……この長門の砲撃により致命的な損傷を負った姫級深海種並びにヒト型深海種は23分後、相次ぎ死亡。遺留品なし。艤装を含む死体は死後速やかに溶解し消失。後にはわずかな水分が残るのみであった。
深海種二体の死亡後も、旗艦長門、副艦扶桑両名からの指示はなく、一四〇八、ザラ、ポーラ両名が独自に撤収開始の動き。これを受け旗艦副艦は指揮能力を一時的に喪失と判断し、瑞鳳が艦隊指揮を引継ぎ。同時刻作戦完了を宣言。第一艦隊撤収開始。以降会敵なし。
一八〇〇、第一艦隊六名、母港へ帰還。
── イ号要塞制圧作戦報告書 瑞鳳
「ふむ。なるほどわかった。瑞鳳、ありがとう。助かったよ。」
私の提出した報告書に一通り目を通すと、提督はそう言い大きなため息を一つついた。
長門さん、扶桑さんというこの泊地の両エースが一時的とはいえ指揮能力を失ったこともそうだが、私たちと完全なコミュニケーションが可能なヒト型深海種の存在。そしてなにより、あのヒト型深海種が語った言葉は提督に大きな衝撃を与えたと思う。
提督に報告書の取り纏めを頼まれた私は、1%の期待と99%の諦念を込めて、あの「司令官」が語ったことを余さず記載した。彼が所謂バイリンガル的な存在であり、彼ら深海種には私たち艦娘やヒトに劣らない高度な精神活動と、私たちにはわからない独自の言語や高度なコミュニケーション方法があると推測されることも記載した。細やかな愛情をうかがわせる二人の死に際を実際に見た者からすれば、これはもはや推測ではなく確信だ。
そうして私は提督の次の言葉を直立不動のままじっと待つ。1%の期待を込めて。
「瑞鳳。」
「はい。」
「本作戦における君の報告書は機密文書に指定、非公開とする。また、本作戦において君たち第一艦隊が見聞きした姫級深海種並びにヒト型深海種に関するすべての情報を機密事項とし一切の口外を厳禁する。いいね。正式には追って通達するが、まずは君から第一艦隊の皆へ伝えておいてくれないか。」
ああ、やっぱりそうなっちゃうんだ。ポーラさんの言ったとおりだったなあ。
提督は忘れてはならないこと、皆でよく考えなければいけないことに蓋をして目を背けた。あの司令官と姫級が命を懸けて伝えようとしたことを、握りつぶそうとしている。
心の内の諦めを見せないように気をつけながら敬礼すると、私は提督執務室をさっさと退出した。
***
私は見ていることしかできなかった。だからこそただひたすらに状況を観察し続けた。艦載機を使ってすべての状況を見ていた。
だから、知ってるんだ。ホントは遺留品がひとつだけあったこと。ポーラさんが今も持ってること。
二人が亡くなったあと、へたり込んでしまっていた皐月ちゃんの元へ誰よりも先に駆け付けたのはポーラさんだった。彼女はそこで、小指の先ほどの大きさの
「づーほさん、づーほさん。今日ここであったこと。司令官さんとお姫様のこと。忘れちゃいたいですか?」
とんでもない。忘れちゃいけないことだよ。私たちと深海棲艦は対話し、共存できる可能性があるってこと。これからどうするのがいいか、みんなで考えないといけないんだ。本当はね。
そんな私に、づーほさんにはどうせ見られてただろうから、と件のアメシストを見せてくる。
そのとおり、ばっちり見てました。パクりはいけませんよ。
それにしても美しい。あの姫級が零した涙がそのまま形を持ったような物悲しい美しさだ。
「えぇっとぉ。このアメシストはー、あの二人の遺志なんですよぉ、石なだけに。なんちゃってー、えへへー。」
だからダメなんだよ、このアル重は。
「だからぁ。遺志を継ぐ覚悟のない人には、絶対にぃ、渡せませんー。」
正論だ。
ポーラさんはちゃらんぽらんでアル重でザラさんに叱られてばかりの永世ダメダメチャンピオンだけど、たまーにまともなことを言うから扱いに困る。
でもね、その隠してるつもりのワインはなんなの、ってづほは思うわけですよ。口にはできないけどね。
結局私はポーラさんと一つの賭けをした。
提督がこれをきっかけに人と艦娘と深海棲艦の在り方を考えてみようとするなら、アメシストについてポーラさんから提督へちゃんと報告する。重要な遺留品であるアメシストも提督に渡して分析にかける。それとワインはポーラさんのもの。
なかったことにしようとするなら、私もポーラさんも遺留品については報告しない。アメシストはポーラさんのもの。それとワインもポーラさんのもの。
分の悪い賭けだなと思ったけど、私はヒトを信じたかったから乗った。
まあ予想通りの結末だったんだけどね。
あーあ、提督にはちゃんと考えてみてほしかったなぁ。ほんと。
ワイン?
知りません私は何も見てません。ポーラさん怖い。
***
その数日後。
ポーラさんはザラさんとともに姿を消した。
二人は夜間哨戒に出かけ、そのまま帰ってこなかった。
泊地総出で血眼になって捜索したけれど、見つかったのは
だって。
艦娘は轟沈したら身体も艤装も残さず海に還るものなのだから。