悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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先生の名は「ソンゴクウ」 其の三

 鉱人道士(ドワーフ)より試練を課せられて三日目。未だオールラウンダーは《かめはめ波》の仕組みを他人に説明するには至っていない。しかし、思わぬ収穫はあった。

 朝から夕までひっきりなしに《かめはめ波》を撃ち続けているものだから、体内を巡り流れる気力とも言おうか、その容量が少しばかり増えたのを実感したのである。

 

 

「これなら(リキ)満々のかめはめ波も、あと一回くらいはできるな」

 

 

 四方世界において、魔術や奇跡の類が()()()()使用できることほど心強いものはない。オールラウンダーが扱う《かめはめ波》なら尚更だ。

 

 

「だけど、これじゃダメなんだよなぁ……」

 

 

 自分が今すべきことは、《かめはめ波》を肌で感じ、誰かに教えられるまでに言語化出来るようにすること。自分だけが強くなったのでは、今回の目標には到達できないのだ。

 

 

「まいったな……」

 

 

 腕を組み、さすがに弱音を吐いたところで、オールラウンダーはこちらへ近づいてくる微かな足音を耳にした。

 未だ目の見えない彼が周囲の情報を確認する術は、聴覚と嗅覚のみである。

 やがて、足音の後に()()()()()を感じた彼は、

 

 

「スッチャンか?」

 

 

 足音のする方へと体を向けた。

 足音の正体。《スッチャン》ことゴブリンスレイヤーは、僅かにその足を止めたようであったが、また何でもない風に歩き始めつつ、

 

 

「目が治ったのか?」

 

 

 彼にしては珍しく、オールラウンダーを気遣うような言葉をかけた。

 

 

「そんなんじゃねぇけどさ。スッチャンはヘンテコだけどいいニオイがするから」

 

「いいニオイ?」

 

「あのゴブリンってバケモンとにてるんだけど……でもいいニオイなんだ」

 

「……ふむ」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは顔をこくんと落とし、「改良の余地があるか」と独り言ちたあとで再びオールラウンダーを見た。

 

 

「ここに来てから随分と派手なことをしているが……それは何の特訓だ」

 

「かめはめ波をさ。ほかのやつに教えようと思って」

 

「カメハメハ……。ゴブリンどもが使えるようになったという術のことか」

 

「あのバケモンたちがみんなできるかはわかんねぇけど……」

 

「……一匹でも使えるなら、それは全員が使えると思った方がいい。奴らが何かを学ぶ速度は、時として俺たちの先を行く」

 

「ふぅん……」

 

 

 そこで一旦は区切られてしまった話を、ゴブリンスレイヤーが再び切り出す。

 

 

「詳しく話せ」

 

 

 しかしその突拍子もない切り出し方に、オールラウンダーは首を傾げた。

 

 

「なにを?」

 

「発生の際の特徴。体の動かし方。その他なんでもいい。術に関することを逐一詳しく話せ」

 

「スッチャンもかめはめ波をやりてぇのか?」

 

「いや……」

 

 

 ゴブリンスレイヤーは一度空を仰ぎ、

 

 

「俺には向いていないだろう。だが、術の本質を知っておけば、奴らが放とうとした時の対策もとれる。手札は多いに越したことはない」

 

「ふぅん……。そっか」

 

 

 オールラウンダーは頷き、しかし、

 

 

「でも、今すぐにはできねぇとおもう。オラ、だれかにおしえるのヘタクソみてぇだから」

 

「構わん」

 

 

 ゴブリンスレイヤーはその場にどっしりと胡坐をかき、

 

 

「動作一つ一つを俺が見て、聞きたいことを聞く。お前は思ったことを言葉にするだけでいい」

 

「……そんなんで大丈夫か?」

 

「お前がよっぽどに口下手でなかったらな」

 

 

 こうしてオールラウンダーの修行は再開された。しかしそれは少年にとっては今まで以上にじれったく、しんどいものとなった。

 彼はいつものように《かめはめ波》を撃つべく、最初に、

 

 

「か……」

 

 

 掛け声とともに両手を伸ばし、前方で合わせる。この時、

 

 

「声は出さないといけないのか」

 

 

 とか、

 

 

「両手を合わせないと出せないのか」

 

 

 とか、横からゴブリンスレイヤーが確認してくるのだ。

 その度に集中を切らせてしまいながらも、

 

 

「声はべつに……そっちのが(リキ)が入るし……」

 

 

 とか、

 

 

「亀仙人のじっちゃんはこうやってやってたからなぁ……。口とか足からもできるんじゃねぇか?」

 

 

 とか、オールラウンダーは律儀に返答していく。

 そうして次の段階へ行こうとすると、

 

 

「リキ……とはなんだ?」

 

 

 またしても質問が飛んでくるのだ。

 

 

「なんだ、って……。ほら、こう……体に力入れた時にさ……」

 

「そうした時に生じるのは、筋肉の強張りだけだ」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

「それ以外に別の(ちから)が生じるということか」

 

「うん。なんだろうな。ハラからわいてくるみたいな感じだ」

 

「腹から……」

 

 

 そういってゴブリンスレイヤーは顔を落とす。まるで己の腹部を確認しているかのようだ。

 これにて質問が終わったと思い、次こそはと《かめはめ波》の準備に取り掛かると、

 

 

「そのリキとやらが《カメハメハ》を放てるようになるまで溜まるには、どれだけかかる?」

 

 

 またしても質問。さすがに呆れたオールラウンダーが、

 

 

「スッチャンさぁ。そんなにいちいち聞かれたら、かめはめ波うつのに日が暮れちゃうよ」

 

「こうでもしないと、お前は説明できそうにないからな」

 

「……へ?」

 

「お前は術を放てるが、今まで感覚的にそれをやってきたから上手く言葉にはできない。こちらはそもそも何をどうしていいのか、お前に何を聞けばいいのか分からない」

 

「うん」

 

「だからこうして、動作一つ一つに感じた些細な疑問をお前にぶつける。それが手掛かりになる時があるからな。現にこうして、俺はリキとやらの概念を知ることが出来た」

 

「……」

 

 

 オールラウンダーはぽかんとゴブリンスレイヤーを見つめている。

 さっきの不満そうな顔つきはどこへやら。その眼差しは、武術の師を見るかの如くだ。

 

 

「では、リキとは何か? さすがにそれを解明するまではできなかったが、どうやら単に体に力を入れただけでは湧き上がってこない力だということが分かる。それだけでも、リキを引き出すための余分な選択肢が削れたわけだ」

 

「そうか……」

 

「お前は今まで《カメハメハ》を撃つときに何の疑問も感じなかっただろうが……そもそも最初にそれを撃ったり見たりした時は、お前だって不思議に思ったはずだ。何故、人の掌から炎が飛び出したのか……とかな」

 

「……言われてみれば、そうかもしれねぇ」

 

「疑問は、生まれた時に答えへと昇華するべきだ。そうしないと、今のように誰かに教えるときに四苦八苦する」

 

 

 その言葉を最後に、ゴブリンスレイヤーはすっくと立ちあがり、その場を後にしようとする。

 

 

「もういいのか?」

 

「仕組みは分かった。その術を使うには溜めの時間がいる。やろうと思えば、口や足からでも放てる。ということは、だ。奴らがそれをやろうとする時、手足やら口やらをこちらに向けて、それなりの動作を見せるはずだ。溜めの最中は無防備。そこを狙う」

 

 

 身を翻したゴブリンスレイヤーの視線の先には、どこでこしらえたものか、藁編みの案山子を的に投石紐(スリング)の実践を行っている娘たちの姿があった。

 

 

「どんなに手札が増えようが、ゴブリンどもは皆殺しだ」

 

 

 去り際に放ったその呟きが、果たしてオールラウンダーの耳に入ったかどうか……。

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