ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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獣の安息 その2

ヤザン達の今回の戦いの目的はシュラク隊の回収だ。

故に、優勢に戦いを進めてはいても

敵の増援が確認された時点でヤザンは撤退命令を下した。

どんな罠があるかも分からず、つまらぬアクシデントで新型と部下を失いたくはない。

だが、ベスパの様子を見るに今の戦闘の後にベスパらも一頻り救助活動やらを行って、

さっさと兵をまとめてラゲーン方面へと撤退していったのが確認できた。

一安心ではある。

 

(…あの2人…中々面白い奴らだった)

 

安心すると腹が減る。

ヤザンは、自分の腹を満たしてくれた嬲り甲斐のあったベスパのパイロットを思う。

1人は、面白味のない戦い方をするが高いレベルで技量がまとまっていた。

そしてもう1人は…仲間のMSごとこちらを狙ってくるその精神性が気に入った。

 

「クク…次に遭うまで生きていてくれればいいがな…!」

 

悪人面で1人笑いながら、しかしさっさと次の思考に切り替える。

獰猛なパイロットからあっという間に冷静な指揮官としての顔となって考える。

 

(しかし…奴ら、いったいどこに向かっていた。

シュラク隊と遭遇したのは偶発的なものに見えたが…。

このまま南西に行けばあるのは……アーティ・ジブラルタル、か)

 

気にはなったが、

しかし、今はそれよりも隊を休息させてやりたかった。

シュラク隊達は長い追撃戦を凌いだ直後だ。

ベスパが追ってこないのを確認し

ヤザンはシャッコーの左手を親指を下に向けて立てて(ブーイングのようなジェスチャーで)全員に着陸の合図を送り、

リガ・ミリティアのMS達を手近な森へと着陸させる。

 

シャッコーが1。

Vガンダムが2。

ガンイージが6。

ジェムズガンが1。

全10機であった。

 

皆がコクピットハッチを開けて、互いの顔を確認して生存を喜びあう。

だが、

 

「オリファー、モンペリエ隊の生き残りは!」

 

リガ・ミリティアの戦力の核となるべき主力メンバーが全員生存する為の、

その生贄に捧げられた日陰者達がいる。

モンペリエ隊だ。

ヤザンがオクシタニー方面で活動していた頃にオリファーと共に所属していた隊で、

Vタイプの為にカミオン隊に向かったヤザンの代わりに

オリファーが指揮官となっていた旧式MS(ジェムズガン)隊だ。

オリファーが率い、指揮官であるオリファーもいれて9機がいたはずだが、

今ここにいるジェムズガンはオリファー機の1機だけだ。

ジェムズガンから姿を覗かせるオリファーは、問われ、俯き加減で答える。

 

「…彼らは、全滅です。皆、自分の仕事をしてくれました」

 

新型MSガンイージを主力に届けるためにヤザンの教えを最大限に実行し、

オリファーを除く全員が乗機のジェムズガンをシュラク隊の盾にして散った。

先刻の圧倒的有利と思われた乱戦の中で、

既に疲弊していたモンペリエ隊の残兵は生き残る事が出来なかった。

ゾロとは違うあの紫のMS達は、決して容易な相手では無かったということだ。

ヤザンはその報告を、眉間に深い皺を刻んで聞いた。

 

「…そうか。全員やられたか」

 

この場に生き残った連中は、

ヤザンとオリファー以外はジェムズガンのパイロット達を見知ってはいない。

だが、ヤザンとオリファーの表情を見れば良い人達だったのだと理解できた。

 

「すみません、ヤザン隊長。私達が捕捉されたばかりに…」

 

ジュンコ・ジェンコは、久しぶりに教官であり上司でもあるヤザンの顔を見れた嬉しさを殺し、

盾にしてしまった同志達の死を思う。

他のシュラク隊も、そしてマーベットもウッソも神妙な面持ちだ。

 

「こればかりは仕方がない。運が悪かったと思え。

……それに、モンペリエの奴らは美人の盾になれたことを喜んでいる筈さ。

奴らの死を悼むというなら今日は奴らのために酒でも呑んでやるんだな…。

あいつらも女と酒盛りが出来て喜ぶだろう」

 

ヤザンはいつもの調子でそう言い切った。

戦い抜いて死んだ者は寧ろ幸福だ。

彼はそう思っているから死者に魂を引っ張られはしない。

湿っぽい話は終わりだ、とばかりに

ヤザンはシャッコーの昇降機で飛び降り、そして皆を見た。

 

「それにしても、シュラク隊が全員くたばっていないようで安心だ。

勇んで死にかけているかと思ったが…良い戦いっぷりをするようになったな。

特に……ヘレン・ジャクソン!」

 

「ハッ!」

 

「突っ込むだけじゃ無くなったようだな。良い動きだった」

 

「ありがとうございます、隊長。

私達は全員、隊長にあれだけ鍛えられたんですから突っ込むだけでは能がありません。

せっかくの新型を壊して届けたら後が怖いし…ね?みんな」

 

ヘレンがくだけた様子で、軽いウィンクをしつつ笑ってメンバーに同意を求めると、

マヘリアが笑いながら頷いて

 

「そうそう!それよね、一番の理由は!」

 

陽気にそう言うと皆もそれに続いた。

ケイトもヤザンへ笑顔を向ける。しかし、

 

「隊長も元気みたいで安心しました…。

隊長は、あの…地上ではどうでした?」

 

その笑顔はあっけらかんとした明るいものというよりはどこか女を感じさせる。

普段の勝ち気でサバサバとした彼女らしいとは言えない、はにかんだものに見えた。

 

「…暫く会わん内に腑抜けたか?少し鍛え直す必要がありそうだなァ」

 

ヤザンがそう言うと悲鳴のような歓声のような叫びが女達から上がって非常に賑やかだ。

そんな調子で、暫くは皆、姦しく挨拶などをしていたが、

やがてケイトがヤザンの背後を見ながら言った。

 

「それにしても、隊長。見慣れないMSに乗ってますね。

そいつはわかりますよ。ヴィクトリーでしょ?隊長のあれもうちの新型なんですか?

なんだか、すごくザンスカールっぽいデザインですね」

 

マーベットとウッソ以外の者達が、

オレンジイエローの機体…シャッコーを見て首を傾げる。

ウッソが微笑みながら、ヤザンの代わりに説明しだす。

 

「あれはシャッコーといって、ザンスカールの新型MSです。

ヤザンさんがベスパから盗っちゃったんですよ」

 

ウッソの言葉にはどこか誇らしさが滲んでいるように聞こえる。

 

「ベスパから盗ったぁ!?うわー、さすがヤザン隊長…手癖が悪い!

…というか、あんたは……え?………うそ。

まさかこんな子供が2機めのヴィクトリーのパイロット?

マーベットの後部座席にいたとかじゃないわよね?」

 

「ち、違いますよ。僕は…ちゃんとあのヴィクトリーのパイロットです」

 

マヘリアが、シャッコーとウッソの両方に驚き、

そして少年の前で屈むとウッソの頭に白い手を優しく添えた。

シュラク隊が今度は少年へと群がりだす。

 

「ちょっと隊長!こんないい子どこから攫ってきたんですか?」

 

コニーが少年の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「あんなに女子供は戦場に来るなって言ってたくせに!」

 

ヘレンも少年の頭を、コニーよりは乱雑に撫でまくる。

 

「坊や、あの白いのに乗ってたんだろ?良い腕じゃないか。

がっつり隊長に仕込まれたんだ?」

 

ペギーが優しくウッソの頭を撫で触る。

 

「…ちょいとペギー、今の言い方なんか卑猥じゃない?」

 

ジュンコも撫で回しに参加しつつ金髪の同僚へ軽口を叩く。

 

「少年をがっつり仕込む隊長…うーん……確かに、マズイ言い方だったかしら?」

 

等とシュラク隊が好き勝手にウッソの頭を弄ぶものだから、

ウッソの髪が大変なことになってしまっていた。

 

「ちょ、ちょっとお姉さん達!?や、やめてくださいよ~!

ヤザンさーーん助けてぇ!」

 

本気でどうすれば良いか分からないウッソは、

美女達にもみくちゃにされて身動きもとれていない。

ヤザンへ助けを求めるその声は割合、必死であった。

その様を微笑ましく見守っていたマーベットもいつの間にか意中の人…

オリファー・イノエの横に行って彼と久方ぶりの談笑などをしていた。

 

僅かな間、そんな部下達の交流の光景を眺めていたヤザンだが、

やがて皆に号令を下すとさっさと自らは休憩しだすのだった。

 

「ここで10分、小休止した後すぐに発つ。各自、用を済ませておけよ」

 

折れた木の幹に腰掛けたヤザンが、

サバイバルキットから取り出した携帯食を口に放り込みながら言った。

この男は隙あらばこうして胃に何かを入れている。

パイロットは体力勝負だ。空きっ腹では真価は発揮できない。

食べられる時に食べ、寝られる時に寝る…兵士にとって大事なスキルの一つだ。

頬張りつつ、隣に座ってきた少年を見る。

 

「…」

 

先程、シュラク隊にもみくちゃにされている時はそうは見えなかった。

だが、こうして一旦落ち着いてから改めて見ると、

ウッソの様子が普段と少々違うのが分かる。

 

「本格的な初陣を乗り越えた。

これはめでたいことだ…敵の死を気負って、そして自分の生の喜びに変えろ」

 

「ヤ、ヤザンさん」

 

歴戦のパイロットの逞しい男の手。

それが、少年の柔らかな頭をしこたま撫でる。

その感触は、先程女性陣達に撫でられるのとはまた違っていた。

柔らかではないが、頼り甲斐のある安心感や充足感をウッソに与えてくれていた。

少年の口が自然と動く。

 

「…でも、モビルスーツを撃つ度に…聞こえるんです」

 

「何が聞こえた」

 

「………………音です。

命が…まるで命そのものが砕ける、怖い音が……っ」

 

ウッソが自分の頭を両の手で抱えて呻く。

声と肩はやや震えていた。

 

「ニュータイプだとでも言うのか?そういう感性は俺には理解できん」

 

「…ニュータイプって、

人の革新だとか…新しい人類だとか、そういう昔にあったやつですか?」

 

この時代、ニュータイプは過去の遺物だった。

ニュータイプを求める声も、ニュータイプに期待する声も消えて久しい。

人々の誰もがニュータイプにパイロット特性以上の物を求めていない時代になっていた。

 

「そうだな。全部昔の事だ。

ニュータイプなんぞまやかしさ…そう思え」

 

「まやかしって言っても…でも、僕には…確かに聞こえるんですッ」

 

ヤザンは少し考えて、そして口を開いた。

 

「…………俺も機体越しにパイロットの姿なら見たことがある」

 

「えっ?」

 

その現象は、ウッソも度々経験したことがあったが、

ヤザンにとっては余り思い出したくないオカルト体験だ。

それでも、その話をウッソに開陳したのはその体験談が彼に活きると思うからだった。

 

「だが、まやかしだ。そんなもんに惑わされるな。

機体の動きから殺気を感じて予測するんだよ。

そうすりゃ、戦場で培った嗅覚が自分の感を鋭くしてまるで見えたような気になる。

そういう一種のランナーズハイに過ぎん」

 

「あの音が…姿が、脳内麻薬の興奮に過ぎないと言うんですか…?」

 

「実際は知らん。だが、そう思えと言っている。

幻聴や幻覚を自分の戦闘センスと経験が生んでくれたイメージだと理解しろ。

それを利用するんだ…ニュータイプなんてあやふやなものに頼って振り回されるな。

お前は、お前が培った技術と経験を信じろ。

それができりゃ、この先も戦場で生き残れる」

 

ヤザンがまたウッソの頭に手を乗せた。

 

「ヤザンさん…」

 

「生きろよ坊主。でなきゃ、貴様につぎ込んだ時間と労力が無駄になる」

 

「わッ」

 

少年の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱して撫でる。

とても雑だ。乱暴だ。

だが、ウッソは妙な心地良さを感じてなすがままになっていた。

 

(あなたが僕のために言ってくれているって…分かりますよ、ヤザンさん)

 

少年は、眠くなってしまう程の安心感をその手から感じていた。

 

 

 

 

 

 

ヤザン達がカリーンの地下工場アジトに無事戻ってから数日が経った。

その間、シュラク隊が記憶喪失と幼児化現象に陥った女王の弟に驚愕したり、

何故かカテジナ・ルースと初対面から

険悪なムードになってしまったりという事はあったがヤザンからすれば些細な事だ。

ラゲーンの地上ザンスカールも最近は大人しく、カリーンにも平穏な時間が流れている。

 

宇宙でもバグレ隊の頑張りに感化され、合流する連邦の一派が増えているらしい。

ますますバグレ隊が増強されていて、

最近ではやや誇張してバグレ艦隊と言われる程度の戦力規模になってきていた。

連邦軍の幹部で唯一危機感を持っていると噂される高級将校ムバラク・スターンも、

先の地上でのザンスカール敗北や

バグレ隊の奮戦を好機と見たのか活動を活発化させているとの情報もあるし、

地球各地やサイド2でのパルチザン運動も再燃しているとスパイの報告にあった。

建国から続いていたザンスカールの快進撃が本格的に曇りだしていた。

新興勢力の快進撃が暗礁に乗り上げると、全ての歯車が狂って皆がそっぽを向きだす。

 

ザンスカールからしてみれば最悪の流れだが、

リガ・ミリティアからすれば当然非常に良い状況になってきていると言える。

 

「ラゲーンは亀みたいに閉じこもったままのようで」

 

オリファーが、執務室(ヤザンの部屋)で書類にハンコを押しまくりながら気怠そうにヤザンへ漏らした。

実際気怠いのだろう…彼はずっとヤザンの手伝いで事務仕事をしているのだ。

この光景も久しぶりだとヤザンは思いつつ「そうだな」と短く答える。

 

「たった一戦で…なんというか風向きが変わりましたね」

 

「切っ掛けというのは何にでもあるものさ…」

 

オリファーにそう返したヤザンは、

自然と記憶の引き出しからオデッサ作戦やダカール演説が転がり出てきていた。

 

オデッサ作戦は言わずもがな、ダカールの日もまた宇宙世紀史に詳しい者は皆知っている。

ティターンズからしてみれば忌々しい事件であり、

正にグリプス戦役の流れを決定的に変えたターニングポイントだ。

()()()MSに乗っていたエゥーゴのエースパイロット、クワトロ・バジーナ。

彼が、エゥーゴが占拠した議会で、

ジオンの赤い彗星ことシャア・アズナブルであり…

またダイクンの遺児であるという正体を現して世にティターンズの不実を訴えた日。

あの、たった1日の出来事でティターンズは巻き返しが不可能となったのだ。

過去の歴史を見ても、たったこれだけで…と思うような切っ掛けで変わる流れというのは、

オデッサやダカール以外にも枚挙に暇がない。

 

「ザンスカールは燃え広がっている抵抗運動に苦労しているようだぞ。

ラゲーンも戦力の立て直しに躍起だろうが…、

宇宙でもタシロ艦隊が、バグレ隊と反乱運動に手を焼いている。

ムバラク艦隊の動きにズガンもピリついているだろうしな…。

そうそうラゲーンに増援は回せんだろう」

 

苦しんでいるザンスカールの様子が心底可笑しいのだろう。

かつての自分達(ティターンズ)と同じ轍を踏みそうだ、と口の中でクックッと笑うヤザンであった。

だが、そのように笑う男の事が気に食わない女がこの部屋にはいる。

 

「…他人の不幸が好きなようね?やはり下衆な男…ヤザン・ゲーブル」

 

カテジナ・ルースだ。

彼女は、ヤザン専用事務員に任命されてからひたすらにこの部屋で仕事に追われていた。

勿論、事務の合間合間に赤ん坊のカルルマンの世話もしていて、

ヤザンに言いつけられた事は多少の無理をしてでも熟していた。

それが出来なければ気に食わないヤザンに負けたような気分になる、

として彼女の生来の勝ち気と負けん気が仕事に対する義務感となっていた。

オリファーが合流した今も、カテジナの事務仕事は一向に減らない。

事務の助けが増える度にヤザンが己の分の事務仕事をしなくなるからだった。

 

「俺は他人の幸不幸に興味はない。が、敵の不幸は好きだと認めよう。

敵が不幸になりゃ、俺への幸福の分前が増えるというもんだ…ハッハッハッ」

 

ヤザン流のジョークにカテジナの細い片眉が歪んだ。

辛辣なカテジナの言葉に返したヤザンのそれは〝それがどうした〟と言わんばかりだ。

その堂々っぷりがカテジナの反感に繋がる。

だがその一方で、自らの醜い部分を受け入れ、悪びれること無く認められて、

常に胸を張っているこの粗野な男を羨望すると共に〝男らしい〟と思えてしまう。

そういう感情が彼女の心の隅に生まれつつあるのも確かだった。

理性で決して認めない…認めたくないカテジナだったが、

認めたくないという思いがある時点でそういう感情の発生を自覚している。

 

「あなたみたいな戦争する大人が積極的に不幸をばら撒いているのよ。

それで自分に幸せが舞い込むとでも思っているの?」

 

「戦争をするのは幸せさ。合っているな」

 

「あ、あなたは!民間人が巻き込まれているのよ!?」

 

「俺が巻き込んだわけじゃない。文句を言いたいならザンスカールに言うんだな。

こっちは出来るだけ民間に被害が出ないようにしてやっているんだ」

 

そう言いつつ、ヤザン自身

リガ・ミリティアが積極的に街に潜伏してゲリラ戦を展開しているのは知っている。

胸くそ悪いとも思っているが、ザンスカールの人狩りとギロチン…

そしてそれを正義にしているマリア主義にもヤザンは胸くそ悪い物を覚えている。

だからコラテラル・ダメージ(巻き添え被害)だとして割り切ってしまっていた。

そういう割り切りが出来るのもこの男であった。

オリファーが、はらはらした目つきで2人を見ている。

2人の口論は続く。

 

「民間人を巻き込んでいないつもりなの!?

ウッソ君はどうなのよ!あなたが兵士に仕立て上げたウッソ君は…!

今じゃ立派に恐い殺人者になってしまって!」

 

「クク…違うな、カテジナァ!」

 

「なにが!」

 

「ウッソは殺人者じゃない。戦争で人を殺すことを覚悟した奴は戦士だ。

覚悟した奴は、ガキだろうが女だろうが戦士になれる。

あいつや俺は敵とスキルを競い合って敵だけを殺す!

殺人者と、俺達兵士はそこが全く違うのさ」

 

「へ、屁理屈を…!同じでしょう!」

 

「俺達は戦争が終わりゃ人は殺さん。

殺人者は平和になってからが本領発揮だ。どこが同じだ?」

 

「そ、それも…屁理屈だわッ!

あんた達が人を殺して戦争を始めるから…世界中が不幸になっている!」

 

「…言っただろう?俺は兵士だ。

そして戦争を始めるのは兵士じゃない。政治家なんだよ。

知らん所で勝手に戦争が起きているから、

ついでに敵さんの兵士と殺し合いをさせて貰ってるだけさ。

戦争を終わらせられるのも政治家だ。

戦争をするなと言うなら俺達じゃなく、政治屋共に言いな」

 

今回の紛争の事ならフォンセ・カガチあたりだ、とヤザンは他人事のように言った。

敵が攻めてきたから抵抗しているだけだというその理論は、

理解は出来ても民間人のカテジナには納得し難いものがある。

 

「…ッ、あなたは全く話が通じないタイプなのね!」

 

怒りも顕に怒鳴る金髪の令嬢の迫力は、

同室で先程より肩を小さくして仕事をしているベテラン兵士のオリファーもたじろぐ程。

 

(…マーベットが怒った時より恐いじゃないか…ヤザン隊長はさすがだ…)

 

チラリと2人を見てから事務仕事に精を出すオリファーは、

怒髪天を衝く美女を軽くあしらっている隊長へ改めて尊敬の念を抱いていた。

 

「今更気付いたのか?…しかし、何をそんなにカリカリしとるんだ、お前は。

女の日のとでも言うのかァ?ピルでも飲んでこい!」

 

「ッ!ば、バカを言って!本当に破廉恥な男!!

あなたのような、女の兵士を侍らす品性のない軽薄な嘘つき男は死ぬべきでしょう!?

なんで生きて帰ってきてしまうの!?

大好きな戦争の中で野垂れ死んでしまえばいい!」

 

白い手を、いつぞやのように振り上げたカテジナ。

 

「ふん…、またかよ」

 

そして、それをいつぞやのようにしっかり掴んで受け止めるヤザン。

この行動はひょっとしたら予定調和になりつつあるのかもしれない。

 

「は、離して!」

 

「女を侍らすってのはシュラク隊か?ククク…そうか」

 

傍から見れば自分はパプテマス・シロッコと同じような事をしていたか、と

ヤザンは何だか可笑しくなってしまう。

彼とは気が合って、友人にも近い感覚をお互い持っていたからだろうか…

何とも嫌な影響を受けてしまったと埒もない事をふざけ半分に思う。

今、もしも自分の横にあの面白い男がいれば、

貧弱なリガ・ミリティアを己の才感と手駒で勝利に導こうと、

ゲーム感覚で大いに楽しんで戦争をしただろう。

或いは女王マリアを口説いてザンスカールを乗っ取ったかもしれない。

やることなすこと愉快で楽しい男だった。

 

そんな事を思って薄ら笑いを浮かべていたヤザンをカテジナはキツイ目で見ていて、

ヤザンの腕から逃れようと身じろぎを続けていた。

ヤザンはやや溜息を漏らしながら、

一応は部下達の為にも…そして自分の名誉の為にも弁護しておく。

 

「だが奴ら、ああ見えて腕はいいし心構えが出来てるんだ。我慢しろよ。

それにシュラク隊の人選はそこにいるオリファーがやった」

 

えっ?と思わず呟いてしまったオリファー。

思わぬ火の粉にオリファーはメガネ奥の瞳を点にしていた。

 

「しかし俺を嘘つき呼ばわりとは…さて、いつ嘘をついたか」

 

カテジナの目が一瞬動揺したように揺れる。

マズイことを口走った、というような顔付きだった。

 

「ン………見当もつかんなァ」

 

そう言いつつヤザンの顔には悪戯小僧染みた悪辣な笑みが浮かんでいる。

カテジナについた()を思い出したらしい。

 

「も、もう良いから離しなさい」

 

「ああそうか!そうだったな!

帰ってきたらご褒美をやると言っていたな!

約束したのにまだ褒美をやらん…これは確かに嘘つきだった。許せ」

 

「別に、ゆ、許す許さないという話じゃない!

まったく違うわ。勘違いしないで貰いたいわね」

 

カテジナの頬に薄っすら朱が差している。

その反応は充分にヤザンの戯言を真に受けていた、と雄弁に語っていた。

 

「帰還してからもう3日だものなァ?

ずっとアレの続きを期待していたんだとしたらそいつァ済まなかった。

この3日間、ずっと欲しがっていたとはな!ハハハッ!」

 

「だからっ!そうじゃないって言っているでしょう!

本当に人の話を聞かないんだから!

あなたの下劣な勘違いなのよ…!」

 

「お嬢様も大変だな?キス一つ気軽に出来んとは。

いつもそんなにイイ子ちゃんでいちゃァ鬱憤が溜まるばかりだぜ?」

 

ヤザンが掴んでいた腕を引き寄せてカテジナを抱き寄せる。

ウーイッグのお嬢様は男の腕から逃れる事をまだ諦めず、

忌々しそうにヤザンの目を睨みつけていた。

オリファーは我関せずと書類に没頭し次々に片付け続けていた。

捗っているようである。

 

「…次にまた私の唇を奪ったら、舌を噛んでやる」

 

「ほぉ?そいつは俺の舌か?お前の舌か?」

 

やってみろよ、と言ってヤザンはカテジナの口へ舌をねじ込んだ。すると…

 

「…ッ」

(本当に噛みやがった…やるじゃないか、カテジナ)

 

約束通り、ヤザンのベロは噛まれて鋭い痛みが襲ったが、噛み切られる程の力ではない。

彼の舌から少しの血が垂れてカテジナの唾液に混じって溶けていく。

ヤザンは自分の血を、まるで飲ますように女の舌に塗りたくった。

約束は守ると言わんばかりの前回よりも深く熱いベーゼが繰り広げられて、

ヤザンの胸を全力で叩いていた女の細腕からは少しずつ力が抜けている。

それが疲れからなのか、ただの諦めか、それとも別の何かなのか、

それはカテジナ自身にも分かっていなかった。

ただ、貪られれば貪られる程に…

男を知らなかった〝ウーイッグのお嬢様〟の秘められた肉体は

急速に花開いていくようだった。

 

オリファーは頭をガリガリと掻いて、小さくブツクサと何かを言っている。

あぁマーベット助けてくれ…という言葉だけは聞き取れた。

 

 

 

 

 

 

カリーンの地下工場の周辺は緑が豊かだ。

カサレリアの森ほどではないが、この森を散歩していると故郷を思い出せるからなのか、

素朴な薄褐色肌の美少女、シャクティは散歩を好んだ。

鼻歌などを歌いながらの散歩で、彼女はとても上機嫌に見える。

 

「ねぇウッソ…カサレリアには冬になる前に帰れるかな」

 

「どうだろうね。いつ帰れるかはザンスカール次第になっちゃうよ」

 

少女の隣にはパートナーの少年がいる。

 

「…早く帰らないと…その間にお母さんが戻ってきたらどうしよう」

 

「目印のヤナギランの種は持ってきたんだから…。だからこうして埋めに行くんだろ?

…あっ、シャクティ。カルルマンがぐずってる」

 

少女の背中には赤ん坊のカルルマンもいる。

今の時間はカテジナから交代してシャクティの担当であるからだ。

 

「姉さん、代わるよ!俺に任せて。赤ん坊は得意だ」

 

そして長身赤髪の青年、クロノクルもいた。

彼ら4人の周りをうろちょろしているハロと犬のフランダースもいるから賑やかだ。

姉と呼ぶ小柄な少女から赤ん坊を受け取って、

ウッソが大きな背中に抱っこ紐で括り付けてやる。

 

「あー、ウッソ、しっかり結んでくれよ。前のは緩かった」

 

「うるさいな…前のはあなたの包帯が緩んだからズレたんだよ」

 

「違うね。ウッソの結び方がまずかった」

 

「包帯だよ。だいたいまだ体中に包帯してる怪我人が外歩いてちゃおかしいでしょ…。

クロノクルさんはゆっくり寝てればいいんですよ!」

 

ウッソは、未だにこの記憶障害のベスパの青年を持て余している。

まず言葉遣いに迷う。

見た目は完全に年上なのだから敬語が出そうになるが、

クロノクルと話していると言動がまるっきり同世代の少年に思えてしまうから、

話している内についついフランクな言葉になってしまう。

そして思い出したようにまた敬語、と言葉遣いが安定しない。

それは奇妙なことだとウッソは感じた。

 

「もう大分良くなったからいいんだよ。

寝てるだけじゃ暇でしょうがない。

それにウッソと姉さんを2人きりにすると、きっと2人はキスとかしちゃうんだろ!?

そんなのダメだからな…」

 

包帯が幾らか少なくなって、顔の治療も順調なクロノクル青年(心は少年)が、

姉と慕うシャクティに抱きつきながらウッソを睨んだ。

ウッソの顔が赤くなり、シャクティの顔も赤くなった。

 

「そ、そんなことしないよ!なんでそうなるのさ!」

 

「だって2人はボーイフレンドとガールフレンドなんだからきっとそうなるんだ。

でも俺が認めない限り姉さんはまだまだお嫁さんにはならない。

残念だったなウッソ・エヴィン!」

 

クロノクルが笑う。

何故か勝ち誇ったように。

 

「姉さんはお前の為に家事なんかしないからな!

まだ姉さんは俺の家族なんだ」

 

照れてしまうウッソではあるが、

それでもこの記憶違いのクロノクルに言い負かされるのは癪だ。

だからこう言い返す。

 

「…シャクティは良く僕の為に料理も作ってくれる。

僕のパンツだって洗ってくれてるんだ!カサレリアでは殆ど一緒に住んでたよ!」

 

「ちょ、ちょっとウッソ…クロノクルさん相手にそんなムキにならなくても」

 

なんだか聞いてるシャクティも気恥ずかしくなってきて、

カサレリアに住んでいた時は当たり前過ぎたその家事の数々が照れ臭い。

 

「…う、うそだろ…?それって…もう新婚じゃないか!」

 

クロノクル青年がショックを受けている。

ウッソは勝ちを確信して、さっきとは逆に勝ち誇って笑ってやった。

新婚という単語にシャクティは赤い顔で俯いた。

 

「そ、そうだね。もう結婚してるみたいなもんだよ」

 

つい少年もそう言ってしまう。

聡明でスペシャルな訓練を積んだウッソとはいえ根は13歳だ。

言い合ったりケンカしたりすると突っ走って思い掛けない事をしでかすこともあるのだ。

 

「く…」

 

クロノクルはかなり悔しそうな顔になっていた。

泣きそうにも見えた。

 

「ね、姉さんは…姉さんと俺は2人きりで…、

たった2人の家族なんだ…!なのに、ウッソは俺から姉さんを盗ろうっていうのかよ!」

 

「ち、違うよ!盗ったりはしない!結婚したって家族は家族でしょう!?」

 

「姉さんは結婚して、ウッソと暮らすんだ!?お、俺を捨ててッ!

お、俺は…俺はどうすればいいんだよ!俺はっ!う…ぐッ…ううッ」

 

クロノクルが胸を抑えてうずくまった。

傷が疼いているのかもしれない。

情緒が不安定で傷も全快していないから、

感情を激発させてはいけないと医師のレオニードにも言われていた。

「しまった!」とウッソとシャクティは慌ててクロノクルの肩を支える。

彼はまだ簡単な散歩程度しか運動は許されていないレベルなのだ。

 

「だ、だからさ…違うよクロノクルさん!

僕とシャクティが…その…結婚するってことは、

僕とクロノクルさんが家族になって一緒に暮らすってことだろ?ね?」

 

ウッソの言葉にシャクティも乗る。

今は恥ずかしいとかそういう事を言っている場合ではない。

 

「そうよ、クロノクル…大丈夫。私は…姉さんはずっと一緒だから。

ウッソと…私と…カルルマンとあなたで暮らそう?」

 

クロノクルを宥めて安心させるのが最優先。

そう思ったシャクティは、クロノクルの頭を撫でながら、

ついでにカルルマンの背中も擦って2人を包み込むよう抱いて温かい声でそう言ってやる。

 

「う…ぐ…ぐ……ふゥ…ふゥ…うゥ、う…カ、カルルマンもかい?」

 

体中の痛みと感情の昂りからくる涙、汗で濡れたグシャグシャな顔を、

シャクティは一切嫌がらず躊躇いなく胸に抱きとめた。

 

「そうよ。みんな一緒に暮らしましょう」

 

「う、うん…いいな、それ……いいな」

 

クロノクルの呼吸が落ち着いてきて、顔に滲んでいた汗もひいてくる。

シャクティに撫でられると落ち着くというのは、ウッソも経験した事がある。

ウッソも、今は嫉妬よりも安心感が勝り…

そしてクロノクルに対して強い憐れみを感じ、彼の事を弱い存在なのだと思えた。

 

「じゃ、じゃあ…ウッソは…俺の……、

お、お兄ちゃんになって…くれるって、こと?」

 

「僕が…クロノクルさんのお兄さん?」

 

カルルマンとクロノクルの間に手を突っ込んで、

彼の背を擦りながらウッソは素っ頓狂な声を出していた。

シャクティが、ほんの少し照れを表情に浮かべながら少年を促す。

 

「ウッソ…」

 

「うん…分かってるよシャクティ。

………そうだよ。僕は、クロノクルさんのお兄さん?になる。

皆のこと…僕が守るよ。もちろんクロノクルさんも」

 

ウッソは強い瞳でシャクティ達を、クロノクルを見る。

クロノクルの、実年齢の割にあどけなく力も無い純な瞳がウッソを見返している。

赤毛の純朴な青年が、屈託のない笑顔を少年に返して、

 

「…じゃあ、俺も…ウッソと姉さんの仲、認めてやろうかな…ハハハ、アハハハ」

 

犬のフランダースにまで頬ずりされて心底嬉しそうな様子だ。

 

「ハロ!ハロ!クロノクル カゾク!ウッソ ノ デッカイ オトウト!」

 

ハロはいつまでも喧しかった。

 


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