葉隠透の奇妙なアカデミア 作:ピーカブー
人間とは何事にも慣れていく生命体である。
適応性こそが人間の証なれば、悲しくも慣れてしまった者がまた二人。
スタジアムに1年生徒全員がゴールし、主審のミッドナイトの前に集まった11クラス計220名。
第一種目障害物競走の結果がスクリーンに表示されていた。
「茨ちゃん無表情すぎっ! もっと笑顔でアピっていかないとっ! 私みたいに決めっ決めのポーズで映らないと駄目だって」
「私は4位、貴女は5位。それ以前に……1位は証明写真」
順位は顔写真付き、1位の緑谷出久が後ろを振り返った。隣同士のA組とB組、最後方で周囲の沈黙など気にもしていない声で喋り続ける3人の生徒達のいる場所だ。
振り返った緑谷の顔は暗い。証明写真だと言われたこともそうだが、言われた後では証明写真にしか見えない自分の顔がスクリーンに映されているという事実、全国放送であの顔流されてるのかぁ、と落ち込んでいた。
「2位は余裕なさすぎ、3位は白目向いています」
2位の轟焦凍、3位の爆豪勝己もまた振り返った。こっちの二人は塩崎を睨みつけている。
「その上位3人に睨まれてるぞ、塩崎」
「アーハッハッハ、確かにトップ3人の写真ひどっ……おっきく映ってるからさらに倍でヒドイよねっ!」
「そして5位は気合入れすぎの厚化粧。それに比べればマシです」
「ひっどーい」
「煽るなって。トップ3に滅茶苦茶睨まれてるぞ」
「心操君はいいねっ! 不敵に笑う横顔、トップ狙う気満々って感じぃ~? あと目の隈ひどすぎっ、ちゃんと寝てる?」
「ただでさえ出遅れてるんだ、寝てる時間なんかあるか」
「そこは寝た方がいいかと。パフォーマンスにも影響出ますよ」
「お肌のためにもねっ」
「厚化粧してるお前が言うなよ」
今も続いている障害物競走の結果発表、誰もがスクリーンに注目し沈黙する中、周囲の視線も緊張感漂う空気も何一つ気にせずに喋り続ける3人を信じられない顔で周囲の生徒達がちらちら見ていた。
「めちゃめちゃ喋るね、あんた達ッ!」
ピシャリと鞭が空気を割る音が響いた。鞭を持っていない左手で3人を指差し、額には若干青筋まで立てている。
指を差された3人はちらりとミッドナイトを一瞥、スクリーンを見上げた。
「お茶子ちゃんが覚悟決めてる顔してる」
「誰だ、それ? あと物間も何か企んでる顔してるな」
「峰田さんも余裕ありそうですね」
「B組は余力ありそうなのが気になるな」
「二人とも言ってくれないけど、私のポーズかっこよくなぁい?」
「はいはい、かっこいいかっこいい」
「茨ちゃん辛辣ゥッ! 心操君は実はちょっとだけかっこいいと思ってる顔してる」
「してなくはない」
「無視ッ!? 逆に大物……今スクリーンに映ってる者、予選通過者は上位42名!」
全然黙らない3人にギョッとした顔になりながらミッドナイトが鞭を鳴らした。
「42位までしか出してないんだから当然だな」
「心操君、予選通過おめでとうございます」
「普通科で心操君一人? 凄いねっ!」
「嫌味か? 4位、5位」
「うん」
「いえ、そんなつもりは」
「葉隠の方が正直だな、意外だよ」
「まだ喋るの、あんた達ッ!? 次からいよいよ本戦なのよッ!?」
いくら鞭を鳴らしても黙らない3人にミッドナイトが叫んだ。
人間とは、悲しいことに何事にも慣れてしまう生命体である。
入試では透に絡まれて沈黙の試験会場の中で喋らされるという恥ずかしい思いをしていた二人も、今ではもう周囲の視線を気にも留めず、時と場所を弁えずお喋りが出来るくらいには慣れてしまっていたのだ。
「塩崎ってあんなに話す奴だったのか」
「言葉の棘が刺々しい」
「知らぬが花……推薦組の君達は見てないんだよねぇ! ……というかだ、企んでることバレてるんだけどッ!?」
B組では物間と推薦組の骨抜、取蔭が小さな声で話していたし、C組の面々は心操の肝の座った態度にこれからの活躍を期待する目を向けていた。A組だけは平常運転でそれが逆に強者の器っぽい雰囲気を醸し出していた。
「さーて第二種目よッ! 私はもう知ってるけど~なにかしら? 言ってるそばから……コレよッ!」
ドラムロールが鳴り止み、スクリーンに映し出された文字は――騎馬戦!
「参加者は2人から4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!」
「心操君、私と組もうよッ!」
「私と組みましょう、心操君」
「私と組むのッ」
「私です」
「……あと一人誰にするかだな。協調性ある奴いてくれ……いや、ヒーロー志望で協調性ある奴とかいるのか……?」
「早ッ!? ……基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが……先程の結果にしたがい各自にポイントが振りあてられること!」
「入試みてえなポイント稼ぎ方式か。分かりやすいぜ」
「つまり組み合わせによって騎馬のポイントが違ってくると!」
「あー!」
砂藤、麗日、芦戸は競技の分析に余念がなく。
「心操の奴ハーレム作ってるぞおい」
「羨ましいぜぇ~、チクショウ!」
上鳴と峰田は羨ましそうに心操を見ていた。
「この競技……心操の一人勝ちあり得るぞ」
その隣で切島が一人呟いていた。
「あんたら私が喋ってんのにすぐ言うねッ! えぇそうよッ! 与えられるポイントは下から5ずつ! そして1位に与えられるポイントは……1000万ッ!」
「……い……1000万……ッ!?」
あまりに桁外れなポイント数の緑谷に注目が集まる。ほぼ全員から視線を向けられた緑谷の顔が青ざめていた。
その間にもミッドナイトの説明は続き、15分間のチーム決めが始まった。
「サポート科の人、私達と組もうよ」
大きく手を振る透が向かった先には大きなゴーグルとスチームパンクな装備に身を包んだ女子生徒が一人。
顔を押さえてため息を吐く心操と呆れた顔の塩崎が透を追いかける。
「勝手に何やってんだよ」
「勝手なのはいつものことでしょう」
「A組B組普通科サポート科勢ぞろいのバラエティチームになるよっ」
サングラスとゴーグルの二人が向き合い、ゴーグルを掛けた女子生徒が首を振った。
「お断りします」
「なんでっ!?」
「あなた方のことは知りませんが、あなた方と組むと私のベイビー達が目立ちませんから」
「そっかぁ、じゃあしょうがないねっ」
「ベイビーってなんだ?」
「さぁ?」
断られちゃったと泣きつく透をうざそうに引き剥がしながら塩崎が周囲を見る。
B組はチーム決めが早く、A組はまとまりが悪い。B組は物間を中心にクラス全体で勝ちに行くつもりなのは明らかだ。塩崎自身は物間の提案に乗らなかったがわざわざ言うつもりもない。
「B組は早いな」
「えぇ……そうですね」
目敏い心操からの視線を黙殺する塩崎の前では、透の誘いを断った女子生徒が緑谷に話しかけていた。
「私と組みましょ! 1位の人!」
「わぁぁ近ッ!? 誰!?」
「私はサポート科の発目明! あなたのことは知りませんが立場を利用させて下さい! あなたと組むと必然的に注目度がナンバーワンになるじゃあないですか!? そうすると私のドッ可愛いベイビーたちがですね大企業の目に留まるわけですよそれってつまり大企業の目に私のベイビーが入るって事なんですよ!」
「うわっ……話通じない系女子だぁ」
透の言葉に空気が凍り付いた。
緑谷は引きつった顔を透の方に向けていたし、麗日は顔が固まっていたし、早口でまくしたてていた発目ですら首をぐるりと回して透に顔を向けていた。
「お前言って良いことと悪いことがあるぞ」
「ほら、謝りなさい」
心操と塩崎に小突かれた透が頭を下げた。
「ごめんねっ、緑谷君はあとでブッ飛ばすよっ!」
「なんでぇっ!?」
「あと一人誰にしようね?」
「B組は難しいかと……心操君心当たりあります?」
「なくはない。いざとなったら事後承諾だな」
透達は既に背を向けて離れ始めていた。
「しかも無視ィッ!?」
緑谷の叫び声が虚しく響いた。
ミッドナイトだけが頷いていたが緑谷は気付いていなかった。
「ご注文をどうぞ……フィジカル強め」
「協調性高め」
「誠実」
「お二人さん、結婚相手探しに来たの?」
「お前ちょっと黙ってろ」
「私は主へ仕えますので」
「じゃあ心操君は私がもらうね」
「だからお前ちょっと黙れって……大体フィジカル強くて協調性もあって誠実ってそんな理想のヒーローみたいな奴いるかぁ?」
何の気なしの心操の言葉も周りにいる者達を凍り付かせていたが心操は気付いていながら気にしていなかった。むしろ積極的に精神的揺さぶりをかけて遊んでいた。
「いないよねっ」
「いませんよね」
二人の返答でさらに顔を引きつらせる者が多い中、空気を壊すように3人の前に立つ強者が一人。
「いや雄英にいないってどこにいるんだよっ!? オイラがいるだろっ! オイラがッ!」
峰田実だ。チーム決め開始から八百万、耳郎、芦戸と玉砕し続けてきた漢が望みをかけて3人の前に立ち塞がった。
「フィジカル弱め」
「協調性そこそこ」
「色欲の権化、一昨日来なさい」
「チックショー!」
塩崎にバッサリ断られた峰田が膝から崩れ落ちた。
俺はアリだと思ったけどな、という心操の呟きで少しだけ持ち直した。
峰田を素通りして歩きながら心操は周りのチームを見ながらぶつぶつ呟く。
「あの……もし空いてたら俺とチーム組んで欲しいんだ」
ぶらぶら歩きまわっている3人の後ろから声がかかった。
振り返った透が声をかけてきた相手を確認し、手のひらをポンと叩いた。
「……あっ……いたぁッ!? 尾白君ッ!」
完ッ全に忘れてたァッ! といういらない一言に尾白が胸を押さえた。
「あぁ、組む相手が見つからなかったら有力候補だった尻尾の奴」
「嘘を吐くことなかれ、偽ることなかれ、謀ることなかれ」
「うん、ヒーローを目指す者として当然だよね」
「合格。騙し討ちなど以ての外、悪へと通ずる一本道、私達は正しき道を歩まねばならぬのです」
「私達に騙し討ち禁止って無茶言うよねっ、ねっ、心操君」
「仕方ねぇよ」
「言っとくけどねぇッ! 騙し討ちやらせたら私の右に出る人はそうそういないと思うよっ! 私の個性は暗殺向きだって言ってもおかしくないくらいなんだから」
「笑えねぇから、それ」
「貴女は既に手遅れです。まずは化粧を落としなさい」
「茨ちゃんは少しくらい化粧した方がいいと思うよ、もっと可愛くなるから」
「あ、あはは……仲いいんだね」
「合格。A組にも協調性ある奴いるんだな」
「あはは、ありがとう。俺は尾白猿夫、よろしく頼むよ。組む相手なかなか見つからなくて」
「心操人使」
「塩崎茨です」
「葉隠透」
「お前は言わなくていいだろ」
「私騎手やりたーい」
「だから話聞けよ」
「妥当ですが」
「二人とも凄いね。葉隠さんとまともに喋ってる」
「そう見えるだけで会話にはなってない」
「聞き流すくらいで丁度いいので」
「ひっどーい」
「ははは……それで作戦は……?」
「騙し討つッ!」
「勝てりゃあなんでも」
「正々堂々」
「あ、俺も正々堂々がいいかな」
「2対2だね」
「俺を数に入れるな。正々堂々勝てるならそれが一番良いに決まってる」
「無理だねっ。なんたって私がいるんだよ? 障害物競走で全方位からヘイト集めてる私だよ? 並のヴィランより悪辣な妨害で日本中からヘイト集まってるよ」
自覚あったのかよ、と周りで聞き耳を立てていた生徒達の心が一つになった瞬間だった。
「笑いごとじゃねぇんだって」
「やれやれですね」
「作戦会議全然進んでないんだけど……」
暢気に喋り続ける3人を尾白が不安そうに見つめていた。
『フィールドに12組の騎馬が並び立ったッ! さあ上げてけ鬨の声ッ! 血で血を洗う雄英の合戦が今ッ! 狼煙を上げるゥッ! 主審は引き続きミッドナイト、副審にエクトプラズム! ビデオ判定はパワーローダー! マスメディアに配布したサーモグラフィーとハチマキに縫い込んである小型GPSは予選落ちしたサポート科の奴らが15分で作ってくれましたァッ!』
『誰とは言わんがないと困るような場面がありそうだからな』
スタジアム中の視線が透に集まる。
まさか入試で葉隠の隣だったことを感謝する日が来るとは、と心操が笑う。今ではもうこの程度の視線じゃ緊張することもない。数多の視線を浴びても自然体でいられるのはあの恥ずかしい日があったからこそだ。
塩崎も自然体、尾白は視線を浴びて緊張で身体がこわばってる。
「言われてるぞ?」
「あなたのせいですね」
「……確かに透明になっちゃったら分からないよね」
騎馬の上、塩崎の蔓を編んで作った座布団に胡坐をかいて首を傾げていた透が膝を叩いた。
「……あっ、ハチマキって透明にして良かったんだ」
騎馬がやや傾いた。
ずっこけた尾白が力を抜いたせいだった。
「いいかげんにしろよ、お前ホントに」
「気付いてなかったわけないでしょうに、白々しい」
「ごめんごめん」
尾白が体勢を整え傾いた騎馬を直しながら謝っていた。
『いくぜッ! 残虐バトルロイヤルカウントダウンッ! 3!』
「緊張解けた? 尾白君、いっくよ~!」
「頑張ろう!」
『2!』
「心操君、指示お願いねっ」
「あぁ」
『1!』
「全員ブッ飛ばすよっ、茨ちゃん!」
「当然です」
『STAAAART!』
「この勝負、勝つよッ!」
前の塩崎、左後ろの心操、右後ろの尾白が力強く頷き、騎馬が走り出した。
→To Be Continued ...