「あ、あのっ!!源先輩っ!!」
緊張を孕んだ声を上げ、少女は己を奮い立たせる。手にはこの日のために何度も作り直し、母親からも完璧だとお墨付きを貰った手作りのチョコレート。目の前の先輩が好きな、自然な緑色を基調とした包装にも拘った。一世一代の、大勝負。
くるりと、憧れの先輩が振り返る。
透き通るほどに白い肌。それに映える、綺麗に整えられた短めの黒髪。キリリとした切れ長の目をしたクールな先輩で、良く少し尖った耳が良いと言われれている。ただ、前髪を可愛らしいヘアピンで留めているお茶目な所が真のチャームポイントだと私は思う。
そんな先輩の、大空を思わせるような水色の透き通った瞳。普段は落ち着いた、余裕ある先輩の瞳がキョトンと可愛らしく丸まっていた。
「………?えっと………」
「あ、あの!!これっ!!」
心臓が煩いくらいに高鳴る。目の前の人を見ているはずなのに、視線が定まらない。憧れの先輩を前に、頬どころか耳まで蒸気してしまってるのが嫌でも分かってしまう。
それでも、もう引き返せない。目を強く瞑りながら、先輩に向けて手の中のチョコを差し出した。
「ほっ、ほほ本命チョコですっ!!うけとってくだしゃぁい!!!」
「……しゃ、しゃい……?」
______噛んだ。この場面で?よりにもよって憧れの先輩の前で?告白の瞬間にこんなベタな噛み方するか私よ。
全身から血の気が引いていく。この日のために何度も何度も脳内でシュミレーションし、万全に準備してきたのに。内心で、終わったなと嫌な確信が持てた。
「______えっと、その………ありがとう。その気持ちは、凄く嬉しい」
「______へ?………えぇぇぇ!?ほ、ほんとですかァ!!!?」
そんな私に、先輩はそっと手を取ってくれた。断われると確信していただけに、降り掛かって来た予想外の反応に歓喜が爆発してしまう。自分の気持ちを嬉しいと言ってくれた、それだけでも嬉しいのにわざわざ手を取ってくれた。お肌スベスベすぎてヤバい。
「ただ、その………ひとつ聞いていい?」
「は、はいなんでもっ!!」
覗きこまれた瞳に、再び頬を赤くしながらそう答える。こちらを見た先輩は、少し困惑したように笑いながら頬を掻く。
「その、さ______」
「______私、女なんだけど」
「むしろバッチコイですお姉様ァ!!!」
この後、丁寧に謝罪された上でフラれた。
★★☆
「はぁ…………なんでこんなに………」
バレンタイン。本当なら男子達がソワソワするであろう聖なる愛の日に、突如として告白されてからはや数時間。学校も終わり、これ以上呼び止められないうちにと足早に帰路に着いた彼女。重い足取りの彼女は、手の中の可愛らしい包装の、いかにもな本命チョコをみながらため息をつく。
「うわぁ〜、結構あるね。結局何人に告白されたのよ、氷華」
「8人………」
「あっはっはっはっ!!」
「笑わないでよ!あぁもう、男子達からの視線が痛かった………」
隣で一緒に帰る友人は、それを見て至極愉快そうに笑う。この三年間ずっと同じクラスで、なんだかんだと気が合った相手ではあるが、今この状況で笑われるのは本意では無い。
そう思いながら、彼女______【
「そもそも、なんで今年に限ってこんなに……女の子から告白されたことなんて今まで無かったよ」
「そりゃあんた、私ら今年で卒業だし。ましてや氷華は士官学校行くんでしょ〜?最後に玉砕しとこーっ!て子は多かったんじゃない?」
「だからって、こんなに手の込んだ事……しかも私、女だよ!?」
「いやまぁ〜、氷華だしなぁ〜……並の男子よりも女子への気遣い出来るし、男子よりも女子から人気あったよあんた」
「うっそでしょ………?」
友人から告げられた事実に軽くショックを受ける。しかし傍から見たら、この源という少女が女性受けするのはそう理解に難くない。
中学三年生女子ながら165cmの恵まれた高身長。
スラリと伸び、士官学校の試験の為にと程よく鍛えられている肢体。
そして何よりも、男子とも女子とも取れる中性的に整った容姿。
女性であることに加え、彼女自身が他者への気遣いに長けている故にほかの女子の機敏を察して気遣う事が出来た。そんな彼女に対し、同性ながら憧れを抱いていた後輩達は多かった。それに彼女は、これからとある事情で地元を離れて三年間は帰って来ない。最後の思い出作りの意味も込めて、みな一歩踏み出したのだろう。
「……だけど氷華ちゃんにそっちのケは無いからみな残念、ってね」
「やめてよ、そういう言い方。そもそも男子であっても、誰かと付き合う気もなかったよ、先生の手伝いとか弟妹達のお世話もあったんだし」
おどけた口調の友人にムッとした表情を向ける源。そう、そもそも源は同性愛者でも何でもないし、家庭の事情故に特定の誰かと付き合う気も無かった。仮に告白してきたのが男性であっても、同様に断っていただろうと断言する。
「手伝いに世話ねぇ………あんたもつくづく真面目よね」
「拾ってもらったんだもん。それに、結構楽しいよ?」
「チビ共は可愛いけど毎日となると私は無理だわ〜……あ、私こっちだから。じゃね氷華!また明日!」
「うん、また明日」
ばいび〜!!と大きく手を振って去っていく友人に、薄く微笑みながら軽く手を振って別れを告げる。何だかんだとからかっては来るが、彼女の明るさは一種の癒しだとしみじみ思う。
「(………ほんとに色々助けてくれたもんなぁ)」
目標とする学校に合格する為に、源は2年生の途中から今までの約一年と半年研鑽を重ねてきた。元々物覚えはそれなりにいい方ではあったが、推薦を得る為には学業成績に高い身体能力、模範的な生活態度が不可欠なのだ。
毎日毎日、体力強化のために長時間の走り込み。そして家庭の手伝いを終えた後、夜遅くまで予習復習。生活態度で減点を喰らわない為に授業時間や休み時間に仮眠なんて以ての外。必然的にストレスも溜まるが、上手く息抜き出来るほど器用でない。
そんな源を見かねて助けてくれていたのが彼女だ。時折外に連れ出したり、施設の弟妹達の相手をしてくれたり、一緒にトレーニングしてくれたり______感謝してもしきれないほど、彼女には大きな恩がある。
「(まだ士官学校の宿舎に行くまでひと月あるし………お礼も兼ねて、今度スイパラでも奢ろっかな。三年間は、会えないかもなんだし)」
無類のスイーツ好きである友人のことだ、きっと喜んでくれるだろう。一月にあった筆記試験と実技試験も終わり、つい先週合格通知も届いた。トレーニングは続けるが、たまには羽目を外しても構わないだろう。
密かにそんなことを思いながら、歩みを進める。しばらくは何の変哲もない見慣れた住宅街の中を進んでいくが、途中でふと開けた場所に出る。
視界に飛び込んでくるのは、ボロボロになった木造の平屋。築70年以上は経っているであろう年季の入ったその家こそ、源がお世話になっている孤児院なのだ。一般家庭にしては少し広い、20人以上が住むには明らかに狭い、そんな場所。それでも、源の帰ってくる場所には変わりない。
「______あっ!!ねぇちゃんだ!!」
ふと鼓膜を揺らす、元気のいい子供の声。視線をそちらへとやれば、10人程の小さな子供達がボール遊びに興じていた様だ。彼ら彼女らは源が帰ってきたのを知ると、ボールを投げ捨てて彼女へと殺到する。
「ねぇちゃんおかえり!!」
「ひょーかねーちゃんお腹すいた!!」
「わっ!お菓子持ってる!ずっりー!!」
「うわわわっ!ちょっと待った待った!!あっこら!それお姉ちゃんが貰ったやつだからダメ!!」
「えー!?」
「ひょーかのケチ!!」
「氷華お姉ちゃんでしょ!?あーはいはい、今からクッキーでも作ってあげるから!!大人しくする!!」
『やったー!!』
きゃあきゃあとはしゃぐ子供達に苦笑しながら宥め、なんとか貰ったチョコレートを守りながら家の中に入る。そのまま走って席に着こうとしたら子供達に手を洗うように促す。洗面所へと駆けていくちびっこ達を見送ってから、源はほっと息をついてリビングに荷物を置いた。
「はぁ〜……疲れた……」
「______あら氷華ちゃん、おかえりなさい。随分大荷物で………あぁ、早速みんなに囲まれたのね」
重い荷物から解放され、軽く伸びをしていた源。そこに聞こえてきたものは、先程のちびっ子達とは違った大人びたもの。事実、声の主はこの孤児院を経営している女性である。孤児院の前に捨てられていた幼い源を拾い、育ててくれた恩人であり親代わり。日々経営と四苦八苦しながら、20人を超える子供たちになるべく不自由させないように育ててくれている本当に優しい人物だ。
「あっ、ただいま先生。危うくコレ取られそうになったよ………クッキー焼くことでみんな手を打ったけど」
「ふふ……みんな氷華ちゃんのこと大好きだものねぇ。もうすぐ離れちゃうって知ってるから、甘えたいのよ」
「金輪際会えなくなる訳でもないのに大袈裟だなぁ…………」
ニコニコとした笑みを浮かべながら、「手伝うわ」と言って源と共にキッチンへと向かう。あまり広くもない、古くなってしまっているキッチンだが、同時に使い慣れた場所でもある。どこに何があるのかだって、目を瞑っても分かるくらいだ。
「………あれ?」
「どうしたの?」
「なんかオーブン、動かなくなっちゃって……」
「ウソっ、ほんと?………あらぁ、寿命かしら………」
そんな中、オーブンレンジを操作しようとしても動きが無い。ゴンゴンと叩いたり、有線を確認したりもしたが動く気配無し。元々かなり古いものではあったが、昨日までは無事に動いていたはずだ。
「うーん………みんなに作るって言っちゃったのになぁ。どうにかならないもんかなぁ、先生。………先生?」
べしべしと働くことをやめたオーブンレンジを叩きながら、すぐ後ろに立っていた施設の先生へと声を掛ける。しかしすぐに返事が返ってこない事に源は首を傾げ、後ろを振り返った。
「………先生、どうしたの?」
「あぁいえ、その…………ごめんね、氷華ちゃん」
「?なにが?」
悩ましげな表情で立ち惚けていた恩人に向けて何しているのかと問えば、帰ってきたのは唐突な謝罪の言葉。脈絡無く投げられたその言葉の意味が読めず、さらに源の中の疑問が深まっていった。
「うちがお金無いから、気を使わせちゃって………だから、【異界防衛軍】に志願したんでしょう?そうじゃなければ、貴方をあんな危険な場所に…………」
______【異界防衛軍】。
正式名称は、『異界探査地球防衛連合軍』。現在、世界各国から多大な支援を受けている国家の垣根を越えた大同盟。その象徴とも言うべき、地球を、人類を守る為の中枢組織である。
彼らの最大の目的は、『地球上全ての生命を異界の脅威から守り抜く事』。その為に志ある者たちが研鑽に努める場所こそ、源の進学先である【異界探査防衛軍第三士官学校】なのである。
「もう、そんなんじゃないよ。ちゃんと自分で考えて決めたんだから、心配しないで?」
「でも、異界ってすごく怖いところなんでしょう!?初めて異界の門が繋がった時なんて、たった数人に何万人って人達が犠牲になったって…………!!」
「それだってもう50年前の事だよ?確かに今でも殉職する人は多いらしいけど、劇的に減ってるらしいし……それにほら!私が志願するつもりなの後方支援だし!先生の心配するような事は無いから大丈夫だって!」
源の身を心配する先生に、ケラケラと軽く笑ってみせる。源自身心配がない訳では無いが、先生は先生で些か心配し過ぎだ。
「氷華ちゃん、お花とか好きだったから小さい頃は植物博士になるんだーって言ってたのに………もし無理してるなら先生頑張るから行かなくても………」
「それいつの話なのさ………先生は心配し過ぎなの!それに異界って、こっちの世界にはない植物とかも自生してるし魔法とかもあるんだよ?そういうのに前から興味あったし、士官学校に行けば公務員扱いでお給料も貰えちゃうし!一石二鳥じゃない?」
目じりに涙すら浮かべながら、幼い頃の夢を引き合いに出してくる先生。あまりの心配のしようにもはや苦笑すら零れてくる源。確かに源は中学三年生、先生から見れば子供ではあるが、幼い頃の夢をそのまま引っさげて語れるほど幼くは無い。孤児院の助けにもなれて、将来的にも職に困らないであろう士官学校は今の源にとって最前の選択ではあったのだ。
「それにさ。噂話とか、そういうのじゃなく………見てみたいんだ。あの、次元の裂け目ってやつの先の世界」
そう言って、源は静かに笑う。テレビで放映されるものや、防衛軍からの発表とは違い、自分自身で確認してみたいという、彼女の本心だった。
『異界探査地球防衛連合軍』の名前にもあり、彼らの主たる敵がやってくる場所。この地球上に存在せず、次元自体が異なる場所に位置する別世界………それが【異界】だ。
その実態は、未だ一般には広まってはいない謎めいた場所。防衛軍が必死に探ってはいるらしいのだが、その全容どころか半分も分かっていないらしい。
ただ、そんな謎めいた世界で知られていることはある。
【異界】と呼ばれる世界は、こちらの世界……地球とは、根本から常識が異なるらしい。
例えば、ファンタジーゲームで出てくるような『魔法』が実際に使われていたり、細身の女性でも軽々鉄筋を両断したり、翼も持たずに人が空を飛んだり………なんて馬鹿げたことが、実際に出来る場所である。他にも人と獣が合わさったような獣人やら翼を持った有翼人など、純粋な人類とは異なるもの達も暮らすとの噂もある。
………まぁ結局のところ、多くは判明していない。ファンタジー物のライトノベルやゲーム世界をそのまま再現したような世界、というのが近いのだろうか。それを確認するのも、源が望んでいる夢の一つだ。
「……あとほら。魔法使えるようになったら、みんなに自慢出来るでしょ?氷華お姉ちゃんは魔法使いになったぞーっ!……ってさ」
おどけたように両手を前に突き出し、ぬぬぬ…と念を送ってみせる。当然源は魔法使いでもなんでもないので何も起きないが、その姿に思わず小さく吹き出す先生。
「ふふ、もうっ………ほんとに、危ない事だけはしないでね。もし辛くなったら、いつでも帰ってきていいからね。ここは、氷華ちゃんの家なんだから」
「うん。ありがと、先生」
何かに挫けたり、心が折れそうになったなら、無理せず戻ってきて欲しい。どんなことであろうと、この子の無事以上に嬉しいことなどないのだから。血は繋がらずとも、親が子を慈しむ事には変わりなかった。
「______さてっ!!オーブン使えないなら、どうしましょっか」
「んー……パンケーキにする?沢山焼くの手間だけど、みんな好きだし」
「そうね、そうしましょうか。よぅし、先生頑張っちゃおっかな!」
少し湿っぽくなった雰囲気を払拭しようと、腕まくりをして明るく振る舞う先生。そんな彼女の様子に「なにその言い方」、と笑いながら、パンケーキ作りのためのボウルやフライパンを準備しようとした、その時だった。
「先生!!氷華姉さん!!」
ドタドタという足音と共に響いてきた幼い声。少しして調理場に姿を現したのは、源の2歳下。この孤児院で一緒に暮らす、中学一年生の男子だった。
「あ、おかえりケン!」
「おかえりなさい、ケン君」
「た、ただいま!!って、それどころじゃないよ姉さん!!」
血相を変えて慌てた様子を見せる彼。普段はもっとしっかりした性格な彼がここまで慌てている事には首を傾げる2人。そして次いで彼の口から出てきた言葉は驚きのものだった。
「ぼ、防衛軍!!異界防衛軍の人が今玄関に来てるんだよ!!なんか、姉さんの診断がどうのこうのって!!」
「…………えっ」
★★☆
「改めまして、ご挨拶を。異界探査地球防衛連合軍日本支部より参りました、ミーナ=モーガン中佐です。以後、お見知り置きを」
「同じく、猿飛堅固っス!階級は大尉、よろしくお願いします!!」
「えっと……お願いします……」
孤児院のリビングにて、質素な丸椅子に腰掛ける源と先生。その向かい側に、同じ丸椅子に腰掛けた2人の人物の姿があった。
共通して、黒色を基調とした服装に身を包んでいる。異界防衛軍共通の兵装であり、異界の技術が使われていて年中快適、なんて噂がある軍服である。
「申し訳ありません、源さん。事前連絡の1つくらい入れたかったのですが、なにせ急ぎだったもので………ご理解下さい」
【ミーナ=モーガン】と名乗った、少しくすんだ金髪を一つにまとめた女性が頭を下げる。少し垂れ気味の目をした天然気味の雰囲気漂う彼女だが、胸に輝く勲章バッチは間違いなく異界防衛軍所属を示していた。
「いやー、もっと早く来るつもりだったんすけどね!ミーナ先生が化粧に時間かかりまくっテベロァッ!?」
「何か言ったかしらァ猿飛大尉ィ………?源さん達の迷惑になるからその煩い口にチャックよぉ………?」
「う、ウッス、サーセン………」
プルプルと震えながら脇腹を押さえているのは黒髪短髪でオレンジのスカーフを巻いた【
「………えっと、その、お二人は何のために………?」
「っ!申し訳ありません、部下がお見苦しいところを……!」
「えっ俺………あぁいやほんとすみません!!煩くして申し訳ないです!!」
急に来訪した2名に困惑しながら先生が尋ねると、揃って非礼を詫びるように頭を下げた。猿飛の方は何か言いたそうな様子だったが、ミーナの人睨みですぐさま背筋を正す。
「それでは」と言葉を切ったミーナは、懐から封筒を取り出す。封を切って中に入っていた紙を広げ、源達に見えるようにテーブルに置いた。
「______こちらは、源さんが我々異界探査地球防衛連合軍の士官学校を受験する際に郵送された書類です。ご確認下さい」
「………はい、確かに送ったものであってます。……あの、まさか合格取消とか……?」
テーブルに置かれた書類を手に取って確認する。間違いなく、源が士官学校を受験する際に封筒に入れて郵送した書類だ。それを今出されるということは、何か不備でもあって合格取消になったのではないかと言い知れぬ不安が彼女に押し寄せる。
「いえ、そういう訳ではありません。源さんの成績を確認させて頂きましたが、筆記試験も身体能力検査も問題無く基準を超えていました。今回お訪ねさせて頂いたのは、こちらの健康診断の事なんです」
「健康診断?」
ミーナが指さしたのは、病院で行った健康診断の結果表。源の身長や体重は勿論、視力や聴力、血圧や血液検査結果などが細かに記載されたものだ。
病院から告げられていた結果は問題無しというものだった。お世話になった先生からも太鼓判を押され、看護婦からも何の問題もない健康優良児そのものだ!なんて言われていたと源も先生も記憶している。
「あの、氷華ちゃんの健康診断の結果は問題無しって病院の先生から言われていたんですが、なにか問題が……?」
「健康面に関しては問題ないのですが……この血液検査の結果が少し気に掛かりまして」
「何かまずいところでもあったんですか?」
「えぇ。実は、人異界探査の際に次元の裂け目を越えられず弾かれてしまう人や、異界由来のものを扱えなかったりする人が稀に存在するんです。詳しい事は未だに不明ですが、我々はその原因の一端に血液、ひいては個々人のDNAが関わっていると______」
血液検査の結果も特に問題無かったが、ミーナが言うには通常の検査では測り得ない特殊な事例があるらしい。特に異界由来の道具などを扱えないような場合は前線に出す訳にもいかないため、本人の希望に添えない事もあるとのこと。
「……まっ、早い話がもう一回検査させてくれってことっす。こればっかりは詳しく検査して早期に見っけとかないと本人にとっての不利益になっちゃいますし」
「こういった事情があって、お訪ねさせて頂きました。もしよろしければ、明日にでも我々に同行して第三士官学校にて検査をしたいと考えているのですが………如何でしょう?」
そう言って源を見つめるミーナ。なるべく早く検査に連れていきたいのだろうが、源本人の意思を確認してからでなければ無理やり連行は出来ない。最終的な決定権は、源自身へと手渡された。
しばらく悩んでいた源だったが、不意に口を開いてミーナ達へと質問を投げる。
「えっと……明日学校なんですがそれでも大丈夫なんですか?」
「それに関しちゃ大丈夫っす!!俺らから連絡して公欠扱いにしておくんで、問題無いっすよ!」
「検査自体も、問題無ければそう長く時間はかかりません。送り迎えも我々が担いますし、答えられる限りの質問ならば回答致します」
学校は公欠扱いになり、ここから離れた場所にある士官学校までも送り迎えしてくれる。その上、異界防衛軍や士官学校の事についても尋ねる良い機会。もしその検査に引っかかる場合でも、早期に判明している方が良い気もする。
「それじゃあ……お願いします」
「氷華ちゃん、良いの?もう少し考えてからでも……」
「でも早く分かった方が良いだろうし、わざわざ別の日に〜……っていうのも気が引けちゃうし」
ぺこりと頭を下げ、検査に同行することを約束した源。それを受けたミーナと猿飛はほっと胸を撫で下ろすような所作を見せた後、猿飛がメモ帳を取り出してさらさらと何かを書いていく。
「良かったぁ〜、急に来たから断られるだろうなと思ってたんで感謝っす!あ、これ、自分の連絡先です。明日の午前九時頃に迎えに上がりますけど、もし緊急の事情が入ったらここに連絡するか、異界防衛軍の日本支部にご連絡下さいっす」
なははは、と笑いながらメモ帳を一枚破り、源と先生へと手渡す。その後ミーナと猿飛は揃って立ち上がると、2人に向かって頭を下げた。
「それでは、失礼致します。急な来訪、申し訳ありませんでした」
「明日の午前九時頃にお迎えに上がりますっす!そんじゃ、失礼しましたー!!」
「おねえちゃん、おにいちゃん、ばいばーい!」
「ふふ、はい。さようなら」
「おう!ばいばーい!」
小さい子達からの声に対応しながら、部屋を後にする防衛軍の二人。そのまま車に乗り込んで走り去っていくのを確認すると、気の抜けたようにひとつ息をつき、源は軽く伸びをする。急に来訪した防衛軍の二人相手に思ったよりも緊張していたのか、どうにも肩が凝っていた。身体を伸ばし、軽く肩を回していると隣から小さな笑い声が。
「ふふっ…お疲れ様、氷華ちゃん。それにしても、防衛軍の人が来るなんてビックリねぇ」
「ほんとだよ……まぁこれで検査に引っかからなきゃ良し、引っ掛かっても多分後方支援とかの裏方にいけるし、個人的には問題なさそうかな」
「そうねぇ……でも本当に検査が必要なのか心配だし、一応防衛軍に確認とっとこうかしら………」
ソワソワと落ち着かぬ様子で立ち上がると、自室に置いてきたのであろう携帯を求めて部屋から去っていく。今一度連絡して先程の内容が真実か確かめるのだろう。自分の送った書類を持っていたのだし、服装も異界防衛軍のものに相違ないはず。心配しすぎでは無いか、と小さな苦笑が源の顔に浮かび上がった。
「ねーちゃん、クッキーは〜?」
「………あっ、忘れてた」
「えぇーっ!?」
「ねーちゃんひっでー!!」
「お腹すいたお腹すいた〜!!」
「あはは、だって仕方ないでしょ?今からパンケーキ焼くから、大人しく待ってて、ね?」
そんな中でも子供の思考は変わらず、空腹を訴えて大合唱を奏でている。変わらぬ弟妹達に笑みを向けながら、源は丸椅子から立ち上がって調理場へと足を向ける。
「………まぁ、なにも問題ないでしょ」
そんなことを呟きながら、彼女は幼い腹空き虫達を引き連れて部屋から出ていった。
しかし。彼女も、孤児院の先生も、彼女を慕う弟妹達も、果ては異界防衛軍の者たちも、知る由はなかった。
明日こそ。彼女が何気なく終わるだろうと予期している、この明日こそが。
______全ての、始まりだということに