主はドSだし悪魔が住み着いてるし近くに主人公はいるし俺に平穏はないのか!? 作:コンソメ
目を覚ますと俺を下敷きにルシアが本を読んでいた。…いったいどういう状況だよ。
「あら、やっと起きたのですね」
「なんで俺の上に乗ってるんですか?」
「ちょうど座りやすそうな見た目だったので」
いや、人体って座りやすくないだろ…。
「嘘です。随分と魘されていたようですので、追い打ちをかけてあげないといけないなと」
「いやなんで?」
「正確に言うのなら気持ちよさそうに寝ているレインの顔を見てなんだか歪めてしまいたくなったので、椅子代わりにしてたんですが次第に魘されてきたので降りるに降りれず…………」
「一から十までおかしいだろ…」
恨めし気に顔を上げると、そこには心なしか顔を上気させたルシアの顔があった。その表情は、容姿だけは美少女なだけに尋常ではない色気を孕んでいる。ただ、ルシアの内面を知っているものが見れば、抱く感想は恐怖だけだろう。
「あぁ…レインの苦悶に満ちた表情たまりませんでした」
「マジで我が主ながらドン引きですよ」
「だいぶ落ち着いてきたみたいですね…」
そう言って、ルシアは開いていた本を閉じる。
「…シア、とりあえず重いから降りてくれない?」
ゴンッ!
重い衝撃の後、脳天を強烈痛みが突き抜けた。
「痛ッ…」
「それだけ元気なら大丈夫そうですね」
すまし顔で俺に本を叩きつけたルシアはベットから飛び降りる。体をベットに縛り付けていた重さの消失を感じつつも、未だにじんじんと痛む鼻を押さえる。
「さて、それでは行くとしましょうか」
「行くってどこに?」
「今日は魔法学園の入学式ですよ。まだ寝ぼけてるんですか?」」
「ああ、そういえば今日でしたね」
「それと口調を直しておきなさい…私とあなたの部屋以外には敵しかいないのだから」
「…了解です」
魔法学園の会議室で大の大人三人が頭をかけていた。頭を抱える三人を見ながら、楽し気に紅茶を飲む学園長。早朝から室内は混沌としていた。ここまで、教師たちを悩ませているのは合格者のクラス分けと成績上位者の発表だ。
「一体今年の新入生はどうなっているんだ……」
「これで四大公爵家がすべてそろいましたな」
「まあ、それ自体は分かっていたことですが…」
「今年は特殊な子が多いですからね~」
「「「「「ハァ~」」」」」
全員が口を揃えて驚愕と困惑と諦めを含んだため息をこぼす。確かに今年は稀に見る天才が集まっていた。その中でも異彩を放っていたのは———
「レイン・スノーベルは公爵家の従者ですからまだわかりますが…問題は彼ですよ」
「ユウヤ・クロッカスですね」
「まあ類まれなる才を持つのは事実ですな」
「ええ。どうやら冒険者としてはそこそこ名前が売れていたらしいですね」
「彼が貴族であれば問題はそこまでなかったのだけど…」
「まさかシルフィスト様と同じく主席とはな」
魔法学園では一応身分は関係ないと表向きは宣伝しているが、内情がそうかと言われれば断言はできない。もちろん表立った差別発言や問題行動は両者ともに処罰の対象ではある。教職員は貴族だから平民だからといった理由で態度は変えないが、生徒たちはその限りではない。貴族の半数は自分たちの生まれに誇りを持っているし、思春期の彼らは平民を見下す傾向にある。それはこの学園では平民がかなり少数派であることも関係しているだろう。例年入学者の貴族と平民の比は8:2である。多数派に所属する中途半端な人間は自分たちが正義であると勘違いしやすい傾向にある。大抵、入学初期は貴族と平民との対立で暴力沙汰が起こるのだ。
「とりあえず、私としては主席はシルフィスト様のみと発表するのが最善だと思うのですが…どうでしょうか、学園長?」
教師の一人が先ほどから沈黙を守り続けているその老人…学園長に視線を向ける。
「ならん。学園内において教師の判断で真実を捻じ曲げることなどあってはならん!」
別段怒鳴ったわけではない。お世辞にも通りやすい声質だったわけではない。だが、学園長の声は、発言は、教師たちを振るい上がらせた。腐っても元四大公爵家の当主。その身に内包している覇気は若輩者の教師を黙らせるのは十分すぎるものだ。
「まあ、教師である我々の方からそういったことをするのはご法度でしょう。失言でしたね」
「は、はい…軽率な発言でした。申し訳ございません」
未だに学園長の覇気が体を支配しているのか、涙目になりながらも教師は自分の発言を取り消した。
「まあ、シルフィスト嬢とユウヤ・クロッカスの話は置いておきましょう。私としましてはレイン・スノーベルに興味がある」
「ご自分が負けたからでは?」
「ほう!ウィリアム、君が負けたのかね!?」
ウィリアムと呼ばれた若い教師は苦笑しながらも続ける。
「ええ、清々しいほどに…彼のあの技量、到底あの年で身に着くようなものではないのですが…。どうやらかなり手を抜いていたようですし」
「まあ、最悪学園長か生徒会長がいれば抑えられるでしょう」
「そろそろ時間ですし、切り上げましょう。警備を例年よりも厳しくしておけば、問題ないでしょう。生徒会長にはあなたから声をかけておいていただけませんか?学園長」
「…いいだろう」
「ではよろしくお願いします」
ウィリアムの隣に座っていた教師は話をまとめ、学園長の眼光をまるで児戯のように平然と受け止め会議を終わらせた。
こうして、様々な不安を想起させる入学式が始まろうとしていた。