ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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ジェヴォーダンの獣

戦場は少しずつ北に移りながら、しかし激しさを失わない。

見慣れぬ複数の新型MSを発見した時から、

ファラ・グリフォン護送任務は新型追撃に切り替わった。

新型部隊を追いたがるピピニーデンにファラも許可を出し、

追いすがるトムリアット隊と、

逃げるシュラク隊の砲火伴う迷惑極まりない追いかけっこが始まったのだった。

かれこれ追走劇は1時間以上になるだろう。

ピピニーデンは臍を噛んでいた。

 

「おのれ…ちょこまかよく動く!

あのカーキグリーンのMS…ジェヴォーダンの獣の部隊に違いないのだ!」

 

退いては撃ち、撃っては退く新型MS達の戦いぶりは、

勇猛果敢とは違って非常に鬱陶しく、また巧みでもあった。

味方は1機も墜ちてはいないが推進剤、ミサイル等の実体弾薬、

ビームバズーカにライフルのEパックの消耗が著しい。

間に割って入るようにチョロチョロしていたジェムズガン達は多く討った。

しかし消耗はしただろうが、肝心の新型はやはり1機も墜ちてはいない。

 

「戦慣れしている…しかも冷静だ。

ジェムズガン達の動きも、旧式とはいえ見事だな…このトムリアットに随分粘る」

 

今も、トムリアットの猫目のズーム映像には新型連中を庇ってか、

最後尾をゆくジェムズガンが数機残っていて散発的にビームライフルで威嚇してきていた。

 

「大尉!こちらのミサイルも弾切れです。これ以上の追撃は負担が大きすぎます」

 

「む…」

 

部下の女パイロット、ルペ・シノが駆るトムリアットのヘリ形態から射出されたワイヤー。

それの触れ合い通信にピピニーデンも「確かに…」と短く唸る。

ファラ・グリフォンの搭乗するリカールもいるのだから、

もう一度この場の最上級士官にお伺いを立てるべきだろうとピピニーデンは判断する。

ピピニーデンのトムリアットが悠々と空をいくリカールに取り付いた。

 

「中佐、最後のトムリアットも実弾は全て撃ち尽くしました。

これ以上の深追いは危険かもしれません。どうなさいますか」

 

「…確かに深追いしている。

だが戦闘前に既にラゲーンには連絡を入れてあるのだ…直に増援が来よう。

それに…大尉は撤退する気など無いのではないか?

ピピニーデン隊は独立部隊だ。

好きにするがいい…リカールは援護する」

 

「ふふ…それは有り難い。

それに増援に向かっているというワタリー・ギラ戦闘小隊…

彼の部隊と共闘できるのは楽しみですよ」

 

こうしている今も、トムリアットとカーキ色のMS達はビームライフルの撃ち合いをしつつ

欧州の空を北上しているのだ。

ラゲーンからワタリー・ギラの増援が来れば挟撃の形が整う。

 

「ではこのまま獣狩りを続行します!」

 

「ああ…私も大尉が獣を討ってくれれば本国への手土産が増えて嬉しくはある」

 

リカールの後部座席にゆったりと腰掛けながらも、ファラは必死である。

今がまさに追撃を止めるタイミングとしてベターだろうが、

多少の無茶は覚悟で追うだけの価値がある。

ピピニーデンの、クロノクルの仇への拘りに付き合うのは危険な賭けだが価値があるのだ。

 

自分のすぐ真上にはもうギロチンの鈴の音が響いている。

しかし、ここで新型部隊を撃破、ないし1機でも捕獲できれば…

その上でアーティ・ジブラルタルを占領できればファラの首も繋がるかもしれない。

 

「メッチェ、リカールはまだいけるか?」

 

「はい!お望みとあらば、どこまでも奴らを追ってみせます!」

 

どんな時も、リカールのパイロットを務める副官メッチェだけはファラの味方だ。

メッチェならファラの首が繋がる為にはどんな無茶もしてくれるだろう事は確信できる。

 

「…メッチェ、優しいな…貴公は」

 

メッチェだけが、今のファラ・グリフォンの支えだった。

男としても愛する副官の横顔を後ろ斜めから眺めていたその時だ。

轟音と共に最前列のトムリアットが1機、火を拭いた。

 

「何事だ!」

 

ファラの目には、追撃目標達からのビームライフルが当たったようには見えない。

 

「ビームライフルによる狙撃です!カーキグリーン共ではありません!」

 

メッチェが叫ぶ。

 

「チィ…ッ、敵の増援が早かったか!何故接近に気付かなかった!」

 

「申し訳ありません、敵は太陽光に紛れていて…うっ!?ファラ様、お掴まりを!」

 

大型モビルアーマー・リカールが急上昇を始め、ファラが思わずよろける。

 

「どうした!?」

 

「先程火を拭いたトムリアットの熱源が膨張しています!

敵は、恐らくわざとエンジンに攻撃をッ!」

 

「っ!全機に散――間に合わん!」

 

エンジンのIフィールドが崩壊し燃えゆくトムリアットの動力部が臨界を迎え、爆ぜた。

核の光がトムリアット隊と、

そしてファラ直属のゾロ隊の一部を巻き込んで空を白塗りに染める。

 

「ああ!?トムリアット隊が…!」

 

飲み込まれずに済んだピピニーデンがその光景に叫ぶ。

光に飲み込まれなかったのは、爆発したトムリアットから離れていた数機。

後方にいたリカールと直掩機のゾロ、ピピニーデン機、

そしてその側に控えていたルペ・シノ機であった。

 

「なんということだ…生きてはいるが、あれでは!

…クワン・リー、戦えるのか!?」

 

白色光が消え去ると、装甲の所々を焼け焦がせ煙を吐くトムリアット、ゾロらが現れる。

ピピニーデンは前方指揮を執っていた第3小隊長のクワン・リー機に急ぎ取り付く。

 

「ダメージはありますが…まだ戦えます!」

 

「いい、退け!後は私とルペ・シノが――っ!来た!」

 

ビームの光が幾筋もベスパの大隊を襲う。

核の光でセンサーの精度と運動性が落ちた所に、

一気にリガ・ミリティアの増援が突っ込んできていた。

 

「これではいい的ではないか!動け!」

 

鈍い動きの機から狙い撃ちにされている。

核爆発が至近であったとはいえ自慢のフォーメーションが早々に崩れ、

トムリアット達が次々に被弾していく。

逃げていた敵新型部隊も転進し、上方からのMSと共にビームライフルの嵐を見舞ってくる。

トムリアット達は必死に動いてそれらを何とか躱しているが、

至近弾を受けてメガ粒子の塵に装甲やキャノピーが焼かれていった。

 

「た、大尉っ!あれを!!」

 

「っ!まさか!?」

 

軋む機体を立て直し、人型へと姿を変えたクワン・リー機が指差す方向。

そこには、イエロージャケットカラーの

失踪した新型が赤目を剥いてこちらを凝視する姿があった。

長大なライフルを構えて強力なビームを連射し、

しかも恐ろしい精度でこちらの泣き所を狙ってきていた。

 

「シャッコーを!!レ、レジスタンスめぇ…!

クロノクルを殺し!我が軍の新型を奪い己のものとしたのか!!」

 

「うわあああっ、た、大尉ぃ!?」

 

「キッサロリアッ!!?」

 

シャッコーが引き金をひくと、また1機がジェネレーターを貫かれて核の光に消えていく。

キッサロリアはピピニーデンよりも年長のベテラン兵だったが、

それでも反応できずに撃ち落とされるのは、それが敵の実力の証明であった。

シャッコーの攻撃は正確で、そして冷徹であり容赦がない。

 

「私達のベスパのシャッコーで我々を襲うなどと!」

 

ピピニーデンもまたライフルで反撃をしているが、

鋭くも幻影のように揺れ動くシャッコーの軌道がピピニーデンを惑わしている。

 

「あ、当たらん…!あれがシャッコーの性能なのか!?」

 

回避運動をとりながらシャッコーのロングライフルがまた雄叫びを上げて光を放つ。

しかし今までの機と違い、ピピニーデンはそれを間一髪で避けるのだから彼はエースだった。

 

「威力がこちらのビームライフルよりも上か!無駄にデカくはないようだが!」

 

間一髪の回避では機体がメガ粒子の干渉で悲鳴を上げる。

 

(ビームローターでは防ぎきれんか!?)

 

クロノクルがそうだったように、ピピニーデンもまた長得物を見て射撃戦は危険だと判断。

ブースターを全開にし、急速に間合いを詰めることを望む。

構えるシャッコーの砲身がまた光った。

 

「ぐうぅッ、避けた!貰ったぁ!」

 

急激な回避運動にピピニーデンは奥歯を噛んで耐え、怯まず突撃する。

未だにライフルの構えを解かぬシャッコーの懐に飛び込むように、

トムリアットがビームサーベルを刺突しながら突っ込んだ。

だが、その刺突はシャッコーが倒れ込むように後ろ回転をすると、

シャッコーの胴体を掠るようにして空を貫いていた。

 

(避けられた!?読まれてい――)

「ぐあっ!?」

 

トムリアットを衝撃が襲う。

胴体の一部と頭部の半分が、シャッコーの尖った黒いつま先に削られてしまっていた。

 

(避けただけではない!?あのままブースターで回転を速めてッ、私を蹴っただと!)

 

「だが、体勢は崩れただろう!」

 

急速に上昇し、

オーバーヘッドキックの形から回復していないシャッコーへライフルを向け、放つ。

しかしシャッコーはその射撃を崩れた体勢から胴を関節から捻って横に飛んで避けてしまう。

 

「あの体勢から捻って逃げる!?

こ、こいつ…猫か虎でもあるまいに!」

 

柔軟に動くシャッコーの性能と、

そしてそれを可能とするリガ・ミリティアのパイロットの技量に

ピピニーデンが戦慄したその時…彼は自機の様子のおかしさに気付く。

 

警報(アラート)?なんだと!?い、いつのまに!)

 

トムリアットの片足が深く切り裂かれ脚部スラスターが死んでいた。

 

「回避と同時に私を切っていたというのか…!?」

 

シャッコーを見ると、

手にしていたロングライフルを逆手持ちにし銃床からサーベルの光刃を発振させている。

ロングライフルの尻からあのようなサーベルが出るのも驚きだが、

それ以上にいつサーベルを展開したのかがピピニーデンには分からなかった。

 

「回避と攻撃を同じタイミングで仕掛けてきた…こ、こいつは…ッ」

 

ピピニーデンの心に戦慄を超えた感情が生まれ始めていた。

シャッコーが目を見開いて血のように朱い目でピピニーデンを見つめている。

 

「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ!」

 

パイロットスーツの内側が、嫌な汗で湿る。

ピピニーデンの頬にも額にも脂汗がじっとり浮かんでいた。

 

「クロノクルの仇なのだ…ここで終われん!」

 

ライフルを牽制がてら撃ち、

再び距離を詰めて今度は肩部から取り出したビームトマホークを振るう。

だがシャッコーは、ピピニーデンの重い一撃もロングビームサーベルで受け止めると、

そのままいなしてトムリアットの体勢を崩してしまう。

 

「グッ!」

 

各所のアポジを駆使しすぐさまトムリアットを立て直したピピニーデンが、

再度トマホークを振るう。

今度は下から逆袈裟の形で振り上げるが…。

 

「う、ぐ、うぅ…!私が…遊ばれているというのか!?」

 

またしても柄の長いサーベルで捌かれる。

諦めずに、ピピニーデンは何度もトマホークとサーベルの両方を使い連撃を繰り出すが、

その全てをシャッコーは長柄のビーム銃剣でいなし続ける。

まるで闘牛をあしらうマタドールが如くであった。

ピピニーデンの猛撃にも関わらずシャッコーは依然として無傷。

一方、彼のトムリアットは傷だらけである。

これがそのまま、シャッコーのパイロットと己の力量差だと彼は理解した。

ピピニーデン・サーカスとまで謳われた絶妙の技の全てが通じない。

彼の築き上げてきたプライドと自信が段々と崩れていく。

 

(兵達が恐れたジェヴォーダンの獣!…こいつが、こいつが!間違いない!)

 

シャッコーの恐ろしい程の野獣的な動きとプレッシャーは、

ベスパのイエロージャケットを翻弄したオクシタニーの物の怪という評がそのまま当て嵌まる。

シャッコーを駆っていることから、ファラ・グリフォンが予見していた通り

ジェヴォーダンの獣がクロノクル・アシャーを打倒した仇敵に違いない。

ピピニーデンは確信した。

 

「だ、だが…動けん…!どこをどうすれば奴を倒せるというのだ!」

 

そうとは分かっても、仇敵を前にしてもピピニーデンは動けなかった。

どのような攻撃を仕掛けてもそれが通じるとは思えなくなってしまっていた。

ピピニーデンが、目の前のケモノに全ての集中を掻っ攫われていたその戦闘…。

その間に、この空域のバトルは大きく状況を変えていたのに彼は気付けなかった。

 

「大尉ッ!!」

 

「っ!」

 

それに気付いたのは、部下ルペ・シノからの叫ぶような通信が入ったからだった。

ミノフスキー粒子で酷く掠れながらも、間近まで来た損傷著しいトムリアットが叫んでいた。

 

「ピピニーデン大尉!我が隊の損耗甚大!クワン・リーも見当たりません!」

 

「な、なんだと?この短時間でそこまで…何機が生き残っている!

クワン・リーは死んだのか!?」

 

「確認できていません!」

 

もはや損傷していないトムリアットはいない。

ルペ・シノ機も片腕と片脚の関節から先を喪失していた。

ビームを必死に避けつつ、ピピニーデンが確認する。

既にピピニーデン隊の残りは満身創痍のトムリアットが4機しかおらず…

ゾロ等は、先程爆散したのが最後の生き残りであった。

 

「く…ファラ・グリフォンのリカールはどうした!?」

 

「そちらまで気を回す余裕が――来ますっ!」

 

白いMSが見事な連携で2機のトムリアットを囲む。

 

「大尉、気をつけて下さい…!こいつら速いっ!!

この2機にトムリアット隊は殆どやられています!」

 

「うるさい!白い奴よりもシャッコーなのだ!

うっ!?…シャ、シャッコーめ…どこに行った!?」

 

僅かにルペ・シノと通信し、

そして部隊の状況を確認した僅かな間にシャッコーが視界から消えている。

この時、ピピニーデンは明確な恐怖をケモノに抱いた。

 

(く、くそ…やはり目を離してはいけなかったのだ!ルペ・シノが私の邪魔をするから!)

 

追い詰められたトムリアット2機が自然と背中を合わせてビームライフルで弾幕を張る。

もはやビームライフルしか射撃武器の弾薬はなく、

ピピニーデン機は頭部センサーの半分は抉られ、

胴体装甲も大きくひしゃげて片脚も動かない。

ルペ・シノ機も隻腕隻脚だ。

背中のバックパックからは煙が上がっている。

つまり両機ともにAMBAC(手足を使う姿勢制御)が満足に使えず運動性が大きく低下しているのだ。

背中合わせをする事で互いの死角を減らす苦肉の策だった。

 

「た、大尉っ、無駄弾を撃ちすぎています!」

 

「私に指図をするなァ!」

 

視界の端に、また墜ちていくトムリアットが見えた。

ここより更に上の空でも轟音が響いている。

恐らくリカールも、楽ではない戦いに追い込まれているだろう。

ピピニーデンの恐怖が増大していき、ビームライフルのトリガーを引く指も止まりはしない。

ひたすらに乱射しまくってしまう。

カーキグリーンのMS、白いMS、それらに囲まれつつあり、

しかもその者達にビームライフルが当たらない。

 

(こいつら全員が、何という練度だ!我がピピニーデン隊以上の…!

たかだが民間のゲリラ組織の分際で、こんな悪夢があってたまるか!)

 

「…っ、下!?大尉!」

 

「な!?う、うわああっ!!」

 

真下から巨大なビームサーベルを振り上げたのはシャッコーであった。

全力のスラスターで特攻のような速度で2機のトムリアットの間を引き裂いた。

咄嗟に残った脚の後ろ蹴りでピピニーデン機を突き飛ばしたルペ・シノ機は、

シャッコーの振り上げた銃剣で今度こそ両足を失った。

 

「ぐっ、ううう!?脚が…!こ、この惨状はっ!!あなたが撤退を見誤ったから!」

 

「撤退?撤退など!こいつはクロノクルの仇なのだぞ!」

 

ルペ・シノが抱く怒りは、上司であるピピニーデンにも向けられていた。

明らかに深追いをしたからの損耗だ。

あの時にさっさと退いていればこの強敵達とは出会わずに済んだ筈だった。

 

「シャッコーッ!私より強いなどとあって良いはずがない!!」

 

上空に突き抜けて行ったシャッコー目掛けて、

ライフルを連射し続けそのままピピニーデンのトムリアットは突っ込んでいく。

シャッコーはビームを巧みに避けながら、

向かってくるトムリアットを銃床の光刃を振りかざし待ち受けていた。

 

「大尉ッ!!」

 

ルペ・シノは舌打ちをする。ピピニーデンが冷静さを失っているのは明らかだった。

 

「錯乱して…、ならば失礼するッ!」

 

シャッコーが迫るトムリアットへと光刃を振り下ろす、その直前…

ルペ・シノが放ったビームがトムリアットの頭部を貫いてシャッコーへ迫った。

一瞬、シャッコーの目のシールドカバーが開き朱いセンサーが剥き出す。

それはまるでシャッコーが驚愕しているかのように見えた。

 

意表を突いたであろうルペ・シノの一撃は、しかしシャッコーに直撃はしなかった。

トムリアットの頭部がメガ粒子に貫かれ熱で膨張するその一瞬を感じ取ったシャッコーが、

それと同時に体をスライドさせていたのだった。

ルペ・シノの放ったビームの粒子が薄っすらとシャッコーの腕部装甲を焼いた。

だがそれだけであった。

 

「避けた!?化け物かこいつ!」

 

ピピニーデンの精神が追い込まれるだけの怪物なのだと、

ルペ・シノもまた納得してしまう。

頭部が吹き飛び、首から火を拭いたピピニーデン機。

火が胴体にまで回っていくと、インジェクションが起動してコクピットブロックを射出する。

ルペ・シノはすかさずそれをキャッチし、そして一目散に逃げ出した。

 

「やっていられないよ!エース3機と新型の群れに囲まれるなんてさ!」

 

上からはシャッコー、そして2機の白いMSは左右から着いて来る。

シャッコーが朱い目を不気味に光らせると同時に、

白いMSの緑のセンサーアイも冷ややかに光った気がした。

 

(…っ!このルペ・シノが…狩られる!)

 

自機を見つめる3対の冷たいセンサーアイにルペ・シノは心底ゾッとする。

 

「く…スラスターが…!!?」

 

煙を吹いていたバックパックが限界を迎えつつあるらしい。

全開にしたスラスター炎が掠れて黒煙を吹き出す。

トムリアットの速度が落ち、シャッコーが迫る。

 

ここまでか、とルペ・シノが観念しかけた、その時に救いの手は彼女に差し伸べられた。

レーダーに新たな熱源。

数機のMSらしき反応が急速に迫ってきていた。

きっとその反応はリガ・ミリティアの増援ではない。

何故なら、ルペ・シノを追ってきていた3機が急ターンして踵を返したのだから。

 

「た、助かった…の?」

 

ルペ・シノの体中に不快な汗が纏わりついてた。

こうまで死を意識した戦いは、彼女もかつて経験したことがない。

背後を見ると、残りのリガ・ミリティアのMS達も引き上げつつあり、

自軍と違いその撤退っぷりは非常に鮮やかで素早い。

はるか上空を見れば雲の隙間にリカールも見えた。

高機動と雲を活かして生き残ったのだろう。

さすが、ファラ・グリフォン中佐お抱えのパイロットというだけあって腕は良いようで、

火と煙に包まれながらも一応は無事。しかし…

 

「ベスパのイエロージャケットが…この有様なのかい…」

 

まさに惨憺たる有様である。

酷く掠れながらもベスパのラゲーン所属の周波数で呼びかける通信が聞こえてくる。

 

「ご無事ですか!中佐!中佐!聞こえますか!

応答を!こちらワタリー・ギラ!応答を願います、中佐!」

 

ミノフスキー粒子の戦闘濃度圏外にまでルペ・シノは来ていたらしい。

増援部隊から聞こえる低いだみ声に彼女は心底安堵していた。

公的記録に残る、ザンスカールの初めての本格的な敗戦であった。

 


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