悟空は無邪気な冒険者   作:かもめし

18 / 105
原作における、ゴブリン軍の牧場襲撃にあたります。


其の一

「すまん。聞いてくれ」

 

 薄汚れた鉄兜に革鎧。左手に括り付けた円形の盾。腰に差した中途半端な長さの剣。

 ここしばらく姿を見せなかったゴブリンスレイヤーが、冒険者ギルドにやって来たと思ったら、その中央で低く静かな声を響かせた。

 各々談笑していた冒険者たちは、これをしっかりと耳にし、一気に視線を彼へと向ける。

 

「頼みがある」

 

 彼の二言目を聞き、冒険者たちの間にざわめきが生じた。

 彼の声を、初めて聴いた。

 まして、彼が冒険者に頼みごとをする姿など、その場にいた全員が想像したこともなかった。

 しかし、ゴブリンスレイヤーは周囲の反応を気にすることなく、淡々と事情を説明していく。

 街外れの牧場に、ゴブリンの斥候(スカウト)と思わしき足跡が数多くあった。

 それから察するに、(ロード)率いるゴブリンの群れが、今夜あたりに牧場を襲撃するだろう。

 その数、百匹はくだらない。

 冒険者たちのざわめきが、一気に止まった。

 ここへ、『生きて還って来た者』ならば、ゴブリンの厄介さは充分すぎるほどに経験している。

 それが、ロードという統率力に優れた変異種を頭とし、雪崩れてくる。

 もはやそれは群れではなく、軍だ。

 誰が、好き好んでそんな奴らの相手をしようか。

 

「時間がない。洞窟内であれば、なんとかなろうが……野戦となれば、俺だけでは手が足りない」

 

 果たして、好き好んで相手をしそうなゴブリンスレイヤーでさえ、こうして単独での戦闘を避け、協力を要請しているのだ。

 

「手伝ってほしい。頼む」

 

 頭を下げた彼を見て、他の冒険者がひそひそと何やら囁き合った。

 しかし、それをゴブリンスレイヤーへ直接言うことはない。

 やがて、一人の冒険者がつかつかとゴブリンスレイヤーへ歩み寄った。

 いつも彼を目の敵にしている、槍遣いだ。

 

「おい」

 

 槍遣いが、ゴブリンスレイヤーへ声をかけようとした、まさにその時である。

 

「よし、やろうぜ」

 

 あっけらかんとした、了承の声。

 一同がギルド入口へと目を向けると、そこにいたのは一人の少年。

 泥にまみれた山吹色の道着を身に纏い、その背中には朱色の細棒。四方八方に伸びた独特な髪型と、純粋無垢なる水晶のような瞳。

 首から黒曜の認識票を下げたその者は、オールラウンダーであった。

 彼は、

 

「牧場って、あのねえちゃんとおっちゃんがいるとこだろ?」

 

 そう言って、ゴブリンスレイヤーへと歩み寄る。

 ゴブリンスレイヤーは、鉄兜の中から少年を一瞥し、

 

「ああ」

 

 淡々と頷いた。

 その返事を聞いたオールラウンダーは、

 

「朝メシ食わせてもらった分のおかえし、まだしてなかったもんな」

 

 後ろ手に頭を抱え、にんまりと笑った。

 

「……何故だ」

 

 ゴブリンスレイヤーが、問うた。

 

「何故、手伝いを申し出た」

「なぜ、って……おめえが手伝ってくれっていったからだろ」

「……そうではない。お前は、冒険者だ」

「ああ」

「ならば、何故手伝いを申し出てくれた。俺は、まだお前たちに報酬の提示すらしていないんだぞ」

 

 すると、オールラウンダーは気抜けしたようにゴブリンスレイヤーを見つめ、

 

「メシ食わせてくれたから、そのおかえしだ、っていったろ?」

 

 さも当たり前のように言うのだ。

 ゴブリンスレイヤーには、理解できなかった。

 ここにいる者は、冒険者という括りにこそ当てはまるが、仲間や友達というわけではないのだ。

 彼らへ協力を申し出るなら、『依頼』という形で申し込むのが、筋というもの。

 だが目の前の少年は、そんなことなど眼中になく、一食の恩返しのために、ゴブリンの軍隊を迎え撃つための協力を引き受けてくれた。

 そこが、分からなかったのだ。

 果たして、その疑問に答える声が、ギルドへと入ってくる。

 

「不思議でしょう? この子、こういう子なんですよ」

 

 オールラウンダーと同じように、各々の装備を泥に汚した四名の女冒険者たち。

 朝の下水道掃除を終えた貴族令嬢一党は、呆れたように、それでいて笑いながらオールラウンダーの傍によると、

 

「冒険者なのに、報酬とか危険度とか、そういったことを気にしないんです。世のため人のため……っていうのもまた違う気がしますけど……」

 

 貴族令嬢の言葉へ、

 

「だって。オラ、カネのつかいかたよくわかんねぇもん」

 

 オールラウンダー言うと、

 

「やれやれ。そのおかげで、私たちもタダ働きに付き合わされるわけだ」

 

 肩を竦め、溜息を吐いた森人魔術師が、やはり口角を上げて言うものだ。

 これを見たゴブリンスレイヤーは、

 

「お前たちも、手伝うつもりか」

 

 貴族令嬢一党を見る。

 答えたのは、圃人の斥候と、只人の僧侶。

 

「前のわたしだったら、絶対にやらなかったけどね。ゴブリン相手に、報酬なしの戦いなんて」

「……彼に、おかしくされてしまったのかも、しれませんね」

 

 一党を見たゴブリンスレイヤーは、深い溜息を一つ。

 そして、改めて周囲を見回すと、

 

「報酬は、俺の持つ全てだ。金、装備、能力、時間……これら全てを支払う」

 

 言い放った。

 すると、

 

「なんでもくれるのか! じゃあ、腹いっぱいメシを食わせてくれよ!」

 

 先ほどの頼もしさはどこへやら。

 腹を鳴らしたオールラウンダーが、目を輝かせてゴブリンスレイヤーへ迫る。

 ここにきて、周囲の冒険者が動き出した。

 

「あいつの飯だけで、報酬が消える!」

 

 辺境の街へオールラウンダーが来てから、数か月の時が経っている。

 彼の恐るべき食欲を、冒険者たちはまざまざと目にしていた。

 一人はオールラウンダーの口を塞ぎ、もう一人がその体を抱えてギルドの外へと出る。

 その隙に、

 

「なぁ。早い者勝ちじゃねぇよな!?」

「ゴブリンを斃した数で、報酬の量を決めようや!」

 

 などと、ゴブリンスレイヤーへ詰め寄る。

 しかし、彼らの中では報酬が全てではなかった。

 冒険者となった以上、彼らの中には夢があり、人の役に立ちたいという思いがある。

 だが、一歩踏み出す勇気が無かった。

 その勇気へ発破をかけたのは、オールラウンダーその人であったのだ。

 

「お前なぁ……」

 

 外に飛び出した冒険者の一人……槍遣いは、抱えていたオールラウンダーを降ろすや、

 

「状況を察しろよ、全く……あそこは、俺があいつへ『金はいらねぇ。その代わり、一杯奢れ……』って言うところだろうがよ」

 

 呆れ顔となる。

 

「しらねぇよ、そんなの」

 

 唇を尖らせたオールラウンダーへ、

 

「しらねぇ、で済まされるか。第一、お前が飯をたかると、それだけで報酬が消えちまうだろうが」

 

 そう言ったのは、いつしか彼と食べ比べをして、泣く泣く食事代を全額支払うことになった、銅等級の冒険者だ。

 因みに、彼の借金はまだ続いている。

 果たして槍遣いは、またもや深い溜息を吐くと、

 

「あーあ。あそこでかっこよく決まれば、お嬢さんが俺に惚れたかもしれないのになぁ……」

 

 そうぼやくのへ、

 

「ははっ。おめえ、なんだかヤムチャみたいなやつだな」

 

 オールラウンダーが、懐かしそうに笑ったものである。

 

「……誰だよ、それ」

「オラのともだち。んで、にいちゃんみたいなやつだ」

「……お前の友達で兄貴って……よっぽどの変人じゃねぇのか?」

土日休日の更新時間帯について

  • 朝(七時)だと嬉しい
  • 正午だと嬉しい
  • 夜(十九時)だと嬉しい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。