広間へ戻って来た冒険者を見て、小鬼英雄はいやらしく顔をゆがめた。
やはり、奴らは馬鹿だ。
小鬼程度をやっつけたところで、自分は強いと思っている。
確かに、先の青い炎は妙な術であった。だが、それが有効であるかは全くの別問題。
小鬼どもを呑み込み、焼き尽くしたそれを、英雄は片腕払って弾き飛ばしていた。それが証拠に、広間天井には大きく穴が開けられ、太陽の光が差し込んでいる。
しかし、オールラウンダーは飽くまでも落ち着き払い、
「やっぱはじかれてたか」
そう言うのみ。
矢をつがえた圃人は、それを英雄へ向けたまま、
「どうする、頭。ここは逃げるが吉だと思うけど……」
その言葉へ、貴族令嬢が頷きかけたのへ、
「だいじょうぶ。オラにまかせとけ」
オールラウンダーが、胸を張った。
「しかし……」
森人は不安げに、
「お前の……先の妙な術も、あいつには通用しなかったようだが……」
と声をかけたが、
「うん。おもいっきりやったら、ここがくずれちまうからな」
素直に答えたオールラウンダーは、続けて、
「でも、ここなら
言うなり、小鬼英雄目掛けて突進を仕掛けた。
その動きを理解できたのは、オールラウンダー本人以外にいない。
貴族令嬢一党も、小鬼英雄でさえ、彼の姿が瞬間的に消えたものだと錯覚した。
果たして次にその姿が現れたのは、小鬼英雄の眼前。
「でりゃっ!」
掛声と共に、オールラウンダーは英雄の顔めがけて蹴りを入れる。
英雄の体は直線を描き、やがて岩壁に激突した。
それでもなお、数秒の間をおいて何とか起き上がることが出来たのは、さすが「英雄」といったところか。
だが、オールラウンダーは容赦なく、
「でっけえわりに、あんま強そうじゃねえな」
思ったままのことを口にした。
その言葉を理解したものか……。
「GYAOGAROOO!!」
怒声を上げた英雄が、オールラウンダー目掛けて突進を仕掛けてくる。
やがて距離を詰めた英雄が、丸太のような右腕を突き出してきた。
オールラウンダーはそれを見て、恐怖を覚えるでも、怯むでもなく。
「じゃん拳……」
不思議な掛け声の後に、
「グー!」
同じく、拳を突き出した。
ぶつかり合う両者の拳。だが、それも一瞬の事。
競り勝った(そもそも競るほどの勝負ですらない)オールラウンダーの拳が、またしても小鬼英雄の体を吹き飛ばす。
二度目の、岩壁への激突。
こんな、小鬼と変わらぬ背丈の奴に!
限界を超えた憤怒を以て立ち上がった小鬼英雄は、懲りずにまたもやオールラウンダーへ向かう。
そして、渾身の右殴打を……。
そこで、彼は違和感を覚えた。
腕が上がらぬ。
見てみると、右手の指という指はあらぬ方向へ曲がり、だらだらと鮮血を垂らしている。
怒りによって、我だけでなく痛みすら忘れていたらしい。
果たしてそれが、小鬼英雄が見た最期の光景であった。
「だりゃっ!」
闘いにおける、大きすぎる隙をオールラウンダーが逃すわけもない。
飛び上がり、先よりも足に力を込めて放った蹴撃は、小鬼英雄の首を真後ろへ捻じ曲げてしまうほどに強烈だった。
地響きを立てて、小鬼英雄は斃れる。
なんとも呆気ない幕切れであった。
さて、それから三日後の昼下がり。
昼下がりを迎えた辺境の街に、珍妙な集団がやって来た。
集団は、全部で五人。
只人が三人に、圃人と森人がそれぞれ一人ずつ。
そのうちの只人少年は、自分よりもずっと巨躯である大柄な小鬼の骸を持ち上げていた。
かくして一党が辿り着いたのは、冒険者ギルド。
すでに冒険者たちは依頼書を手にし、各々の冒険へと向かっている。
すなわち、今この時、ギルドを利用しているのは依頼者である一般人たちが殆ど。
彼らは、大柄小鬼の骸を持ち上げている少年を見るや、
「あれは……オールラウンダーじゃないか……」
口々に、その名を呟いた。
つい先日、野良仕事やドブさらいを依頼した可愛らしい冒険者が、醜悪で大柄な小鬼の骸を、訳もなく持ち上げている。
その光景に、依頼者たちは戦慄を覚えた。
しかし、それも気にせず少年……オールラウンダーが、
「ねえちゃん。いわれたとおりに、あの緑のやつらをやっつけてきたんだけど……どうすればいい?」
言うのへ、応対に出たのはギルドの支部長。
証拠……ともいえる小鬼英雄の骸とオールラウンダーとを見て、困惑と恐怖が胸の内で綯い交ぜとなった彼は、それでもギルドの支部長としての誇りを思い、やっとのことで一言。
「ともかく、応接間へ」
こうして、オールラウンダーと貴族令嬢一党は、冒険者ギルド二階にある応接間へと案内される。
……小鬼英雄の骸は、ともかく臭いが敵わぬというので、早急に処分されることとなった。
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