葉隠透の奇妙なアカデミア 作:ピーカブー
『試験時間残り2分』
根源的恐怖を感じる地響きは止まらない。
ビルをも超える巨大なロボットは行進をやめない。
市街地の大通りをビルを壊しながら歩き続けていた。
――残り1分55秒。
ロボットらしい規則正しさで振られていた右腕が止まった。
巨大ロボのモノアイが動かなくなった右腕を見た。
右腕はビルの壁にくっついていた。
「オイラのモギモギは触ったものをくっつける! でもよ~! 重すぎるんだよーこれ!」
頭から血をだらだら流しながら峰田実が叫んだ。
――残り1分52秒。
ビルごと右腕を動かそうとしたロボットのモノアイがぐるりと動き、左腕を向いた。
左腕には何重にも巻き付いた植物の蔦があった。蔦の先は左腕の近くのビルの壁に突き刺さり、亀裂を走らせていた。
「重いですね……! もって数秒ですよ……っ!」
塩崎茨の言葉通り、ブチブチと蔦が千切れていく音が鳴り始めていた。
――残り1分50秒。
右腕にくっついたビルも、左腕に巻き付いた蔦も蔦の刺さったビルごと壊して行進を続けようとする巨大ロボのモノアイがぐるぐる回り、真下に向けられた。
一瞬前までそこにはなにも無かった、受験生などいるはずも無かった。
ロボットの足元、人間で言えばくるぶしのある部分のすぐ横に、突然現れたとロボットは認識した。
右腕を大きく振りかぶり、足首の関節部に狙いを付けて殴りかかってくる受験生の姿を。
「これが! 俺の本気だ! 俺は変わるんだぁっ!」
切島鋭次郎の硬化した腕が空気を切り裂く音が響く。
本気で踏み込んだ硬化した左足がアスファルトを砕く。
切島鋭次郎の全力を注ぎ込んだ拳が巨大ロボの足首を殴りつけた。
金属同士がぶつかる耳障りな音が響き、堅く分厚い金属を切断しようとする甲高い音が耳を打った。
「やったか!? 切島ぁ!」
上鳴電気の叫び声が切島鋭次郎のすぐ後ろから響いた。
「やれてねぇ! もう一発だ!」
「塩崎! 峰田!」
心操人使が叫んだ。
「やってやらぁ!」
「もう少しだけ!」
峰田実が頭からモギモギを引きちぎり、血しぶきをあげながらロボットの右腕をビルに貼りつけた。
塩崎茨は顔を青褪めさせながら蔦を伸ばしてロボットの左腕を縛り上げた。
「あと一発だけもってくれぇぇ!」
雄叫びと共に放たれた切島鋭次郎の拳が再び巨大のロボの足首を打つ。
甲高い金属音が市街地に響いた。
「やったか!? 切島ぁ!」
「駄目だっ! 装甲は破ったが手を突っ込めるほどの隙間じゃねぇ! すまん、俺のせいだ……っ!」
切島鋭次郎が泣きそうな顔で振り返った。
「ドンマイ、僕達はベストを尽くした。出番はなかったけどね」
「塩崎! 峰田! ロボから離れろ!」
心操人使の言葉を合図に二人がロボから離れるべく走り出した。
――残り1分43秒。
「いいや、まだ諦めるには早すぎるね! ここで見たことは内緒にしてよー!」
巨大ロボのモノアイが小刻みに動く。
3人の受験生を新たに捕捉した。
3人は切島鋭次郎のすぐ後ろから突然現れた。
葉隠透のスタンド、アクトン・ベイビーの影響下で透明になっていたのだ。
アクトン・ベイビー、葉隠透が生まれてすぐに発現させたスタンド。最初は彼女のストレスに呼応して周囲を透明にさせる能力だった。
しかし発現してから既に15年を数えるスタンドが、周囲を透明にするだけの能力のままということがあるだろうか。
そもそもスタンドは扱う才能のない者にとっては害となる。スタンドは本体にとって害になれば、死に至るほど苛烈な存在だ。スタンド使いを生み出すという矢がスタンドを発現しなかった者の命を奪うのは、そういうことだ。
ならば――生まれてすぐ自我もない状態でスタンドを発現し、生き延びた者は……?
それが葉隠透として生まれ持った特異性。
そして、ほんの3年前まで静・ジョースターとして生きてきた彼女の精神の成長とともに、アクトン・ベイビーは明確なヴィジョンを持つようになった。
「アクトン・ベイビー!」
女性型のフォルムにクリスタルのような光沢、身体全体を走る幾何学模様、本体と同じサングラスを掛けたスタンドが葉隠透の身体から飛び出した。
「切島君が付けた傷をこじ開けろ!」
「一人で何言ってるんだ……?」
「気が触れたか……?」
意味の分からない葉隠透の行動に唖然としている者達の目の前――巨大ロボの足首から異音が聞こえ始めた。
ギリギリギリと金属が歪むような音が鳴っていた。
「ドラァッ!」
葉隠透以外の目には、切島鋭次郎の付けたわずか数センチの亀裂が勝手に広がっていくように見えていた。
葉隠透の目には自身のスタンドが切れ目に指を突っ込んで力ずくでこじ開ける姿が見えていた。
「なんだ……? 何が起きて……?」
切島鋭次郎があまりに不可解な状況に戸惑っていた。
心操人使は目を細めて透を見ていた。
「上鳴君! 物間君!」
――残り1分34秒。
「あとは任せろ! 離れてろよ! あとLINEのID教えてくれー!」
「よし、ここはあえて僕が言おう。僕達の勝ちだァッ!」
アクトン・ベイビーがこじ開けた裂け目に手を突っ込んだ二人の身体から紫電が迸る。
二人の放った電撃はロボットの内部を駆け抜け、全ての電子機器を焼き尽くし、頭部を粉々にして昇り龍さながらに空へと昇って消えていった。
心操人使が作戦会議で真っ先に確認したこと、それは上鳴電気の個性でロボットが壊せないか、という単純なものだった。
結果は、俺一人ではおそらく電力が足りないだろうという上鳴電気からの答え。
ならば物間のコピーで二人分になれば、足りるのではないか。
試す価値はある、というよりも他に方法はないと言っていい状況だった。
「「ウェーイ!」」
個性の反動で作画すら変わった二人が手を取り合って喜んでいた。
「え? うん、ウェーイ!」
透も加わって三人でハイタッチし始めた。
「やったのか……俺達はやれたのか」
「あぁ、勝った。勝ったんだ」
切島鋭次郎と心操人使が頷き合った。
「やったぜー、オイラ血だらけになっちまってるけどー!」
「皆さん、お疲れ様です」
合流した峰田実と塩崎茨も疲れ果てながらも笑顔だった。
全員が笑顔で巨大ロボットを見上げて、首を傾げた。
冷や汗を垂らす者、顔を青褪めさせる者、ごくりと唾を飲み込む者、祈るように手を組んで目を瞑る者。
――残り1分26秒。
「傾いてきてない? 気のせいだよねぇ?」
「いえ、傾いてきてますよ」
巨大ロボを指さした透が隣に来ていた塩崎茨に確認した。
「ピンチだよな」
「あぁ」
切島鋭次郎と心操人使が天を仰いだ。
「「う、うぇ~い……!」」
上鳴電気と物間寧人は緊張感のない顔で震えながら抱き合っていた。
「なぁ、二人とも! オイラの死ぬ前の最後のお願いを聞いてくれぇ!」
峰田実が透と塩崎茨の上着の裾を引っ張った。
「死ぬ前にパンツ見せてくれぇー!」
峰田実のあんまりなお願いに醒めた目で返した透がロボットに背を向けた。
「全員逃げろォ!」
全員が全員体力の限界を迎えていたが、透の言葉を合図に巨大ロボに背を向けて一斉に走りだした。
――残り1分13秒。
「走れ走れ! あんなのに潰されたらぺちゃんこになるよー! 心操君! 手を!」
走り始めてすぐに心操人使が遅れ始めた。
日頃の体力作りの差が如実に表れていた。
「心操は俺が」
「手伝います」
遅れている心操人使の左手を切島鋭次郎が掴み、右手を塩崎茨の蔦が掴んだ。
「逃げ切れるのかよぉ! やっぱりパンツ見せてくれぇー!」
「ウェーイ!」
転びそうになった峰田実の首根っこを物間寧人がとっさに掴んでまた地面に下ろして走らせていた。
「ウェーイ!」
後ろを振り返ってロボットを指さした。
透も振り向いたときには、ロボットを倒れないように支えていた命綱とも言える蔦が全て千切れていた。
ロボットをビルにくっつけていたモギモギも限界が近い。モギモギというよりはビルの限界が近かった。
「スピード上げて! Plus Ultraってやつだね!」
――残り1分2秒。
ロボットを支えていたビルの壁が重量に耐え切れず剥がれ落ちた。
心操人使は振り返ってその様子を見ていた。
「逃げ切れねーか……!」
「かもしれませんね」
「今更言ってもしょうがないんだけどねー! 逆方向に走ってれば助かったのにね! ごめんね、私が走り出しちゃったからさ!」
「どうすればいいんだー! オイラはここでぺちゃんこになっちまうのかよー!」
「「うぇーい……」」
そろそろ限界だ、と心操人使は思った。
身体もそうだが、それ以上に、精神が限界に近い。
全員が諦めかけているのだ。
「そうでもねー、こんなところで諦めてんじゃねーよ。全員で協力すれば逃げ切れる……! 乗るか降りるか今すぐ決めろォッ!」
今日一番の眼力で心操人使が全員の顔を見た。
『乗った!』
葉隠透、塩崎茨、切島鋭次郎、峰田実が声を揃えて叫んだ。
「「うぇーい!」」
上鳴電気と物間寧人が声を揃えて叫んだ。
『残り時間1分』
――残り時間55秒。
巨大ロボが倒れた音が会場内に轟いた。
舞う砂ぼこりの中で透は倒れ込んだ。
咄嗟に後ろを振り返れば、倒れている巨大ロボのシルエットが砂ぼこりを透かして見えていた。
「やった! 間に合った!」
「そうみたいです」
「助かったのか、俺達……!」
「生きてる、オイラは生きてるぞー!」
「「ウェーイ!」」
6人は顔を見合わせて笑い合った。
「それで心操君の作戦って……心操君?」
透がきょろきょろと5人の顔を順番に見た。
何度見直しても、一人足りない顔ぶれを。
嫌な想像が頭を過ぎる。
どうやって倒れてくるロボットから逃げ切ったのか覚えていない。
でも分かることがあった。
この身体全体に重くのしかかるような疲労感はッ――!
「この疲れは違う、必死で走ったとかそういうんじゃない! これは――」
――スタンドパワー全開でラッシュした直後の疲労ッ!!
「蔦が、乾いて……許容量限界まで使った覚えがないのに……」
「記憶が、記憶が……ねーんだ。俺達はどうやって……逃げた……? 俺はいつ心操の手を離した……!」
「茨ちゃんを助けたときと一緒だ……! それに血が増えてる……オイラはいつモギモギを千切ったんだ……!?」
全員が後ろを振り返る。
砂ぼこりに覆われたさらに奥を見つめていた。
「アクトン・ベイビー! 砂埃を透過しろォ!」
透が打ち出した右手を中心にドーム状に景色が晴れていく。
砂埃が晴れた先に見えたのは地に倒れ伏した巨大ロボット、何トンもありそうな胸部の下で這いつくばった心操人使と――
――彼を守るように重機の爪で巨大ロボを支えるパワーローダーの姿だった。
「残り時間45秒です。君達は試験を続けなさい」
「心操君はッ……?」
「残念だ。心からそう思う」
心操人使、実技試験途中棄権!
他の6人は疲労困憊で動けず、心操人使が救助されるのを見ていることしか出来なかった。
→To Be Continued ...