艦娘百景   作:亜矢子

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田中巨摩という男

 

 

 

田中巨摩(たなか こま)は大層困っていた。コマなだけに。

というしょうもない理由ではなく、目の前でうつむき手で顔を覆いさめざめと涙を流す乙女に本当に困り果てていた。

ほら、はやくしなさいよっ、巨摩さん男の子でしょ!

乙女の隣に座る伊良湖が口パクで俺を非難し、せっついてくる。その間も件の乙女は指の隙間を大きく広げ、チラリチラリと意味ありげな視線を俺に飛ばしてくる。くそぅ、あからさまに嘘泣きじゃねぇか。この場に俺の味方はいないのか。つーか伊良湖よ。お前は呼んでもないのになぜここにいる。

給糧艦全体の問題なんだからあたりまえでしょ馬鹿なの?

俺の心の声に口パクが即座に答えた。何を言っているのかさっぱりわからんが無駄に人の心を読みやがって、この給糧艦 内弁慶丸め。俺以外の人間相手だと大抵キョドってるだけになるくせに。

よそはよそ、うちはうち、って言うでしょ!は・や・く・っ!

よくわからない理屈をこねながら、むふぅ、と得意げに俺を見下してくる。そんな伊良湖の鼻がぷっくり膨れるのがどうにもむかつくが、実はそれどころではなく事は緊迫している。この状況を長引かせて万一他の艦娘たちに見つかりでもすれば、また俺の評価が下がってしまう。曰く、いつも間宮さんを泣かせている悪い男、と。

 

やむなし。いまこそ男を見せる時だろう。

俺は躊躇することなく伝家の宝刀を抜き放った。

 

「俺が悪かった。だから機嫌直してくれよ、ま……、ま、間宮姉ぇ。」

 

「……。」

 

「………。」

 

「うぅっ、しくしく。お姉ちゃん、本当に巨摩ちゃんに嫌われちゃったんだ。もう昔みたいに呼んでくれないんだ…。しくしくしく。」

 

伝家の宝刀は素晴らしくなまくらだった。

へたれてんじゃないわよ馬鹿…

内弁慶丸からまたも無音の叱責が飛ぶ。畜生。俺はただ、姉に相談に乗ってもらいたいだけなのに、そこまで幼児退行しないとならないというのか。思春期男子のほんの小さな矜持すらもかなぐり捨てねばならぬのか。この面倒くさい乙女の溢れんばかりの母性に甘えてしまった幼少期の自分を呪いながら、俺は泣く泣く真・伝家の宝刀を振り抜いた。

 

「相談したいことがあるんだ。ねぇ、まーちゃん。頼むよ…。」

 

ゆっくりと残心を解いたその瞬間。間宮(まーちゃん)の発するキラキラに辺りは満たされ、あまりの眩しさに俺の視界は白一色に染まった。ニヤニヤといやらしく笑っているであろう伊良湖の顔を見ずに済んだことには素直に感謝しようと思う。

 

 

 

***

 

 

 

田中巨摩(思春期男子)にとって痛恨の茶番劇がひと段落したところで、ニッコニコのキラッキラで間宮が切り出す。

 

「それで?なになに?巨摩ちゃんの相談事ならお姉ちゃん、何でも聞いちゃうからね。」

 

ん?いま何でも聞いちゃうって言ったよね? でも、これは悪質なひっかけだ。突っ込めばどうせ俺が何でもさせられちゃうことになるのは目に見えている。ここはスルーしてさっさと本題に入るに限る。

 

「最近思うんだ、俺はこの仕事に向いてないんじゃないかって。まーちゃんから見てどうなんだろう。」

 

俺は、呉海軍士官学校といういわゆる「提督」を育成する学校で研鑽する学生だ。艦娘とともに深海棲艦と戦う術の色々を学ぶ。提督になれるにせよ、なれないにせよ、課程終了後は何らかの形で海軍に所属するのが前提となる海軍の付属学校だ。提督になりたいという一念を持って、それはもう大変な狭き門を潜り抜け入学を果たした訳だが…。

 

「まーちゃんも感じてると思うけど、どうにも艦娘の皆さんとの関係がうまくない。なんであんなに避けられちゃうんだろうなあ…。これが適性なしってやつ?」

 

そんな自分が嫌になって机に突っ伏してしまう。

ほんと、なんでなんだろう。毎度毎度演習メンバー6人を集めるのにも四苦八苦するレベルで避けられてるというか遠巻きに見られているというか。とにかく彼女らとの間に何とも言い難い絶望的な距離感があるのだ。自分には思い当たる節がなく、状況を改善しようがないのがつらい。

 

「んー。そんなことないと思うけど。むしろ巨摩ちゃんが私の提督だったら嬉しいくらい。こんなにいい子なのに。なんでなのかしら。お姉ちゃんも伊良湖ちゃんも、明石ちゃんだって、巨摩ちゃんが大好きなんだけどなー。」

 

そう言いながら、まーちゃんが優しく頭をなでてくれる。男子的には遺憾ではあるがすこぶる癒される。しばらくされるがままになっていると頭をなでる手がひとつ増えた。ちらりと目線を上げれば伊良湖のやつが俺の頭へと手を伸ばしている。

 

「な、なんですか。いいじゃないですかっ!たまには私だって…」

 

「ありがとなー伊良湖。癒されるわー、悪いがもうちょっとだけ頼む。」

 

何も言ってないのに逆ギレされたので、ここは言い争うのではなく褒めて伸ばすことにした。伊良湖の鼻がぷっくりと得意げに膨らんだのは見て見ぬふりだ。なんだかんだ言っても伊良湖は妹みたいなもんだからな。姉二人と妹一人に挟まれて気配りを絶やさない長男。それが今の俺のポジションってやつなんだろう。悪くない。

それにしても給糧艦ってすげーよなあ。絶対手からなんか酵素とか出てる。疲労分解酵素的なやつ。給糧艦二人でダブル酵素パワーだわー、パネェわー。と益体もないことを考えながら、しばらく悩みは置いておいて、この心地よさに身を委ねることにした。

 

 

***

 

 

 

いまや私と伊良湖ちゃんの妖精さんたちも総出で、巨摩ちゃんなでなで祭りの真っ最中だ。

厨房内のテーブルに突っ伏してすっかり脱力してしまっている巨摩ちゃん。そのあちこちに妖精さんが貼りついているのはなかなかの壮観だ。

 

「妖精さんにもこんなに愛されてるのにねー。ほんと、どうしてなのかしら。」

 

私ももちろん妖精さんに負けじと巨摩ちゃんのいがぐり頭をなで続ける。優しく、優しく。んー!いくつになっても可愛いっ!癒されるっ!。この子がおじさんになっても、おじいちゃんになっても、隣でこうしてあげられていたらいいな。おじいちゃんの先は…怖いからまだ考えたくない。

などと他愛もないことを頭に浮かべながら、私はこの子と出会った日のこと、私の運命の日のことを思い返していた。

 

 

 

***

 

 

 

呉鎮守府へ出頭願いたい。

 

当時予備役となり一線から離れていた私に、突然招集がかかった。

戦局が悪化しているという話も聞かないし、今更私に何の用があるのだろう。

出向いてみれば同じく予備役となっていた明石ちゃんも居る。二人で旧交を温めつつ何事かと訝しんでいると、大淀ちゃんとそれに連れられた身なりのいい小さな男の子が現れた。あら、私の知らない大淀ちゃんね、最近生まれた娘かしら。まあいいけど。で、その大淀ちゃんが言うには田中中将による招集だという。田中中将と言えば、どれだけ偉くなっても最前線から離れようとしないあの変人提督のことだろう。やたらと肝の据わった豪快な女性だったと記憶している。何事だろうかと明石ちゃんと顔を見合わせていると、男の子がとことこと歩いてきて胸に大事そうに抱えていた封書を突き出した。そのまま私をじっと見つめると、これ読んで、と言う。

大淀ちゃんの方を窺うとにこりと笑顔を見せたので、まずは開封。早速明石ちゃんと読んでみることにした。

 

 

 

親愛なる間宮、親愛なる明石へ

 

この手紙を持たせた子の名は巨摩。田中巨摩だ。

戦災孤児であり、私が養子として引き取ることにした子である。

だが、知っての通り私は提督として前線から容易には離れられない身。わが泊地が子育てに適した環境ではないことは君たちもよく分かっていると思う。加えてこの子はどうもここの艦娘たちとはそりが合わないようだ。

単刀直入に言おう。

上記事由から、現在予備役である両名にこの子の養育を命じたい。

本土の我が家を使ってもらって構わない。そこに三人、住み込みで頼む。必要な養育費は毎月振り込むようにする。それ以外に必要な費用があれば随時私に相談してほしい。

 

この子はこの歳まで学校へ通ったことがなく、常識も少しおぼつかないところがある。だが性根は決して悪くない。二人でこの子の心技体を鍛え上げ、一人前の立派な男子に育て上げてやってほしい。これは至らない義母からの切なる願いでもある。

では、くれぐれもよろしく頼む。

 

海軍中将 田中佳代

 

 

追伸

このこと。呉の鹿島の奴には決して知られてはいけない。わかるな。

 

 

 

「んー…と…。どうします? 追伸は置いておくとして。」

 

「そうねぇ…どうしようかしら。追伸は置いておくとして。」

 

単刀直入なのはいいが、いくらなんでも情報が少なすぎるだろう。

あなたに拾われる前はどこで何をしていたのか、とか、歳は、とか、どんなタイプのお姉さんが好みか、とかこの子に関する情報が全く足りていない。

そう思いながらこの子に目をやれば、相変わらずじっと私たちを見つめ続けている。こちらが思案している間もずっとそうしてたのかしら。艦娘とそりが合わなかったというのが具体的にどういうことなのかは分からない。でも、私と明石ちゃんの妖精さんたちが揃って出てきて興味津々という風にこの子を見ているあたり、少なくとも私たち二人に関してはそこは心配しなくてもいいみたいだ。ふーむ。

なかなかはっきりしない私たちに待ちくたびれたのか、

 

「読んだ?」

 

そう短く問いかけてくる。うんうんと頷くと、私と明石ちゃんの手をきゅっと握ってきた。やわっこくてあったかくて小さな手。あの手に初めて触れたときの感触は、いまでも忘れられない。

 

「間宮お姉さん……、まーちゃん? 明石お姉さん……、あーちゃん。 まーちゃん、あーちゃん、これからよろしくお願いします。」

 

その瞬間、私たち二人の妖精さんが、わっと飛び出し巨摩ちゃんに群がると小躍りを始めた。歓喜の踊り?

一方私はと言えば電撃に打たれたような突然の激しい直感に身を震わせていた。

ウ、ウォーター…。ウォーター!ウォータァァァ!!!

そうよ!今の私はウォーターという言葉を初めて見つけた時のヘレン・ケラーだわ!雷光のようなひらめき。ずっと足りなかった何か、足りないことに気づいてすらいなかった何かに十全に満たされる感覚。そうだ、私はこの子に逢うために艦娘になったのだ!そんな不思議な確信の炎が私の胸に灯っている。自分の全身からまばゆいばかりのキラキラが放たれているのがわかる。興奮冷めやらぬまま、はっ、と気づいて明石ちゃんを見れば、

 

「ウ、ウォーター……ウォーター……」

 

放心しながらそう呟いている。目が虚ろだ。これは…。ぶっちゃけちょっと怖い。

巨摩ちゃんが突然のWウォーター連呼にドン引きしている。私たちから離れようと必死で手を引っ張るのも無理はない。だが今や逆に私たちが握った手を離さない。ここでこの手を離してしまったらこの子との関係はもう終わりだ。そう私の女の勘が告げているのだ。

不気味さはとにかくとして、明石ちゃんも私と似たような境地に至っているということがわかった。ウォーターだし、全身からキラキラ放出中だし。これなら問題なし。逃がさぬよう壊さぬようにと私はこの子を素早く優しく抱きしめる。そして耳元でこう囁いたのだ。

 

「はーい。間宮お姉ちゃんですよー。大丈夫だからねー。これからずっと、よろしくね。巨摩ちゃん。」

 

そう語りかけながら背中を優しくぽんぽんしてあげる。

しばらく硬直していた胸の中のぬくもりが、そうするうちにすっと力を抜き身を預けてきてくれるのをを感じた時、私の歓喜は静かに爆発した。

ちょっと間宮さんそれずるくないですかぁ!、なんて正気に戻った明石ちゃんが飛びついてくるのも気にならないくらいに。

 

この時世界は、二人分のキラキラでそれはもう眩いばかりに輝いていたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「……ちゃん?まーちゃん?まーちゃんってば!もういいから。これ以上高速で頭撫でられたら、俺ハゲちゃうから!」

 

幸せな回想をしているうちにテンションが上がってしまっていたようだ。

 

「あらあら。ごめんね巨摩ちゃん。でも大丈夫。お姉ちゃんはハゲた巨摩ちゃんでも大好きだから。」

 

そういうことじゃないんだけど、と言いながら巨摩ちゃんがこちらを見てくる。相談事の続きをしたいのだろう。

 

「んー。お姉ちゃんは巨摩ちゃんの提督になりたいって夢、諦めてほしくないなあと思うんだけど。そうだ、お姉ちゃんからみんなに聞いてみよっか?なんで私の巨摩ちゃんと仲良くしてくれないのって。」

 

「だめだめ。自分の影響力考えてよ。」

 

半ば空気と化していた伊良湖ちゃんがコクコクとうなずく。

まあ確かに内心思うところがあっても、みんな話を聞いてくれそう。こんなことなら艦連の名誉会長なんて引き受けるんじゃなかったかも。

 

「じゃあじゃあ、お姉ちゃんが演習メンバーに入ろっか?こう見えてもお姉ちゃん、なかなかやるんだゾ。」

 

「いやいや。それもう演習にならないから。相手チームが白旗上げて終わりだから。たとえ演習でも給糧艦に手を上げる艦娘なんていないよ。」

 

伊良湖ちゃんが玄人張りの激しいヘドバンを見せる。そんなことになったら絶対自分も巻き込まれるとわかっているのだろう。

むう。それならお姉ちゃんに出来ること、なんにもないじゃない。

 

「いいんだ。まーちゃんが応援してくれるっていうならそれだけで。俺、もうちょっと頑張ってみるよ。それに、まーちゃんの提督になるって約束したしな。こんなところで諦めてる場合じゃないって改めてわかったんだ。」

 

まーちゃんの提督になる、まーちゃんの提督になる、まーちゃんの提督になる…。

 

なんという幸せのリフレイン。あの約束、覚えててくれたんだ。もう最っ高。みなぎってきた。いまなら大和ちゃんだってワンパンKOできそう。感極まった私はちょっと物騒なことを考えながら思いっきり巨摩ちゃんを抱きしめ、いがぐり頭に頬をすりすりしたのだった。

抱きしめたのには嬉し恥ずかし涙を隠したかったという理由もあったのだけれど、とりあえず今はそれはいいんじゃないかしら。

 

 

 

 

 




私の知らない大淀ちゃん:
ここは、同名の艦娘が複数いる、という世界です。
例えば六駆の面々なんて、どんだけいるのやら、という世界なのです。

艦連:
艦娘たちの労働組合みたいなもの。艦娘連合の略。
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