悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の六

「さ、お掛けになってください」

 

 おっかなびっくりといった態度の支部長に促され、オールラウンダーと貴族令嬢は、あかがね色の布が張られた椅子に腰を下ろした。

 対面には支部長と、先の監督官が座る。

 因みに言うと、圃人をはじめとする他の三人は、

 

「全員が座れそうにはないから」

 

 と、一階のロビーで待っていることになった。

 

「それで、彼の昇級の件ですが……」

 

 最初に話を切り出したのは、貴族令嬢。まるで息子の行く末を案じる母親のように、どこか不安げにギルド職員たちへ視線を送ると、

 

「あっ、いや……()()を持ってこられたのでは、昇級を認めないわけにもいきますまい。無論、白磁から黒曜への昇級を認めましょう」

 

 むしろ申し訳なさそうに、支部長がそう答えてくれた。

 

(あの大柄種を斃したのは、この子一人なのに……それでも一段上がるだけなのか……)

 

 内心、貴族令嬢はそのことに不満を感じたが、さすがにオールラウンダーは白金等級のようにはいかないようだ。

 当の本人も、

 

「ふぅん」

 

 と、さして興味もない様子。

 果たして、話は次へと進んだ。

 

「で、ここからが本題なのですが……」

 

 何やら重々しい表情となった支部長は、横に座る監督官へと視線を送り、言葉の続きを促した。

 

「こほん」

 

 咳払いを一つした監督官は、

 

「面接を通して、オールラウンダーさんに関する話は大方把握できました。ただ……」

 

 言葉を詰まらせ、オールラウンダーを見る。

 彼は、ちょこなんと椅子に腰かけたまま、首を傾げて監督官を見返した。

 その様子を見た監督官は、肩を竦め、どこか諦めたように笑うと、

 

「信じるか否かはそちらに任せますけど……どうも彼は、この地から走っても泳いでも、まして空を飛んでも決して辿り着くことのない……そんな彼方の世界からやってきた……そうとしか思えないのです」

 

 などと言ったものである。

 あまりに荒唐無稽な発言に、貴族令嬢は言葉を失う。

 一方でオールラウンダーは、

 

「筋斗雲でもいけねえのか」

 

 彼女の言葉が真実であると前提して話を進めている。

 監督官は先の質問に、

 

「いけないだろうね」

 

 きっぱりと言った後で、

 

「さっきも言ったけど、どうやら君の住み暮らしている地と、こことでは空も陸も海も続いてないんだ」

「……よくわかんねえけど、いけねえ、ってことか」

「そゆこと」

「まいったな」

 

 困惑気味だったオールラウンダーだが、

 

「ま、いっか」

 

 あっけらかんとして言い放ったことに対して、その場にいる全員が脱力した。

 

「まぁいいって……元居た場所に帰りたくないんですか?」

 

 呆れたように問う貴族令嬢へ、

 

「そりゃ、帰りたいけどさ」

 

 オールラウンダーは一言置いて、

 

「でも、帰りかたがわかんねえなら、しょうがないじゃん。それにさ、ここにこれたってことは、帰りかただってあるはずだ」

 

 要するに、この地へ飛ばされた方法があるのだから、元の世界へ戻る手立てもきっとある。そういうことだ。

 一番大変な状況にある本人が、そのように割り切っているのだから、貴族令嬢が口を挟む余地はなかった。

 と、そこへ。

 

「まぁ、確かとは言えないけど……君を元の場所へ戻すことができるかもしれない方法が、一つだけあるよ」

 

 監督官が人差し指を立てつつ、

 

「《転移(ゲート)》が記された巻物(スクロール)なら、あるいは……」

 

 その言葉を聞き、貴族令嬢は目を見張る。

 失われた呪文である《転移(ゲート)の記された巻物。空間と空間とを繋ぎ、彼方へと通じる門を形成する古代の代物。

 冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しいもので、故に市場に出回ることはない。

 入手するには、実際に遺跡へ潜って探索をしなければならない。

 無論、全ての遺跡に巻物があるとは限らない。

 余程の幸運がなければ……それこそ白金等級の冒険者でもない限り、手にすることなど不可能である。

 しかしオールラウンダーは、

 

「わかった!」

 

 はっきりと頷き、

 

「その紙きれを探せばいいんだな?」

「……大変、なんてもんじゃないよ? それに競争率だって高い。今こうしている間にも、他の冒険者が手にしてるかもしれないし」

「へっちゃらさ。探し物はなれっこだから」

 

 元気よく椅子から立ち上がったオールラウンダーへ、それまで沈黙していた支部長が、

 

「……こちらとしても支援はしていきたい形ですが……冒険暦の長い方が傍にいれば、それだけ目ぼしい遺跡の情報は入りますでしょう?」

 

 そう言って、貴族令嬢を見やった。

 

「へ? わ、私……たちですか?」

「戦いの才能は秀でているかもしれませんが、彼はこの地に関する情報をあまり持ち合わせてはいない。一方で、鋼鉄級の冒険者であり、自由騎士として旅するあなたなら、彼の知らない地理に関する情報を提供できる」

 

 支部長の横で、監督官が胸元の聖印を撫でている。

 なるほど。看破されていたか。

 

「……ですが、私たちは鋼鉄級です」

 

 序列八位の鋼鉄級は、冒険者として慣れてきた時期ではあるが、中堅と呼べるほどの技量でもない。

 もっと等級が上の冒険者であれば、それだけ経験が豊富だし、遺跡に関する情報だって持ち合わせているだろう。

 そこまで考えたところで、

 

(いや、でも……?)

 

 貴族令嬢は踏みとどまった。

 思い起こす、山砦や洞窟での戦い。

 規格外の強さを誇る少年に、自分たちは助けられてばかりだった。

 そのうち、胸の中で悔しさが湧いてくる。

 彼が白磁だったからとか、そういうことに拘っているのではない。

 なによりも、力のない自分に対する悔しさだった。

 

(自分も、強くなりたい)

 

 誇り高き貴族令嬢は、ちらりと横目にオールラウンダーを見る。

 

(それに……私はまだこの子に何のお礼もしていない……)

 

 小鬼英雄退治に洞窟へ向かった時も、結局は彼のおまけに終わってしまった。

 

(だったら……せめて……)

 

 こうして、決心がついた。

 貴族令嬢は椅子から立ち上がり、

 

「正直、貴方に比べれば私は力不足かもしれません。……でも、どうしても何かお礼がしたいのです。どうか、冒険をご一緒させてくれませんか?」

 

 差し伸べられた手を、

 

「いいよ」

 

 オールラウンダーは、屈託ない笑顔で握り返した。

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