「あっ、やっぱりスッチャンだ。ニオイでわかったぞ」
牧場へと辿り着いたオールラウンダーは、ぐるぐると周囲の柵を点検している青年の姿を捉え、声をかけた。
「……」
青年は、オールラウンダーを一瞥したものの、やがて再び柵へと目を移す。
「あいかわらず、むくちなやつだな」
さして不快の表情も見せず、むしろどこか面白がるように笑ったオールラウンダーは、ぴったりと青年の後につく。
「聞いたぞ。おめえ、ショーガにやられたんだって?」
「……オーガ、だそうだ」
「ふぅん……なぁ、強かったか?」
オールラウンダーの問いかけに、青年はふと空を見上げ、考えた。
透き通るような、雲一つない青空である。
「いや」
青年は一言の間を置き、
「ゴブリンの方が、よっぽど手強い」
淡々と告げた。
すると、
「あの緑のちっこいのより、弱っちいってこと?」
オールラウンダーが、聞き返してくる。
青年は、亀裂の入った柵を見つけ、屈みこんで詳しく検めながら、
「……腕力だの、魔術だのであれば……奴はゴブリンよりも遥かに強い」
「でも、弱いのか」
「所詮、目の前の獲物を力で捻じ伏せるだけのやつだからな」
言うや、青年は立ち上がり、ずかずかと牧場の蔵へと歩を進めた。
やはり後に続くオールラウンダーへ、
「ゴブリンどもは、違う」
青年は言葉を繋ぐ。
「自分たちの塒を襲って荒らし、仲間を殺していった奴らへ、報復を思い至って鍛え、考え、成長する。時には失敗することもある。ならば、次はどのような方法で殺そうかと、更に考える。それが繰り返されていくうちに……楽しくなるわけだ」
歩を止めた青年は、オールラウンダーへと向き直ると、
「冒険者としての戦いは、騎士道精神溢れる『ご立派』なものではない」
そして、更に続ける。
「所詮は、ただの殺し合い。殺すためには、当然力も必要になってくるが……それが届くための策を練らねばなるまい」
そう言った点では、ゴブリンは優れている。
奴らは、いかに残酷に獲物を屠るか……そのことに情念を注ぎ、考える。
その時に発揮される知能は、冒険者の及ぶところではない。
倫理や道徳など糞喰らえの考えなど、『お優しい』冒険者どもは想像できるわけもないのだから。
「よくわかんねえや」
淡々と続いた青年の語りを、しかしオールラウンダーはあっさりと打ち破った。
オールラウンダーは、後ろ手に頭を抱えつつ、
「ワナには気を付けろ、ってことだろ?」
合っているような、合っていないような。
オールラウンダーの言葉に、青年は深い溜息を一つするや、
「まぁ、罠に引っかかったとして、意に介さないような奴もいそうだがな」
楽観的な態度への皮肉と、どこか不思議な雰囲気を放つ少年への、ある種の称賛を込めて、青年は呟いた。
果たして青年は、蔵より横木を持ち出すと、柵の修理に取り掛かる。
そこへ、
「あっ、オールラウンダーさん!」
豊かな胸を揺らしながら、こちらへ駆け寄ってくる人物。
牧場主の姪にあたる、牛飼娘だ。
「おっす!」
オールラウンダーの挨拶に、
「おっす!」
牛飼娘もまた、元気よく返答した後で、
「久しぶりだね! 農家のおじさんとか、街の人たちが寂しがってたよ? 『オールラウンダーさんは、冒険が楽しくなったから、私たちの依頼なんかどうでもよくなったんだ』って」
「へへっ。オラ、巻物ってやつを探しててさ。だから、あっちこっちの遺跡に潜ってたんだ」
「へぇ。どう? お目当てのものは見つかった?」
「ううん。その巻物、なかなか見つからないんだって。……なんて言ったっけな。でぇと、とか……言った気がするけど……」
そこへ、
「《
青年が言葉を挟んだ。
「なんだ。スッチャン知ってるのか」
「……先のオーガとの戦いで、使った」
「へぇっ!? スッチャン、巻物もってたのか」
目を丸くしたオールラウンダーは、
「それだったら、スッチャンからゆずってもらえばよかった」
というが、
「それは無理な相談だ」
青年は、
「早い者勝ち、というやつだ」
手早く柵の修繕を終えて、そう言い放った。
オールラウンダーはこれに、
「そっか。じゃ、次は負けねえからな」
実に素直に応える。
「やっぱり、冒険者同士だと話が弾むんだねぇ」
横から、牛飼娘が声をかけてきた。
それは嫉妬からくる皮肉というわけではなく、饒舌な彼を見ての安堵からくるもの。
「別に、弾んでいるわけじゃない」
「そう? あたしに冒険の話をしてくれてる時より、よっぽど口数多いと思うけど」
「……」
黙りこくってしまう青年へ、悪戯っぽく笑った牛飼娘は、
「悪いと思うなら、もうちょっとあたしに話す時も、楽しそうにしてくれるといいんだけどなぁ」
「……楽しんでいるわけではない」
そんな二人のやり取りと見て、オールラウンダーは、
「ははっ」
軽快に笑うと、
「まぁ、死んでねえならよかった。なぁ、オラはこれから街へ戻るけど、おめえはどうする?」
青年へ問うた。
青年は首を振り、
「装備一式の修理が、明日終わる。向かうとしたら、その時だ」
「そっか! まぁ、達者でよかった。じゃ、また明日な!」
ぶんぶんと手を振りながら、オールラウンダーは牧場を去っていく。
「また明日、か……」
去り行く少年へ、手を振る牛飼娘が寂しそうに呟き、
「冒険者って、さ。明日をも知れぬ、って奴じゃない? でも、なんか不思議。あの子は、ほんとに明日も元気で会えそうな気がする」
「……そうか」
青年は、小さくなっていく少年の背を見つめながら、ぽつりと言葉を吐いた。
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