクラスで過ごしている。お昼のときとかに、たまに2年生の教室まで遊びにくるぐらいだ。

 もちろん帰りはぼくたちと一緒だ。帰る家はぼくと同じなのだから、おかしな話ではない。普段学校では一緒に過ごせない分、カノンちゃんはこのときにスキンシップを取っている。

 カノンちゃんがイリスに構う分、コトリさんは放置されるわけなんだけど、彼女は二人の絡みを見るだけでも恍惚とした表情だった。ほんと、人生楽しんでる人だよね。

 

 

 

 

 

 一通り文句を言ってから、イリスは床にごろんと寝そべった。しっぽを器用に使って体を左右に揺らしている。

 

「もう、機嫌なおしなよ。別にイリスの楽しみ方がいけないわけじゃないんだから。むしろ、ぼくたちの方が異端だよ」

「この漫画が人気ってことは、そういうことなんだろうな。派手だってことは俺でもわかるしな」

「ム~……ヒロトには一回、老子の教えをデンジュする必要があるデス」

 

 ヒロトと二人でイリスのご機嫌をとり、ようやく彼女はこっちを向いてくれた。元通り、明るい表情のイリスだった。

 

「それで、俺ってこのために呼ばれたのか? 別にいいけどよ」

「あ、うん。それだけじゃなくて。イリスが魔法を見せてくれるっていうから、ヒロトにも見てもらいたくて」

 

 「マジで?」と目を輝かせるヒロト。実は漫画の話はついでであり、本命はイリスの使う「特別な魔法」だ。

 

 この世界には、一般に知られる基本属性と呼ばれる4種の他に、その上位となる派生属性4種、さらには未解明属性という研究中の魔法属性が存在する。

 未解明属性自体は大学や大学院なんかで研究されるような分野で、普通に生活していたらまず関わることがない。派生属性も一般人には関係ないことだけど……うちは貴族の家系なので、使える人が身近だったりする。

 この未解明属性というのは、通常は人が発する魔法属性ではない。自然物や自然現象、人工物では貴族の家に置いてある特殊な魔法発動媒体が発するような属性だ。

 身近なところで言えば、皆が当たり前に使っている発動媒体の材料である「流れ星」と呼ばれている物質。これが実は未解明属性物質の一つであり、養殖が可能になったのは未解明属性研究の成果だと言われている。

 このおかげで、以前は空から降ってきた文字通りの「流れ星」を採集して加工する必要があった発動媒体が、安価で大量に生産することができるようになった。

 そういう意味では身近なことにもつながっているんだけど、それでもやっぱり普通に生活していたら、未解明属性なんてものを意識することはない。

 

 さて、ここでイリスなんだけど、なんと未解明属性魔法を行使できることが判明した。

 

 

 

 それを知ったきっかけは、今朝彼女の髪を梳かしているときのことだった。

 櫛が彼女の角にあたったとき、何気なく尋ねた。

 

「イリスの角って、きれいだよね。白くて、よく見ると内側で淡く光ってるし」

「角? ああ、スティクルのことデスカ。えへへ、ありがとデス」

 

 きれいと褒められてはにかむイリス。かわいかったので頭をなでなで。この角はどうやら「スティクル」という器官のようだ。

 ぼくも異種族について詳しいわけじゃないので、イリスに解説をお願いした。

 

「えっと……通常人種さん、魔法使うトキにステッキ使うデスヨネ。これ、ワタシタチのステッキデス」

「そうなの? じゃあ、異種族の人たちはみんな、イリスみたいに角が生えてるの?」

「パパとママはそうデス。ケド、他の子タチは、翼だったり、トンガリ耳だったり、いろいろデス」

 

 そういえば、異種族の中でも、部族が違えば姿が変わってくるんだったね。みんながみんな角の形をしているわけではなく、だけど異種族共通で持っている発動媒体がスティクルなんだ。

 ステッキという外部装置でなく、体の一部として発動媒体が備わっている。まさに、魔法に適応進化した人類だった。

 

「そっか。異種族がステッキなしで魔法が使えるのって、魔法の力が優れてるだけじゃなくて、そういう理由もあるんだ」

「ッテイウカ、ワタシ、エリカとナツメさん見てビックリしたデス。なんでステッキナシで魔法使えるデスカ?」

「なんだろ、こう……押してもダメならもっと強く押せ、みたいな?」

 

 貴族にとっては基本技能と言われて習得した「媒体なし魔法行使」だけど、異種族であるイリスにドン引かれるとは思ってもみなかった。でも実際に、周りの貴族(志筑家)見ると基本技能なんだよなぁ……。

 それに、やっぱり媒体なしだと行使できる魔法にも限界があるわけで。火球や風の障壁なんかはできても、爆裂はステッキなしじゃ無理だ。ぼくとヒロトの身を守ることを考えると、ステッキは手放せない。

 お互いにカルチャーショックを受けつつ、話を進める。

 

「そういえば、異種族はいろんな魔法が使えるって聞いたことがあるんだけど、イリスは何が使えるの?」

「えっとデスネ。ミンナと一緒で、アグニ、アクニ、トルニ、グラニ、ギラニは使えるデス。えっと……日本語だと火、水、風、地、闇デスネ」

「……ナチュラルに基本属性全部って言われた上に派生属性が出てきて、どんな顔をすればいいんだろう」

 

 しかも闇って言った? 闇属性使える人なんて、聞いたことないんだけど。え、異種族だとそれが普通なの?

 前言撤回、こっちの方がカルチャーショック受けてる。媒体なし魔法なんか目じゃないぐらいぶっ飛んだ人種だった。よく戦争なんかできたな、昔の通常人種……。

 ぼくの困惑に対し、イリスは明るく「使えるダケデスヨー」と笑った。

 

「普段使うのは火と水ぐらいで、地と闇なんてマトモに使ったコトナイデスヨ。農家さんはグラニ使いマスケド、そのぐらいデス」

「……普通に生活してたらそうなるか。ママが地属性使ってるとこなんて、ほとんど見たことないし」

 

 ちなみにうちのママは得意属性の風と地に加えて、派生属性の光が使えます。レア属性って言われる地と派生属性の光が使えるせいで、近代最強とか言われてるんだよね。本人は否定してるけど。

 ……ぼくたちが子供の頃、得意属性ですらない水魔法で魔物を昏倒させてた気がするんだけど。考えない方がいいのだろう。うん。

 

「昔はギラニ使えてイチニンマエ、ナンテ言われてたソウデスケド、今の子でギラニ使ってタラ、タダの痛い子デスヨ」

「男の子が好きそうだもんね、闇属性。ちなみに、どんな感じなの?」

「えぇっと……ちょっと待ってクダサイ」

 

 イリスは目をつむってムムムとうなる。イリスの角――スティクルの輝きが増し、彼女の手元に球体の闇が浮かぶ。闇球ってとこかな。

 

「やっぱりムツカシイデス。しかもこれ、全然使えナイデスし」

「使えない? どういうこと?」

「触ってミレバわかるデス」

 

 言われるがまま、イリスの作り出した闇球にゆっくりと触れてみる。……ちょっと違和感があっただけで、素通りしてしまった。

 え、なにこれ? ただ黒いだけ?

 

「……使えないね」

「使えナイデス。コレならアグニの方がよっぽど役に立つデス」

 

 難しい割に、何に使えるのかさっぱりわからない。そりゃ、こんな魔法を頑張ってたら痛い子扱いされるよ。

 昔はこれが使えて一人前って言ってたけど、難易度が高いってだけの理由だったのかもしれない。これができるなら大抵のことはできる、みたいな。

 基本属性全部使えるっていうのはすごいけど、ぼくは地属性含めて全部見たことがある。目新しいのは、この何に使えばいいのかわからない闇属性ぐらいだ。

 はぁ、と疲れたのか肩を落とすイリスに「お疲れ様」とねぎらい、スティクルにシュシュを付けてあげる。

 

「アトもう一つだけ、使える魔法あるデスケド。ソッチも何に使うのかワカラナイデス」

「……もう何が出てきても驚かないよ。基本属性は全部出てきたし、派生属性のどれか?」

「あ、イエ、ソウじゃないデス。ジラニっていう、ワタシのパパから教えてモラッタ魔法で、日本語でなんていうか、チョット知らないデスケド」

「え? 基本属性でも、派生属性でもないの?」

「ハイ。あと残ってるの、クロニ、ルアニ、ルキニ、全部違うデス。ワタシの国のクラスメイト、ミンナ知りマセンデシタ」

 

 基本属性でもなく、派生属性でもない。おまけに異種族の子たちがことごとく知らない、おそらく先祖代々の属性。

 もしかして、もしかしなくとも、それって……。

 

「まさか、未解明属性……?」

「エット、よくワカラナイデスケド、多分ソウだと思うデス」

 

 ――そんなわけで、ぼく一人では多分理解できそうにないので、魔法杖業界に強い財閥の跡取りとして修業中のヒロトに来てもらったのだった。

 

 

 

「いや、それならなんで俺は漫画読まされてんだよ。魔法見せろよ、魔法」

「だってこの間見せるって約束したし。イリスと感想が割れちゃって、ちょうどいいかなって」

「別のときでもよかっただろ……」

 

 漫画を読むのも一瞬ではなく、既にヒロトがうちに来てから、前置き含めて1時間が経過している。……もしかしたら、財閥の勉強の邪魔をしてしまったかな。

 気になって尋ねたところ、「それだったら今日は無理だって最初から言ってる、心配するな」と頭を撫でられた。えへへ……ちょろい彼女だなぁ、ぼくは。

 

「ムー……今日の主役はワタシナノニ……」

「おっと、悪い。で、ジラニ、だったっけ。俺も聞いたことないし、エリカの予想で間違いないと思う。他はちゃんと聞いたことあるしな」

「知ってたんだ。やっぱりヒロトを呼んで正解だったね」

 

 実践の知識に関しては、さすがに元貴族の母から教えを受けたぼくの方が上だろうけど、純粋な魔法関連の知識量は、ヒロトの方が圧倒的に上だ。将来はそういう業界を背負って立つんだから。

 実際に使って見る前に、ヒロトはヒヤリングから始めた。

 

「その属性の特徴って、どういうものなんだ?」

「エット……まず、光るデス。それで、触るとちょっと暖かいデス」

「光るってのは、火属性とはまた違う感じなんだよな?」

「はいデス。バナナ色っていうか、クリーム色っていうか、そんな感じデス」

「なるほどな、俺の知ってる基本属性とは明らかに違う。光属性はどうなんだ?」

「ルキニはゼッタイ違うデスヨ。そんなアブないものじゃないデス」

 

 実際危ないもんね、光属性。ぼくも志筑家の訓練施設で母が使ったのを一回だけ見たけど……発射から着弾までがほんとに一瞬で、しかも分厚い鉄板を5枚貫通していた。間違っても「触る」なんてできるもんじゃない。

 「なるほどな」とヒロトは納得する。明らかに既知の属性が持つ特徴ではないことを確認し、イリスの魔法が未解明属性である確信を深めたようだ。

 

「じゃあ実際に見せてもらいたいんだけど……外に出た方がいいよな?」

 

 魔法は普通、室内で使うようなものじゃない。基本属性の基本魔法でさえ、火球や風球は物を壊すし、水球は家電製品をダメにしてしまう。

 生活魔法として使う場合だって、コンロに小型の火球を投げ込んだり、鍋に水球だったりと、ちゃんと状況を整えて使うものだ。

 ちゃんとコントロールできるなら、ぼくが普段やってるみたいに、火と風を合わせてドライヤー代わりにすることだってあるけど。それでもそのぐらいだ。

 まして、何もわからない未解明属性のデモンストレーション。ヒロトの判断はごく自然なものだった。

 だけどイリスは、かわいらしくこてんと首をかしげる。

 

「別に、ココでダイジョブデスヨ? 大したモノじゃナイデスし」

「……確かに、さっきも闇属性のデモをここで見せてもらったし。イリスがそう言うなら大丈夫なのかな」

「ちょっと待て、さらっと闇属性って言ったか? 俺も見たことないんだけど」

「ヤメタ方がイイデスヨー。絶対ガッカリするデスカラ」

 

 ともあれ、今は未解明属性が先決だ。ヒロトはイリスに後で見せてくれとお願いし、イリスは嫌そうな顔をしながらも承諾した。

 

 そして、イリスがジラニという先祖代々の未解明属性魔法を見せてくれるときがきた。

 

「じゃあ、始めるデス」

 

 座布団の上で正座をしたまま、祈るように手を胸の前で組み、目をつむるイリス。彼女の集中に呼応するように、角――スティクルが淡く輝いた。

 ここまではさっき闇属性を見せてくれたときと一緒。だけど、そこからが違った。

 スティクルの輝きは、さっきよりも強く、それだけで室内を照らせるほどになる。その眩さに、思わず目を細める。

 ひときわ強く輝いた瞬間、光は一気に収束する。イリスの頭上すぐのところに、球体となって光が吸い込まれる。彼女の言った通り、バナナの実のようなクリーム色の球体だ。

 光がもとに戻る。イリスが生み出した球体は、ふわふわという浮遊感を感じさせながら、床の上に落ちた。

 

「……ふぅー。これが、ジラニ、デス」

 

 額の汗をぬぐい、やりきった感のイリス。さっきの闇魔法なんかとは比べ物にならないぐらい幻想的で、きれいな魔法だった。

 ねぎらいつつ、ハンカチで汗を拭いてあげると、イリスはニパッと明るい笑顔を見せてくれた。かわいい。

 ジラニの魔法で生み出された球体に触れてみる。確かな触感があり、イリスが語った通りちょっと暖かかった。

 

「不思議な魔法だね。でも、やっぱり何に使うのかはわからないね」

「ソウなんデスヨ。パパもコレがナニカは知らなくて、ご先祖サマから受け継いだモノダカラって、教えてくれたデス」

「そうなんだ。ヒロトは、何かわかりそ……、ヒロト?」

 

 普段通りに戻ったぼくたちとは違い、ヒロトは真面目な顔でジラニの球体を見つめていた。頬には一筋の汗。

 そしてイリスに向けて、強く口を開く。

 

「イリス。この魔法、お前が信用できるやつ以外には絶対に見せるな。最悪、命に関わる」

 

 「え」と、ぼくとイリスの口から困惑ともつかぬ意味のない音が漏れた。この魔法が、命に関わる?

 ヒロトはジラニの球体をつかみながら、確信を持って告げる。

 

「間違いない。これ……天然ものの「流れ星」だよ。しかも、純度が100%に近いやつ。……市場に出回ったら、最低でも2億はくだらない」

 

 

 

『えっ』

 

 ぼくとイリスは、凍りついた。

 

 

 

 ヒロトの口から滑り出したとんでもない事実に、再起動を果たしたぼくもイリスも大慌てになった。2億って……2億って……!

 

「アババババ!? ど、どうすればイイデスカ!?」

「お、落ち着こう! 一旦落ち着こう! 2億なら払えない金額じゃないはずだから大丈夫だよ!?」

「2億って、バナナ何個買えるデスカ!? 明日からジラニ農家やれば、バナナ食べ放題デスカ!?」

「二人とも落ち着け! っていうかエリカ、お前がたかだか2億で取り乱すな!」

「でも2億だよ!?」

 

 忘れちゃいけないけど、お金持ちなのはぼくではなくぼくの父。ぼくのお小遣い自体は、同年代平均よりは多くても、高校生を逸脱しないものだ。1万を超える買い物だってそんなにしたことはない。

 財閥を継ぐつもりのヒロトと、父の会社を継ぐつもりのないぼくでは、金銭感覚がまるで違った。

 ヒロトに一喝され、深呼吸をする。……なんとか恐慌状態を収める。まだちょっと手が震えてるけど。

 

「このぐらいの「流れ星」だったら、採取されないこともない。実際、爺さんの応接室にはもっと大きくて高純度の「流れ星」が飾ってあるしな。あれは10億っつってたか」

「10おっ……なんか今、初めてヒロトがスゴイヒトだって実感したデス」

「この場合すごいのは俺じゃなくて爺さんの方だけどな。……で、何がやばいかっていうと、こんなもんをポンポン作り出せるってのがやばい。バレたら確実に好事家からは狙われるだろうな」

 

 「ヒッ」と恐怖の悲鳴がイリスののどから漏れる。彼女を抱きしめて頭を撫で、なだめる。

 

「もっとやばいのが、これが市場を破壊しかねないってことだ。こんなもんが簡単に手に入るってなったら、ブランド魔法杖の価格は確実に崩壊する。そうしたら連中がどういう手段を取るかなんて、言うまでもないよな」

「あ、あわわわわ……ど、ドウすればいいデスカ!?」

「だから、絶対に口外しないって信用できるやつ以外には見せるな。ジラニって言葉だけなら、それがどういう魔法なのかはわからないはずだ」

 

 事実として、ヒロトはわからなかった。イリスの先祖代々伝わるこの魔法は、その存在を外部に漏らさなかったのだろう。意図したものかは知らないけれど。

 

「イリス、君の故郷のクラスメイトには、この魔法を見せたの?」

「み、見せてはいないデス! 名前言っただけデス! もう、絶対見せないデス!」

「……それならギリ、何とかなるか。異種族がこの魔法をどうとらえるかはわからないし、場合によっては見せてても平気だったかもしれないけど。でも通常人種は絶対アウトだ」

 

 首が取れるんじゃないかという勢いで首を縦に振るイリス。彼女はもう涙目だ。ぼくも、彼女が落ち着けるように必死でなだめた。

 

「大丈夫、大丈夫だからね……」

「うぅ、エリカぁ……」

「……もし少しでもやばいと感じたら、俺のところに来い。俺の周りにいれば、そういうやつらも手出しはできないはずだ。全力で守ってやる」

「ヒロトぉ……」

 

 イリスは、ぼくとヒロトにしがみついて震えた。彼女の恐怖が落ち着くまで、ぼくとヒロトは、彼女のことを抱きしめた。

 

 まさか何気なく使った魔法でこんな騒ぎになるとは思っていなかっただろう。だけど、ヒロトに見せたことで危険性を知れたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。

 イリスはぐしぐしと涙をぬぐい、まだ表情は暗かったものの、持ち直してくれたみたいだ。

 さて……この「流れ星」はどうしようか。

 

「やっぱり、壊した方がいいよね」

「だろうな。残しておいたら、どこかから嗅ぎつけられる可能性がある。もし普通の「流れ星」と同じだったら、この純度だと気化するのに数百年かかっちまう。……いいか、イリス」

「ハイデス……悲しいデスケド、命には代えラレナイデス」

「わかった。お願い、ヒロト」

 

 ぼくは机にかけておいたポーチからステッキを取り出し、何重にも風の障壁を張った。それでもって、イリスの作り出した「流れ星」を包み込む。

 ぼくが頷くと、ヒロトも頷いて飛び出し型ステッキを構え、小さな火球を生み出した。小さな……だけどエネルギーが凝集され、薄橙色に輝く強力な火球。

 撃ち込む。それは「流れ星」に着弾すると同時、内側の風の障壁を巻き込んで紅蓮の爆発を起こし、ズズズと床と壁を震わせる。風の障壁がなかったら鼓膜が破れるぐらいの大音量だっただろう。

 爆炎はすぐに晴れた。粉々になったクリーム色の破片が、さらさらと空気に溶けて消えて行く。それはなんだか、もの悲しさを感じさせた。……イリスが生み出したものだと思うと、余計に。

 イリスは、やっぱり悲しかったようで、少しだけ涙を流した。だけどそれをぬぐった後は、元の笑顔を見せてくれた。

 ぼくはヒロトと顔を見合わせ、肩の力を抜いて笑った。

 

 イリスが魔王の子孫であるというのが事実だと思わせる、そんなエピソードだった。

 

 

 

「闇属性って……闇魔法ってなんだよ……」

「ホラー! だから言ったじゃナイデスカ!」

「あはは……でもほんと、何に使えるんだろうね、この魔法」

「三人ともー! さっきからうるさいわよー! 元気があるなら外行ってきなさい!」

 

 その後は、約束通り闇属性を見せてもらってヒロトが微妙な気分になったり、騒ぎ過ぎて母に怒られてみんなで外に行ったり、普通の休日を過ごした。

 

 

 

 

 

 別の休日。ぼくとイリスは、カノンちゃんとコトリさんと一緒に、街の散策に繰り出した。今日は残念ながらヒロトは勉強会が入ってしまって欠席。女の子だけだ。

 ……正確に言えば、コトリさんのボディガードさんは、相変わらずつかず離れずでついてきてるんだけど。カノンちゃんとイリスは気付いてないし、会話に参加するわけでもないので除外ということで。

 

「さっきのお店の人、びっくりしてたねー。すぐに鼻の下伸ばしてたけど」

「あはは。異種族って、日本では珍しいですからね。見たことのない人の方が多いでしょう」

 

 先ほど立ち寄った本屋でイリスが漫画を買ったときの話。レジ打ちの店員さんは、イリスを見て目を丸くして驚き、でも彼女のかわいらしい対応で表情を緩め、カノンちゃんの言うとおりの反応だった。

 本屋に限らず、イリスは街の至るところで注目を集める。それだけ日本において異種族という存在が珍しい証拠であり、イリスがそれを気にしない性格だったのは幸いだっただろう。

 

「ミンナ優しくて、ワタシ日本がモット好きになりマシタ!」

「そう言ってもらえると、日本人としてはうれしくなりますね。どうですイリスさん、今度一緒に二人っきりでお食事でも……」

「くぉらホモ! イリスに魔の手を伸ばすんじゃねえ!」

「あぁん、ちょっとした冗談ですのに~♡」

 

 いつものコントでイリスは笑う。……コント、だよね。本気じゃないよね、コトリさん。今一瞬だけ野獣の眼光だったけど。

 気にしない方が精神衛生上いいだろうと思い、それでもコトリさんには警戒をしながら、イリスとの会話を楽しむ。

 

「でも、本当によかったよ。イリスが楽しく毎日を過ごせてるみたいで」

「あはははは。そのセツはドーモ、ご迷惑をオカケシマシタっ!」

 

 初日の夜に不安を漏らしたイリスだったけど、以降は一度も笑顔が曇ることはなく、せいぜいが夜にひとりで眠れない程度だ。学校でも男女問わずたくさんの友達を作っているし。

 彼女の明るい性格を考えれば、何も不思議なことではない。一緒にいて楽しくなる、心が温かくなる妹みたいな女の子は、人種の違いなんか関係ないぐらい、人を惹きつけるだろう。

 ……それだけに、気がかりなことはあるけれど。

 

「あたしとしては、もっとイリスと遊びたいんだけどなー。そうだ、いっそ留学じゃなくて、ほんとにうちの学校に転校してこない? そうしたら1ヶ月なんて言わずに、もっと一緒にいられるじゃない!」

「あはは! ソレもイーデスネ! キット、楽しいデス!」

 

 そう。イリスはあくまで留学生。1ヶ月……短い留学期間を終えれば、彼女は故郷に帰ってしまう。そのときに、彼女の周りに味方がいるのかどうか。それが気がかりだった。

 

 彼女は語った。「自分は魔王の子孫ということでいじめられていた」と。理由はわからないけれど、異種族の子にとって、魔王の子孫は疎まれる存在らしい。

 時期については聞いていないので、今はどうなのかわからない。でも……初日の夜に不安で泣いていたことを考えると、最近でも起こっていることなんじゃないかと推測している。

 こんな、明るくて誰からも好かれそうな女の子が、魔王の子孫というだけでいじめられてしまう。……相当根が深い問題なんじゃないだろうか。

 そう考えたら、ぼくもついついカノンちゃんに便乗してしまう。

 

「それも、いいかもね。家族そろって、日本に移住しちゃうとか。もしイリスが本気で考えるなら、ぼくは支援を惜しまないよ」

「エリカ……、ありがとデス! でも、ご先祖サマのバショは、やっぱりカンタンには捨てられナイデス」

「……そうだよね。あーあ、イリスがうちの子になってくれれば、ずっと抱き枕にするのに」

「エヘヘ、残念デシタ! エリカは大好きデスシ、ナツメさんもキョウさんも優しいデスケド、ワタシのパパとママも大好きデス!」

 

 カノンちゃんは、勘が鋭いから何か気付いただろう。コトリさんは、もしかしたら裏事情まで把握しているかもしれない。

 だけど二人とも、何も言わずに笑ってくれた。これは……ぼくの問題じゃなくて、イリスの問題だから。ぼくが勝手に言いふらしていいことじゃない。

 イリスが「助けて」って言ってないのに、勝手にお節介を焼いて勝手に助けたんじゃ、彼女にとっても迷惑でしかない。それでは、ただのぼくの独りよがりだ。

 彼女にだって、故郷に大切なものがあるだろう。捨てられないものがあるだろう。それをないがしろにしてはいけない。

 

「そういえば二人は一緒に寝てるんだっけ。いいなー、あたしもイリスと一緒にお昼寝したいなー」

「あはは、カノンは楽しいデスカラ、寝られナクなりそうデス!」

「はぁ、はぁ、……カノン様とイリスさんの間に挟まれて……想像するだけで達してしまいそう!」

「そろそろ自重しろよ変態」

 

 コトリさんは冗談なのか本気なのか、わからなかった。……さすがにイリスに手を出したら、怒るよ。

 

 

 

 イリスは、故郷の両親については語ってくれる。今のクラスメイトについて、楽しそうに話す。だけど、故郷のクラスメイトについては、決して話さなかった。

 ……つまりは、そういうことなのだと思う。

 

 

 

 みんなで駅前のカフェでお茶をする。時間は午後3時。ちょうどおやつ時だ。飲み物の他に、それぞれにケーキやクッキーを注文する。

 カノンちゃんは、オーソドックスにいちごのショートケーキ。コトリさんは意外にも渋く、抹茶クッキー。ぼくは何となくの気分でレアチーズケーキを注文した。

 そしてイリスは、彼女が大好きだと公言してはばからないバナナたっぷりのタルト。うちでの朝ごはんでも絶対にバナナを欠かさない彼女は、幸せそうにタルトを口に運ぶ。

 

「ん~、この甘さデスヨ! やっぱりバナナはサイコーデス!」

「ほんとバナナ好きだよね、イリス。お昼ご飯でもいつも食べてるし」

「ワタシ、三食全部バナナでもダイジョブデス! ワタシのソウルフードデス!」

「確か、ご実家がバナナ農家なんでしたっけ。子供のころから食べてるものって、やっぱり安心するんでしょうね」

「でも、三食バナナはダメだよ、イリス。栄養が偏っちゃうんだから」

 

 バナナは栄養バランスのいい果物って言われてるけど、バナナだけで必須の栄養をすべて賄えるわけじゃない。ちゃんと他のものも食べなきゃ。

 もちろんイリスはわかっているだろうし、本気で三食全部をバナナにする気はない。ただの冗談だ。

 

「日本の食べ物、全部おいしいデス! バナナだけはモッタイナイデス!」

「食にうるさい国ってよく言われますもんね、日本。そういえば、イリスさんの故郷ではどんな食事が一般的なんです?」

「ンー。給食で一番多かったのは、イモデスネ。タロイモっていう、ネバネバしたイモデス。あと豆のスープデス」

「なんか味気なさそうね。おいしいの?」

「タロイモは食べゴタエあって、おいしいデスヨ。ワタシはバナナが好きだったデスケド」

 

 「今はお米も大好きデス!」とイリスは付け加えた。オセアニアには米食文化がないそうで、初日の夕食はお米だけで感動していた。日本の米は、米食研究の集大成と言ってもいいのだ。

 イリスの好きな食べ物はみんなが知っている。だけど、みんなが好きな食べ物を、イリスは知らない。だから気になったのだろう、イリスは尋ねた。

 

「カノンは、ナニが好きデスカ?」

「あたし? あたしはもちろん、おいしいもの全部よ! ケーキ、ベーグル、ショートケーキ!って感じで」

「ケーキ二回言ってますよ、カノンちゃん。全部お菓子じゃないですか」

 

 「そのぐらい好きなのよ!」と快活に笑うカノンちゃん。お菓子以外も好きなカノンちゃんだけど、一番好きなのはやっぱりケーキみたいだ。女の子だよね。

 納得のカノンちゃんの答えの次は、コトリさん。

 

「私も、好き嫌いはあまりないんですが……そうですね。強いて言うなら、お茶漬けとか」

「し、渋い……。コトリさんって、パッと見だと深窓の令嬢って感じなのに、知れば知るほどお嬢様っぽくないですよね……」

「っていうか、中身オッサンよね、こいつ。女の子が大好きって時点で」

 

 いつも被害にあっているカノンちゃんから辛辣な意見。「まあひどい」とさめざめと泣き真似をするコトリさん。もはや誰も心配していなかった。……あ、ボディガードさんため息ついてる。

 お鉢はぼくに回ってくる。コトリさんに比べると面白みのある回答はできないんだけど。

 

「実を言うとぼく、あんまり甘いのは苦手なんですよね。普通に甘い程度ならむしろ好きなんですけど、甘みが強くなりすぎると、気持ち悪くて頭が痛くなっちゃうんです」

「あー。言われてみると、エリカちゃんが砂糖たっぷりのお菓子食べてるとこ、見たことないわね」

「ソーイエバ、おうちで食べてるお菓子もおセンベイデスネ。そんな理由があったデスカ」

 

 好き嫌い自体はないんだけど、味の苦手は別だ。自分でも女の子らしくなくて気にしてるところではあるんだけど。

 と。ここで突然コトリさんが真面目になって、分析を始めた。

 

「もしかして、エリカさんの身長が高くならなかったのは、それが理由では? 甘いものが苦手で、糖質をあまり摂らなかった結果、タンパク質や脂肪をエネルギー源として使ってしまった、とか」

「……食事のバランスは、ちゃんと考えてましたよ?」

「でも、ほら。見てください」

 

 そう言ってコトリさんは、まずぼくの胸を指さす。相変わらず絶壁でない程度しかない、自分でも悲しくなる貧乳だ。

 次に彼女は、イリスの胸を比較対象とする。身長がぼくとあまり変わらない彼女は……巨乳ではないけれど、普通以上には立派なものがついていた。

 そう。この中で一番の持たざる者は、ぼくなのだ。……ぼくの方が年上なのに……。

 

「エリカさんのつつましやかな胸も、それはそれで貴く素晴らしいものです。私は立派な個性だと、希少価値だと思っています。でも、貧であるという事実は覆らないのです」

「うぅ……」

「カノン様のような立派な胸には相応の脂肪分の蓄積が必要です。しかしエリカさんは、甘いものが苦手で糖質を摂らなかった結果、そこに至るための脂肪を浪費してしまった。そうは考えられないでしょうか」

「そ、そんな……」

「エリカさんの食の嗜好が、今のエリカさんの姿を作り上げたのです。つまり、私が何を言いたいかというと……グッジョブ!」

「「グッジョブ!」じゃねえ! 何あたしの親友を追いつめてんだ、このホモヤロウ!」

 

 満面の笑みでサムズアップをするコトリさんに、カノンちゃんの関節技がきれいに決まった。「褒めただけですのに~♡」と恍惚の笑みを浮かべるコトリさんだけど、ぼくにはそれを気にする余裕などなかった。

 ……散々自分で文句を言ってきたぼくの成長が、自分自身の選択の結果だった。そうかもしれないという事実に打ちのめされて。

 うなだれるぼくの頭を、隣にきたイリスが抱きしめる。……ぼくより立派な胸が、ぼくを包み込んだ。

 

「ダイジョブデスヨ。エリカはそのままでイイデス。ワタシは、そのままのエリカがイチバン好きデス」

「うぅ……イリスぅー……」

 

 初日の夜とは逆に、ぼくが慰められた。だけどぼくの心の大部分を占める感情は、敗北感の三文字だった。

 

 

 

 その後、ぼくたちはショッピングやカラオケを楽しんだ。

 

 お小遣いに余裕のないカノンちゃんは、そろそろ魔法発動媒体を買い換えたいと考えていたみたいなんだけど、日ごろの食べ歩きで出費がかさみ、手が出なかった。

 するとコトリさんが待ってましたと言うように、バッグの中から腕輪型の発動媒体を取り出し、カノンちゃんにプレゼントした。

 カノンちゃんは「こんなの受け取れない」と狼狽したけど、コトリさんの曇りない笑顔に押し切られ、最後は「ありがとう……」と言って受け取った。

 暴走と突っ込みという関係ではあるけれど、なんだかんだで友情が生まれつつある二人だった。……そういうコトリさんの計算なのかもしれない。

 

 カラオケでは、コトリさんがまたしてもキャラ崩壊した。こぶしの聞いた演歌を情感たっぷりに歌い上げて、ぼくとカノンちゃんを困惑させた。イリスは喜んでいた。

 カノンちゃんは流行りのドラマの主題歌を、イリスは最近始まったアニメの曲を、それぞれ歌う。みんなとてもうまくて、聞くたびにぼくは拍手をした。

 みんなが2周ぐらいしたところで、ぼくも歌わないのかという話になる。ぼくは聞いてるだけで大丈夫と言ったんだけど、みんなの一緒に歌おうという勢いに負けて、マイクを取ってしまう。

 そしてぼくが歌い終えると……みんなテーブルに突っ伏していた。言い忘れていたけど、小学校時代のぼくの音楽の成績は2だ。……10段階評価で、2だ。

 以降はみんなぼくに歌を強要することはせず、聞き役に徹した。ぼくもそっちの方が楽しめるので、文句などあるわけがなかった。

 

 

 

 

 

「まさかエリカがあそこマデ音痴だったナンテ、ビックリデス」

「……自覚はあるから、ほっといてよ」

 

 日が暮れて、帰り道。カノンちゃんとコトリさん(+ボディガードさん)とは別れ、ぼくとイリスは二人で家路を歩いていた。

 中学からは音楽の授業がなかったから、カノンちゃんも知らなかったことだ。ヒロトがいれば、子供の頃にやらかしてるから止めてくれただろうけど。

 こう、リズムは取れるんだけど、歌ってるうちに音程がわからなくなるんだよね。聞いてるときは「歌えそう」って思うんだけど、実際に声に出していると、自分の声の高さがわからなくなる。

 ちなみにヒロトは普通にうまい。極論をすれば歌も体力勝負の分野だから、ぼくがヒロトに勝てないのは道理なのかもしれない。

 

「でも、ワタシはエリカの歌ってる姿、好きデスヨ。……聞くのは、ビミョーデスケド」

「……ふふ、ありがと。じゃあ次からは、口パクかな」

「あ! ウラでワタシが歌って、エリカが上手に歌ってるミタイにするって、どうデスカ!?」

「面白いかも。きっと、みんなビックリするね」

 

 イリスと手をつないで、他愛のない話をしながら、家に帰る。何気ない、だけど大切な日常。

 こんな日々が、ずっと続けばいいのに。ぼくは、そして多分イリスも、そんなことを思った。

 

 

 

 イリスの留学期間は、半分が終わっていた。




小ネタは設定供養メインなので、悪役令嬢要素はありません。ご注意ください(激遅注意喚起兄貴)



Tips

サムラーイ
「流浪人 ~ 一匹狼が斬る」という漫画に出てくる架空の存在。魔法なしで魔法以上のことをするトンデモ存在。読者層は大きくわけて「こんなのいるわけねーだろ」派と「サムラーイかっこいい」派がいる。
作者は斬・鬼斬(キリキザン)先生。多分財閥に囲われてない継承者。

闇属性
RTA(過去)編と比べて評価が著しく下降しているが、戦争でもないと使い道がないせいで使い手が減り、認識が変化してしまったため。
普通に生活する分には他派生属性含めて基本属性の方が有用である点も大きい。異種族においては、わざわざ派生属性を習得するのは「あほくさ」という認識である。

ジラニ
割と重要な魔法属性。未解明属性の一つで、これを使うと天然同様の「流れ星」を生み出すことができる。イリスとその家族は知らなかった。
魔王が魔王を名乗る所以となった属性。本来は他属性にはできない「魔法じみた」ことができる……らしい。
ちなみに異種族言語の属性は基本的にポ○モンの名前からつけてます(アグニ、アクニのみ別)



登場人物紹介

大道寺エリカ(♀) 火/風
主人公兼メイン語り部。婚約者と恋人になれたため、あまりスポットは当たらない。イチャイチャ担当。
イリスを妹のように思い、可愛がっている。イリスの側も、エリカを姉のように慕っており、本当に姉妹のようである。あれ、この構図どっかで見たゾ?(過去作)
本人に自覚はないけど、割と脳筋なところがある。

大場ヒロト(♂) 火
エリカの婚約者兼恋人。本編の方でメイン張ったので、今回は欠席多め。イチャイチャ担当。最近はエリカをなでなでするのにはまっている。
イリスとエリカが何となく似ていると感じてはいるものの、別に浮気とかではない。なんだかんだ誠実なやつなので、昔からエリカ一筋。
億単位の金額を見て「なんだ、たったの億か」とか感じる程度には金銭感覚が一般人離れしてるバカ御曹司。

日村カノン(♀) 水
エリカの親友。出番自体は本編とあまり変わらない。ギャグ担当。兼名推理担当。
数か月を経てコトリのレズ芸への対処法を身に着けており、今日も元気にキ○肉バスターをしかけている。魔法使えよ。
コトリの気持ちに応える気は全くないが、友人としては認めている模様。恋人募集中(親友たちのイチャイチャに当てられて)

神崎コトリ(♀) 風
ヒロトの親戚兼カノンのおっかけ。本編でのお嬢様っぷりが嘘のようにはっちゃけてる。ギャグ担当。
カノンからのスキンシップ(折檻)すべてを快楽に変換する能力の持ち主。こいつすげえ変態だな。ほんと、どうしてこうなった……。
女の子同士の絡みが大好きでガチレズムーブを隠さないが、本命であるカノンに対しては純情一途。結局こいつも大場の血族なんだよなぁ……(無情)



イリス(♀) 基本属性/闇/未解明属性
留学生編の裏の主人公。今回のメイン。オセアニアからやってきた異種族の女の子。角としっぽを生やした龍人。
裏表のない明るい女の子。みんなから愛されるキャラで、留学してきてからは誰からも嫌われていない。かわいがられ過ぎて涙目になる。
しかし故郷では「魔王の子孫」として疎まれていた。いじめられた過去を持つ彼女が、日本でパワーアップするのが今回のお話です。

ちなみに異種族の統治領域がオセアニアなのは完全に思いつき。大体は第二回P○グランプリBブロックのせい。パンジャンはいいぞぉジョージィ……。

1話の分量は?

  • 少ない(3万文字書いて♡)
  • 物足りない(2.5万文字はないと……)
  • 大体このぐらい(2万文字程度)
  • 多いよハゲ(1万文字以内じゃないと無理)
  • 多すぎィ!!(5千文字がちょうどいい)
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