蒼の反逆   作:街灯

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続きです。今回からサブタイトル追加しました。それとこのライはロスカラ本編にてギアス編の対ギルフォードを経験しています。


Turn6.0 蒼と紅

 太平洋。その世界で一番大きな海を知らぬ者は世界でも数少ないであろう、その大海はちょうどエリア11、日本とブリタニア本国、大陸をちょうど遮るように存在している。今より8年前に起こったブリタニアの日本侵略の際においては、ブリタニア軍の多くの軍艦がブリタニア本国より日本に渡り、そして圧倒的な強さを持ってして日本を侵略した。

 そして今、ブリタニア本国よりエリア11に向けて旅立つ空母の出発を静かに待つ少女が一人。車椅子に座ったまだ少女らしいあどけなさが残る彼女は脚に障害があるだけではなく、同時に光を失っている。その用な姿であっても優雅な気品が見えるのは彼女が皇族の出である事を如実に語っていた。

 彼女は正に大衆からの同情を買う偶像ような存在である。彼女はこれより日本へ向かうが、8年前のように侵略にではなく、日本人と手を取り合う為に日本を目指す。もちろん軍上層部やシュナイゼル、更には皇帝にはそのようなつもりは全くない。プロパカンダの用に扱うつもりだ。

 目が見えない分、人の感情の動きを察する事に長けている少女はそのような悪意には薄々勘づいている。少女は自分が他人からどんな目で見られるか、自分がどれほど利用し易い存在であるかを、幼いながらもよく理解していたから。故に少女は知っている。自分がどういう風に振る舞えば周りの人間は自分に対し、愛情を、慈悲を向けてくれるのかを。

 だが少女はあえてそれとは逆の事をする。周りの人間は自分を世間知らずのお嬢様だと批判するであろう事を知りながらも。彼女は決めたのだ。『世界が優しくなるように』そんな願いだけをするのは止めよう。と。周りの人間は自分が『世界が優しくなるように』と祈るだけで、なんと心優しいのだろう。と満足する事を知りながらも。

 彼女なりの戦いなのだ。戦いを嫌う彼女なりの。その為に皇族に復帰した。父親である皇族にエリア11の総督になるようにも頼んだ。自分が戦いを始めるならあの場所しかないと少女はよく分かっていたから。エリア11へ向かうその時を思いながら少女は今はただ待つのみ。

 

「ナナリー様、出発の準備が整いました」

「はい、ありがとうございます」

 

 少女、ナナリー・ヴィ・ブリタニアはエリア11へと向かう。その地に待ち受ける苦難を予知しながらも、彼女自身の戦いを始める為に。

 

──────────────────────────────

 

 太平洋の本日の気候は晴天、降水確率10%。雨雲も近くになく、一日中晴れであろう。

 

「助かったな」

「ああ、雨でも降ろう物ならどうしても戦術の変化を迫られるからね」

 

 ライとルルーシュはゼロの部屋で作戦の最終確認を行っていた。

 

「作戦に参加するKMFは月下六機、無頼七機。作戦後は投棄する事になってる」

 

 パイロットの内訳は、月下に四聖剣と藤堂そしてライ。無頼には南、杉山といったある実戦慣れしているメンバーで構成された。

 

「月下六機?ライ、お前用の新型はラクシャータから届いている筈だが?」

 

 ルルーシュが言ったのは、今倉庫にて整備班がメンテナンス中である青い機体の事で、ルルーシュが言った様にラクシャータがライ専用に開発した機体である。

 

「あの機体はまだ細かいメンテナンスが必要なんだ。それに、今回の作戦で月下の最後を飾ってやりたい。もっとも、これは僕の単なるワガママだけどね」

 

 次期量産機である暁も完成し、量産が密かに進んでいる今、月下は廃棄される手筈になっている。それをライは寂しく思うのだ。ライはフトウでの戦い以来月下を己の愛馬と表現する程に愛している。そして月下もそれに答えるかのようにライの求める性能を発揮した。だがもう限界なのだ。

 バトレーの強化により、驚異的なKMFの操縦技術を初期搭乗の頃より誇ったライだったが、その能力はあくまでライの才能の片鱗に過ぎなかった。その才能を開花させたライが求めるポテンシャルは月下にはこれ以上要求できない。

 

「ワガママがそんな事とはな、全くお前らしいよ」

「君にとっては“そんな事”でも、僕は大真面目だよ」

「分かってるさ」

「じゃあ、月下のメンテナンスに行ってくるよ」

「ああ、行ってこい」

 

 ライが向かった先は格納庫、愛馬たる月下は正座の体制で静かに主の帰還を待っていた。ライはそんな月下を何とも愛しそうな目で見つめ、そして額をコツン。と月下にあずけ、もたれかかるかのようにして目を閉じ、呟く。

 

「今まで本当に世話になった…お前がいたから、僕が今ここにこうして在る」

 

 ライの月下は黒の騎士団の他のどの機体よりも被弾率が低い為、比較的補修パーツを使っていない。胴体などは補修はしたものの、ロールアウトした時と同じパーツである。つまり、ライが今まで経験してきた戦場を全て共に経験してきた。

 

「本当に、本当にありがとう…」

 

 ライは感謝の意を込め、優しく呟く。月下とライの最後の出撃、太平洋奇襲作戦まであと二時間。

 

──────────────────────────────

 

 午前10時、ブリタニア本国を発ったエリア11の新総督ナナリー・ヴィ・ブリタニアを乗せた戦艦と護衛の巡洋艦4隻、計5隻の空挺は順調に航路を消化していった。航路の半分以上を消化した午前11時半、異変は起きた。最初に異変に気付いたのはレーダーの監視をしていた男であった。

 

「…ん?」

「どうした?」

「いや…一瞬レーダーに変な反応があったような…」

「気のせいじゃないのか?見間違いとかさ」

「見間違いじゃにいと思うんだが…」

「どこからだ?」

「11時の方角の雲海辺りから反応があった」

 

 レーダー担当の隣の男は雲海のレーダーの精度を上げていく。

 

「どうだ?」

「反応は…なんだ?これ、こんなに!?」

 

 レーダーに写るのは13個の反応。

 

「なんでここまで気付かなかったんだ!?」

「そんな事言ってる場合か!」

 

 戦闘準備、遅すぎるブリタニアの対応だった。

 

「気付かれたかな?」

 

 ライは月下の中でボソッと呟いた。

 

『分からんな、だがこちらから攻めさせて貰うとしよう。各機!戦闘体制を取れ!これより我等は空母に取り着く!!』

 

 ゼロの号令でV-Tolは加速し、各機はFCS(射撃管制装置)を戦闘モードへと切り替える。雲海の動きは天候を理解していればある程度は先読みができる。雲海に隠れて進む事が今回の奇襲作戦の秘策の一つ。そしてもう一つ、最大の秘策はKMFが纏っているマントだ。

 これはECMを発生するマントで、また防弾コーティングもしてある為、ある程度は防ぐ事ができる。接近するまで空母にとってKMFはただの的だが、接岸してしまえばKMFにとって空母はただの土台となる。

 

『全機、砲台を潰せ!艦を制圧せよ!私はナナリー総督の下へ向かう。藤堂!この場は任せたぞ』

「承知」

 

 ゼロは無頼から降り戦艦内へと向かって行く。それを確認した後藤堂は砲台の破壊、艦掌握の指揮を執る。

 

「護衛艦には用がない。全機、護衛艦を落とせ!」

「「「「承知」」」

 

 四聖剣をはじめとして、黒の騎士団は護衛艦を落としにかかる。ブレイズルミナスの防御といえども、接近されては意味を成さないそれは次々と破られ、撃墜していった。

 

「よし」

「藤堂さん!ブリタニアの援軍が五機こちらに向かってます。かなりの速さです!」

「全機!敵襲に備えよ!」

 

 迫り来るKMFはヴィンセントとサザーランドエアの一個小隊。予想していた事態ではあるが、あまりにも速い到着だ。

 

「思いの外速い…ギルフォードかな?」

 

 ライの読みは当たっている。ギルフォードとグラストンナイツの変則的な小隊編成だ。

 

「どうするライ君?」

「向こうに飛び回られては敵いません。ゼロもまだ総督までたどり着いていないでしょうし。時間かせぎをすべきかと」

「同感だ」

 

 ライと藤堂の短い確認の後、肉眼で捉えれるほどまでKMFが接近する。

 

「全機、弾幕を張れ!落とされるなよ!」

「「「「承知!」」」」

 

 ギルフォード達が友軍の艦上から射撃を受けるというなんとも皮肉な状況で戦場は展開してゆく。この時11時45分。騎士団が奇襲をしかけてから僅か15分で慌ただしく動き続ける太平洋上での戦闘、天気は快晴だった。

 この奇襲作戦において大切な事は何か?―それは時間だ。どれだけの時間を稼げるかが騎士団にとっては重要であり、ブリタニアにとっては時間を長く取られただけ致命的である。だから今焦っているのはギルフォード達なのだ。空を飛べるという圧倒的なビハインドがあろうとも、戦術的に不利では何ら意味をもたない。そこでライは考える。

 

(戦況はこちらが有利、か。となれば多分そろそろ焦れてくるだろうな)

 

 騎士団の弾幕は藤堂と四聖剣らと騎士団の中でもKMFの操縦技術が高いメンバーで構成されている為厚い。そして的確だ。単純な問題として数の上で劣るギルフォード達は中々攻め口を見つけられない。技術云々ではなく単純な話だ。突っ込めば蜂の巣にされる。だから攻めれない。

 

(こうい状況はカレンが一番嫌いな状況だったな。ああいう時はどうしたっけ?…カレンが強引に突撃して、僕が援護。だったな)

 

 ふと思い出し、ライは微笑む。その突撃があまりに無謀なので、ライが咎めるとカレンはこう言った。

 

『うっ…だって、煮え切らないのは嫌いなの!』

 

 その後ぼそっと『それに、後ろにはライがいてくれるし』と呟いた事をライは良く覚えている。

 

「なら、カレンの真似をしようかな」

 

 ライがこの次にする行動はライなら絶対にしない事だ。危険性があり、どちらかと言えば無謀な行為だ。普段のライならしない。

 

「藤堂さん、ちょと無理します」

「ん?」

 

 藤堂がライの言葉の真意を計り損ねている内に、ライはオープンチャンネルを開く。

 

「こちらは黒の騎士団、戦闘隊長。皇ライです。聞こえていますかギルフォード卿?僕は貴方に名誉ある決闘を申し込む」

 

 この状況。フトウと同じなのだ。ライは意識しているのかしていないのか。奇しくも相手はライの月下が唯一敗けている相手である。

 

「ずるいなライ君。俺だって闘いたいのに」

「あいつにはあいつの考えがあるという事だ朝比奈」

「俺は信用してるぜ」

「日本の未来を背負ってゆくその命、粗末にしてはなりませぬぞ」

「仙波の言う通りだ。無理はしてくれるなよ」

 

 四聖剣と藤堂、反応は様々だがライを止めないのはライが勝つ事を信じているからだ。

 

「はい!」

 

 ライは答えたのはその一言だけだった。しかし、四聖剣と藤堂を安心させるには十分な気迫が篭った一言であった。

 

(月下。お前との最後の戦場だ…敗ける訳には、いかないよな)

 

 月下は機械だ。ライがどう思っていようと返事をするはずはない。だが、ライの愛馬は主人に応えるかのように、気迫が篭っているように見えた。ライと月下。一年以上の主人と愛馬は今最後の闘いを始める。ライがフトウでの戦いでギルフォードに敗北した理由は一つ。経験不足だ。ライ自身も、また月下も。ライはあの時点で初陣から数度の経験のみ。月下に搭乗しての戦闘に至っては初めての戦い。だからこそ敗れた。ライにとっても苦々しい記憶。唯一の敗北の記憶。

 ライはそれからカレンと双璧としてコンビを組み、成長した。だが足りない。スザクやラウンズといった超一流と張り合うには足りない。それは努力の問題ではなく、生まれ持った才能の世界だ。スザクのような超人間的な反射神経の速度、カレンのような天性の動物的勘。努力では越せない世界が存在するのだ。

 ライはそれに一歩及ばない。ありとあらゆる才能に恵まれ過ぎているが為に突出した才能の持ち主達にはその分野では勝る事がない。ライは真っ向勝負をやっては勝てない。なればこそライは自分なりの闘い方をするだけだ。

 ライは考える。ギルフォードに勝つにはどうすれば良いのかと。この一騎討ちの結果はそのまま奇襲作戦の結果に結び付くであろう。戦場の流れを決める一騎討ちなのだ。

 

「敗けられない」

 

 ライがギルフォードと戦ったフトウで一騎討ちを申し込んだのは時間稼ぎの為だ。だからあの時は勝たなくても良かった。だが今回は勝つ以外に手はない。ギルフォードとてそれは同じ。騎士の誇り、今はどこに居るのかも知れぬコーネリアの為に敗けられない。

 月下とヴィンセント。お互いの機体は正面から睨み合うかのように護衛艦の上で立つ。その距離、約100メートル。ギルフォードはこの時、目の前の青い月下に感謝すら覚える不思議な気分であった。

 

「姫様の名誉を取り戻す最高の機会。しかも相手がお前とはな…必ずや勝つ!」

 

 コーネリアの騎士である彼には抱える物が大きい。だがギルフォードはこの時大きな勘違いをしている。それは青い月下のパイロット、ライがどのようなつもりでこの一騎討ちを挑んだのかという事だ。ギルフォードはそもそもライという人間をどちらかと言えばゼロのような所謂『策士』であると考えていた。確かにライは策士だ。だが同時に武人でもあり軍人である。

 ギルフォードはライが時間稼ぎを狙っていると考えている。それは確かに当たっているが、停滞を狙いとするのではなく強引な打破こそが真の狙いなのだ。ギルフォードはライの停滞する考えにはのらず、一気に距離を詰めて時間をかけずに勝負を決めようと考えている。それはライも同じ事だ。しかし、ギルフォードはライが突っ込んでくる事などないと考えている。

 

「姫様の為に…」

 

 ギルフォードはタカをくくっていたのかもしれない。一度勝っている相手、コーネリアの為に負ける訳にはいかない。いや、負けるはずがない。と。結果、それらの感情がギルフォードという、誠実にして真面目な男の隙を生んだ。

 

「…狙ってみるか」

 

 月下とヴィンセントは変わらず睨み合いを続けている。お互いにタイミングを探しているのだ。藤堂と四聖剣、グラストンナイツ。彼ら本質が武人である者だけではなく、騎士団の団員達もこの決闘を見守っていた。ある一人を除いて。

 

「あいつを私が撃てばこの失態も帳消しだ!」

 

 それはナナリーの護衛を任されていたブリタニアの将軍、アプソンだ。ギルフォードの護衛を断った挙げ句、奇襲を受け護衛艦は意味を成していない。失態以外の何物でもない。そしてそれを帳消しにする為の行動。実に安直で実に愚かな行動。機銃で狙いを付けるアプソンの手は喜びのせいか、はてまた緊張のせいか妙に汗ばみ、震えていた。

 

「死ねぇっ!」

 

 自身の撃墜を信じて疑わぬアプソンは機銃の引き金を引いた。アプソンは歓喜の表情で機銃を掃射する。だがどうやらこの愚かな将軍は知らなかったようだ。機銃の狙いを付ける事は簡単ではない事に。手ぶれで大きく狙いが逸れる事に。逸れた先には護衛艦のエンジンがあった事に。

 

―ドォン!

 

「何だ!」

 

 藤堂は大きく護衛艦が揺れた原因を問うたが、原因は一目瞭然。

 

「エンジンが火を?」

 

 藤堂といえども状況が理解できなかった。だが、幸いにも朝比奈には一部始終が見えていた。そして朝比奈の反応は速かった。

 

「横槍はよくないね!」

 

 スラッシュハーケンを護衛艦に撃ち込み、月下を宙ぶらりんの体制にし、機銃を将軍ごと撃ち抜いた。

 

「ったく、自分の艦に当てるなんて何がしたかったんだか」

「朝比奈。何があった?」

「よく分かりません。自分で自分のエンジンを焼いたみたいです藤堂さん。ってライ君は!?」

 

 藤堂と朝比奈、彼らが目を反らした隙に月下とヴィンセントの間にあった距離、100mは0になっていた。時間を少し遡るならば、将軍の撃った機銃が逸れるた時、ライは月下の隠し玉を発動させた。

 

 隠し玉、と言っても大層な物ではない。ただのブーストダッシュだ。ただし、従来のブーストダッシュとはスピードの桁が違う。

 

 ランスロットがナリタ連山の際にコーネリアの下へ駆け付ける為にブーストダッシュを使っていたが、あれはランスロットに汎用性を求めるロイドが戦場を駆け巡り、単機で無双の活躍が出来る為に付けた機能だ。当然、それを使ってのKMF戦などは想定されていない。しかし、ラクシャータが新しく付けたこれはKMFの接近戦において優位に立てるように設計されたものだ。

 この機能自体は既に開発されていた物であったが、著しくエナジーの消費が悪く、かつあまりの加速故に耐えられるパイロットがいなかったのだ。ライはその点で優れている。バトレーの研究で本物のKMFに乗ったことこそないものの、その筋肉はGに耐えうるように“作って”あるのだから。だからこそこれをフルに活かしきれる。ライの月下は跳ねるような勢いで猛然と突き進む。

 一方ギルフォードは焦った。このような動きは予想していなかったし、エンジンの爆発で一瞬反応が遅れたからだ。

 

―月下とヴィンセントの距離80m。

 

 ギルフォードは即座に反応し、ライフルを月下目掛けて放つ。しかし狙いは咄嗟の反応故に遅く、荒い。

 

「うろたえ弾など!」

 

 ライは月下のスピードを全く落とす事なくヴィンセント目掛けて直進する。ライフルが数発かすったが、目立た損傷にはならなかった。

 

―月下とヴィンセントの距離50m。

 

 ギルフォードはライフルでの迎撃を諦め、MVSを抜き、ライは勝つための“仕込み”をする。

 

―月下とヴィンセントの距離20m。

 

「来い」

 

 ギルフォードの狙いはカウンターだ。月下の超スピードでは反応仕切れない。止まれないはずだ。そう考えていた。ギルフォードが一撃で決まるカウンターを狙った最大の要因は月下の動きがよく見えていたからだ。さっきは奇襲のせいで目が追い付かなかったが、今なら目で充分に追える。

 

―月下とヴィンセントの距離10m満たず。

 

 ギルフォードは一気に勝負に出る。つまり、自分から前に進んだのだ。ライの不意を付こうとした。ライは躊躇わない。ただ直進あるのみ。

 

―月下とヴィンセントの距離5m。

 

「これで終わりだ!」

 

 ヴィンセントがMVSを振り降ろす。月下は反応を見せない。ただ進み続けるだけだ。ヴィンセントが振り降ろしたMVS。その必殺の一撃は―

 

「何っ!?」

 

―すり抜けた。

 

 消えたのだ。捉えたはずなのにすり抜ける。ライが亡霊と呼ばれる由縁だ。

 ライは自分なりの戦い方をするしか勝ち目はない。ライの戦い方。それは相手すら自分の思惑通りに行動させる圧倒的な思考力。ライは月下のスピードをあえて途中で減速した。それ故にギルフォードは月下の動きを目で追う事ができた。出来てしまったのだ。それに対しライは直前に再加速をかけた。だからこそMVSは空を切った。

 

―月下とヴィンセントの距離0m。

 

 懐に潜り込まれたギルフォードはスラッシュハーケンを射出する。が、

 

「っ!?しまった!?」

 

 月下はそれを掴んだ。必殺の左腕で。

 

“輻射波動”

 

 ライは何の躊躇いもなくそのスイッチを押した。

 

「ぐうっ!?」

「決まれぇっ!」

 

 絶対無比の破壊力を誇る輻射波動は何物であろうと変わる事はない。ヴィンセントを輻射波動が蝕んで行く。

 

「負けたというのか…?」

 

 ギルフォードは信じられないとでも言うように呟いた。自身の敗北。それを前にして目の前に迫りつつある死に反応出来なかったのだ。そんなギルフォードが見たのは走馬灯ではなく、

 

『脆弱者!』

 

 コーネリアの叱咤だった。ギルフォードは次の瞬間コックピットの脱出装置を発動させた。

 

「…ふぅ」

 

 ライはギルフォードが脱出装置を発動させたのを確認し、同時に自身の勝利を確信した。綱渡りの勝負。一歩間違えれば負けていたのはライの方だ。だが勝った。負けたのはギルフォードだ。

 

「よし」

 

 ライは今になって確信した。自分が一年前より遥かに強くなっている事に。正にその瞬間。月下を目掛けて光弾が飛来し、月下に直撃した。

 

「っ!?」

 

 突如飛来した光弾が頭部を直撃した月下は完全に“死んだ”。動くことすらままならず、メインモニタも遂に光を失った。唯一の救いはエナジーフィラーへの直撃を免れた事だ。KMFが爆発するのはエナジーが誘爆を起こすからだ。そうなってしまうと脱出する事も間に合わない。

 

「ごめん!」

 

 ライは即座にイグジェクトンシートを発動させ、脱出する。主を失った月下は力なく膝を付き、ほどなくして爆発した。

 

「…ありがとう」

 

 落下しながらライは自身が被弾した光弾が飛来した方角を見つめる。

 

「早すぎる…間に合えばいいけど」

 

 一方艦上の藤堂達は物陰に隠れながら光弾が飛来した方角を警戒している。

 

「ライ君は?」

「なんとか脱出したみたいです。新手の連中かなりやれるようですな」

「仙波の言う通りだレーダーでまだ捉えれない距離から新手は狙撃を成功させてみせた。只者ではない」

 

 月下のレーダーの策敵範囲は約2km。それより外からの狙撃となるとそれは針の穴に糸を通すような精密操作だ。

 

「お出ましだ」

 

 月下のレーダーに三機のKMFと一機の航空機が写る。

 

「あいつら…!?」

「ラウンズか!」

 

 三機のKMFはトリスタン、モルドレットそしてランスロットクラブ。

 

「あっちゃ~やっぱり遅かったな。しっかしギルフォード卿が負けるなんてな」

「…カレン速すぎる」

「…」

 

 どこか楽しげに言うジノとは対照的にアーニャは折角の獲物を取られた事に不満そうであった。

 

「カレン?おーい?」

「え?」

「青いの、楽しみだった」

「あ、ごめんなさい」

 

 驚いたのはカレン自身だ。コックピットを狙って撃ったつもりがパイロットが死ぬ可能性が低い頭部を撃ち抜いていたのだから。

 

「まー気を取り直して。んじゃ行きますか!」

「カレンは後詰め」

「アーニャの言う通りだな。さっきの青いのをやったカレンは少し休みって事で」

「ええ。分かったわ」

「スザクはランスロットを取ってきて総督の救出よろしくな」

「ああ」

「んじゃ行こうか!ラウンズの戦場に敗けはない!」

「…当たり前」

「そうね」

 

 帝国最強の騎士達。彼らの到着によって戦場はまた一変しようとしている。

 

──────────────────────────────

 

 ライは落下する月下の中で考える。自分はこの状況で何が出来るのか。KMFがない以上パイロットとしての価値はない。ならば潜水艦に戻って撤退の指揮を?―それも不可能だ。時間があまりにもない。母艦が着水すれと予想される時間まで20分を切っている。その上ラウンズまで到着しているのだ。藤堂達は心強いが月下は型落ち機。どれだけ時間を稼げるかの勝負になる筈だ。

 やはりライは空に上がり戦うしかない。

 

「どうして僕はいつも肝心な時にっ!」

 

 ライらしくない感情の奔流。自身の無力で人が死ぬもどかしさをよく知るライは自身を呪う。

 

「あまり自分を責めるな」

「…C.C.?」

 

 ライのコックピットは空中でKMFに支えられていた。蒼を基本色としたその機体の最大の特徴はやはり月下のそれよりも一回り大きくなった輻射波動機構であろう。背中にはフロートユニットである六枚羽根の飛行機能が付き、その六枚羽根とは別の二本の推力剤がついたバルブが六枚羽根の下に収まっている。

そして月下のメインカメラよりも一回り大きい頭頂部には誇るように一方角が聳えていた。

 

「この機体は…」

「お前の新しい機体だ。ついさっきラクシャータが完成させた。今すぐにお前に必要だろうと思ってな」

「最高のタイミングだったよ」

「こいつも必要なのだろう?」

 

 C.C.は一つの小箱をライに投げ寄越した。

 

「蛍火も大丈夫。だと」

「ありがとう」

 

 ライが見上げる空は戦場。再びライは戦場へと舞い上がる。皇ライは考える。最優先すべきはこと、ここに至ってはゼロの脱出を優先すべきなのだろう。例えゼロがナナリーを説得出来ていなくてもだ。

 優先すべき事はゼロの脱出。つまりは撤退だ。だが上空には三騎のラウンズ専用機。加えて恐らくはナナリーの騎士である“彼”も援軍で来る可能性が高い。ギルフォードの僚機が下がっただけましと考えるべきなのかもしれないが、状況がこちらに不利である事は覆しようのない事実であった。

 だがそれらの事実よりも強く皇ライが思うのは敵のラウンズNo11の事。もし“彼女”であるならば…ライは考えが纏まらない。ルルーシュの前では取り戻す。と言ったものの(勿論それはライの本心だ)実際にはどうやってカレンを取り戻すのかも分からない。だが同時にライは期待している。こんな自分にも誰かを守るだけの、大切な人を傷付けない力があるという事を。

 ライは瞼を閉じる。おまじないのような物だ。瞼の裏に映るのは色褪せないカレンとの記憶。

 

「月輪」

 

 ライは愛機に呼び掛ける。『月輪』それがライの新しい力。『月の下で舞う幻影は翼を得て月の輪郭その物へ』そんな意味がひっそりと込められた機体だ。月下のデータを下にライ専用機として組み立てられたワンオフの機体。外見からして月下よりも一回り大きいこの『月輪』はやはり月下との最大の差は翼を持つ機体であるという事だ。

 飛翔滑走翼は量産型の暁のそれとは違い、六枚の翼から成る。通常の暁に搭載したのでは発熱量、エナジー消費など魅力的な機動力に反してピーキーで有るため積む事の出来ない特殊型なのだ。

 その機動力はラクシャータが自信を持って現存する機体の中でも最強であると言い張るほどである。

 ライは回線を開いて藤堂に連絡を取る。

 

「藤堂さん。状況は?」

『ライ君、無事だったか。良いとは、とても言い難いな。すまないがラウンズを抑えきれない。ゼロからの指示もまだだ』

 

 やはりルルーシュからの報告はない。と、なればナナリーと対面している。

 

「救援に向かいます。座標データを送って下さい」

『例の新機体か?ぐうっ!?…』

「藤堂さん!?」

 

 衝撃音。機体を大きく揺さぶる音だ。ライは最悪の時代を想像する。が、幸いにもそれは現実にはならなかった。

 

『…すまないが、私ももうもたないだろう』

 

 実は当の昔に藤堂の月下は限界を迎えている。それでも退かないのは藤堂の意地以外の何物でもない。

 

「決して無理はしないで下さい。藤堂さんをここで失う訳にはいきません」

『それは君も同じだ。絶対に無理はしてくれるなよ』

「分かってます」

『強いぞ、ラウンズは』

「…」

 

 あの藤堂が認める強さ。生半可な物ではない。事実、日本の最大戦力の一つである四聖剣と藤堂が既に藤堂を残して撤退せざるを得ないのだからその強さは間違いなく本物だ。だが今更怯むライではない。

 

「その為の力です」

 

 藤堂は安心すると共に、自身も歳を取った物だと思う。臆病風に吹かれたのは自分だったかと。

 

『…君には余計な世話だったな。データを送る。ゼロを、日本の未来を守ってくれ』

「承知」

 

 ライがその言葉をわざわざ使った事を藤堂は不思議と可笑しく感じた。藤堂の長い軍歴の中でも初めての経験であった。不安を感じない、寧ろ安堵すら感じる撤退。

 

『任せた』

 

 英雄が撤退時出た言葉はたった一言。それだけであった。藤堂から送られて来たデータを元にライは狙いを付ける。

 

「さて、行こうか月輪」

 

 ミサイルを放ち、同時にミサイルポッドをパージする。ミサイルの4つの軌道が先行し、少し遅れて月輪は上昇する。戦場の空へと。そのミサイルに真っ先に反応したのはクラブに乗るカレンだった。

 

「下から熱源3、いや4!、ミサイルよ!」

「新手か?」

「…っ!?」

 

 ラウンズが回避行動を取った時にはミサイルは目前で拡散した。避けきれない。光源のシャワーが降り注ぐ。

 

「奴らゼロごとナナリー総督を殺すつもり!?」

「…違う。拡散度が高い」

「センサーがいかれた。狙いはあくまでも俺らか?次、本命来るぞ!油断すんなよ!」

 

 爆煙が立ち込め、視界が奪われる中、一つの機体が煙を切り裂いて上昇する。

 

「さすがに反応が早い!」

 

 ミサイルに遅れて月輪はセンサーに捉えられず、トリスタンに見事な飛び蹴りを喰らわせ、爆煙の中を切り抜ける。誇るように、ラウンズ達に見せ付けるように。奇しくも嘗て背中を預けた彼女の愛機、紅蓮の炎たる太陽を背中に。

 

「へぇ、カッコイイじゃん」

「…さっきの青いの?」

「あ…」

 

 カレンは探していた何かを見つけたような気がした。ずっと探していた“何か”を。

 

「翼付きか。退屈させてはくれなさそうだな」

「ふーん」

「…」

 

 ライの眼下には三機のラウンズ。幸いにもスザクはまだのようだった。

 

「3対1。相手は帝国最強の騎士達。…全くもって最高だよ。これほどこの機体のコプセントを試すに適した環境はないね」

 

 月輪のコプセント。

 “最強の機体”

 

「何せ相手は帝国“最強”矛盾は生じるのかな?」

 

 不思議なのだ。これ程、ころ以上にないであろう死地にして最高の舞台。自分が死ねばそこで全てが潰える。ルルーシュの反逆も、騎士団の日本復活も、ライの願いも。

 

「ここで潰えるなら、僕の存在価値なんて―ない」

 

 ライは月輪のメインカメラに映るラウンズを見ながら考える。果たして自分の考えは、望みは当たりなのだろうかと。

 

「カレン」

 

 ライは彼女の名前を呟く。どれだけ彼女が自分にとって大切で、どれだけ彼女が自分の中を占めているのかを想う。

 

「…」

 

 一方カレンは戦場で初めての感情を抱いていた。

 

“私が探していた物だ”

 

 カレンは勘が鋭い。この一年間、ずっと抱き続けてきた憂鬱。その答えがこの敵であると。だが、何故?どうして初対面、どころか敵にこんな感情を抱くのだろうか?目の前のこの“青い奴”は敵だ。それも恐らくは現段階における黒の騎士団の最高戦力。

 

「××―えっ?」

 

 カレンは自身が何故かは分からないが呟いた名前に驚いた。××なんて名前は知らない。いや、もう自分で何と言ったか忘れる程だ。

 

「私…なんで?」

「カレン、大丈夫か?」

「えっ?あ、ああうん。大丈夫」

 

 ジノに声を掛けられてはっとした。今は自身の混乱なんかに時間を割ける余裕などないのだ。

 

「3vs1。騎士道精神に反するようで悪いが、生憎と時間が無いんでな。一気に仕掛けるぞ」

 

 こういう時に仕切るのはジノの役目だ。生まれながらの貴族である彼は他人を仕切るのに向いている。もっとも、アーニャもカレンも貴族ではあるが2人が全く向かないのも要因の1つなのだが。

 

「俺とエレナで畳み掛ける。アーニャ、援護よろしくな」

「分かった」

「カレン、初撃はアーニャ。お次が俺だ。それでいいよな?」

「ええ、問題ないわ」

 

 此にてラウンズは準備完了。普段の戦闘であまりコンビネーションをしない彼らだが、やろうと思えば問題なくこなせるのは個々の能力の高さと戦闘におけるセンスが一流だからだ。

 

「さあ、楽しませてくれよ青いイレギュラー」

「記録」

「簡単に死なないでよね」

 

 各々想う処は違えど目標は同じ。

 

「さて、そろそろかな?」

 

 一方ラウンズの動きを伺っていたライはラウンズが仕掛けてくる事を察した。ライがそう予想した直後、ラウンズは動いた。初手を切ったのはアーニャのモルドレッド。

 アーニャは先程から“青い”機体の先制打。あのミサイルをぼんやりと思い出していた。

 

(着弾手前で拡散した)

 

 不意をつかれたとはいえ、拡散したミサイルをほぼ無抵抗で喰らった。にも関わらずモルドレッドの損傷は熱源レーダーのみ。つまり先程のミサイルは破壊を目的ではなく、こちらの内部を狙ったミサイルなのだ。

 

「私のミサイルは、そんなな甘くない」

 

 モルドレッドは謂わば武器庫のようなKMFだ。主砲のシュタルクハドロンがそうであるように、徹底的に破壊し尽くす。

 

「避けれる?」

 

 ガコン。とモルドレッドの各部がずれ、破壊し尽くす為のミサイルが姿を表す。

 

「ミサイルカーニバル」

 

 アーニャがそう言うと同時に、計16発ものミサイルが一斉に発射される。月輪に向かって放たれたそれらは、まるでハイエナのように月輪を追い詰める。ライは月輪の回避行動を取りながら視界から消えた2機をレーダーで探る。が、そのレーダーに映るのもレーダーをうめつくさんばかりのミサイルとけたたましく鳴り続ける警告音とで探り当てる事はできない。

 

「随分と豪勢な牽制だ」

 

 視界から消えた2機、トリスタンと青いランスロットはどこかで仕掛けてくる。護衛艦を盾に使いながらライはそう思う。数秒遅れてミサイルが護衛艦に直撃、護衛艦は浮遊能力を失い落下し始める。巻き込まれないように月輪が護衛艦の裏から出た途端、それは太陽の位置からやって来た。

 

「い~~っち番!」

 

 トリスタンによる強烈なGに耐えながらの真上からの急降下一撃離脱。斧型の特徴的なMVSの降り下ろし。

 

「ちっ!」

 

 ライはそれを廻転刃刀でどうにかいなし、剃らすことに成功する。

 

「二番目!」

 

 トリスタンはその場で体制を建て直し、回転。遠心力を加えた二撃目のMVSを放つ。

 

「舐めるな!」

「うおっ!?」

 

 が、トリスタンが回転し終わる前にトリスタンを蹴飛ばしMVSは大きく宙を空振る。体制を崩したトリスタンは輻射波動を決める隙を生んだ。ライは輻射波動を当てようとし、

 

「っ!」

 

 しかしそれを止め、推力を全開にしその場を離れる。一秒の間もなくその空間を光弾が風切り音と共に通り過ぎた。

 

「狙撃か」

 

 青いランスロットは月下を撃ち抜いた時のように長距離から月輪を狙っていた。

 

「近、中、遠。全部揃っていて全てが超一流。ラウンズは伊達じゃないか」

 

 ECMを放ち時間を稼ぎ、雲海の中を進みながらながらライは考える。

 

「さっきみたいに完全には避けきれないだろう。それに、もう艦艇の墜落まで時間がない…」

 

 やがてライは一つの結論に達する。

 

「卑怯だとか言ってられないよな」

 

 蛍火の出番だった。一方ラウンズはライが隠れた事により、しばしの作戦時間となっていた。

 

「あーあー聞こえるか?」

「聞こえる」

「大丈夫。大したECMでもないし、あと30秒もあれば回復すると思う」

 

 ラウンズには余裕があった。先の当たりで一太刀を喰らわせる事こそ叶わなかったものの、完全にこちらが圧していた。このまま続ければそう遠くない内に奴の装甲を深く抉るだろう。

 そして今、スザクがランスロットで発艦した事を確認した。3分と経たずにこちらに到着するようだ。つまり、彼らはもう墜落までの時間を気にする必要はない。

 

「さて、ゼロにはここで潰えてもらうのは確定だがこいつはどうする?」

「危険」

「だよな。こいつは残しとくと後々ブリタニアに災いを呼ぶ」

 

 ジノが言わんとする処は今の自分達のリターンとリスクについてだ。この場は時間を稼ぐだけで総督の救出に成功し、ゼロの野心は途絶える。それはいい。ブリタニアにとって反動的な野心家にはさっさと消えてもらう。だが問題は目の前にいる獅子だ。生憎とこちらは時間を稼ぐだけでは死んでくれないし、仕留めるにはこちらにもそれなりのリスクを負う必要がある。

 これはそう簡単には下せない判断だった。

 皇帝の剣である自分達がこんな辺境で簡単に折れる事はあってはならない。だがこいつはその“あってはならない事”を実現しうるだけの力を持っている。“窮鼠猫を噛む”彼らラウンズにとって鼠にすぎない量産型のKMFですらコックピットに直撃を貰えば敗れる可能性がある。それほどにKMFとはアンバランスな兵器なのだ。だだの鼠ですらそうなのだ。獅子ならばどうであろうか?それは一目瞭然であろう。

 それでも彼らはこの獅子を仕留める判断を下した。それほどの危険性を獅子は秘めていた。

 

「いやジノ、悪いがパイロットは出来るだけ捕らえてくれ」

 

3人の会話に割って入り、彼らに更なる難題を差し向けたのは枢スザクだった。

 

「おいおいスザク、いきなり割って入ってそれは無いんじゃないか?」

「無茶苦茶」

「皇帝陛下の判断だ。これ以上の説明は必要ない」

 

 皇帝の判断。それは皇帝の騎士であるラウンズにとって絶対である。故にジノは沈黙する。反論の余地も理由すらも何も無いのだから。

 

「…全く、縛られるのが嫌で戦ってるのにこうとはな。青い奴が羨ましい」

「…」

 

 アーニャも思う処は同じだったのか、ジノの冗談とはいえ行き過ぎた発言を諌めようとはしない。

 

「カレン、何時もの“溜め息”は無しか?」

「えっ?」

 

 カレンは驚いていた。確かに自身がこういう面倒な時には憂鬱を感じていたと言うのに。自分は今安心している。

 

(青い奴を落とさなくていいから安心してる…?)

 

 ただの敵にしか過ぎない筈の相手。自身の憂鬱の種にして忌むべき相手。そんな奴を相手に安堵を感じる?そんなことはあり得ない、あり得るはずがないのだ。ラウンズNo11カレンには。

 

(…きっと疲れてるんだな)

 

 そう思うしかなかった。

 ラウンズが戦場に似合わぬ会話をしていた間。時間にしてECMが解けるまでの1分にも満たぬ時間の中。ライはただひたすらに蛍火の準備をしていた。

 

「システム異常なし。流石はラクシャータさんだな」

 

 月輪は先程と違い、6枚羽根から高濃度のサクラダイトを放出していた。それらはラウンズのレーダーにもはっきりと映っている。

 

「高濃度のサクラダイト粒子…?」

「まさか自爆しようてんじゃないよな?」

 

 無論違う。高濃度のサクラダイト粒子の放出は謂わば“蛍火”の地均しのような物だ。

 

「壱型から参型まで異常なし。さて、反撃と行こうか?」

 

 月輪が高濃度のサクラダイト粒子を身に纏い表れる。その周りには小さな群隊が円の形を描きながら飛んでいる。群隊はまるで月輪に従う配下のように、月輪はそれらの指揮者のように。

 

「何、これ」

「自律兵器なのか?」

 

 ラウンズ達はそれを見た事が無かった。無理もない。何せ現在この兵器を動かせるのは月輪と、そしてライしかいないのだから。

 

「行け“蛍火”」

 

 ライが“蛍火”と呼ばれたそれらは半自律兵器である。高濃度のサクラダイト粒子内でのみ稼働可能であり、12個で一つの群とし、月輪は3つの群をもつ。つまり蛍火の数は計36。

 現存する自律兵器は“粗製”と名高いガンルゥにも劣り、固定砲台に毛が生えたようなレベル(オートで敵を狙い動くが、その動きは緩慢な物だ)の兵器としては実戦に出せるレベルの代物である。だがこの“蛍火”はそれのレベルを優に上回る。

 蛍火の機動力はKMFのそれにも匹敵し、壱型に装備されたMVSはKMFの装甲をやすやすと貫く。弐型は月輪を守る盾の役割を果たし、全方位からの攻撃に対応する。

 それらを可能にするのは月輪に積んであるドルイドシステムの全てを蛍火の指揮系統に回し、ライがそれらを操っているからだ。半自律兵器“蛍火”本来はパイロットにとって絶対に存在する死角を補う為の“目”となるだけの存在であった観測用自律兵器だったものをライがラクシャータに攻撃的にできないかと持ち掛けた所からこの兵器の開発は始まった。

 

──────────────────────────────

 

「並の努力じゃなかったわよぉ?何せ、土台はあれど全く違う完成形を迎える事になったんだから」

 

 ラクシャータは潜水艦で戦闘の様子を観測しながら自慢気に語る。

 

「だったら、暁にもその簡易的な物を搭載出来ないのか?」

 

 単純な疑問でラクシャータに問い掛けたのは南だ。

 

「ん~じゃあアンタ敵と全力で戦いながら将棋が出来る?」

「出来る訳がないだろう。どうやって目の前の敵と戦う事と将棋の事。2つの高度な情報処理をどうやって1つの頭でやれって言うんだ?」

「蛍火を使う時には2つどころか数十倍の情報処理をしなくちゃいけないのよ?それでもアンタ、蛍火を使えると思ってるの?」

 

 そもそもが無理な話だ。通常パイロットが得られる情報は莫大すぎてそれらの判断を管制や指揮官に委ねる。だがライはそれら情報の処理、判断の速さはラウンズに勝る。だからこその兵器。

 

「元々人間は視界良くてもたかが180°が限界。その上」

 

 と、言葉の途中でラクシャータはキセルを南に放り投げた。南はそれを多少慌てながらもキャッチした。

 

「気付いた?」

「キセルにか?」

「足元の吸殻によ」

「え?」

 

 南の足元には先程のキセルの吸殻が落ちていた。

 

「私はアンタが上を見た後に吸殻を投げたって訳。分かる?人間には不充分な視界すら完璧に見れないってワケ」

 

 でも、とラクシャータは一旦言葉を区切った。

 

「蛍火を展開しているライには360°の全てを捉えきれる」

 

 ライ情報の判断で上回るルルーシュでは蛍火を扱いながらの月輪の操縦は出来ないし、操縦の腕で上回るラウンズには蛍火を扱う事は出来ない。正にそれらを両立できるライにしかない強みを生かした兵器なのだ。

 

──────────────────────────────

 

 月輪を指揮者、蛍火を奏でられる音と例えるならばラウンズは一体何と例えれば良いのだろうか。あるいは観客が正解なのかもしれないが、生憎と観客と呼べる程の余裕は一切ないのだから。逃げの一手。反撃の機会を伺おうにもまるで鳥籠のように自分達を囲み、俊敏に動きながらこちらを攻撃してくる。強引に突破しようにも、此方のそんな意図を察して集中砲火を仕掛けてくる。

 

「マズイぜこりゃあ」

「…」

「被弾覚悟でやるしか無いわね」

 

 カレンの発案にジノとアーニャは無言をして了解の証とする。

 

「一分後に別々に突破を仕掛ける」

 

 ジノもアーニャもカレンもよくよく目の前の脅威を理解していた。「落とさねばならない」と。エレナは心のどこかでその事実に抵抗する自分がいる事に気付き、しかしそんな自分から目を反らした。

 蛍火はその実物が持つ儚くも美しい光を見せる幽かな羽ばたきとはまるで違い、まるで荒れ狂う嵐のような破壊性を持ち舞う。

 

「散開!」

 

 ジノの掛け声を合図に3方向に散る。と、途端に蛍火はラウンズを囲んでいた籠を崩し、モルドレッド一機に狙いを定める。

 

「…堅さなら、負けない」

 

 アーニャは一番鈍足であるモルドレッドが狙われる事を予期していたのか蛍火壱型の斬撃を全て受ける覚悟を決め、ブレイズルミナスを最大展開した。豪雨のような斬撃がモルドレッドに降り注ぐ。それでもモルドレッドは崩れない。

 

「無駄」

「確かに、これで無駄なら僕の敗けだろうね」

 

 モルドレッドの正面に構える月輪が必殺の右腕、徹甲砲撃右腕部を構える。それと同時に、先ほどまで攻勢を強めていた蛍火壱型が一斉に引いた。

 

「輻射波動いけっ!」

 

 徹甲砲撃右腕部から放たれた輻射波動はブレイズルミナスを前面に展開させたモルドレッドに直進し、そして空中で急速に曲がった。

 

「曲がった!?」

 

 空中で不自然に曲がった輻射波動は更に2度屈折し、ブレイズルミナスが展開されていなかったモルドレッドの脚部後方を掠めた。モルドレッドの装甲の表面が泡立つ。

 

「そんなっ…このモルドレッドが」

 

 アーニャは動揺も一瞬、即座に回避行動をとる。この時、アーニャは気付いた。先ほどの輻射波動の屈折は自身の周りにとんでいた蛍火参型が起こしたことに。蛍火の参型は輻射波動を屈折させる特質をもつ金属で外壁をコーティングしてある。これを利用することによってライは輻射波動を曲げてみせた。

 

「ユグドラシルが…死ぬなんてっ…」

 

 モルドレッドを蝕んだ輻射波動はKMFにとっての心臓部、ユグドラシル機構を焼き切っていた。

 

「翔べない…?」

 

 ユグドラシルを破壊されたモルドレッドに最早フロートユニットを発動させるだけの力はなかった。

 

「おいアーニャ!?」

「翔べないの!?」

 

 カレンとジノはモルドレッドの異変に気付き、一瞬にして二人はカバーに動いた。

 

「ジノ、アーニャのフォローをお願い!」

「分かってる!!」

 

 月輪は再び姿を消している。これは典型的な罠だ。誰か一人を傷付け、味方を誘き寄せ纏めて片付ける。それを理解し、しかしジノとエレナは仲間を優先する。ただ罠に掛かるのではない。カレンもまたジノとアーニャを狙って月輪が表れるであろうタイミングを探っている。

 

「来い、来い、来い」

 

 カレンはVARISを狙撃モードにし、月輪が現れるであろう地点を探る。スコープから覗ける景色は落ち行くモルドレッドとそれを支えるトリスタン。賢い“青い奴”の事だ。このチャンスを逃すとは考えにくい。微弱ではあるが確かに存在するECMのせいでレーダーがぼやける。それはワンショットキルを必須とされるスナイパーにとっては確かな脅威であった。

 

「カレン。アーニャを回収した。すまないが、このままランデブーするしか無さそうだ」

「…ごめん」

「気にしないで」

 

―Pi!

 

「っ!?何処!?」

 

 センサーに一瞬反応音がする。だがそれは一瞬。再びの無音が訪れる。

 

「狙いが違う…?」

 

 カレンがたどり着いた結論はそれだった。何度もジノとアーニャに仕掛けるチャンスはあった。が、しかし。現状として奴は仕掛けてこない。

 

「まさか―」

 

 カレンがその言葉を言い終える前だった。月輪の輻射波動烈がVARISを掴んだのは。

 

「っ!?」

 

 カレンは即座にVARISを捨て、VARISが爆散した結果空を掴む形になった輻射波動向けてMVSを抜き、カウンターを仕掛ける。ライはそのカウンターを回転刃刀でそらす。が、クラブの勢いは止まらずに月輪に強烈な頭突きを喰らわせる。月輪もそれに反応し、頭突きをし返す。

 ゴン。という鈍い音と共に月輪とクラブの頭部がぶつかり合う。お互いに頭部が多少ひしゃげたがそんな事でライもカレンも怯みはしなかった。クラブがその密着状態から蹴りを入れ、互いに距離を取る形となる。未だ状況は騎士団が不利。しかしライの心は踊っていた。奇しくも訪れたこのチャンスに。

 

「漸くだよカレン。漸く、そのチャンスを掴んだ」

 

 一方カレンはまだこの敵に対して異常な感情を抱えている自分を御しきれていなった。

 

「なんで…?どうしてこんなに…」

 

 月輪は既に蛍火を展開していない。エナジーを馬鹿みたいに消費するこの兵器のKMF戦における稼働時間はそう長くない。七世代機によるごく純然たる一騎討ち。

 

 月輪とクラブはほぼ同時のタイミングでお互いに距離を詰めた。

 

 互いに最高速で接近し、すれ違い様に廻転刃刀とMVSで斬り結ぶ。

 

 鈍い衝撃、互いに損傷はない。

 

 月輪がくるりと宙返りをし、射撃戦ができない(第一手でVARISを破壊したからだ)クラブの背中目掛けてハンドガンを放つ。クラブはそれを雲海の中に隠れ、十分に距離を取る事で回避する。

 

 急旋回、クラブは体制を立て直し月輪に向けてブースターを全開にし疾風とも呼べるレベルのスピードでMVSを構えながら飛ぶ。

 

 月輪はハンドガンで牽制も一瞬考えるが諦め廻転刃刀を構え、前進させる。再びの衝撃。しかし今度はすれ違うのではなく正面からぶつかり合った。

 

 つばぜり合い。力の均衡が続き、しかし互角。スペックの差では勝負は付かない。

 

 クラブは鍔ぜり合いを弾きハーケンを放つ、が月輪もそのハーケン目掛けてハーケンを放ち二つのハーケンは絡み合う。

 

 まるで釣糸が絡んだかのように月輪とクラブは引き合い、月輪は最強の右腕の波動をハーケンに伝わせる。

 

 クラブは即座にハーケンをパージ。クラブまで波動が届く事はなく空中で爆発する。

 

 月輪とクラブは再び接近。

 

 艦が沈むまでもう時間がない。月輪とクラブは互いに勝負に出る。

 

 最後の輻射波動。ぶつかり合う。その直前だった。

 

 

 

―凜

 

 

 

「何!?」

「この感覚、ギアス!?」

 

 カレンには分からなかったが、ライにはこの感覚に覚えがあった。ギアスの暴走にも似た自分の中を自分以外の誰かの色んな感情が駆け巡る感覚。

 

(なぁ、××お前は―)

(新入り○○○だっけ―)

(助かった××―)

(○○○様、準備が―)

(××、俺達の反逆を―)

(久しぶり○○○―)

(無茶のし過ぎた××―)

(どうかしたか○○○―)

(お前らしいよ××―)

(青が好きなの?○○○―)

(××はどうして―)

(○○○って××の事が―)

(××、○○○とはどう―)

(××はきっと日本人よ―)

(ありがとう○○○―)

(同じだね××―)

(○○○は晴女か?―)

(××、一緒に戦って―)

(○○○は優しいな―)

 

 誰かの記憶の断片。それがフラッシュバックのように浮かんでは消えてゆく。絶え間なく次々と。誰かがずっと名前を呼ばれているのだが、まるでもやがかかったかのようにその部分だけ上手く聞き取れない。やがてそれは断片ではなく、会話としてはっきり聞こえるようになる。

 

(○○○はこういうのが好きなのか?)

(そうじゃなくて、お化け役をやらされるとこだったのよ)

(それは見てみたかったな。○○○のお化け役)

(ええ!?)

 

 

(花は咲くよ)

(え?)

(今はまだでもいつかきっと花は咲く。そうだろ?)

(うん。そうだね。いつかきっと…)

 

 

(××!)

(○○○…)

(結果的に助かったけど、捕まるかもしれなかったのよ!?)

(ゴメン。でも○○○が心配で…)

(もうっ!)

 

 

 

 

 二人がそれを聞き終えた時、月輪の輻射波動は止まっていた。ライもエレナも呆然として戦う処ではなかった。月輪とクラブがまるで互いを求めるかのように触れあった。接触回線がオープンになる。

 

 知っている。

 互いに互いを。

 敵同士殺し合う関係。

 にも関わらず知ってる。

 

 記憶の断片で互いにぼやけていた名前。

 

「カレン…?」

「…ライ?」

 

 その直後にクラブは自由落下を始めた。カレンがフロートシステムを切ったのだ。重力に引かれ、クラブは海面に叩き付けられる直前にフロートを再び起こし、離脱していった。

 

『ライ!急いでゼロを回収してくれ!間に合わ無くなる!』

 

 扇の通信を受け、ライもまた月輪を翻し艦の下へと急ぐ。自身が考えた先程の出来事から導き出された答え。都合が良すぎるだとかではなく、ライが一年間不安に怯え続けた事への回答。その答え合わせを一旦思考の隅へと追いやり、ただ友を救う為に事を為す。思わず出来たえくぼを隠しながら。

 

『白兜は既に艦に取り付いている。総督の場所に行くはずだ。そこにゼロもいる!頼む急いでくれ!』

 

 扇の司令なのかただの願い事なのかはっきりしない通信が入る前にライは艦に取り付いている。そしてランスロットが見えた。

 

「ゼロ!」

 

 その直後、文字通り宙に舞うゼロを月輪は空中で受け止め、ひとまずは潜水艦へと帰還を果たした。

 

 ライは月輪のコックピットで気絶してしまった。原因は過労。今までごっそり溜め込んでいた疲労が全て吹き出したのだ。

 

 だが、ライの寝顔は穏やかで。その寝顔の意味を知るのは残念ながら騎士団にはC.C.しかいなかった。

 

 

続く

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