中華連邦での争いに決着が着いてからの数日後、蓬莱島の作戦室にてライは忙しい日々を送っていた。
「こっちの案件は承認。この案件は再考を。こっちの書類は扇さんに判断を仰いでくれ」
「分かりました」
合衆国日本と中華連邦の同盟。その同盟について多くの条例が締結、あるいは却下されてゆく中、エリア11での本土決戦の下準備に力を割くゼロの代わりに中華連邦との交渉を一任されたのはライであった。
血筋とその能力故に納得の采配ではあったが、一部の者がライが星刻と対面した際の問答について咎める者も居た。だが、その後の戦場での活躍とゼロのお咎めなしとの判断にそのような声は消えていった。
「玉城の案件は却下。藤堂さんたちからの案件は承認」
結果として多くの書類がライの元に回ってくるが、ライとしては苦痛ではなかった。いよいよブリタニアと真っ向からやりあえるだけの後ろ盾を得たいま、カレンと日本の奪還に向けてライの心は大きく弾んでいた。
「ラクシャータさんの案件は…僕の時間が割けそうにないから再考してくれ」
一日のほとんどの時間を作戦室にカンヅメになって書類の整理をする日々。朝比奈曰く『僕なら死んじゃう』程の作業量であったが、ライはそれをそつなくこなしてみせた。あの日がやって来るまでは。
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「カレンとラウンズがアッシュフォードに入学した?」
エリア11に居るルルーシュからその言葉を受けた際にライはなんとも言えない表情と共にその言葉を聞き返した。
「ああ。ナナリーからの推薦があってのことだが…」
一方ルルーシュもなんとも気まずい表情であった。
「君のギアスでカレンの記憶を―いや、学園に戻ってすぐにカレンの記憶が戻れば怪しまれる」
「ああ。その通りだ。カレンに記憶が戻っていない演技は出来ないだろう」
ライは自身の唇をかみしめた。
「手出し出来ないってことか」
「ああ。だがそう遠くないうちにエリア11での決戦は訪れる。その前になんとしてもカレンを取り戻したい。お前のためにも」
ルルーシュとライの想定していたカレン奪還作戦は、ライが咲世子と共に政庁に侵入し、ギアスでカレンの記憶を取り戻したのちにカレンはKMFで脱出するといった大胆なものだった。
政庁への侵入はライがすでに計画を練り上げているが、いままではカレンが脱出したのちにブリタニアも手出しできない環境と、ギアスを使ったことがばれてはいけない状況があった。
だが、今は中華連邦という後ろ盾の環境が存在し、エリア11での決戦、ナナリーの奪還というギアスがバレても問題のない状況が出来上がりつつある。故にカレンの奪還はエリア11での決戦の直前に行う予定であった。
「手の届く場所にありながら…」
「すまない。俺の責任だ。だが、必ずカレンは奪還してみせる」
ライのはやる気持ちを抑えるようにルルーシュは言い聞かせる。
「ああ、それと会長の―」
ルルーシュはキューピッドの日の説明をこぼし掛けた刹那、直感でまずいと感じた。
「ミレイさんが?」
ライに言葉を紡ぐよう勧められてもルルーシュは言葉を発するのを躊躇った。これを言ってしまえばなにか取返しのつかないことが起きる気がして。だが、言葉をあやふやにすることはライに通じないこともルルーシュは理解していた。
「実はだなー」
ルルーシュは観念してキューピッドの日について全てを説明した。
「帽子を奪えば恋人同士になれる?」
「ああ、会長の考えることは全くー
ルルーシュは平穏を装って会話を紡ごうとした。だが、流石のルルーシュも、モニタ越しからでも伝わるライの覇気に言葉を遮らざるを得なかった。
「ライ?」
ルルーシュが呼びかけるも、ライはすでに自分の中に渦巻く感情を処理しきれずにいた。ライにしては人間らしく、原始的で罪な感情。即ち嫉妬を。
「カレンが他の誰かと付き合うかもしれない??」
「まあ、そういう可能性はあるだろう。だが、カレンにはあの身体の能力がー
ドン!とライが机を叩いた拍子に通信は切れた。どちらにしろ、ライもあの後会話を続けれるとは思えなかった。
「ほう、随分と珍しい顔をしているな?」
「C.C.…僕は、どうすればいい?」
「私が答えを知る訳ないだろう。自分のしたいようにしろ」
「自分のしたいように…?」
「それが長生きの秘訣だ」
C.C.の言葉は相変わらず揶揄うような口調であったが、今のライには救いとなった。
「日本に行く。この感情が僕の嫉妬だとしても、カレンは僕の横で笑ってほしい」
ライのその言葉は実に自分勝手なものであるが、C.C.には好ましく思えた。
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「それではこれより!キューピッドの日を開催します!」
「なんでこんなことに…」
カレンシュタッドフェルトは頭を抱えていた。ナナリー総督の推薦によるアッシュフォードへの転入。政庁での退屈な事務仕事よりはるかにマシであるかに思えたその日々によって今現在このような出来事に巻き込まれている。
「ハートの帽子を交換した男女は生徒会公認のカップルとなります!」
カレンの周りにはカレンを狙う男子の姿が十数人見える。この男子たちが自分と交際をしたいと言ったところで恋愛に全く興味のないカレンにしてみれば迷惑な話であった。
「ミレイさん楽しそうね…」
カレンにしてみれば付き合いは短いものの、自分がお世話になっている生徒会のメンバーであるミレイの卒業イベントと言われればそれを拒むわけにはいかなかった。
「それではーよーいスタート!」
ミレイの号令を受けてカレンの周りの男子が一斉に動き出す。
「カレンさん!お付き合いしてください!」
その集団の先陣をきった男子が叫ぶ。
「興味ないっての!」
カレンが構えたその瞬間、男子が横に吹っ飛んだ。
「え?」
カレンが疑問符をこぼす中、男子は横に吹っ飛んだのではなく、横からモロに飛び蹴りを食らったのだと気づいた。では誰が蹴ったのか。視線を送るとその先には―
「ランスロット?」
ランスロットの仮面を被った全身白タイツの不審者が居た。
「私の名前はランスロット仮面!世の女性を狙う男子の敵だ!」
ランスロット仮面と自称するその不審者は堂々とそう宣言した。
「なー
「なんじゃそりゃ!」
男子による突っ込みをながしつつ、ランスロット仮面はカレンに向き合う。
「ピンチかなお嬢さん」
「ピンチって程でもないけど、手は借りたいわね」
カレンは不信の塊であるランスロット仮面を不思議と受け入れることができた。どこか懐かしい雰囲気がした。
「背中を任せていいかしら?」
「任された」
こうしてカレンとランスロット仮面―ライは実に久しぶりの共闘をすることとなった。カレンの格闘術は我流である。一方ライは日本に伝わる古武術がベースとなってバトレーの刷り込みにより様々な格闘術がミックスされたものだ。
「カレンさんの帽子は俺のもんだ!」
「させるか」
ライの古武術の基本はステップにある。常に半身で相手と正対し、直進する相手に対して側面に回り込む。今無防備に突っ込んだ男子学生の側面にライは周り込み―
「ふん!」
「がはっ!」
そまま無防備な側頭部に掌底打ちを放った。側頭部にモロに食らった学生は糸が切れたマリオネットのようにその場に倒れこむ。
「やるわね!」
「少しは信頼してもらえるかな?」
「ええ!十分よっと!」
カレンも正面から迫ってきた学生目掛けて前蹴りを放ち、吹き飛ばしてみせた。
「つ、強い」
「ひるむな!数で勝負だ!」
男子学生たちは一斉にカレンとライに襲い掛かる。
「包囲網が狭まる前に」
「一点突破ね!」
カレンとライの考えは完全に一致していた。
「ちょっとタイム!」
「まった無しだ!」
男子学生の悲鳴も空しく、包囲網の一角はカレンとライの連携の前にあえなく崩れ去った。
「このまま距離を離す!」
「ええ分かったわ」
そのままカレンとライは集団から離れるように走り出す。
「おっと待った!」
その二人を遮るようにライへとジノが飛び蹴りをかました。ライは蹴りを腕で防いだものの、二人の体格差は大きく、ライはカレンと距離を離されてしまう。
「ランスロット仮面!」
「先に行け!こいつは僕が足止めする!」
カレンは一瞬ためらい、その後ライの元を離れれて走り始めた。
「さーて、その仮面の下にどんな顔があるのか楽しみだな」
「楽しみだと?随分と余裕だな」
「おいおい、ランスロット仮面らしからぬ発言だな?悪役みたいだぜ」
ライはカレンとの共闘を邪魔され、軽くキレていた。無理もない。こんな形ではあるが、カレンとライの共闘は一年ぶりだったのだから。
「さて、楽しもうぜ」
ジノはライの古武術に合わせてステップを踏み始めた。それはまるでアウトボクサーのそれであった。ライもまた、ジノのステップに合わせて古武術のステップのリズムを整えている。2人のにらみ合いが一分過ぎたころ、ライの重心が低くなった。
「っし!」
ジノはそれに合わせて右のジャブを放つ。長身から繰り出されるそれはまるで鞭のような速度としなりを以てライの体に迫る。ライはそのこぶしを低く迫ることによって背面を掠る程度に済ませた。ライのアッパーカットがジノの顎目掛けて飛ぶー
「ドンピシャ!」
だが、ライのアッパーより先にジノの左による打ち下ろしが飛んできた。
「―!」
ジノはボクシングでいうところのヘビー級の拳を持っている。その拳がライに直撃しようものならライといえど失神してしまう。ライは全力でジノの間合いから逃れた。
「やるなぁ、今のを避けるか」
紙一重でジノの打ち下ろしを避けたライは息を整える。一方リーチの有利があるジノは自身の間合いから右の拳によるジャブで徹底的にライとの距離を取る。うかつに飛び込めば先ほどと同じ左の打ち下ろしが待っている。では、どうするか―
「お?」
ライはやり方を変えることにした。ライは古武術のステップを大きく変え、大きく体を揺すりながら左右上下にステップを踏み始める。まるで踊りのようなそれは、カポエイラ。バトレーの刷り込みによってライが身に着けた格闘技である。
「ははっ!面白いじゃないか」
ジノはカポエイラを知らない。故にライが今やっているカポエイラの基本であるジンガの意味も分かってはいない。ただ、どんな動きであろうと自分の方が間合いが長い。そう考えていた。
「これでっー!」
「なっー!」
ライはジンガのステップから低い姿勢のまま踏み込んだ。ジンガの動きは派手であるが、その動きは相手に見せるためにある。見せた上で一気にテンポをずらすと、初見では対応することは困難な初動となる。実際、ジノは反応が遅れた。スウェイで上半身を反らし、何とか距離を取ろうとするが、ライの狙いはジノの胴体。カポエイラにエイの一刺しと呼ばれる蹴りが存在する。ハボジアハイアと呼ばれるその回し蹴りの威力は一撃必殺。ライのタイミングは完璧だった。ジノは躱せない。
「―いってえ!」
「ぐっ」
だが、避けられないなら痛み分けに持ち込むまで。ジノは直前に必殺の左の打ち下ろしを放ち、不完全ながらもその拳はライの顔面を捕らえた。両者共にデカい一撃が入り、後ろにのけぞる。
「ここまでやるとは思わなかったよ」
「―っ」
だが、先にダメージから回復したのはジノだった。それはダメージが入った部位の差だ。ジノのあばらにもヒビがはいってはいるが、こと勝負事に強いジノは完全にその痛みをこらえてみせた。一方ライは軽い脳震盪になっている。これは我慢できるものではない。
「その仮面は邪魔だな」
先ほどの一撃により、ヒビがはいっていたランスロット仮面にジノは更にジャブを放つ。
「このっ!」
ライは何とか躱そうとするが、まだ脳震盪の影響があるのかその足取りはおぼつかなく、仮面に拳を貰ってしまう。
「さーてその仮面の下は」
ランスロット仮面の中央に亀裂が走り、仮面が壊れ、二つに割れた。
「え?」
ジノは仮面の下にあるライの顔を見て唖然とした声を上げた。
「女?」
「あまり見せたくなかったがな」
ライは念の為に仮面の下で女装をしていた。ジノは完全に男だと思っていたため、完全に虚を突かれる形となった。
「俺は女性に本気で―っと!」
ライが倒れこんだので、ジノは思わず支えてしまった。一方ライは片手で拳を握り、ジノにもたれかかった。ライの脳は未だに揺れている。だが、そんな状態でも繰り出せる技がある。
「寸勁」
ドンー!とジノの体がのけぞる。ライが使ったのは寸勁。距離のない状況で放つ拳である。ジノのやさしさにつけこむ形ではあったが、ジノはそのまま後ろに倒れこみ、起き上がれなかった。ライの勝ちであった。
「ぐっはぁ」
ライも大の字になって倒れこむ。脳震盪の影響とジノの拳のダメージは大きかった。大の字になって空を見上げていると、丁度ルルーシュの変装をした咲世子が大ジャンプで上を越えていった。
「ははっ」
ライは乾いた笑いをこぼす。学園祭以来の懐かしの学び舎アッシュフォードの青空は大きく見えた。
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キューピッドの日はそのあとアーニャがKMFで乱入したことによってお開きとなった。結局、その日中ライは学園内を巡りまわり、多くの男子学生の帽子を飛ばした。幸いにも防衛目標であるカレンには気付かれることはなかった。が、
「何か言い訳はあるか?」
「…ありません」
ルルーシュには気づかれ、今現在学園の作戦本部でライはお説教となっている。それから2時間ルルーシュのお説教は続いた。ルルーシュのお説教は何がいけなかったのかといった説明から入り、いかに危険性があったかについても丁寧に解説される。それは自分の愚かさをまじまじと証明されるようで素直に罵倒される方がよっぽど楽であったろう。
「以上が今回の行動についての解説だが、何か言うことはあるか?」
「ごめんなさい」
ライのその言葉を聞いてルルーシュはふっと笑った。なんだかおかしな気分であった。
「ルルーシュ?」
「いや、何でもない。それで?お前はこれからどうするつもりだ?」
個人的感情に駆られてのこの滅茶苦茶な作戦を実行し、成功したいま。ライは中華連邦で再び書類整理などの仕事に戻るべきだと考えている。が、正直なところを言えばまだこのアッシュフォードに居たい気持ちもあった。
「俺としてはしばらくこっちでの活動を手伝ってもらいたいと考えているが、どうだ?」
そんなライの気持ちはルルーシュには分かり切っていた。驚いた表情のライを見ながらルルーシュは説明を始める。
「今の騎士団の戦力なら中華連邦の統一にはそう時間はかからない。日本の象徴としての仕事は神楽耶が果たしている。ならばお前にはアッシュフォードに残って俺の手伝いをしてもらいたい」
矢継ぎ早ではあるが、ルルーシュはそう言って説明を終えた。ルルーシュの説明は正しい。だが一方でライにできるだけ楽をさせたい気持ちがあるのも事実であり、皇の名を受け継いでいるライが中華連邦で日本の新たな顔として活動する方がよいこともまぎれもない事実である。ルルーシュにしては随分甘い選択ではあるが、そんな甘さも彼の特徴である。
「俺はお前の意思を尊重したい。お前はどうしたい?」
ルルーシュのそんな提案にライは考える。正座の体制のまま目を伏して考える姿は現在の日本の皇族とは思えぬ姿ではあったが、そんな肩書きを気にすべき存在はここにはいなかった。そうして決めた選択をライは口にする。
「僕はアッシュフォード学園に残りたい」
自分が何をしたいのか?その問いかけに素直に答えれるようになれたのは皮肉にも中華連邦での失態があったからだ。自分の感情を二の次にしやすいライにとっては良い傾向である。
「では今後の作戦についてだが,ライにはゲフィオンディスターバの準備をしてもらいたい」
ルルーシュのいうゲフィオンディスターバの準備とは、トウキョウ租界を巡る電車にゲフィオンディスターバを仕込むことによって、来るトウキョウ租界での決戦時にトウキョウ租界全域にゲフィオンディスターバを作動させる作戦の準備であった。この策が成れば対策をしていないKMFはすべててだのかかしと化す秘策である。
「俺が今までやってきたことだが,これからはその頻度が減ると予想される」
「シャーリーとカップルになったからね」
「…まぁ、それが原因だ」
ルルーシュはあえて濁した部分をライに言い当てられ少し照れくさそうにする。キューピッドの日がお開きとなった理由はアーニャがルルーシュの捕獲にKMFまで持ち出したことが最大の理由ではあるが、目標とされていたルルーシュの帽子を見事シャーリーが交換に成功したことも理由の一つである。いかに鈍感なルルーシュであってもシャーリーの告白を無碍にするようなことはしなかった。
ルルーシュとシャーリーが晴れて付き合い始めたことはライとしては実に喜ばしいことではあったが、ルルーシュとしてはカレンに声もかけられないライの現状を思うと少し後ろめたいものを感じてしまう。
「おめでとう」
そんなルルーシュの感情を察してかライは祝福の言葉を送る。
「ありがとう。と言うのも変な気がするがな」
そう言って2人は笑い合う。世界を揺るがすテロリストの首領とその右腕の時間はアッシュフォードでは優しいものだった。
続く