というのも、「其の一」とか「其の二」としていた部分を一つのページに纏めようかと。百話を越えた今、そちらの方が一々にページをめくらなくてもいいと思うので。
ご意見などあれば、順次伺います。よろしくお願いします。
一
新年を迎え、辺境の街の冒険者ギルドは一層の賑わいを見せていた。
受付嬢が乾杯の音頭を上げると、酒場スペースに集った冒険者どもが一斉に杯を上げ、
「おめでとーっ!」
と祝杯の声を上げる。
かくして貴族令嬢一党も、隅っこの円卓を囲み、仲間たちと新年の幕開けを祝っていた。
仲間というのは、なにも一党内のことだけではない。
今やすっかり町娘風の出で立ちとなった令嬢剣士もいるし、そんな彼女へあれやこれやと話しかける妖精弓手の姿もある。
「耳長娘。あまり矢継ぎ早に話しかけるなや。娘が混乱しておろうが」
右手に火酒の杯、左手に骨付きの肉を持った鉱人道士が諫める横で、
「いや、術師殿。新たな友が出来た喜びというのは、どれほど歳を重ねても変わらぬものでありましょうや」
チーズを齧った蜥蜴僧侶が、にこやかに娘たちを見守っていた。
この中に、ゴブリンスレイヤーと女神官の姿はなかった。
「あの娘なら、受付の娘に何か言われて出てったわよ。オルクボルグは、相変わらずさーっぱり」
妖精弓手曰く、そう言うことらしい。
ま、あの風変わりな冒険者が賑わいの場にいないことなど、それほど特異なことでもなし。冒険者たちは談笑しつつ、酒に料理に舌鼓を打った。
そんな席で肴となるのは、やはり貴族令嬢たちが経験した、雪山の砦における一件であろう。
「ふむ。なぁ……」
話を聞き終え、鉱人道士は火酒をぐいと呷った後で、
「いつしか助けた盗賊が、これまたいつしか戦った闇人と組んでいたとは……こいつは厄介になるやもしれぬな」
蜥蜴僧侶へと視線を向けた。
当の本人は、舌をチロチロと出し入れし、
「なぁに。あのご老人ならば、心配ありますまい」
呑気に答える。
あの後……なんとか生き延びていた闇人は、貴族令嬢たちとともに満身創痍ながら村へと降り、これまた無事に捕虜の娘たちと逃げおおせていた老爺と合流し、いずこかへと去っていった。
「勇者に伝えておけ」
闇人は、尻尾を握られ気を失っているオールラウンダーに代わり、去り際に貴族令嬢へ言伝を託してた。
「貴様はいつかきっとこの私が殺す。きっとな」
そう言って、彼は老爺に引っ張られる形となって、雪原を後にしたのである。
「それより……拙僧が気になるのは、武闘家殿たちが遭遇した奇特な小鬼のことですなぁ」
「……そうですね……」
それまで妖精弓手や剣士と談笑していた貴族令嬢が、すぐさま真剣な表情となり、
「今後、またあのようなゴブリンが出ないとも限りませんし……」
「極寒に加えて空腹の負担条件があったとはいえ、武術家殿が苦戦した相手ですしなぁ。駆け出しの……いや、上級の冒険者とて、斃すのにいくらか犠牲は払わなければなりませぬな」
するとそこへ、妖精弓手も身を乗り出してきて、
「だったら、私たちもあの……なんてったっけ? カメハメハ? を覚えればいいじゃない」
言うや、向かいの席でひたすらに飯をかっ込んでいるオールラウンダーを見た。
少年は、リスのように頬を膨らませつつ小首を傾げ、
「もまむむまみんまめめまま。もまもまめめんみんもみいままままめまめまももみめめもまっままめまめめみ」
どこの種の言葉だか分からぬ言語を発したものだから、
「なんて?」
妖精弓手が聞き返すのも当たり前のことである。
これを見て溜息を吐いた森人魔術師が、
「喋る時は口の中の物を呑み込んでからだ、と何度言わせる気だ」
行儀のなっていない子供と、それを叱る母親のようなやり取りを見せた。
これを受け、きょとんとしつつも口に含んだものを全て胃に収めたオールラウンダーは、
「そりゃ無理なんじゃねぇかなぁ。オラも亀仙人のじいちゃんからかめはめ波をおしえてもらったわけじゃねぇし」
「……カメセンニンって、あんたに修業つけてくれた、って人よね?」
「ああ」
「教えてくれなかった、って……。じゃあどうやってカメハメハ出来るようになったのよ」
「じいちゃんがやったやつ見て、マネしただけだ」
あっけらかんと言い放つオールラウンダーに、妖精弓手はがくりと膝をつく。
「あんたねぇ……。そんな簡単に真似できるなら、私たちだってやってるわよ」
ねぇ? 同意を求められ、貴族令嬢は苦く微笑んだ。
思い返すは、いつしかの水の街での戦い。
邪教の使徒が呼び寄せた
あの時彼女は、
(もしかして、もしかすると……?)
心の奥底で、淡い期待を抱いていた。……勿論、その期待は儚く散ってしまったが。
そんな苦い思い出を掘り起こした貴族令嬢の返事は、
「え、えぇ……」
なんとも歯切れの悪いものであった。
二
「で? あなたはこれからどうするの?」
顔を赤らめた妖精弓手に問われ、
「えっと……」
令嬢剣士は、戸惑ったように俯いてしまった。
「こりゃ。だからお前は少し他人との距離を置くことを……」
鉱人道士が説教にかかり、これでは同じやり取りの繰り返し。見かねた貴族令嬢が、
「まずはお仲間の御弔い……ですかね?」
助け舟を出してやると、剣士の娘はこくりと頷いた。
彼女とて、これから先の事を全く考えていなかったわけではない。ただ、良くも悪くも遠慮なしに距離を詰める妖精弓手に驚いただけの事であった。
「彼女も……故郷に送り届けなければなりませんし……」
そう言って、剣士の娘は天を……いや、酒場の天井を仰いだ。
上階。宿泊のためのスペースとなっている一室に、剣士の仲間である半森人がいる。
小鬼どもの根城で凌辱の限りを受けた彼女は、なんとか身体的な傷は癒えたのだが、心の傷の方は年が明けた今もなおさっぱり。
「故郷には戻りたくない」
とすっかりふさぎ込んでしまい、今もなお冒険者ギルドの宿泊施設を、剣士の娘と共に利用しているのであった。
「オルクなんかにやられたなんて知られたら、笑いものになる……」
のである。
「しかしながら……不謹慎ではありましょうが、それだけ体面を気にすることが出来れば、もう少しでしょうな」
蜥蜴僧侶が、剣士の憂いを悟り、にこやかに微笑む。
小鬼によって辱めを受けた娘は、そのまま食料としての末路を辿るか。はたまた運よくやってきた冒険者たちに救出されるか、だ。
しかし、命が助かったからといって、そう簡単に第二の人生を歩めるものではない。
陰惨な仕打ちを受け、仲間たちの末路を見せつけられた彼女たちは、茫然自失。虚ろな目をしたまま荷車に乗せられ、他の者の呼びかけにも、
「う……」
とか、
「あ……」
とか言うのみで、まともな返事も出来ない。
そうこうしているうちに、訳も分からないまま故郷へと送還され、そして……家に引きこもり、寂しく最期を迎えるのである。
そこをいくと、半森人はちっぽけながらも意地を張っている。
意地を張っているということは、
「気力がしっかりしている」
ということなのであった。
「仲間のお墓を作って……それから、両親ともちゃんと話し合って……」
ぽつりぽつりと剣士の娘が語る傍で、一瞬だが貴族令嬢の表情が曇る。
先に故郷に戻った時の、父親の様を思い出したからである。
「頼む。どうか家に帰って来ておくれ」
土下座までして懇願する父に、
「ごめんなさい……」
貴族令嬢はそう言って頭を下げたのみである。
(いつか……私もお父様に、ちゃんと向き合ってお話ししなければ……)
旅の仲間に、自分の冒険者としての矜持を語るのは容易い。だが、いかんせん父親には、それが出来ないでいた貴族令嬢であった。
果たして、そんな彼女の翳りに気付いたのだろう。妖精弓手が、
「ほぉら! 折角の年明けなんだから! 暗い顔しないの!」
杯を片手に、絡んできた。
妖精弓手には、貴族令嬢の胸の内など分からない。分からないが、しかし。友達が沈んでいるのを黙って見過ごせるわけもない。
そんな彼女の無作法な明るさに、しかし貴族令嬢は胸を撫でおろした。
この様子を眺めていた鉱人道士は、
「金床の察せなさも、ちったぁ役に立つってこったな」
その長耳の威力を知らぬわけでもないが、わざと聞こえるように呟いたものだが、すでに出来上がってしまった妖精弓手は、貴族令嬢と剣士の娘へ交互に何かを話しかけている。
「全く……」
苦々しく、しかし朗らかな笑みを、彼は浮かべた。
三
翌日の昼過ぎとなって、令嬢剣士は仲間の半森人を伴って、故郷への帰路についた。
辺境の街の街門で、これを見送るのは昨夜の面々……それに加え、ゴブリンスレイヤーと女神官の姿もある。
「スッチャンはきのうなにしてたんだ?」
今朝方、冒険者ギルドにやって来たゴブリンスレイヤーへオールラウンダーが問いかけると、
「見張りだ」
淡々と、彼はそう答えたものである。
「なんだ。いってくれればやったのに」
頭の後ろで腕を組んだオールラウンダーへ、
「武道家殿。時に思いやりは無粋となりましょうや」
優しく言った蜥蜴僧侶が、女神官へと向き、ぱちりと片眼を閉じた。
俄に、彼女の白い面が紅潮していく。
この両者に交わされたやり取りの意味を解せぬオールラウンダーは、
「?」
頭上に疑問符を浮かべていた。
やがて、馬車が来た。
未だためらいがちな半森人を、半ば強引に幌へと押しやった後で、令嬢剣士は友人たちにひらひらと、遠慮がちに手を振った。
これへ、ぶんぶんと遠慮なく手を振るのは妖精弓手である。
「餓鬼か」
言いつつ、鉱人道士も手を振り、その横では蜥蜴僧侶が奇妙な合掌を組んでいる。
「どうか、お元気で」
呟くそうに言ったのは、女神官……ではなく貴族令嬢だ。
どうか、無事に彼女たちが故郷へ戻れるように。
どうか、彼女が両親との仲を修繕できるように。
段々と遠くなっていく馬車を見送りつつ、貴族令嬢はそう願わずにはいられなかった。
かくして、馬車がすっかり見えなくなると、冒険者たちはそれぞれの仕事をするべく、ギルドへと足を運んでいく。
その中で、最後に残ったゴブリンスレイヤーが、仲間たちの後を追おうとするオールラウンダーを、
「ちょっといいか」
呼び止めた。
無論、少年はこれを無視するものではない。
「なに?」
足を止め、向き直ったオールラウンダーへ、
「お前たちが雪山で遭遇した、特異なゴブリンの事だ」
「あぁ……」
「詳しく話せ」
ぶっきらぼうな彼の態度に、しかしオールラウンダーは不快感を感じない。
スッチャンは良い奴だ。それがオールラウンダーの、ゴブリンスレイヤーへの評価であった。
して……。
話を聞いているうちに、ゴブリンスレイヤーの兜が徐々にではあるが下がっていくのを、オールラウンダーが気付いたものかどうか。
話を聞き終えたゴブリンスレイヤーは、
「そうか」
と呟くように言った後で、
「全く……一人では出来ないことが増えた」
この独り言を耳ざとく聞いたオールラウンダーが、
「また手伝うことがあるのか」
尋ねた。
ゴブリンスレイヤーは、じろりと兜を少年へ向けると、
「……いや」
首を振り、
「今は、な」
と付け加えた。
「そっか」
少年もまた、短く頷き、
「いつでも言えよ。手かすから」
この二人が、横に並び、同じ歩調でギルドへ向かうのは、決して意識したことではない。
ふと、少年が横手のゴブリンスレイヤーへ顔を上げた。
「そうだ。いいわすれてた」
少年が言うのへ、
「なんだ」
ゴブリンスレイヤーも足を止める。
「今年も、よろしくな」
少年の、少し遅れた新年の挨拶であった。
これを受けたゴブリンスレイヤーは、
「今年も、この世界にいるつもりか」
彼の事情を少しは知っていると見え、至極真面目にそう返したものである。
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