悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

14 / 105
今回の章は、ほのぼの日常パートとなります。


其の二

「あっ、やっぱりスッチャンだ。ニオイでわかったぞ」

 

 牧場へと辿り着いたオールラウンダーは、ぐるぐると周囲の柵を点検している青年の姿を捉え、声をかけた。

 

「……」

 

 青年は、オールラウンダーを一瞥したものの、やがて再び柵へと目を移す。

 

「あいかわらず、むくちなやつだな」

 

 さして不快の表情も見せず、むしろどこか面白がるように笑ったオールラウンダーは、ぴったりと青年の後につく。

 

「聞いたぞ。おめえ、ショーガにやられたんだって?」

「……オーガ、だそうだ」

「ふぅん……なぁ、強かったか?」

 

 オールラウンダーの問いかけに、青年はふと空を見上げ、考えた。

 透き通るような、雲一つない青空である。

 

「いや」

 

 青年は一言の間を置き、

 

「ゴブリンの方が、よっぽど手強い」

 

 淡々と告げた。

 すると、

 

「あの緑のちっこいのより、弱っちいってこと?」

 

 オールラウンダーが、聞き返してくる。

 青年は、亀裂の入った柵を見つけ、屈みこんで詳しく検めながら、

 

「……腕力だの、魔術だのであれば……奴はゴブリンよりも遥かに強い」

「でも、弱いのか」

「所詮、目の前の獲物を力で捻じ伏せるだけのやつだからな」

 

 言うや、青年は立ち上がり、ずかずかと牧場の蔵へと歩を進めた。

 やはり後に続くオールラウンダーへ、

 

「ゴブリンどもは、違う」

 

 青年は言葉を繋ぐ。

 

「自分たちの塒を襲って荒らし、仲間を殺していった奴らへ、報復を思い至って鍛え、考え、成長する。時には失敗することもある。ならば、次はどのような方法で殺そうかと、更に考える。それが繰り返されていくうちに……楽しくなるわけだ」

 

 歩を止めた青年は、オールラウンダーへと向き直ると、

 

「冒険者としての戦いは、騎士道精神溢れる『ご立派』なものではない」

 

 そして、更に続ける。

 

「所詮は、ただの殺し合い。殺すためには、当然力も必要になってくるが……それが届くための策を練らねばなるまい」

 

 そう言った点では、ゴブリンは優れている。

 奴らは、いかに残酷に獲物を屠るか……そのことに情念を注ぎ、考える。

 その時に発揮される知能は、冒険者の及ぶところではない。

 倫理や道徳など糞喰らえの考えなど、『お優しい』冒険者どもは想像できるわけもないのだから。

 

「よくわかんねえや」

 

 淡々と続いた青年の語りを、しかしオールラウンダーはあっさりと打ち破った。

 オールラウンダーは、後ろ手に頭を抱えつつ、

 

「ワナには気を付けろ、ってことだろ?」

 

 合っているような、合っていないような。

 オールラウンダーの言葉に、青年は深い溜息を一つするや、

 

「まぁ、罠に引っかかったとして、意に介さないような奴もいそうだがな」

 

 楽観的な態度への皮肉と、どこか不思議な雰囲気を放つ少年への、ある種の称賛を込めて、青年は呟いた。

 果たして青年は、蔵より横木を持ち出すと、柵の修理に取り掛かる。

 そこへ、

 

「あっ、オールラウンダーさん!」

 

 豊かな胸を揺らしながら、こちらへ駆け寄ってくる人物。

 牧場主の姪にあたる、牛飼娘だ。

 

「おっす!」

 

 オールラウンダーの挨拶に、

 

「おっす!」

 

 牛飼娘もまた、元気よく返答した後で、

 

「久しぶりだね! 農家のおじさんとか、街の人たちが寂しがってたよ? 『オールラウンダーさんは、冒険が楽しくなったから、私たちの依頼なんかどうでもよくなったんだ』って」

「へへっ。オラ、巻物ってやつを探しててさ。だから、あっちこっちの遺跡に潜ってたんだ」

「へぇ。どう? お目当てのものは見つかった?」

「ううん。その巻物、なかなか見つからないんだって。……なんて言ったっけな。でぇと、とか……言った気がするけど……」

 

 そこへ、

 

「《転移(ゲート)》の巻物(スクロール)、か」

 

 青年が言葉を挟んだ。

 

「なんだ。スッチャン知ってるのか」

「……先のオーガとの戦いで、使った」

「へぇっ!? スッチャン、巻物もってたのか」

 

 目を丸くしたオールラウンダーは、

 

「それだったら、スッチャンからゆずってもらえばよかった」

 

 というが、

 

「それは無理な相談だ」

 

 青年は、

 

「早い者勝ち、というやつだ」

 

 手早く柵の修繕を終えて、そう言い放った。

 オールラウンダーはこれに、

 

「そっか。じゃ、次は負けねえからな」

 

 実に素直に応える。

 

「やっぱり、冒険者同士だと話が弾むんだねぇ」

 

 横から、牛飼娘が声をかけてきた。

 それは嫉妬からくる皮肉というわけではなく、饒舌な彼を見ての安堵からくるもの。

 

「別に、弾んでいるわけじゃない」

「そう? あたしに冒険の話をしてくれてる時より、よっぽど口数多いと思うけど」

「……」

 

 黙りこくってしまう青年へ、悪戯っぽく笑った牛飼娘は、

 

「悪いと思うなら、もうちょっとあたしに話す時も、楽しそうにしてくれるといいんだけどなぁ」

「……楽しんでいるわけではない」

 

 そんな二人のやり取りと見て、オールラウンダーは、

 

「ははっ」

 

 軽快に笑うと、

 

「まぁ、死んでねえならよかった。なぁ、オラはこれから街へ戻るけど、おめえはどうする?」

 

 青年へ問うた。

 青年は首を振り、

 

「装備一式の修理が、明日終わる。向かうとしたら、その時だ」

「そっか! まぁ、達者でよかった。じゃ、また明日な!」

 

 ぶんぶんと手を振りながら、オールラウンダーは牧場を去っていく。

 

「また明日、か……」

 

 去り行く少年へ、手を振る牛飼娘が寂しそうに呟き、

 

「冒険者って、さ。明日をも知れぬ、って奴じゃない? でも、なんか不思議。あの子は、ほんとに明日も元気で会えそうな気がする」

 

「……そうか」

 

 青年は、小さくなっていく少年の背を見つめながら、ぽつりと言葉を吐いた。

土日休日の更新時間帯について

  • 朝(七時)だと嬉しい
  • 正午だと嬉しい
  • 夜(十九時)だと嬉しい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。