「さ、お掛けになってください」
おっかなびっくりといった態度の支部長に促され、オールラウンダーと貴族令嬢は、あかがね色の布が張られた椅子に腰を下ろした。
対面には支部長と、先の監督官が座る。
因みに言うと、圃人をはじめとする他の三人は、
「全員が座れそうにはないから」
と、一階のロビーで待っていることになった。
「それで、彼の昇級の件ですが……」
最初に話を切り出したのは、貴族令嬢。まるで息子の行く末を案じる母親のように、どこか不安げにギルド職員たちへ視線を送ると、
「あっ、いや……
むしろ申し訳なさそうに、支部長がそう答えてくれた。
(あの大柄種を斃したのは、この子一人なのに……それでも一段上がるだけなのか……)
内心、貴族令嬢はそのことに不満を感じたが、さすがにオールラウンダーは白金等級のようにはいかないようだ。
当の本人も、
「ふぅん」
と、さして興味もない様子。
果たして、話は次へと進んだ。
「で、ここからが本題なのですが……」
何やら重々しい表情となった支部長は、横に座る監督官へと視線を送り、言葉の続きを促した。
「こほん」
咳払いを一つした監督官は、
「面接を通して、オールラウンダーさんに関する話は大方把握できました。ただ……」
言葉を詰まらせ、オールラウンダーを見る。
彼は、ちょこなんと椅子に腰かけたまま、首を傾げて監督官を見返した。
その様子を見た監督官は、肩を竦め、どこか諦めたように笑うと、
「信じるか否かはそちらに任せますけど……どうも彼は、この地から走っても泳いでも、まして空を飛んでも決して辿り着くことのない……そんな彼方の世界からやってきた……そうとしか思えないのです」
などと言ったものである。
あまりに荒唐無稽な発言に、貴族令嬢は言葉を失う。
一方でオールラウンダーは、
「筋斗雲でもいけねえのか」
彼女の言葉が真実であると前提して話を進めている。
監督官は先の質問に、
「いけないだろうね」
きっぱりと言った後で、
「さっきも言ったけど、どうやら君の住み暮らしている地と、こことでは空も陸も海も続いてないんだ」
「……よくわかんねえけど、いけねえ、ってことか」
「そゆこと」
「まいったな」
困惑気味だったオールラウンダーだが、
「ま、いっか」
あっけらかんとして言い放ったことに対して、その場にいる全員が脱力した。
「まぁいいって……元居た場所に帰りたくないんですか?」
呆れたように問う貴族令嬢へ、
「そりゃ、帰りたいけどさ」
オールラウンダーは一言置いて、
「でも、帰りかたがわかんねえなら、しょうがないじゃん。それにさ、ここにこれたってことは、帰りかただってあるはずだ」
要するに、この地へ飛ばされた方法があるのだから、元の世界へ戻る手立てもきっとある。そういうことだ。
一番大変な状況にある本人が、そのように割り切っているのだから、貴族令嬢が口を挟む余地はなかった。
と、そこへ。
「まぁ、確かとは言えないけど……君を元の場所へ戻すことができるかもしれない方法が、一つだけあるよ」
監督官が人差し指を立てつつ、
「《
その言葉を聞き、貴族令嬢は目を見張る。
失われた呪文である《
冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しいもので、故に市場に出回ることはない。
入手するには、実際に遺跡へ潜って探索をしなければならない。
無論、全ての遺跡に巻物があるとは限らない。
余程の幸運がなければ……それこそ白金等級の冒険者でもない限り、手にすることなど不可能である。
しかしオールラウンダーは、
「わかった!」
はっきりと頷き、
「その紙きれを探せばいいんだな?」
「……大変、なんてもんじゃないよ? それに競争率だって高い。今こうしている間にも、他の冒険者が手にしてるかもしれないし」
「へっちゃらさ。探し物はなれっこだから」
元気よく椅子から立ち上がったオールラウンダーへ、それまで沈黙していた支部長が、
「……こちらとしても支援はしていきたい形ですが……冒険暦の長い方が傍にいれば、それだけ目ぼしい遺跡の情報は入りますでしょう?」
そう言って、貴族令嬢を見やった。
「へ? わ、私……たちですか?」
「戦いの才能は秀でているかもしれませんが、彼はこの地に関する情報をあまり持ち合わせてはいない。一方で、鋼鉄級の冒険者であり、自由騎士として旅するあなたなら、彼の知らない地理に関する情報を提供できる」
支部長の横で、監督官が胸元の聖印を撫でている。
なるほど。看破されていたか。
「……ですが、私たちは鋼鉄級です」
序列八位の鋼鉄級は、冒険者として慣れてきた時期ではあるが、中堅と呼べるほどの技量でもない。
もっと等級が上の冒険者であれば、それだけ経験が豊富だし、遺跡に関する情報だって持ち合わせているだろう。
そこまで考えたところで、
(いや、でも……?)
貴族令嬢は踏みとどまった。
思い起こす、山砦や洞窟での戦い。
規格外の強さを誇る少年に、自分たちは助けられてばかりだった。
そのうち、胸の中で悔しさが湧いてくる。
彼が白磁だったからとか、そういうことに拘っているのではない。
なによりも、力のない自分に対する悔しさだった。
(自分も、強くなりたい)
誇り高き貴族令嬢は、ちらりと横目にオールラウンダーを見る。
(それに……私はまだこの子に何のお礼もしていない……)
小鬼英雄退治に洞窟へ向かった時も、結局は彼のおまけに終わってしまった。
(だったら……せめて……)
こうして、決心がついた。
貴族令嬢は椅子から立ち上がり、
「正直、貴方に比べれば私は力不足かもしれません。……でも、どうしても何かお礼がしたいのです。どうか、冒険をご一緒させてくれませんか?」
差し伸べられた手を、
「いいよ」
オールラウンダーは、屈託ない笑顔で握り返した。
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