悪役令嬢ってなんだよ(哲学)   作:センセンシャル!!

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終わらなかったので初投稿です。
※今回少しだけ残酷な描写が存在します。ご注意ください。


本・三

「よく来たね、エリカちゃん。ヒロト君も。それと、イリスちゃんだったか。突然ホームステイ先を変更してすまなかったね」

 

 街を案内したり、みんなで遊びに行ったりと、イリスとの思い出を作っているうちに、志筑家に顔を出すのがすっかり遅くなってしまった。彼女が日本に来て、既に3週間が経っていた。

 現志筑家当主のヤナギ伯父さんは、さすがにこれだけ時間が経てば腰もすっかりよくなったようで、しゃっきりとした姿勢でぼくたちを迎えてくれた。

 

「初めマシテ、イリスデス! 泊まるトコ変わったのはビックリデシタケド、おかげでエリカとたくさん仲良くなれマシタ!」

「はっはっは、災い転じて何とやらだ。エリカちゃんは頼りになる子だっただろう?」

「ハイデス! ステキなお姉ちゃんができマシタ!」

 

 こっちも、可愛い妹ができてうれしかったよ。ヤナギ伯父さんとの会話を邪魔しないために、心の中でそう言って、微笑みかける。

 最初は大道寺邸でも尻込みしていたイリスは、生活しているうちに慣れたのか、それともぼくたちと一緒だからか、いつも通りの明るさでヤナギ伯父さんと話ができている。

 元々好々爺の伯父さんも、イリスと話しているだけで気持ちが明るくなるのだろう、いつもの2割増しぐらいで笑顔だった。

 

「それで、エリカが助けてくれたデス! カッコ良かったデス!」

「ほぉ! エリカちゃんも、今じゃ立派なお姉さんなんだなぁ。昔はヒロト君と一緒に走り回っていたあの子がなぁ……」

「もう、伯父さん。昔の話はやめてください。今は、ちゃんと恋人もいる女の子なんですからね」

「ははは、すまんすまん! いやぁ……やはり感慨深くてな。あのエリカちゃんと、ヒロト君がなぁ……」

 

 伯父さんはぼくとヒロトを見て、慈しむように微笑んだ。ちょっと恥ずかしくなったのか、ヒロトは頬をかきながら、それでもぼくの肩を抱き寄せた。肩に置かれた手の上に、ぼくの手をそっと重ねる。

 「良き哉、良き哉」と、ヤナギ伯父さんは満足そうにうなずいた。ちなみにこのやり取り、ヒロトと交際を始めてから3回目です。

 

「さて、こんなところで長々と立ち話もなんだし、そろそろ中に入ろうか。家内も娘夫婦も、イリスちゃんに会いたくて待っているよ」

「ハイデス! 赤ちゃん、楽しみデス!」

 

 ぼくたちはヤナギ伯父さんに先導されて、志筑本家の敷地内へと入った。

 

 前にも少し触れたけれど、志筑のお屋敷は大きな武家屋敷だ。

 たくさんの門弟さんとお手伝いさんの生活スペース、魔法訓練のための各種訓練場、台所や厠と言った生活に必須の設備。もちろんそれだけでなく、景観のために中庭なんかもある。

 志筑一家の生活スペースは、その一番奥にある。広い庭に囲まれた、大きな和風家屋。その玄関先で、一組の男女がぼくたちを待っていた。

 

「こんにちは、スズナお姉ちゃん、ダイゴさん。ワタルくんも、こんにちは」

「こんにちは、エリカちゃん、ヒロト君。そちらが、留学生の子ね。初めまして、志筑スズナです」

「初めマシテ、イリスデス! 赤ちゃん、かわいいデスネ!」

「ふふ、ありがとう。ワタルっていうの」

 

 イリスは、眠っているワタルくんを起こさないように、ちょっと声を控えめに自己紹介をした。スズナお姉ちゃんに抱きかかえられる赤ん坊を見て、イリスの目はキラキラと輝いた。

 彼女の様子を見て、スズナお姉ちゃんは微笑んで「抱っこしてみる?」と尋ねた。イリスは「いいんデスか!?」と、とても嬉しそうだ。

 

「まだ首がすわってないから、こうやって腕で支えて……そうそう、上手よ」

「ふわぁー……ちっちゃクテ暖かクテ、かわいいデスよー……おーヨシヨシ」

 

 イリスが赤ちゃんを抱っこするのは初めてだと思うけど、とても安定して抱っこできている。よく見ると、しっぽをうまく使ってバランスを取っていた。うまいなぁ。

 ぼくだと腕の力が足りないのか、どうしてもずり落ちそうになってしまう。ワタル君を泣かせてしまうので、残念ながら抱っこはできない。ヒロトは上手なんだけどなぁ。

 

「ありがとデス。とってもかわいかったデス!」

「こちらこそ、どうもありがとうね。ワタルに貴重な経験をさせてあげられたわ」

「今の日本で、異種族の人に抱っこしてもらえる赤子なんてまずいないからね。フッ、さすがは僕とスズナの息子だ……」

「アホ言ってないであんたもお礼言いなさい」

 

 無駄に格好つけるダイゴさんの頭をはたくスズナお姉ちゃん。この一幕で、二人の力関係が何となくわかるだろう。

 イリスははにかみながら「お役に立てたらウレシイデス」と笑った。かわいい。

 

「カンナよ、戻ったぞ」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね」

 

 伯父さんが玄関から奥に声をかけ、中で来客の準備をしていただろうカンナさんがやってくる。相変わらず、スズナお姉ちゃんと姉妹にしか見えない若々しさだ。

 事前に話を聞いていたイリスも、とても孫がいるとは思えない若い女性の姿に言葉を失う。「ジャパニーズ・ナナフシギデス……」というつぶやきが聞こえた。

 

「あなたがイリスちゃんね。ナツメさんから聞いてるわ。今回は、うちの人のポカで迷惑をかけちゃって、ごめんなさいね」

「あ、いえ、ダイジョブデス。えっと、ホントに、スズナさんのママデスカ?」

「そうよ、うちのお母さん。こんな見た目だけど、ほんとは50近いのよ。ずるいわよね」

「ェエー……ワタシのママのが若いノニ、ワタシのママより若いデス……」

 

 あとで聞いたところ、イリスのママは40に届いていないそうだ。……どう高く見積もっても30代だもんね、カンナさんの見た目。

 「お上手ね」と上品に微笑むカンナさん。彼女は一般人の出身だったはずだけど、20年以上貴族の妻をやっており、その貫禄は間違いなく伯父さんの奥さんだった。

 ちなみに「フッ、さすがはスズナのママだ……」とかやって頭を叩かれているダイゴさんは、貴族の次男坊だけど、スズナお姉ちゃんとの出会いは高校生のときで、普通に恋愛結婚だ。

 これがぼくの親戚、志筑家の面々だった。

 ――お祖父様は、ぼくが中学に上がる前に亡くなっている。親族と門弟に看取られての大往生だった。だから、今の当主は伯父さんなのだ。

 

「ちょうどお茶の準備ができたところよ。さあ、みんな上がって」

「はい。お邪魔します」

「お邪魔します。……おーい、イリス。そろそろ帰ってこーい」

「ハッ!? ま、待ってデスヨ、エリカ、ヒロト!」

 

 ぼくたちは志筑家で、しばしお茶を楽しむことになった。

 

 

 

 みんな、やはりイリスの日本での生活は気になるようで、話題は彼女のことに集中した。学校で友達はできたか、勉強は大変ではないか、生活に不便はないか、などなど。

 そのすべてに、彼女は明るく肯定的な答えを返し、志筑家の人々を安心させた。

 

「ワタシはムシロ、エリカのおうちに泊まれてうれしかったデスヨ。エリカがいっぱい助けてくれたオカゲで、ワタシ日本に来る前ヨリ、日本が好きになりマシタ!」

「あらあら、あの男の子に負けないぐらい腕白だったエリカちゃんがねえ……」

「イリスっ。カンナさんも、ご夫婦そろって同じことを言うのはやめてください」

 

 イリスの日本での生活にもっとも深くかかわっていたのがぼくだったから、たびたびぼくに飛び火した。ヒロトに恋をして女の子らしさを意識する前のぼくを知る親戚たちは、そのギャップについて語る。

 ぼく自身が恥ずかしいと思っているからあまり語らなかった昔の話に、イリスは目を丸くする。

 

「今のエリカ、とってもお姉ちゃんしてマスカラ、想像できナイデス。どんなだったデスカ?」

「ちょっと、そんなこと聞かなくていいから……」

「まあまあエリカちゃん。せっかく妹分が聞きたがってるんだから、聞かせてあげなさいよ」

「フッ、エリカちゃんを抑えるのは任せたぞ、ヒロト君」

「はあ。まあいいですけど。なんでそこでかっこつけるんですか」

「ヒロト!? う、裏切り者~!」

 

 無駄に格好つけるダイゴさんの指示でヒロトに抱きかかえられ、伯父さんとカンナさんの過去語りを許してしまう。

 

「子供の頃のエリカちゃんは、男勝りって言葉がよく似合う子でね。ヒロト君と一緒に遊びにきたときは、よく中庭を走り回っていたわ」

「体力はなかったから、すぐにバテてヒロト君に負ぶわれてたがな。はっはっは、懐かしい」

「はえー、今のエリカからは想像できナイデス」

 

 うう、ぼくの黒歴史がイリスに知られてしまう……。ち、違うんだ。あの頃は「ヒロトと友達」って思ってたから、子供のレベルで遊ぼうとしてただけで、楽しかったけど本意でやってたわけじゃ……。

 弁解したかったけど、ヒロトの腕の中にすっぽりおさめられて頭をなでられ、何も言えなかった。

 

「格好も、男の子みたいに半袖半ズボンで動きやすくしてたわね。髪も短かったし、当時は言われなければ女の子って気付かない人も多かったんじゃないかしら」

「どれ、写真でも持ってこようか。ちと待ってなさい」

「ワー、楽しみデス! エリカは小学校入る前は、絶対見せてくれナカッタデス!」

 

 そんなことしなくていいから! ぼくの心の中の懇願もむなしく、おじさんはすぐにアルバムを見つけて戻ってきた。ぼくとヒロトが並んで写っている写真は、今から見ると、どう見ても男の子二人組だった。

 「コレがエリカデスカ!?」と驚くイリス。そうです、それがぼくです……。

 写真とぼくを見比べるイリス。ぼくは恥ずかしくてヒロトの腕の中で縮こまった。

 

「確かに似てるデスケド、まるで別人デスヨ!?」

「人って変わるものなのよ。当時はおしゃれとか興味なかったみたいだし、ヒロト君とばっかり遊んでたせいか、本当に男の子みたいだったの。変わったのは……小学2年生の秋ごろだったかしら」

「ああ……あの件のすぐあとからだな」

 

 志筑家のみんなは、当然あのキャンプ場での出来事を知っている。訓練施設の檻が壊れて、魔物が脱走してしまったあの事件を。

 あの頃は身勝手にお祖父様を恨んだりもしたけど、そのとき既にお祖父様はだいぶお加減を悪くされていた。だからヤナギ伯父さんへの引き継ぎに注力して、家のすべてにまで目が届いていなかった。

 言うなれば、間が悪かった。そんなときにキャンプに行ったりしたぼくたちにも問題はあったのだ。あんなことが起こることを想像しろというのは、無理があるかもしれないけれど。

 それに、あの件があったから、ぼくはヒロトに恋をしたのだ。ぼくにとって誰が一番大切なのか、知ることができたのだ。

 だから、これも春の一件と同じ。あって然るべき出来事だったとぼくは思っている。

 

「それからエリカちゃんは服装を変えたり、髪を伸ばしたりしてな。今から思えば、そのときにはヒロト君のことを好きになっていたんだろう」

「私とスズナはすぐに気付きましたけどね。おしゃれの相談を受けたりなんかもしたし。……当のヒロト君は、本当に最近までエリカちゃんの気持ちに気付いてなかったみたいだけど」

「うっ、俺にまで飛び火してきた。……いやほんとすいません」

 

 まったくだよ。ヒロトってば、ほんとにニブいんだから。……婚約者であることを盾にしてそばにいたぼくにも、問題はあったけど。

 ほへーと、イリスはぼくたちが語らないで来た昔話に感心していた。頬を朱に染め、今の話を楽しんでいる様子だ。

 

「エリカとヒロト、いつも仲イイデスケド、そんなステキなエピソードがあったデスネー……これが老子の言ってタ、「尊い」ってコトナンデスネ」

「とってもイイわよね、この二人。おばさん、そういうの大好物よ」

『そろそろ勘弁してください……』

 

 ぼくとヒロトは、そろって白旗降参をするのだった。

 

 

 

 ぼくたちの話からは離れてもらい、イリスの学校の友達の話を経由し、また志筑家の話に戻る。

 

「スズナさんとダイゴさんは、高校で知り合ったんデスネ。貴族の通う学校ってあるデスカ?」

「お金持ち御用達の学校ってのはあるらしいわね。私たちはそんなんじゃなくて、普通の学校だったわ。ダイゴと出会えたのは、本当に偶然だったのよ」

「フッ、これも運命の導きさ。僕とスズナは、出会い結ばれる運命だったのさ」

「無駄に格好つけて二枚目半やってるあんたの面倒を私が見てただけでしょうが」

 

 ぼくがダイゴさんを知ったのは、スズナお姉ちゃんとお付き合いを始めた高校3年生のときだから……今から6年前になる。そのときから既にダイゴさんはこんなだった。

 正直言って、スズナお姉ちゃんがダイゴさんのどこを気に入ったのかわからなかった。曰く、「あれでかわいいところもある」そうだけど……。悪い人でないことは確かだし、結婚を認められた根拠はあるのだろう。

 少なくとも、イリスはダイゴさんのことを気に入っている様子だった。

 

「あはは。ダイゴさん、ワタシの友達に似てるデス。ツッコミされるところ、コトリそっくりデス」

「やめてくれ、イリス。その評価はあいつの親戚である俺に効く……」

 

 「それはどういう意味だい?」と何故かキメ顔で尋ねるダイゴさん。うん、どっちもどっちだ。

 

「楽しい子であることは間違いないわね。ダイゴ君のおかげで、うちの中に笑顔が絶えないわ」

「なんにせよ、孫がかわいけりゃ問題ないわい。おお、よしよし」

「あんまり張り切りすぎないでよ、お父さん。またギックリ腰しても、私は知らないからね」

 

 「わかっとるわい」と言いながら目じりを下げてワタル君をあやすヤナギ伯父さん。……多分またやるね、これは。

 お茶のお替りを運んできたカンナさんは、頬に手を当ててため息をつく。

 

「多少の怪我なら何とかできるんだけど、ギックリ腰はねぇ……整体も習った方がいいのかしら」

「カンナさんは、おイシャさんデスカ?」

「ああ、そうじゃないの。ちょっと、私の魔法が特殊でね」

 

 そう言ってから、カンナさんはステッキを持って水球を生む。その水球は普通とは少し違う色合いをしていた。

 暖かなオレンジ色に光る水球。一般人出身であるカンナさんが伯父さんと結婚できた理由が、これだ。

 

「この水魔法に怪我したところを当てると、治りが早くなるのよ。切り傷ぐらいなら、1時間もしないで完治するわよ。原理は知らないけど」

「へぇー! そんな魔法があるデスカ! 知らなかったデス!」

「よく転んでたエリカちゃんは、いっぱいお世話になったわよね」

「スズナお姉ちゃんっ! その話はもういいから!」

 

 気を取り直して。カンナさんが使える魔法は、この水球しかない。難しい水魔法も、火球や風球といった他の基本魔法も使えない代わりに、特異な性質を持った水球を生み出せる。

 それが、「治癒」という非常に珍しい――というか、ぼくはカンナさん以外にこんなことができる人を知らない――魔法だ。

 本当に原理はさっぱりわからない。あの水球を患部に当てるだけで痛みが引き、ものすごいスピードで傷が治ってしまう。スズナお姉ちゃんの言葉通り、ぼくは体験済みだ。

 カンナさんの娘であるスズナお姉ちゃんには遺伝しなかった、カンナさんだけの特別な魔法。おかげで、本来風属性の家である志筑家なのに、何とか後世に残そうと水属性の門弟さんを集めることになっているとか。

 

「だけど、ギックリ腰はさすがに治せなかったわ。内側すぎるのか、怪我じゃないからなのかはわからないけど」

「便利ダケド、何でも治せるじゃナイデスネ」

「魔法なんてそんなものだ。便利だが、万能ではない。貴族などというものも、科学が発達した現代じゃ時代遅れも甚だしい。わしはそう思っているよ」

「貴族家の当主の言葉じゃないわね。言いたいことはわかるけど。それでも、貴族にしかできない何かがあるかもしれない。だから私たちは貴族なのよ」

「……貴族って、大変なんデスネ。ワタシ、貴族ってもっとキラキラしてるト思ってマシタ。マンガではソウデシタ。でも、違うデスネ」

 

 貴族とは、元は護国の家。国を、人々を守るため、盾となった魔法使いの一族。平和で、科学技術が便利になった現代では成すべきことはなく、だけどもし危機が迫ったときには、自分たちが再び盾になる。

 それは、貴族としての教育を受けていないぼくにはわからない価値観だ。理解はできるけど、共有することはできない。ぼくは、ただ貴族の血を引いているだけでしかないのだから。

 だからぼくは、この人たちをすごいと思うし、尊敬している。同時に、自分はただの無力な子供なのだと実感する。ぼくに守れるものなんて、ぼくの身の回り程度でしかない。

 それでどうこうということはないけれど……それならせめて、身の回りはちゃんと守りたい。そう思っている。

 

「フッ。イリスちゃんのイメージも間違いではない。僕ら貴族は、上流階級だ。国からの援助でいい生活をしている。それにはちゃんと理由があるというだけのことさ」

「……おい、ダイゴさんがなんかまともなこと言ってるぞ。相変わらず意味もなくかっこつけてるけど」

「どうしよう、傘持ってきてないよ。降らないといいんだけど……」

「フッ! 君たちは僕のことをどう思っているのかな?」

「日頃の行いでしょうが」

 

 みんなが笑う。ダイゴさんもどこか満足げで、彼もちゃんと貴族なんだなぁと、何となく思った。

 

 

 

 

 

 「そういえば」と、気になっていたけど忘れていたことを思い出す。ぼくの家族もイリスも知らなかったことだ。

 

「イリスの家と志筑家の関係って、なんだったんですか? イリスは、彼女のご先祖様が志筑家と仲が良かったって言ってましたけど」

 

 イリスのホームステイ先として志筑家が選ばれた理由。さかのぼってみると、不思議な話ではあるのだ。

 この家が、ホームステイの場所として向いているとはとても言えない。敷地が広すぎて出入りは不便だし、一般家庭の子が落ち着いて生活できる環境ではない。

 貴族の家というのも。護国という性質上、どうしても外に出せない資料だってあるだろう。門弟さんたちの訓練もあるので、多少の危険はある。

 それにもかかわらず、志筑家がホームステイ先となるほど、イリスの家との関係は深かったということになる。だけどイリスはその関係を知らなかった。

 ぼくはその理由が気になっていた。……彼女の故郷で、彼女がいじめられてしまう理由につながっているのではないか。そんな思いもあって。

 「ふむ……」とヤナギ伯父さんは姿勢を正す。真面目な話になるようだ。

 

「それは、志筑家の当主にだけ聞かされている話だ。わしも、親父から当主を引き継ぐときに聞かされた。スズナもまだ知らんことだ」

「……つまり、いずれはワタルも知ることになる、ってことね。あんまりきな臭い話は勘弁してよ」

「そこはお前がどう受け取るか次第だ。戦争の残り香とするか、未来への希望とするか。……わしは、後者だと思っている」

 

 「戦争」。通常人種と異種族の間で1000年間続いた、種族間戦争。……やっぱり、そこにつながっているんだね。

 さて、どうしよう。ヤナギ伯父さんは「当主だけの伝承」と言った。はっきり言って、ぼくたちが知る権利はない……知るべきことじゃないという意味だ。

 おそらく、核心部分については、聞いても教えてもらえないだろう。それを知ってしまえば、否応なしにぼくたちは志筑の抱えるしがらみに組み込まれてしまう。多分、伯父さんはそれを望んでいない。

 なら、さわりだけならいいかと言うと……この分だと、余計に大きな疑問を抱えてしまいそうだ。はたして、それはイリスのためになるだろうか。

 考える。伯父さんは、決してせかさず、ぼくの答えを待った。

 ……よし、決めた。ぼくは口を開く。

 

「――ワタシは、知りたいデス」

 

 その前に、イリスが言った。決意を瞳に湛え、はっきりと告げる。

 ぼくは思わず彼女を見て……理解した。イリスの決意を。

 

「ワタシ、子供の頃、イジめられてマシタ。今も、国のクラスメイト、よそよそしいデス。……なんでワタシのご先祖サマ、嫌われてシマッタか。ソンケーされてたはずなのに、嫌われたか、知りたいデス」

 

 彼女は、自分の境遇から逃げるのをやめた。戦うと決意したのだ。「魔王の子孫」として、真実を知ろうとしているのだ。

 ……止めることなんてできない。するべきではない。これは、彼女の意志だ。「戦う」という、彼女自身から生まれた強い意志。

 だったら、ぼくも以前決めた通りだ。ぼくは、イリスの味方になる。たとえ真実がどういうものであったとしても。

 

「ぼくからもお願いします。ぼくが知りたいからじゃない。イリスの力になりたいから。彼女が、ぼくの大切な「妹」だから」

「エリカ……」

「俺も、いや……私からも伏してお願い申し上げます。私の未来の妻と、「妹」のために。どうか、お聞かせ願えないでしょうか」

「ヒロトまで……」

 

 ぼくとヒロトは、イリスを挟む形で、ヤナギ伯父さんに頭を下げた。彼は、しばしの間、厳しい「志筑家当主」として、ぼくたちを見た。

 やがて彼は、小さく嘆息し、微笑んだ。

 

「まだまだ小さな子供たちと思っていたが……いやはや、いつの間にか大人になっていたのだな。エリカちゃんも、ヒロト君も」

 

 「いいだろう」と、彼は膝を叩いた。……ありがとうございます、ヤナギ伯父さん。ぼくたちの意志を尊重してくれて。

 全員が居住まいを正す。ぼくとヒロトも体を起こし、姿勢を正した。

 ヤナギ伯父さんは、目をつむった。「どこから話したものか、どこまで話したものか」とつぶやき。

 

 

 

 

 

「……そうだな。エリカちゃん。我々の先祖が、志筑家の数代前の当主とその妻が、種族間戦争を終わらせた英雄だと言ったら。君は信じるかい?」

 

 

 

 

 

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 昔々、あるところに、とある部族が暮らしておりました。

 龍の角と尾を持つ彼らは、「龍人」と呼ばれておりました。龍人は同じ龍人同士で集落をつくり、ひっそりと、だけど平和に暮らしていました。

 

 あるとき、海の向こうから大きな船がやってきました。龍人たちは見慣れない来客に驚き、それでも客は客だと歓迎をしました。

 しかしその客は客などではなく、彼らを脅かす侵略者だったのです。

 分厚い鎧と鉄の剣、華美な装飾の杖を掲げた彼らは、無抵抗の龍人たちを蹂躙しました。不意打ちを受け、わけのわからないうちに龍人は襲われ、魔法で焼かれ、頭を撃ち抜かれ、剣で無残に首を斬り落とされました。

 龍人の集落は、一夜のうちに血と腐臭で覆われ、滅亡してしまったのです。

 

 さて。

 集落は滅亡しましたが、龍人は生き残っていました。たった一人だけ、生き残っていたのです。

 彼の両親が、なんとか彼だけは生き延びさせようと、魔法で地面に穴をあけて隠したのです。

 暗い地面の中で、空気を取り入れる小さな穴から、彼は一部始終を見ていました。

 隣の夫婦が、自分より小さな子供が、一緒に遊んだ幼馴染が。自分の両親が、虐殺される光景を。命もモノも、何もかもが奪われる光景を。

 彼は、怒りました。この侵略者たちを殺してやりたいと願いました。彼は、悔やみました。それを成しえない自分の無力を呪いました。

 侵略者たちが去った後、彼は地面から這い出て……一族を弔いながら、復讐を誓いました。

 

 

 

 彼は、生き残りました。一人で狩りをして、家を作り、命をつなぎました。力を蓄えながら、いつか誓いを果たすために、生き延びました。

 やがて彼は、一人の女と出会います。彼は彼女を見た瞬間、目の前が真っ赤になりました。

 女は、侵略者たちと同じ――現代で言うところの通常人種でした。殺してやると、彼は女に襲いかかりました。

 女は、抵抗しませんでした。彼に驚きはしたものの、その目には憐みが浮かび、彼が与える死を受け入れようとしました。

 

 彼にはわかりませんでした。なぜこの侵略者は抵抗をしない。なぜ死を受け入れている。

 彼女は、生贄でした。彼らは知りませんでしたが、この近くに住む通常人種は龍人たちを神として恐れ、定期的に生贄をささげていました。ささげられた生贄は、龍人ではなく獣によって命を落としていました。

 彼女は、運がいいのか悪いのか、獣に食べられることなく龍人と出会いました。そんなことを知る由もない彼女は、まだ幼い龍の神に憐みを感じ、己の命で皆が助かるならと差し出したのです。

 

 彼は、女を殺せませんでした。無抵抗の者を嬲る侵略者と同じ存在にはなりたくありませんでした。

 彼は、女を連れ帰り、ともに暮らし始めました。やがて二人の間には、愛が生まれ、子供ができました。

 幼いころに失ったものを取り戻せた。彼は、幸せでした。復讐の気持ちを忘れるほどに。

 

 

 

 だけど侵略者たちは容赦がありませんでした。

 子供たちが大きくなる頃、再び海の向こうから侵略者がやってきました。鎧と杖と剣を持った侵略者です。

 彼は、妻と子供たちを逃がし、戦いました。鍛えた体と魔法、部族に伝わる秘術を駆使して、たった一人で数百の侵略者と戦い、撃退しました。

 

 そして彼は、守ることができませんでした。妻を……たった一人愛した通常人種を、守ることができませんでした。

 妻は子供たちを守るため、自分の体を盾にして、息絶えていました。子供たちが母親の骸に寄り添って泣いていました。

 彼は――叫びました。呪いました。狂いました。

 彼の怒りは、部族の秘術に乗って、瞬く間に魔法に強い感受性を持つ種族――異種族すべてに届きました。

 

 彼――魔王の怒りは、異種族たちの心を怒りに染め上げてしまいました。

 

 そうして世界中で異種族が一斉に蜂起し。

 これが、種族間戦争の始まりでした。

 

 

 

 

 

 時代は下り、今から100年ほど前。日本の貴族の家に、一人の少女が生まれました。

 少女は、名を「リラ」と言いました。通常人種においては希少である、地属性の家系に生まれた少女です。既にその家は滅びてしまったため、姓はわかりません。

 彼女は、天才でした。幼少期より魔法の訓練を行い、規格外の魔法の力を発現しました。通常人種では数えるほどしか使用者のいない闇属性すらも扱えたと言います。

 彼女は、8つにして一人で戦場に立ちました。劣勢となった軍を撤退させるため、たったの一人で異種族に立ち向かいました。そして、勝利を収めました。

 彼女の父はそのことに歓喜し――彼女の口から戦果を聞き、評価を覆しました。彼女は誰一人異種族を殺していませんでした。

 お前は何をやっているのだ。あの連中は殺すべきなのだ。当主は怒りました。

 彼女は言います。私は彼らを殺しません。通常人種と異種族は分かり合える。互いに命を散らすべきではないのです。

 何を言っても聞かない少女に、とうとうリラの父は彼女を勘当してしまいます。

 

 リラはあてもなくさまよいました。理想がために実父に捨てられ、傷心しました。

 しかし、彼女の志に共感する者もいました。それが、当時の志筑家当主「テッシン」でした。

 テッシンはリラに協力し、ともに戦場に立ち、そして異種族を殺さず撃退することに成功しました。何度も何度も繰り返すうちに、どんどん二人の仲間は増えていきました。

 やがて二人は恋に落ち、結婚します。絆を強めた二人は、自分たちの理想を実現するため、より一層精力的に活動しました。

 

 それでも異種族は止まりません。通常人種がどれだけ対話を試みても、決して応じることはありませんでした。なぜなら彼らの心には、今なお魔王の怒りが残っているのです。

 リラは、そのことに気付きました。幼いころから異種族と分かり合おうとしてきた彼女には、異種族の心の矛盾が理解できたのです。

 そのことをテッシンに伝え、彼らは最終決戦のための同士を集めました。国を超えて、たくさんの同士が集まりました。

 心強い味方を得た彼らは、魔王の住むというオセアニアへと進軍しました。道中、これまでにない数の異種族たちが襲ってきました。

 彼らは、決して殺しませんでした。異種族たちは魔王に操られているだけなのだ。魔王を倒せば、その呪いは解けると信じて。

 

 リラとテッシンは、魔王のところへたどり着きました。怒りに満ちた魔王に彼らの声は届かず、問答無用の決戦が始まりました。

 三日三晩続く戦い。そして……志筑夫婦が勝利しました。魔王を殺さず、無力化できたのです。

 殺せと言う魔王。殺さないと言うリラ。殺す必要などないと告げるテッシン。

 二人の絆に、魔王がどういう感情を抱いたのかはわかりません。しかし、事実として、戦争は終わりました。

 

 志筑夫婦の生み出した大きなうねりが、戦争を終結へと導いたのでした。

 

 

 

 これで終われば大団円なのですが、現実は物語ほどきれいではありません。

 戦争の責任の所在。それはすべて、魔王へと行きつきました。

 魔王の怒りが、戦争を起こした。魔王の呪いが、戦争を続けさせた。

 ほとんどの通常人種は知る由もないことですが、多くの異種族はそのことに気付き、魔王を恨みました。自分たちの心が知らず知らずのうちに操られ、多くの人々が傷ついたのだから、無理もないでしょう。

 魔王は一切の弁解をせず、彼らの恨みを一身に受け、いずこかへ姿を消しました。

 

 

 

 戦争の遺恨をすべて魔王が背負うことで、世界には長い平和が訪れたのです。

 

 

 

 

 

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 ポタ、ポタと、雫の落ちる音がする。

 

「……これが、わしが親父から聞いた、「種族間戦争の真相」だ。どこまでが真実かはわからん。だが、魔王が被害者であり、最大の加害者となってしまったことは……事実なんだろう」

 

 イリスは、泣いていた。彼女の先祖が受けた苦しみを、痛みを、すべてを背負ってしまったことを、悲しいと思っているのだろう。彼女は、とても優しい女の子だから。

 ぼくは、泣けなかった。どこか現実感を欠いて、おとぎ話を聞いているような感覚だった。それがなぜなのか……まだ頭の中がまとまっていない。

 

「なんで、なんデ……っ!」

「……人の欲望とは、律することができなければ悲劇を生む。種族間戦争以前の、通常人種間の戦争も、きっと同じなのだろう。我々は……長い戦争の歴史で、それを学べたのだ」

「でもっ、デモ、ご先祖サマは……!」

「最後に残ってしまった被害者だろうな。……彼が、そう望んだのだよ、イリスちゃん」

 

 泣きじゃくるイリスを抱きしめる。ハンカチで涙を拭いてあげる。魔王は……どうして、怒りを収めることができたんだろう。

 だって、1000年間怒り続けた人が、ただぼくのご先祖様の夫婦仲を見ただけで、その怒りを収めるなんて。なにか、変だ。

 いや、それを言うならもっとおかしいことがある。

 

 この話ではまるで、1000年前の最初の魔王と、100年前の最後の魔王が、同一人物みたいじゃないか。

 

 異種族だって人類だ。寿命は通常人種と何も変わらない。1000年も生きられる人類なんて、いるわけがない。

 ……いや、待て。考えられる可能性がある。別人であったとしても、記憶を受け継ぐ方法はある。ぼく自身がそうじゃないか。

 だけど……この説もおかしい。継承者が受け継ぐのは、あくまで記憶だ。人格じゃない。最初の魔王が怒ったからと言って、その記憶を受け継いだ次の魔王が怒るとは限らない。

 それを1000年間ずっと、怒れる魔王に受け継ぎ続けるなんて、可能なんだろうか。そもそも記憶の継承を狙ってできるのかもわからない。

 それじゃあやっぱり、魔王は同一人物? ……わからない。そして多分、伯父さんは教えてくれないだろう。

 おそらくはこの謎こそが、志筑家当主にならないと教えてもらえない「最後の真実」。ぼくの視線を受けて、伯父さんは肯定するかのように目をつむった。

 

 

 

 なら、ぼくはそんなことは知らなくていい。それでも、イリスを守ることはできるんだから。

 

 

 

「ねえ、イリス。ぼくは今の話を聞いて、思ったよ。イリスのご先祖様は……魔王は、とても立派な人だったんだって」

「っ、……エリカ?」

 

 まだ嗚咽を漏らしながら、イリスはぼくの言葉に耳を傾ける。

 

「戦争を始める原因にはなってしまったかもしれない。1000年間、多くの人を傷つけてしまったかもしれない。だけど……最後には、未来を紡いだんだ。簡単にできることじゃないよ」

 

 ただの罪滅ぼしだったのかもしれない。だけど、彼は逃げなかった。異種族全体の怒りという途方もないものを受け止め、通常人種には向かないようにした。今なお、彼は平和の礎になり続けている。

 それは戦争の原因となってしまった彼にしかできないことであり……見事に、成し遂げたのだ。

 

「彼のおかげで、ぼくはイリスと出会えた。ぼくは……そうやって、魔王と一緒に平和を作ったご先祖様を、誇りに思うよ」

「エリカっ……! ワタシも……!」

「うん」

「ワタシもっ、誇りに思うデス……! ご先祖サマは、間違ったカモ知れないデスケドっ……! ワタシを、エリカと、出会わせてくれたデス! みんなと、出会えマシタっ!」

 

 目に涙をいっぱいにためながら、イリスはそう言ってくれた。ぼくも……イリスの言葉で、涙が流れた。

 もしかしたら、非難されるようなことなのかもしれない。悲劇の元凶を尊敬する、だなんて。だけどぼくにとって魔王というのは、「イリスと出会えたきっかけ」なんだ。ぼくには、それだけで十分だ。

 

 この健気で、かわいらしくて、元気いっぱいの妹分と出会えたことに、ぼくが抱くのは「感謝」だった。

 

 

 

 ぼくと一緒に十分泣いたイリスは、目は赤かったけど、表情は晴れやかだった。きっと、もう大丈夫。

 

「志筑家とイリスちゃんの……魔王一族の関係は、そんな感じだ。「最終決戦で相対し、和解した」、それ以上でもそれ以下でもない。だが、関係を保っている理由は、ちと違う」

「違う、デスカ?」

「うむ。魔王が戦争の責任を追及されるのは、仕方のないことだ。だが、魔王の子孫がそれを背負わされるのは、間違っている。わしらは、イリスちゃんの家を守りたくて、こんな関係を続けている」

「……っ、ワタシ、日本に来て、ホントに良かったデス。いっぱいいっぱい、優しいヒトたちに出会えマシタ」

 

 涙を流しながら、それでもイリスは、最高の笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、イリスが落ち着いてから、ぼくたちは志筑家を後にした。

 イリスは、心の澱が晴れたのか、いつにも増して元気いっぱいで、ぼくとヒロトの手を取って走り出した。

 ぼくとヒロトは……顔を見合わせ、笑って、イリスと一緒に駅まで走った。

 

 

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

 

 志筑家には、門弟に「開かずの間」と呼ばれる部屋がある。当主の執務室の奥にある、謎の扉の向こうだ。

 そこは、当主しか中に入ることは許されず、前時代的な見た目とは裏腹に、厳重な電子ロックが施されている。執務室を掃除する家事手伝いたちも、その奥に入ったことのある者は誰一人いない。

 そして現在、当主は「開かずの間」の中にいる。日々のメンテナンスのためと……一つの報告をするためだ。

 

 「開かずの間」は入ってすぐに階段となっている。縦に続く、長い螺旋階段。地下100mほどのところに、その部屋はあった。

 日の差さぬ地下だというのに、まるで昼間の太陽のような明るさ。それは、この部屋の主が持つ「秘術」によるもの。

 ここは、部屋の主の生活空間であると同時に、監獄であり、また主を守るための砦でもあった。

 

「……起きておったか。起こす手間が省けたわい」

 

 当主……志筑ヤナギは、部屋に置かれた椅子に腰かけ、優雅に本を読む部屋の主を見た。出入り不能な地下空間ではあるものの、主が欲するものはヤナギが差し入れするため、何不自由はなかった。

 主は本を閉じる。ふぅとため息をつき、眼鏡を外し、ヤナギに視線を向ける。

 

 その瞳は金で、瞳孔は縦に裂けていた。

 

「一応、報告しておく。この間言ってたお前の子孫が、うちに遊びに来た。そのときに、戦争の真実とやらを伝えておいたぞ」

「……ああ、知っている。すべて「聞いて」いたからな」

 

 部屋の主は、妙に若々しい声で、しかし不相応なほどに歳を重ねた重みをもって返事をする。「だろうな」と、ヤナギは嘆息した。

 

「まったく、中途半端なことをしおって。責任を背負うなら、ちゃんと子孫のことまで気を回しておけ。あの子が不憫極まりないわい」

「そう言うな。私とて、なんでもできるというわけではない。でなければ、お前の先祖に敗れてここにいる道理はないだろう」

「ここにいるのはお前の意志だろうが。お前が出ようと思えば簡単に出られる。わしらでは、お前を止めるには力が足りん」

 

 「まあな」と意地悪く笑う部屋の主。そも、彼にここを出る理由などない。既に彼の物語は終わっているのだから。

 ここにいるのは、復讐を果たせなかった燃え殻。己に残された最後の責務を果たし続ける、平和の礎だった。

 

「それに、私の子孫とは言うが、血が薄まりすぎてほぼ他人だ。気にかけろ、というのは無理な話だ」

「……何も言えんな。わしは、1000年も生きたことはない。お前の感覚など、わかるはずもなかろう」

「おやおや、これはこれは。昔は「人の気持ちを考えろ」と私にかみついてきた小僧とは思えない台詞だ」

「わしも今や孫のいる歳だ。いい加減、その辺の割り切りはできておる」

 

 「つまらんなぁ」と彼は肩をすくめる。何も持たない彼は、何にも縛られていなかった。風に揺られる木の葉のように。ヤナギなら「こいつなんぞ海月で十分だ」と言うだろう。

 

「どのみち、今更私には何も出来ん。私がここを出るということは、私自身が争いの種になるということだ。それはお前も望まぬだろう」

「わかっとるわい。お前に何をしろとも言わんから、愚痴と文句ぐらい黙って聞け。当主をやっとるといらん苦労を背負ってしょうがないわい」

「そこには、私のことも含まれているのだろう?」

 

「お前以上の苦労の種があるか。「魔王アザレ」」

 

 それは、種族間戦争の引き金となった魔王の名にして、終戦に調印した魔王の名であった。

 終戦後、異種族すべての怒りを背負った彼は姿を消し……現在、志筑本家の地下で悠々自適の生活を送っていた。

 これが志筑家の最大の秘密。1000年以上を生きる魔王を、今なお異種族から恨まれ続ける彼を、利害の一致により匿っている。彼と戦った当主・テッシンの代から続く当主の責務だった。

 部屋の主――アザレは、クックッとおかしそうに笑う。自分のことなど捨て置けばいいのに、なんだかんだ言いながら気にかけている現当主が、おかしかった。

 否、現当主だけではない。テッシンも、その子も、さらにその子も。志筑の当主は、いろいろ文句は言いながらも、必ず自分のことを気にかけてくれる。

 何も持たない彼が、唯一持っている絆。それ故に、彼はどこへもいかないのだ。

 

「何がおかしい」

「いや、なに。お前が、お前たちが、ちゃんとテッシンと「フローゼ」の子孫なのだと思うと、なんだかおかしくてな」

「――曾々々々祖母さんの名前は「リラ」だ。間違えるな」

「怒るな。私にとって、あれは紛れもなくフローゼだったんだ。もはや原型などかけらも残っておらずとも、な」

 

 アザレは、志筑の先祖であるリラを「フローゼ」と呼ぶ。彼の、亡くしてしまった妻の名だった。

 幻影を重ねたわけではない。事実として、リラはフローゼだったのだ。継承者として。

 当然、そのことはヤナギも聞かされており、だからと言って自身の先祖を全く別の人物として扱われるのが面白いわけではなかった。それをわかっていて、アザレはやめない。イイ性格をした魔王だった。

 

「まあ、呼び方など大した問題でもなかろう。……それよりも、私が気にしているのは、お前の姪だ」

「エリカちゃんだと? あの子が、どうかしたのか」

「気付いているか? あの娘、継承者だぞ」

 

 何でもない事のように、エリカの秘密を暴露するアザレ。そのことにヤナギは激しく動揺――

 

「それがどうした」

 

 することもなく、逆にこともなげに返す。アザレは、つまらなさそうにため息をついた。

 

「なんだ、知っていたのか」

「そんなわけがないだろう。今初めて知ったよ。ただ、それがわしのかわいい姪への認識を改めるに値しなかったというだけだ」

「まあ、継承者である事実が、あの娘の人格を否定するということではないからな」

 

 動揺してくれれば面白かったが、これはこれで別にいいかと、アザレは納得する。しかし、彼は納得してもヤナギは納得しなかった。

 

「わしとしてはだな。――あの子が秘密にしておきたいであろうソレをわしに話した、納得のいく理由を説明してもらえるのだろうな?」

 

 彼の手には、既に杖が握られていた。家庭用ではない、戦闘用の「本物の魔法の杖」。

 アザレは、己の発言が軽率であったことに気付いた。

 

「すまなかった。私の配慮が足りなかったようだ。つい、思ったことを口にしてしまった」

「……ふん。わかればいいわい。そのことは、わしが墓まで持っていけばいいだけの話だ」

 

 戦えば、アザレは勝てるだろう。だが戦う気はない。己と絆を持つ相手を失うことは、彼にとって本意ではない。

 ヤナギは杖を持ち直し、再び魔王と対話する。

 

「それで、エリカちゃんが継承者であることの何が気になっている」

「ただ、継承者であるという事実が、だ。一体どこの誰の記憶なのか、何を知っているのか。継承者というのは、それだけで興味が尽きないものだ」

「あの子は、エリカちゃんだ。妹の娘で、ヒロト君の恋人で、普通の女の子の、ただのエリカちゃんだ。余計なことはするなよ、魔王」

 

 ヤナギは杖を握らぬまでも、強くアザレを見た。志筑の人間は情に厚い者が多いが、あの娘はとりわけ好かれていると、アザレは感じていた。

 それはあの娘が誰かの記憶を持って生まれたからなのか。それとも単純に性格がいいだけなのか。はたまた、全く関係のない別の何かなのか。やはり、興味は尽きない。

 余計なことなどしない。ただ、「今まで通り」観察を続けるだけだ。彼ならば、この場にいながら、それが可能だった。

 

「あの娘は志筑ではない。ならば、私が直接かかわる日など、来ないだろうよ」

「……そうであることを切に願うよ。できれば、スズナにも関わらせたくなどないがな」

 

 不可能な願いを口にするヤナギ。彼の娘が跡継ぎである以上、いつかこの魔王と顔を合わせる日が来る。

 そのとき、スズナはどんな反応をするだろうか。アザレはその日を思い、静かに笑った。

 

「ではな。……しかし、お前も変わったものを読むよな。ポンチ絵など、面白いのか?」

 

 アザレがテーブルの上に置いた本を一目見てから、ヤナギは退出した。昼の明るさを宿した地下室に、アザレのみが残される。

 

 

 

 彼はテーブルの上に置いた眼鏡をかけ直し、椅子に座り、読書を再開した。

 

「ああ、面白いよ。……さすがは我が子孫のおすすめだ。いい迫力をしている」

 

 彼が読む本の表紙には、独特の絵柄で笠をかぶった男が描かれていた。

 「流浪人 ~ 一匹狼が斬る」というタイトルとともに。




やだ、魔王様子孫バカ……。
「何故か悪役令嬢テンプレになってる魔王討伐(済)」



Tips

水魔法
RTA(過去)編で言っていた通り、極めれば「肉体再生」の魔法が使える。カンナの魔法は突然変異的に発生したものである。
偶然にも水球に水属性最上位魔法の性質が加わっており、再現しようとすると至難の業。原理に気付けば多分何とかなる。

龍人の秘術
ジラニを用いた魔法のこと。魔王の時代はジラニを普通に使えていたらしい。種族間戦争のきっかけにもなってしまった。
ちなみにイリスはアザレとフローゼの子の遠い子孫。秘術を行使することは、多分できない。

侵略者
お察し。異種族に蛇蝎のごとく嫌われる国。この小説はフィクションです現実の国や団体とは関係がありません。
種族間戦争の最大の原因はこいつらだけど、シレっと今も大国やってる。滅びれろ。



魔王アザレ
戦争開始から終了までずっと魔王やってたスーパーおじいちゃん。見た目は若いまま。龍人の秘術の影響。
妻を殺されてずっと激おこだったけど、妻の生まれ変わり(みたいなクッソ汚い走者)が志筑とかいう間男にとられてムカ着火ファイヤーしちゃった。そして燃え尽きた。
最近の趣味は大道寺エリカの私生活の覗き見。ちょっと前からイリスの分も追加された。おさわりまんこっちです。



登場人物
志筑(旧姓米田)ダイゴ……よねだ(コメットパンチ)ダイゴ(ホウエンチャンピオン)
志筑ワタル……ワタル(カントー四天王)

アザレ……AZ(カロスのあの人)
フローゼ……フラエッテ(タイプ:フェアリー)

1話の分量は?

  • 少ない(3万文字書いて♡)
  • 物足りない(2.5万文字はないと……)
  • 大体このぐらい(2万文字程度)
  • 多いよハゲ(1万文字以内じゃないと無理)
  • 多すぎィ!!(5千文字がちょうどいい)
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