北郷英雄譚(旧題:七天の御使い†一刀譚)   作:にゃあたいぷ。

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第三話.軽率に

 言葉が通じるのに文字が読めない。

 そのことに気付いたのがこの世界に来た翌日の話、それでは不都合が多いだろうと名乗り上げた梨晏(太史慈)に文字の読み書きを教えて貰うことになった。それで今は同じ部屋、男女二人きり、何かが起こるはずもなく、無心で筆を動かし続けている。やっていることは写生だ、梨晏(りあん)が持っていた詩集を意味を教えてもらいながら延々と写す。妙に恋愛関連の詩が多かったりするのは、やはり彼女も女の子ということか――チラリと視線を上げれば、呼吸と共に大きな胸を揺らしながら淡々と報告書のようなものを作成する彼女の姿が目の前にあった。

 喜媚(劉耀)は彼女のことを暇だと言っていたが、とてもそのようには思えない量の書類の束が彼女の机の端に積まれている。もしかしたら迷惑を掛けてしまっているのだろうか。それにしても胸が大きいな、ダイナマイト級だ。いや、違う。駄目だ、やはり彼女の胸は目に毒だ。修行僧の気持ちで写生を試みる。恋愛ばかりなのが困りものだけど、例えば桜の木の下で想い人に気持ちを伝える女性の話とか。橋で何処かへと旅立った想い人を延々と待ち続ける話とか。未亡人になった女性が新しい男性に心を惹かれる話とか。甘酸っぱいものが多い中、時折、やけに生々しい詩が混じる。そして、それを解説してくれるのが目の前の女性である。正直、詩集には興味が湧かないが、詩集に関して生き生きと解説する梨晏には興味津々だ。可愛い。

 話が脱線する、全てはあのおっぱいってやつが悪いんだ。おっぱいには夢がある、浪漫が詰まっている。

 頭を振り、何回か彼女に気付かれぬように深呼吸をする。爺と共に行った精神鍛錬、雑念を振り払い。煩悩を殺す。心頭滅却すれば乳もまた柔らかし。駄目です、駄目でした。爺ちゃんとの修行も、あの胸の戦闘力を前には無力だったよ。今までの努力はなんだったんだろうね、ははは。助けてください、お姉さんから凄く良い匂いがする。股間に力を込めて、息子を宥めるので精一杯だ。こんなの思春期の男性には酷過ぎるよ。なんでそんなに露出の高い衣服を着てるの? こんなのいちころですよ、瞬ころですよ。ころころされましたよ。むしろ、これでころころされない男性諸君がいたら教えてください。俺がチラチラといやらし視線を向けていると、ん〜? と首を傾げてくるんだ。んで誤魔化すように紙に齧り付くと、ふふって笑みを浮かべてくるんだ。無自覚で無防備なのが、本当にもう、本当に! ……最高かよ、最高ですね! もう死にたい、死ぬしかない。いっそ、殺せ! 誰だよ、この無差別無自覚悩殺兵器を野放しにしたのは!? 喜媚(きび)さん、もっと自覚させたげてよぉっ!!

 

「んー、どうしたの? 集中力が欠けてるよ? あ、もしかして私に見惚れちゃった?」

 

 梨晏はにんまりと笑った後に、なんちって、と舌先をチロッと出しながらペチンと自らの頭を叩いてみせる。

 拝啓、母上様。今、俺は夢に見た美人なお姉さん家庭教師と勉学に励んでいます。先立つ不幸をお許しください。

 

<暗転>

 

 驚くほどに集中できた。

 人間、危機に瀕すると絶大な集中力を発揮するというが、それは本当だったようだ。煩悩断つべし! と百八回くらい唱えている内に文法をマスターしていた。人間って凄い、人類って凄い。よくぞ耐え抜いた鼻の毛細血管、エロスに耐えてよく頑張った俺の息子よ。感動した、今夜は自家発電だ。いつもよりも多く出すことができそうだ。爺ちゃん、この精神修行は爺ちゃんと共にやった座禅よりも苛烈で過酷で刺激的だったよ。

 さておき、美人な家庭教師も溜まっていた書類仕事を終えたようで御茶と甘味を用意してくれている。

 家事もできるとか天使かよ、女神かよ。世界三大美女はクレオパトラと楊貴妃、小野小町に加えて、今後は太史慈も加えて世界四大美女として語り継ぐべきではないだろうか。文明だって四大文明なんだし、美女だって四大美女でも良いじゃないか。美女は文化だよ、文化遺産だよ。違うだろ、書類仕事も忙しそうなのに俺に付き合っても良いのか心配するんだろうが。でも口に出せない。何故なら今、俺の欲望が他者への思いやる心を抑え込んでしまっている。くそっ、この程度だったのか。俺の自制心、爺ちゃんと一緒に鍛えた自制心は美人なお姉さんとワンツーマンで勉強会という一大イベントを前には無力だというのか!

 ぐぬぬ、むぐぐ、と煩悩相手に必死に抗っていると「ごめんね」と梨晏(太史慈)が呟くように話し掛けてきた。

 

「君からしたらさ、傍迷惑も良いところだと思うんだけどね。それでもあの子には少しでも長く夢を見ていて欲しいんだよ」

 

 梨晏(りあん)が困ったように笑ってみせた。

 きっと彼女は俺のことを見ていない。だから、ごめんと謝ってみせる。自分勝手で身勝手な想いを俺に背負わせることを彼女は申し訳なく思っている。だが、それは自分の為ではない。彼女が慕う喜媚の為に俺を利用すると彼女は言った。そのことに嫌悪感はない。彼女が誰かの為を想うのは勝手だ、その為に俺を利用したいというのなら手を貸したいと思った。天の御使い、それだけが今の自分の利用価値。でも、それで彼女との縁を繋げることができるなら、今少し彼女の手助けを続けたいと思った。それは下心満載の決断で、もっと彼女と近しくなりたい、というだけの想いだ。

 きっと褒められた選択ではない、軽率には違いない。騙されているのかも知れない。でも騙されても良い、むしろ全力で騙されたい。もういっそ夢を見せてくれるのなら良いんじゃないかな、という思いすらある。

 欲望のままに俺は答える。

 

「こんな俺で良ければ……」

「えっ、本当に? でもでも、しんどい思いをさせることになると思うよ? ぶっちゃけここって泥舟だし」

「良いよ、別に。できることがあれば、手助けしたいって思ったんだ」

 

 一宿一飯の恩義とも言うしな、と最後に付け加えたのは目一杯の見栄だった。

 胸に釣られたとは流石に言えない。

 

 

 

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