ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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爪研ぐ獣達

ジン・ジャハナムのポイントD.D.召集令発動。

とうとうこの日が来たとオイ・ニュング伯爵は歓喜に打ち震えていた。

 

「宇宙で連邦が動いたお陰だ…我々の頑張りが…とうとう連邦に活を入れたのだ。

地球に打ち込まれたザンスカールの(くびき)であるラゲーンをようやく攻略できる…」

 

伯爵が言う通り、腑抜けていた連邦の…例え一部隊一艦隊とはいえ動いてくれたのは、

まさにリガ・ミリティアが全霊をもって活動したからだった。

レジスタンスのスタッフ達の士気を高める為にと揚々と語る伯爵。

 

「地球から奴らのギロチンを一掃し――ん?」

 

だが、そこに通信士が慌ててやって来て伯爵に新たな電文を手渡した。

 

「伯爵、緊急の追加暗号です…これを」

 

「うむ…」

 

この場ではニュング伯爵とヤザン隊長しか読めない特殊暗号であるそれを見、

読み進めていくのと同期して伯爵は表情を変えていった。

 

「―――これは…信じられん!ベスパがラゲーンを空っぽにしたのか!?」

 

伯爵の言葉にその場にいた皆がざわついた。

ざわつく観衆の中の1人、恰幅が良い老婆のエステルが大きな声で伯爵へと疑問を飛ばす。

 

「なんだい伯爵!どういうことだい。

ベスパが尻尾を巻いて逃げたっていうのかい?」

 

伯爵はエステル老だけでなく皆を見渡して、間を置いてから口を開いた。

 

「いや、違う。今から説明しよう。

皆、聞いてくれ…ラゲーンのイエロージャケット達が、

基地を空にして殆ど全戦力を率いて出撃したのだ」

 

更にスタッフ達がざわめく。

ザンスカールにとってラゲーン基地は地球侵攻成功の象徴でもある。

ザンスカールの兵員達は埃臭い片田舎と小馬鹿にしているらしいが、

衆目が見る所はラゲーンというのはベスパの勝利の証であったし、

少なくともザンスカールの上層部は

ラゲーンを一大拠点にするつもりであろうとリガ・ミリティアは見ていた。

だが、それは思い違いだったらしい。

 

「今朝、まだ陽も暗い早朝からベスパの大部隊が南西方面に出撃した」

 

伯爵の言葉に再び全員がどよめいて、

ヤザン隊のMSパイロットの面々も口を開く。

 

「南西…数日前に、私達が遭遇したのもそのせいだったんだわ…。

ヤザン隊長にあれだけやられて、また南西に出撃するなんて」

 

ジュンコが言う。

 

「やっぱりあの人達の目的は別のものだったんですね。シュラク隊じゃなかった…」

 

ウッソも言いながら、ヤザンの目を見ていた。

ヤザンが頷く。

 

「南西といやぁジブラルタルだ。そこが目的というのは有り得る話だな。

ラゲーンには宇宙(そら)への打ち上げ施設が不足しているし、HLVの類も保有していない。

もし奴らが今すぐ帰りたいならジブラルタルしかない」

 

推測が飛び交っていたが、

伯爵が皆を制すると静まった所で宣言した。

 

「そうだ。今、ヤザン隊長が言った通りだ!

ベスパの目的はアーティ・ジブラルタルの武力占拠にある!」

 

皆のどよめきは最高潮に達する。

ジブラルタルの武力占拠…。

それは宇宙世紀に生きる現人類にとって許される暴挙ではない。

宇宙開拓時代の始まりを象徴する人類の遺産であり、

今も宇宙と地球を繋ぎ双方の資源、財産、人…数々の輸送を行う実利を齎す至宝なのだ。

伯爵は強い口調で皆に言い続ける。

 

「このような暴挙を許してはならない!

ベスパは宇宙引越公社(PCST)に恭順要求を突きつけた。

人類の宝の首元にギロチンを突きつけたということだ!

既にベスパの大軍はアーティ・ジブラルタルに迫っていて、

引越公社は我々にコンタクトをとりベスパの侵略から守って欲しいと助けを求めている!

宇宙に帰りたい形振り構わないザンスカールから引越公社のマスドライバーを守れば、

リガ・ミリティアは一気に世界から強固な支持を得られるだろう!

そうすれば地球連邦の中から、さらに第2第3のバグレ、ムバラクが生まれる!皆、やろう!」

 

伯爵の声に応え、皆の間から歓声が挙がる。

多くの者が拳などを振り上げ、

士気が高まり大部屋の中は熱気立ちそうな程の気炎に満ちていた。

だが、ヤザンは独り腕を組んでその様子を極めて静謐な思考で眺めている。

 

(伯爵め…中々盛り上げ上手だ。流石だな。

煽り屋(アジテーター)でなければレジスタンスの幹部等やっていられんから当然か…。

しかし、気になるのはベスパ共の動きだ。

ラゲーンはザンスカールの地上最大の拠点だ…失えば地上で補給がきかなくなり、

リガ・ミリティア以下のゲリラ集団に成り下がるしか道は無い。

そんなことは奴らだって分かってる筈だというのに空き家にする…。

地球が欲しくはない、ということか?

ザンスカールはどこを目指している?

女王マリアは、この戦争の落とし所をどこに求めてやがるんだ)

 

ザンスカールの宇宙(そら)の支配領域が危ういものとなってきたから、

ラゲーンの地上戦力の全てを戻して本国の防衛と安定に使うつもりなのかもしれない。

だが、それにしてもザンスカールの動きは地球圏の支配を連邦から奪おうだとか、

圧倒的なMSの性能と迅速な領土拡大で宇宙戦国時代に終止符を打とうとか、

奪った地球の領土を取引材料に使って

サイド2の独立国家としての地位を連邦に完全に保証させるだとか、

そういう未来の展望すら無いように思える。

今回の動きは全く不可解なのだ。

世界中のさらなる反感を買ってまで、

そうまでしてアーティ・ジブラルタルを欲する意味がヤザンには分からなかった。

 

(ジオンの方がまだ分かりやすいぜ。ジオン(一つ目)共は独立と支配が目的だった)

 

野心や領土欲、闘争心からの戦争ならばヤザンは理解できる。

だがひょっとするとザンスカールは戦争での勝利すら目的としていないのではないか。

いかに連邦が形骸化していたとはいえラゲーンを取る為には相応の血が流れているし、

その後もザンスカールはラゲーンの増強を推し進めていた。

それをあっさり手放すということは領土欲は無いということだ。

 

ザンスカール(猫目)共の戦争目的は何だ…?

まさか、マリア主義で全人類を染め上げようとでも言うつもりか)

 

宗教狂いの考える事は理解し難く、

今その事をどれだけ考えようが答えは出せそうもない…。

取り敢えずはそう結論付けたヤザンは、

突然に目の前に降って湧いたジブラルタル戦へと意識を向けた。

今はそちらの方が余程大事なのだ。

 

「ラゲーンは背水の陣で来る…楽な戦いにはならんな」

 

リガ・ミリティアのパイロット達はその特性上、入念な作戦の打ち合わせが出来ない。

勿論、大まかな戦略行動はジン・ジャハナム達が念入りに計画を練っているだろうが、

秘密事だらけのゲリラ組織では重大な戦闘行動を知らされるのはいつだって突然だった。

伯爵やヤザンでさえ詳細な日時とかは知らされない事が多く、

それは最前線で部下達の命を預かるヤザンにとって大きな悩みの一つだ。

真なるジン・ジャハナムが切れ者であるのは認めるが、

言ってみれば最前線のパイロットは

行きあたりばったりにいつも付き合わされているようなもの。

意気上がるカリーンのリガ・ミリティアスタッフ達…

しかし、MS隊の者達の中に楽観な顔をしている者は1人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

アーティ・ジブラルタルに一足先に向かったベスパに追いつき、

また現地で全力戦闘を可能にするためには輸送機を使った方が良い。

輸送艇による移動の方が推進剤も節約が出来るし、

MS単機で空を飛んで高速移動をするよりは輸送艇での方がやはり足は速い。

現代の第2期MSは単機による長時間の安定した空中移動が出来るが、

高速飛行という点ではそこまで桁違いの優秀さはない。

旧第5世代MSにその点では劣ると言えるが、

そもそも第5世代MSはハイエンドモデルで数機しか存在しておらず、

現在世界中で量産され存在している第2期MSとは注がれた手間や資金力の桁が違う。

それぞれに一長一短があり一概に比べられるものではない。

 

カリーンの地下アジトに駐留していたMS隊が飛び立って、

ポイントD.D.…つまりベチエンに来ると

そこにはかなりの数の旧式輸送機(ミデア)がエンジンを温めた状態で停まっていた。

 

(…ミデアとはな。何とも懐かしい御同輩の登場だ)

 

10mを超える巨大スコップを持ったジェムズガン達が整備した即席滑走路を歩くヤザンは、

ずらりと並んだ懐かしき黄色いオンボロ母鳥達の錆びた装甲を見て微笑んだ。

ミデア以外にも旧ベチエンの飛行場には所狭しと部隊が駐留していて、

各スタッフがこれまた所狭しと慌ただしく動き回っていた。

だがその中で異彩を放つのが軍服を纏う正規軍人である連邦からの人員だ。

精気溢れるはきはきとした動きを見せるレジスタンスと違って、

軍服組は非常にもさもさとしていて見るからにやる気がなかった。

 

「あんたらをジブラルタルまで運ぶロベルト・ゴメス大尉だ。短い付き合いになるが宜しくな。

搬入が終わり次第出られるようにはしてるぜ」

 

連邦の士官帽を雑に被った壮年の男性が古い輸送機のすぐ横で、

リガ・ミリティアの各部隊を出迎える。

カミオン隊、ヤザン隊、シュラク隊の中核部隊だけでなく、

各地の小アジトから来たMS隊、武装車両隊、航空隊もいて、

連邦の旧式MS隊もちらほら姿が見える。

各地から掻き集めたリガ・ミリティアの欧州方面の殆ど全部隊がここに集っていたのだった。

サポートスタッフの代表格であるオイ・ニュング伯爵とまずは握手をして言葉を交わし、

次いで戦闘スタッフ代表のヤザン・ゲーブルがその手を握った。

 

「リガ・ミリティアのMS隊統括ヤザン・ゲーブル大尉だ。

アイルランド隊の噂は聞いている。

給料泥棒の名の通りの働きではない事を期待している」

 

やる気のない顔で握手をしていたゴメスだが、

そのような不名誉な異名を言われてこめかみを一瞬だけピクリとさせたが、

しかし怒る素振りは見せていない。

 

「あんだと?お前さん、俺に給料泥棒って言ってんのか?」

 

「あんただけじゃない。世間の評判って奴を他の連中にも言っているつもりだ」

 

「はー、言いなさるねェ…けどな、俺達ァ連邦軍なんだ。

リガ・ミリティアだかゲリラだか知らんがあんたらに協力する筋はそもそもねぇのよ。

ジン・ジャハナムだかなんだから知らねぇがお願いされて来てやってるって忘れんな」

 

怒る気力も無いと言わんばかりの無気力さ。

ダラダラと物資の搬入やらをしつつシュラク隊の美女らにニヘラ顔で近づいて

無駄にスキンシップをとろうとしている連邦軍人達。

面と向かって罵声に近い事を言われて怒らぬ眼前の連邦軍人は、

温厚とかそういうのではなく只々怠惰で無気力でしかなかった。

ヤザンは、分かっていた事だが深い失望を覚える。

 

「…これが連邦の実態だったな。

バグレ隊が頑張ってくれているから、つい勘違いしてしまう。

しかし、ゴメス大尉…

あんたは俺達に協力するようアイルランド基地司令に言われているはずだ」

 

「チッ、そうだよ。だからこうしてこんなベチエンくんだりまで輸送機持ってきてやってんだ。

は~~あぁ…なーんで俺達が

これからドンパチやりだしそうなジブラルタルまで行かにゃならんのだ。

聞いたぜぇ?ザンスカールの大部隊が引越公社のジブラルタルに向かってんだろ?」

 

「ベスパの動きを掴んでおきながら連邦軍は動かんのか?

最近は連邦内でもザンスカールに対するタカ派が増えていると聞いたが」

 

「動くわきゃねぇだろ。

黙ってりゃ給料貰えて、うまいこと生きて定年迎えりゃ年金生活!

わざわざテメェから死ぬ危険性のある事するわけないってね!

そんなバカは一握りだけヨォ、ダハハハハッ!」

 

連邦軍人達が、侮辱されても怒る気力も無いほど無気力なのと似て、

ヤザンもまた怒る気力すら湧いてこない。

だが、それは深い失望故だ。

ヤザンは、しかし湧き上がる侮蔑的な感情を隠してゴメスに言う。

 

「…そうは言ってもやる事はやってもらうぞ、大尉。

今回の作戦の趣旨は分かっているな?」

 

冷ややかな目線と共に発せられたヤザンの言葉は自然と居丈高となっていたようで、

それを聞いたゴメスはその()()()()をエース故の傲慢と見ていた。

大層な溜息をつきながらニヤけ顔で臆せずにゴメスは言葉を返す。

 

「おいおい、若造よォ?ちったァ言葉遣いに気を付けな。

あんたはリガ・ミリティアのエースさんで、

しかも連邦から出向してる大尉らしいが俺も大尉だ。

年上の先任大尉には気を使うもんだぜ。

パイロットだからってデカイ面してもらっちゃ困るんだよ。

俺だって若い頃はAAAA(フォーアベンジャー)隊でブイブイいわせてたんだ。

アフリカじゃ地球にやって来た間抜けな木星野郎を

千切っては投げ千切っては投げの大活躍したもんよ!

敬意ってもんを払ってもらいてェなァ!」

 

輸送機の装甲板を拳で軽く叩くゴメスは、

そうやって年下だと思うパイロットを威嚇してやった。

ヤザンの目つきが変わる。

 

「ほォ?」

 

ヤザンは、勿論ゴメスの威嚇など歯牙にも掛けないし眼中に無い。

ヤザンの興味を引いたのは元AAAA隊という一節である。

 

「あんた、AAAA隊だったのか」

 

「おっ?目つきが変わったな若造。AAAA隊の名前を聞いてブルったか?

そうだぜ、俺ァ若い頃あの精鋭部隊にいたんだ。

どうだ恐れ入ったかよ!わっはっは!」

 

「ジェムズガンを使った実戦部隊…

俺もジェムズガンを使う時にはAAAA隊の戦闘記録を参考にさせて貰った」

 

「ってこたァ、おめぇさんが見た記録の中に俺もいたかもな!

勉強になったろヒヨッコ」

 

「そうだな。AAAA隊の動きはどいつもこいつも良かったよ。

最近の弛み切った連邦の中じゃズバ抜けていた。

…そういう事ならアンタに敬意を払わなきゃならんようだ」

 

ヤザンの顔は相変わらず不敵な笑みであったが、纏う空気が幾分柔らいでいる。

ゴメスも、ヤザンの顔付きやら言葉の強さから

さぞ喧嘩っ早い頑固な短気者と思っていたのに、

まさかこんな素直に称賛されるとは思わず、拍子抜けするどころか少し照れた。

 

「ん…わ、わかりゃいいのよ、わかりゃあな。

意外と話が分かる奴じゃねぇか…気に入ったぜ若いの」

 

「元AAAA隊のアンタがなんで田舎で輸送機のキャプテンをやってるんだ。

勿体ないどころの話じゃない…

MS隊の教官でもやって気合の入った後進を育てて欲しかったものだがなァ」

 

心底勿体ないと、そういう思いを込めた声色でヤザンは素直な感想を漏らした。

AAAA隊といえば、第2期MS時代以降の連邦では最強格と言って過言ではない。

コスモ・バビロニア建国戦争、

木星戦役、

そして宇宙戦国時代。

その全ての時代で、地球に降下してきた宇宙からの侵略者を撃退してきた連邦部隊。

それがAAAA隊であった。

彼らのお陰で、彼らの配属地域であるアフリカ地帯だけは不落の土地となっていた。

リガ・ミリティアとしてヨーロッパを主な活動領域にしていたヤザンも、

アフリカの連邦軍の噂だけは聞いていた程である。

 

ヤザンの言葉を受けて、ゴメスの表情が曇る。

 

「そりゃ、オメェ…今どきよぉ…軍全体を鍛え直そうとか無理な話なんだ。

俺だって昔は随分熱いこと言って何とかしようなんてして…

で、疎まれちまって今はこんな田舎でしがねぇ輸送機のキャプテンだ。

流行らねぇ事はするもんじゃねぇってな」

 

乾いた笑いを浮かべたゴメスの顔が、その時初めて軽薄で怠惰なもので無くなった。

壮年の、相応の顔には力の無い諦め…悟ったようなものすら滲ませる。

一瞬どこか遠くを見ていたゴメスは、

すぐにそんな気配を霧散させて、そしてヤザンに向き直った。

 

「あー、ヤザンっていったか。

連邦ではどこの部隊にいたんだ?腕っこきだし、やっぱアフリカのどこかか?」

 

ヤザンは笑って言う。

 

「ティターンズだ」

 

ゴメスが間抜けな顔になってトボけた声を出す。

 

「へっ?」

 

「その後…まぁ少し色々あったがね。

表向きの最終経歴はそこで終わりだ…俺はな」

 

「ティターンズって…へっ?

お前さん…変な冗談言っちゃいけねぇや。

あんな昔の愚連隊の名前使った部隊、今時ねぇって」

 

愚連隊、というフレーズにヤザンは思わず笑い、

そしてまだまだやる事があると

挨拶を切り上げてゴメスに背を向けて早足に歩き出していた。

去りながら、ヤザンはゴメスへと声を掛ける。

 

「ゴメス大尉!俺といればアンタの錆びたエンジンに火を着けてやるよ!

ジブラルタルへ俺達を無事届けてくれると期待しているぜ」

 

「あっ、おい待てよ!

…………行っちまいやがった」

 

スタスタと去るヤザンの背を見るゴメスは、軍帽を脱いで頭をガリガリと掻く。

 

「……ティターンズの…ヤザン・ゲーブル………。

ま、まさかな…。上官殺しのヤザン・ゲーブル、か?

いやいや!ハハハッどうかしてるな俺は。

ヤザン・ゲーブルが生きてたら90歳ぐらいのジジイだぞ?」

 

今は無気力な給料泥棒とはいえ昔とった杵柄。

熱心だった士官学校時代に習った戦史の授業を思い出すロベルト・ゴメスは、

軍帽を被り直してもう一度小さく笑った。

 

「…しっかし、あいつのあの目…近頃の連邦軍人にしちゃ、やけにギラギラと…」

 

久々に出会った、熱を秘めた連邦軍人。

もはや絶滅危惧種に等しいあの連邦のパイロットをもう少し眺めていたい。

昔失ったゴメスの熱が心臓の奥から鼓動と共に少しずつ湧き上がるのを

中年の軍人は感じていた。

 

「はぁ~~、嫌だ嫌だ…あんな目ぇされちまったら

俺も少しはやる気だしてやらにゃならんか。

らしくもねぇが……へっ、少しは面白くなってきたかもしれん」

 

笑ったゴメスのその顔は、

数年ぶり…下手をすれば十年以上ぶりの、どこか力に満ちているものだった。

 

 

 

 

 

 

旧フランスの上空をベスパの大軍が征く。

調整の完了した新型MSゴッゾーラに乗るワタリー・ギラ率いるゾロのMS大部隊。

同じく、調整が完了した新型メッメドーザを駆るルペ・シノ。

そのルペ・シノは、重傷を負ったピピニーデンから指揮権を引き継いて、

再編成されたトムリアット隊を率いている。

大気圏内用の戦闘機オーバーヘッドホークの航空師団もいるし、

地上ではドゥカー・イク率いるガッダール隊のバイク軍団がベスパのMS隊を追走していた。

まさに大軍団であった。

 

率いるは、ファラ・グリフォン中佐…ではない。

もはや彼女はラゲーンの司令ではなくなっていて、

彼女は…今はジブラルタル攻略軍団の副指揮官待遇である。

指揮官は、ラゲーン基地にて彼女の副官を務めていたデプレ大尉で、

これは全く屈辱的な…懲罰的な人員配置であった。

だがもうファラには抗う気力もない。

 

指揮能力に優れているが故に指揮官用MAと言えるリカールを未だに与えられているのは、

ファラの現状を不憫に思ったデプレの取り計らいであった。

ファラの腰巾着から抜け出し、いつかは彼女を追い落として基地司令に…

そういう野心を秘かに抱いていたゲトル・デプレ大尉であったが、

最近のファラの弱りっぷりをいざ目にすると、とても見下していい気になる事は出来なかった。

 

(あのファラ中佐がああも儚く見えるなんてな…)

 

今朝、タシロ・ヴァゴからの直接通信を受けた後のファラの姿を思い出すと、

趣味のキャラオケを楽しむ気も失せるというものだ。

御目付のピピニーデンが軍病院送りになったのを良い事に、

タシロ・ヴァゴの懲罰人事を一部見なかったことにし

ファラお抱えの腹心メッチェを付けてやったのもデプレだった。

 

現地改修を施しセンサー周りを強化したゾロ改に乗り、

そのヘリ形態のキャノピーから後方のリカールを遠目に見るデプレ。

 

「…あなたとは短くない付き合いでしたがね………宇宙に上がればタシロの処刑、か」

 

自分でもどう言えば良いのか判別し難い感情で、そう呟いていた。

 

 

――

 

 

 

そのリカールは、優れた飛行能力とボディの大きさを買われて

機体下部に大型コンテナを追装して空を飛んでいる。

ファラは、デプレが心配した通りにコクピット内で俯いていた。

 

(……〝私の数々の失態に、ピピニーデン隊の喪失まで加わった。〟

加わった………………ッ。加わっただと!?)

 

ラゲーンから出撃する直前に受けたタシロ・ヴァゴからの通信を思い出す度、

ファラ・グリフォンは美しい顔を歪めてしまう。

 

(ピピニーデンを独立部隊としたのは誰だ!

私の指揮下には無かったじゃないか!

ピピニーデンの動きに乗って賭けたのは確かに私だ!

だけど!私にはそもそも止める手立てがあったか!?)

 

リカールの後部座席で、ファラは己の顔を片手で抑えたのは

そうでもしなければ涙が出てしまいそうだったからかもしれない。

ファラは己の心が弱り乱れているのを自覚している。

それでも涙は零さないが、

そういう乱れた態度を漏らすのはリカールのコクピットにメッチェしかいないからであった。

 

「責任をとって、デプレの指揮下で

ラゲーンを捨ててでも総力で当たりジブラルタルを攻略せよ。

そして、占拠したマスドライバーで地上軍を暫時宇宙に上げよ…。

一体何なのだろうな、この命令は…笑えてしまうよ」

 

「確かにタシロ大佐の命令には不可解な点が見受けられます。

ファラ様…自暴自棄にならず、本国に連絡をとりましょう。

タシロ大佐が本国からの命令を曲解している可能性もあるのですから」

 

漏れる不満に、メッチェは恋人でもある上司を勇気付ける。

メッチェの気遣いの言葉は嬉しいが、やはりファラは諦めたように笑うだけだった。

 

タシロ・ヴァゴは自分をそこまで虐めたいのか。

そこまで嫌われていたのか。

いや、そうなのかもしれない…とファラは思った。

 

かつて、ファラ・グリフォンはその美貌からタシロ・ヴァゴに言い寄られた事がある。

「私に靡けば安全な後方で立身出世させてやる」と遠回しに言われて体を撫で回されたが、

当時既に佐官であったタシロの誘いを、

士官学校出たての美しき軍人はやはり遠回しに…

タシロのプライドにまで配慮した言い回しで断った。

その後、ファラ・グリフォンは己の実力と、

そしてギロチンの家名を上層部に利用されて出世を重ねていったが、

タシロ・ヴァゴからすればそれはきっと面白くなかったに違いない。

そこに遠因があるとすれば今回の事も一応は納得出来てしまうファラであったが、

 

(しかし、タシロが…いくら何でもそんな事くらいでこのようにおかしな命令を出すだろうか)

 

タシロの為人(ひととなり)を多少なりとも知るファラは、軍人的な思考ではやはりそれを納得出来ない。

少しずつ手を入れ増強してきたラゲーン基地を捨てて、

ベスパにとって一番資源が採れる(美味しい)地球の版図である欧州を捨てて、

ザンスカールは一体どういう長期的プランを見ているのだとファラも疑問に思う。

こんなおかしな命令を出してでも自分を惨たらしく扱いたいのか。

上層部には、私の味方をしてくれる者は1人もいないらしい。

ファラはそう思って、もはやザンスカールに自分の居場所は無いのだろうと考える。

 

(だが、それも当然か……女王マリアの実弟を……、

クロノクル・アシャーを失わせてしまったあの時から、もう私はザンスカールの鼻つまみ者)

 

自虐の微笑みが漏れる。

 

「メッチェ…私と一緒に…2人だけで、どこか遠くに―――」

 

ファラの湿った唇から紡がれたその声は、とても細くて小さくて、そして頼りない。

リカールのジェネレーターの駆動音とスラスター音、そして風を切る音が

そんな頼りない〝女の本音〟を掻き消す。

 

「…ファラ様?何か仰いましたか?」

 

リカールの操縦桿を預かるメッチェが、優しい声色と共にファラを見る。

ファラは、一瞬、先程の言葉の続きを声高に叫びたい衝動に駆られて、

そしてそれを抑え込んで愛する腹心へと言う。

 

「――何でもないよ、メッチェ」

 

言えば、きっとメッチェは戸惑いながらもファラに着いてきてくれるだろう。

メッチェとならギロチンの家系もザンスカールでの地位も、

マリア主義でさえも捨てて、どこででも生きていける。

ファラはそう思ったが、そうすればメッチェも自分もザンスカールのお尋ね者に転落する。

自分だけならば、十中八九処刑も決まっているのだからともかく…

愛するメッチェ・ルーベンスまでをも巻き込む事は出来なかった。

例え、メッチェ自身がそれを受け入れてくれてもだ。

 

(どこまでも行くしかないのさ…ギロチンの鈴から、私は決して逃れられない)

 

デプレ率いるジブラルタル攻略軍は、後もう少しで目的地へと到着する。

むざむざジブラルタルの占拠を見逃すリガ・ミリティアではないだろう。

第2期MS時代になって以降…最大の地上戦となるかもしれない戦いは目前だった。

 


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