悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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 辺境の街には、三人の「最もたる」冒険者たちがいる。
 一人。「辺境最強」と名高い、槍使いの青年。
 一人。「辺境最高」の一党を引き連れている、大剣得物の重戦士。
 一人。白銀や金に次ぐ等級を有していながら、もっぱらゴブリンばかりを相手にする……ゆえに「辺境最優」とギルドに箔を押された、小鬼殺し。
 そして今日、この三つの「最」に並ばんとする一人の冒険者がいた。
 彼こそは、「辺境最活」。殺伐とした冒険者家業の中でも、決して子供のような無邪気さを失うことなく、熟練どころか駆け出しの冒険者ですら嫌がる「ドブさらい」や「巨大鼠退治」、果てには「畑の耕し」や「牛乳配達」に至るまでを引き受ける……その手広さから、「万能者(オールラウンダー)」と呼ばれていた。
 そんな万能者に迫る、昇級試験。
 ギルドから課せられたのは、新人冒険者の育成。
 窮地に追い込まれ、様々な試練が襲い来る中で、少年はまた一つ冒険者としての階段を上っていく。
 これは、然る冒険者たちの成長を描いた、春先の記録である。


冒険者の流儀 ~黒曜級冒険者・孫悟空~
奇妙な一党


 

 

 一

 

 

 

 辺境の街に、春が来た。

 ふわりとそよぐ暖気に中てられてか、街の人々の気もどこか緩んでいる様に思える。

 かくしてその中を、泥まみれになりながら歩いている者がいた。

 橙の袖なし道着に身を包み、背に差したるは朱色の細棒。

 

「よう。今日も朝から仕事かい」

 

 道脇で果実の店を営む男が、その少年へ声をかけた。

 少年……オールラウンダーは力こぶを作ってみせ、

 

「うん。バッチリだ」

 

 元気よく答えた。

 彼は、日課である牛乳配達とドブ掃除を終え、今しも冒険者ギルドへ仕事完了の報告をするところであった。

 報告を終えれば、ギルドの酒場で待っているであろう他の仲間と合流し、今日も今日とて《転移(ゲート)》の呪文が記された巻物を求めての冒険が始まる。

 ……いや、始まるはずであった。

 

「……?」

 

 冒険者ギルドの羽根扉を開けようとして、屋内が騒がしいことに気が付いた。

 三つの声が、やんややんやと弾き合っている。そのうちの二つは、オールラウンダーがよく知っている声であった。

 だからこそ彼は、

 

「おい。ケンカか」

 

 入るなり、いるであろう二人の声の主へと呼びかけた。故に、注目を浴びた。

 春となり、新たに冒険者生活を送ろうと受付に並ぶ者。

 依頼を託そうとギルドにやって来た者。

 冬に蓄えを消費したので、もう一山当てようと依頼をこなそうとする者。

 して、その人混みの中央で、やはりこちらを見る三人の冒険者。

 ゴブリンスレイヤーと行動を共にする女神官と、初めて依頼を請けた時に一党を組んだ女魔術師。そして、そんな彼女によく似た風貌の、眼鏡をかけた赤髪の少年魔術師。

 

「んだよ。チビ助」

 

 そして、赤髪少年がオールラウンダーへ声をかけた。

 別に、こんなことで腹を立てるオールラウンダーではない。

 

「オッス」

 

 挨拶。それは他人とのコミュニケーションを図るうえで何より重要なことだ。初対面ならなおさら。

 だが、赤髪少年はこれを挑発と受け取ったらしい。

 

「ふざけんな!」

 

 鋭い目つきの、いかにも勝気そうな風貌だが、事実その通りであるらしい。

 オールラウンダーからしてみれば、挨拶をして怒鳴られるなど、訳が分からなかった。

 

「なんだよ」

 

 唇を尖らせたオールラウンダーは、それでも赤髪少年へ喧嘩を吹っ掛けるような事はせず、列をなす受付へ向かおうとする。

 

「なんだ、お前。冒険者だったのかよ」

 

 ここへ来てオールラウンダーの首から下がった黒曜の認識票を見て、赤髪少年が笑い交じりの声をかけた。

 

「冗談だろ。お前みたいなチビでも昇級できるのかよ」

 

 明らかに挑発の籠った発言。だが、当の本人は気にも留めないし、周囲の人間もくすりくすりと笑うのみ。

 赤髪は、この笑いが道着の少年へ向けられたものだと思っていた。だが、知らないというのは恐ろしきかな。ここにいる同業者は、今春初舞台というのを除き、その実力を目にしている。

 故に彼らの笑いは、赤髪の少年へ向けられたものであった。

 それと気付かないまま、赤髪少年が勝ち誇った笑みを浮かべた時である。

 

「どうやら、役者は揃ったようだな!」

 

 凛とした声が、ギルド内に響いた。

 声の主は、麗美なる女騎士。傍らにいる重戦士は、これから始まるであろう彼女の暴走を予期し、すでに天を仰いでいる。

 彼女は、列に並んだばかりであるオールラウンダーの腕を強引に掴むや、これを赤髪少年たちのもとへと引き寄せ、一人満足気に頷いた。

 

「うむ!」

 

 そうしておいて彼女は、呆然とする四人の冒険者を順繰りに見た後で、

 

「黒曜三人に白磁一人! 良いではないか!」

 

 何が「良い」のか。それは女騎士にしか分からない。

 

「しかし……駆け出しを面倒見るにはもう少し戦力がいるなぁ……」

 

 腕を組み沈思した女騎士は、脳裏に光明差したが如く表情を明るくし、

 

「そうだ!」

 

 手を打ち、叫んだ。

 輝きを宿したその瞳が、女魔術師へと向けられる。

 

「お前の友も、黒曜の冒険者だったな」

「……え、えぇ……」

 

 赤い鉢巻がトレードマークの剣士と、彼と同郷の女武道家。丁度彼らは、宿舎裏の広場で模擬戦闘をしていたらしく、

 

「おーい。終わったぞー」

 

 などと、間の抜けた声を上げてギルドへと入って来た。

 女騎士の目が、すぐさまそちらへ向けられた。

 

「へ?」

 

 またしても、間の抜けた剣士の声であった。

 

 

 

 二

 

 

 

 事の始まりは、女神官が昇級に失敗し、それを仲間たちが慰めていたところからであった。

 姉御肌を気取って、その黄金色の髪を撫でてやる妖精弓手。

 

「銀等級の中に黒曜一人。それだけで、わしらにおんぶにだっこと思ってる奴がいるのかねぇ」

 

 納得いかぬという感じの鉱人道士。

 

「仕方ありますまい。感情を持つ限り、こういった組織の中でも見る目は様々ということでしょうや」

 

 ギルドへ不満を募らせるでもなく、かといって過度に女神官を慰めるでもなく。ただ事の成り行きを受け止めている蜥蜴僧侶。

 そして……。

 

「……」

 

 傍らで、黙然と立ち尽くすだけのゴブリンスレイヤー。

 そのうち、自分の事で思いを詰めてくれている仲間たちを見かねた女神官が、

 

「あの……そんなに気にしないでください……」

 

 気丈に笑って見せ、

 

「きっと、頑張れば……認めて認めてもらえるし……」

 

 そう言った。

 仲間たちも、当の本人がそう言うのであれば、納得するより他にない。

 漸く一同が思案を止め、では今日の依頼を請けようか……とした時だった。

 

「へっ。後衛職にかまけて、そんなおっかなびっくりしてる奴が昇級なんかできるかよ」

 

 女神官へ、悪態をつく者がいた。

 赤髪の、眼鏡をかけた少年魔術師である。

 女神官は、首を傾げた。

 

(彼女にそっくり……)

 

 果たして、その「彼女」が後からやって来た。

 

「こら! 何やってるのよ!」

 

 女神官が初めて一党を組んだうちの一人。女魔術師である。

 息せき切って二階から駆けてきた彼女は、なるほど少年魔術師と並んでみると、面影が濃い。

 

「ご兄弟、ですか……?」

 

 問うのへ、

 

「ご、ごめん……」

 

 このところは冷たい目つきそのままに、態度は幾ばくか軟化した女魔術師が、ぺこりと頭を下げた。

 黒曜の魔女は次いで、

 

「弟」

 

 簡素に述べた。

 果たして弟魔術師の抱える杖には、学院卒業の証である宝玉が埋まってはいない。学院を飛び出したか。あるいは追い出されたか。

 勝気そうな見た目と、先ほど自分に浴びせられた言葉を受け、どちらの可能性もあると見た女神官へ、

 

「だいたい神官職なんか、戦士が戦ってる後ろでカミサマにお願いしてるだけなんだろ?」

 

 これを受け、珍しく女神官が怒気を露わにした。

 

「そっ、そんなこと、ありません!」

 

 しかし、少年はそれに臆することなく、

 

「どーだか」

 

 と肩をすくめてみせる。

 この時。ギルド内の冒険者たち……殊に彼の言う「後ろでカミサマにお願いしてるだけ」の連中の視線が集まっていることに、彼は気付かなかった。

 しかし、姉の方はすぐさま気付いた。

 気付くや否や、

 

「あんた、いい加減にしなさいよ……!」

 

 少年の口を塞ごうとする。

 

「なんだよ! 姉ちゃんも姉ちゃんだ! あんだけ才能あるのに、どうしていつまでもゴブリンとか鼠ばっか相手してるんだよ!」

 

 少年の怒号の中に、侮蔑と憧れとが入り混じったものがあった。

 これを受けた女魔術師は、「うっ」と呻き、黙りこくってしまう。

 ギルドの羽根扉が開かれ、オールラウンダーが顔を出したのは、丁度その時であった。

 

 

 

 三

 

 

 

「んで。こうして六名の一党が出来上がった、と」

 

 美丈夫たる槍使いの言葉である。

 ギルド内酒場の区画の端っこ。三つの円卓を占領し、話し合っている冒険者たち。役職や種族、属する一党も様々な彼らは、しかし一つの目標の下に集まっていた。

 それはすなわち、女神官昇級のため。そして、白磁の駆け出しである少年魔術師を納得させるために、女騎士が半ば強引に発足させた冒険者一党についてを話し合うためである。

 

「とりま、そんなにゴブリン退治がしたいってんなら、させてみればいいじゃねぇか」

 

 槍使いは、エールをあおりながら提案した。

 

「神官ちゃんの頭目っぷりも確かめなきゃいけねぇんだろ? だったら、てめぇと一年やってきたことをさせればいい」

 

 次いで彼は、円卓の席にどかりと座ったゴブリンスレイヤーを見た。

 彼は、

 

「む」

 

 短く答え、兜を傾けた。

 

「じゃあ、私たちは手を出さないってこと?」

 

 妖精弓手が、つまらなそうに……というのではなく、心底心配そうに、別の円卓で夕餉にありつきながら、やはり今後どうするかを話し合っている六名の冒険者たちへと視線を向ける。

 黒曜五名と、白磁一名の一党。それが、ゴブリンどもの巣穴へ飛び込んで行く。よくある話だ。……そうした者どもの大半は、見くびっていたゴブリンどもによって悲惨な末路を遂げることも。

 別に、女神官を頼りなく思っているわけではない。

 彼女に付き添う、剣士と武道家と魔術師の三人組が、一年前とは比べ物にならないほど経験を積んでいることも知っている。

 そしてなにより。彼女はオールラウンダーの実力を知っている。

 だが……。

 

「いくら強くても、皆を守りながら、ってなれば話は別よ」

 

 相手はゴブリン。数が取り柄の怪物。故に一体一体は大したことはないが、津波のように押し寄せられれば、いかなオールラウンダーといえ、その処理にはてこずる。その隙をつき、他の仲間がやられることにでもなれば……。

 一党の内で一人二人の犠牲は、冒険にはつきものだ。しかし、

 

「やるからには、みんな無事に生還しなくっちゃ」

 

 なのである。

 

「気持ちは分からんでもないがな」

 

 果たして横槍を入れたのは、重戦士である。

 彼は、すでに泥酔し、己の肩にもたれかかっている女騎士を無下にも出来ず困りながらも、

 

「ギルドの職員へ本気を示したいってなら、いつかはやらなきゃいけねぇことだ。これが最後と見守っちまえば、それが癖になっちまうこともある」

 

 きっぱりと言い放った。

 妖精弓手は味方を求め、視線を彷徨わせる。

 しかし、鉱人道士は酒に肉にと夢中であるし、蜥蜴僧侶はチーズを齧りつつ、

 

「拙僧も、戦士殿に賛同ですな。ここは心を鬼……いや、竜にしてかからねばなりますまい」

 

 柔和な笑みを浮かべて、そう言ったものである。

 いよいよ味方がいなくなった。

 

「うぅ……」

 

 呻くしかない妖精弓手へ、

 

「お前の完敗だ、耳長娘。観念しろい」

 

 焼き串を頬張った鉱人道士が、けらけらと笑いながら肩を叩いた。

 さて、その一方。

 女神官をはじめとした、等級で言えば駆け出しの六人は、一人を除いて葡萄酒を舐めつつ、明日の事について話し合っていた。

 

「昼間、受付の人からいくつか依頼書を貰ったのですが……そのうちの一つで、これなんかはどうでしょうか?」

 

 そう言って彼女が円卓の上に置いたのは、さるゴブリン退治の依頼書だった。

 場所は、この辺境の街から歩いて半日ほどしたところにある、近く冒険者のための訓練場が設けられる地点。

 依頼主は、その建設を請け負う大工職業組合(ギルド)の頭であった。

 依頼は、こうだ。

 このところ、建設現場にて大工の道具がゴブリンに盗まれる被害が多発している。

 盗まれた大工の一人が、激怒して小鬼を追いかけ、奴らの巣穴が建設現場より少し北に行った所にある、陵墓であることが判明した。

 今はまだ道具だけだが、これが人足にまで被害が及ぶと厄介だ。

 これを憂慮した頭は、すでに一度、黒曜と白磁の混成一党に依頼を託したのだが、これがいつまで経っても戻ってこないらしい。

 

「ゴブリンの殲滅と、それから……」

 

 少しばかり戸惑ったように言葉を切らせた女神官に続いて、

 

「その、先行した冒険者たちの救出だな」

 

 赤髪少年が、胸を張って応えた。

 これに、女神官はもとより、剣士一党も黙って俯いてしまう。

 

(恐らく、先行の冒険者たちは生きていまい)

 

 これが共通認識であった。その結論に至るまでに、彼らは経験を積んでいたのだ。

 よしんば命があったとして、それは一党の中の女性。それでも、傷一つないというのはあり得まい。

 女神官は、おずおずと後方の円卓を見た。

 子供を見守る大人たちの中の、貴族令嬢と目が合った。

 彼女は優しい笑みと共にこちらへ手を振ってくれている。

 そんな令嬢の項に、痛々しい焼き印があることを女神官は知っていた。

 数か月前。雪山でゴブリンどもに捕らえられた貴族令嬢は、仲間である只人僧侶と共に根城へと引き込まれ、そして件の焼き印を刻まれたらしい。

 運がいいことに、彼女たちは「それだけ」で済んだのだ。

 

(そう。運がいいだけ……)

 

 女神官が、膝の上に置いた拳を強く握りしめた。

 

「で? 手はずはどうする?」

 

 かくして、奇妙な沈黙を破ったのは女武道家であった。

 彼女は、オールラウンダーばかりが手を付けていた腸詰料理へ手を伸ばしつつ、女神官へ作戦を訊く。

 これで我に返った彼女は、

 

「あっ……そうですね」

 

 おどおどとしながらも、

 

「まずは……依頼主である頭目さんにお会いしましょう。それで詳しいことを聞いて、巣に潜入するのはそれから……」

「話聞いてどうすんだよ? 内容は依頼書に書いてあるだろ?」

 

 鋭い目つきを向ける少年魔術師に、女神官はたじろぎそうになる。彼女は少年へ、初めて会った時の女魔術師のような……とっつき辛さを感じていた。

 無論、今の女神官は女魔術師と良好な関係を築いている。……いるはずだ。

 かくして、戸惑う女神官の代わりに応えたのは、

 

「馬鹿ね。紙に書いてあることが全てじゃないわ。その陵墓って奴の規模がどれくらいなのかとか、見張り役がいるかいないかとか……直に依頼者に会ってみないと分からないことはたくさんあるわ」

 

 女魔術師である。

 彼女は、横に座った女神官の膝を、軽く二回たたいた。

 

(落ち着いて)

 

 彼女なりの思いやりである。

 これに少しばかり勇気をもらった女神官は、

 

「明日の朝いちばんにここを出発して、現地に向かいましょう。水薬の購入も、忘れずに……!」

 

 各々へ、そう呼びかけた。

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