悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

11 / 105
其の五

 広間へ戻って来た冒険者を見て、小鬼英雄はいやらしく顔をゆがめた。

 やはり、奴らは馬鹿だ。

 小鬼程度をやっつけたところで、自分は強いと思っている。

 確かに、先の青い炎は妙な術であった。だが、それが有効であるかは全くの別問題。

 小鬼どもを呑み込み、焼き尽くしたそれを、英雄は片腕払って弾き飛ばしていた。それが証拠に、広間天井には大きく穴が開けられ、太陽の光が差し込んでいる。

 しかし、オールラウンダーは飽くまでも落ち着き払い、

 

「やっぱはじかれてたか」

 

 そう言うのみ。

 矢をつがえた圃人は、それを英雄へ向けたまま、

 

「どうする、頭。ここは逃げるが吉だと思うけど……」

 

 その言葉へ、貴族令嬢が頷きかけたのへ、

 

「だいじょうぶ。オラにまかせとけ」

 

 オールラウンダーが、胸を張った。

 

「しかし……」

 

 森人は不安げに、

 

「お前の……先の妙な術も、あいつには通用しなかったようだが……」

 

 と声をかけたが、

 

「うん。おもいっきりやったら、ここがくずれちまうからな」

 

 素直に答えたオールラウンダーは、続けて、

 

「でも、ここなら(リキ)をちょっとばっか出してもへっちゃらそうだから、だいじょうぶ!」

 

 

 言うなり、小鬼英雄目掛けて突進を仕掛けた。

 その動きを理解できたのは、オールラウンダー本人以外にいない。

 貴族令嬢一党も、小鬼英雄でさえ、彼の姿が瞬間的に消えたものだと錯覚した。

 果たして次にその姿が現れたのは、小鬼英雄の眼前。

 

「でりゃっ!」

 

 掛声と共に、オールラウンダーは英雄の顔めがけて蹴りを入れる。

 英雄の体は直線を描き、やがて岩壁に激突した。

 それでもなお、数秒の間をおいて何とか起き上がることが出来たのは、さすが「英雄」といったところか。

 だが、オールラウンダーは容赦なく、

 

「でっけえわりに、あんま強そうじゃねえな」

 

 思ったままのことを口にした。

 その言葉を理解したものか……。

 

「GYAOGAROOO!!」

 

 怒声を上げた英雄が、オールラウンダー目掛けて突進を仕掛けてくる。

 やがて距離を詰めた英雄が、丸太のような右腕を突き出してきた。

 オールラウンダーはそれを見て、恐怖を覚えるでも、怯むでもなく。

 

「じゃん拳……」

 

 不思議な掛け声の後に、

 

「グー!」

 

 同じく、拳を突き出した。

 ぶつかり合う両者の拳。だが、それも一瞬の事。

 競り勝った(そもそも競るほどの勝負ですらない)オールラウンダーの拳が、またしても小鬼英雄の体を吹き飛ばす。

 二度目の、岩壁への激突。

 こんな、小鬼と変わらぬ背丈の奴に!

 限界を超えた憤怒を以て立ち上がった小鬼英雄は、懲りずにまたもやオールラウンダーへ向かう。

 そして、渾身の右殴打を……。

 そこで、彼は違和感を覚えた。

 腕が上がらぬ。

 見てみると、右手の指という指はあらぬ方向へ曲がり、だらだらと鮮血を垂らしている。

 怒りによって、我だけでなく痛みすら忘れていたらしい。

 果たしてそれが、小鬼英雄が見た最期の光景であった。

 

「だりゃっ!」

 

 闘いにおける、大きすぎる隙をオールラウンダーが逃すわけもない。

 飛び上がり、先よりも足に力を込めて放った蹴撃は、小鬼英雄の首を真後ろへ捻じ曲げてしまうほどに強烈だった。

 地響きを立てて、小鬼英雄は斃れる。

 なんとも呆気ない幕切れであった。

 さて、それから三日後の昼下がり。

 昼下がりを迎えた辺境の街に、珍妙な集団がやって来た。

 集団は、全部で五人。

 只人が三人に、圃人と森人がそれぞれ一人ずつ。

 そのうちの只人少年は、自分よりもずっと巨躯である大柄な小鬼の骸を持ち上げていた。

 かくして一党が辿り着いたのは、冒険者ギルド。

 すでに冒険者たちは依頼書を手にし、各々の冒険へと向かっている。

 すなわち、今この時、ギルドを利用しているのは依頼者である一般人たちが殆ど。

 彼らは、大柄小鬼の骸を持ち上げている少年を見るや、

 

「あれは……オールラウンダーじゃないか……」

 

 口々に、その名を呟いた。

 つい先日、野良仕事やドブさらいを依頼した可愛らしい冒険者が、醜悪で大柄な小鬼の骸を、訳もなく持ち上げている。

 その光景に、依頼者たちは戦慄を覚えた。

 しかし、それも気にせず少年……オールラウンダーが、

 

「ねえちゃん。いわれたとおりに、あの緑のやつらをやっつけてきたんだけど……どうすればいい?」

 

 言うのへ、応対に出たのはギルドの支部長。

 証拠……ともいえる小鬼英雄の骸とオールラウンダーとを見て、困惑と恐怖が胸の内で綯い交ぜとなった彼は、それでもギルドの支部長としての誇りを思い、やっとのことで一言。

 

「ともかく、応接間へ」

 

 こうして、オールラウンダーと貴族令嬢一党は、冒険者ギルド二階にある応接間へと案内される。

 ……小鬼英雄の骸は、ともかく臭いが敵わぬというので、早急に処分されることとなった。

土日休日の更新時間帯について

  • 朝(七時)だと嬉しい
  • 正午だと嬉しい
  • 夜(十九時)だと嬉しい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。