一
小さな冒険者一党が、冒険者訓練場の建設現場へと辿り着いたのは、その日の昼を少し過ぎた頃であった。
一面野原の一郭に、丸太を組んだ建設物……になる予定のものや、白砂を敷き詰めた……恐らくは運動場と思わしき空間も出来ている。
果たしてその区画の端っこに張られた天幕に、大工
彼は冒険者たちを天幕へ招くや、
「ま、飲めや」
そう言って、彼らに冷えた葡萄酒を振舞った。
春先の暖気を含む道中を、半日もかけて歩いてきた冒険者たちにとって、乾いた喉を潤すのにこれほど適したものもあるまい。
「うめぇ!」
一気に杯を干したオールラウンダーが叫ぶのをにんまりと見つつ、
「さて……」
一党を凝視した鉱人の人足長は、やがて女神官に目星を付けたらしく、
「ここからは仕事の話だが……」
彼女に視線を向け、話を切り出した。
女神官もまた、真剣な面持ちで、鉱人と視線を合わせるために身を屈める。
一党の最後尾では、両腕を頭の後ろで組んだ少年魔術師が、退屈そうに欠伸をかみ殺していた。
人足長が話した内容は、大方依頼書で確認したものと同じだった。
(ほら見ろ。時間の無駄だ)
そう言わんばかりの少年魔術師であったが、さてここからが一党の頭目の腕の見せ所。
女神官は、
「その……お墓の入り口には、何か特徴を示すものはありませんでした?」
とか、
「先にお墓へ向かった冒険者たちの内訳は?」
とか、
「余っているのがあればでいいのですが……水薬を。それから……できればお医者様を待たせておいてくださると、助かります」
など、てきぱきと訊き、頼んだものである。
「へぇ……」
舌を巻く女武闘家の後ろで、やはり少年魔術師は面白くなさそうに、手にした杖で地面を突いたり、掘ったりしていた。
やがて、訊くことも尽くし、人足長から人数分の水薬を貨幣と交換した一党は、早速にゴブリンどもの塒へと向かう。
建設現場を北へ向かって少しのところ。小高い丘と同化するようにして、その陵墓は口を広げていた。
一党は、充分に距離を取った所から、陵墓全体の様子を確かめている。
「どれ……」
視力に自信のある女武闘家が、目を凝らして陵墓の入り口を見た。
「入り口の広さ的には、三人並んでいけそうだよ」
おおよその幅を読み取った彼女の言葉へ、女神官はこっくりと頷き、
「では、二人並びを三列でいきましょう」
迷いなく言った。
「……? 三人並びじゃないのかよ?」
少年魔術師が首を傾げるのへ、
「飽くまで三人並べるってだけのことよ。もしも挟み撃ちにあった時、幅に余裕のある隊列の方が替えが利くでしょ」
女魔術師が、かみ砕いて教えてやる。
どうにも実の姉には頭が上がらないようで、少年魔術師はバツが悪そうに俯いてしまった。
「じゃあ、列の順番はどうする? 俺かゴクウ……どっちかが先頭と最後尾にいた方がいいよな?」
赤い鉢巻に代わり、多少傷のある鉢金を巻いた剣士が提案するのへ、またしても女神官は頷く。
かくして彼女が提案した隊列は、以下のようなものであった。
まず先頭。これはオールラウンダーと女武闘家。
次いで中列が、女神官と少年魔術師。
そして最後尾を、剣士と女魔術師が続く。
前方からの襲撃があれば隊列はそのままだが、後方からの奇襲を受けた時は、女魔術師とオールラウンダーが入れ替わる手はずだ。
「これで、大丈夫……」
のはず。でかかったその言葉を、女神官はなんとか飲み込んだ。
冒険に確実性はないとしても、曖昧を思わせる言葉は、仲間に不安を抱かせるからである。
不確定な言葉をなんとか心内で消化した彼女は、順繰りに一党を見つめ、
「では、皆さん。次に装備の確認を」
これを合図に、各々は武器、防具、道具一式の確認をする。
女武闘家は、二度、三度と虚空に正拳を付き、技のキレを見る。
剣士は、鞘から長剣を引き抜き、異常が無いかを確認する。
女魔術師は、ザクロ石の杖を振るって頷き、女神官は神官衣の下に着こんだ鎖帷子の調子や、雑嚢に入った「冒険者ツール」が揃っていることを今一度確認していた。
この中で、オールラウンダーと少年魔術師だけは、衣服と武器の目視だけで点検を済ませている。
「それじゃあ、最後に」
皆が点検を終えるのを認めた女神官が、雑嚢から香袋を取り出した。
女性陣が、
「げぇ……」
苦い顔をしながらも、続いて同じように香袋を取り出す。
剣士もまた同じで、隣にいたオールラウンダーは、
「オラはいいだろ? ドブ掃除してきたし」
自身の匂いをすんすんと嗅ぎながら、そんなことを言うものだ。
「なんの話だよ?」
自分だけ訳の分からぬままに話が進むことほど、不安を駆られるものはない。
一人戸惑う少年魔術師へ、
「臭い消し。しませんと」
にこやかに。飽くまでもにこやかに、女神官が詰め寄った。
二
「うん。大丈夫みたい」
扉に耳を寄せた女武闘家が、一党の仲間へ振り返り、こくりと頷く。
常日頃から、体の動きだけでなく勘働きも鍛えている彼女は、今やこうして迷宮に潜む罠の感知役をも担っていた。
「では、いきましょう」
女神官が、そう言ってオールラウンダーを見る。
「よし」
扉を開けるは、彼の役目だ。女武闘家の技量を信頼していないわけではないが、万が一を考えることは悪いことではない。事実、女武闘家に不満は無いし、
(私の見落としで一党が全滅する方が嫌だもん)
なのである。
万が一にも扉に罠が仕掛けられていたとして、それを受けるのがオールラウンダーであるとすれば、危険は皆無といっていいだろう。
盾役ではない。そもそもこの盾には、傷がつく気配すらないのだから。
「ORAGU!?」
「GYAGAGYA!」
して、サイコロの如き整った四方の玄室にいたのは、五匹のゴブリン。
彼らは突如侵入してきた冒険者たちに驚き、しかしすぐさま卑下た笑みを浮かべた。
なんと幸運か! メスが三匹もいる! どいつもこいつも小さくてすぐに壊れてしまいそうだが、むしろ好都合。自分たちの縄張りに無断で侵入してきたのだ。到底許せるものではない。オスは、食っても不味そうだから殺してしまおう。それを見ると、メスが途端に大人しくなるからだ。
勝利を確信し、宴の妄想膨らませる一匹へ、何かが瞬時に間を詰めた。オールラウンダーである。
「えっ……?」
ゴブリンばかりでなく、少年魔術師も目を丸くしていた。先ほどまで傍らにいた少年が、《
しかし、剣士はしっかりと隊列の前にきて長剣を構えているし、女武闘家は今さっき入って来た扉の向こうを見つめ、後方からの奇襲に備えている。
女魔術師はいつでも呪文が放てるように杖を構え、女神官も、錫杖を引き寄せて戦士の戦いを見守っていた。
言って、女神官もオールラウンダーが本格的に戦う姿を見るのは初めてであった。
最初に一党を組んで冒険した時は、ゴブリンどもの奇襲が続いて、碌に視界に入る情報が整理できていなかったからだ。
その後も、牧場を守る戦いや水の街で共にゴブリン退治を請け負った機会はあったが、同じ戦場に立つことはなかったのである。
だが、彼女の驚きは少年魔術師ほどではなかった。
驚けば、それだけ隙が生まれる。その隙に乗じて、ゴブリンから思わぬ奇襲を受けかねない。
(ゴブリンスレイヤーさんだったら、きっとそう思うはず……)
随分と自分が、あの風変わりな冒険者に毒されていることを自覚し、女神官は苦笑を漏らした。
そうしているうちに、瞬く間に五匹のゴブリンたちは白亜の石壁に叩きつけられ、絶命してしまった。
「ほら。いつまで驚いてるの」
姉に背中を押され、少年魔術師は我に返る。
見てみると、彼女や剣士たちは、斃れたゴブリンから石斧や短剣を回収し、これを大きめの巾着へと入れていた。
「……なにやってんの?」
弟の呑気な質問に、
「あいつらが、死んだ仲間の武器を使わないとも限らないでしょ?」
姉が、深い溜息を吐きながら答える。
その一方で、女神官と女武闘家は地図を広げてみせ、
「次はどっちに進む?」
「えぇと……」
と、進むべき道を吟味していた。
ただ一人。手持無沙汰のオールラウンダーは、ぐるりと玄室を一周し、
「おい、あれ」
仲間へ呼びかけた。
そうして彼が指さしたのは、室内左手の、まだ手を付けていない扉。それが微かに開いており、そこから白い腕が突き出しているのだ。
「捕まった人だ!」
そう言って駆けだしたのが、少年魔術師であった。
他の者たちが、静止の言葉をかけるより早く、彼は扉を開け、向こうで倒れているはずの捕虜の安否を確認しようとし……。
「……え?」
短く呟いた。
そこにあったのは、腕のみ。
扉にはもたれかかるようにして、ズタボロになった只人の娘の全裸死体があり、これが開いた拍子に少年魔術師へと倒れ掛からんとする。
「わっ……!」
赤髪少年が情けない声を上げたのは、死体を見たショックからというだけではなかった。娘の死体に、なにやらドロリとして黒々と艶を放つ粘液が塗りたくられていたからだ。
刹那。
「あぶねぇっ!」
電光石火の速さで迫ったオールラウンダーが、少年魔術師を突き飛ばした。
死体が、オールラウンダーに倒れ込む。
「うわっ!」
玄室に、オールラウンダーの悲鳴が響いた。
彼は骸を跳ね除け、両目をきつく閉じ、
「ぎゃっ……!」
と、静かながらに叫んでいる。
「毒!」
叫んだのは剣士であった。
「目から入ったんだ!」
いかに彼が体を鍛えているからと言え、目に直接毒液を浴びせられ、無事でいられるわけがない。
「ソンさん!」
堪りかねた女神官が叫んで、「はっ」とした。
声響く玄室で、叫び声を上げたらどうなるか。
その答えはすぐに返って来た。
一つか二つ部屋を離れたところから、悲鳴が上がった。
只人の、女の悲鳴である。
化け物に遭遇した時の、ある種可愛らしいものではない。直接自身に外傷が与えられた時の、響の中に濁りのある声なのである。
それと同時に、反対側の扉からゴブリンどもの鳴き声もした。群れが押し寄せてくる合図だ。
女神官は、自分が取り返しのつかないことをしたと自覚し、顔面蒼白となった。
果たしてそれは、少年魔術師も同じであった。しかし、重みは女神官のものと比べられるものではない。
(俺が……焦ったから……)
一党の中で、唯一経験が浅く、故に仲間たちの動きについていけず。しかし冒険者となった自尊心がそれを許すわけもなく。
(何か、俺にもできることを……)
と焦ったが故の過ちであった。
「ご、ごめ……」
誰に向けてのものか。謝罪の言葉を紡ごうとするのへ、
「お……おめえたちは、さっきの悲鳴あげたねえちゃんのとこへ……」
力なく呟いたオールラウンダーが、よろよろと起き上がった。
「ソ、ソンさん……」
女神官が支えようとするのへ、
「なぁ……。どうせバレちまったんだ。もう、大きな音だしてもいいよな?」
目を閉じたままのオールラウンダーが、無理をして作った笑顔を女神官に向けた。
向けて彼は、迫りくるゴブリンたちの鳴き声のする方へと向く。黒々とした玄室の扉が、どんどんと向こう側から叩かれ始めた。
「はやくしねぇと、あいつらくるぞ!」
珍しく怒号を飛ばしたオールラウンダーに、一同は驚きつつも体を動かす。
「
女武闘家が強引に女神官の腕を掴み、毒液に塗れた骸が出てきた扉の向こうへと走り去る。それに少し遅れ、
「ゴクウ! すぐ来るからな!」
剣士が、女魔術師へこくりと頷き、後に続く。
女魔術師は剣士に頷き返し、
「あんたもさっさと行って!」
半ば突き飛ばすようにして、弟に剣士たちの後を追わせた。
「おめぇ……」
視覚を奪われたオールラウンダーが、しかし嗅覚で女魔術師の位置を特定し、
「のこってくれるんか」
「流石のソンも、目が見えないんじゃ不便でしょ。サポート位するわよ。……私じゃ頼りないかもしれないけど」
「んなことねぇさ」
今度は無理してではなく、自然と笑った後で、
「…よし。いっちょうかましてみっか!」
いよいよ打ち破られた扉から溢れ出したゴブリンどもの気配を察知し、呟いた。
三
そこは、先の骸の罠から二つほど玄室を過ぎたところであった。
例によって整った四方をしたその室内には、むせかえるほどの臭気が漂っている。
排泄物の類ではない。血と、吐しゃ物によるものだ。
果たしてそれらの主は……。
「……あっ……あっ……」
室内の中央にいた。
椅子に座らされ、手足を針金で縛りつけられたその女性は、
彼女の手から、血が滴り落ちていた。
その、床に出来た血の溜まりに浮かぶ、白い十本の……。
「う、うわあああああっ!」
そして、そんな侍祭の傍にいたゴブリンが鋸のようなものを手にしたのを見て、少年魔術師が悲鳴のような声を上げた。
「い、いけません……!」
女神官の言葉も、恐怖と正義感と先の失態の後ろめたさにいっぱいいっぱいとなった少年魔術師には届かない。
彼は杖をゴブリンへと杖先を向け、
「《
尾を引く火球を放った。
一日に一度。これが彼の、今日最後の呪文発動である。
これに直撃し、頭部を爆散させたゴブリンがどさりとその場に倒れた。
(助けないと……!)
まるで先の失態の贖罪をするかのように、少年魔術師が駆けだした時。椅子に縛り付けられていた侍祭が、力なく首を振った……ように女神官には見えた。
「こちらに来るな」
ということか。いや、彼女には何か見えている……?
そこまで考えを巡らせたところで、背後に不穏な気配を感じた女神官は、
「逃げてください!」
叫んだ。
女武闘家と剣士も、やはり邪な気配を察知し、右と左に分かれて跳ぶ。
果たして、先ほどまで彼らが立っていた場所に、白亜の石床を叩き割る棍棒の一撃が振り下ろされた。
侍祭のすぐ傍まで来ていた少年魔術師が、足を止めて後方を見た。
見て、戦慄した。
いつの間に入り口に立ったのだろうか。そこには、浮腫み上がり、灰色の肌をした巨体の化け物。
馬鹿のように笑い、涎を垂らし、しかし手には、釘がびっしりと打ち付けられた棍棒を握っている。殺意は明らかだ。
「さっきの群れは囮か!」
剣士が、舌を打って怒鳴った。
それと同時に、彼へ顔を向けた化け物……
と、そこへ。
「このっ!」
跳びあがった女武闘家が、トロルの締まらない馬鹿笑い面へ蹴りを打ち込んだのである。
首の曲がったトロルが、しかし強引に顔の向きを戻そうとしているうちに、
「二人で協力して、あの女の人を!」
剣士へ声をかけた。
「分かった!」
そこは同郷の出の強みか。打てば響くように返答した剣士が、
「おい! 椅子ごとこの女の人を運ぶぞ!」
言うが早いか、椅子の左下側に手をかけた。
遅れて、
「お、おう……」
少年魔術師も右手の下側に手を入れ、
『せえぇの!』
掛声と共に、椅子ごと侍祭を持ち上げた。
しかし、入り口近くはトロルが占領している。
万事休すか。思われた時、
「みなさん! 目を瞑ってください!」
錫杖を掲げた女神官が、叫んだ。
剣士と女武闘家が、何かを察してきつく目を閉じる。
それに倣った少年魔術師も、訳が分からないながらも目を閉じた。
「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》!」
天におわす神への、奇跡の懇願。かくしてそれは無事に届いたらしく、女神官の手にする錫杖の先から、眩い光があふれた。
「!?」
薄暗い室内に慣れていたためか。トロルは目を焼かれ、棍棒も振り落として顔を覆う。
「今のうちに!」
女神官の合図を契機に、冒険者たちは一室を飛び出した。
「とにかくソンさんたちと合流を!」
光源を放つ女神官が先行し、その次に椅子を抱えた男二人。そして最後に女武闘家が駆ける。
戦いの音が、近くなった。
背後から、どしどしとこちらへ向かって来る足音も。
四
視覚を封じられても、ある程度オールラウンダーは戦えていた。
彼には他に鋭い嗅覚もあることだし、何より雪崩のように押し寄せるゴブリンどもは、適当に腕を振るっていても、必ず誰かに当たるものだからだ。
「あともうちょっと……」
学院卒業の証もなんのその。ゴブリンどもの穢れた血に塗れた杖を振るい、女魔術師は荒い息を上げる。
……と。
こちらへどたどたと駆けてくる複数の足を音を、二人は聴いた。
「あいつら、こっちにくるぞ!」
「どうやら、悲鳴あげてた人を救出したみたいね」
そうしているうちに、女神官たちが玄室に戻って来た。
男どもが抱える椅子を見て、ゴブリンどもは一層怒りの色を強くする。
あいつら、俺たちの孕み袋を奪いやがった!
殺せ! 奪い返せ! そして、犯せ!
ゴブリンたちの士気が上昇するのを感じ、
「疲れてるとこ悪いけど、こっち手伝ってくれる?」
女魔術師は声をかける中で、気が付いた。
他にもう一つ。この玄室を目掛けて駆けてくる一つの足音があるのを。それは、ゴブリンどもはもとより只人である女神官たちのものと比べても、ずっしりと重みを感じさせるものだ。
「……?」
迫る一匹のゴブリンを杖で殴り飛ばした女魔術師は、ちらと後方の扉を見た。
今しがた女神官たちが出てきたそこから、今度は灰色の表皮をした、醜悪で巨大な化け物が出てきた。
「なっ……!?」
驚き、手の止まってしまった女魔術師へ、ゴブリンどもが一斉に詰め寄る。
そこへ、
「ていっ!」
すでに如意棒を背中から引き抜いていたオールラウンダーが、これを「伸びろ」の号令に伴って伸ばし、一網打尽に払い除けた。
「おい! なんかもう一匹ふえたぞ!」
「ごめん! 俺たちが連れてきた!」
謝罪と同時に、先の巾着から石斧を取り出した剣士が、これでゴブリンの一匹の頭蓋を砕いた。
残るは、十一匹匹。
「ゴクウ! 後ろにでっかい化け物がいる! そいつをやってくれ!」
「わかった!」
それまでゴブリンどもに対峙していたオールラウンダーが、踵を返してトロルに体を向けた。
「あなたは、ここで休んでて」
奇跡の懇願をしながら全力疾走をし、大幅に体力を削ってしまった女神官へ、女武闘家は労いの声をかけると同時に、剣士たちの加勢に向かった。
壁にもたれかかり、肩で息をしながら、女神官は雑嚢から強壮の水薬の入った小瓶を取り出し、これを一気に呷った。
空になった瓶を乱暴に捨て、やはりまだ粗い呼吸のまま戦闘に参加しようとする女神官へ、
「お、おい!」
さすがに少年魔術師が、止めに入った。
最早彼は、女神官へ軽蔑の感情を抱いてはいない。
(何が、後ろに控えてカミサマにお願いしてるだけ、だよ)
トロルの視界を塞ぎ、退路を作ったのは誰だ。
精神力をすり減らし、まして体力もごっそりと削ってまで光源を確保してくれたのは誰か。
そして、
「大丈夫、です……」
気丈に笑みを作り、自分から戦場に向かおうとしてるのは誰だ。
対して自分はどうだ。 実力に伴わない正義感からつまらない罠を発動させ、一党の危機を招いた。 その巻き返しにとさらに暴走を繰り返し、一日一度の呪文を、どうでもいいタイミングで使った。そのザマがこれだ。
(それに……)
彼は、トロルと対峙するオールラウンダーを見た。
チビだから、昇級ができないって?
彼は、毒で目をやられてなお、今までゴブリンたちと奮闘していたばかりか、これからトロルと一戦交えようとしているではないか。
まして、彼の目がそうなったのは、自分の軽はずみな正義感が原因なのである。
「あれだけ偉そうな態度しといて……」
少年魔導士がそう呟いて俯いたのを、女神官は静かに見つめた。
「なんだよ。やっぱり俺が一番……間抜けでよわっちぃんじゃねぇか……」
そんな彼の肩を、女神官が優しく叩いた。
恐る恐る顔を上げる少年へ、
「あの人を、安心させてあげてください……」
椅子に縛り付けられた侍祭を、女神官は指した。
虚ろな目を向けた彼女は、ゴブリンの群れとトロルを見て、かたかたと身を震わせている。
「お願いします……」
頭を下げる女神官を見て、
「……わ、わかった」
素直に頷いた彼は、侍祭へ駆け寄ると、
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
部屋に響き渡る戦いの音に、自分こそが一番震えているのを隠して、侍祭へ声をかけた。
ゴブリンどもの数は、連携の取れた三人の冒険者たちによって瞬く間に減っていき、遂に最後の一匹を剣士が斬り捨てた。
一方でトロルは、対峙した「チビ」が目の見えないことを悟り……いや、元からかもしれないが、にたりにたりと笑みを浮かべ、棍棒を振り上げた。
これへ、
「ソンさん! 敵が棍棒を振り上げました!」
女神官が、大きく声を出す。
「わかった!」
返事をするや、オールラウンダーは瞬時にトロルの腹部へ迫り、これへ思い切り拳を突き入れた。
思わぬ一撃に、トロルは陵墓の廊下の壁へと吹き飛ばされ、くらくらとその禿頭を回す。
そこへ、
「か……め……は……め……波ッ!」
戦いの終わりを告げる、オールラウンダーの気合声が響いた。
土日休日の更新時間帯について
-
朝(七時)だと嬉しい
-
正午だと嬉しい
-
夜(十九時)だと嬉しい