ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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雷獣再臨

ザンスカールのモトラッド艦隊。

それは異常な出世を遂げているゲトル・デプレ中佐が指揮を執る、バイク型大型戦艦を中核とする最新艦で構成された精鋭艦隊である。

月の主要都市の殆ど全てに潜伏させていた諜報員だが、その中でもセント・ジョセフからの情報は確度が高い。

そういった公算を元にその都市へ向かえば、ファラ・グリフォンが強化されたニュータイプ能力でリガ・ミリティアのエースの存在を看破した。

いよいよもって確信したゲトルは、精鋭の強化人間部隊を先行させ、逆方面からの攻撃を命令。

それは陽動でもあるし、ザンネックを始めとする超精鋭達であるからいざともなれば本体にもなれる攻撃力を有していたから、作戦は完璧なる挟み撃ちでもあった。

結果、セント・ジョセフと、その周辺に潜んでいたリガ・ミリティアを炙り出す事に成功し、その戦力を叩くという金星を挙げた。

そのゲトルは最新鋭戦艦アドラステア級旗艦の司令席で踏ん反り返って、「私は偉いのだ」とでも顔に書いてありそうな満足顔で笑いながら副官と談笑しているところであった。

 

「ファラは良い出来のようだ」

 

そう言うゲトルにキル・タンドンが頷く。

 

「はい。サイコ研の一番の傑作と言っても差し支えないでしょうな」

 

「だがルペ・シノとピピニーデンはな……あの体たらくは一体なんなのだ?中尉」

 

じとりとゲトルのタレ目が、サイコ研からの出向技術士官であるキル・タンドンを睨むが、タンドンは気にするふうでも無く冷徹を貫く。

 

「あれは敵がこちらを上回っただけの事です。

今までの戦闘記録から見ても、リガ・ミリティアにはヤザン・ゲーブルの他にもそれに匹敵するエースの存在が確認されています」

 

「フム、2機の白い奴か」

 

「そのうちの1機を堕としたのですから、こちらが強化人間とマシーンを失っても安いものでしょう。

ピピニーデンの言葉を信じるなら、あのティターンズの亡霊を堕としたのです」

 

「…まぁそうではあるが」

 

ドッゴーラの脱出ポッドが持ち帰ったデータを見ても、ドッゴーラ達の相手はあのヤザン・ゲーブルであり、そして最後にメインカメラに映ったその姿から、敵新型のガンダムタイプが炎に包まれて墜ちていったのは見て取れた。

死んでいて欲しいが、爆散まではしていないからどうなったかまでは確証を持てないわけだが、それでも無傷ではないだろう。

重傷でも負ってくれれば、長期間の戦線離脱は有り得る。

 

「ふっふふ、まぁいいさ。

私の勝ちには変わりはないのだ。

しかも、死んだと思われた〝人食い虎〟が、とんだ()()まで持って帰ってきたのだから笑いが止まらんよなぁ。

クククククク…〝姫〟か………我が世の春とはまさにこういう事を言うのかな?なぁタンドン中尉」

 

ニタっと笑って中尉を見れば、相槌程度に彼も笑ってみせる。

クロノクルと姫の確保を報告した時の、あの老人の慌てふためく様は何とも愉快だった。

普段は全く顔色一つ変えぬ老妖怪が、間違いなく一個の生き物なのだと知れた瞬間だ。

 

「帰れば、私は女王陛下から直接十字勲章を授かるのは確実だな」

 

今時作戦におけるゲトル・デプレの残す仕事は後一つ。

それは〝姫〟と〝王弟〟の為に安全に、確実に本国へ帰還する事。

とは言ってもそれはもう半ば成ったようなもの。

今更リガ・ミリティアの艦の船足では、こちらの最新鋭戦艦アドラステア級の足には追いつけないのは明白。

肝心要の連邦軍ですら怒りより恐怖が勝ったか、未だ動きを見せないのだから帰還は楽なものだ。

そうゲトルは高を括っていた。

だが…。

 

「ん…?おぉ戻ったかファラ中佐。ご苦労だった。

貴官の働きには、宰相閣下もご満足の事だろう」

 

春爛漫というゲトルの心に釘を刺す存在が、艦橋のスライドドアの向こうから現れる。

本日の功労者、ファラ・グリフォンその人が艦隊司令へと敬礼をしてみせれば鈴の音が従ってリンと鳴る。

 

追撃を警戒し、思い切り迂回し別ルートから帰ってきたファラは、艦隊と合流したのは今しがたであった。

ニヤけた顔でそう労ったゲトルは至極満足そうで、そしてそれは当然だった。

かつて頭が上がらない上官だった美しき女軍人を部下にし、新型のMS・MA・戦艦を受領し、そして次々に()()()()()を成功させているという偉業。

ジオン公国のギレン・ザビですらしなかった、永世中立地帯であるジブラルタルを攻撃…宇宙引越公社本部ビルを破壊してザンスカールの恐ろしさを世界へ見せつけた。

地球連邦政府本部のお膝元である月面で、その傘下にある月面都市セント・ジョセフを壊滅させ、そこに巣食うリガ・ミリティアを撃破…連邦の権威を失墜させた。

しかも、ファラ中佐と、そして機体を喪失しながらも生きて帰ったピピニーデンの報告では、敵の新型であるガンダムタイプを1機撃墜し、他にも多数の新型を撃ち落とす事に成功した。

ゲンガオゾとドッゴーラ2機を失った事を差し引いても、余りある戦果だ。

まさにゲトル・デプレ中佐は負け知らずであったが、それはタシロやカガチの思惑と、そして彼にあてがわれたファラの存在が大きいのだが、果たしてそれに気づけるだけの器量と冷静な思考は今のゲトルには無い。

 

「フフ…えぇ、宰相もお喜びでしょうが私としては、ひたすら女王陛下の御為に戦い続けているのですよ、ゲトル中佐」

 

ファラの指摘に、ゲトルは内心ドキリとした。

自分が功名心ばかり先立って、実権を持つ宰相の心に適うよう動いているとでもズバリ言われた気分だった。

 

「む、無論、私とてそうだとも。言うまでもない事だろう?」

 

慌てて取り繕う。

しかし元部下のニヤケ面を眺めるファラの顔は、まるで心の奥まで見透かしているかのような、嘲笑うが如くの微笑みのようにも見え、一方でゲトルになど興味がないとでも言うような酷薄な笑みでもあった。

美人がそういった笑顔をすると、逆に恐ろしさを際立たせて、浮ついているゲトルの心胆を一瞬寒くした。

 

「…何かね?ファラ中佐。まだ用があるのかな?」

 

笑むばかりで何も言わずこちらを見つめてくる元上司に気後れすまいと、威厳を保つ為にも尚更厳しい顔と口調でゲトルが言えば、やはりファラはくすくすと微笑みながら口を開く。

 

「ゲトル中佐は艦隊司令として重責に心砕いておられる」

 

「…う、うむ」

 

「であればこれは司令職にあった私からの助言であります。

フフ…勝ち続けるというのは毒なのですよ、司令。

勝利の美酒に酔いしれる今こそ、兜の緒を締めるがよろしかろうと進言致します。フフフ…」

 

慢心しようと負ける要素が無い、と言い返してやろうとしたゲトルだったが、しかしファラの気配に圧されて出かかった言葉は潰された。

 

「獣が坊やを連れてやってくる…!獣というのはしつこいもの…。

あの新型の速さなら、執念深いケダモノならば私達の喉元までやってくるのですよ、司令」

 

「追撃が来る、と?

だ、だが…ゲリラの新型は先の戦闘であなたが――」

 

ファラ・グリフォンの気迫に飲み込まれて、ゲトルは思わずかつてのような…彼女が未だ上司であるかのような口調で返してしまうが、誰もそれをおかしく思わないのがゲトルとファラの()()()()()の差異と言えた。

ファラは妖しく微笑み続ける。

 

「奴らは〝姫様〟にご執心だ…必ず来る。

それに、あのヤザン・ゲーブルがあの程度で死ぬものか。

悪いことは言わない、ゲトル中佐…私のアドバイスを聞いてみるがいい」

 

ゲトルは冷や汗を一筋垂らしながら頷けば、ファラもにこりと笑った。

 

「この艦には例のテスト機が積んであったろ?」

 

言うファラは、今度はゲトルではなく傍らのキル・タンドンへと向き直っている。

 

「テスト機…?サイコミュ試験機の事ですか?

しかしあれは…サイキッカーの思念波増幅を目的にしたサポート機で、ろくな戦闘力はありませんが」

 

「それでも構わん。

野獣の鼻と、坊やの目を逸らさなきゃ無事に逃げ切れないからねぇ。

私達が大事な積荷を女王陛下にお届けする為にも、切らなきゃならない尻尾は切る…」

 

「…尻尾?」

 

今、言葉を返したのはゲトルだ。

切られる尻尾とは何なのか。

ひょっとして自分の事か。

よからぬ想像がゲトルの脳の片隅に浮かんでは、それを瞬間的に消し去ったが彼の背筋の温度がまた一段下がる。

張り付いたようなファラの笑顔はひたすらにゲトルの高揚を奪い去っていくのだ。

 

「フフ、フ、フフフ…追ってきてくれるんだろう?

逃げる女を追うのは男の役目なんだからさ…フフフフ」

 

「…」

 

クスクスと笑うファラの眼に、まるで自分は映っていないようだとゲトルは思わされて、ゴクリと息を呑む。

ファラは、未だにゲトルを圧倒的に上回る精神的強者だった。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

ホラズムはどこもかしこも突貫作業だらけだ。

機体の修理と改修も…施設の修繕もそうだし、リーンホースJrの瓦礫からの()()と修復もであった。

その間、気が焦るウッソが脱走もせず独断専行をしないで良く待ったのは褒めてやるべきだろう。

そんなウッソはというと、今、ヤザンとカテジナと一緒に、見た目だけはまぁまぁに綺麗になった格納庫に集っていて、この場にはオイ・ニュングもいた。

腕をギプス固定されたロベルト・ゴメス艦長がややふらつきながらリーンホースJrのタラップから降りてくるのも見える。

 

「よぉお前さんがた!

全員無事みたいでホッとしたぜぇ」

 

ゴメスが明るい声で、無事な方の手を振ってヒョコヒョコ近づいてくると、すかさずヤザンが笑って言った。

 

「あんたは無事じゃないみたいだな」

 

「ヤザン隊長はどういう体の作りしてやがんだ?

若さって奴か…羨ましいねぇ丈夫でよ!」

 

「ぬかせ。俺のほうが年上だ」

 

「戸籍上ってだけだろうが。

まぁいいや、えぇとだな…本当に行っちまうのか?

リーンホースは後半日もありゃ出港できる状態にまで持っていけるんだぜ?

俺もぴんしゃんしとるし、艦も一緒の方が色々と作戦の幅は広がるだろ」

 

つまりは引き止めにやってきたらしいが、今回の作戦がオイ・ニュングの認可済みと知っているからそう強くは出ない。

遠回しのゴメスの心配は有り難いと思えたウッソだが、表情は固く、うんとは言わない。

 

「すみません、ゴメス艦長。

今回は僕のわがままで…お先に出させてもらいます」

 

周囲へ山程わがままを言った。

そういう自覚はウッソにはある。

申し訳無さそうな表情を浮かべて、それでも決意の固い瞳は揺るがなかった。

 

「どっちみち、急ぎだって言うなら私達だけで行く方が速いのだし。

あのバイク戦艦がサイド2(ザンスカール本国)に着いてしまったら、シャクティを助けるのも、もっと難しくなるわ」

 

あの騒動と混戦の中でも傷一つ負っていない悪運っぷりを披露したカテジナが、意外にもウッソ寄りの発言をしてやるとウッソは少し驚いたようだが、すぐに嬉しそうな顔となっていた。

 

「あ、ありがとうございますカテジナさん。

一緒に付いて来てもらってしまって…ほとんど僕のわがままなのに」

 

「いいのよ。好きな人の為に命を賭けるっていうの…嫌いじゃないし、気持ちは分かるから。

それにあなたって年の割りに分かったような顔して、割りきってみせたりするの…正直気持ち悪かったから、こうやってわがままを見せてくれたのは安心する。

今の君の方が好きよ?ウッソ」

 

ヤザンがペギーを助けた時などは非難染みた事を言っていたカテジナだが、今はウッソとシャクティという事で自分の愛と無関係なのが彼女に包容力と余裕を与えているらしい。

数時間前まで思う存分、男に愛されていたのも深く関係しているだろう。

長い金髪をかきあげながら()()()と笑ってみせたカテジナの余裕ある顔に、少年がどきりとするのも仕方ない色気がそこにはあった。

今は明確にシャクティへの想いを自覚しているし、そういう異性的な意味での発言で無いと分かっていても、やはり初恋のお姉さんに「好き」等と言われると一瞬胸は高鳴ってしまうのを非難する事は誰にも出来ないだろう。

一瞬どきりとして、しかし「気持ち悪かった」とも言われた事に複雑な顔となったウッソを差し置いて、見送り係のオイ・ニュングが言った。

 

「全員、ミューラからのマニュアルには目を通したな?」

 

パイロット達が頷き、ウッソは申し訳無さそうな表情に戻って言う。

 

「あの…母さんは大丈夫なんですよね?」

 

「ああ、そのマニュアルを作ってから倒れるように寝ている。

レオニードが命に別条はないと断言してくれているから大丈夫だ。

………君のお母さんは意識を失う寸前言っていたよ。

シャクティさんを助けろ、だそうだ」

 

言われるまでもない事だと、パイロット達の顔には燃える意思が見えて、特にウッソは力強く頷いた。

 

「あの混乱では敵の艦の数さえ正確には把握できていない。

充分気を付けてくれ。

…彼らを頼んだぞ、ヤザン隊長」

 

オイ・ニュングもこの追撃戦の危険さは理解している。

本来ならGOサインを出すべきではない。

だがシャクティの重要性と、リガ・ミリティアの強大なエースであるウッソの心情も考慮すれば多少の無茶は飲み込むべきだった。

それに、ウッソの手綱を握れる頼れる大人のパイロットがいるという安心感が伯爵にはある。

伯爵とヤザンの視線が交差し、ヤザンが頷く。

 

「よぉし、ヤザン隊出るぞ!」

 

MS隊総隊長の力強い声がデッキに響き、それだけでその場にいたリガ・ミリティアのスタッフ達の心を〝頼もしさ〟で満たすのは、やはりヤザン・ゲーブルは天性の現場指揮官だ。

味方であればこれ以上頼もしい男はいない。

どのような苦境にあっても溌剌とし、不利にあってもへこたれる事なく、しつこく足掻き続けてくれる…そういう男がリーダーだと付いていく部下は安心だったが、敵からすれば最悪のハイエナだ。

どれだけ撃退しようと痛めつけようと、諦める事なく獲物と見定めた敵を襲い続ける獣は、ザンスカールからしたら〝おぞましい〟とさえ見える。

ヤザンの声を合図に一斉に動き出した現場で、特に素早い年少のパイロット二人組だが、それより速いヤザンが昇っていくワイヤーガンの半ばでゲンガオゾの装甲に脚を引っ掛けて蹴り上がりコクピットへ転がり込んだ。

ハッチが閉じ、エンジンが唸る。

 

『ゲンガオゾ、出るぞ!メカニックは全員離れろ!』

 

一瞬、ゲンガオゾの三つの複合マルチセンサーが開いて赤光に輝くと、すぐに保護カバーをおろせば薄目から紅蓮の妖光が漏れているようで不気味でさえあるが、その不気味さと恐ろしい()()は、パイロット同様に味方である今は心強い限りだ。

ゆっくりと逞しい脚を踏み出し、

 

『セカンドシャッコーはカテジナ・ルースで出る!』

 

『ウッソ、V2ガンダムいきます!』

 

それにV2ガンダムとシャッコーが続く。

主を獣へと換えた雷神が黒い空に舞っていき、それに付き従う2機のMSがスラスターの光を宇宙に描いた。

 

『新型の乗り心地はどう?ヤザン』

 

ミノフスキー濃度はクリアで通信は快調だ。

カテジナの声ははっきりとヤザンの耳へと届いた。

 

『…得体の知れない力を感じる…気に入らん。

だが、それ以外はご機嫌だな』

 

その言葉は、ある意味で最大級の褒め言葉にも似る。

かつてヤザンのお気に入りだったハンブラビと同じ感想を抱いたこの男は、このMSにハンブラビの匂いを嗅ぎ取ったかもしれない。

だがそんな今の発言をミューラが聞けば、また頭を抱えるだろう。

ヤザンのニュータイプ特性は0。

これはヤザンが冷凍刑に処される前と、そしてホラズムでの最近の検査の両方で証明されている。

だというのに、ヤザンはサイコ・マシンのパワーを感じてみせているという事だ。

人間の奥底の闘争本能とか、獣性とか、ニュータイプ的センスとは違う第六感とか、そういう原始的パワーでサイコミュを肌で感じ取る…ニュータイプの定説を揺らがすような男で、科学者泣かせと言えた。

 

『昔抱いた女とよりを戻した…そんな感じだぜ。

具合の良いじゃじゃ馬って所か、こいつは』

 

『……なにそれ。下品な例えね』

 

『フッハッハハハッ!そうか、そいつァすまんな!』

 

呆れ半分、嫉妬半分。

カテジナの反応はそんな所だ。

だがヤザンは、MSにさえ嫉妬してみせる少女の可愛らしい悋気をせせら笑いながら機体を更に加速させていた。

ゲンガオゾの肩と胴の付け根辺り…背部の肩甲骨にあたる箇所に増設された下向きの小型変換器(オートコンバーター)と、改造されたテールスカート裏のメーンスラスターから、推力に変換し損なったメガ粒子が放出されると、それは彗星の尾のように伸びていくが、それはまるで羽虫の羽ばたきの如く不快な振動と明滅を繰り返すものだった。

シャッコーにも背中のメーンスラスターの左右やや上に、やはりゲンガオゾと同じような下向きのオートコンバーターが増設されて、そこから下方に向かって不安定で細切れなメガ粒子が放出される様は、V2の翼状の光とは違い、まるで昆虫の〝翅〟だ。

上向きのウイングバインダーから伸びるメガ粒子がまるで鳥の翼のようにも見えるV2の〝羽〟とは視覚的にもそいつは違って、ザンスカール製特有の機体デザインと、オートコンバーターの翅という組み合わせは、ゲンガオゾとシャッコーをより生物的なマシーンに見せて、2機はまるで蟲の巨人だ。

急拵えのゲンガオゾと、そしてセカンドVの未完成品を積んだシャッコーでは、その不安定さが〝翅〟という形で顕れているが、だが、その速さは紛れもなくミノフスキー・ドライブそのもの。

3機のドライブ搭載機は快調に宇宙の空にスラスター光を引きながら飛び続ける。

ゲンガオゾとシャッコーの速さは、正統マシーンであるV2にも食らいつけるスピードで、バックエンジンユニットという追加ブースターを持つゲンガオゾに至ってはまだまだ余裕を見せていた。

 

『全機、気を抜くなよ』

 

かれこれ数十分は何事もなく高速飛行を続けていて、いい加減緊張も緩みそろそろ退屈に陥るかというタイミングで、ヤザンは部下達へ忠告を発した。

最初のうちは緩むに任せて、そして間もなく警戒ポイントだという時点でそういう事を言い出してくれるヤザンは、誠に戦いの抑えるべき要所という物を心得ていた。

常に緊張していては弓の弦もすぐに切れる。

適度に緩ませてこそ弦は強く長持ちするのだという事をベテラン指揮官は良く理解していた。

最初の20分ばかりの緩みは、良い意味でウッソとカテジナの緊張を解き、昨夜の疲れを少しばかりとはいえ癒やしてくれていた。

 

だが、その緩みもヤザンの言葉で消えていく。

緊張を取り戻し、ウッソもシャクティを助けるのだという決意を、改めて強く意識し始めて十数分後。

パイロットとしてのコンセントレーションが高まるタイミングとしてはほぼ理想的なその時に、ウッソらの視界に件のバイク戦艦が映りだしたのだった。

通常の戦艦やMSの速度ならば、条件にもよるが月からサイド2までおよそ3日程の距離。

そこをヤザン隊の3機は、最も遅いシャッコーに速度を合わせて飛んで、それでも尚極短時間で先行していた敵艦隊に追いつけてしまう。

まさに既存のMS戦史の常識を覆す驚異的な速度であった。

 

『視えた!』

 

ウッソが叫んだ。

誰よりもその接敵を心待ちにしていたのもあって、その発見にも人一倍敏感であった。

 

逃げ去ったバイク艦隊の航路を割り出したオイ・ニュングの予想通り、敵艦隊は最短距離をひた進んでいたらしい。

戦艦の航跡が光の線となってパイロット達の目にしっかりと映った。

 

『伯爵の予測通りか。

全機、速度を一旦落とし可能な限り密集。フォーメーションを維持しろ!』

 

ヤザンの指示に従って、高速飛行中にも関わらず即座に機体が接触するギリギリまで詰め寄る3機。

だが従いながらもカテジナが率直に疑問を述べた。

 

『速度を落として密集すると敵の砲撃が来た時に一網打尽にされるんじゃないの?』

 

『数を誤認させて、出来るならデブリに見せたいという事だ。

小綺麗な隊形のまま突っ込めばMSが来ましたと宣伝するようなもんだ。

それに俺達ならば砲撃が来る前に散開できるからな』

 

そうだろうカテジナ、と言われれば、砲撃が来る前に勘付いて避けろという無茶な注文も、カテジナの心に妙に浮ついた感情がちらついて悪い気はしない。

なるほどと思わされて、そのまま飛ぶこと数秒。

確かに未だに敵艦隊の動きは鈍い。

 

『ミノフスキー粒子はまだ戦闘濃度になっていない。

敵が気付く頃にはこちらは奴らの懐の中って事…。

成程ね…ミノフスキー・ドライブの使い方ってこういうものなのね』

 

本来は外宇宙への人類の進出の為の技術だが、ミノフスキー・ドライブの速度と航続性能による少数精鋭での無補給・高速の重要拠点(本陣)切り込みは確かにドライブの真骨頂と言えた。

その戦略の恐ろしさは、地上でゾロによって証明されている事であり、V2達はそれを宇宙で展開できるという事だ。

半素人の域のカテジナも納得の戦略的怪物MSであった。

ドライブの超高速でも、ミノフスキー粒子を撒かずに接近すればレーダーがこちらを捉えるだろうが、その正体を掴むのに数瞬でも迷いが生じてくれれば、それは戦場では大きなアドバンテージとなる。

速度を落とした今でもヤザン隊は充分に速く、もう間もなく敵味方の火器は火を吹くという段階であったが、しかしわざわざ速度を落としたのは、本格的にやり合う前に二人の若い部下に聞いておきたい事もあったからだった。

 

『ウッソ、カテジナ、ミューラが言うにはお前達にはニュータイプの素質があるそうだ。

俺はあんなまやかし信じちゃいないが、勘の鋭さって奴はあの手の人種の得意技なのも確かだ。

シャクティやクロノクルが、どの艦に乗っているか分かるか』

 

ヤザンの急な問いかけに、えっ、と小さく呟いてからカテジナが答える。

 

『私は…感じられない。

第一、見つけたい相手を感じ取れる力なんて、そんなのおとぎ話だわ』

 

カテジナは、ヤザンの期待に応えられない事を残念がったようでテンションを下げたトーンでそう言ったが、彼女も寝た男(ヤザン)の影響を受けてか、先の戦いでセント・ジョセフ・シティの多くの市民の死を感じ取ったにも関わらずニュータイプというモノに対して懐疑的だ。

だが、己は信じていない割にヤザンはそれを他者に対してまで強要はしないし、寧ろ視野を広く持って使えるものは何でも使えと…そう彼が思うのはベテラン兵士であり教官役を多くこなしたからかもしれないし、幾人かのニュータイプと接した過去の経験から彼自身の思考を柔軟にしたようでもあった。

それに、グリプス戦役時代と違い、U.C.0153年現代はニュータイプというものが科学的にある程度解明されていて、オカルト的なものがやや薄れていたのも一役買っていただろう。

 

『そう邪険にする事もない。あるってンなら使ってみろ』

 

『……分からないわ。

何だが、ざわざわと胸騒ぎみたいな、そういう嫌な気配は艦隊(あそこ)からするけれど』

 

『ウッソはどうか』

 

ヤザンが部下の少年に問う間にも敵艦隊の光源が近づいてくる。

暗闇の宇宙であるからその光点との距離を目視で測ろうというのは少々無茶があるが、ヤザンは経験と、そして圧倒的な原始的感覚(ワイルドセンス)で接敵が近い事を嗅ぎ取って、マシーンが告げるよりも早く敵との相対距離を掴んでいた。

開戦は近い。

 

『…何か、大きな…圧力のようなものが、あそこを覆っていて…シャクティを掻き消してしまっている…。

ヤザンさん、この気配…あの〝鈴の音〟かもしれません』

 

ウッソは不安気にそう言ったが、ヤザンは年若い部下の不安を吹き飛ばすようにニヒルに笑う。

 

『ククク、まぁいいさ。どの道そんなもんに頼り過ぎるのも逆に毒になる!

まやかしに囚われ過ぎるなよ!頼るのは己のセンスだ!

ニュータイプは自分のスキルの一つに過ぎんという事を肝に銘じておけ』

 

結局は、野獣にとってのニュータイプ能力への評価はそこへ落ち着く。

ヤザンにとってニュータイプは人と心を通わす人類種の革新ではない。

ただ、空間認識能力が他人より優れ、故に人の気配を遠方だろうと鋼鉄の装甲越しだろうと感じ取る才能に過ぎず ――それはMS戦においては非常に重要なアドバンテージだが―― それはヤザンからすれば手先が器用とか、筋肉が付きやすいとか、そういう人間の個性の範疇でしかなかった。

 

(最後にモノを言うのは、自分の才能と経験の複合をどれだけ磨き抜いたか、だ)

 

そう思うから、ヤザンはニュータイプや強化人間を恐れはしないし拘りも持たない。

が、当然相応の警戒心は抱きはする。

 

『ウッソが〝鈴の音〟の気配を感じ取ったかもしれんという事は、向こうも気付いたという事だ。

砲撃に気を付けろ!』

 

警戒心と共に、ヤザンの闘争心のギアも一段上がる。

 

『どの艦にシャクティとクロノクルがいるのかが分からん!

当初の予定通り戦艦の脚を殺す!

俺がまずは仕掛ける。後に続け!』

 

『はい!』

 

『了解!』

 

再度、ゲンガオゾのブースターが唸って速度を上げる。

レーダーに映る高速の異物として、ベスパもヤザン達を認識しているはずだ。

警戒度が跳ね上がったその証拠に、急速にミノフスキー濃度が上昇していく。

〝鈴の音〟の感知能力ならばレーダーより早くこちらを捉えてキャノンの迎撃の一発二発でも放ちそうなものだが、それが無い事に多少の違和感を感じつつもヤザンはMSを駆け続ける。

 

(…砲撃が来ない?〝鈴の音()〟はいないのか?

なら燻り出してやるぜ)

 

ヤザンの口角が緩く上がった。

ゲンガオゾが主に呼応する。

 

背のバックエンジンユニットが高速度で射出され、ケーブルの尾を引き、リレーインコムを経由する度に軌道を変えながらターゲットへと迫る。

まるでバックエンジンユニットそのものが可変MAのように単独攻撃時のフライトモードへと可変。

そしてターゲット達の前方へと回り込み、ヤザン隊よりも一足先に5連装ヴェスバーの猛射を仕掛けた。

拾ったコンティオのデータと、そして月都市エアーズからのインコムデータを元に、鬼才ミューラが仕上げたバックエンジン・インコムは実にスムーズな滑り出しを見せる。

そして実に良いタイミングで敵達はミノフスキー粒子の濃度を上げてくれているから、バックエンジンユニットが高速で回り込んでいるのを察知するのは大分遅れるに違いなかった。

ミノフスキー粒子がヤザンの〝悪戯〟を隠してくれる。

宇宙に咲く徒花がチラチラと開いて散った。

バイク戦艦の群れが派手にビーム機銃を撒き散らし始めたのが視え、そして数秒遅れて艦砲射撃がそちらへと集中的に放たれて、こちらへの攻撃は申し訳程度で回避は素人でも出来る。

 

「フッ、ハハハハ!成程なァ、これがオールレンジ攻撃の感触か。悪くはない!」

 

囮としては重畳な働きっぷりにヤザンが笑う。

敵の意表を突き、そして本体はドライブの爆発的な加速力で一気に戦艦に肉薄すれば、ヤザンの、ノーマルスーツの下は包帯だらけの傷んだ肉体を重々しく圧するGが襲った。

「ぐゥッ」と漏れる声。

ヤザンでさえ一瞬苦悶する程の加速が襲う。傷だらけの体ならば尚更だった。

現代機の耐G性能でもこれであるから、この加速を第1期MSで行ったら即ペシャンコになってお陀仏だろう。

だが、ヤザンから漏れた苦悶は、言ってみれば女子供でも操作可能な現代機の圧に慣れた故の油断だった。

彼からすれば、全力の機動戦を行った時にはこの程度のGは別に珍しくもない。

かつては、エースと呼ばれる人種の間では、Gを耐え凌がんと奥歯を噛み締め砕く事すらままある事だ。

 

「…っ、こいつは具合がいいな…!」

 

心地いい圧迫に加え、パイロットの行きたい所に一瞬で連れて行ってくれる機体の速度、制動。

ヤザンの中の獣が疼いた。

フットペダルを踏み込む。

ヒリヒリとした圧がヤザンの傷ついた肉体を痛めつけてくるが、その痛覚すらヤザンにとっては友邦であった。

この感覚こそが戦闘なのだと、手負いの獣は嬉しそうにほくそ笑む。

そんな主の意を汲みとって、ゲンガオゾが怪物的加速を断行し、V2とは違う蟲の翅染みた光の翼をはためかせる。

それは幻想的で美しいV2の姿とは全く異なり、敵を捕食せんという呑食の殺意を振り撒く物の怪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アドラステア級ラステオ。

それはネームシップたるアドラステアから続く名誉ある2番艦であり、それを任されているのはバイク戦艦の考案者であるドゥカー・イクであった。

月面作戦を成功させ、意気揚々と引き上げていくモトラッド艦隊は、バイク戦艦の圧倒的武威と戦果に心を必要以上に熱くし、自分たちを鼓舞していたように思えた。

それは、連邦政府のお膝元である月面都市を徹底的に破壊した行為が、これから何を引き出してしまうかを誰もがどこか不安気な心持ちで考えてしまうからだ。

 

〝連邦の本格的報復が恐ろしい〟という事だ。

だが、連邦軍が全面攻勢に打って出ることは有り得ないというのは、この時代、誰も彼もの認識でもある。

今回のベスパの攻撃作戦は、月面のリガ・ミリティアの一大拠点を叩くと同時に、連邦の腐敗が何処まで浸透しているかを探るつもりでもある。

 

「…フォン・ブラウンに動きはあるか?」

 

ドゥカー・イクが、副官であり、アドラステア所属のMS戦隊の隊長を務めている褐色の美女、レンダ・デ・パロマに確認をとれば彼女は首を横に振る。

 

「そうか。まさか連邦がここまで腑抜けていたとはな」

 

「はい。想像以上に連邦は軍も政府も腐敗しています」

 

「私達が望んだ以上に連邦は酷い有様だ。

こうまでくると、敵でありながら惰弱と醜態っぷりは目に余る。

…これでは地球圏の秩序が乱れるのも当然ではないか」

 

ドゥカーがそう呟く様は、敵を嘲るというよりも憤慨しているようだった。

そもそも、連邦政府がしっかりと地球圏の手綱を握っていれば宇宙戦国時代など幕が上がる事はないし、ザンスカールが勃興する事もなかった。

 

「…戦争とは酷いものだよ。

だが、その戦争のお陰で私のバイク乗りの楽園は現実味を帯びてくるのだ。

もはや正義なき連邦から命と愛の象徴たる地球を解放し、世から腐敗を一層する。

世界に正しき愛を満たす果てに、清浄なるバイク乗りの楽園が誕生すれば、それは幸せな事だ」

 

だからこの戦争は正義だ。

ドゥカー・イクが、いっそ爽やかな顔でそう言うとパロマも強い笑顔で深く頷く。

だが、その会話が聞こえてしまっていた艦橋クルーは頭の上に幾つもの疑問符を浮かべては内心で首を傾げざるを得ない。

同胞たるベスパ兵達にも奇妙がられるのがドゥカーとパロマだ。

深い信仰と過激な思想に身を委ねるベスパ兵達ですら、この似た者同士の二名は理解し難かったが、それでも高い階級を持つのだから従うのは軍人の宿命だった。

 

ドゥカーとパロマは今すぐバイクについて熱く語り合いたい所だったが、今は任務中だと襟を正して顔を固くさせる。

しかし二人の目線は熱く交わりあっていて、両者の心はどこか違う世界へと飛び立って…いや、二輪で走り去っているようだったが、二人の世界に行きかけた所でつんざくような電子音が彼らを現実へと引き戻す。

 

「何事だ」

 

ドゥカーが言うと直様クルーが返す。

 

「レーダーに反応。4時方向より接近物です」

 

「MSか?」

 

「…それが、少し変なんです。

反応もMS級程度の小規模なもので、しかも速すぎます。MSの速度じゃありません。

おまけにミノフスキー粒子も散布しておらず、レーダーにも明瞭に映っていて…」

 

レーダー士も頭を悩ませ言葉に詰まる。

思考を戦いへと切り替えつつあったドゥカーだが、口の中で唾を飲み込み少しの緊張を解すと、やや深めの息を吐く。

 

「ならば隕石かデブリだろう」

 

「デブリにしても少し速すぎますよ。

それに当艦隊に真っ直ぐに向かって来ているように見えます」

 

クルーの言葉にドゥカーとパロマがまたも互いの顔を見合ったが、今度のそれは軍人然としたもので、そこに()()()世界は存在しない。

 

「確かに妙ではあるが、コロニーのゴミではなく戦闘デブリならば加速している物もある」

 

そこまで言うとドゥカーは整えられたクリーム色の口髭を一撫でし、だが、と続けた。

 

「警戒するに越したことはない。

第三…いや、第二戦闘配置発令。すぐに偵察を出せ。

接近物体を確認し、艦隊を横切る可能性があるなら破壊を――」

 

まぁまぁに無難な指示に落ち着いたドゥカーだったが、その指示は再度の警告音で遮られる事になった。

 

「――今度はなんだ!」

 

「っ!物体が急加速!?これは…っ、やはり機動兵器!?

しかしこんな速さ…っ、MAだってここまでは!まるで赤い彗星だ!」

 

常識の何倍かの速度の接近物体に、クルーは思わず戦史における最速の代名詞の軍人の異名を叫ぶ。

 

「間もなく有視界距離!」

 

「総員第一戦闘配置!ミノフスキー粒子散布!

4時方向に各砲座照準合わせ!」

 

急速に戦いの空気が立ち込める艦橋で、レンダ・デ・パロマは火がついたように駆け出していた。

最新鋭戦艦アドラステアの強力無比な機銃網とメガ粒子の砲塔が即座に起動し、迫りくる敵を迎え撃たんとした。

だがその時。

 

「っ!11時より熱源!」

 

クルーの報告がドゥカーの思考回路に軽度の一撃を見舞った。

 

「なんだと!?逆方向から!?

回り込まれた…!いや、待ち伏せだとでもいうか!」

 

言うやいなやメガ粒子の光が、高速で接近する機影とは逆方面から迫る。

無数のビームが横合いから殴りつける豪雨のように艦隊を襲った。

艦隊規模のメガ粒子の弾幕が、突然に暗黒の空間から湧き出たようにも思える。

 

「艦隊が我らの進路に待ち伏せていたのか!?

ありえん!サイド2への航路だぞ!!」

 

自ら(アドラステア)がバラ撒いた戦闘濃度のミノフスキー粒子の傘。

その傘の下を潜って、人知れずに回り込んでいたのはゲンガオゾのバックエンジンユニット。

そいつの放つ圧倒的なヴェスバーの嵐は、その宙域に小規模な艦隊が潜んでいると錯覚させるには充分な脅威だ。

 

「ぐぅぅ!?」

 

「うわああ!!」

 

ラステオの船体が振動を襲いドゥカー達を揺する。

無数のビームがラステオに直撃したのだ。

しかしラステオは揺れはしたものの無傷であり、それはアドラステア級がIフィールドを搭載した鉄壁艦であるからで驚異的タフネスであった。

すぐさまラステオは艦隊がいる(と思われる)方向へと反撃を仕掛けるが、それには全く手応えはない。

そして、そのような無駄弾を撃っている間に高速の機影が直ぐ側まで来ているのは当たり前の事だったが、それは敢えてドゥカーの思考から放棄された存在だった。

アドラステア級の鉄壁を支えるのはIフィールドだけではない。

通常の軍艦の何倍もの数の優れた防空機銃が、接近する機影を近寄らせないと踏んでいたからだった。

だが、それは甘い認識だったとドゥカーは身を持って知る事になる。

 

「っ!敵MSが、だ、弾幕を突破っ!?」

 

「なに!?」

 

まさかの事態だ。

シミュレーションでも実戦式のテストでも、アドラステア級の弾幕を無事に踏破したものはいない。

無敵と謳われる練度を誇るザンスカールの最精鋭、ズガン艦隊のトップガン達ですら太鼓判を押す精度と密度、威力を誇る対空防衛網なのだ。

だが次の瞬間、船体がまた大きく揺れた直後…ベスパ達が良く知る猫目だかキツネ目だかの機体が、機銃の嵐を縫って艦橋の前に現れていた。

 

「あ、あぁぁ…!ラステオの対空網が破られた!!」

 

「Iフィールドの内側に入り込まれた!!」

 

「う、嘘だろ…!ありゃ、ゲ、ゲンガオゾだ!!」

 

誰かの悲壮な声が、戦闘中の喧騒の中で妙にスッキリと艦橋に響く。

そいつは先の戦闘でロストした筈の友軍機。

ゲンガオゾはバイク戦艦の艦橋を、手を伸ばせば届きそうな距離で睨んでいた。

ベスパのクルー達が尻餅をつきそうな程に驚愕し、その顔を恐怖に染めていく。

 

「友軍機がなんでこちらに銃を向け――…っい、いや、ゲンガオゾは墜ちたはずじゃ…!」

 

「バカな、ルペ・シノ大尉か…!?

生きていて…裏切った!?」

 

「そんなバカな!コクピットを撃ち抜かれたのはしっかり記録にあるんだよ!」

 

「ゲンガオゾの性能じゃ、あ、あんなスピードが出る筈もない!」

 

「…ぼ、亡霊!」

 

「化けてでやがった!ひ、ひぃぃ!」

 

口々に恐れが漏れでて止まらない。

軍人というのは存外迷信深い者も多いから、失われた筈のゲンガオゾが真っ赤な三つ目でギロリと睨んでくる様は中々に彼らには堪えるらしい。

だが、

 

「狼狽えるな!

センサー手、熱源は捉えているのだろう!?

相手は亡霊ではない!リガ・ミリティアは敵機を利用するゲリラだと忘れるな!」

 

艦長のドゥカー・イクだけは冷静さを失っていない。

部下達を叱咤し、現実を直視させる。

だが、同時にその冷静さは、いっそ幽霊でも見た方がマシだと思える事実もドゥカー・イクに告げていた。

 

(だが、常識外れの速度で近づいたのは確かだ…!

リガ・ミリティアめ、ゲンガオゾにどんなトリックを仕掛けた!)

 

「対空砲火!ゲンガオゾに集中!

リシテアと合わせて火線を集中!十字砲火に敵を追い込むのだ!

モトラッド艦隊は腹が弱いと気取られぬ内に腹を合わせろ!

MS(レンダ)隊の発進はまだなのか!!」

 

ドゥカー・イクの指示がまるで聞こえたかのようにゲンガオゾは笑った。

複合マルチセンサーの保護カバーの下部だけをスライドさせたそのタイミングが、まるでゲンガオゾを凶悪に笑わせたかのようで、艦橋クルー達は皆息を呑み、そして指揮官であるドゥカー・イクの要望にはとても応えられない旨を伝えざるを得なかった。

 

「格納庫ハッチが潰されています!

MS隊、発艦できません!!」

 

艦の形状からある程度は察せられるとはいえ、ゲンガオゾは速攻によって既にラステオの腹をへしゃげさせていたらしい。

先程の大きな揺れは、その破壊作業故だったのだ。

 

「リシテアと連携がとれません!リシテアも同じ様に超高速のMSに襲われて…!」

 

クルーの誰かがそう言った次の瞬間にはゲンガオゾは眼前から姿を消した。

スラスター光と、そして背から溢れさす不安定なメガ粒子光の残像を残して消えたのだ。

 

「光を残して、消えた…!?」

 

艦橋をいつでも潰せたろうに、だがゲンガオゾはそれをせずに笑って消えた。

そこにきて、冷静なこの艦長もとうとう背筋が凍る。

 

「艦橋を潰さんとは…!!い、いつでも我々など捻り潰せるとでも言いたいか!」

 

ドゥカー・イクのその予想は的中する。

時が進むにつれ、ラステオの艦橋を被害状況報告という名の阿鼻叫喚がうるさく響く。

 

「対空砲、3番、5番、6番、9番、沈黙!

っ!続けて20番、22番、…っ、うっ、あぁぁ!30%が沈黙っ!」

 

「ミサイルランチャー全基使用不能です!」

 

「メインスラスター被弾っ!」

 

横に揺れ、縦に揺れ、報告も舌を噛みそうな中、クルー達は良くやっていた。

 

「…っ」

 

耐ショック姿勢でも激しく体が揺れる中、ドゥカー・イクは大型モニターから友軍の様子を見れば、他の友軍艦もなかなかの有様だ。

ズタボロの歴戦の勇士といった体で、バイク戦艦達はハリネズミの如くの対空砲火を尚も乱射しているが、部下の報告の通り連携は既にズタズタに引き裂かれていた。

 

「砲撃手は何をやっているか!」

 

「速すぎて捉えられません!」

 

ラステオの35基という対空ビーム砲の数は、過去の名艦達と比べても質を含めて抜きん出ている。

だがハリネズミとも形容されるその圧倒的対空砲火は、更に恐ろしき怪物となって還ってきたゲンガオゾに届いておらず、その数を着実に減らしていた。

 

「艦長!ラステオの脚が遅くなっています!陣形の維持が困難です!」

 

その報告はドゥカー・イクをさらなる驚きと恐怖に陥れ、そして冷静さを削いでいった。

 

「ラステオがやられるというのか!?

このバイク乗り魂が形になった艦が墜ちるわけが!」

 

「敵は、どうやらゲンガオゾだけじゃありませんっ!

こ、これは――」

 

「報告は明瞭にせんか!」

 

「敵は全く静止しないんです!とてもこの速さじゃ確認なんてとれませんよ!」

 

敵の全機…即ちヤザン隊の面々は、隊長の教えを守って常に機動し続けているのだ。

それこそが機動兵器の真骨頂であり、そしてミノフスキー・ドライブの恐ろしさであった。

だが、当たり前だがこちらが速く動けば敵を見るこちらの視界も速く流れていく。

半端者が超高速で動き回っても、それは己の視界も定まらずに自分の速さに翻弄されるばかりとなるが、この常軌を逸した機動戦を展開するのがヤザン、ウッソ、カテジナだというのなら話は別だ。

 

「ちぃぃ!」

 

あらゆるセンサー系が四方八方から熱源の接近と離脱を告げて、接近を告げる電子音はもはやただ喧しいだけだった。

そしてレーダー系は敵味方双方が散布したミノフスキー粒子によって当然のように使えない。

光学センサーでは、リガ・ミリティア機と思しき敵機は目測する事すら出来ていない。

時折、艦橋のミラーから視える敵の残像は、絶えず動き回っていて、こんなものはエスパーでなければとても銃座で捕捉は出来ない。

正確な機数は不明だが、少なくとも大部隊ではあるまい。

だが、襲ってくるその全てが、この途方も無いスピードの持ち主であるのは明白だった。

 

「あぁ!ラ、ラステオの脚が…止まる!」

 

クルーの悲痛な叫び。

無双の火力と防御力を誇るアドラステア級が、いともあっさりと機動力を奪われていった。

ドゥカー・イクの渾身のプレゼンテーションは女王マリア直々の謁見さえ許可され、そして宰相カガチにも認められた超弩級戦艦アドラステア級。

それはドゥカーの夢の第一歩とも言うべき魂の具現化であったが、それは地獄より舞い戻り、そして敵となったゲンガオゾによって阻まれつつある。

彼の鼻下に蓄えられた髭面が酷く歪んだ。

 

「お、おのれ…!やはり宇宙空間では…!

このバイク乗り魂を象るアドラステアの真価が発揮できん!!

二輪を発揮できる大地があれば…このような醜態をさらすわけもないのだ!」

 

指揮席の腕置きを強く叩いたドゥカー・イク。

それは負け惜しみのようだが、実際正しい側面もあった。

アドラステア級の火力と防御力は凄まじい。

特筆すべきは船体下部に堂々と聳える超巨大タイヤだ。

その威容通り、全てを踏み潰し蹴散らす超硬度を誇り、ヴェスバーだろうとハイメガキャノンだろうと弾く。

核爆発に耐え、タイヤだけならばコロニーレーザーにすら耐え得るとのテストデータもある代物だった。

船首の巨大ビームシールドはこの時代の艦船の標準装備であるが、先程実演してみせた通り、アドラステアはそれに加えて船体にもIフィールドを備えている。

核をも凌ぐ装甲、遠距離からのビームはIフィールドで弾き、そして近接を仕掛けようという蛮勇者には35基の対空ビームが襲ってくる。

まさに鉄壁。

しかし、嵐のような防空網を突破して我が物顔で好き勝手に切りつけてくる者がいたとすれば、話はまるで変わってくるのだ。

そして今、そういう者が目の前に現れていた。

そいつは(ベスパ)からMSを何度も奪い、そしてその度にザンスカールに痛撃を食らわせてくるケダモノだ。

 

「クククク、フッハッハハハッ!裸に剥いてやる!」

 

超高速で突っ込むようにアドラステアの砲塔に着地し、踏み潰したゲンガオゾの機内で獣が笑っていた。

艦内ブロックのどこに囚われのお姫様がいようとも、ヤザンにとっては幾らでも手の出しようはあるのだ。

追い詰めすぎて敵がシャクティに手を出すという可能性も、この際消している。

シャクティの存在が大事なのはお互い様だが、より重く認識しているのはザンスカールの方に違いないのだから。

 

「こいつで終わりだ…!」

 

ゲンガオゾが跳んだ。

呟くヤザンの脳波サンプリングに従って、ゲンガオゾのバックエンジンユニットが高速で巻き戻り、金属の摩擦音と共に背に帰ったバックエンジンユニットが、エネルギーチャージを済ませて敵艦のスラスターを狙い澄ます。

ヤザンに殺す気は無い。

だと言うのに彼の笑顔は闘争心に満ちて、凶悪の一言だ。

この一撃が決まれば敵艦隊の機動力は実質喪失される。

 

その時だった。

 

 

 

 

――ヤザンさん!

 

 

 

 

ウッソが己を呼ぶ声が聞こえた。

 

「っ!後ろからだと!?」

 

ゲンガオゾの背後から迫る悪意をウッソの声が教えてくれれば、ヤザンは反射的にゲンガオゾのオートコンバーターをはためかせた。

背面跳びのようにしなったゲンガオゾの背…バックエンジンユニットを擦るように赤い粒子が通り過ぎていく。

 

「鈴の音は…この艦隊にいなかった!?

艦隊を餌に俺達をおびき寄せたっていうのか!」

 

回避しつつ遥か遠くの虚空を睨んだヤザンだが、次の瞬間には彼の獰猛な三白眼は見開いて、赤い砲撃のその先を見届けて()()()とした。

 

 

 

 

 

 

 

紅蓮の光矢は真っ直ぐに、バイク型強襲巡洋艦リシテアを貫いたのだった。

 

(なにィ!?誤射か!?)

 

猛烈に火を吹き上げ内部から破裂していく敵艦を見て、ヤザンはそういう感想を微かに脳細胞の片隅に浮かべたが、だが違ったと直ぐに彼の理性が間違いを訂正する。

 

「っ!違う…鈴の音め、誘爆を狙いやがった!」

 

鈴の音の主…ファラ・グリフォンは、機影すら全く確認できぬ程の遠方からの超ロングレンジの狙撃によって、リシテアのエンジンをピンポイントで狙撃し核融合炉のIフィールドを崩壊させてみせた。

それはまさに神業と言う他無い超絶の技と言えた。

 

ヤザンはゲンガオゾを急速に離脱させる。

高速戦闘の真っ只中では友軍に意志を伝える手段は極めて限定的だ。

手練のヤザンですら、二人の若い部下がこの危機を察して逃げに徹してくれるのを願うしかないが、それでもオールドタイプの自分よりもニュータイプ的なウッソとカテジナならば…という期待は常にある。

 

リシテアがドス黒い赤の火球と化したかと思うと、次の瞬間にはその宙域を白い閃光が覆い尽くした。

 


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