葉隠透の奇妙なアカデミア   作:ピーカブー

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障害物競争に出よう01

 ミッドナイトのスタートの言葉で第一種目障害物競走の火蓋は切られた。

 背中に熱い視線を感じながら透はスタジアムの芝生に飛び込んだ。頭上を通り過ぎる爆風にウィッグを飛ばされないように押さえながら。

 髪の毛が焦げる匂いが鼻をつく。

 芝生の上で転がりながら上を見れば、振り切った腕が伸びていくのが見えた。

 芝生を背に見上げる透と、宙に浮きながら見下ろす爆豪の目が合った。

「悪人面だねっ」

 飛び越えていく爆豪の背中に言葉を投げれば、爆豪は後ろに手を伸ばして掌を透に向け、少しだけ振り返って歯をむき出しにしながら笑った。

 やっべぇ、と冷や汗をかきながら次に来る爆風に備えて芝生の上をごろごろ転がった。

「爆速ターボ!」

「あっぶないなぁ、もうッ!」

 透が立ち上がって走り出した時には空中を一気に飛んで行く爆豪の背中が見えた。

 その先には、大混雑してスタートゲートから思うように進めない生徒達の背中があった。

 

『さーて実況してくぜ! 解説アーユーレディ!? イレイザー!』

『無理矢理呼んだんだろうが』

『早速だがイレイザー、序盤の見どころは?』

『今だよ』

 

 爆豪の背中を追いかけながら透は考える。

 通勤ラッシュの電車のように隙間もないほど混んでいる生徒達の肩と頭を踏みつけながら走っていくか、それとも、だ。

 

「上に行きゃ関係ねーなッ!」

 

 前を飛ぶ爆豪は全員の頭上を突っ込む方を取った。

 やっぱり言質は取ったってごねてでも飛行系個性は使わせないようにした方が良かったかも。

 スタートゲートを前に走り幅跳びのように右足を大きく踏み切ってゲートの壁に突っ込んだ。

 

『なんじゃそりゃぁぁぁぁッ! ビリからスタートの爆豪、ドベ2スタートの葉隠! トップに追いつきつつあるぞぉぉぉッ!』

 

「アン? んだアイツッ!?」

 プレゼントマイクの実況に空中で振り返った爆豪が見たものは――。

 長い金髪と長いマフラーを下にたなびかせながら、地面を走るのと何も変わらないかのような姿勢で壁を走っている透の姿だった。

 

 波紋の呼吸を維持しながら透は走る。靴の裏から染み出した油を壁にくっつけて走り続け、ゲートの終わりが見えて来た。

「息が……またなの……?」

 吐いた息が白く濁り、下を見るとトップ集団にいる轟が振り返り、決意を秘めた目で右手を振り上げていた。

 轟を中心に周囲の生徒ごと凍り付き、壁にも氷結が登ってきている。

 まだ波紋だけでなんとかなるレベルかな。

 大きく息を吸って壁に登ってきている氷を溶かして壁を走る。A組の生徒達は気付き始めている。ビル一棟を軽く凍り付かせる轟の氷結攻撃が、来るッ!

 生徒達の頭上、地上から3メートルほどの高さで壁を走り続けていた透が氷結から逃れるように天井へと向かっていく。

 

「誰かツッコめよぉぉぉッ! なんで壁走ってんだよぉぉぉッ!?」

「透明人間って壁走れんの!?」

 

 脚を真上に頭を下に、逆さになりながら天井を走る非現実的な姿に我慢できなくなった峰田と上鳴が叫ぶ。個性を知っているだけにあり得ない光景だ。透の個性を知らない生徒達にとってはまぁそういう個性なのかというくらいだが。

 

「来るぞッ! 飛べェッ!」

 

 一気に冷えた空気、地面が凍り付いていくのを見ながら切島が叫ぶ。

 ゲートの出口を凍らせた轟が凍り付いて動けない生徒達を尻目にトップに躍り出た。

 

「甘いわ! 轟さん」

「そう上手くいかせねぇよ! 半分野郎ッ!」

 

 轟を追って飛び出したのは、棒高跳びのように氷結を越えた八百万、両手を爆発させながら突っ込む爆豪、根性で氷結を飛び越えた切島、レーザーの反動で後ろ向きに飛んで行く青山、天井を強く蹴って空中に飛び出した透、さらに後ろからA組の生徒達が続いていく。

 

『最近はプライバシーとかいろいろ言われていますが! 明かしていこう皆の個性ッ! 目立った奴から順番に! ゲートを抜けて現在トップはヒーロー科A組轟焦凍! 個性は半冷半燃! 右で凍らせ左で燃やす! クールでホットな色男ォッ!』

「焦凍ォォォォォォッ!」

 え、今のエンデヴァー? と若干スタジアムがざわざわし始めた。

『後ろに付けているのは選手宣誓でブーイングまみれだったこの漢ォ! 爆豪勝己ィッ! ビリだった奴がさくっと2位まで来てるぞォッ! 個性は爆破ァッ! 手からニトロっぽい汗を出して爆発させる攻撃にも移動にも使える強個性ッ! 3位は八百万百! 個性は創造! 生物以外は何でも作れる万能個性だッ! 4位は切島鋭児郎! A組ばっかりだな!? 5位は、あっ今、切島抜いて4位に浮上、葉隠透! 頑張れよォッ、応援してるゼェッ!』

『……おい、贔屓すんな』

『贔屓もするぜェッ! なんたって3年前から毎週かかさずぷちゃへんざRADIOにお便りくれるヘヴィリスナーなんだぜェッ!』

『あのラジオ聞いてる奴いたのか……』

『いっぱいいるわぁッ! 毎週金曜深夜1時から朝5時までノンストップで放送中ッ! ヒーローFMにSTAY TUNED! えーっと、6位青山! 7位にヒーロー科B組塩崎! 8位に峰田ぁ? あとはもうちょっと頑張ったら紹介するから頑張れぇ~』

 

「轟のウラのウラをかいてやったぜ! ざまぁねぇってんだ!」

 コース上は轟の個性で氷に覆われ、思うようにスピードに乗れない者達が多い中、順位を上げてきているのは意外にも峰田実。

 モギモギを投げて氷に張り付かせ、自身はモギモギの上を飛び移りながら移動し、スタート直後から爆破で飛び続ける爆豪、スケート靴を作り出して氷上を滑る八百万、同じく靴底の油で氷上を滑る透を追い抜いて既に2位という位置に付けていた。轟の背中に届きそうなほどだ。

「くらえッ! オイラの必殺――」

「やっちまえーっ、峰田君!」

「――アアアァッ!?」

 頭に手を伸ばし、モギモギを千切ろうとしていた峰田がブッ飛ばされた。

「峰田君っ!?」

「……使えなっ」

「酷いこと言いますね、葉隠さん」

 飛ばされていく峰田を心配する緑谷の声が透と八百万の後方から聞こえた。

 コーナーを曲がった先に大量に現れたロボットを前に、透と八百万は顔を見合わせて足を止めた。

「入試の仮想ヴィラン!?」

 またも後方から聞こえた緑谷の叫び声に透が微笑む。

 あれは1ポイント、こっちは2ポイント、そっちにたむろしてるのは3ポイント、そして視界を塞ぎ一人たりとも通さないかのようにそそり立つ巨大な7機の0ポイントロボ。

 懐かしい顔ぶれに会ったとでも言うように、透は楽しそうな顔で笑う。

 

「入試ん時の0ポイント敵じゃねぇか!」

「マジか! ヒーロー科あんなんと戦ったの!?」

「多すぎて通れねぇ!」

 

『さぁいきなり障害物だッ! まずは手始め……第一関門ロボ・インフェルノォォォッ! ヒーロー科実技入試でボッコボコにされた奴らが満を持して再登場ッ! ヒーロー科には一番巨大なアイツを倒した奴が7人いるから7体連れてきましたよッ! リベンジマッチだ立ち向かえ卵達ッ! 最初の挑戦者は……当然のように現在トップを独走中の轟ッ! 推薦組は初顔合わせだがァッ!?』

 

 巨大ロボの前に一人で相対する轟の顔が曇る。

 勝てないからではなく、あまりにも簡単すぎるが故に。

 つまらねぇ。せっかくならもっとすげぇの用意してもらいてぇもんだな。

「クソ親父が見てるんだから」

 右足から広がる氷に右手を重ねて滑らせるように振り上げ、大地を伝う氷結が目の前で拳を振りかざす巨大ロボを丸ごと凍り付かせた。

 

「あいつが止めたぞ! あの隙間だ! 通れる!」

 

 巨大ロボの足の間を走り抜ける轟の後ろから誰かが叫んだ。

 

「やめとけ、不安定な体勢ん時に凍らしたから……倒れるぞ」

『轟ッ! 攻略と妨害を一度に! こいつはシヴィィィッ! すげえな! もうなんかズリイなッ!? アアッ!?』

 

 倒れつつあるロボットの足の間をすり抜けていた轟がきょろきょろと周囲を見回した。

 今何か妙な音が聞こえたような。

 足音がぶれるような音が。

 巨大ロボが倒れる轟音を背に走り抜けた轟が速度を緩め、背中に何かがぶつかった。

 人間一人分くらいの見えない何かがッ!

「あっ? バレちゃった? 便乗させてもらったよ~ん」

「てめぇッ!? いつの間にッ!」

 振り返った轟の前に突如浮き上がってきた真っ白い顔とサングラス、轟の背中のぴったりとくっつくようにもう一人の人間の姿が浮き上がる。

 

『もう一人いたッ! 轟の後ろに隠れていたコイツの姿はァッ!?』

 

「葉隠ッ!」

 振り返り様右腕で裏拳一閃、空気ごと凍らせるような冷気を左へ倒れ込むように転がりながら躱した透が轟に背を向けて走り出す。轟が壊した巨大ロボの隣にいた別の巨大ロボへと向かって。

 

「やっときたよッ! 私の個性が! 役に立つ瞬間がねッ!」

 右腕を天高く挙げて走っていた透が巨大ロボットの足を殴りつけ、さらに先へ走り、もう一体のロボの足も殴りつけた。

 そして、コースに戻って走り出す。2体のロボットを殴りつけた右手を天高く掲げ、ピースサインを作りながら。

「はぁ……アイツなんでヒーロー目指してんだ……?」

 裏拳を難なく躱され自分を追い抜く様子もなくロボットに向かっていった葉隠を見て、後ろを気にしながら走っていた轟が呟いた。思わず笑いがこぼれそうになったのを堪えて。今ならよく見える、足を止めた生徒達の顔を見て。

 俺もあんな顔してたのか? 確かに、笑っちまうほど間抜け面してやがる。

 よく聞く誰かの絶叫に、我慢できずに笑みがこぼれた。

 

 

 轟焦凍が笑うという極めて珍しい出来事を遡ること32秒前。

 7体の巨大ロボットと大量のロボット群を前にしてプレゼントマイクの実況を聞きとがめた爆豪と緑谷が顔を上げた。

「7人……だとォッ!?」

「僕以外に6人も……!?」

 爆豪は目を吊り上げて掌を爆発させ、緑谷は信じられない顔で巨大ロボを見上げている。

 二人のすぐ後ろで身に覚えのある上鳴が唇を噛みしめた。

 緑谷に助け起こされた峰田は地面を歯を食いしばりながら顔を上げた。

 切島は拳をカチ鳴らして前に出た。

 彼らが見ている前で、轟はいともたやすく巨大ロボを氷漬けにし、何故か轟と葉隠が抜け出しているのを目撃して爆豪と切島以外が揃って首を傾げた。

「どうして葉隠さんがッ!?」

「切島ァッ!? 潰されちまったぁぁ!?」

「先行かれてたまるかよッ!」

「誰か葉隠を止めろぉぉぉッ!」

 緑谷は轟の後ろにぴったりくっついて走り抜けた葉隠の存在が理解出来なかった。

 上鳴は氷漬けにされ倒れたロボットに切島が潰されるところを見ていた。

 爆豪は自分の前にいる者たちが許せず空から巨大ロボットを越えようと空中に飛び出した。

 そして、意外にも峰田は、次に何が起こるのかを理解していた。

 

 爆豪勝己は見た目と言動からは考えられぬほど、いついかなる時も冷静な男だ。

 激して尚冷静、そういう男だ。

 巨大ロボット群から抜け出した葉隠透が巨大ロボットの足元をちょろちょろ走り回っているのを見ていながら、気付かなかったのは未だ葉隠透という存在を理解出来ていなかったからに他ならない。

 力こそが全て、威力は全てに勝る。その思いが彼の目を曇らせていた。

 だからこそ、目の前に壁のように聳え立っていた巨大ロボットの姿が消え、青い空が見えたとき、爆豪は何が起きたのか分からず口をあんぐり開けた。

「かっちゃんッ!!」

 彼の空白の意識を現実に引き戻したのは他ならぬ絶対に認められぬ男の声だ。

 ピースサインを掲げ、背中を向け走る葉隠透の姿を見てようやく、爆豪勝己は何が起きたのか理解した。

「クソガァァァァァッ!」

 両手を前に思いっきり伸ばし、爆破させることによって後ろへ飛び、なんとか着地した爆豪の絶叫が空へと響き渡った。

 

『コイツはシヴィィィィッ! なんてこったァッ!? 葉隠透ッ大迷惑! 巨大ロボが2体も透明になってるぞォッ! 個性は透明化! 自分と周りを透明にする個性! ラジオネーム、インビジブルガールッ!』

『ラジオネーム今関係ねぇだろ』

 

 巨大ロボが一瞬のうちに消えていくのを見ていることしか出来なかった者達は自然と体勢を低くし、いつでも動けるように身構えた。

「なんですって……ッ!?」

「やってくれたな」

「マジか葉隠」

 八百万は苦虫を噛み潰したような顔で、常闇は変わらぬ表情のままダークシャドウを出し身を守るように、耳郎は呆然と空を見上げ、他の者達も動けぬまま見えない巨大ロボを睨むように空を見上げていた。

 

 誰も動けず、緊張で話すこともできない沈黙を破ったのは――。

 

「んだよ~、この程度かぁ? ビビらせんなよぉ~ッ!」

「それな! 切島ァッ! はよ出てこいッ!」

 

 ――A組のムードメーカー、峰田と上鳴の二人。

 

「上鳴君、君の個性借りるよッ!」

「あぁ、持ってけ!」

「塩崎、いけるかい?」

「もちろんです」

「鉄哲! 僕達もやるぞ!」

 

 と、B組のブレイン物間とB組の聖母と謳われる塩崎の四人だ。

 すれ違い様上鳴と物間がハイタッチする小気味良い音が響いた。

 顔には自信が満ち溢れ、見えない巨大ロボを前に臆することなく歩む四人は正にヒーローと呼ぶに相応しく、後ろで立ち止まる者達を安心させる背中だった。

 

「頑張れよぉ、俺が見てる」

 

 背中に掛けられた言葉が誰から投げられたものなのか、振り返らずとも分かっている四人が力強く頷いた。

 

「で……切島が出てこねぇわけだが」

「んだよぉ~、こっちはカッコつけてんだぞぉ!」

「鉄哲も出てこないな」

「はぁ……早まりましたか?」

 

 凍り付いて崩れ落ちたロボットの残骸がひしゃげる音が聞こえ始めていた。

 リベンジマッチの始まりは、近い。

 

→To Be Continued ...

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