探窟家の至高。頂点の一人。
彼は生まれる。
さそい、いざない、新しく。
悪でもなく正義でもなく。
残っている一番古い記憶は、ゴミ溜めを漁っていた自分を蹴る足の映像だ。
なにが気に食わなかったのか、いや、己の境遇の不満を自分よりも立場が下の人間に八つ当たりしていただけだろう。
この貧民窟では、そんな日常で溢れている。
強者は弱者から奪い、弱者は更なる弱者から虐げる。
そんな日常から抜け出すためには、親もおらず戸籍のない人間にとれる選択肢は多くない。
『探窟家』。一攫千金を夢見て、誰もが一度は憧れる職業。
例に漏れず、当然それに憧れた。
いや、憧れたというには、その決意は他と一線を画していた。
というよりも、憧れはしても危険の多い職業であることに違いはないのだ。
実際に目指す者は意外と少なかったのかもしれない。
探窟家になるためにおよそ必要とされるだろう事は全てに手を出した。
身体能力の底上げはもちろん、文字が読めなくては話にならない。
共用語からアビス語。探窟に必要な知識。
必要な知識を仕入れるのに苦労しなかった。
というよりも、探窟家というのは家柄などよりも素質がものをいう職業なだけあり、国が貴賤を問わず門戸を開いて養成に力を入れていた。
貧しい境遇を抜け出すため、必死になった。
それこそ寝る間も惜しみ、すべてを探窟家になるために費やした。
その甲斐あってか、数年が経つ頃には探窟隊への参加が許された。荷物持ちではあるが、貴重な機会である。
生の現場で少しでも技術を盗み、次に繋げる。
いずれは独立し、自分の探窟隊を率いて遺物で一攫千金する。
そしたら探窟家を引退して、慎ましくてもいい。貧民窟での惨めな生活にならなければなんでも有りだ。
そんな決意のもと、探窟隊に参加した。
奈落の底へ続くのでないかと思わせる深い穴。
そこでしか見られない、どの生態系に属しているのかもわからない原生生物。
世界のどこにもない不思議な現象を引き起こす遺物。
悪意に満ち溢れつつも希望を魅せる大穴。
決して少なくない犠牲のもと、探窟は一応の成功を収めた。
新たな遺物も特級遺物も見つかりはしなかったが、いくつもの遺物やアビス産生物の死体を回収し、探窟は終了した。
失敗ではないが成功でもない。そんな探窟を何度か繰り返した。
数年後、奇妙な探窟隊が編成された。
とある白笛肝煎りでの探窟隊編成。政府も少なくない出資をして行われるようだ。
貧民窟から子供を募り、アビス深界五層で訓練を積んで探窟家としての養成を行うらしい。
なんとも贅沢なものである。
未来のない貧民窟で生きるよりもよほど未来ある選択だ。例え、それが生きるか死ぬかの二択を常に突きつけられるものだとしてもだ。
集められた子供はいろんな眼をしていた。不安がるもの、希望に目を輝かせるもの、自分の未来に絶望するもの。
贅沢な眼をしている。選択の余地があるだけでも十分幸せだというのに。
その探窟隊は、それなりの犠牲を払いつつも深界五層、六層への唯一の入り口へ辿り着いた。
今回の探窟隊編成の立役者、『黎明卿』ボンドルドの拠点とする古代の遺跡を改造した基地だ。
回転する遺跡を改造して電力を確保できるようになっているようで、最低限のインフラは整っているようだ。
どうやらここで、子供たちは探窟家としての教育が行われるらしい。
本当に、羨ましい限りである。
子供たちを送り届け、帰りに探窟しながら帰る。
深界五層の負荷は軽いものではなかったが、人として戻れるだけまだ
六層より下は、人としてすら戻れないらしい。
そんな、白笛『黎明卿』ボンドルドの編成する探窟隊は何度か実行された。
利害の一致か何か裏取引が行わたのか。
『白笛』の計画する探窟隊は毎回子供を深界五層へと送り届けた。
何度もその探窟隊には参加した。
知る限り、ボンドルドの編成する探窟隊にすべて参加した。
深界五層へ白笛先導で行ける滅多にない機会である。
そこらで編成される探窟隊よりもよほど安全にたどり着けるというものだ。
何度も、何度も。
年に一度か二度。一度も無い年もあったが、常に手を挙げ続け、参加し続けた。
気付けば、探窟隊の中核的存在となっていた。
隊長やまとめ役はいたが、何度も深界五層を往復している実力派である。
よほど頼りにされるというものだろう。
大概の探窟道具の取り扱いには精通しているし、道も当然熟知している。
『白笛』ボンドルド専属の探窟隊である
引退して普通の生活を送るという計画も、何度も探窟を繰り返しているうちに実現間近となった。
もう何度か探窟をすれば、実現することだろう。
現実から目を反らし続ければ。
『黎明卿』ボンドルドの探窟隊には知っている限りは参加している。
都合にして七度。子供たちを深界五層、
厳しい環境である。生き残れないこともあるだろう。
最初のうちはそう思っていた。
二度、三度と送り届けたころには、何人か環境に適応した子供が出てくるだろうと思っていた。
それがどういうことだろうか。
四度五度と繰り返しても、前回から生き残っている子供はいなかった。
新しい試みであることはわかる。何も知らない子供を五層で探窟家に仕上げようというのだ。
生半可な覚悟では生き残れないだろう。
だからといって、常に全滅という結果に至るだろうか。
白笛は探窟家の頂点である。類い稀な才能をもってアビスに挑む傑物たちである。
そんな頂点たる傑物が、何度も全滅という結果に甘んじるだろうか。
……生き残る秘訣は、余計なことは考えず目の前の事態に集中することだ。
深界五層にて、探窟隊の回復と帰り支度をしているころだ。
白笛『黎明卿』ボンドルドと会話する機会を初めて得た。
いや、得てしまったというのだろうか。
「やあ、初めまして。君は何度も私の探窟隊に参加してくれていましたね」
どうやら顔を覚えられてしまっているらしい。
幸か不幸か。
「君には期待しているんですよ。何度も私の探窟隊に参加していただいて。実力的にはもはや黒笛にも見劣りしないでしょう」
過大な評価に委縮しつつも、話の続きを促す。
どういう意図で近づいてきたのだろうか。
あまりいい予感はしない。
最初は憧れこそしたが、今はもはや畏れしかない。
精神性があまりにも違いすぎる。
考えが。
発想が。
行動が。
あまりにも常人とは乖離している。
畏れというのも、謙遜した言い方だろう。
もっと直接的に表現すれば、恐怖していた。畏怖していた。
近づきたくなかった。
「おやおや。どうやら警戒されているようですね。安心して下さい。なにも取って食おうなんてことはありません。本日はお誘いに参ったのです」
いやな予感しかしかない。
聞きたくはなかった。
もう『黎明卿』の探窟隊には参加するべきではなかった。
金に目が眩み、目を逸らし続けていた罰だろか。
「どうですしょう、私の探窟隊に入りませんか」
的中した。
駄目だ。それだけはだめだと本能が警鐘を鳴らす。
拒絶すべきだ。
上昇負荷の負担で身体がボロボロで引退を考えていると告げる。
欲を言えばもう何度か探窟して引退したかったが仕方がない。
金はそれなりにたまった。
国家計画による探窟家養成にかかった金を返しても少しは残るだろう。
潮時だ。
これ以上は関わるべきではない。
「そうですか。それは残念です。では最後の探窟記念です。どうか私にここを案内させてもらえないでしょうか」
できればそれすらも拒否して一刻も早く帰り支度をしたいところだ。
だが、あまり心象を悪くするべきではないだろう。
それに、得難い経験であることは確かだ。
これが終われば二度とこない場所である。
最後に思い出として案内してもらうのも悪くはないだろう。
言葉に甘え、案内してもらうことにする。
「そうですか、ありがとうございます。ところで、あなたはなぜ探窟家を目指されたのですか?」
意外と饒舌なようだ。
歩きながらいろいろと質問される。
それらに返しながら、同じように質問を返す。
何度か目にした遺物装備のこと。
……何故、子供を連れてくるのかということ。
「ふむ。やはり何度も私の探窟に参加されているだけあり、当然の疑問です。それだけに惜しい。あなたには是非とも私の探窟隊に入ってほしかったですね」
丁寧に辞して話を続ける。
最後と思えばこそ、余計な質問もしてしまった。
最後まで目を逸らし、忘れてしまえばよかったものを。
「子供たちには私の実験を手伝ってもらっています。とても重要なことで、あまり皆の前には出られないのが残念でなりません。できれば挨拶などもさせてあげたいのですがね」
それにしては、子供の姿を少しも見ないのはあまりに不自然である。
これ以上の深入りは本当に危険だ。
今でさえ踏み込みすぎた。
話を切り上げて早々に立ち去るべきだ。
「では最後に、ここをご案内しましょう」
そう言って部屋に通される。
通された先にあったのは、大きな花のような、人間の頭の中身のようなものだった。
「どうでしょう。特級遺物の一つです。地上では目にできない代物ではありませんか?」
確かにそうだ。存在感に圧倒される。
それには、人を。生物を引き付ける何かがある。
危険な魅力を内包したそれに、思わず近づいて手を伸ばしてしまう。
「確かに危険なものではありませんが、好奇心は旺盛なのは良いことです」
その言葉にはっとさせられ、伸ばしていた手を引っ込める。
とっさに謝罪の言葉を並べて頭を下げる。
「いえいえ、気にしていませんよ。頭を上げてください」
器の大きな人で良かった。
下手をすれば触っただけで死刑ということも当然にあり得る事である。
「ですが、今回の探窟で最後なのでしょう? 特別に触ってみてはいかがでしょうか。なに、この遺物は触ってどうにかなるというものではありません。むしろ、なにか新しいものに目覚めることができるかもしれません」
その仮面からはどういう意図を持っているのか判断できなかったが、特級遺物は一生で一度も目にできないのが当然なのだ。
それが目の前にある。
剰え触ってよいとも言われたのだ。
仮にも探窟家の端くれである。興味がないといえば嘘になる。
一生に一度もないことを経験できたんだ。
何度人生を繰り返しても触れるかどうかわからないまたと無い機会である。
探窟家としての最後の思い出に、特級遺物の感触というのも悪くはないだろう。
特級遺物にそっと手を伸ばす。
『黎明卿』を見れば、仮面はじっとこちらを向いていた。
やはりそこからは感情を見て取ることはできなかった。
触れる。
特級遺物に。
やはり印象に抱いた通り、花のような、人間の頭の中身のような感触だった。
何かに目覚めるということもなく、特級遺物との邂逅は終わる。
手を放し、向き直る。
「どうでしたか? 特級遺物『ゾアホリック』の感触は」
「ええ。何度経験しても不思議な感覚ですよ。自分が増えるというのは」
「そうですか。こちらとしてはあなたの身体は是非ほしかったので、お互いによかったということでしょうか」
そう言って言葉を締めくくる『黎明卿』。
部屋を後にする彼に追従するように歩き、出口で待っていた
「ようこそ。