「もうしばらくしたら、士官学校に着くッスよ!」
「あっ、はい。ありがとうございます……」
運転席から告げられた声に、緊張混じりで固く答える。と言っても、ここにいるのは昨日会っているとは言えほとんど面識の無い他人。しかも自分にとっては将来の上司にあたる人物達なのだから、彼らを前に緊張するなという方が無理というもの。何処か居心地の悪い自分の内心を誤魔化す為、窓の外で流れていく街並みへと視線を伸ばす。
______先日から一晩が明け、源氷華は2人の車に乗って身体検査の会場となる『第三士官学校』を目指していた。
あの後念には念を入れて、と思い孤児院の先生と共に確認を入れたら、このミーナ中佐と猿飛大尉の二人は実際に異界防衛軍が派遣した人物であった事が判明。学校の方にも連絡したら、既に公欠扱いになるように手配してくれていた。
その為友人に謝りの電話を入れた後、源は孤児院の家族達に見守られて出発。確認も取れ、安心して向かっていたのだが……如何せんこの空気はどうにかしたかった。静かなのは好きだが、こういった居た堪れない静かさは好きではない。
「……あのー……」
「?どうかしましたか?」
我慢し切れなかった源は、意を決して声を発する。その声に反応し、助手席に座っていたミーナが体をずらして後部座席の源へと目を向けた。
「その……身体検査に呼ばれた人ってどれくらいなんですか?」
「え?んー、そうねぇ………疑いある人も含めて、500人前後じゃないかしら」
「えっ、そんなに多いんですか?」
口元に手を当てながらそう言ったミーナの回答。想像以上の人数に思わず源は目を丸くしてしまう。このようにして防衛軍の人間が迎えに来ているから、てっきり身体検査をしなければならない受験生は少数だと思っていた。500人ともなれば、士官学校の合格者のおおよそ四半分、25%にも相当する人数である。
「疑いがある候補生全員ですからねぇ。万が一が無いよう、可能性が低いであろう子達にもお願いしてますし……取り敢えず、可能性があるだろう子達が今日集められてるんですよ。それ以外の子達も、数日後には検査する予定です」
「へぇ〜………その、異界への門?次元の裂け目?を、越えられない人って実際いるんですか?」
入学して、本人の希望に沿った分野によっては、配属されてから次元の裂け目を抜けられないなんてことが致命的になるかもしれない。それが無いように、分かるのなら早めに判明させておくのが吉という判断。それを受けて納得したような声を上げる源は、さらにミーナへと質問を重ねた。
「えぇ、ごく稀にですけどね。……と言っても、防衛軍側から異界への【次元渡航】をする事はほとんどないんです。実際に戦闘するような分野に行きたいならまだしも、後方支援なら例え引っ掛かっても大きな問題はありませんよ」
「ホントですか?やった、それなら大丈夫そう!」
ほっと息をつく。検査に引っ掛かったから入学取り消し、なんてことになったら笑えない。源が志望するのは後方支援系統だ、実地に赴くのは興味が無い訳では無いが、先生や弟妹達を心配させない為にもなるべく安全な場所のほうがいいだろう。第一、一介の学生である自分に戦闘なんてこなせる自信はなかった。自慢ではないが、源は喧嘩すらやった事ないのだ。
「……アレ?ミーナ先生、この道どっちでしたっけ?」
「え?……ちょっ、車線違う!直進じゃないここ!?ここを左!そして3つ目の信号を右!!後はそっから真っ直ぐ!運転手名乗り出たなら来た道くらい覚えなさい!」
「なっはは、サーセンっす!来た道と逆に行くから意外にわかりにくくて……」
肩の荷が降りた様子でシートに寄り掛かる源。そんな彼女をしり目に軽い調子で会話しつつ説教される運転手の猿飛。呆れた様子を見せるミーナに対し、ケラケラと軽い調子で笑う猿飛。そんな2人の様子を見ながら、少し緊張がほぐれた源。軍属の人間と共に向かう、しかもこの狭い密室だ。息が詰まりそうだと思っていたものの、蓋を開けてみればこの2人はなんとも人間らしくて、否応にも力が抜ける。
「______っと、着いたっすよ!!」
暫くすると、猿飛が視線だけ後ろの源にやってそう話した。目を向ければ、目的としていた場所はもうすぐそこまで迫っていた。
異界探査防衛軍、第三士官学校。
次元の裂け目、異界の門などと呼ばれる亀裂からやってくる人類の天敵……異世界の人間達から、一般市民を、引いては人類そのものを護るべく創られた組織、異界探査防衛軍。そこに進む為に通る道として、必ずこういった士官学校で学ばなければならない。
内容は過酷……とは聞いているが、士官生であっても公務員扱いで給与が貰える。保障だって手厚い。源のような貧乏孤児院に住む人間にとっては、学費も掛からず逆に金が稼げ、職を失う心配のないこの場所は最良の選択だったとは思う。
門番らしき人に猿飛が挨拶すると、門が開かれて中へと入る。中は広大で、様々な施設が点在しているらしい。徒歩での移動は面倒くさそうだ、なんて思いながら、源は外の景色を眺めていた。
しばらく車を動かしていると、目的の建物に着いたらしく。猿飛が車を停めると、隣に座っているミーナが助手席から降りて扉を開けてくれた。
「あっ、ありがとうございます……」
「いいえ、気にしないで。正式に入学するまでは、貴方はお客様だからね。その分、中に入ったらビシビシいくから、覚悟してね?」
パチンっ、とウインクしてそう言ってくれる彼女。とても若々しい彼女は、確か中佐と言っていただろうか……記憶が正しければそれなりに上の位だった筈だが、こんな雑務のような事をしていて良いのだろうか。
運転手の猿飛だって、大尉は結構上だった気がするが……正直、彼は源と大きく離れているようには思えない。20代前半から中頃程度だろうか。異界防衛軍の人達は随分と若いうちから出世できるのか、それとも………
「(………やっぱり死んじゃったりするのかなぁ)」
ミーナに道案内されながら、ぼんやりとそう思う。彼女達ほどの年齢でも上に行けるということは、それだけ上が人手不足とも考えられる。死亡率は馬鹿みたいに高いなんてことはないと聞いていた源だったが、少し不安に思ってしまう。
異界の人間達は、理不尽なまでに強いらしい。
殴る蹴るで鉄骨をひしゃげ、地面を砕くなんていうのは可愛いもの。
個体によってはファンタジーゲームの魔法のようなものを扱い、杖の一振で炎を巻き上げ烈風が人を切り裂き、こちらからの攻撃を空中で障壁のようなもので止める……なんてこともやってのけるとのこと。
そんな人外の人間達を相手に勝てるのは、培ってきた技術と対異界人用の装備、それに、決死の覚悟で挑む人々の心の強さがあってこそだ。
「(後方支援に配属されたいなぁ)」
人が死ぬのを見過ごせるほど腐ってはいないつもりだが、好き好んで死地に赴くほど物好きでもない。死んでも孤児院の先生や弟妹達にお金は入るだろうけど、どうせなら生きてまたあの人達に会いたいと願う。
自分はあくまで、ただの中学女子三年生。そこら辺にぽこじゃかいるようなガキンチョなのだ。私が世界を救う!なんて気概は持ち合わせていない。
「着いたわ。ここで少し待っててもらっても良い?」
「あっ、はい!わかりました!」
「中に入って暫くしたら、他の子達と一緒に案内されるから。じゃあ、また後でね」
「はい。あの…ありがとうございました」
「良いのよ!それじゃあね、源さん!」
家からわざわざここまで案内してくれた上に優しく接してくれたミーナに頭を下げて礼を言う。そんな源に笑顔を向けながら、ミーナは手を振ってその場を去っていく……が。途中で「あっ、そうだ」と思い出したかのように立ち止まると、源の方を振り向いて曖昧に笑った。
「………もし、中で何かあっても、狼狽えちゃダメよ?しっかり周りを見てね」
「……?はい、分かりました」
なんの意味があるのだろうか、と思ったが、理解した旨を伝えると満足気に頷いたミーナ。今度こそ立ち去っていく彼女を横目に見ながら、源は目の前の扉を押し開けて部屋の中へと入っていく。
☆☆★
「………うっわぁ、人多っ……」
中に入った彼女の目に飛び込んできたのは、人、人、人。200名以上がここに集っていることは知ってはいたが、それでも実際見ると少し驚く。奥に扉が1つあり、それ以外はトイレと思われる扉が男女それぞれに1つずつ。あとは椅子と机が沢山置いてある程度で、簡素な作りだった。
入ってきて源へ向けて、多数の視線が向けられる。また来たのか、とでも言いたげな目だったが、源はさっさと扉の前から離れた。どうせすぐにでも四散する筈だ。
「座るところ……座るところ………」
キョロキョロと見回しながら、座るところを探す。このまま何時間立たされるかも分からない中立ちっぱなしはキツい。せめて腰を落ち着ける場所を……と、思ったが。
『え!?青森から来たの!?やーんわたしもー!!』
『ほんと!?うわぁ、同じ人いて良かったァ!!』
「……………」
『つってもさぁ、何時まで待たせんだよ』
『早く帰りたいってのになぁ………』
「……………………」
『ふっ……そこの子猫ちゃん、行き場が無いなら僕の胸に______』
「ケッコウデス」
どこもかしこも、自分よりも先にやって来ていた人達によってグループが結成されていて割り込めない。誘ってくる相手もいたがなんか怪しいので丁重にお断りし、しばらくうろちょろするがやっぱり座れそうな場所は見つからない。
「はぁ…………あっ」
しかしそんな源が、ふと空いてる席を見つけた。というよりも部屋の隅に位置する机にだけ、何故か空きまくっている。背の高い男性と小柄な人が二人座っていて、その人たちが威圧感を醸し出しているからみな近寄り難いのだろう。
「ラッキー……あそこにお邪魔しよっと」
しかし、孤児院に住んでいた源にとってはアレより怖い目をしていた人だって見た事ある。理由あって新しい家族になるような人で、年齢がある程度いっている人間は大なり小なりあぁいう『近づくな』という雰囲気を出しがちだ。
だが源にとっては彼らの圧より自分の腰を落ち着ける場所のほうが今は大事。あの二人も別に喋りかけるような人には見えないし、静かに座っておけば問題無いだろう。
「あのー。隣、いいですか?」
「……あ?」
「……………」
声を掛ければ、その2人が源の方を見やった。
声を発した、背の高い男性の方はかなりの強面。がっしりとした体格の持ち主で黒いパーカーを着用しており、フードから見える限りでは短い黒髪を下ろしている。アイスブルーとも言うべきその瞳をギラりとこちらに向けてきた彼は、突然の来訪者を見ても表情を動かさなかった。
「………勝手にしろよ」
「ありがとうございます」
興味無さげにそう呟いた、大柄な男性。愛想がいいとは言えないが、別にこれから絡む相手でも無し。ぺこりと頭を下げて礼を言った源は、2人の近くの椅子に腰を下ろした。
「はぁ〜………座れてよかった……」
ほっと安堵しながら、源が呟く。周りからは何やらヒソヒソと話されながら観察されているが、大方わざわざあそこに行ったよあいつ……的なものだろう。まぁこの大柄な男だけで威圧感はかなりのものだ、源も平時では近寄らない。だが今は、彼の威圧感がいいひと避けになる。ここが混むことはないだろう。
「______ん?」
「……………………」
そんな源が手持ち無沙汰故にぼんやりとしていると、ふと視線を感じる。といっても周りから視線は投げられているのだが、それとは別。
視線の送られている方向を見れば、さっきの大柄な男性とは違う方………自分よりも小柄な方の人物が、こちらを見ていた。
物珍しいほどに鮮やかなブロンドヘアー。しかしさほど手入れは気にしていないのか、ボサッとした様子のショートヘアーの少年。眉間に皺を寄せて、赤色の綺麗な瞳を吊り上げてこちらを睨んでいる。しかし、顔立ち自体は幼い。確実に自分よりも年下だろうと思いながら、睨まれる覚えのない源が首を傾げる。
「………なにか?」
「……………ソレ」
なにか癪に障ることでもしただろうか、と思いながら源が問う。すると金髪の少年は、スっ…と彼女の胸元を指さした。
「?」
指を指されて、つられるままに胸元を見る。特に服装がはだけている様子も無いし、胸元が開く様な格好はしていない。至って普通の服装を着てきたつもりなのだが。
そう思って首を傾げている源に、少年の方から大きなため息がつかれた。
「ソコじゃ無いデス。あんたの胸になんカ、興味ネェですヨ……首」
「首?…………あぁ、コレのこと?」
首と言われ、源がすっと手をやった。彼女の首元、そこにあるのは、昔から消えない『円形のアザ』だった。
「見せびらかすとか、随分自信あるンですネ?」
「見せびらかす?……どういう事?」
小さい頃からついているらしく、日が経っても消えないアザ。きっちり制服を着ていれば目立たないような位置だったし、そもそも何か体調不良を起こした事も無い。ただただ消えないというだけで無害なアザだったので放置していたのだが、それを見せびらかすなどと言ってくる少年に困惑した。
そして逆に、そのアザについて指摘した少年の方も、源の反応を見て眉間のシワを深めていた。
「………知らナイ?嘘デショ、軍の関係者じゃ………」
「?私に軍の知り合いの人とかはいないよ?普通に学校行ってて、受験したら次元渡航に関する適性が〜……みたいなこと言われて来ただけだもん」
「…………めっずらし、ナチュラルかヨ」
眉間に皺を寄せていた少年が驚いた様に目を丸くする。やはり童顔なようで、年相応の顔付きになった少年はとても可愛らしいものだった。すぐに顔を戻してしまったが、なんだか野良猫の様な雰囲気がしてとても面白い。
「おい、ちょっと待て。そのアザ、なんか珍しいもんなのか?」
そんな少年の会話を聞いていたのか、隣に居た大柄な男性も話に入ってくる。どうにも表情の動かない人物だが、僅かに顰められた顔からかろうじて困惑が読み取れる。
「さぁ………?私は知らないですけど。どうなの?」
「………あんたもあんノ?」
「あぁ………俺ァ足だが……右足の、甲んとこに、そっちのあんたみたいなのがあるぜ」
机に肘をつきながら、彼はコツコツ、と足で地面を鳴らす。源の首元とは違い、彼は足にアザがある様だ。訝しげな少年の視線を受けた男性は、靴を脱いで靴下をめくって少年に見えるようにアザを見せる。
確かにそこには、源の首元のものと同じアザが存在した。形まで全く一緒、自然に着いたとは思えないほど綺麗な円形。同じ人がいたんだ、と源が驚いていると、少年は至極面倒くさそうにちっ、と舌打ちした。
「2人も……?どうせ他にモいるんだロウなぁ………あのジジイ、言っとけヨ………」
「おい、チビ助。これぁなんなんだ?なんか意味あんのか?」
ボソボソとなにか呟いている少年に、男性が声を掛ける。どうやら事情を知っていそうな少年に源も話を聞きたかったが、少年は大きくため息をついてそっぽを向く。
「……どうせ、後デ分かりマスよ」
「はぁ……?」
どうせ分かると言って黙ってしまった少年。男性の方は納得しきれない顔付きだったが、少年が喋らないだろうというのを見ると彼も大きくため息をついてドカッ、と今一度椅子に座りこんだ。
「………ねぇ君、名前は?そっちの人も」
「………名前?」
そんな中で源がそう尋ねる。いきなり何を言い出すんだこの女は、と思いながら2人が彼女の方を見るが、彼女は至って普通に話しかけた。
「名前。どうせ後で分かるって事は、なにかあるんでしょ?しかもその感じだと、君も同じようなの持ってそうだし………後々絡むかもしれないなら、今自己紹介した方が良くない?」
「…………はぁ〜………」
「自己紹介………ネェ………」
面倒くさい、という雰囲気を隠さない2人。確かに急だとは思うが、せっかく提案したのにここまで乗り気じゃありません、という態度をとられれば源も少しムッとする。
「………源。源氷華、15歳です。はい、私はやったよ」
「ったく……めんどくせぇ奴だな………」
源が短くそう言って2人の方を見ると、男性がガシガシと頭を搔く。少年の方もため息をついているが、言わない方がめんどくさそうだと言うことを察したのか観念してこちらを向き直る。
「………魂鋼。【
「………【
2人の自己紹介に満足気に頷いた源。それ以降、3人のあいだで言葉は飛び交うこと無く。今しばらく、案内があるまで静かに時を過ごしていた______