R-15な異世界(仮) 作:KWNKN
※今回短め。
Side: “長女”
食材の買い物から戻ってくると、お父様が娼館のオーナーさんと、ちょうどお話をしているところでした。
娼館のオーナーさんはカウンター席に座って、お酒を片手に
「あいっ変わらず上玉揃いだな。なぁ、やっぱり一匹二匹売らないか?
かなり稼げると思うんだが。何なら一定期間
ちょっと味見してー、ちゃんと返すからさー、いいだろー?」
「……真面目に聞くが、既にどっかで飲んできているか?」
「馬鹿言え。ここが一軒目だよ。まだ酔うには早すぎらぁ」
「……そうか」
お父様は、グラスを拭く手から視線を上げません。
「毎回断っているはずだ。よくも飽きずにその話ができるな」
「飽きるぅ? 何を言ってるんだ……女は抱いてから飽きるんだよ、常識だろ」
「……話にならん」
お父様は話を切り上げたそうでしたが、娼館のオーナーさんはケラケラと笑って話しかけ続けていました。
ずっとお父様に話しかけている娼館のオーナーさん。この人は娼館のオーナーであるのと同時に、大手の商会も手掛けていて、この街ではかなり顔が利く存在です。顔役……というほどでもないですが、ある意味、この街の男性であれば頭の上がらない存在だと言えます。
でも、何事にも例外は存在します。お父様は、この街でこのオーナーと対等な立場で話せる数少ない男性の1人です。
「な? な?
抜けば棒も! 頭も! 柔らかくなるに決まっている!」
「下品な話は止めろ。他の客からクレーム来たら容赦なく叩き出すぞ」
「おう。そしたらそのクレーム付けてきた客はウチに出禁になるだけだ」
「……なんつう横暴な」
聞いた話ですが、本当に出禁になった人がいるそうです。
オーナーさんがお酒をあおって会話が途切れたところでお父様に、「買い物から帰ってきました」、と声をかけます。
オーナーさんはそれまで私の存在に気づいてなかったようです。
「おお、長女ちゃん。お父さんとちょうど君の引き抜きについ」
「してねぇ」
「て話を……せめて最後まで言わせてくれんか」
お父様に即座に否定してもらえたのが嬉しくて、少し頬がほころんでしまいます。オーナーさんに「お仕事がありますので」とお辞儀して、厨房に足を運びました。
◇
Side: “娼館のオーナー”
厨房の奥に狐耳娘の長女が引っ込んだのを確認し、俺は声を潜めて目の前の
……ありゃ絶対にお前に惚れてるぞ。何故抱かない?
「……何言ってんだ。あれは父親に向ける視線だろ」
いや、いや、いや。絶対に違うね。今の “はにかんでいる顔” とか、直視していたら経験がない男なら一発で惚れ倒していただろう。コイツ、いつもグラスを拭いていて顔を上げないからそういうのを見逃すんだろう……。
広く知られた話だが、成長した獣人種には年に1回、
この世界において、その時期以外で普段、獣人種は子供を作れないため……まぁ、あれだ。
で、この店の長女、次女……ギリギリ三女あたりは、もう
来てねーな、ありゃ。
獣人種に発情期が来ない場合、幾つか理由が考えられる。環境、個人差、発育不良、病気、薬効、エトセトラ。これらの要因に加えて、もっとも多いパターンが……本気で惚れた
忘れちゃいけないのが、獣人種じゃない
獣人種は進化の過程で、そんな人間と結ばれた際、スムーズに子孫が残せるように……脳の一部から「人間の生態に合わせるためのホルモン」を出すようになったのだとか、なんだとかって話を聞いたことがある。
獣人種は、人間にガチ目の恋をすると、短く激しい発情期を失う代わり、人間と同じように年中淡く発情期に入ったようになる……
昔のえれー学者が獣人種のそこらの生態の研究を纏めて、「つまり、受け入れ体制ができているってことか」って言葉を残したのがネタにされるくらいには知られた話なんだが……眼前のアホは「日本人」だ。そういうことも知らんのだろう。
そういう、恋をした結果「年中受け入れ体制」の獣人種の娘は……そうと分かっていれば、高く買いたがる「趣味の悪い客」もいる。
忘れたが……ネトリ? ネトラレだったか? その趣味のために軽く屋敷を立てられる金をポンと積んでいく貴族もいるとは聞いたことがあった。だが、肝心の、「人に恋をした獣人種の娘」を俺は見たことが無かったし、まぁ迷信程度に考えていたのだが……。
フラッと足を運んだ先のバーに、いるじゃねぇか! それもとびっきり上玉が!
はやる鼓動を抑え、多分、自分の手元の「金のなる木」に気がついていないアホに何度も話を持ちかけていはいるのだが……。
「悪いな。長女を引き抜かれると店が回らない。彼女だけは本当の本当に非売品だ」
アホか! そいつを売れば左団扇なんだよ!
俺の懐に6:4……いや、7:3で入れても十分店を畳んで遊んで暮らせるだろう。
いっそのこと、あまりにも勿体ないことをしているとコイツに暴露してしまいたいが……ぐっとこらえて、乗り気になるまで話しかけ続けているのが現状だ。
娼館にそもそも寄り付かないから、そっちの方から圧力を掛けるのも駄目。
商会の方から圧力をかけようとしても、外の商会のツテがあるから無駄。
営業行為を妨害しようとすると高ランクの冒険者が返しで出張ってくるから厄介。
無理矢理に従わせようとするとなぜだか上手く行かない。
いっそ、コイツが長女を抱いて、ガキができたってなら俺も諦めが付くのだが……いつまで経ってもその様子も見られない。
生殺しってやつだよなぁ……。
○
ツマミを口に運びつつ、せめて他の娘を売る気が無いか尋ねてはみる。
「300コルだ。そっからはまからねぇ」
奴隷の値段を尋ねたのに貴族のガキの値段を提示してきやがる。
要は、冗談でも売る気が無いってことだ。
まさかだが、これを本気の値段で言っているわけが無い。
程よく酔いが回ってきたのが感じられて……ムクムクと
そうだな……どうしたって、このアホが首を縦に振らないなら……獣人種の娘の一人や二人、無理矢理拐ったって……何、バレやしな…い……。
目の前のアホが、グラスを拭く手を止めた。
「酔っているのか? だけどそれ以上は変なことは考えるな」
内心を読まれたことに対する動揺で、心臓が一瞬大きく跳ね上がる。
おい、おい。何を言っているんだ? 俺はただ、ボーッとしていただけだぜ?
マジで読心術のスキルを使っている相手になら、誤魔化しにもならない誤魔化しを口にした。
……ちゃんと頭が回っていないのがわかる。こんな安い酒で酔わなきゃ良かった。
「すまん、勘違いだったか?
言われて後ろを振り返る。
「おい、今、誰か……ネトリを考えていただろ! 俺の
「おおい……そいつぁ許せねぇな、どっちの方向だ?」
「酒のせいでよくわかんねーけど……マスターのあたり、カウンター席の近くだ!」
酔った日本人冒険者どもが、俺とマスターの方を指差して大声で叫びはじめた。
俺が振り向いたときは、ちょうどボルテージが最高潮に達する瞬間。
「邪教徒だ……見つけ次第、吊るせ」
「そうだ、吊るせ!」
「「「吊るせ! 吊るせ! 吊るせ! 吊るせ! 吊るせ!」」」
マスターはグラスを拭く手を止めずに小さく呟く。
「俺は違うぞ。あと……吊るす作業は店の外でやってくれ」
「マスターからの許可が降りたぞぉ!」
いや、そこは止めろよぉ! 何火に油を注いでいるんだこの馬鹿は!
だが俺も女衒を長年やっているのだ。酔っているところで、これくらいの窮地しのげないわけがない。
深呼吸がため息に見えるよう偽装して、小さく呟く。
変な趣味だよなぁ、ったく、童貞は……。女に変な幻想を抱いているから、こじらせちまうんだろうな……。
これ見よがしに、「自分はそんなこじらせたことは考えていない」という雰囲気を作り出す。
読心スキル持ちとは言え、酔っている相手だ。魔法スキルの精度は肉体と精神の状態に大きく依存する。誤魔化せる可能性は五分五分のはず。……そうであってくれ。
「……娼館のオーナーはシロっぽいな」
……よし! 今発言したやつは良い子だ。今度俺の店に足を運ぶことがあったら少し割り引いてやるよ。まぁ、日本人冒険者は大概お預け状態なんだけどな。
結局、そのあとは近くの席に座っていた針剣使いの若造がスケープ・ゴートとなって拘束されていた。店の外に引きずり出される前にメイド達がとりなしてくれたおかげで事なきを得ていたが。
「信じてくれ……俺は本当にそんな邪なことは考えていないんだ……本当なんだ」
「信じるわ。あなたからは、嘘をついている匂いがしないもの」
「……姉さまが信じるなら、私も信じるわ」
しょげかえっている若造を、両脇から次女と……何番目の妹だったかは忘れたが、もう一匹の犬耳娘が励ましていた。
……にしても、考えるだけでもアウトなのか。本当にこの店に手出しをするのは難易度高いよなぁ。
俺はマスターに話しかける気も失せてしまって、店が終わる時間まで、1人手酌で飲み続けていた。