葉隠透の奇妙なアカデミア   作:ピーカブー

5 / 21
抜けていた後半部分を追加しました。


入学式に出席しよう

 雄英高校入学式の朝、葉隠透は憂鬱な気分だった。

 嫌なことが待ち構えているのが分かっている日の朝、そういう気分だ。

 

 雄英高校1-A教室の馬鹿でかいドアの前でアンニュイなため息を一つ。

 それでも毎日のルーティーンだけは欠かさない。

 ドアの前で両足を開いて左脚はビシッと外側へ伸ばし体重を右側へ、右脚は踏み出すように大きく斜め前へ、上半身を反らす。左手を思いっきり開いて顔の前に、人差し指と中指でサングラスのフレームを挟むようにするのがコツ、肘は頭よりも高く、ドアを開けた右腕は真っすぐに、親指を上に立て、人差し指をピンと伸ばす。

 

 ポーズはビシッと決まっても、ファンデーションのノリは良くても、チークは青と緑で紫色のリップが私の顔をキメてても憂鬱な心は晴れないまま。

 これから待ち構えている嫌なこと、それは――!

 

「式って付くもののクソ長ったらしい挨拶って大嫌いなのよねぇ~!」

 

 これからクラスメートになる人達が私を見ている。私も見返す。

 見知った顔は入試で会った上鳴君、峰田君の2人。

 それにしても個性的なクラスだな~。

 ポーズはしっかり維持すること1秒以上。

 教室の外にいたときは怒鳴り声とか聞こえてたのに、今は静か。

 

「私の席どこかなー?」

 

 ポーズを解いて席を探すとすぐに見つかった。

 席は出席番号順、私の席は窓際最前列。

 私の後ろの席には机に足を乗せて周囲を威圧する三白眼男子、真面目そうな眼鏡男子が険しい顔してる。

 怒鳴り合ってたのはこの二人っぽい。

 しかも二人とも私を見てるし、眼鏡男子の立ち位置的に私座れないし。

 どうしようかなぁ、と思った瞬間に身体を駆け巡る閃き、これはまさに天が私に与えた大爆笑チャンス!

 

 肩を振って大きく足を踏み出して私の席へ。

 

「ちょっとそこ」

「アァン!!」

「き、君はッ!」

 

 噛みつくように威嚇してくる三白眼男子とぎょっとした顔で私を見てくる眼鏡男子。

 

 二人の前に右手を突き出す、指は4本!

 

()

 

 二人の間を割るようにビシッと腕を伸ばして小指と薬指を折りたたむ!

 

(とぅ)

 

 一歩前に出て二人の間に割って入る。

 眼鏡男子が私を避けるように下がった。ちょっとショック。

 三白眼男子はファイティングポーズしてる。ちょっぴりショック。

 

 でも私はこのくらいじゃめげない、右手を斜め上に伸ばして親指と人差し指で丸を作る!

 

(れぇ~い)!」

 

 ポーズを維持すること1秒。

 三白眼男子も眼鏡男子も何も言ってくれない。

 じゃあ自分で言うしかないね。

 

「超大爆笑だったよね」

 

 二人に背を向けて席に座る。

 

「ア゛?」

「えぇ……?」

 

 みんな緊張してるのか誰も喋らない。

 もしかして、元々静かな人が多いのかも。

 

「ま、まさか! 君も受かっていたというか!?」

 

 受験会場で騒がしかった女子! と眼鏡男子が騒がしい。

 

「うん、おじいちゃんから教えてもらった誰とでも仲良くなれる挨拶してもいい?」

「あ、あぁ、俺は聡明中学――」

「ハッピーうれぴーよろぴくねー!」

「え゛……えぇ」

 

 眼鏡男子の顔が引きつっていた。

 その顔を見て私の顔も引きつる。

 あのジジィッ! また私を騙しやがった!

 

 私の渾身の挨拶を返してくれない眼鏡男子と睨み合っていると諦めたように眼鏡男子がずずずと下がって私の視界から消えてしまった。

 まだ名前知らないんだけど。

 

「君ぃ! 机に脚をかけるなと!」

「アァン!」

 

 なんか後ろの席の三白眼男子と喧嘩し始めた。

 そして喧嘩も途中でやめて他の生徒に挨拶しに行った。落ち着かない子みたい。

 

 騒がしくなってすぐ寝袋が登場した。

 すっごくユニーク!

 キレッキレのポーズしてたらもっと良かったのに。

 

「はい静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」

 

 寝袋を脱ぎながらの挨拶!

 笑っちゃったけどバレてないよね。

 ちらりと隣を見たら大きい男子と目が合っちゃったから彼には聞こえてたかも。

 でもしょうがないと思うの。

 学生のうちに一度は言われてみたかった『静かになるまでこれくらいかかりました』という名セリフ!

 日本人教師なら誰でも言うって仗助兄さんから聞いてたけどこの前まで通ってたぶどうヶ丘中学では聞いたことなかったんだよね~。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 脂ぎった長い髪の毛と無精髭、充血した目、見るからに不健康そうな顔。

 あと立ち姿が普通、もっとカッコいい立ち方してほしいかも。

 

「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」

 

 へぇ、入学式をグラウンドでやるんだ。

 変わってるなぁ。

 

 半袖のジャージだから下にロンTを着て手袋も装着、首元も見えないようにスカーフを巻いておこうっと。

 グラウンドに出ると思ったよりも人が少ない。

 というよりうちのクラスしかいない。

 

「あれ? うちのクラスだけ? グラウンドで入学式やるんじゃないの~?」

「そんなわけないでしょう」

「そんなわけないんだ……」

 

「これから個性把握テストを行う」

 

 全員揃ったことを確認して相澤先生が口を開く。

 

『個性把握テストォ!?』

 

 ……入学式は?

 

「入学式は? ガイダンスは?」

「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよぉ~」

 

 シャアオラァッ!

 心の中でガッツポーズ!

 クソ長ったらしい話を聞かなくて済むなんていう特権が学生に許されるなんて!

 

「よし、8種目トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

 

 どぉしてそんなことになったッ……!?

 入学式に出なくていいことに喜んでて話聞いてなかった……。

 

「えーと、8種目って……」

 

 ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈……って。

 この程度のことでスタンド出す気もないし。出したら出したで後が面倒くさいし。

 

「私の個性役に立たないじゃあないの!」

 

 一人頭を抱えてしゃがみ込んでいた透が叫んだ。

 葉隠透として雄英高校に提出している個性届は『透明人間』。

 スタンドの存在がバレるまでは『透明人間』のみでやっていく予定に暗雲が立ち込める。

 

 既に入試で一度使っていることは記憶の果てにぶっ飛んでいた!

 

 葉隠の個性を知っている者達が気の毒そうに透を見ていた。

 他の生徒はなるべく関わりたくないと透から距離を取り、叫び声が聞こえないフリをしていた。

 

「次、轟と葉隠」

「はい」

「はぁ」

 

 記録、6.5秒。そこそこ速いが個性禁止テストの範囲を逸脱せず。

 隣のレーンにいた轟焦凍は個性で作り出した氷の上を滑るように走って3.8秒。 

 

 個性把握テストも後半に差し掛かり、それぞれが個性を使用し個性禁止テストではあり得ないような記録を出しつつある中、透は焦っていた。

 

「やばいやばいやばいヤバァィッ! 説明不要! ぶっちぎりのビリ争いッ! どうする、私? まだ大記録を出してないのは3人だけ! 名前知らないけどネアカな女の子と小心そうな男の子、そして私ィ! 大記録出されたら最下位は確実に私!」

「ドンマイ」

「オイラは反復横跳びだけだ~」

「つーか、葉隠、アレは? あのデカロボの装甲をこじ開けた力……使えねーの?」

「……アレは条件が揃わないと使えないの。ていうか、誰?」

「切島だよッ!」

「切島君? 黒髪で地味だった切島君?」

「地味は余計だろーが!」

「髪赤ッ! 気付かなかったよっ」

「「高校デビューマン!」」

「……バラされなくてもバレバレじゃねェか……」

 

 透の周りには入試で馴染みある者達。すでに大記録を出してほっと一安心していた。

 そして、未だ大記録を出していない3人のうちの1人、麗日お茶子がソフトボール投げのスタート位置についた。

 

「次、麗日」

「はい!」

 

 透が祈るように手を組んで結果を見守る。

 麗日お茶子は大した力も込めず、セイっという可愛らしい掛け声とともにボールを投げた。

 

「よし! あれなら勝て…………ないッ!」

 

 力の入ってないボール投げ、ボールはすぐに落ちると確信した……が、ボールは落ちないッ!

 ボールはどこまでも遠くへ飛んでいき、やがて見えなくなった。

 

「やばいやばいやばいやばい……」

「短い付き合いだったなぁ、葉隠のことは忘れないぜ」

「除籍になる前にパンツ見せてくれー」

「上鳴、呼ばれてっぞ」

 

 透、とりあえずいつものルーティンで心を落ち着かせる。

 右腕を前に大きく手を広げて掌は上に、左手も大きく広げて胸の前に、右脚は後ろに伸ばして左脚よりも左側にして踵をやや浮かせる。上体を反らして顔は斜め45度。

 

「どうしてあれ倒れないんだろう……?」

「俺も不思議に思ってた」

 

 ソフトボール投げを終えた尾白猿夫と切島鋭次郎が小声で話していた。

 

「そのポーズなんなん?」

「集中。ちょっと黙ってて」

「うぃ」

 

「次、葉隠」

 

 ポーズを解いて颯爽と歩き出すと、記録用のソフトボールが入った籠に腕を突っ込み、かき混ぜ始めた。

 

「えーっと、ボールは……コレ! 我に秘策有りィッ! ∞出すぞぉ!」

「いいから早くしろ」

「ドラァッ!」

 

 義理の兄直伝の気合を込めた一声。

 透の手から離れたボールが――。

 

『消えたァッ!』

 

 驚きの声がグラウンドに響く。

 驚いた顔のクラスメート達の顔を見て透が満足そうにニヤリと笑った。

 

「記録、無限!」

「記録、54m」

「なんでェッ!?」

「ボールには記録装置が付いてる。見えなくなっても記録は出る」

「ハイテクッ!?」

「次、緑谷」

「は、はいっ!」

 

 透が肩を落としながら待機場所へと向かって歩き出した。

 空の籠の前であたふたしている緑谷出久を横目に見ながら。

 

 ソフトボール投げを終えた葉隠透、既におなじみになっている位置に戻る。

 クラスメイト全員の後ろだ。切島、峰田、上鳴の近くでクラス全員が見渡せる場所に立つ。

 立ち姿はやはりというべきか奇妙だ。

 これも既にクラス全員が認知しているおなじみの姿。毎回立ち方が違うものの奇妙さを追求した彫像のようなポーズにクラスメイト達は慣れ始めていた。

 脚は肩幅よりも広く、つま先はやや内側に向け、外側へと開いた踵を浮かせる。膝はゆるく曲げ、腰を軽く落としながら右へと捻って背を反らす。右腕は腰のひねりに任せるまま後方へと伸ばし、左手は顔の前で大きく広げて中指でサングラスのブリッジを押さえるようにしながら顎を引く。倒れそうで倒れない姿勢を維持したまま微動だにしていない。

 サングラスに隠れた瞳は空の籠の前で慌てている緑谷出久へと向けられていた。

 

「緑谷、早くしろ」

「せ、先生……」

 

 緑谷が困ったような顔で相澤先生を見ているのを確認した透が口の端を吊り上げた。

 

「なんだ?」

「あ、ありません! ボールが……ないんです!」

「……? 足りないはずはないんだが」

 

 記録用紙から目を離した相澤が見たものは緑谷の言う通り空っぽの籠だった。困り果てた緑谷が相澤を見ていた。

 種は分かったがいつからボールがなかったのか考え始めたとき、場違いなまでに明るく空々しい声が沈黙を破った。

 

「ボールがないんじゃあしょうがないよねぇ……私の後ろはソフトボール投げ、記録0m! そうなるよねぇ?」

 

 葉隠透だ。

 なるわけないだろ、と相澤がため息を吐いた。

 

「セコいことするなー、葉隠よぉ……アレェ?」

「オイラもいるんだぞ~! 早くボールを戻してくれよ~……ってアレェ?」

「葉隠、漢らしくねぇことすんなって! ハァッ!?」

 

 生徒の中でいち早く気付いたのは当然のように透の個性を知っている上鳴、峰田、切島の3人。3人とも呆れているが透が立っていたはずの場所に目を向けた瞬間に素っ頓狂な声を上げた。

 さっきまで皆が目を背ける彫像と化していたはずの透が、消えていた――!!

 

「葉隠、ボールを戻せ」

 

 相澤が透の立っていたはずの場所に視線を向けたとき、全然違う場所から返答があった。

 

「もう戻してますよ」

「えぇ~! いつの間にッ!?」

「ア?」

 

 ボールの入っていた籠の縁に腰掛けた状態で現れる人の姿。

 何もなかったはずの場所にまず地面に伸ばされたつま先が浮き出るように見え始める。そして足元から順にジャージの姿が浮かび上がり、最後に現れたのは金髪のウィッグとサングラスを付けた厚化粧の少女。

 

「目の前にいたのに気付かなかった……というかいつ移動したんだろう……?」

「ボールは戻したよ……なんか決意してる目をしてたからさ~、記録出す気なのかなぁ~と思って小細工してみたけど通じなかったよ」

「いや当たり前でしょっ!」

「緑谷、早くしろ。あと葉隠、つまんねーことすんな」

「おっしゃる通り」

「峰田、八百万、準備しとけ」

「はい、オイラのボールは残しといてくれよな~」

「まったく、油断も隙もありませんわ」

「油断も隙もある方が悪いと私は思うなぁ~」

 

 透は籠の縁に腰掛けたまま上体を弓なりに反らして緑谷出久の投球を見守る。

 

「おっ、記録出なかったみたいだねぇ~。まだ私にもチャンスあるかなぁ~」

 

 軽く言いながらも透の頬を流れる一筋の汗、担任の相澤先生の個性を知ったが故に流れる冷や汗。

 

 あっぶなぁ、先生の個性使われてたら届け出してる個性と違うことがバレてた。なんてことを考えていた。

 

 人前では常時発動している自身の透明化、あえて全身を覆い隠し肌を一切出さない恰好は異形型個性・透明人間として通すためのもの。

 バレたらバレたで筋を通した嘘八百並べる予定ではあるものの、まだバラしてしまうには早すぎた。

 

 そして、ボールを投げ終えた緑谷は何故か相澤先生に捕まっていた。

 

「なにやってんだろう?」

「その姿勢をよく維持できますわね。腰痛くなりませんの?」

「オイラ前々から思ってたんだけど~今ならハッキリ分かるぜぇ~、葉隠は態度はでかいけど……ちっちゃい」

 

 峰田が透と八百万の身体の一部を見比べていた。

 

「アアン!?」

「どこ見て言ってるんですの!?」

「こわっ!?」

「せめて和服が似合いそうとか言ってくれない?」

「あなたそれでいいんですの!?」

「あっ、あいつ2投目投げた……ハッ!?」

「ナニィッ!?」

 

 暴風に煽られたのか、ぶっ飛んでいくボールにビビったのか、籠の縁から透が転げ落ちた。

 緑谷出久、記録705.3m。

 

「……終わった……私の雄英高校生活……第一部、完ッ!」

 

 透が茫然と呟き、やけくそ気味に叫んだ。

 

 そして、終わった個性把握テスト。

 開示される成績の結果、葉隠透18位。

 最下位は免れた。

 さらに明かされる衝撃の事実、それは――。

 

「ちなみに除籍は嘘な。君らの個性を最大限に引き出す合理的虚偽」

『ハァァァァッ!?』

 

 スタンドも月までぶっ飛ぶこの衝撃ッ!

 

「つーかいつの間にオイラ抜かれてたん?」

「葉隠さんの成績は個性禁止テストなら軒並みトップレベルでしたわよ?」

「1位に言われると嫌味に感じるよね」

「いえそういうつもりでは」

「分かってるよ~ん」

 

 個性把握テスト終了後、葉隠透は入試のときに顔を合わせた面々とマックを素通りしてバーガーキングでお茶してから帰った。

 そこで新入生代表挨拶を物間寧人がしたことを知って爆笑した。

 

→To Be Continued ...




修正)抜けていた部分を追加
修正)ちょっと修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。