ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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美女と野獣と少年少女

パァンという乾いた音がリーンホースの格納庫に響く。

忙しく動き回るスタッフ達が振り向き、

そこに居合わせたウッソとシャクティも何事だと音の発生源を見た。

皆、すぐ理解する。

ヤザンの頬を、久々に会ったカテジナが叩いたのだ。

いつもならば軽やかに避ける平手打ちを、

さすがのヤザンもイキナリ過ぎる出合い頭のそれを避ける事は叶わなかった。

なにせ、ヤザンを見るなり「あ…」と呟いて僅かに嬉しそうな顔をしたと思えば、

近づいてきたら豹変してボストンバッグを投げ捨ていきなりコレだ。

ニュータイプだってきっと躱せないないだろうとヤザンは思った。

ジロッとカテジナを見る。

 

「なんだァ?貴様、いきなりどういうつもりだ」

 

「ふ、不潔な男!女の匂いを撒き散らして!」

 

「んン?」

 

カテジナの怒りに染まった瞳の視線が

一瞬ヤザンの首筋の女の吸い口跡(マーキング)辺りを彷徨ってからヤザンの目を睨む。

ヤザンに負けないぐらいのキツイ目で男を睨み返すカテジナは、

いつもの恒例行事(ケンカ)とは違う殺気染みたものすら滲ませていた。

リーンホースの乗組員として連邦から合流した者らは目を丸くして固まり、

そのケンカ風景に目を奪われているが生粋のリガ・ミリティアメンバーは慣れたものだ。

「いつもよりは激しいな」等と軽口を言い合いながら作業の手を止めはしない。

だがシャクティはおろおろとしてウッソの肩をくいくい引っ張り「止めなくていいの…?」と

小さい声で心配そうにウッソに擦り寄っていたが、

ウッソは、僕らが出るよりヤザンさんに任せればいいとそれを制した。

ウッソが「慣れっこだよ」と最後に付け足せば、シャクティは複雑そうな顔で黙る。

ヤザンとカテジナは皆の反応を余所に続けていた。

 

「女の匂い…?あぁ、これか。こいつはペギーがふざけてつけやがったのさ」

 

首筋を指でトントンと叩きながらシレッとヤザンは言ってのける。

それを聞いたカテジナは、眉間に深いシワを刻み目尻を釣り上げてまた片手を振り上げた。

だが、今度のそれはいつも通りにヤザンに止められる。

 

「く…離しなさいよ!汚らわしい手で私に触らないで!

そんな…そんな、不潔な男なんてッ!」

 

「俺がどんな女を抱こうが貴様がピーチクパーチクと喚く理由になるのか?」

 

「そうよ!知ったことではないわ!ただ、私は女の敵を討ってやろうっていうのよ!」

 

「フッ、ハハハッ!女の敵か。

わざわざリガ・ミリティアに残って軍船にのこのこやって来て女の敵を殴りに来たのかよ。

さっさとリガ・ミリティアと縁を切ってウーイッグに戻ればいい。俺が嫌いならな。

そのチャンスはいくらでもあったし、ジブラルタルに俺が向かったのは勿怪の幸いだろう。

あの時に俺の面を拝まず去れる筈だった…違うか!?」

 

それに女の方から抱いてくれと言ってきたのだとヤザンが言えば、

カテジナはもう顔中を怒りで真っ赤にして〝襲いかかる〟という表現が似合うように暴れた。

余りに力一杯暴れるものだから、彼女の手首を押さえる手にも力が入ってしまう。

カテジナの細く白い手首に、

ヤザンの手形が痣になって残ってしまうのではないかという程に。

カテジナがヤザンの面に唾を吐きかけるが、

しかしヤザンは避けずにそいつを頬で受けて女の目を見つめた。

 

「お前のような下衆はいちゃいけないのよ!

女を力で抑え込んで…!女は男の言う通り動くオモチャじゃない!」

 

「誰がお前の意思を無視して貴様を動かした?

俺はいつでも貴様の意思を尊重してやったがな、カテジナ。

リーンホースに来たのも、誰がお前に頼んだ。

お前は自分の意思でここに来たのだろう?」

 

憤激するカテジナをヤザンは愉快そうにニタついて眺めていて、

それがカテジナにはより一層気に食わない。

キスマークを指摘されて狼狽え、

頭を下げて真摯に謝るならまだ可愛げがあるとカテジナは思うが、

確かにヤザンが言う通り自分がそんなことで満足したり不満を抱いたりする道理はない。

カテジナはヤザンの彼女でもパートナーでも伴侶でもないし、

なることを望んでもいないとカテジナは自分では思っている。

そんなことは理性と知性で分かるが、

カテジナの精神の根底はまさに烈女でありマグマのように熱く煮えたぎる激しいものがある。

その魂の奥底がカァっと熱くなって怒りを拭き上げてしまうのだ。

 

ヤザンの顔を久しぶりに見た時は自然と頬が緩んだ。

足も自然と彼の方へ引き寄せられて小走りで向かっていた。

だが、首筋のキスマークを見た瞬間に、

その烈女の面の煮えたぎる炎の心が前触れもなく爆発した。

してしまった。

カテジナの令嬢としての理性が止める間も無く激発したのだ。

リガ・ミリティアを去るチャンスも、ヤザンが言う通り存在した。

カテジナの能力ではゲリラ組織であるリガ・ミリティアの誰も

彼女を強く引き止めないのは彼女も分かるし、

それが癪だとも思いつつもいけ好かない連中と縁を切れるならそれも良いと一時は思った。

だがそれ以上に去り難い何かが彼女の心の中に凝り残る。

ヤザンの側にいると満たされる何かが、

ウーイッグの廃墟にはない。

きっと他のどこにもない。

あるのは、ヤザンの側だけだと精神のどこかで確信出来てしまっていた。

だから彼女は去れない。

自分の心の中にある理性で処理しきれぬ感情を目の前の男に…

原因であるこの男にぶつけるしか、まだ若いカテジナには方法は無かった。

 

「こ、このぉ…!はな、せぇ!下衆!」

 

「おいおい、今日はまた特段だな。俺を独り占めしたかったか?お嬢ちゃん!」

 

「ッ!!誰が!!図に乗らないで!!」

 

「俺が欲しけりゃ大人しいだけのお嬢様でいちゃ無理だな。

根性見せなよ、ウーイッグのお嬢様。

一兵卒から泥水すすって這い上がって、

俺の背中を守るぐらいになりゃあ俺も貴様を抱いてやるぜ、カテジナ。

シュラク隊の女どもは、皆そういう女なのさ。

奴らはイイ女だ」

 

「あ、あんたなんかに抱かれたくない!

よ、よくもそんな都合のいい妄想を恥ずかしげもなく!」

 

「そうかい。まっ、好きにしな。

本当に兵士になれとは言わんが、ようはそれぐらいの気概を見せろという事だ。

今までのように流れてなぁなぁで事を成すな!

デカイ流れにも自分の意志で抗ってみせろ!」

 

「ふん…!何よ、つまりあんたは私に逆らって欲しいの!?

マゾヒスティックな男なのね、あなたは!変態なのかしら?」

 

「フッ、クハハハ!否定はせん!

だが吠えるだけじゃなく行動で貴様の意地を貫けと言っている」

 

「私の、意地…?」

 

「そういう女は好きだ。そうなれよ、カテジナ」

 

いつも崩れぬ不遜な自信漲る笑みを浮かべカテジナを見る。

ウーイッグの令嬢の胸がドキリと高鳴った。

これだ、いつもこれにやられる。カテジナはそう思った。

そういう顔で見られて、好きという単語を叩き込まれるとカテジナの怒りが引っ込んでしまう。

いや、引っ込むというよりは怒りを上回る違う感情がそれを塗りつぶすのだ。

そしてそういう時は決まって体の奥が熱くなる。

 

「い、いつもそうやって…!話を…誤魔化しているわ!」

 

「そうだ。よく気付いたな。いつまでも子供の駄々に付き合いたくないからな」

 

「子供扱いして…!」

 

「まだ処女なんだろう?ガキだな」

 

「ッ!」

 

豊かながらまだ青く固い胸が男の大きくごつい掌の中でぐにゃりと揉まれて、

カテジナの体の奥の火が一瞬大きく燃えた。

 

「やっ!やめてっ!」

 

ヤザンへ殴りかかろうとし続けていた腕を、カテジナは初めて逃げに回して引っ込めた。

それを感じ取りヤザンも押さえつけていた手を離してやる。

手首を掴む男の枷から解き放たれて、彼女は己の胸を己の両手で守るように抱いた。

 

(ひ、人前で…!)

 

人前でなければその先も許したかもしれないということだ。

たったあれだけヤザンに胸をしてやられただけで、

カテジナは自分の女の膨らみの先端がジンジンと痺れるのを感じていた。

体は、どうしようもなくヤザンに抱かれたがっている。

彼に抱かれたシュラク隊のメス犬達に嫉妬し対抗したがっている。

 

「カテジナ」

 

「な、なに!?」

 

ヤザンが声の調子をワントーン落とし、

ニヤケ面も消して真面目に自分の名を呼ぶから思わずカテジナは心臓を跳ねさせた。

今の破廉恥な無礼を詫びようとでもいうのか、と

既に何日も何度もヤザンとやり取りをしたカテジナには

そんな事は有り得ないと理解しているのについそういう想像をしてしまう。

だが、

 

「全部終わっているんだろうな?」

 

「…え?…………な、何をよ!」

 

一拍、カテジナは何のことかと思考する。

 

「書類だよ。俺がジブラルタルにいる間もサボらずやっていたんだろうな」

 

「~~~~ッ!!!バカにして!!!それが大人の男がやること…!大人が!!」

 

赤い顔で肩を震わせるカテジナ。

その目に、何故か涙が滲んできて潤んでしまう。

わざとからかっているのだと頭の良いカテジナには分かった。

こんな粗野で女心を解さない野蛮人に惹かれ始めていると、

そう自覚しかけているカテジナはそんな自分を恥じて惨めに感じ、

その感情の高ぶりがカテジナの涙腺を緩める。

そういう忙しい感情に振り回される多感な年頃なのだった。

 

投げ捨てていたボストンバッグを引っ掴むとそれを間髪入れずにヤザンへ投げつける。

 

「私より書類が好きなヤザン・ゲーブル!くれてやるわよ!

人殺しの女兵士でも育てて抱いていればいいわ!」

 

ヤザンの顔面目掛けて投げられたそのバッグは簡単に受け止められ、

受け止められると同時にカテジナは走り去っていた。

 

あんぐりと口を開けてその修羅場を眺めているリーンホースの新参スタッフ達。

それと対象的に平常運転のリガ・ミリティアの古参達と、そしてヤザン。

カテジナから受け取ったバッグを開けて漁り、

1枚、また1枚とバッグ一杯の書類を取り出してのんびりチェック等を始めていた。

 

「フフ…これはこれは。やる事はやっているな、お嬢様。

完璧な書類だぜ」

 

「ヤザンさん」

 

事が静まり、ウッソがようやく場に出てくるとヤザンへ静かな口調で声を掛ける。

 

「ウッソか。お前が片想いしていたウーイッグのお嬢様は随分と激しい女だな」

 

「そうさせたのはヤザンさんでしょう…?もう…」

 

ジトリとした目でヤザンを睨むように見るウッソの視線をヤザンは笑って流した。

 

「ハッハッハッハ!そうか!そいつはスマンな。

あいつの反応が素直で面白くてなァ…ついついからかっちまう」

 

「よくないと思います、そういうの」

 

ウッソ少年が、少し頬を膨らませた仏頂面気味に言う。

 

「カテジナさんは…きっと、ヤザンさんの事が…その…好き、なんじゃないんですか?

なのに他の女の人と楽しくしているのを見せつけるのは…可愛そうだと思います」

 

焦がれていた想い人が他の男を好きかもしれないと思うのは少し辛いし、

これはウッソ少年の甘酸っぱい初失恋なのかもしれないが

カテジナを盗った男がヤザンなのだと思うと

ウッソはその失恋がそこまで苦いものとは思わなかった。

ウッソの隣ではシャクティも「ウッソと同意見」と言わんばかりの視線を投げ寄越している。

彼女から見ても、カテジナの激しい態度の中にヤザンへの恋慕を感じる。

 

「……フン、賢しく言うじゃないか小僧共」

 

ヤザンは少年少女が目で訴えかけるものを読み取ろうというらしい。

笑うのを止めて真摯に向き合っていた。

 

「………」

 

「………」

 

三人の視線が言葉無く交わり、

やがてヤザンの目線は自然とシャクティの瞳に引き寄せられ吸い込まれていく。

ウッソとシャクティの目の中に、子供故の純心だろうか…ヤザンは()()()を見た。

ウッソもであるが、特にシャクティだ。

黒い瞳は、まるで宇宙のように深くて広く、見つめる者を包むような優しさがあって、

その暖かさがヤザンには受け入れ難い。

寝たくもないのに寝かしつけてくる母親のようであった。

普段はおどおどしているくせに、

シャクティは只々静かに真っ直ぐに風貌恐ろしげな年長の逞しき男の瞳を見ていて、

そんな見つめ合いが数秒程続きヤザンは小さく笑った。

 

「…そうだな。確かにちょいとばかしやり過ぎたかもしれん。

後で謝っておくとしよう。これでいいか?シャクティ」

 

「え?あっ、は、はい」

 

ウッソではなく自分に語りかけたヤザンにおっかなびっくりした少女は、

今の包み込むような瞳が霧散していつものおどついた少女となっていた。

 

「えぇ?シャクティに言うんですか?僕じゃなくて?」

 

「お前の彼女に免じてそうしてやるってんだよ。

チッ…ガキのくせに見透かすような嫌な目をしやがって」

 

ヤザンの舌打ちに、シャクティは小さな肩を震わせる。

それに気付いたヤザン。

彼は女子供の喧しさが好きではないが

戦闘外であればそういう者らも無闇に怖がらせるような事はしない。

なので自然とフォローの言葉がヤザンから飛び出していた。

 

「………フッ、俺にとっては嫌な目だが…。

シャクティ…きっと貴様は良い母親になる。

ウッソのガキでも生んでやれよ。こいつ、喜ぶぜ」

 

「い、いきなり何言ってるんですヤザンさん!」

 

ヤザンの手が、ウッソとシャクティ二人の頭を乱雑に撫で回す。

喚きつつもウッソはこの男にこういう風に撫でられるのが好きだったが、

ちらりと横目で見るとどうも少年のパートナーの少女も当惑しつつ受け入れていた。

幼過ぎる頃に父を失ったシャクティは、大人の男にこうやって頭を撫でられた事はない。

あってもきっとそれは覚えていない。

だからか、シャクティは大きな手から頭髪を通して頭皮に染み入り、

脳まで通り越して思考の中央まで温かなモノに包まれるような感覚に酔う。

 

「わ、私…ウッソの子供…生めるでしょうか?」

 

その感覚に酔ったせいか、それとも先程の男と女の痴話喧嘩を目の当たりにしたせいか、

あるいは両方か…シャクティはついつい変な事を口走って隣のウッソを吹き出させた。

ヤザンはまたカテジナをからかう時のようなやや悪辣な笑みを浮かべた。

 

「生みたくなりゃ生めばいいさ。

男と女になるにはまだ早いが止めはせんよ…だが、まだお前らはガキだ。

避妊は確実にしろ。ガキがガキを生んでも育てられんぞ」

 

「…っ、そ、そうです、よね…」

 

「ヤザンさんっ!!?」

 

「ハッハッハッハ!」

 

最後に一頻りワシャワシャと二人の頭を撫でてから、

ヤザンは大笑いしながら「じゃあな」と書類満載のボストンバッグ片手に去っていく。

ヤザンの大笑いがリーンホースの格納庫に木霊して、

少年と少女は真っ赤な顔で互いを見合っていた。

 

「…い、行こう、か。シャクティ」

 

「う、うん」

 

耳まで赤くしながら、二人はまだまだ残っている搬入の仕事を手伝うのだった。

 

 

 

 

 

 

リガ・ミリティアの幹部連中は、

今まさに丁々発止とやりあって長卓を囲んでいた。

医師のレオニードが、オイ・ニュング伯爵に詰め寄られている。

 

「何度も聞くが…可能性は?」

 

「だから、1人での検査は確実性に欠けているんですよ。

あくまで可能性があるというだけだ。

もう1人血縁者のDNA検査が出来れば90%以上の精度がでますがね」

 

オイ・ニュングが深い深い溜息を吐く。

レオニードも、そしてロメロやゴメス、ヤザンもだ。

 

「…まさか、乗船前の免疫検査がこんな結果を出すとはな」

 

ヤザンが、レオニードの医療レポートをめくって該当項目を鋭く睨み、

ロメロ爺さんが唸る。

 

「う~~~む……クロノクル君と、シャクティさんが…まさかなぁ。

これが本当なら大した事になっちまうぞ…!」

 

宇宙艦船という閉鎖空間で恐いのは疫病だ。

もしも艦内で感染病が起きた場合、防ぐのも逃げるのも非常に困難であるから

搭乗予定の人員の健康診断は常識であり鉄則でもあった。

ジブラルタルシティに置いていくつもりであったクロノクルとシャクティ、

それにスージーやカルルマン達であったが、

全員がしっかりした施設で折角受けるのだからとついでに彼女らも受診していたのだ。

その結果…とんでもない可能性が提示されてしまっていた。

伯爵とヤザンが無言のまま険しい顔で見合って、また溜息をつく。

 

「…シャクティとクロノクルが血縁の可能性、か」

 

宇宙世紀のDNA鑑定技術であるから

比較検査対象数が不足していても検査結果にはかなりの精度があった。

レオニードの専門は遺伝子ではないが医師として知識はそれなりにある。

ジブラルタルの引越公社の協力を得られているのもあって、

大型医療施設とその専門医を使った上での検査結果なので信頼度は高い。

伯爵が抑揚を抑えた声で言う。

 

「…シャクティさんとクロノクル君が血縁者であるなら、

シャクティさんはザンスカールの女王の血縁者であるということだ」

 

ヤザンも頷いた。

 

「そういう事だな。だが、確定させるにはもう1人ぐらいの検査が必要なんだろう?」

 

「クロノクル・アシャーは女王マリアの唯一の家族という話だよ」

 

「つまり、女王マリア様の御血を拝借させて頂ければ結果はお出ましになるって事だな」

 

鼻で笑うヤザンだが、皆も同じ気持ちではある。

そんなことは出来もしない事だし、しなくてもかなり確度の高い情報である。

オイ・ニュングは再度大きく深い溜息をついて口を開いた。

 

「可能性が50%もあれば考慮するに充分過ぎるだろうな。

シャクティさんはクロノクル君と血が繋がっていて、

クロノクル君とシャクティさんは親子関係にはないとは確定している。

という事は、シャクティさんは女王マリアの娘なのだ」

 

伯爵が結論を出すと、特に反論も出ない。

医療レポートを卓上に投げ捨てて、ヤザンは椅子の背もたれに深くもたれた。

 

「王子様とお姫様が俺達の掌中か。

伯爵…あんたとジン・ジャハナムのやり方次第じゃ外交で決着が着くんじゃないか」

 

「そうはいかんだろう。

ザンスカールの女王はカリスマとヒーリング(奇跡)は恐ろしいが実権は無い。

カガチが和平交渉等跳ね除けるさ」

 

緊迫した空気が会議室を包み、

皆の衣擦れや咳払いまでが喧しい程に室内は静まり返っている。

そんな中、ヤザンが卓上に前のめりになって伯爵を見据えた。

 

「…一つ言っておこう、伯爵」

 

「なんだね隊長」

 

「シャクティまで使うのは俺は反対だ。

気に食わん。

ウッソだけで充分だろう。

これ以上ガキ共に戦争を引っ掻き回されたくないんだよ、俺は」

 

「…」

 

「あいつらはカサレリアの森で田舎暮らしが性に合っている。

シャクティはずっとあの森でウッソと暮らしていたんだ。

例え女王マリアが母親だとしても、ウッソがスペシャルだとしても…

あいつらは田舎暮らしがお似合いだ」

 

「やけにセンチじゃないか、隊長」

 

「才能に関わらず、生まれによらず、人は分相応が一番だろう?

俺の分相応は戦場での殺し合いだが…

ウッソ達は田舎者らしく田舎に引っ込んでるのがお似合いってこった」

 

ザンスカールの姫としてシャクティを利用すれば、

顔を出してメディアにも露出させるのだろう。

それがリガ・ミリティアの、ジン・ジャハナムや伯爵のやり方だ。

そうすればこの戦争がどういう決着を迎えようが、

戦後、シャクティ達はそのままじゃいられなくなる。

ザンスカールが負ければ敗戦国の姫として責任を負わされ戦争の憎しみの捌け口になる。

ザンスカールが勝てば女王の娘として統治者達の権力闘争の渦中に放り込まれる。

帝王学もなにも学んだことのない田舎娘が、いきなりそうなる。

それはヤザンから見ても面白い事ではなかった。

 

「シャクティさんが望んだら?」

 

「それはその時だ」

 

「ならば、私が彼女を説得すれば隊長も納得してくれるのだな」

 

「元マンハンター(マハ)局長の口の巧さの見せ所だな、オイ・ニュング」

 

元マハと揶揄されオイ・ニュングは苦笑う。

 

「フフフ…元ティターンズと元マハのコンビか…宇宙移民にとっては笑えんよなぁ。

今となっては過激なマン・ハントも行われていないが、

マハが最悪の名なのは変わらぬのだから今更善人面する気はないさ。

………………まぁ私も急ぎ過ぎる気はないよ。

抵抗運動は良い流れに乗っているし、

シャクティさんとクロノクル君を使わずに済むならそれに越したことはないんだ」

 

「…ジン・ジャハナムの判断次第か」

 

ヤザンは不機嫌そうに呟いた。

事がどういう展開を見せるにせよ、面倒事がまた一つ増えた。

それだけは伯爵とヤザンの確かな共通認識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女王の娘がリガ・ミリティアにいるかもしれぬという深刻な議題で、

真面目な顔付きで皆がうんうん唸っている中、

その会議に出席していたゴメスは同じ深刻な顔をしていたが

1人全く違う事が気になってしまっている。

 

(ちょ、ちょっと待てよ…ティターンズって…ヤザン大尉は本当に…

ひょっとしてあのティターンズだったのか!?)

 

会議の最後にその疑問を投げかければ至極あっさりと「そう言ったろう」と肯定されて、

今更ながらゴメスは

ヤザンがコールドスリープによって現代に生きる歴史の生き証人だと知ったのだった。

その日からゴメスはしつこくヤザンと酒を飲みたがって、

ヤザンはその度、昔話をせがまれる事になる。

毎日のように夜遅くまでヤザンの部屋に居座るようになったゴメスは、

ヤザンと閨を共にしようと夜這いに来るシュラク隊の面々に

しかめっ面で見られて邪魔者扱いされるようになってしまうのはご愛嬌であった…

が、そんな事はシャクティの事と比べれば大した事もない事である。

 


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