「では君にはあるのか?逆転の策が」
「ええ、勿論です」
ライは星刻を前に自身の考えを語り始める。これこそが最善の策であると星刻に信じさせるために。不確定要素などまるでないかのように。
「まず、僕の月輪の蛍火で航空戦力を叩きます。蛍火については太平洋での戦いをご存じでしょう?」
「確かに、あの自立兵器ならば航空戦力を叩けるだろう」
「そうなれば次に厄介なのはブリタニアのKMFです」
「空を飛ぶブリタニアのKMFを相手がガンルゥではな」
ライと星刻はスラスラと言葉を紡いでゆく。それはまるで何百手も先を読む熟練の棋士の様であった。
「ええ。ですから、ブリタニアの相手は我々黒の騎士団が努めます」
「それで?黒の騎士団の現状戦力でラウンズを含むブリタニアに勝てると?」
「いえ、それは難しいでしょう」
ライのその言葉を聞いて星刻は眉を顰める。
「ではどこに勝ち目があるというのだ?」
「黒の騎士団の勝ち目は常にゼロにあります」
「ゼロの起こす奇跡頼りとでも?」
「そういう言い方もあるかもしれません。ですがあなたなら分かるはずです。ゼロの起こす奇跡は常に必然の結果であると」
「では、ゼロは今も奇跡を起こす為の下準備を重ねていると?」
「ええ、その通りです」
「言葉だけは信用ならんが」
「その通りです。ですが、黒の騎士団には知っての通り情報の取り扱いに優れたる者がいます」
「…それが何だというのだ?」
「ゼロの狙いは大宦官です。彼らがこの戦場に居るからこそ、ゼロの奇跡は起こる」
ライの言葉を受けて星刻は時間にしてほんの数秒黙りこんだ。この状況にあって起こりうる奇跡。その中身とは。そして、星刻はライが考えたように全てを語らずとも答えにたどり着いた。
「まさか、この状況でそんな奇跡を起こすつもりか?」
「ええ。こんな状況だからです」
「だが、それは」
「英雄になる覚悟は有りますか星刻?」
ライと星刻は完全に同じ答えにたどり着いていた。この状況をひっくり返す、その奇跡について。だが。その奇跡は中華連邦を大きく変えてしまう。それは星刻の器量を以てしても即答できなかった。
「だが、天子様はどうなる?」
「それは貴方が決めることです。先ほども言いましたが、黒の騎士団は天子様の婚姻を強制することはありません」
ライと星刻の部下たちは星刻の決断を待っている。どちらにせよ、決断を下すのは星刻だ。だが、流石の星刻も最後の判断を下し兼ねていた。無理もない話である。もし黒の騎士団との共闘が上手くいったとして、この先の実質的な中華連邦の舵取りを行うのは星刻になるのだから。
数憶人の命の舵取りを行う覚悟は星刻にはある。だが、まだ信用しきることのできない黒の騎士団と、二人の麒麟児に出し抜かれないようにするにはそうするか。その一歩をこの場で決めよとライは言っているのだから。
「…」
だが状況は刻一刻と悪くなってゆく。そんな中にあってライは星刻に最後の一歩を踏み切らせるべく最後のカードを切った。
「僕には嘗て、天子様と同じぐらいの年齢の妹が居ました」
それはギアスではなく、自分の経験談であった。
「僕はその妹のためなら世界だって敵に回した。でも、結局僕は妹を守ることは出来なかった」
星刻はライを見つめる。ライもまた、星刻だけに語り掛けた。
「それで、君はどうした?」
「死のうとしました。でも、僕は死ねなかった」
ライの言葉には人を聞き入らせる力があった。それはギアスの能力などではなく、ライの経験がそれだけ重い出来事だったからだ。
「そうやって死にそびれて今の僕があります。今の僕は死ねない。死ぬわけにはいかない。それでも」
ライは一呼吸置いて星刻を直視した。
「妹を救えなかったことは今でもずっと後悔しています。この後悔はきっと死ぬまで引きずり続けることになるでしょう。そんな後悔を貴方はするつもりですか?」
星刻はその言葉を受けて、数秒沈黙してから、最後の決断を下した。
「彼を解放し、黒の騎士団と共同戦線を結ぶ。天子様をブリタニアや大宦官の好きにはさせない」
星刻のその言葉に、その場にいた星刻の部下たちもまた覚悟決めた。
「君のKMFは格納庫に鹵獲してある。幸いにも私が破壊した右腕部以外は問題なく動く様だ」
「不幸中の幸いと言うことですか」
「ああ。その通りだな」
ライと星刻はそういって笑った。可笑しなことだが、シュナイゼルの講じた策が巡り巡って今の状況を作り出した。
「僕は月輪で航空戦力を叩きます」
「黒の騎士団への連絡はこちらからしておこう。だが、君の考えが直ぐ伝わるか」
「その点は安心して下さい。黒の騎士団はこういう状況に慣れてますから」
ライはそうして月輪の下へと走り出した。ライの言う通り、黒の騎士団はすぐさま星刻達との共同戦線を理解し、陣形を敷き始めた。
「これが黒の騎士団、ですか」
すぐさま適応して見せた黒の騎士団の動きに星刻の同志である香凛は感嘆した。
「我々も動くぞ」
星刻のその言葉に竜胆は慌ただしく動き始めた。この中華連邦での争い、その幕を下ろす大戦が切って落とされた。
─────────────────────────
「ブリタニアの空爆を阻止しないと勝ち目はない…。が、数が多いな」
ライは月輪を宙に舞わせながらレーダーで戦力の配置を確認した。
「正面に大宦官の大竜胆、右翼からブリタニアが戦線を伸ばしている。左翼や後ろの中華連邦の軍はあくまで包囲に徹する。か」
戦端はまだ切られていないものの、眼下では黒の騎士団の地上部隊と星刻ら反乱軍がそれぞれ斑鳩と竜胆を基準として魚鱗の陣を展開し、大きな三角形が二つ出来るように陣を敷いた。
「流石藤堂さん。動きが速い。対してブリタニアと正規軍は、まだ足並みが揃っていない」
「この状況、君はどう見る?」
ライの月輪に通信を飛ばしてきたのは藤堂だった。
「藤堂さん、すいませんでした」
「いや、君が無事で何よりだ。それで、君ならこの戦況、どう見る?」
「中華連邦の正規軍はその数の多さとガンルゥの鈍さから展開が遅れています」
「ならば」
「ええ。こんな時こそ力のある尖刃で―
ライがその言葉を言い終わる前に、竜胆から神虎が矢のような速度で飛び出した。
「「中央突破」」
ライも藤堂も考えは同じだった。
「僕は蛍火でブリタニアの航空戦力を叩きます。藤堂さんは星刻の援護を」
「ああ。任された。朝比奈、卜部、奴に続け!」
そうして大竜胆へと一直線に飛ぶ神虎と、それを援護する藤堂達、そしてブリタニアの航空戦力を叩きに動いたライ。その尖刃をもって戦端は開かれた。
「壱から参型まで問題なし。飛べ蛍火!」
ライはブリタニアの爆撃機に向けて蛍火を飛ばす。護衛に就いていたKMFも蛍火の急襲には対応しきれず、ライが先手を取る形となった。
「なっ、これが報告にあった太平洋のやつか!」
「回避行動をとれ!」
「だめだ避けきれない!」
蛍火によって先手を取られたブリタニアの爆撃機は蜂の巣を突いたように慌ただしく動き始める。だが、爆弾を積んだ爆撃機の鈍い動きでは蛍火壱型の素早い動きからは逃れることは出来なかった。
「おーっとそこまでだ!」
「壱型がやられた…ラウンズか」
爆撃機を落としていた壱型をMVSで破壊して見せたのはジノのトリスタンだった。
「太平洋でのリベンジといこうか!」
「っーこの!」
トリスタンは月輪目掛けて飛びかかる。その二騎の間に割って入る機体があった。
「この機体はー
「毎度世話を焼かせるなお前は」
「C.C.!」
トリスタンと月輪の間に割って入ったのはピンク色の暁、C.C.の機体だった。
「任せて良いのか?」
「死なない私の心配か?随分と余裕だな」
「頼んだ」
ライはトリスタンをC.C.に任せ、その場を離れた。
「おいおい、水を指してくれるじゃないか」
「良い女が相手をしてるんだ、文句を言うなよ坊や」
「ハッー!」
暁とトリスタンが斬り結ぶ音を聞きながら、ライの月輪はブリタニアの航空戦力を叩きに動く。
「壱型で叩き切れないー!輻射波動の拡散で凪払えれば良かったが」
ライが思考を巡らさる中、中央突破を図っていた星刻の神虎とそれを止めに来たランスロットの姿が見えた。
「ハァイ坊や聞こえる?」
「ラクシャータさん?」
月輪の通信からはラクシャータの声が聞こえた。
「星刻の乗ってる神虎はアタシが昔開発した機体でね。あの胸部には月輪の輻射波動と同等の威力をもつ荷電粒子砲が搭載されてるのよ」
「月輪と同等って事はー」
「アタシの言いたい事、わかるわね?」
「ありがとうございます!」
ラクシャータの助言を受けたライは即座に参型を配置する。
「星刻!荷電粒子砲を僕に向かって撃て!」
「なーに!?」
「説明してる時間はない!直ぐに撃て!」
星刻は即座にランスロットとの距離を取り、ライの月輪に目掛けて胸部の荷電粒子砲を放った。
「何!?」
ランスロットのスザクは星刻の動きの意味が理解出来ずに困惑する。だが、荷電粒子砲が空中で蛍火参型に直撃し、その軌道を拡散しながら大きく変えた時点で自身のミスに気付いた。
「しまった!」
「いけっ!」
荷電粒子砲が拡散し、向かった先にあったのはブリタニアの航空部隊。その殆どが空中で爆散した。
「これでブリタニアの爆撃は潰した」
「っー!ライ!」
スザクは月輪へと向かうおうとする。
「貴様の相手は私だろう!」
その動きを神虎が遮った。
「このっ、邪魔をするな!」
「好きにさせる訳がなかろう!」
今この戦場では異様な効果が広がっている。中華連邦の正面で戦っている藤堂達、スザクと戦っている星刻、ジノの足止めをするC.C.、そしてブリタニアのKMF部隊と戦っている千葉と仙場。その全ての戦場に蛍火が舞っていた。
「これが蛍火の性能か」
「ふふ、どう?大したもんでしょアタシの蛍火は」
斑鳩の司令室にて、ゼロにラクシャータは自信気に語った。
「ああ、しかしあの装備とライの相性がここまで良いとは」
「元々坊やの方から提案されて作られた兵器だからねぇ。お陰で坊や以外に使えない代物になっちゃったけど」
まぁ。しょうがないわね。とラクシャータは言った。確かにライにしか使えない事を差し引いても凄まじい戦果をこの蛍火は見せた。
「藤堂さん達は順調に防衛線を破っている。ブリタニアの航空戦力は叩けたし、KMF部隊もなんとか抑えている…」
ライは忙しなく蛍火を動かしながら戦況を掴んでいく。戦場の全てに関わりながら全ての戦場で援護をしてゆく。戦力では劣る黒の騎士団と星刻達だが、星刻が先手を打ち、それを藤堂ら暁の部隊が戦端として広げ、ライがその勢いを繋いでいる。
「この先注意するべきはー」
ライが言葉をつなぐ前に大竜胆の主砲が火を吹いた。
「全機回避っ!」
中華連邦の正面で戦っていた藤堂らに向けて撃たれたそれは、正規軍のガンルゥを巻き込んで大きな爆発を見せた。幸いにも藤堂達の回避は間に合っており、暁の部隊は大きな被害を受けずに済んだ。
「大竜胆でのパワーゲーム。これが一番厄介ではあるが…味方ごと撃つとは」
大宦官は味方の被害など気にも留めず、さらに藤堂達に向けて主砲を放つ。
「これが大宦官のやり方か」
大竜胆の主砲の大口径は蛍火で防げるものではなく、藤堂達も戦線を下げざるを得なかった。
「ガンルゥは少しでもKMFを足止めせよ!貴様らなどいくらでも替えが聞く!」
大宦官は大竜胆で一方的な命令を下す。
「我らこそこの国に必要な存在なのだ。我らが在り続ける限り中華連邦は在り続ける。代わりなぞいくらでもいる小娘とは違ってな」
「随分な言い方だな」
大宦官の一方的な物言いに口を挟んだのはゼロだった。蜃気楼に乗ったゼロは星刻のすぐ近く、竜胆のそばまでやって来ていた。
「我らこそこの国に必要な存在なのだ。我らが在り続ける限り中華連邦は在り続ける。代わりなぞいくらでもいる小娘とは違ってな」
「替えが効くとしても、国民が天子の元に一つになっているのは事実だろう。その国民の思いも無視するのか?」
「おや?ゼロとも思えぬ発言だな。国民がなんだというのだ?弱く、愚かで、自身の考えも持たぬ連中だ。数だけ居ても指導者が居なければ何もできない。いわば家畜ではないか」
大宦官の発言は聞くに堪えない。
「星刻、聞いたか?これがこいつらの考えだ。正に寄生虫だな」
「ああ、全くだ」
星刻はゼロの考えにたどりついている。ゼロの行動の意味、ゼロのやり方から考えればこの状況を打破できる。あとは時間をかせぐだけだ。
「君らはその寄生虫に負けるのだよ」
負け惜しみを、と笑う大宦官の笑顔が一つの知らせで氷つく。中華連邦各地で暴動が発生したとの知らせだった。
「大宦官との会話を国内に中継したな?」
「さすがに察しがいいな」
ゼロの狙いは中華連邦の国民を味方につけることにあった。ディートハルトに準備させていたこの状況を乗り切る秘策。それが中華連邦の国土全ての放送のジャックであった。大宦官の勝ち誇った声明は中華連邦の国民すべてが聞くこととなった。その結果が今の暴動である。
それはこの戦場に居る兵士達にも広がり始めていた。
「何をしている!反逆者を殺せ!」
多くの部隊はその命令に反応しなかった。命令に絶対服従が当然の軍人といえども我慢できないものがあった。大宦官の居る大竜胆にさえもその影響は及んでいる。大宦官がどれだけ騒ごうとも大竜胆は動かない。
「後は任せる」
「願ってもない」
星刻はそう答えると大竜胆の元へと神虎を走らせる。何をするかは語るまでもない。流石の判断の速さとほめるべきか、ブリタニア軍も既に撤退を始めている。自分達が交渉していた大宦官が国民の支持を得られない以上、中華連邦への侵攻の方法を考え直さねばならないと判断したのだろう。
こうして中華連邦での抗争は黒の騎士団に少しのわだかまりを残してひとまずの終焉を迎えた。
─────────────────────────
中華連邦の戦いはこうしてひとまずの幕を下ろした。ブリタニア軍は中華連邦からひとまず撤退し、星刻を中核としての中華連邦の大革命は成功をみせた。無論、各地での小競り合いは存在するものの、天子を中心とした国において大宦官の傀儡政権を打倒したことは大きな功績であり、星刻は中華連邦の英雄として国民の支持を集めていた。
そんな中において黒の騎士団がすべきことは多い。この戦闘での被害は大きい。そのうえこの中華連邦と反ブリタニア戦の同盟の形を作り上げねばならない。そんな状況でありながらもゼロがこの戦闘が終わってまず最初にしたことはライとの会話の時間を作ることであった。
ルルーシュはそこでライにスザクとの会話の内容を聞いた。
「それで、スザクの言葉に応えられなかったのか」
斑鳩の病室にはルルーシュとライ以外に誰もいない。ライはルルーシュが部屋に入ってきてからずっと目を合わせることができないでうつむいていた。それは単にルルーシュがどんな表情をしているのか知るのが怖かったのだ。ライはこの時、ルルーシュに殺されてもおかしくないとさえ考えていた。たとえそうであっても、今の自分はルルーシュの怒りを受け止めなければならない。自分がルルーシュに償えるのはこんなことしかないとも。そんな風に考えていても、自分がこの親友を失望させてしまったであろうという事実は恐ろしかった。
「顔を上げてくれ」
ライはそのルルーシュの言葉通りに、恐る恐る視線を上げた。今のルルーシュの表情は怒りか、それとも失望か。しかし顔を上げた視線の先にあったのは穏やかな友の顔だった。
「意外そうな顔だな。先に言っておくが、俺は今回のことでお前に裏切られたとは思っていない」
ライは単純に言葉が出なかった。驚いたような、安堵したような。それでいて何故とも感じた。
「状況を抜きにして考えてみろ。お前は単に黒の騎士団とカレンのどちらを優先するのかと問われて答えられなかった。それの何が裏切りだというんだ?」
ライが喋るより早く、ルルーシュは言葉を繋ぐ。
「俺は黒の騎士団とナナリーなら迷わずナナリーを選ぶ」
ライはその言葉に何の疑問も感じない。ルルーシュにとってその選択は当然のことだ。
「それは黒の騎士団にとっての裏切りになるかもしれない。もしそうであるなら、お前は俺のその選択を非難するのか?」
ライは迷わず首を横に振った。
「お前がそう感じたように俺も裏切りだとは思わない。それだけのことだ」
シュナゼルの唯一にして最大の誤算はライとルルーシュの信頼関係だ。2人のもつ絶対遵守の力よりも強い信頼が1年前より存在することを知らないシュナゼルには想像もできないことではあるが。
結局ライは独り相撲をしていたのだ。自身の不確かな感情を突き付けられ動揺し、窮地に陥った。何でも抱え込んでしまう性格がゆえの失敗である。
「…ごめん」
「謝るな。もう過ぎたことだ」
そういってルルーシュはライに手を差し伸べる。ライはルルーシュのその手を少し迷ってつかんだ。言葉はなかったが、そこには言葉を尽くす以上のものがあった。
続く