ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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獣の安息 その4

太陽電池衛星ハイランドは、地球のアジア方面に電力を送っていた大型太陽電池衛星だ。

送電できるマイクロウェーブの出力はかなりのモノを誇り、

アジアの人々の文明的生活を支えていたが、

地球に基盤を築きつつあるザンスカールに悪用されるのを懸念して送電は止められていた。

送電も止まり、公社の連絡船も絶えてはや一年。

ハイランドにも自給自足能力はあるが、

それでもコロニーや地球から輸入しなければ手に入らない生活用品も多い。

ハイランドの人々は、酸素さえ節約する生活を強いられてきた。

なので衛星基地に寄港し、リーンホースから幾らかの要望品を提供してやると、

ハイランド衛星の住人達は大変に喜び、協力を快諾してくれた。

 

「こんなに物資を頂けて…子供達も助けて貰って、

ここまでして頂いては一も二もなく協力しますよ。お任せください」

 

マサリク兄弟の父でありハイランドの責任者バーツラフ・マサリクは、

豊かなヒゲを親指で軽く弾いて任せろというジェスチャーをオイ・ニュングらに送るのだった。

このハイランドでリーンホース側も推進剤等の補給を行い、

その間、ウッソやオデロ達は鹵獲したゾロアットの色を白に塗り直したりの作業を手伝いつつ

ハイランドの子供達と交流を楽しんでいたようだった。

地球人であるウッソやオデロ達にとっても、

宇宙人のトマーシュらにとっても、双方の少年少女らの出会いは新鮮で、

地球に住んでいても宇宙に住んでいても同じ人間なのだと思える良い機会であった。

 

「えぇ!?ウッソくん、MSに乗っているの!?」

 

17歳のトマーシュ・マサリクがウッソの肩を掴んで驚愕した。

自分より4歳も年下の少年が、

今をときめくリガ・ミリティアのエースパイロットと知って衝撃を隠せない。

 

「そうだぜ!こいつ、こんな見てくれでもうちのエースなんだ!」

 

何故かオデロが胸を張ってウッソを自慢する。

 

「ちゃんと大人のパイロットがあれだけいるのに?」

 

エリシャ・クランスキーが目をパチクリとした。

オデロは少し鼻の下を伸ばしつつ彼女へ向き直り、また胸を張った。

 

「そおなんですよエリシャさん!

このウッソはね、大人顔負けのスペシャルって奴でね!

いやぁ~でもこんなでも意外とピンチになる事多いんすけど、

その度に俺が命懸けでサポートしてやってザンスカールを倒してんだ!な!ウッソ!」

 

トマーシュからウッソを分捕って肩をバンバンと叩く。

ウッソは「うげっ」と小さく苦悶していた。

 

「…感謝はしてますよ、オデロさん」

 

「ははは、そうだぜウッソ!そういう感謝の心ってチームワークには大事だよ!」

 

わははと笑うオデロを、ウッソはジト目で見ているが、

そういう目で見ているのはウッソだけじゃない。

後ろでウォレンとスージィ、それにシャクティが犬と緑のボールと赤ん坊と一緒にジト目だ。

 

「あたし達だって手伝ってんですけどー」

 

スージィが頬を膨らませ、ウォレンも腕を組んでウンウンと頷く。

危険なことをそもそもして欲しくないシャクティにとっては武勇伝でもなんでもない。

しかし、戦争の手伝いをしているウッソを助ける事は、ウッソの命を助ける事に繋がる。

シャクティは背中のカルルマンをあやしながら、

複雑な顔でウッソを見つめるしかできないのだ。

 

「オデロだけじゃないぞ。俺も義兄さんを手伝ってるんだ!

ヴィクトリーの整備だってさ、してるんだぜ!」

 

そして赤髪の青年がオデロと一緒にウッソを挟んで肩を組むものだから、

シャクティは色々な意味で尚更頭が痛い。

 

「クロノクル…やめなさい。戦争自慢なんか」

 

「うっ…ご、ごめんよ、姉さん」

 

批難がましく赤髪の青年・クロノクルにシャクティが言えば、彼はすぐにしおらしく肩を落とす。

その奇妙な光景を、ハイランドの子供達は目をパチクリとさせて眺めていた。

小声でマルチナがスージィへと尋ねる。

 

「ねぇねぇ、あれってどういうこと?」

 

「あー、あれね。クロノクルくんは戦争の後遺症で頭とか心がおかしくなっちゃって…

年下のシャクティをお姉さんって思うようになっちゃったの。大変だよね~。

でも悪い人じゃないし、慣れれば面白いんだよ!優しいし」

 

あっけらかんと子供の口で紡がれているが、戦争の悲惨さが生んだ狂った人…

それがクロノクル・アシャーだ。

そして、リガ・ミリティアの子供達は大なり小なり、

良くも悪くも戦争の狂気に順応し始めている。

実際、どんなコロニーでも躰や精神に戦争被害を被った人間は珍しくない。

クランスキー姉妹も、マサリク兄弟も、イエリネス姉弟も顔を顰めたが、

誰もが「そういう時代なのだから」と理解できてしまっている。

それが戦争がいつでも身近にある宇宙戦国時代であり、

この時代を生きる人々の感性であった。

 

しかめっ面でクロノクルを見ていたトマーシュだが、

その視線はやがて自然にとある人物に吸い寄せられた。

明るく、騒がしく集っている子供集団の脇を、チェックシート片手に通り抜けた女性だった。

長い金髪が無重力にサラサラ揺れて、

何とも言えぬ良い香りがふわりとトマーシュの鼻孔をくすぐった。

その女性は、トマーシュから見て自分と年齢が近しいように見えた。

美少女と形容できる彼女は、今、厳しい顔つきのガラの悪い男と話し始めていた。

 

「…ねぇ、ウッソくん。今の女の人…あの人もパイロットなのかい?」

 

見惚れて、どこか心非ずなトマーシュがウッソに問う。

その様子に、感の鋭い坊やであるウッソは心当たりがある。

 

「ええ、そうですよ。えーと…17歳だからトマーシュさんと同い年じゃないかな。

カテジナさんは、僕と同じ土地の出身で…今はパイロットをやっています」

 

「あんな清楚な人が…僕と同じ年で…もうパイロット」

 

清楚という単語にオデロが「プッ」と吹き出した。

 

「清楚ぉ!?あの女、ああ見えて凶暴なんだぜトマーシュ!

なんせ〝野獣〟ヤザン・ゲーブルの愛弟子なんだ!

それにヤザン隊長の女って噂もあるし、やめとけよあんな女!

隊長にぶっとばされちまうぞ!?」

 

オデロの言葉にウッソも苦い笑いしかできず、否定も肯定もできなかった。

だがフォローはいれる。

 

「ちょっと、オデロ。凶暴なとこはあるけど、清楚なのは合ってるだろ。

あのね、トマーシュさん。カテジナさんはウーイッグのお嬢様で、ヤザン隊長の愛弟子で…

だから清楚だけど凶暴なんだ。

でも…ちゃんと普段はお嬢様で…、綺麗で優しいお姉さんで…」

 

ややしどろもどろになりながら、初恋の人のイメージを守る為に頑張るウッソだった。

そしてそんなウッソの淡い優しさを、シラけた目で見る少女が背後に一人。

 

「ウッソ…あなた、まだカテジナさんのこと…」

 

「シャクティ!?」

 

「ウッソは戦争にのめりこんで、そして憧れのカテジナさんと一緒に戦えて…嬉しいのよね」

 

「ち、違うって、そうじゃないんだシャクティ。ぼ、僕はただ…カテジナさんの名誉の為にね?

だ、だって凶暴な人っていうオデロからの評価だけじゃあんまりじゃないか」

 

「…ふぅん?」

 

「いや、確かに初恋の人だったよ?でももう終わったんだ!本当だよ!

でもカテジナさんの事は、その…同郷で、優しくしてくれた本当のお姉さんみたいな人って、

そう思ってるんだよ!だから…カテジナさんへの好きって、尊敬とかそういう感じで…

シャクティへの好きとは違うんだ!」

 

賢いスペシャルな少年だが、こういう話題で、特にシャクティが絡むと冷静さを失いがちだ。

言葉を次々に重ねる中で、勢いに任せて割と大胆な事を言ってしまう。

こんなミスは以前もやったことだった。

ウッソの発言に子供達はニヤつきだし、シャクティも頬を染めた。

 

「あ…」

 

遠回しにシャクティが異性として好きと皆の前で言ったに等しいと、ウッソも気づく。

 

「おアツいねー!」

 

オデロがウッソの肩を引っ掴んだ。

 

「わぁ…素敵。二人ってそういう関係だったのね!」

 

恋に恋する少女、マルチナは目を輝かせてウッソとシャクティを見る。

 

「はぁ…!あんな目をするマルチナさんも素敵だぁ…」

 

その横でウォレンがマルチナを眺めて顔を赤くしている。

 

「そうか…カテジナさんって名前なんだ…。お嬢様、か。なんて…綺麗なんだろう…」

 

トマーシュの目線は相変わらずカテジナに釘付けだ。

オデロとウッソの話しは部分的にしか頭に入っていないようだった。

年上の少年少女らの姦しさに、ハロの耳を引っ張ったりしていたスージィは溜息を吐く。

そして隣で、頬を染めたシャクティとウッソを見て

腕を組んで頷いている赤髪の青年へ愚痴るように呟くが、その少女の顔は長閑な笑顔だ。

 

「ねぇークロノクルくん。こんなとこで戦争やってるのにさ、結構私達って平和だよね。

あんなふうに浮かれていられるんだから」

 

「ん?…そうだよな…でもこういうのって、何か良いなって…俺、思うよ」

 

「…ん~…かもね!ヤザンのおっちゃんに感謝だね…にひひっ」

 

自分達子供が軍艦で、割合のんびり過ごせているのは頼れる大人がいるからで、

そしてその筆頭格がヤザンであると意外と鋭い少女スージィは理解していた。

少女達の屈託のない笑顔は、

彼ら子供達の目の前に軍艦がある事など忘れさせてしまいそうな程牧歌的だった。

 

作業をする中で、そんな子供達の様子をちらちらと見ていたオリファーもマーベットも、

そしてシュラク隊の面々も…大人達はつくづく思い知らされる。

 

「なぁマーベット」

 

「…なに?」

 

物資コンテナを運びながら、オリファーはパートナーの女性へと声をかけた。

 

「ああいう光景を俺たちは守るんだ」

 

「ええ」

 

「子供って、いいよな」

 

「そうね。……なに?欲しいの?」

 

「え?」

 

パートナーから向けられた悪戯染みた笑顔に、オリファーの鼻っ面が少し赤くなっていた。

そしてシュラク隊の女性陣も、思うことは似たようなものだ。

いつ死ぬか分からぬ戦乱の世。

そして、最前線で戦い続ける精鋭部隊。

性の価値観は時代ごとに変遷するが、

今の世、女達の多くは男と愛し合い子を生むことを望む。

それは、きっとそう思わなければ人類はすぐに死滅してしまうからだ。

それぐらいのペースで人類は太陽圏中で殺し合いをしている。

人類の本能が絶滅を防ぐために愛し合わせているのだとしても、

それは素晴らしい事と思える。

 

「あー、私も子供ほしー」

 

ヘレンがつくづく、といった感じでボヤいた。

 

「戦争中にあたしらが妊婦になったらリガ・ミリティアの根幹が揺らぐわよ?」

 

ジュンコ・ジェンコが働く手を止めずに、相棒的パイロットへ相槌を打った。

笑ってケイトもそれに参戦する。

 

「あはは、そうだよね。

このタイミングでみんなが子作りしたら数カ月後にはシュラク隊は解散だわね」

 

「でも欲しいったら欲しぃ~!あんなの見てたらそう思っちゃうだろ!?ケイトもさぁ」

 

「はぁいはい。じゃあヤザン隊長(パパ)におねだりしてみなよ」

 

首をすくめてジェンコが言うと、ヘレンも悪巧みの笑顔を浮かべる。

 

「…ねぇ、ジュンコ。今夜あたしと一緒に仕掛けようよ」

 

「はぁ?」

 

「でさ…クスリすりかえて…穴も開けてさ…」

 

「バァカ!仕事しな!」

 

友人の頭をぽかりと叩いて、

笑っている他の同僚達にも発破をかけて猥談になりかけていた雑談を締める。

年端も行かぬ子供らが近くにいるのだから、

あまりこういう話題で盛り上がるのもどうかとジュンコ・ジェンコは思うのだ。

しかし…。

 

(子供か…そうだよね。私達にも、今は希望があるんだ)

 

戦況は思ったよりも好転している。

そして、多少…一人の男を共有するという倫理的な問題があるが、

シュラク隊には夜のパートナーを兼任してくれる群れのリーダー(強いオス)がいる。

 

(マーベットだけが、母親になれる可能性を持っているわけじゃない。

私達も…私だって………――ヤザン隊長との子供、か)

 

戦争で次々に命が消えていく。

だから、生き残った者は罪の意識を思うよりも前に、

時代を紡ぐ為に成さねばならない事があった。

 

「シュラク隊が雛鳥を生むためにもさ…今はこんなとこで腑抜けてらんないよ。

だろ?みんな」

 

「ま、そうだね」

 

ジュンコと皆は互いの顔を見て笑い、そして頼れる雄鳥の元へと駆けていった。

 


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