「______この部屋だ」
一番前を歩いて先導していた篠咲が立ち止まり、こちらを振り返って全員が着いてきているかを確認する。
ここに来るまでそう長くはなかったものの、やはり緊張からか言葉数は少なかった。源や長柄などの余裕ある面々は篠咲に幾つか質問を投げかけてみたものの、彼女は一貫して『この後に説明がある』という言葉のみ。どうやら喋る気は無いようだった。
「全員、中に入ったら好きな席に座ってくれ。既に男性陣は到着しているので、すぐにでも説明が始まるだろう」
全員いることを確認出来た篠咲が最後にそう言うと、両開きの扉を押し開ける。そのまま脇にズレて扉を押さえる彼女を横目に、源は歩いてその扉をくぐった。
「______ホントに、大学の講義室みたいね」
ポツリと呟かれた長柄の言葉。しかしそれはある意味的を射ているだろう。
階段状に配置された座席に、前方にある巨大なモニター。そのモニターの下、全ての座席に目を向けられる位置には教壇が存在していた。知ってるものが見れば、まさしくここは大学の授業を執り行う部屋、そのものだ。
「……あっ」
直前の検査等で意味不明の機械を見ていた少女達からすれば、あまりに普通の光景にキョロキョロと目を向けてしまうのも仕方がない。
そんな中で源が座席の方に目を向けると、彼女達女性陣が入ってきた入口とは逆側……そちらに近い座席に座っている男性陣の中に、見知った顔を見つけた。
「______あっ!!おい魂鋼!あれ源だろ!?」
「………やっぱ、アイツも連れてこられてたか……」
隣に座る大柄な青年の肩をバシバシと乱雑に叩きながら源に目を向けてくる青年こと、海堂。
そしてその海堂からなすがままぶっ叩かれている目つきの悪い男子……源と同じく、『ナチュラル』と呼ばれる存在である魂鋼。
どちらも、この部屋に来る前。候補生全員が集められていた、あの大部屋で一緒だった男子だ。魂鋼がこちらに来ているのは予想していたが、どうやら海堂も選抜されていたらしい。
となれば、と思い彼らが入ってきたのであろう入口へと目を向ければ………やはり、居た。
「………おっせぇんデスよ。早くしてくんないデスかねェ……」
かったるそうに壁に背を預けている少年。魂鋼、海堂と同じくあの大部屋で源と一緒だった年下の男の子。源と魂鋼の事を『ナチュラル』と呼称していた軍の関係者らしい人物、鳳賀。立場は源達と違えど、彼もまたこの場に姿を見せていた。
「源さん、どうかしたの?」
「ん……ううん、何でもない。ちょっとボーッとしてただけ」
「そう……?まぁいいわ、一緒に座らない?」
長柄から言葉で観察を断ち切った源は、彼女に誘われるままに近くの座席へと腰を下ろす。
辺りを見れば、少女達は全員思い思いの場所に腰を下ろしていた。唯一篠咲のみが扉の前から動かなかったが、それは男子側の鳳賀も同じだ。
全員が………恐らくあの不可思議な体験を経て、この謎の模様が浮かび上がったのであろう少年少女達が、席に着いた。篠咲曰く、直ぐに始まるとの事だったが……と源が思った、その時。
「______揃ったみたいだね」
不意に響いた、低い声。決して大声で話していない………耳元で囁くような声音ながら、不思議と講義室全体に響き渡った男性の声。
何処から声が聞こえるのか、他の候補生達がキョロキョロと周りを見渡す中。耳のいい源には、その声が目の前から______誰も立っていないはずの、教壇から聞こえて来ている事を察した。
ぐにゃり、と
蜃気楼の如く、映る景色が歪められる。その光景を前にした候補生全員が目を丸くして見つめる中、その歪められた空間から。まるで、布を払うかのようにして、一人の人物が姿を現した。
目を引くのは、赤色の………いや、朱色の髪。白髪と入り交じったその頭髪は、男性しては少し長いもの。肩ほどまではあるであろう髪を結って纏めたその男性の顔には皺が刻まれており、生きてきた年数を物語っているかのようだった。
「初めまして、候補生諸君。驚かせてしまって申し訳ないね………あぁ菖蒲、千歳。敬礼は不要だ、楽にしていいよ」
「ハッ!!」
「…………」
ニコリ、と優しそうな表情を作って眼前の候補生達にそう語り掛ける初老の男性。源達が呆気にとられている間に初老の男性に向けて敬礼していた鳳賀と篠咲だったが、彼からの許しを受けてそれを解く。と言っても、篠咲は生真面目そうな様子を隠さず。鳳賀は面倒くさそうに無言で、だが。
「さて、自己紹介が遅れたね。私はテオドール。【テオドール=ファルギッド=フェネクス】。異界探査地球防衛軍の一員で、階級は中将………一応この第三士官学校の校長で、異界探査地球防衛軍日本支部の統括を任されてるジジイだよ」
にこやかに笑いかけながら名乗る初老の男性こと、テオドール。そんな彼の階級を聞いた候補生達がざわつき始め、その後の言葉も合わせて絶句する。
日本支部の統括を任された、士官学校の校長……とどのつまり、このテオドールという男性は日本国内において防衛軍のトップと言うべき立場だ。そんな人がたった一人、しかも謎に満ちた登場をして見せればこうもなろう。
「さて、まずはこんな招き方をした謝罪と世間話でも………と、いきたいところなんだがね。時間をかけちゃうと怒られてしまうから、なるべく手短にいかせてもらうよ」
かぶりを振って残念だと眉尻を下げるテオドール。「この日の為にとっておきのネタを考えたのになぁ……」という呟きが源には聞こえてきたが、気の所為だと思い込むことにした。
「まず、君達をこのような形で集めたのは申し訳無く思う。もっと他に方法があったのかもしれないが、どんな些細な情報でも洩らしたく無かったんだ。許してくれると嬉しいな」
テオドールが頭を下げながら、半ば強引な集め方をしたのを候補生たちに謝罪する。日本支部のトップであるテオドールから謝罪を受けた候補生達がザワザワと騒ぎ始めるが、扉の前に控えていた篠咲から睨まれて押し黙る。
公的な場ではないとは言え、上層部の人間が、言い方は悪いがたかだか候補生程度に頭を下げていいのだろうか。そう思わなくもない源だったが、彼女はそう言った知識に明るい訳では無い。精々が弟の読んでいた漫画で齧ったような知識のみだ、頼りにはならないだろう。
「それと、君達をこんな形で招いた理由についてだが…………まずは一つ映像を見てもらいたい」
普通に呼び出して話をする……そのような集め方もできた筈なのにこうして集めた理由は何故か。それを説明する前に映像を見て欲しいとテオドールが言う。
パチンッ、と指を鳴らす。それに呼応する様に講義室の明かりが消え、室内は暗がりへと変化。唯一の光源は、目の前の巨大なモニターの明かり………それに加えて、淡く光っている各候補生達に刻まれた模様のみだ。
「先に注意しておくと、今から見せる映像はかなり衝撃的な内容だ………まぁ君達【英雄候補生】ならば間違いなく耐えられるだろうが、もし気分を悪くした人がいたら遠慮なく申し出て欲しい」
モニターの光に遮られてあまり見えないが、先程と変わらぬ優しげな声音でテオドールは注意を促す。衝撃的な、とは言うものの、彼の声からは気楽さすら感じる。この映像を見せて気分を悪くする、もしくは体調を崩すようなものなんてこの場には居ないだろう、とでも確信しているように。
「(まーたよく分かんない単語が出てきた……)」
ワンクゥーロの言っていた【英雄】。
この場に集められた候補生全員に出現した謎の模様である【刻印】。
これだけでもちんぷんかんぷんなのに、その上更に【英雄候補生】なんて言葉が飛び出して来た。ワンクゥーロの言っていた英雄に関係するものなのだろうが、最早何を言っているのか理解するのも疲れてきた。
「英雄って候補生から始まって試験突破してなるものなのかなー」、なんてくだらない事を思い描いてしまう源。英雄検定準2級とかあるのだろうか。正直そんなの受かる気はしないが。
そんな彼女の空想なんて知らぬとばかりにテオドールは教壇の上で端末を操作、巨大なモニターに映像を映し出した。当然候補生は全員そちらに目を向ける。
「さぁ……目を逸らさないでね」
テオドールの呟きと共に、モニターが灯る。
映し出されていたのは、だだっ広い草原だった。
草木が芽吹き、そよぐ風に新緑の絨毯が揺れ動く。遠くには薄らとだが山脈らしきものも見受けられ、空は雲ひとつない快晴。暖かな陽射しが一帯を照らす、平穏な光景だ。
この場所で寝転がって、時間を気にせず空を眺められたらどんなに幸せだろうか。ぽけーっとしたままうたた寝出来たら気持ちいいだろうな、なんて事を思う源。
「______おかしい」
そんな彼女の暖かな空想は、隣に座った長柄のつぶやきで引き戻される。非常に小さな、それこそ隣の源にしか聞こえないような呟き。どうかしたのかと視線を向けるが、長柄は考え込むような素振りを見せて今一度呟いた。
「おかしい………あれは山脈?でも覚えが無さすぎる………人の手が入っている様子も無し、いやでも………」
「……長柄さん?どうかした?」
ブツブツと言葉を発する長柄に、首を傾げて源が声を掛ける。そちらに気が付き、目を向けた長柄は言うべきか言わざるべきかを悩みながら、戸惑い気味に口を開く。
「……あの山脈、一切見たことがないの。記憶にあるどの山とも一致しないわ」
「?うーん……単純に忘れてるだけとか、覚えきれないくらいマイナーな山ってことは?」
「その可能性も考えたわ。山だけならそれで納得出来たんだけど………あの草原……」
長柄夏乃という少女は、真面目かつ勤勉だ。
こんな状況下でも他の候補生たちを気にかけて立ち回れるメンタリティを持つ彼女は、気になったことは自主的に調べて学習する程度には意欲ある学生である。模範的な学習者、優秀を絵に描いた様な学徒とも言える。
ただし、幾ら勤勉でも彼女は未だ中学三年生の少女でしかない。全てを網羅するなんて不可能であり、ただ単に記憶から抜け落ちていただけでは無いのかと源が問う。しかし長柄の呟きを聴いて、彼女も今一度モニターの草原へと目を向けた。
さわさわと揺れ動く草達には、特に異様な点はないように見受けられた。どの草も綺麗な新緑色で、美しい形をし、風に揺られて踊っている。
______『全て』が、『一様に』。
「______草丈が、全く同じ……?」
ゾクリ、と源の背に奇妙な違和感が走る。
目の前の映像に映る草原。そこで揺れる草はどれもこれもが似たような形をしている………いや、もっとだ。どれもこれもがコピーされているかのように、草丈も、色も、形も、全てがそっくりそのままなのだ。
「人の手が入っている様子は全く無いのに、全部丈が同じなんて……おかしいと思わない?」
「そう言われると、確かに………これだけ広い草原なら昆虫の一匹でも居そうなものなのに、影も形も無い……」
長柄の疑問に、源も同意する。
モニターに映っているのは、草原なのだ。草木がある場所には虫の一匹や二匹がいて当然。それなのに一切見受けられない。見逃している訳ではなく、それこそ何かが動くような素振りすら見受けられない。
これは一体どういう事なのか。源達以外にもその違和感に気がついた候補生がチラホラ出始めた様で、小さくだが講義室内がざわめき始める。
そして………そんなざわめきを止めるかのように。一人の候補生が小さく「あっ」と呟いた。
「______なに、あれ」
目を丸めた源が、理解し難いとかすれ笑いの声を洩らす。長柄もその瞳孔を開き、目の前に映るソレから目を逸らせなかった。
モニターに映る、人工的なまでに整った草原。そこにザクり、と足を踏み入れる影があった。
それが日に焼けた健康的な肌色で、血管が浮き出た様な血の通う人の足なら、どんなに良かっただろう。そう思いたかったが、源の脳がそれを拒んだ。目の前のそれを見ろと、現実から離れるなと警鐘しているように。
『キュロ………キュゥゥーーロロロロ………』
『ギチッ、ギッ、ギギチチギギャ』
物を擦る様な耳障りな音。おおよそ人間から発せられる音ではないだろう。それもそのはず、足を踏み入れたその生物は、人間とは少し近くて……そして程遠いものだったのだから。
草原を踏み締めるのは、人肌のソレではなくもっと硬質な外皮。光に当たって鈍く輝くそれは、黒緑とも言うべき色合いをした不気味な脚部だった。
つま先に伸びるのは五本の指では無く、二股に分かれて鋭い鉤爪の付いたもの。脚自体も太腿に当たる部分までは太く、それ以降は矢の返しのような形が見受けられるものの細かった。
身体は虫の腹板の様に硬質なものであり、腰の辺りから左右に腕が2本、肩に当たる位置からさらに2本。そのうち2本の腕はまるで刀剣のように鋭い刃物状で、残りの2本には石を削ったような粗末な槍を握っていた。
口に当たる部分には大きな下顎が見えており、眼は複数が寄り集まったような複眼。背には硬い外皮に守られるようにして羽根が収納されているのだろうと、見ている候補生達には容易に想像出来た。
何故なら、その二匹の生き物………額から一本角を生やした個体と、緩やかな曲線を描く二本角を生やした個体。それらはどう見ても、巨大化し、二足歩行をしているものの………彼らのよく知る昆虫。
______【カブトムシ】と、【クワガタムシ】だったのだから。
「な、なんだよアレ……?」
「カブトムシと、クワガタ……?」
「え、歩いてる……よな?なんで?」
ざわめきが大きくなる。
それもそうだろう。見知ったはずの生き物が………凡そ日本の現代社会で暮らしていれば名前を聞き姿を見るであろう慣れ親しんだ昆虫が、人間大のサイズになって両足で地を踏みしめるなんて想像がつくはずもない。
そんなありえない光景に、誰もが目を奪われている中で。ツノが二本生えた、クワガタ型の生き物の方がピクリ、と反応。人間で言う所の顔に当たる部分を上げながら、ガサガサと草原を漁り始める。
『______ギッギギ!!』
しばらくの間一匹でガサガサと草の根を掻き分けていたクワガタだったが、突如として手に持った粗末な石槍を空中にぶん投げた。
投擲した方向には、何も見えない。そのまま飛んで行った石槍は当然地面に突き刺さるもの……そう思っていた候補生達の予想を裏切るように、
『ギギッギ♪ギギッギ♪』
『………キュゥーロロ…………』
空中で止まり、そのまま重力に従うように草原に落下した石槍。小躍りする様子を見せながらクワガタが槍を回収すると、その先端には何も刺さっていないはずなのに、虚空から赤いものが………明らかに生物の血液だろうと予想出来る液体がぽたぽたと緑の絨毯を汚す。
その後ろでカブトムシが肩を竦める中、映像を見ている候補生達は何が起こったのか把握出来ていなかった。しかしクワガタが槍を引き抜くと、その血液の大元であろう生き物の姿が徐々に……霞が剥がれるかのように、虚空から薄らと見え始めた。
「………ウサギ?」
「ウサギはウサギだけれど………随分大きいわね。それに、白と緑のまだら模様なんて……」
槍の先端に突き刺さっていたのは、源や長柄の記憶が正しければウサギだ。ウサギと言われて記憶に呼び起こすのは真っ白なものや茶色、黒といった色の個体だろう。
しかしそのウサギは、白と緑のまだら模様。その上、かなりデカい。あの二足歩行のクワガタやカブトムシの大きさが不明だが、仮に成人男性ほどと考えればウサギの体長が50cm程はありそうだ。彼女達の知識とは、些か異なっていた。
そんな風に観察する中、巨大なウサギを仕留めたクワガタは、その肉を火に通すこともせず、皮を剥ぐこともせず、嬉しそうにバリバリと生で咀嚼し始める。当然血は吹き出し、滴る血液量は一層多くなる。肉を食み、ちぎり、骨ごと噛み砕き、流れる血液すらも飲み干さん勢いだ。
「うぇっ………気持ち悪い……」
「……見てて気持ちのいいものでは無いわね………それにしても、クワガタなのに肉食……か」
んべ、と舌を出しながらその映像を気持ち悪いと称する源。当然だろう、普通の人間ならば生のままウサギが食害される映像なんて好んでみたくも無い筈だ。隣に腰かける長柄も同様らしいが、彼女は顔を顰めながらも冷静にその映像から情報を整理していた。
そんな中、既にウサギの半分ほどを喰いちぎっていたクワガタ。その後ろに控えていたカブトムシ型の生き物は、呆れた様子を見せていた______といっても表情が分からないので雰囲気からの推察でしか無いのだが。ともかく、ウサギを喰らうクワガタの事をしょうがないやつだ、くらいに思っているのだろう。
そんなカブトムシの目も気にせず、クワガタが最早50cm近くあった体長の殆どを喰ったウサギの肉片を口に運ぼうとしたその時。
『______ッ!!』
急に弾かれるように動きたカブトムシが、クワガタをドンッ、と突き飛ばす。当然押されたクワガタの方は草原にベシャッ、と倒れ伏す。そして次の瞬間______
______大空から飛来した『ナニカ』が、高速でカブトムシ型の生き物を蒼空へと拐っていった。
映像が、その生き物を追うようにして空を映し出す。
そこに映っていたのは、2匹の生物。
片方は巨大な鉤爪によって拘束されたカブトムシ型の生き物。鉤爪が肉体に穴を開けて食い込んでおり、生命活動に甚大な被害を与えているのが簡単に察せられた。
そして、もう片方。
天を隠す程の両翼を広げ、蒼穹の空を翔ける獣。鮮やかな翡翠色の羽が羽ばたきとともに躍動し、その体躯は大空に輝く太陽を覆い隠すほど巨大なもの。羽と同じく淡い翠色の嘴や鉤爪には、金属特有の光沢すら見受けられた。
エメラルドに輝く大鷲………凡そ地球を探し回っても見つからないであろう超常の生き物が、空中から強襲。カブトムシ型の生物を捕獲し、飛び立ったのだ。
「………もう何が何だかって感じなんだけど………」
「人型サイズの昆虫風の生き物を160cm前後と仮定すると………全長5m越えって所?有り得ない、自重で飛べる訳ないのに……」
どう考えても人間大のサイズはありそうな二足歩行昆虫を軽々と抱え、空を飛んでいくその大鷲。いかにその肉体が強靭な筋肉によって支えられていようと、そんな大荷物を抱えて、なおかつ翼で大空を飛び回るなんて不可能。物理的に有り得るはずもないのだ。
しかし。事実として映像の中でエメラルドの大鷲は翔んでいる。空を羽ばたき、獲物を捕らえた事に歓喜の嘶きを上げながら。この空は自分のものだと主張するように。
そんな大鷲が、今一度翼を大きくはためかせ、さらに高く飛ぼうとした時。
______バギャリッ、と音をたてて大鷲の姿が画面から消失した。
「………わーぉ。もうなんでもありだね、こりゃあ」
「………!…………、…………!?」
突如として画面から消えた大鷲。そしてそれと同時に画面に一瞬映りこんだ、真っ黒な影。映像が過ぎ去った影を追って別方向を映し出した時。【ソレ】は、姿を見せた。
「………な、んだ……あれ………!?」
「______おいおいおい、ちょっと待てよォ!?有り得ねぇだろ!?」
もはや乾いた笑みすら浮かんでこない源。その隣で、現状を整理しようとするものの言葉を失って画面を凝視する長柄。
そして彼女らとは逆側に座している魂鋼も、到底受け止めきれない現状に目を丸める。
そんな中で唯一。一人だけ………海堂のみが大声を上げながら反射的に立ち上がっていた。彼は画面に震える指を突きつけながら、本来存在し得ないはずの、ソレを。
「______どっからどう見ても、【ドラゴン】じゃねぇかァ!!?」
空の覇者。ファンタジーの象徴。圧倒的な力の権化。空想の中でのみ存在しうる、生態系の頂点に座する生物の王者。
『______■◼■◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️______ッ!!!』
巨大な龍鱗を煌めかせた、ドス黒いまでの闇色のソレが______龍としか呼称できない生き物が、先程の大鷲を軽々口にくわえて過ぎ去っていく姿を、映像は捉えていた。
「______さて」
身の竦み上がるような咆哮を最後に、映像が止まる。
「ご清聴頂き感謝するよ。そしてやはり、あの程度で恐慌するような子はいなかったね。うんうん、今年の子達は有望だ」
満足気に頷いてみせるテオドールは、階段状の椅子に座している候補生達を流し見る。その目は笑みを浮かべたように細められていたが……目の奥が笑っていないように感じたのは、ごく一部の生徒だけだろう。
「………あ、の」
「うん?どうかしたかい、長柄候補生?」
そんなテオドールに向かって、手を挙げる候補生が一人。源の隣に座っている長柄が、冷や汗を流しながらも凛とした風貌を崩さずに問い掛ける。その姿に感心した様な様子を見せながら、テオドールが続きを促した。
「あの映像は、一体何なのでしょうか。私達に、どういう意図を持ってアレを鑑賞させたのでしょうか」
「うーん………それは君が思っている通りだと思うよ、長柄候補生」
映像。今しがた見たばかりの、有り得ない光景の連続。それを見せた意図はなんだと震える口で問えば、テオドールは顎に指を添えながら軽くそう答える。
「それにしても、あの映像を見た後で真っ先にその疑問をぶつける姿勢!流石は長柄候補生、筆記試験、身体能力検査共に上位入賞しているだけはあるね!……………映像の意図、か。そうだなぁ…………」
パチパチパチ、と一人だけ場からズレたテンションで拍手を上げながら長柄の優秀さの片鱗を賞賛する。事実、候補生達の大部分が呆気にとられる中でいち早く情報を掴もうとし、テオドールにも臆せず疑問をぶつけてくる姿勢は実にテオドール好みの、異界防衛軍向きの姿勢だ。
ひとしきり長柄へ賞賛を送ったテオドールは、候補生全体を見渡す。そんな中、ふと目に入った少女………長柄の隣にいた、彼女。源へと目を向けた。
「源候補生。この映像が撮影された場所。そしてこれを見せた私の意図……それはなんだと思う?」
「______!」
急な指名に、思わずドキリと心臓が飛び跳ねる。テオドールから直々にそう問われたことで、隣の長柄や逆側にいる魂鋼や海堂。扉の前にいる鳳賀、篠咲。それに、彼ら彼女ら以外の候補生達全員の視線を、一身に受ける事となる。
たらりと頬を冷や汗が伝う中。「それ、は………」と小さく呟いた源は、意を決したようにテオドールを目を真っ直ぐに見つめ、こう言った。
「______
「______大ッ正解ッ!!」
瞬間、室内が紅く照らされた。
「いいねッ!!素晴らしい、殆ど正解だ!!いやァ例年答えてくれる子が少ないんだけど、やっぱり今年は一味違うッ!!」
声高に、喜色を隠さず仰々しい身振り手振りで感情を露わにするテオドール。最初の方の落ち着いた様子はどこへやら、狂気すら感じるその様子に候補生達は若干の恐怖を身に受けた。
しかし。それ以上に目を引くのは、テオドールの右腕。
源の回答に正解だと言った瞬間、手のひらから突如として舞い上がった紅色の焔が腕を巻き昇り、肩口から広がるマントのように形作られる。それが光源となり、室内を紅く照らしていたのだ。凡そ人間にあっていい光景では無い。
「あぁいや、舞い上がってしまって済まないね!感情が昂るとどうにもこうにも顔を出してしまうんだ」
焔のマントを翻しながらそう笑うテオドール。彼は今一度教壇に立つと、候補生達の顔に笑みを向けながら語り始める。
「さて…………あの映像に映っていた生き物。間違いなくこの地球上に存在しない………存在してはいけない生き物達だ。それは君達も、映像から何となく察してくれていると思う」
「あの生き物達は、映像に映った順に《
「そしてだ。映像中では簡単に殺害されていた《
流れるように続けられる、テオドールの言葉。最も簡単に殺害された、あの二足歩行の昆虫の生命体。アレですら、数十人規模で当たらなければ人間では勝てないのだと言う。
「《
候補生達は、言葉を紡がない。紡げない。
今日この時まで、異界防衛軍は多少の被害はあれど人類を守りきっていると思っていた。未知の技術を持つ異界人が相手でも、勝利を収められると。それがこうもあっさり、日本支部のトップに君臨する人物に……軍の中枢に関わっている人の手によって否定されるとは、想像も出来なかった。
「しかも、しかもだ。我々が為す術もなく殺されてしまうであろう、あの黒竜!アレを相手取って討伐した人類が、異界には
ドンッ!!と、強く教壇に拳を叩き付ける。劇場役者よりも強く、評論家たちよりも声高に響かせて。段々と熱を帯び始めたその言葉は、速度を上げながら候補生達にぶつけられて行く。
「ハッキリ言おう!我々側の人類は______この世界は、遠からず異界に蹂躙されるッ!!我々の築き上げてきた歴史も、文化も、先人達の努力も想いも何もかもが無に帰す日は眼前まで迫って来ているッ!!」
「______だが。たった一つだけ、我々に残された【可能性】。それこそが、君達に輝くその紋章だ」
テオドールが手にはめていた手袋を外す。そこに渾然と輝いていたのは、紅く染まった円形の模様______描かれている模様自体は違えど、それは確かに候補生達に刻まれたものと同じ類のものだった。
「人類の進化。強固な意志の結露。人々の想いの代弁。神からの天啓。地球意志による防衛本能______未だ原理は解明されていないものの、コレこそが人類存続の為の最後の切り札だと、我々は受け取った…………菖蒲、千歳」
「ハッ!」
「あ〜ぁ、ハイハイ………」
テオドールの言葉で、扉の前で待機していた篠咲と鳳賀が反応する。片方は生真面目に敬礼をした後、背筋を伸ばした姿勢を崩さないままテオドールの前へと歩を進め。もう片方はかったるげに、小さく溜息をつきながらテオドールの前へと歩いてきた。
そしてテオドールが小さく頷くのを見た2人は、それぞれ目を瞑る。篠咲は胸の前に手を当て、鳳賀は右手を開き、下に向ける。
「______我が意をココに。顕現なさい、【蜻蛉切】」
「見世物になるお時間デスよ______【 村正】」
それぞれが小さく呟いた時、光が集まる。紅く染まっていた室内の中で、目に見えるほどに光源が収束し、二者の周囲を蛍火のように飛び交っていく。
篠咲の目の前に蛍火が収束していくと、その光が紫色に輝き始める。妖しく光を帯びるその現象の中から、一振りの槍が顕現した。
虚空より姿を見せたるは2mにも及ぶもの。槍としては短く、しかして少女が扱うには長すぎる、紫色の水晶以外は無骨に見えるその槍。大の大人でも操りきれぬその槍を、篠咲は軽々と回してみせ、腕にそわせるようにして手に取った。
逆に鳳賀の元には、手のひらに輝く模様に吸い込まれるようにして光が集まる。淡く輝くその掌から這い出てくるようにして現れるのは、日本固有の武器______切断にのみ特化した侍の象徴、刀。
打刀程度の長さだろうか。それを左の手で抜き取ると、血払いをするようにいちど強く振るって、そのまま腰に据えるようにして手に持った。
「______見ただろう。本来何も無いはずの場所から現れたこれらの武器。菖蒲の持っている槍の名は、かの天下三名槍に名を連ねる名槍、蜻蛉切。そして千歳の手に現れたのは、伝承で語り継がれている妖刀、村正。どちらも人の手によって語り継がれ、人の手によってその存在を認められてきた武具………歴史に名を刻むものだ」
今一度、テオドールは候補生達を強く見る。その目には、決意が満ちており______決して、彼ら彼女らをかろんじてはいなかった。
「______君たちがここに呼ばれた理由。それは、この2人と同じく適性があったからだ。地球意志によって選ばれた英雄候補、この星を、世界を救える可能性の一振り!!心の内を表し、人々に語り継がれる武具の名を冠する超常の武装、【心象兵装】に選ばれた君達をッ!!」
「我らはこの可能性の証!!君たちにも刻まれた、【固有刻印】の持ち主をこうして探し出している!!何故ならばそれしか道は無いからッ!!異界の強者達にも負けぬ可能性を見出し、育成するっ!!それが人類に残された、最後の切り札、希望なのだと!!だから我々は、尊敬を込めて君達をこう呼んでいるっ!!」
「______英雄の生まれ変わりっ!!!【
力強く叫ぶテオドール。その迫力に圧倒されながら、その場にいた全員が______源が、長柄が、魂鋼が、海堂が………その言葉から目を背けられなかった。
「今この時よりっ!!第33期異界探査地球防衛軍、第三士官学校受験者106名ッ!!君達全員を、第三士官学校【特別課】に任命するっ!!!」
______これが始まり。これから紡がれる、とある少女を中心として、滑稽な輪舞曲のプロローグ。
「頼むっ………共に世界を救って欲しいっ!!!」
______馬鹿げた混ざりものの、取捨選択の物語。