「本音を言うとさ。実はまだ怖い部分もあるんだよね」
ギルドに併設された宿の一室において。
弓矢を検めていた圃人斥候が突然呟いたのへ、貴族令嬢が、森人魔術師が、只人僧侶が、ぴたりと動きを止め、一斉に視線を向けた。
圃人は、気にすることなく続ける。
「あの山の砦でさ。ゴブリンに囲まれて、殺されそうに……ううん。もっと酷いことをされるかもしれなかった時のことを思うとさ。よくもまぁ、今でも冒険者続けてるよなぁって、自分で感心しちゃうよ」
おどけたように言う圃人だが、弓に触れるその手は小刻みに震えている。
オールラウンダーと初めての出会いを果たした、山の砦。そこで繰り広げられていた凄惨な光景は、今もなお貴族令嬢一党の記憶の中に深く刻み込まれている。
死してなお尊厳と貞操を汚された哀れな村娘たち。
装備を剥がされ、裸体を晒された時、自分たちも同じような末路を辿るのだと自覚した。
ゴブリン退治など、今までも何度か経験したはずであったのに。
奴らが、攫った娘たちをどのように扱うのかも、知っていたはずなのに。
自分たちに危急が迫った時になって、初めて貴族令嬢たちは、あの醜悪な化け物たちの恐ろしさを思い知ったのだ。
幸いだったのは、あの時の小鬼どもは宴気分に酔いしれていたことだった。
奴らは『お楽しみ』を砦奥の広間で堪能するべく、捕縛したその場においては、必要以上の暴行を貴族令嬢たちに行わなかったのだ。
小鬼にしては、辛抱強いことである。
それから先の結果については、既に述べたことだ。
オールラウンダーの乱入によって、貴族令嬢たちは九死に一生を得た。
しかし、小鬼どもの醜い欲望を目の当たりにした時の恐怖と絶望感は、未だ癒えることがないのだ。
それでも、彼女たちは今もなお冒険者として活動している。
殆ど成り行きとはいえ、一人の冒険者を元の地へ帰すために、協力している。
それは、正しき道を行く冒険者の心底にある、「人の役に立ちたい」という思いから来るものかもしれない。
だが、本当のところは彼女たちにさえ分からぬことであった。
「……あんな風には、なりたくないなぁ」
圃人が、ぽつりと呟いた。
それは、女の冒険者が胸に秘めつつも、決して口にはしないような言葉。
冒険者として身を立てた以上、自身に降りかかる災難には、全て自己責任が伴う。
ギルドで認識票を受け取った時から、それは分かっていたはず……いや、自覚すべきものであった。
果たして、貴族令嬢の口から出たのは、
「嫌なら、止めてしまえばいい」
という突き放した言葉ではなく、
「ならないように、頑張るしかありませんよ」
激励を込めつつ、逃げ道を作るような言葉。
しかし、圃人も森人も僧侶も、背を向けるようなことはしない。
「ま、そうだよね。なりたくないなら、頑張るしかないよね」
諦めたように圃人が笑うと、
「魔術を極めるために、この広い世界へ身を投げたんだ。オルクどもの慰み物になる定めなら、私はその程度だったということだな」
森人魔術師が、両腕を組み、静かに目を瞑りながら覚悟を改める。
すると僧侶が、
「そっ、そうならないように援護するのが……わ、わたしの役目ですから……」
そう言って、愛用の杖を手繰り寄せ、力強く抱きしめる。
恐怖があるのは事実だ。
しかし、それ以上に冒険へと身を投じるだけの理由が、各々の胸の中に秘められている。
彼女たちとて、例外ではなかったようだ。
「よしっ! やるぞ!」
意気込んだ圃人が腕を上げて叫ぶのへ、
『おおっ!』
他の三名が続く。
と、そこへ。
「スッチャンが、そろそろあつまれだってさ」
オールラウンダーが、室内へと入って来た。
ゴブリンの大軍と一戦交えようという中、今の今まで地下水道の巨大鼠退治の依頼を請けていたオールラウンダーなのである。
貴族令嬢一同の体に、緊張が走る。
しかしそれは、恐怖と、それを上回る闘志とが混在した、程よい緊張感であった。
頷き合った彼女たちは、オールラウンダーの後につき、ギルドのロビーへと向かう。
そこには、ゴブリンスレイヤーを中心として、殆どの冒険者たちが集結していた。
やがて、二組三組と冒険者の一党がやって来て、これ以上の追加がないことを確認したゴブリンスレイヤーが冒険者たちへ伝えたのは、小鬼相手に徹底した『戦術』であった。
新米は勿論の事、熟練した冒険者たちですら、彼の提唱する戦術には舌を巻いた。
ただ一人。オールラウンダーだけは、
「分かるような。分からないような……」
といった様子。
これを見たゴブリンスレイヤーは、
「……盾にされた者たちを救った後ならば、好きに暴れろ」
「わかった!」
オールラウンダーは、実に素直に頷いた。
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