「それじゃあ源さん、向こうのお部屋で待機してて欲しいですよー」
あの後、ワンクゥーロから自己紹介を受けた源は、先程の研究室のような場所を出て彼女から道案内を受けていた。
そして少ししてからワンクゥーロが立ち止まった扉……何の変哲もないごく普通の扉の前でそう告げると、しゃっしゃかとその場から立ち去ろうとする。
「えっと、この中で待ってればいいんですか?」
「はいー。ほかの女の子達もそこにいますのでー。でも源さんが最後だから、すぐに案内されると思うですよー!それじゃあワンクゥーロ、早いとこ待機しなきゃですからバイバイですねー!」
手早く説明したワンクゥーロは、そのまま急ぎ足でこの場を離れていく。どうやら教官である彼女は行かなければならない場所があるらしく。ぴゅーん、と擬音が聞こえてきそうな勢いでせかせかと走っていく後ろ姿を眺めながら、大変なんだなぁとぼんやりとした感想を抱く。
「____________」
角を曲がり、見えなくなるワンクゥーロの後ろ姿を見送ってから。源は無意識に、首元を……幼少期から消えなかったはずの痣があった場所をさする。
未だにほんのりと熱を持つ、その印。弓矢が描かれた大円と、何も描かれていない小円が12存在する、源自身を表すと言われたモノ。
【
「(防衛軍がこんな事やってるなんて、聞いたことも無い………ましてや、ワンクゥーロさんの『アレ』……)」
この印を発現させるためなのかは不明だが、あの時ワンクゥーロの背後に顕現していた上部がループ状になっている十字架。彼女は確か、『イムホテプのアンサタ十字』と呼んでいたはずだ。
映し出したホログラムには到底思えない、質量ある存在感。アレは一体なんだったのだろう。
「………取り敢えず、部屋入るかぁ……」
考えても仕方ない……という訳では無いが、頭を振って脳裏をぼやけながら掠める考えを振り払う。
幾ら今ここで考えたとしても、全て憶測の域を出ないだろう。大体今日の経験の殆どが非日常過ぎて想像もつかないのだ。それにワンクゥーロ曰く、源が最後だから直ぐに案内されるらしい。ここでぼーっとしていて置いて行かれました、じゃ洒落にもならない。
ドアノブに向き直った源は、軽く深呼吸。よしっ、と気持ちを整えると、待機するように言われた部屋の扉を開いた。
☆☆★
「______ッ!また来た……!!」
ガチャり、と音を立てながらドアノブを捻った源。恐る恐る部屋に入ると、そんな呟きと共に中にいた少女達からの視線が一身に殺到する。
うわデジャブ、と二度目の慣れない感覚を味わいながら、軽く部屋を見渡す。
最初に待機していた大部屋……魂鋼や鳳賀、海堂と顔を合わせたあの部屋よりは狭く感じる。だがそれは部屋の広さ的な意味であり、人口密度的な意味で言えば寧ろ空いていると言えた。
「(ざっと見ただけでも40……50人いないくらい?それにしては部屋広いな……)」
ここに居るのは見た限り源と同じ性別……即ち女性ばかり。源と同じ『痣』持ちである魂鋼や、軍の関係者らしき鳳賀の姿が見えないので男女で別々に分けられているのだろう。少女達は殆どが不安そうな顔付きをしているが、騒ぐ様な人は見受けられない。流石は士官学校志望者、ということか。
「これで何人目……?」
「私たちどうなるんだろ……」
「合格、取り消しとかかなぁ……」
「意味分かんない、何だったのあれ……!?」
違う、これ不安が連鎖して騒ぎたてるラインを超えてるだけだ。叫び散らしたとしても拭えない程の不安を覚えてしまっている状態、決してよろしいとは言えない。
……と言っても、源に何か出来る訳では無いのだが。ヒソヒソとした不安そうな声も聞き取ってしまえるほど耳の良い源としては少し落ち着かない空間。まぁ叫び出されるよりは鼓膜への負担的にマシか。
「______ねぇ、大丈夫?」
「?」
そんなふうに周りを眺めながら扉を閉じた源。もうすぐ案内が来るらしいことを伝えた方がいいのだろうか、と考えていると、彼女に声を掛ける人物がいた。
黒いポニーテールを揺らしながら、こちらを気に掛けてきた背の高い少女。源も165cmと同年代女子からしてみたらかなり高い身長であるが、目の前の彼女はそれより10cm近くは高い。キリッとした新緑の瞳は普段ならば近寄り難さを抱かせそうだが、心配そうにこちらを見てくる彼女からはそんな事は読み取れない。
一番目を引くのは、右の頬に刻まれた負傷跡だろうか。しかしこのご時世、一般人の中にも異界人との攻防に巻き込まれて傷を負ってしまう、直接的でなくても二次被害を被ってしまう人は少なくない。
孤児院にやってくる子供の中にもそういった子はいる。一瞬目を向けたが失礼だと思いすぐさま視線を目の前の彼女へと向けた。
「あっ、急にごめんなさい。ここに来てる子、みんな不安そうだから声掛けてるの。私、最初にこの部屋に案内されたから」
「そうだったんだ………落ち着いてるね」
「状況が飲み込めてる訳では無いのだけれどね。下手に考え込んで不安に駆られるよりは、他の子を落ち着ける方が優先かなって」
少し目を伏せながらポニーテールの少女が薄く笑う。確かに今この場で一人考え込んでも何も対処の仕様がない。だったら周りを落ち着ける側に立ってケアに努めた方が有意義だ。この場の少女達が叫び散らしていないのは彼女のケアがあるからか、と密かに納得する。
「……貴方は落ち着いてるわね」
「?そう見える?」
「部屋に入って早々に周りを見渡して状況確認……それを出来る人が落ち着いてない訳無いでしょ?ただでさえ、こんな状態なんだし……」
軽く肩を竦めてそう言ってくれるポニーテールの少女。しかし厳密に言えば源も不安は感じている。ただ単に彼女は表情に出にくいのだ。他の子達に比べれば周りを見ることは出来ているが、部屋に入って周りを見たのも条件反射的なもの。
むしろ源から見たら、こうして他の子に声をかけて落ち着けようと動いてる少女の方が遥かに凄いと思える。並大抵の精神力では無い……とまで言う気は無いが、少なくとも10代女子にしては酷く冷静だ。
「それなら、こうやってみんなを落ち着けてる貴方の方が素直に凄いと思うよ」
「そう?ふふっ……悪い気はしないわね」
思ったことを口にした源に、悪い気はしないと小さく笑う。そんなポニーテールの少女は、源を空いている席へと案内する。
「自己紹介がまだだったわね。私は長柄、【
「源氷華。よろしくね、長柄さん」
「えぇ、よろしく源さん」
席に座りながら自己紹介をする黒髪ポニーテールの少女こと長柄。返すように自己紹介した源は、ふと視線を漂わせる。
ワンクゥーロの話が本当なら、もうすぐ案内が来るはず……だが部屋の中には、源が入ってきた扉しか出入口は無い。案内もそこからやってくるのだろうか。
「どうかしたの?」
「ん、あぁいや。なんでもないの、気にしないで」
長柄から声を掛けられ、曖昧に笑いながら濁す。
この状況で案内が来ることを言うのは何となくだがやめた方がいい気がした。長柄は問題無いだろうが、他の不安そうな面々に影響があっては面倒だ。
「不安そうなのが大半………普通そうなのはホントに一部だけだね」
「あんな事があったら当然じゃない?ただの身体検査かと思ったら異常があるって言われて連れ出されて、わけも分からぬままに全身スキャン。挙句その後に、よく分からない模様まで浮かんでくるし……」
「あ、やっぱり長柄さんもなんだ」
予想は出来ていたが、あの不可思議な体験をした人が他にもいるとしれば少しは気が楽になる。と言っても源は彼女達とは違った案内のされ方をしているので、完全に同じかと言われれば微妙なところだが。
長柄のため息混じりの言葉にそう言えば、長柄も肯定するように頷いた。
「ここにいる人はみんなよ。源さんは……分かりやすいわね」
「首元だからね。意図して隠さないと見えるだろうし……長柄さんは?」
「私は……まぁ女の子同士だし、別に構わないか」
やはりここにいるのは皆、あの不可思議な体験を経て連れてこられた子達。ワンクゥーロの言っていた言葉を借りるなら、『英雄』の資質を持つ子どもたち、と言った所か。
源は首元にその証……【雷上動】の印が輝いているので、服をかっちり着込んだりスカーフを巻くなど意図して隠そうとしない限りは見える位置だ。目の前の長柄にはパッと見そういったものは見受けられないので、服の下だろうかと予想をつける。
「私は、ここに浮かんで来たのよ」
生真面目そうに着込んでいた洋服を少し崩し、胸元辺りまでボタンを外す。そして下着が見えるくらいにまではだけさせた長柄の左の胸元に、それはあった。
柄が長く、槍と斧が一体になったような武具………ハルバードが2本交差するように描かれ、その上には月桂樹の冠らしきもの囲まれたダイヤモンドだろうか。源の雷上動とは違い、大円一つのみに収まっている模様だった。
「おぉー、そりゃまた………気軽には見せられないね、確かに」
「でしょう?全く、祖父や父から、色んな話は聞いていたけど……こんな検査があるなんて聞いた事がないわ。一体どうなってるのかしら……」
「?お爺さんやお父さんも、防衛軍に?」
「えぇ、祖父は異界防衛軍ではなくて、陸自なんだけれどね。昔から色々______」
50年前に初邂逅、そして未曾有の被害をもたらした異界の者達。それからすぐに設立されたのが異界探査地球防衛軍だ。父親だけでなく祖父までここの関係者なのか、と少し驚いていると、長柄が祖父は違うと否定。異界防衛軍は国に認められた公的機関ではあるが、あくまで独立した1つの組織という扱いだ。なので陸上自衛隊にいた彼女の祖父は防衛軍とは関係が薄いらしい。
崩した服を着直しながらわけも分からないと肩を竦める。そんな長柄が次の言葉を紡ごうとした、その時だった。
源の耳に、小さくだが足音が聴こえる。部屋に近づいてくる音………大きさや響き方からして、女性だ。
「……?源さん?」
「誰か来るみたい」
足音にピクリッと反応を見せた源。長柄にはその音が拾えず首を傾げているが、源の様子を見て同様に扉の方に視線を向ける。周りにいた少女達も一様に扉を方を覗き込んでいた。
次第に足音が大きくなり、源以外の面々にも聞こえる程となる。規則的なその音の主は扉の前で地面を奏でるのを辞め、コンコンッ、と扉をノック。『失礼する』、と短く切るように言い放つとそのまま扉を開いた。
「…………………」
扉を開き、現れたのは女性。とりわけ少女とも言うべき年齢であり………つまるところ源達候補生とほぼ変わらないであろう年齢だ。
「……あっ」
「?どうかしたの、長柄さん」
扉を開けて部屋に入ってきた少女を見て、長柄が少し驚いたような声音をあげる。顔見知りだったのだろうかと源が振り返れば、口元に手を当てながら源に小さく囁いた。
「………彼女、確かいたわ。候補生が待機するように言われてた、あの大部屋に」
候補生のみが待機していたはずのあの大部屋。そこに姿があったはずだと確信を持って頷く長柄の様子に、源は今一度静かに、入ってきた少女を盗み見た。
肩ほどの長さの射干玉の髪。真ん中からきっちり二つに分けられた前髪から、生真面目そうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。細長く吊り上げられた紅色の瞳に、縦に割れた蛇のような瞳孔。じろりと周りを見渡せば、目が合った候補生達の中でも気の弱い者が「ひっ」と小さな悲鳴を漏らす程には迫力があった。
「………源氷華はいるか」
「えっ……あっはい!源、います!」
他を圧倒するような迫力を滲ませる彼女が短く発したのは、何故か顔も知らない相手であろう源を確認する声。
予想外のことに間の抜けた声を漏らした源だったが、それを聞き取った相手側がジロリッと睨む。早く言わなければまずいと直観的に察した源は、敬礼交じりにここにいることを告げた。
「ならばこれで全部か………全員、清聴」
源が女性陣の中で最後に案内されたことを知っているのか、彼女がいるのなら全員揃っているだろうと小さく頷いた。そしてもう一度室内を見渡すと、足を肩幅ほどに開き、後ろ手を組んで候補生の少女達に向けて言葉を発した。
「初めまして、諸君。私の名は【
凛とした……と言うよりかはきつい目付きのせいで不機嫌そうに見えてしまう少女。篠咲と名乗った彼女は、源や長柄達と同じように軍の候補生だと明言した。
「(………鳳賀くんと同じ感じか)」
よく通る声だ、耳のいい源に聞こえないわけもない。同期の候補生だということ。それにこうして案内役を頼まれている辺り、既に軍側と何らかの関係があるのだろう。長柄曰く大部屋にもいたらしいので、鳳賀と同じタイプかとアタリをつける。
「説明も無しにこのような拘束をしている事は謝罪しよう。しかし、これも外部に情報を洩らさない為の苦肉の策だ。どうか理解して欲しい」
軍側としてもこのような形の拘束や強制的な検査は本意では無いらしいが、こうするしか無いと篠咲が謝罪を口にする。しかしその間表情に変化は無く、本心から言っているのかは見分けにくかった。
しかし源の目には、僅かに彼女の瞳が揺れ、目が伏せられたのが見て取れた。どうやらこの篠咲は、本当にこちらに対して申し訳ないという感情を持っているらしい。それだけで、少しは安心出来るというものだ。……状況は何も変化していないが。
「さて。今から君達を【講義室】へと案内する。これからの君達の待遇についても、知りたがっているであろうその【刻印】についてもそこで説明がされる………ついてきてくれ」
彼女が何を知っているのか、どこまで自分達と立場が違うのか、これは一体どういう状況なのか………聞きたいことは山ほどあった。
しかし、講義室なる場所へ案内すると言った篠咲はそのまま踵を返すと部屋から出ていってしまう。どうやらこちらが出ていくのを待つらしいが、周りはどうしようかと悩み気味の様子。
「______みんな、篠咲さんについて行きましょう」
そんな中で真っ先について行くことを提案したのは、最初にこの部屋に来たと言っていた彼女。他の子達の不安を少しでも解消しようと声を掛け続けていた、長柄だった。
「で、でもぉ………」
「動かなかったら、何も始まらないわ。仮に異界防衛軍が私達を害するつもりなら、この部屋の中でとっくに始末されてるわよ。1箇所に集めず、順々に処理すればいいだけだもの」
不安そうな少女の一人が抵抗あるのか、長柄の方を向きながら消極的な様子を示す。こんな状況だ、いまいち異界防衛軍を信用出来ていないのだろう。
しかし長柄から言わせてみれば、こうやって一室に集めてこちらを害するそぶりを見せず、案内しようとしているのならばついていくべきだ。防衛軍の戦力ならば、この場にいる少女50名前後を処理するなんて容易いだろう。
「ここに居たって情報も何もあったもんじゃないのよ、ならついて行って、講義室とやらで話を聞こうじゃない。みんなも聞きたいこと、山ほどあるでしょう?」
そう言って笑う長柄の姿に、他の面々が目を合わせる。堂々たる姿で皆を鼓舞する長柄という存在のおかげか、それとも彼女の説明に納得したからか。
動く様子のなかった少女達のうち一部が立ち上がり、部屋を出る。それにつられて一人、また一人………最終的には部屋にいた少女全員が、篠咲について行くことに決めたようだ。
そんな風にリーダーシップを発揮する長柄の姿に、ほへー、と感心したような視線を源が向ける。
「頼りになるねぇ、長柄さん」
「そう?まぁ気休めだけど、ついて行かないよりマシでしょう。源さんも行くわよね?」
「うん。ここにいても仕方ないってのは同意だし。晩御飯の支度手伝いたいし、早く帰れるといいんだけどなぁ……」
はぁ、とため息をついて自宅で待っているだろう弟妹達、それに孤児院の先生。食べ盛りの子供を多数抱える孤児院では、一食の作る量は馬鹿にならないほど多い。せめて年長の自分が手伝えればいいのだが。
こんな何が起こっているのかも分からない状況下で、真っ先に飛び出す心配事が家に帰れるかどうかとは。ある種の図太さというか、呑気な様子を見せた源に長柄が苦笑する。
「あっはは、呑気ねぇ」
「しょうがないじゃん、私にとっては死活問題なの」
「そう、それなら手早く講義室とやらに行きましょうか。とっとと説明してもらわないとね!」
他愛ない会話で笑い合いながら、2人も部屋の外へと出る。そのまま篠咲に連れられ、50人程の少女達は見知らぬ通路を進んで行った。