さて、翌日も朝早くのことであるが……。
「やあっ!」
「どっこい!」
冒険者ギルド裏手にある広場から、二つの気合声が上がる。
それは、白みがかった空へと響いて、やがて消えていった。
声の主は、貴族令嬢とオールラウンダー。
貴族令嬢が長剣で斬りかかるのを、軽い身のこなしで躱したオールラウンダーは、次いで彼女の背後へ回り、
「でやっ!」
拳を叩き込もうとする。
そこへ……。
「隙ありっ!」
と乱入してきたのは、圃人の斥候。
彼女は、腰に差した短剣を突き入れたが、
「あぶねっ!」
オールラウンダーの反応速度は凄まじく、瞬時に跳び退ってこれを回避してしまう。
「ちぇっ。行けたと思ったんだけどなぁ」
舌を打つ圃人へ、
「ほら。油断するな」
「まだまだこれからですよ」
と、広場の境に設けられた柵から、森人と僧侶が声をかけてくる。
彼女たちが使用する魔術や奇跡には回数の制限があるため、こうした練習戦で実際に発動するわけにはいかない。
その代わり、三人の戦いを見学する中で、
(ここで魔術を発動させれば……)
とか、
(奇跡のタイミングは、ここかな……)
と、常に脳内で模擬を行っているのだ。
どこかで、鶏が鳴いた。
これをきっかけに、一同は動きを止める。
オールラウンダーがけろりとしているのに対して、貴族令嬢と圃人は息を切らせ、じんわりと汗ばんでいた。
「今日こそは一発入れられると思ったんだけどなぁ……」
悔しがる圃人へ、
「でも、あの時の突きはちょっとヤバかった」
オールラウンダーが言ったものだが、
「当たらないと意味ないよ」
圃人の悔しさは晴れなかった。
辺境の街で宿をとった翌朝は、こうやって組手を行うのが貴族令嬢一党の習慣となっていた。
これは、冒険においてオールラウンダーばかりに頼ることがないようにするためである。
果たして訓練の成果は、少しずつだが着実に実を結んでいる。
それが証拠に、ついこの間までオールラウンダーの動きを認識することすら難しかった彼女たちが、なんとかその動きを視界の端に捉えられるところまで漕ぎつけているのだ。
……尤も、数多く組手を重ねていくうちに、オールラウンダーの動きのパターンを、貴族令嬢たちが覚えてしまったといった面もあるだろうが。
ふと、腹の虫が鳴り響いた。
オールラウンダーと、圃人に貴族令嬢のものである。
「かあっー! 動いたらお腹空いちゃったよ」
「オラも!」
そう言って笑い合う二人に対し、やはり高貴なる家の出だからか、貴族令嬢は恥ずかしさに頬を染めている。
そんな彼女へ、
「ハラのムシくらい気にするなよ」
と、オールラウンダーは彼なりの気遣いを見せたものだが、
「お前は少し黙っていろ……」
森人魔術師は、呆れ果てたように呟いた。
かくして一行は、酒場で朝食を囲みながら、今日の段取りを話し合う。
「今回は、どこに行こうか」
パンをかじりながら圃人が言うのへ、
「東の荒野を抜けたところに、まだ他の冒険者が手をつけていない遺跡があるという話ですが……」
葡萄酒を喉へ通した貴族令嬢が持ち掛ける。
「この間のように、オルクの巣になっていなければいいが、な……」
神妙な顔つきで森人魔術師が言うと、
「万が一にも、彼らに巻物が渡って……使われでもしたら……」
自身の発言に背筋が凍った僧侶は、思わず食事の手を止めてしまった。
そこへ、
「だったら、そのまえに巻物みつけないとな」
楽観的と言うべきか、余裕綽々と言うべきか。両頬に食べ物を詰め込んだオールラウンダーがそう言ったのを見て、一党は溜息と共に笑みをこぼした。
「全く。お前を見ていると、考えを巡らせているのが馬鹿らしく思えてくる」
森人魔術師の言葉に、一同はうんうんと頷く。
一方で当の本人は、不思議そうに首を傾げるばかり。
そうこうしているうちに、冒険者たちがギルドへ次々とやってきて、やんややんやと騒がしくなる。
「それでは、私たちは行きましょうか」
貴族令嬢の言葉を合図に、一同は席を立つ。
ギルドに集う冒険者の誰しもが、巻物を巡って、手ごわい競争相手となり得るのだ。なるべく早く行動するに越したことはない。
外へ出てみると、思った以上に太陽の光が眩しかった。
「もうすぐ、夏ですね」
貴族令嬢が言うのへ、
「わたし、暑いのは苦手だなぁ」
げんなりとして圃人が言う。
「そうか? 私は、夏に聞く蝉の鳴き声が好きなのだが……」
森人魔術師がそう言うと、
「わたしも、夏は好きです。『あいすくりん』が美味しい季節ですから」
僧侶が笑みを漏らす。
「なぁ、その『あいすくりん』ってなんだ?」
食べ物の話題となると、やはりオールラウンダーが食いついてくる。
「冷たくて、甘い氷菓子ですよ」
「へぇ。うまそうだな」
「とっても美味しいですよ」
「じゃあ、夏になったらみんなでくおうぜ」
晴れ渡った青空の下、愉快な話題を繰り広げながら旅路を行く冒険者たち。
結局その後、彼らはお目当てのものを見つけることは出来なかった。
だが、それでもいい。
また『次』があるのだから。
冒険者として身を置く以上、必ず『次』がくるとは限らない。だが、彼女たちは『次』を迎えられると信じている。
それは決して、慢心ではない。
一人の少年が醸し出す、「どんな窮地をもなんとかしてしまう」という雰囲気。それが根拠なのだ。
だが、いつまでもそればかりに頼るわけにもいかない。
少しずつでも、力をつけて行かねば。
かくして彼女たちは、少しでも少年に追いつこうと励んでいく。
そうして、瞬く間に一か月が経っていった。
その間に、人間と魔神軍との戦いに終止符がついたそうな。
魔神王を打ち倒したのは、聖剣に選ばれた新人冒険者。
年若い少女であるその冒険者は、史上で十人目となる白金級の冒険者になったそうな。
辺境の街でも、ささやかな祭りが催された。
無論、貴族令嬢一党もこれを楽しむことが出来た。
ゆったりとした、実に居心地の良い時間の流れであった。
しかし、それは唐突に終わりを告げることになってしまうのである。
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