艦娘百景   作:亜矢子

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招魂(後)

 

  

   

彼の手には便箋が一枚。

洒落た薔薇の透かしが入ったいわゆる透かし和紙で作られている、細かい意匠の凝らされたなかなかの逸品である。そこにはほんの一行、端正な字でこう書いてあった。

 

 

 

   まきますか     まきませんか

 

 

 

さて、猶予もあまりなさそうだし。

せかすようにひらひらと踊る小さな白い手を目の端に映しながら、俺は愛用の万年筆を手に取り件の便箋に向き合った。

ちなみにこの万年筆は海軍士官学校の入学祝いにと二人の姉が贈ってくれたもの。明石姉カスタムメイドの一品ものでシンプルかつ美しい装飾とは裏腹に怪しげな機能が満載らしいが、怖くていまだに万年筆以外の用途では使ったことがない。艦娘が見れば一目で明石・間宮謹製とわかる何かが施されているようで、俺に気安く接してくれる数少ない艦娘である大鯨さんに見せたときには、まぁ!本当に愛されてるんですねっ!とニコニコ笑顔で言われた。

 

それはともかくっと。

そもそも、まく、というのが何のことなのかさっぱりわからん。巻く?蒔く? これは明らかに説明不足と言えるだろう。そんな悪い設問にはこうだな、と便箋の余白にさらさらと一言書き加えて封筒に戻し、目の前に差し出す。よろしく頼むよ、と虚空に声をかければ封筒はふわっと漂い、ドックから突き出す例の手へと渡された。

よくわからんが妖精ってスゲーな、と感心していると、なんて答えたのよ、いいからもったいぶらずに教えなさいよ!と明石姉が脇をつついてくる。ついでとばかりに間宮姉が反対の脇腹を撫で回してくる。

んー…。耳貸して。

こしょこしょこしょ。

えー…、ていう残念な人を見る目をされた。まずったかな。

 

 

 

ずばぁーん!

 

突然の大きな音とともにドックの蓋が勢いよく吹き飛んだ。

できるんだったら穴なんて開けないで最初からそれをやればよかったのに、という感想を抱きながら音のした方を見やれば、不機嫌そうに腕を組んだヒトガタのものがふよふよと宙に浮かんでいる。

ちょっと大き目なお人形サイズ。透き通るような白い肌、ストレートロングの銀髪に深い紅の瞳。整った顔立ちだが少し険が強い。ゴスロリ調のドレスに黒いブーツをコーディネイト。おしゃれさんだ。背中に立派な翼が生えてるけど、あれの力で浮かんでいるのだろうか。

 

一方で、完全にイカれてしまった建造ドックを目の当たりにした明石姉が、ショックのあまりorzしながら滂沱の涙を流している。声も出ない様子だ。それを見た俺の胸にふつふつと怒りが湧き上がってくる。アイツ、明石姉を泣かせるとはとんでもねえ女だ。許さねぇ。

 

「おばかさぁん。本当におばかさんね。あなた? こ・れ・は。これは一体、どういうつもりなのかしら? 答えなさい。」

 

アイツはまなじりを吊り上げて、手にした便箋を指でぱんぱんと激しく叩いている。

そこには俺の筆跡で一言、こう書き加えられていた。

 

まけたらまいとくーwww

 

「まきますか、まきませんか、って聞いてるんだからどっちかを選択するでしょう常識的に考えて。それを、まけたらまいとくー、って。まけたらまいとくー、って! あなた、どこの三流バカ大学生なのかしら、それともパリピかなにかなのかしら! 草生やしてんじゃないわよっ!!」

 

相当ご立腹のようだが俺も負けられない。

 

「まきますか、まきませんか、ってそれだけで話が通じると思ってんのかこのコミュ障が。だいたい二択問題にしたきゃ、選んで〇をつけよ、とか最低限の説明はつけとくもんなんだよ。コミュ障のヒッキーは社会の常識を勉強してから出直してきやがれ、コミュッキー女っ!」

 

どうやらこれはクリティカルヒットだったようで、ヤツの怒りのボルテージが一段階上がった。

 

「んなっ!あ、あなた…言ったわね。コミュ障って…。コミュ障のヒッキーって!!」

 

「あれれ?図星だった? ひょっとしておこ? おこなの? 乳酸菌、ちゃんととってるぅ?」

 

乳酸菌は高血圧に効果があるのだ(個人の感想です)。

 

「クッ…! い、言うに事欠いて私のセリフをっ…! あ、ああああ、あなたぁ。ちょっと屋上にいらっしゃいな…ひさしぶりに……きれちゃったわぁ……」

 

「まぁ困ったわ。この工廠に屋上はないのよねぇ。」

 

「な、なんですってぇ!!!」

 

間宮姉から冷静なツッコミが入る。そうだけどそうじゃない。そしてそれを律儀に拾うコミュッキー。スルー力低いなコイツ。意外と根はいいやつなのかもしれない、と俺の中で好感度がアップした。

 

「ぐぬぬ…! どいつもこいつも私をバカにしてぇ! ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

あ。マジギレした。

もはや言葉になっていない叫びをあげると、大きく広げられたヤツの翼から炎に包まれた無数の羽根が放たれた。弾幕のごとき凄まじい数と密度だ。

こ、これは拙いだろ。工廠だぞここ。羽根の勢い自体は正直たいしたことはないものの、火はマズい。これを放置しては工廠の神が荒ぶってしまう。とっさに脱いだ上着で羽を振り払いながら周囲を見回し、急いで消火器を探す。

 

「工・廠・内・は・っ!・火・気・厳・禁・っ!! うりゃあぁぁぁ!!!」

 

間に合わなかった。

安全✚第一の工廠ルールをいともたやすく破り捨てる行為に天罰を与えるため、悲しみを怒りに変えた明石大明神が立ち上がる。神はデカい消火器を抱えて消火剤をぶちまけ始め給う。的確に消火しつつも、神は元凶であるコミュッキーを消火剤まみれにし給うことを忘れない。

 

「ちょ、あっ、まっ! あばばばばば!!!」

 

消火剤直撃中のコミュッキーは喋ることすらままならない惨状だ。

可哀想に。神の怒りの鉄槌が振り下ろされてしまった。

ほぼ時を同じくしてそこかしこに設置されているスプリンクラーもまた火気を検知し、自動で消火剤の散布が始まった。

これはさすがに俺も明石姉も避けようがなく、スプリンクラーが停止した後には、消火剤まみれになったドロドロの三人が残されることとなった。特にコミュッキーはフリフリのゴスロリドレスに加え、下手に豪華な羽毛付き翼なんて装着しているものだから、もうしおしおのへなへなで床にへたり込んでいる。すべて自業自得とはいえ、実に哀れを誘う姿ではある。

 

一人足りないだろうって?

間宮姉はこういうとき大体いつも要領がいいから…、ほら、工廠の隅っこで傘を差しながらニコニコとこちらに手を振っている。ずっこいよなあ。

 

 

で、結局あのコミュッキーは何なんだ? 新種の艦娘? もしかして、アレが俺のパートナーになっちゃうの?

 

 

 

***

 

 

 

俺はコミュッキーに目線を合わせるようにしゃがみ込み、語りかけた。

 

「おい、コミュッキー。」

 

「さっきからなんなのよ、それ。」

 

心底疲れ切ったというような声でコミュッキーが答える。

 

「結局さあ、コミュッキーはここまで何しにきたの?」

 

「あなた、大体ねぇ! 私の名前はコミュッキーじゃない、す……ヒィッ!」

 

翼をもたげながらそこまで喋ったところで、コミュッキーの喉元にスッと牛刀が当てられる。間宮姉だ。同時にコミュッキーの後頭部を鷲掴みにしているようで、

 

「痛いっ! 割れる、割れちゃう…いやぁ!! ジャンクに、ジャンクになっちゃうからぁ!!!」

 

と、この通り恐ろしい調教が進行中である。

間宮姉が耳元で何かをささやくと、目を見開いたままコクコクと頷きおとなしくなるコミュッキー。

 

「コミュッキー、続きは?」

 

「ふん。もういいわ。あなたを私の養分にしてやろうと思ってたけど、やぁめた。」

 

「養分?」

 

よくわからない。養分とはなんだ?

 

「わかってないのね…あなた。まあいいわぁ。それにあなた、もう随分と吸わ…ヒィィッ! やめてやめていやぁ!! ジャンクはいやぁぁぁ!!!」

 

容赦なく行われる調教行為にさすがに可哀想になってきたので、間宮姉に頼んでやめてもらった。

 

「……ふぅ。もう散々。私は帰るわね。」

 

それだけ言うと、ふわりと浮かび上がるコミュッキー。翼はしおしおのままだがなんとか飛ぶことはできるようだ。俺をじっと見つめて、あなたやっぱり…、と何かを言いかけるが、間宮姉の一瞥を食らうときゅっと口を閉じた。

 

「もう二度と会うことはないと思うけれど…、死にたくなかったら色々と頑張りなさぁい。じゃっ、ばぁいばぁい。」

 

「おい、帰るって、どこに帰るんだっ!」

 

「あなたの知らないところ、よぉ。」

 

それだけ言うと、コミュッキーは工廠の開け放たれた窓からふらふらと頼りなさげに飛び去って行った。大丈夫だろうか、アイツ。そう心配に思いながら、小さな後ろ姿が点となり、そして視界から消え去るまでじっと見届けた。

 

軽い溜息をついて振り返ると、二人の姉がたまに見せるビー玉のように無機質な瞳で俺をじっと見つめていた。

 

 

 

***

 

 

 

「さあて、まずは掃除からかぁ。あーあ。これ、復旧に時間かかりそうだなあ。」

 

とりあえずシャワーを浴びてさっぱりした後、明石はうんざりとした顔でボリボリと後頭部を掻きながらつぶやいた。一基しかない建造ドックは大破、工廠内は消火剤まみれで、工作機械類は徹底した分解洗浄が必要になる。別棟の入渠室と工廠事務室が無事なことだけが救いだろう。

 

「まあまあ明石姉、俺も手伝うからさ。ちゃっちゃと始めようぜ。千里の道も一歩からって言うだろ?」

 

おなじくさっぱりしてきた巨摩が嬉しいことを言ってくれる。

 

あーん、もう巨摩ってば最っ高!

そう言っておちゃらけたふりをして巨摩に抱き着けば、私の頭は彼の胸の位置だ。頭を押し付けぐりぐりすると硬い筋肉の感触。本当におっきくなったなあという感慨とともに、思いっきり息を吸い込む。いつも通りのいい匂い。イレギュラー続きだった今日一日の疲れが魔法のように溶けていくのを感じる。あぁ。私の居場所は巨摩の隣、ここなのだ。大事なこの場所を、あんなUMAやら、ましてや下劣な人間の女どもなんかには絶対に譲ってなるものか。

 

私の全部は巨摩のためにある。

私は、巨摩の(ふね)だ。

 

 

 

***

 

 

 

結局、今日の騒動で俺の初建造は無期延期になってしまった。

建造ドックが大破してしまったのだから仕方ない。この件については、建造ドックの老朽化による損壊事故とそれに起因する工廠火災、ということで明石姉が上に報告することになった。証人は間宮姉。この二人の連名であれば大抵のことはすんなりと通るらしい。これまで培ってきた信用、ってやつよ、ふふん、なんて明石姉は軽く言っていたが、あの二人は本当に大したものだと思う。

 

そうそう。二人には、コミュッキーの存在については口外無用、とそれはもう耳にタコができるほど言い含められた。なんでも建造であんなイレギュラーを呼び寄せたことが明るみにでれば、俺が海軍研究所の実験動物にされかねないらしい。海軍研究所怖すぎだろ。

 

それと、建造できないということは、俺には当面パートナー艦がいないということでもある。これから先の講義や演習はパートナー艦との協業が前提になっているものが多いので相当困ったことになるだろう。と思いきや、

 

「はいはいはーい。お姉ちゃんの出番ね。臥薪嘗胆、面壁九年。ついにお姉ちゃんが日の目を見るときが来たんだわっ!」

 

建造できるようになるまでの間だけ、ということで間宮姉がやってくれるらしい。

厨房は大丈夫なのかと聞いても、伊良湖ちゃんもいるし大丈夫、あの子もそろそろ独り立ちの準備が必要なのよ、と全く気にしている様子がない。

明石姉は通常の教官業務に加えて工廠の復旧作業もあるからちょっと無理、ということで悔しそうにしてた。

気心が知れている相手なのは助かるけど、給糧艦がパートナーなんて俺だけだぞ。みんな駆逐軽巡、珍しいところで潜水艦なんだが。うまくやれることを祈る。

 

 

 

こうして、これからの学生生活に一抹の不安を残しつつも、今日の「第三種接近遭遇事件」(明石姉命名)は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

建造って実際何をしているんだろう。

今日の出来事からふとそんなことが気になった俺は、もう一度学校の教科書を紐解いてみることにした。建造の項の冒頭にはこう書かれている。

 

 艦娘の建造とは招魂と受肉の奇跡が核になっている、というのが一般的な解釈である。

 

奇跡とか。よくわからん、ってことなのだろうけど……招魂と受肉、ね。

過去に沈んだ艦に宿っていた神魂が現し世に招かれ再び形を持った、それが艦娘であるといわれている。前世で悔恨や未練を残す最期を迎えた魂は建造により招かれやすい傾向がある、という説もある。

コミュッキーもまた、いつかどこかで依り代を失った魂が招かれ、肉体を得てあの姿になったのだとすれば、前世での彼女の最期は……。

 

もう答えの出ることはない、そんな疑問をとりとめもなく頭に浮かべながら、そっと床につく。

 

 

 

寝入りばな。

枕元から、優しい子守唄が、小さく、小さく、聞こえてきたような、そんな気がした。

 

  

 

  

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