悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

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其の三

 空に、じんわりと夕焼けがかかってきた。

 ベルを鳴らし、辺境の街の冒険者ギルドへオールラウンダーが入った時、

 

「あっ、ソンさん!」

 

 二階へと続く階段から、とたとたと駆け下りて来る者がいた。

 女神官である。

 

「ひさしぶりだな!」

「はい」

 

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げた女神官の首から、黒曜の小板がかかっているのを見たオールラウンダーは、

 

「あっ! おめえも黒くなったんだな!」

 

 彼女の認識票を指さして言った。

 

「はいっ!」

 

 顔を上げた女神官が、少しばかり頬を染めながら頷く。

 して、彼女もまた、オールラウンダーの首に下がった黒曜の認識票を見るや、

 

「ソンさんも、黒曜になられていたんですね」

「ん? ああ、これか。へへっ。でっかい緑のバケモノやっつけたらさ、これになったんだ」

 

 久方ぶりの再会と、互いの昇級に喜びを分かち合っている二人の元へ、

 

「お友達?」

 

 凛とした声音が割り込んできた。

 見ると、そこには三者三様の冒険者が。

 一人は、長身痩躯、容姿端麗な森人(エルフ)……いや、他の森人よりも長い耳を持ち合わせた彼女は、上の森人(ハイエルフ)である。その背には、大きな弓を負っている。

 比べて、その横にいる老爺は、オールラウンダーと頭一つ分しか違わぬ背丈をしている。恐らくは鉱人(ドワーフ)なのだろう。

 かくして二人の背後には、巌のような巨躯を誇る蜥蜴人(リザードマン)が、シュルシュルと舌を鳴らしていた。

 

「はい。ソンゴクウさんといって、同じ日に冒険者になった人なんです」

 

 女神官の紹介を聞いた妖精弓手は、まじまじとオールラウンダーを見つめた後で、

 

「へぇ。こんな小さな子がねぇ……」

 

 そう言うと、隣の鉱人へと悪戯っぽい視線を送る。

 これへ、

 

「ふん」

 

 と鼻を鳴らした鉱人は、

 

「これだから長耳は……見た目だけで相手を判断するなどと……よくもそれで銀等級までいけたもんだわえ」

 

 そう言ってから、やはりオールラウンダーを見やった後で、

 

「『のっぽ(ヒューム)』とは思えぬほどに鍛えてあるわ」

「本当かしら? 鉱人の目は、宝石しか鑑定できないと思ったけど」

「なにおうっ!?」

 

 妖精弓手に食って掛かる鉱人。

 すると、背後にいた蜥蜴人がぎょろりと目を向け、

 

「双方、喧嘩をするなら外で」

 

 静かに言った後で、

 

「騒がしくしてしまい、申し訳ない。許されよ」

 

 奇妙な合掌を以て、オールラウンダーへと頭を垂れた。

 

「なぁ。おめえの仲間か?」

 

 騒がしく奇妙な取り合わせの三名を指し、オールラウンダーが女神官へ問う。

 

「ええ。つい最近、ですけど……」

「へぇ。おもしろいやつらだな」

 

 ああだこうだと言い争う妖精弓手と鉱人。それを呆れたように見つめる蜥蜴人。

 彼らの様子を暫く見ていた後で、

 

「そうだ。スッチャンにあってきたぞ」

 

 オールラウンダーのその言葉に、女神官はぴくりと反応する。

 彼女は、「スッチャン」が誰を指しているのかを理解していた。

 

「どう、でした?」

「げんきだった。あしたには街にくるってさ」

 

 これを聞き、女神官は安堵の溜息をもらす。

 すると、これを聞いていた妖精弓手が、

 

「ねぇ。スッチャンって?」

 

 と尋ねて来る。

 答えたのは、女神官だった。

 

「ゴブリンスレイヤーさんのことです。『スレイヤー』の『ス』をとって、スッチャン」

「ああ、なるほど」

 

 妖精弓手は二度、三度を頷いた後で、

 

「あいつが、『スッチャン』ねぇ」

 

 呟くと、堪らず吹き出した。

 

「随分と、可愛らしい渾名ですな」

 

 蜥蜴人も、にんまりと顔を綻ばせている。

 

「しかし、かみきり丸もよくそんな渾名を許したのう」

 

 鉱人が、白く長い顎鬚を扱きながら呟くのへ、

 

「はじめはさ。ゴッチャンってよんでたんだ。そしたら、それはやめろ、ってあいつがいうから。だから、スッチャンにした」

 

 真面目なオールラウンダーの説明が、更におかしかったのだろう。妖精弓手はとうとう声を上げて笑い始める。

 

「野伏殿」

 

 そこへ、ぴしゃりと蜥蜴人が諫めの声を放った。

 果たして彼は、ぎょろりとオールラウンダーへ目を向けると、

 

「武術家殿は、単独(ソロ)で冒険をしておられるのか?」

 

 問うたものだが、

 

「そろ、ってなんだ?」

 

 横文字が苦手なオールラウンダーは首を傾げるばかり。

 これへ、

 

「一人で冒険している人のことですよ」

 

 女神官が耳打ちで教えてやると、

 

「そういうことか! だったら、他にも友達がいるぞ!」

 

 オールラウンダーはそう言った後で、

 

「一人は、ねえちゃんみたいに耳が長いな」

 

 妖精弓手を指さす。

 これへ、

 

「おい。小僧。こいつはな、見た目の割に歳を喰ってる。敬ったほうがいいぞ」

 

 鉱人が、にやにやと笑いながら囁いた。

 

「へぇ。何歳なんだ?」

「優に二千は越えているんだったよなぁ?」

 

 鉱人が言うので、

 

「そうだけど……」

 

 彼の考えが読めぬ妖精弓手は、曖昧に頷く。

 すると……

 

「ひゃあっ! おめえ、すげえばあちゃんなんだな!」

 

 目を見開いたオールラウンダーが、思わず大声を上げた。

 これを聞いた周囲の冒険者たちが、一斉に視線を向けてくる。

 

「ばっ、ばあちゃん……!?」

 

 この言葉に、顔を茹蛸のように真っ赤にした妖精弓手は、

 

「失礼ね! 只人から見れば、まだまだ少女の年齢なんだから!」

 

 そこへ、

 

「ほうほう。ならば、いつしかわしと歳の比べをして自慢げになっていたあの態度を、改めねばなるまいなぁ」

 

 鉱人が、したり顔で追撃してくる。

 

「生きてる年数はこっちの方が上、ってだけよ!」

 

 そこは譲らぬ妖精弓手だったが、

 

「やっぱりばあちゃんじゃねぇか」

 

 オールラウンダーの言葉に、

 

「ああっ!! あんたは黙ってて!!」

 

 妖精弓手が、またもや怒鳴った。

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