ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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ジブラルタルで踊る獣達

宇宙引越公社のヨーロッパ総局長マンデラ・スーンは、

南ア系の祖先の血が色濃く現出していてガタイも良い。

表情にも精気と自信が漲っていて見るからに頼り甲斐のある雰囲気を持つ男だった。

その男がベスパから届いた突然の降伏勧告に驚愕した。

だが、驚愕しつつもそこまで本気であるとは信じてはいなかった。

 

「ここは、宇宙世紀の始まりを告げたと言っても過言じゃないマスドライバーがある。

マスドライバーは今まで人類の数々の資産を宇宙に上げてきた遺産だ…。

それがあるここに、ザンスカールと言えども手が出せるものじゃないさ」

 

虚仮威しだ、と秘書や上級職員達に強気を見せていた。

だが、その通信を受け取った数十分後に、

ベスパの大部隊がジブラルタル方面に侵攻中という話が、

他都市に出向していた引越公社職員から電話で飛び込んで来たのだから焦った。

 

(ベスパは本気だというのか!?)

 

かつてジオンでさえ接収は控え、連邦からも半ば独立してNGOとして活動している公社だ。

それを武力に物を言わせて占有しようという魂胆は、

逆に恐ろしいとマンデラは思った。

 

「彼らには常識も話し合いも通じないというのか…?だからこうも暴挙にでる…」

 

公社の中立性を保つとかそういうポリシーも踏み躙られるかもしれぬと悟ったマンデラは、

ならば…と対抗手段を打つことを決める。

かつての伝手を大いに使って、

反ザンスカール活動に身を投じた

ハンゲルグ・エヴィンにコンタクトを取ることを決意するのだった。

あらゆる記憶とコネを総動員し短時間でハンゲルグの使者とコンタクトを取れたマンデラは、

宇宙引越公社の重要地区の総局長に昇り詰めただけあってやはり特別優秀であった。

 

結果、リガ・ミリティアは動いた。

いや、その迅速さから元々ベスパの動きを掴んでいて動くつもりだったのかもしれないが、

とにかくリガ・ミリティアの動きは素早かった。

マンデラからの懇願という錦の御旗も手にいれたレジスタンスの動きは、

素早く、そして大掛かりであった。

 

人類の宝が今も尚生き続けているアーティ・ジブラルタルで、

リガ・ミリティアとザンスカールの地上軍の総力がぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「我々はザンスカールのベスパだということだ。

ガチ党のイエロージャケットだということだ。

アーティ・ジブラルタルをギロチンに沈めたくなければ、

宇宙引越公社のヨーロッパ局は今すぐにザンスカールに恭順を示せ!」

 

リカールからの女性の声で撒かれる大音量の宣言が、アーティ・ジブラルタルに響く。

空から、飛行船で商品宣伝をするかのように恭順要求の文句が垂れ流れて、

その騒がしさの中でゲトル・デプレ大尉は総局長マンデラと面会していた。

面会場所は宇宙引越公社が誇る広大な発着場のど真ん中である。

両者は互いに相対して、マンデラの側には秘書が…

そしてデプレの左右と背後には武装した6人もの兵隊がいる。

面会場所を囲むように3機のゾロさえ立っている。

 

「我々イエロージャケットは本気だ。

ベスパの大隊はジブラルタルを業火に沈める用意がある。

それを回避したくば直ぐにマスドライバーを開放し

シャトルで我々を宇宙に運んで欲しいものだな、マンデラ・スーン。

我々の試算では、ここの大型級シャトルなら我らが運んできた物資も人員も

数回のピストン輸送で運び出せる」

 

時間が惜しいのだよ、と

デプレは厭らしい笑みを浮かべて目の前の黒人男性を見下していた。

マンデラの額には青筋が浮かび上がりそうな程で、

スーツの裾近くで握られた左右の両拳は震えていた。

 

「よ、よくもそのような事を言えるものだ、イエロージャケットめ…!

公社の中立性を踏みにじれば、お前たちは世界を敵に回すのだぞ!?」

 

「ご助言感謝します、マンデラ殿。

では、さっさとシャトルに我が軍のMSを積むよう職員に指示を願おうかな」

 

デプレの厭味ったらしい笑顔が、マンデラの感情を常に悪い方向に刺激し、

マンデラは精一杯に虚勢を張って大声で張り上げた。

これらの押し問答はリガ・ミリティアが来てくれるまでの時間稼ぎとして必須で、

それだけにマンデラも必死に弁を奮う。

 

「断ると言えばどうなる!」

 

デプレは笑う。

 

「ベスパは頼んでいるわけではない。

これは命令だ…分かるだろうマンデラ・スーン。賢明になりたまえ。

ジブラルタルに展開したイエロージャケットは、もう公社の全施設の占領を終えたのだ。

占領したというからには貴君らはザンスカールの指揮下だ。

断るという事は命令違反となる。

命令違反という事は死ぬことになるなぁ」

 

「わ、我々を攻撃すればシャトルの操作もマスドライバー使用の注意点も…

全て君達が自分でゼロから学ばねばならんのだぞ。

年季の入ったマスドライバーの使用は細心の注意が必要だ。素人には使いこなせん」

 

「そうだな…それは困る。

君達が死ぬと我々が自分で色々とせねばならんから…面倒臭い。

だから素直に動いてくれないか、マンデラ…大切な部下達の命の為にも」

 

デプレが、背後のゾロを見ながら指を鳴らす。

するとゾロがビームライフルを公社の施設の一つに向ける。

ゾロのライフルの銃口に、縮退したミノフスキー粒子が収束して淡い光を漏らし始めていた。

マンデラは慌てた。

 

「や、やめろ!そんな事をすればもう後戻りはできんぞ!

私は君達ベスパの!ザンスカールの為も思って言っているのが分からんのか!」

 

「交渉において、〝あなた達を思って言う〟は常套文句だな…。

私達が悪役になってしまう心配は無用だよ、マンデラ・スーン。

…………もうなっているのだからな。

やれ!!」

 

「ッ!よせッ!!」

 

光が放たれた。

公社のビルの一つにその光が突き刺さり、そして猛烈な爆発がビルを消し飛ばす。

轟音が響き、炎が吹き荒れ、煙がどこまでも広がっていった。

マンデラも、秘書も、公社の全ての職員がその光景を唖然と眺めていた。

そのビルに詰めていた職員500名近く…、

一瞬で人命が500消し飛んで遺体さえも残らず死んでしまった。

絶対中立を謳った宇宙引越公社の職員が、である。

誰もが本気でやるとは思っていなかった。

それをやる事は、宇宙移民への冒涜であり

多大な犠牲の元に締結された南極条約を足蹴にすることだったからだ。

 

その光景を眺めるデプレの表情は狂喜的なものが滲み溢れて隠せていない。

後にはもう退けぬという絶望感と同時に、彼の心の中には

〝かつてジオンでさえ手を出さなかった聖域を汚してやった〟という

背徳の快感が確かに渦巻いていた。

絶大なる勢力を誇った往時の地球連邦と、それに対等に戦ったあのジオン公国ですら

手を出さなかった宇宙引越公社のマスドライバーを、今デプレは恫喝し蹂躙している。

デプレの開いた口から飛び出た声は興奮と快感に震え、瞳は歪んだ歓びで弧を描いていた。

 

「我々の本気を分かって貰えただろうか、マンデラ・スーン。

お前の頑固さが君の職員何百人かの命を消してしまったぞ?

だから我々は時間が惜しいと言ったのだ………。

理解したのなら今すぐにッ!シャトルをフル稼働させたらどうだね!

私達を宇宙まで送るのだ…マンデラ………くく、ふふ、ふ、ふふふふ」

 

デプレが漏らす怪しげな笑み。

マンデラはその醜い表情をとても見ていられなかった。

人の心の邪悪さが現れているようなその顔は正視に耐えないものだとマンデラは思う。

青い顔で視線を下げて、そして絞り出すような苦渋に満ちた声で「わかった」と返答した。

それだけしか、もうマンデラには出来なかった。

 

(甘く見ていた…ベスパの狂気を甘く見てしまっていた!

奴らは…マリア主義に染まった狂信者なのだ…!

私は…中立を失った愚かな局長として、歴史に名を残すのだろうな)

 

蒸発した職員達へ侘びながら、マンデラはザンスカールに頭を垂れる。

100年以上の独立を誇った宇宙引越公社の歴史に、

一瞬かもしれぬとしても確かにザンスカールに屈した事実が刻まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

その戦いは、宇宙世紀0153年、4月の後半に差し掛かった日…

時刻は昼が下って、太陽がオレンジに染まろうかという頃合いに始まった。

周囲を哨戒していたガッダール隊のバイク兵器ガリクソンが

無数の機影をキャッチしたとほぼ同時…、

レーダーに写った機影がすぐに濃いミノフスキー粒子によって消された。

濃くなりつつあるミノフスキー粒子の雲が迫ってくるとは、つまりはそういう事であった。

 

「すぐにファラ中佐に…いや、デプレ大尉に報告を!」

 

ドゥカー・イクから齎された敵機襲来。

推定数、およそ7の大型飛行物体。

ベスパはリガ・ミリティアが来ることを当然予想しており、

全機が直ちに迎撃に出られるようにはなっている。

 

「まだ5分の1も運び終わっていないというのに…リガ・ミリティアめ。

思ったより反応が早い…ワタリー大尉、出てくれ。

奴らを追い返すのだ」

 

既にゾロ改への搭乗を済ませたデプレから、

同階級であったワタリー・ギラへと命令が下るが、

ワタリーの乗るゴッゾーラはスピーカーで渋る。

 

「…リガ・ミリティアの戦力、侮るべきではありません。

ピピニーデン大尉もクロノクル中尉もやった相手です。

デプレ司令代理、トムリアット隊も出して頂きたい」

 

「ワタリー・ギラ戦闘大隊は今や30機を超えるゾロがいる。

しかも大尉は新型のゴッゾーラ…心配のし過ぎは臆病者になるぞワタリー。

ベスパの騎士道の求道者がそれではワタリー・ギラの名が泣くというものだ。

それにトムリアット隊のルペ・シノにはシャトルを守って貰わねばならんからなぁ」

 

デプレがゾロ改から打ち上げ準備に入っている大型シャトルを見守りながら、

ワタリーへと改めて出撃の命を飛ばす。

同格の大尉から大尉へと命令が来るというのは、

される側からすれば嫌な気持ちが混じるだろうものだが、

 

「…了解であります。

ワタリー・ギラ戦闘大隊、出撃だ!」

 

だがワタリーはそのような素振りも見せずにゾロ大隊を引き連れ飛び立つ。

次々と飛び立っていくゾロの編隊のその数は30機以上。

まだゾロは上半身(トップターミナル)下半身(ボトムターミナル)に分かれているので倍の数が空へ舞い上がっていた。

壮観であった。

それを見るデプレの垂れた目には誇らしさの光が浮かんでいる。

 

「まったくザンスカール帝国の威容であるな…!」

 

かつてこれ程の規模のゾロが空を覆うのをデプレは見たことがない。

彼の心を興奮が占めていき、

この大部隊のトップが己なのだと思うと得も言われぬ万能感が彼を襲うのだ。

 

「ふふふ…レジスタンス等、このデプレの大部隊にかかれば…!

来るなら来い…リガ・ミリティア!」

 

この威容を誇る地上軍が負けること等全く想像できないデプレであった。

 

 

 

――

 

 

 

 

ヤザンが全機へと通信を入れる。

 

「そろそろ敵に感づかれる…全機、気合を入れろ!

これよりミノフスキー粒子は戦闘濃度になる。

まともな通信はこれで暫くお預けだ。

何か言いたいことがあれば今のうちに言っておけよ」

 

ヤザンが慣れた手付きで各部をチェックしていく。

スラスターを軽く吹かし、シャッコーの複合複眼式マルチセンサーの調子の良さも上々だ。

 

「ゴメス!ハッチを開けろ!」

 

「おうよ!武運を祈ってるぜヒヨッコ!」

 

「ハッ、誰に言っている、ゴメス!手土産のリクエストはあるか!」

 

「そうだなぁ…。じゃあ宇宙引越公社の年間フリーパス頼まァ!」

 

「そいつは無理な相談だぜ、大尉。アンタと俺の財布じゃまるで足りんよ」

 

出撃前のこういう軽口をヤザンは好む。

そして、連邦という同じ旗を戴く者同士だからか、

それともゴメスという男の気質がヤザンと合うのか、

彼との軽口はかつて連邦時代の発進シークエンスを思い起こさせて

懐かしい感覚をヤザンに与えてくれていた。

 

「なら勝ってきな。そいつだけで我慢してやるよぉヤザン!

ハッチ開放ッ!いつでも出れるぜ!」

 

ヤザンは小さく「任せろ」と応え、そして部下達に檄を飛ばす。

 

「よぉし、出るぞ!

ウッソ、マーベット、両名は俺に続け!

シュラク隊はジュンコを頭、オリファーが殿ッ!」

 

「ハッ!」

 

「はい!」

 

「了解です、ヤザン隊長」

 

「腕がなりますな。モンペリエで事務仕事だけじゃなかったって見せてやりますよ」

 

上からマーベット、ウッソ、ジュンコ、そしてオリファーだ。

オリファーが普段よりも陽気な声色なのは、

ヤザンと一緒に出撃するのが久々なのもあるが搭乗機のせいでもある。

 

「おい、オリファー!ガンダムはまだ貴重品なんだ。

3番機を傷つけたら貴様の給料から差っ引いてやる!」

 

レジスタンスでゲリラ活動の貧乏組織とはいえ、

パイロットには中々の給金は出ているリガ・ミリティアであった。

出資者様様である。

 

「ええ?無茶言わんで下さいよ、隊長。あの規模のベスパを攻撃するってのに」

 

「なら気張っていけ。ヴィクトリーだからといって気を抜くな!」

 

ヤザンが言って、シャッコーが後部ハッチから大空へ飛び出す。

ミデアの腹からまろびでたオレンジイエローのMSに続いて、

左右のミデアからもガンイージ達が次々に飛び出て風を切る。

7隻のミデアと10機のMS達は雲海を下に見て、まだ眩い太陽光を受けてメタルを輝かせた。

 

「ヤザンさん、後ろに付きます」

 

ウッソのVタイプが右後方に、

 

「ウッソ、気をつけるのよ。前回とは規模が違うんだからね」

 

マーベットが言いながらV1番機をシャッコーの左後方に付けた。

 

「マーベットの言う通りだ、ウッソ。

今回の作戦は前の比じゃない。ビビるなよ!」

 

ミノフスキー粒子が濃くなっていくにつれ、通信がかすれていく。

ヤザンのかすれつつある声を聞いてウッソはしっかりと返事を返した。

 

「は、はい!」

 

「よし…いい返事だ。俺に続いて出ろ!」

 

ミデアの図体に隠れるようにしていた全MSが、

ヤザンの合図と共に母鳥から離れていく。

 

シャッコーを先頭にVタイプ2機が続き編隊を組んでヤザン隊と成し、

ヤザン隊の後方にガンイージ6機のシュラク隊がつく。

それらの最後方には3機目のVガンダムが陣取って全体を見守る。

10機の精鋭がスラスター光眩く速度を上げてミデアと護衛の航空機達を抜き去ると、

シャッコーが先頭を飛ぶミデアの艦橋へとサムズアップを作ってみせる。

艦橋の窓越しに、壮年の連邦軍人ゴメスが大きく笑っているのが見えた。

 

「フン、ゴメスめ笑ってやがる。

む………………見えたな…ゾロか。

ハハハッ、いいじゃないか!よくもまぁ数は揃えたな!

全機、ゾロを老いた母鳥に近づけてやるなよォ!

行きがけの駄賃にあいつらを食い散らかしてやりな!」

 

皆が威勢のよい返事をかすれつつも通信機越しに返し、

そして戦いの幕は切って落とされた。

 

シャッコーがフェダーインライフルを構えビーム光を瞬かせると、

続いて後衛組の3機のガンイージ達も担いでいたフェダーインライフルから砲火を放つ。

ゾロ達の射程距離外からの一方的な攻撃から戦闘は始まった。

 

「すごい数…あれだけのゾロは初めて見る」

 

マーベットも息を呑むゾロ軍団。

ゾロの数はざっと見ただけで30以上。

既にMS形態となって接近してきている。

こちらは10。

ミデアにはまだ味方MS(ジェムズガン)戦闘車両(空挺戦車)がいるが、

彼らはもう少し後に投下され展開する予定だ。

飛行高度もとれず速度もでない鈍足のジェムズガンは、

今展開してもらっては足並みが乱れる。

ゾロの30機程度は追い落とし、

引越公社ビルまで可能な限り接近してからがジェムズガン隊と車両隊の出番だった。

今はヤザン達だけで戦ってみせる必要があるし、

それにこれぐらいの露払いは10機でやってのけねば

リガ・ミリティア最強の実戦隊の名が泣くのだ。

 

何機ものゾロがビームの雨を避けるが、

何機かは火を拭いて落下し雲海に当たるとそのまま砕ける。

ヤザン隊とシュラク隊の一斉射撃を潜り抜けるゾロ達を見、

殿について戦場を見つつミデア隊を守るオリファーは小さく唸る。

 

「この高高度で良い動きをする奴らがちらほらいる…ベスパも本気だな」

 

唸りながらも冷静に分析していた。

そのファースト・コンタクトから数十秒もした頃、

ミデアだからこそ現在の高高度を維持できていたのだが、

敵味方含めてMS達は徐々に適正高度へと身を落とし始めていた。

ミノフスキーフライトやビームローターでの飛行では、

現在の高度では地球からの重力に抗しきれないし、

今の高度で重力に逆らい続けての空中戦ではブースターを使い過ぎる。

それは互いに推進剤の無駄な消費であるから

双方はミノフスキーフライトが高度を下げたがるのに身を任せた。

そして皆が雲に潜る。

モニターが白いモヤで包まれて、センサーが切り替わる一瞬視界を奪った。

だが、その一瞬に雲海の中に爆光が花開いて消えた。

 

全機が雲を抜けると、

シャッコーの銃口の先にいたゾロが空の藻屑となって四散する様を敵味方に見せつける。

 

「ヤザン隊長か!あの一瞬で1機堕とした…!」

 

ケイトは、ガンイージから想い人の戦いっぷりに称賛を送る。

その直後、センサーに熱源警報。

 

「っ!ゾロのミサイル!」

 

ケイトが燃えるような朱いポニーテールを揺らしながら

視線をシャッコーからゾロ達へとずらすと、

ゾロ隊がお返しとばかりにミサイルポッドの一斉射撃を放つ姿が遠目に見えた。

 

「う、うわっなんて数!?

避ければミデアがやられる…ならッ!」

 

ミサイルでモニターの前面が埋まる。

恐ろしい弾幕であった。

だが、ヤザンと3機のガンイージ、そしてオリファーのヴィクトリーが

示し合わせたようにフェダーインライフルの出力を最大にし、

そしてまた一斉に撃ち放った。

幾筋のメガ粒子砲が干渉し合って強力な電磁フィールドが起き、

メガ粒子のフィールドがミサイルを焼き払って消した。

同時に、ペギーが「隊長っ!?」と叫ぶ。

巨大な爆炎に突っ込むようにシャッコーが飛び出して、2機のVタイプがそれに続いていた。

爆発の温度が装甲の許容範囲に下がるのを、

ヤザンは野性的な感性で感じ取っているらしい。

炎を切り裂いて現れたシャッコーが

あっという間にゾロ達への距離を詰めて格闘戦に持ち込んだ。

その様子を見てヘレンがリップを付けた唇を軽く噛んだ。

 

「あ~!何よヤザン隊長!闇雲に格闘戦仕掛ける奴は二流だなんて言っておいて!」

 

ヘレン・ジャクソンとて生来の気質は殴り合い型だ。

隊名のシュライク…百舌鳥の気質に似合う中々の獰猛な女であったが、

その気質故にすぐに格闘戦に持ち込むのを訓練生時代にヤザンに散々に矯正されていた。

 

だが、そのヤザンは今ゾロの群れに飛び込んで隊列を千千に乱して乱戦へと持ち込んだ。

シャッコーの動きは実に活き活きとしていてパイロットが心底戦闘を楽しんでいるのが、

ヘレンだけでなくシュラク隊の他の面々から見てもすぐ分かる。

 

シャッコーがゾロを蹴り、

空で跳ねて左腕を奮うとビームローターが上方のゾロの1機を縦に裂いた。

裂きながら右肩の2連ショルダービームを撃ち、また別のゾロの右腕を撃ち抜いていた。

ヤザンは常に複数の攻撃モーションを繰り出していて、

しかも攻撃と回避を同時にするのだ。

シュラク隊の女達が翻弄されたその動きに、やはりベスパのゾロ達も良いようにされていた。

だがゾロ達もやられてばかりではない。

ビームライフルを乱射しながらサーベルを抜き、袈裟斬りを仕掛けてくる。

斜め後ろ、やや下から来るそいつを、ヤザンは視界に入れておきながら敢えて対処しない。

視界の端の反対から全速力で迫る白いMSを見たからだった。

ウッソがシャッコーの背を庇うようにビームサーベルでゾロの刃を受け止めた。

 

「ヤザンさん、後ろに来ますよ!?」

 

「貴様が仕留めろ!」

 

シャッコーとVガンダムの背が触れ合って、

高濃度のミノフスキー粒子散布内であっても両者の会話を可能にする。

ウッソは、初めて経験する大規模な戦闘の中で緊張を実感していた。

スペシャルの子とはいえ…、いや、スペシャルな子だからこそ

死にゆく命の砕ける音に恐怖して過呼吸になりそうな程の緊張を覚えていた。

だが、ヤザンの強い声を聞くとそれが和らいでいく。

極限状態である戦場でも、この強い男に守られているという実感。

それを今、少年は体感していた。

そして、そういう男が自分に敵を任せてくれた。

 

「はいっ!」

 

ウッソは応え、そしてヴィクトリーの脚を蹴り上げてゾロの股間を強打した。

マシーンとはいえ、男が見れば顔を顰める一撃。

ゾロが大きく体勢を崩して、

次の瞬間にはウッソのヴィクトリーがすれ違い様に

ゾロのバックパックをサーベルで切り裂いていた。

その動きを見た味方達は心の中で称賛を贈り、

対してゾロ達は恐怖する。

 

「ほら、どうしたぁ!動きがとろいよ!」

 

そうして恐怖で鈍った機をペギーがフェダーインライフルで狙い撃って、

それに競うようにしたマーベットが別のゾロをビームライフルで貫く。

 

「シュラク隊ばかりにやらせな――っ!きゃ!?」

 

貫いた矢先、そいつは真上から降ってきた。

見慣れぬゾロとは違うMSが真上からマーベット機の右肩を踏み潰す。

自機を踏んでいるブルーグリーンのMSが

バイザーだかヘルメットだかのような鏡面的なセンサーアイを光らせて、

右手に構えたビームサーベルでマーベットを狙っていた。

ヒヤリとした殺気が機体越しに伝わってくる。

 

「貴様らレジスタンスが反逆の象徴たるガンダムもどきなどを使うッ!!

地球連邦という体制に反逆しているのは我々だぞっ!?

真のガンダムなら、我々と手を組むはずだ!!

ガンダム伝説を穢し惑わすリガ・ミリティアは!

このワタリー・ギラが正す!」

 

ブルーグリーンのMS…ゴッゾーラがビームサーベルを逆手に持ち、

そしてそれを勢い任せに鋭く振り下ろした。

 

(や、やられる!?)

 

マーベットがそう思った時、

だがゴッゾーラはサーベルを振り下ろし切る前にマーベット機を踏み台にして跳ねる。

今さっきまでゴッゾーラがいた場所をビビットピンクのビーム光が強烈に貫いていた。

 

「クソッ!もう1機の白いMS!!こうも乱戦では仕留めきれん…!」

 

ワタリー・ギラが、右腕しか切り取れなかった白いMSを忌々しそうに見る。

ウッソのヴィクトリーが、片腕を喪失したマーベット機へと駆け寄るように飛んできて、

そして上のワタリー・ギラへと頭部バルカンを掃射するが、

威嚇程度でしかないそれはゴッゾーラのビームローターが全てを弾いた。

 

「マーベットさん!」

 

「ウッソ…助かったわ!」

 

右肩の付け根から火花を吹くマーベット機。

ウッソは戸惑った。

 

「ゴメスさんは見れていないの!?

早くハンガーを出してよ!」

 

ヴィクトリーは手足をやられたとしても、

上半身のトップ・リム(ハンガー)と下半身のボトム・リム(ブーツ)

そしてコア・ファイターが合体している特性上いくらでも替えがきく。

ゴメスの乗るミデアには替えのハンガーとブーツが積んであるのだから…とウッソは思うが、

 

「無茶を言わないの!

乱戦で、しかもミデア戦隊は雲の上よ?

私達は雲の下…見えるはずないでしょう!」

 

「じゃ、じゃあ早くハンガーを捨てて下さい!

火を噴いてますよ、マーベットさん!」

 

「この程度ならまだ大丈夫。落ち着きなさい!ウッソは私と一緒にあいつを――来たっ!」

 

「うわぁ!?」

 

ゴッゾーラが胴部の2門のビーム砲を連射しながら突っ込んでくる。

ブルーグリーンのMSの胴の向きを見、射線を読んで避ける2機の白いMS。

その見事な機動にワタリーは小さく舌打ちした。

 

「ガンダムッ!避けるなァァ!!」

 

コクピット内で独り怒声を張り上げながらゴッゾーラの大腿部装甲を展開、

内蔵マルチミサイルポッドから無数のミサイルが吐き出される。

そして自らもミサイルの群れにくっつくようにしてVガンダムへ猛烈と迫りつつあった。

 

「な…なんなんだこのシャッター頭っ!

自分が爆発に巻き込まれるのが怖くないの!?」

 

機械越しの気迫に、ウッソは気圧される。

 

「ガンダム…!呪われた名前は地獄に堕ちろ!!」

 

「くぅぅ!横からも!?」

 

ミサイルが次々に着弾しビームシールドのエネルギー場が揺れた。

同じタイミングで横一文字に迫るサーベルをウッソは咄嗟に光刃で鍔迫って止めるも、

しかし、更に同時にゴッゾーラのシャッター頭部バルカンが火を拭いて

ヴィクトリーの頭…メインカメラを撃ち抜こうとした。

だが少年は常人離れした()で機体をなんとか左方向にズラして直撃を避けた。

…のだが、

 

「ぐ、うぅ!?」

 

それでもヴィクトリーの右肩は撃ち抜かれていた。

装甲が砕かれ肩部モーターが爆裂して右肩が消し飛び、

爆破と射撃の衝撃がウッソを激しく揺らして少年は苦悶の呻きを上げた。

 

「とどめェ!!」

 

ワタリーが眉を吊り上げて叫び、同時にゴッゾーラの胴部ビームが展開する。

ビーム光が瞬いたかと思ったその時に、

 

「――ッ!ぬゥ!?」

 

今度はゴッゾーラの方がヴィクトリーのバルカンに露出した砲身を撃たれていた。

慌ててヴィクトリーから離れて被害を最小に抑えはしたが、

ゴッゾーラの左腋下のビーム砲は燃え上がって火花を吐き散らしていた。

 

「背を向けて…!逃げるか貴様ァ!?」

 

背を向けて逃げようとする白いMS。

その隙だらけで無様な逃げっぷりに、ゴッゾーラはビームライフルを構えながら怒りに燃える。

だが、またもヴィクトリーはワタリーの予想を超える動きを見せるのであった。

ヴィクトリーは破損した上半身ユニット(ハンガー)を切り離し、

パージしたままの勢いでハンガーそのものをゴッゾーラへとぶち当てた。

 

「なにぃ!?体を切り捨てただと!?」

 

その隙にウッソは残った下半身ユニットとコア・ファイターでボトム・ファイター形態となり、

さっさとゴッゾーラの射線軸から逃れたのだった。

しかしゴッゾーラは尚も追いすがろうとし、

 

「待てぇい、ガンダムッ!!うおっ!?ま、またコイツは…!!」

 

ハンガーを振りほどいたゴッゾーラが衝撃と共に吹き飛ぶ。

もう1機の、右肩無しのヴィクトリーのタックルが

ゴッゾーラの横合いを思い切りよく打ち付けていた。

吹き飛びながらワタリーは叫ぶ。

 

「ガンダムもどきがぁぁ!!」

 

「ウッソはやらせない!」

 

マーベットがビームライフルの引き金を引くが、

それはビームローターに遮られて機体には届かない。

マーベットは再度狙いを定めた。

 

「…っ、そこ!」

 

「片腕で私に勝てると思うか!」

 

もう一発放ったそれは、しかしまたもゴッゾーラに避けられて、

逆にライフルと胴部ビーム片割れの連射がマーベットのヴィクトリーを襲っていた。

マーベットも今度は躱す。

不意を突かれなければ、ヤザンに厳しく鍛えられた彼女ならば対処ができるのだ。

 

(…でも、不意を突かれた時点でペナルティものだわ!)

 

ウッソも自分も、このブルーグリーンの新型MSにダメージを食らってしまった。

まずマーベットが右肩に貰ったから、

その動揺を突かれてウッソも被弾したのだとマーベットには思えた。

 

「あちらは逃げた…だが、そちらのガンダムはここで仕留める!」

 

ウッソ曰く〝シャッター頭〟が、特徴的なバイザーアイを光らせて再度迫る…

と見えた時、ゴッゾーラに対抗するかのような三連射がワタリーを襲う。

 

「―っ!今度は何だ…!――うぅ!?シャッコーか!」

 

オレンジイエローのMSが白いMS達とゴッゾーラを引き離すように割って入ってくる。

フェダーインライフルを右手に、ビームライフルを左に、

右肩からビームガンを露出しマシンガンのように交互に連射するシャッコーの弾幕が、

ゴッゾーラに攻撃の隙を与えずに回避一辺倒にさせる。

 

「く、くそ!」

 

ワタリーは青い顔で全力の回避運動を取り続ける。

一瞬でも回避以外に意識を奪われれば死ぬ…と、

ベスパの歴戦の騎士が確信する程の射撃であった。

 

猛射撃を仕掛けつつ、

シャッコーはマーベットのVタイプにフェダーインライフルの爪を引っ掛けた。

 

「マーベット、ウッソと一緒に雲の上でハンガー交換だ!

こいつは俺が貰う!」

 

「あっ、隊長!」

 

言うだけ言うとヤザンのシャッコーは敵目掛けて飛び去ってしまい、

有無を言わさずに会話は一方的に終わってしまった。

ガンダムに尋常ならざる気迫を見せていたブルーグリーンのMSは、

今はシャッコーと一緒に空のそこら中でスラスターの軌道を描いていた。

 

 

 

――

 

 

 

 

ジブラルタルの初戦はリガ・ミリティア優勢に推移していた。

ベスパのエース機、ゴッゾーラはシャッコーに追い立てられて、

まだ撃墜されていないまでも冷静な指揮やゾロへの援護が出来なくなり、

それがゾロ大隊が崩れる切っ掛けとなった。

手堅い陣形で相互をカバーしつつ損失を出さないで戦っていたシュラク隊の活躍もあったし、

ミデアにハンガーを射出してもらった2機のVタイプも戦場に舞い戻ると戦局は決まった。

 

「この数のゾロでもこちらがこうも押されるとは!

ゾロの時代は終わったという事か…。

だがデプレが最初からトムリアット隊をつけてくれれば…勝機もあったものを!

くそ、少しは同胞は宇宙(そら)に戻ってくれただろうが…ッ」

 

もはやリガ・ミリティアを殲滅・撃退する所ではないと見たワタリーは、

信号弾を撃ち全機へと後退を指示。

ゾロ大隊は多数を損失して公社ビル方面へと退いていくが…。

 

しかし素直に逃がしてくれるヤザンではない。

今回の作戦はベスパに占領された引越公社ジブラルタル局の解放なのだ。

このまま深追いしてしまった方が良いという判断で、

退くとなれば迅速に退くが、追うとなれば徹底的に追いすがり牙をたてる。

それがヤザン・ゲーブルであった。

シャッコーが、目を見開いて赤い光を明滅させてモールス信号の要領で全機へ合図を送る。

ヤザン隊、シュラク隊の全機はゾロ達と交戦しつつ、

戦場をマスドライバーの麓まで移動させていく。

 

追われるゴッゾーラとゾロ達は反撃しつつ転進する。

しかしMSの質が、リガ・ミリティアの新型達と比べると

ゾロでは劣るというのは既に露呈した事実。

攻勢衰えていない時は良かったが、

一旦勢いが失われるとゾロは老人の歯の如くポロポロと脱落していく。

ここに来てワタリーの焦燥も色濃くなってゆく。

 

「シャッコーの基本性能がこれ程凄まじいとは…!?

部下達を援護する余裕も与えてくれぬか!」

 

ゴッゾーラは、尚もシャッコーに食いつかれてもいるのだ。

シャッコーが目を赤く輝かせながら、バイザー頭の胴体目掛けて長大な銃剣を薙いて、

それをゴッゾーラは間一髪で避けながらまだ活きている胴部ビーム砲を見舞う。

しかし、

 

「また防がれた…!私の動きが読まれているのか!」

 

胴部ビームはシャッコーのビームローターで防がれてしまう。

ゴッゾーラとシャッコーはこのように一見して対等にやりあっていたが、

しかしシャッコーはゴッゾーラを防戦に追い込み…

しかも片手間に一対一(サシ)に割って入ってきたゾロの何機かを討ち取っていた。

ワタリーは、シャッコーからのプレッシャーに唾を飲むのも忘れて戦い続け、

必死にシャッコーをマスドライバーに近づけまいとしていた。

 

 

 

アーティ・ジブラルタルの中心部…

宇宙引越公社ビルが遠くに聳え立つのがヤザン隊の者達の目に映る。

太陽は海洋向こうの水平線に段々とその身を沈めだす時刻で、

鮮やかな夕陽がビル郡とマスドライバーを支えるヘラクレスの柱を照らし、

シャッコーのオレンジを鮮烈な朱へと染めていく。

 

押し込みつつあるリガ・ミリティア。

マスドライバーまでの接近を許しつつあるベスパ。

見れば、宇宙移民の財産を宇宙へ打ち上げ続けてきたマスドライバー・レールからは、

大型シャトルが加速して朱い空に吸い込まれていく。

それはラゲーン基地の主だった人材、資材等が満載してあるシャトル達だ。

最終防衛ラインを構築していたトムリアット隊、

そして引越公社の広大な発着場広場に待機していたデプレ直属隊とリカール。

皆の目にも押し込まれているゾロ大隊の姿が太陽光に揺らいで見え始めていた。

ルペ・シノが、新型のメッメドーザのコクピット内で地団駄を踏む。

 

「ここまで押し込まれた…!

デプレめ、言わんこっちゃないんだッ!!

私とトムリアット隊を出し惜しむからこうなる!!」

 

情熱的なラテン系の美貌を怒りに歪めて配下に叫ぶ。

 

「お前達!全員出るぞ!」

 

「しかし隊長、デプレ司令代理はマスドライバーを死守せよと!」

 

「聞いていられるか!中佐の腰巾着に言われたかないんだよ!

ワタリー・ギラ戦闘大隊を援護する!続け!!」

 

メッメドーザの稲妻のような猫目が妖しく輝く。

この紫色の新型MSはマッシヴな体格が見るからにパワーファイターを連想させるが、

両肩にビームローターを装備した事で両腕が自由になりつつ

大気圏での空戦軌道も非常に優れている意欲的なマシーンであった。

ゴッゾーラが既存技術を綺麗に纏め上げた新型MSならば、

メッメドーザは新たな可能性に挑戦した新型と言える。

 

両肩部のビームローターが展開し、甲高いローター音を響かせるメッメドーザ。

その派手な鶏冠で彩られた頭部の頬から多量の熱を排気する様は、

まるで殺気立つ闘士が気炎を噴き上げるようだった。

 

メッメドーザが速度を上げ、トムリアットの中隊がそれに続いて飛ぶ。

夕焼けの中、MSが次から次に火を拭いて爆散する様はいっそ美しい光景ですらある。

だが、その美しい光の中の一つ一つが命の終わりの光だと思えば、

その綺麗さは命の儚さそのものにも見えた。

 

「ワタリー・ギラ!生きているか!」

 

「メッメドーザ!?ルペ・シノが来てくれたのか!」

 

自在に地を走り、跳ねて空を鋭く飛びながら撃ち合うゴッゾーラとシャッコー。

その2機を中心にゾロとガンイージ、そしてヴィクトリー達は

今も目まぐるしい戦闘軌道を描きあう。

その戦闘域へと激しいビームの雨をばら撒きながらやって来た紫色のMSの群れが、

士気盛んにリガ・ミリティアのMS隊へと襲いかかった。

 

「以前の借りは返すぞ、ワタリー!」

 

ルペ・シノの声は既にミノフスキーノイズに掻き消されて伝わりはしないが、

それでも援軍を得たワタリー・ギラ戦闘大隊の動きには再び精気が宿っている。

ルペ・シノは上空、高めの高度から戦場を見渡しオレンジイエローのMSを探し、

メッメドーザの見開いた赤目はすぐに派手なカラーリングと戦い方をしているMSを見つけた。

 

「シャッコー……………いたなッ!」

 

意中の人を見つけ、ルペ・シノは美人と言われる部類の顔を猛禽類のように歪める。

ゾロやトムリアットのような、

片腕ビームローター機とは比べ物にならない空中の運動性を見せつけながら

メッメドーザが交戦する敵味方をジグザグに縫って抜ける。

 

「ゴッゾーラが抑えているのか!?…いや、違う。

シャッコーがワタリーの喉元に食いついている…!」

 

旗色は、ゴッゾーラが大分悪い。

ルペ・シノにはそう見えて急ぎ援護に…と思った所で邪魔が入る。

双方の実力が拮抗する戦場では何事も思い通りにはいかないのだ。

ゴッゾーラとシャッコーの決闘の場への道筋を塞ぐようにガンイージが立ちはだかっていた。

 

「こいつ!私の邪魔を出来ると思っている性根が気に食わないんだよ!」

 

精鋭ピピニーデン・サーカスの小隊長を務め、

今や精強な新型を受領したルペ・シノには自信が満ちているのだ。

リガ・ミリティアの新型とはいえ遅れをとるとは思えないルペ・シノは、

手始めにこいつからだ…と眼前のガンイージを襲撃する。

 

「どけェ、角無し!」

 

「紫色の奴ッ!隊長には悪いけど、頂きだねッ!」

 

メッメドーザの前に立ち塞がったガンイージのパイロットは

赤髪のポニーテールがトレードマークのケイト・ブッシュであった。

ヤザンばかりに大物を食われては直接の教え子であるシュラク隊の名が泣くとか、

決闘の邪魔をさせたくないとか、そういう理由はある。

だが一番大きな理由は、ガンイージはエース揃いだという証明の手柄を立て…

そしてヤザンに認めて貰うことであった。

ビームローターの基部を狙ってライフルを立て続けに放つケイト。

だが挨拶代わりのそれはルペ・シノに回避され或いは防がれるも、

しかしメッメドーザを襲うガンイージはケイト機だけでは無かった。

 

「ケイト、1人で無茶をするんじゃないよ!一緒にやるんだ!」

 

「ヘレン!」

 

ヘレン機がメッメドーザの背後からビームを食らわし、

 

「っ!もう1機か!」

 

急制動と高速を繰り返してルペ・シノは全弾を辛うじて避けた。

だが2機のガンイージは非常に見事な連携でメッメドーザに一歩も引かない。

それどころか、ルペ・シノは徐々に不利になりつつあった。

 

「これは…どういうことだ!私が、シャッコーにすら辿り着けず!

こんな角無しのガンダムのなり損ないに手こずっている!?

…ゴッゾーラはどうなった!」

 

シャッコーと正面からやり合っているワタリーが気になったルペ・シノが、

2機のガンイージの連携に苦しみながらもそちらの様子をチラリと見れば…

 

「ぐぅぅ…!ラ、ライフルが!

ゴッゾーラは、シャッコーよりも性能は上だった筈…これは獣と私の腕の差というのか!!」

 

ワタリーは構えていたライフルを両断され、

既に左腕も失っていてゴッゾーラは戦闘能力を著しく低下させていた。

ルペ・シノはもはや戦線の限界を感じる。

 

そんな時であった。

 

空から無数のビームが雨霰と降ってきて、

多数のトムリアットの装甲を焼き…そしてゾロが撃ち抜かれていく。

ゾロは既に大半が失われていた。

ルペ・シノもワタリーも驚愕し、叫んでいた。

 

「なんだ!?雲から!!」

 

「リガ・ミリティアの増援!?」

 

遥か上空のミデアから、ジェムズガン隊が飛び降りて、

地上のベスパ目掛けてビームライフルを撃ち続けながら落下してきていたのだった。

空を見たルペ・シノはゾッとした。

 

「なんて数だ…!」

 

ゴマ粒程の黒点が、夕焼け空に無数に浮かんでいる。

その数は30か40か…それ以上いるようにベスパの前線組には見えた。

ビームを放つジェムズガンは実は10機前後で、

残りの機影は実はダミーバルーンであるだなんて、

今のルペ・シノ達には見抜くだけの余裕はない。

 

「退くぞ!このままでは空のMSにシャトルがやられる!」

 

ワタリーのゴッゾーラが、大腿部のマルチポッドから信号弾を数発打ち出す。

その色パターンを見たルペ・シノは唇を噛んでいた。

 

「退くのか、ワタリー!?クソォ!!

シャトルをやらせるわけにはいかないという事か!」

 

ベスパ達が、シャッコー達へと各々にビーム等を放ちつつマスドライバー方面へと退きだす。

明らかに及び腰となった敵MS達を見て

ヤザン・ゲーブルは小細工の成功を半ば確信しコクピットでほくそ笑んでいる。

 

「そうだ…ダミーと気づく前にさっさと逃げろ…!

その間にマスドライバーのシャトルを仕留めりゃ…!

貴様ら(猫目共)もこっちと同じパイロット不足になりなァ!」

 

宇宙引越公社のシャトルを撃墜するなど普通は国際協定違反ものであるが、

そのシャトルがベスパに占拠されイエロージャケットを満載しているとなれば話は変わるし、

そもそも中立宣言をした地域での軍事活動は既に南極条約違反である。

そしてそれを先に破ったのはザンスカールだ。

しかも現在マスドライバーのレール上に迫り上がってきたあの大型シャトル達は、

イエロージャケット達はもちろんのこと、

武器弾薬、資源、MSのパーツ類まで積んであるのは明白。

そんなシャトルを撃ち落とすのに、ヤザンは欠片も良心が傷まないのだ。

ヤザンは笑いながら、

後退し始めたベスパのMSを1機、また1機と確実に削りながら

マスドライバー上のシャトルへ接近していく。

しかし援軍はリガ・ミリティアだけではなかった。

 

「ヤザンさん、後方に煙です!」

 

「なに?そちらにはリガ・ミリティアの戦闘車両隊が陣取っていた筈だが」

 

ウッソのVタイプがヤザンのすぐ隣に降り立って、

指からワイヤーを射出してシャッコーへ取り付けて言うとヤザンは片目を細める。

ジブラルタルの北、サンタマルガリータには

自分達より数テンポ遅れで降下した戦闘車両が後方を守ってくれている筈だ。

そちらから煙が上がるということは彼らに何かあったということだ。

ヤザンが、視線を北へと向けてジッと見る。

 

「……あれは黒煙か…それも一つじゃない」

 

間違いなくその煙は戦場で見慣れた色だ。鉄が燃える色。

それが無数に上がりだしていて、一瞬炸裂する光までが見えた。

 

「後方にもベスパの戦力がいた!オリファー!!」

 

シャッコーが脛のハードポイントに装着されていたポッドから信号弾を打ち出し、

殿を務め続けていた3機目のヴィクトリーを召集すれば

オリファー機は直様現れてウッソとは反対側へと着地した。

シャッコーの腕がその肩へ置かれ、

 

「オリファー、後ろの煙を見たか!」

 

「はい、何やら一悶着あったようです。自分が行きます」

 

「任せる!ウッソとマーベットを連れて行け!」

 

オリファーが「ハッ!」と威勢よく返し、ふざけ半分にヴィクトリーで軽い敬礼をしてみせると

同タイプのMSを2機引き連れ颯爽と飛び去っていく。

 

「これで後ろは片がつく…。

シュラク隊、一気にシャトルを叩くぞ!上のジェムズガン達の援護に当たるなよ!」

 

シャッコーの目の発光信号が〝全機突撃〟と言っていた。

シュラク隊の面々が獰猛に笑う。

 

「ようやくお許しがでたね!」

 

ヘレンが、オレンジの髪を掻き上げて言う。

 

「焦らされた分、たっぷりやらせてもらうよ」

 

ジュンコが、先導するシャッコーの背を見て蠱惑的に笑って言う。

 

「へへっ、私がヤザン隊長の後ろ頂きぃ!」

 

ケイトが嬉々としながら同僚を出し抜いてシャッコーのすぐ背後に陣取り、

 

「…は~、ケイトって…分かり易い子犬っていうかさ」

 

「ほんと、分かり易いよね」

 

「でもケイトの気持ちも分かるかもって、最近思えて来ちゃった~」

 

その様を見ていたフェダーインライフル装備の後方支援組3人、

ペギーとコニー、マヘリアはわざわざ触れ合い通信で姦しい冗談を言い合っている。

それ程の心的余裕がシュラク隊にはあった。

ヤザンに率いられると、彼女達の心の中の獰猛な部分がどんどん熱くなってくるのだ。

凶暴な獣に率いられると、羊達も狼へと変貌する。

今、まさにシュラク隊は狼の群れである。

 

ジブラルタル決戦の趨勢は既に決まったらしかった。

 


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